ーリ・エスティーゼ王国ー
「出かけるのか?」
二階からの階段を下りていると、したから声をかけられる。
「ああ、少し気晴らしにな」
そう答えた俺に対してガセフが聞いてくる。
「金はあるのか?」
今の俺は無一文、一銭もない。しかし…
「無いさ、まぁ別に必要ならそこら辺の奴らから…」
そう言いかけたところにガゼフが拳ほどの袋を投げて寄越した。
この重みと音から金だろう。
「持ってけ」
「ふっ、悪いな、借りておく」
正直、こんな風に世話になるとは思ってなかった。貰った金を手に礼を言って外に出る。
付けられている。町中を歩くのは久しく、視線を感じるのも人が多いからと気にしてはいなかったが、ここまであからさまであれば俺を標的にしているのだろう。
何故俺なんかを付けるのか不思議に思ったが、それの理由は単純明快だった。ガゼフに貰った金の袋をそのまま持っていたのが原因だろう。普段は金など持ち歩かないし、持ち歩くのは刀のみ。今更懐にしまっても仕方ない。
(王都と言えど治安がいいとは言えんな、適当なところで捻ってやるか、ついでに金目のものも…)
そう思い、人がいなさそうな道に入る。案の定、二十歩も進まぬうちに後ろから黒いフードを被った連中が5、6人同じ道に入って来た。何人かはナイフなどを抜き始め、隠す気もないらしい。
(もう少し先で…)
と考えていると、前の曲がり角から1人黒いフードの人物が現れる。
「挟み撃ち…か」
状況だけ見れば悪いが、顔に浮かべた笑みを消すほどではない。
(最近鬱憤が溜まってたからな。せっかくだから捌け口にさはてもらおう)
俺が足を止めると後ろの奴らも距離を取りながら止まる。そしてそのまま道いっぱいに広がりながら、各々武器を出し構える。
前から来るやつとはまだまだ距離があるので、後ろにいた連中に向き直る。
「そんなもの出して、俺になんか用?」
そんな事を言うと、連中の1人が
「見て分かるだろう、変に怪我したくなかったら左手の金とその刀置いていけ。いくら虚勢を張っても人数差は変わらないぞ」
「確かにな、人数差は変わらない。だけどな実力差も同じく変わらないと思うぞ」
軽く挑発を入れて返してやる。
「はっ、馬鹿が」
その言葉を発すると共に、ナイフを構えて突っ込んで来るが、所詮はチンピラ、確かな技術があるわけでもないナイフは恐れずに足らず。
「ぐっ、こいつ」
左手で金の袋を弄びながら、右手で抜いた刀で応戦。2人3人と続いて来るがそれもまとめて切り伏せる。
(やっぱり大したことはないな、盗賊紛いのチンピラか)
そう思いつつも後ろに気を配る、最初に前から来ていた奴が既に十歩ほどの距離まで接近している。攻撃の機会を窺っているのか分からないが、今のところは静観している。
「くそっ、てめえどこの組織の奴だ、お前みたいな奴知らねえぞ」
「そりゃそうだろう、王都に来るのは久々だからな。それに俺のいたとこはもう無い」
「お前も盗賊くずれか、無名にしては変に腕が立つ奴」
「無名ねえ、これでも少しは名が通ってると思ってるんだが。ブレイン・アングラウスって言うんだ。まあ今の俺にとっちゃその名誉も虚しい張りぼてだがな」
「なっ!ブレイン・アングラウスだと!ふざけるな、適当なことを」
必死に否定しつつ、残りの3人で切りかかって来るが相手にもならない。三分もかからず全員地面に転がることになる。
「さてと、残りはアンタだけだが、どうする?」
右手の刀を肩に乗せ、静観していた奴の方を振り返る。しかしそいつは仲間が束になってやられたと言うのに、嫌に落ち着き払っている。
手を口元に持っていき何か考えてるようだ。もう少し慌てるものだと思っていたところに、変な反応をしたため少し顔をしかめる。
するとそいつから言葉が漏れる。
「ブレイン……アングラウス…、どこかで聞いたな」
どうやら、俺の名前を頭の中の記憶から探しているらしい。
(虚しい名誉とは言ったが、こう言う反応をされるのもなんだかね〜)
だが問題なのは、俺を知らない事ではなく、こいつの余裕だ。
仲間が全滅と言う状況に、未だに武器さえ構えようとはしない。
「なんだ?知られていないのはいないで寂しいな。これでも王国最強の騎士ガゼフ・ストロノーフと互角にやり合った剣士なんだが」
相手の表情などが分からないので、言葉を使って探りを入れてつつ様子を伺う。
「ガゼフ…?、ああ、ガゼフか。ああ、なるほどクレマンティーヌか」
どうらやそいつの中で記憶を探り当てたようだが、知らない名前が出てきた。
「クレマンティーヌ?」
「ああすまん、何でもない、こちらの話だ」
会話をすると声で女だと分かる、若干小柄なのも納得がいく。声からは理性的な印象を受けるが、襲撃されてる以上警戒は解けない。
「で?どうするんだ、これ以上関わらないと言うなら見逃してやる」
最初はボコした後に、金目のものもを剥ぎ取ってやろうと思っていたが、目の前の得体の知れない奴にこれ以上関わりたくないと言うのが本音だ。
盗賊に身を置いていた時は、血生臭い事など珍しくもなかったが、今日はそう言う気分ではない。こちらに害が無かった以上、適当に追っ払えればそれでいい。
「全員やられたのか、噂通り腕が立つんだな」
俺の言葉を無視するように、そいつはやられた奴らの惨状を眺める。
「おいっ、聞いてるのか?」
少し言葉を強くする。
「ガゼフ・ストロノーフと互角なら王国でも五本の指に入るんじゃないのか?ガセフに負けたのが不名誉なのか?」
ようやくこちらを見たと思えば、先ほどの俺の自虐に問いかけて来る。
(なんだこいつ、やりにくい)
「チッ、ガゼフに負けた事は別に虚しくも何ともない。次は勝つ、そうやって腕を磨いていたからな。だがそんな事をが何の意味も持たないと知っただけだ。所詮は人間だ、人間の中で最高峰でも化け物にしてみれば変わらない。研鑽を積んだ剣士だろうと野党崩れの追い剥ぎだろうと同じくゴミだ」
あの時の恐怖と失望感が蘇り、つい感情的に言葉を吐き出す。
「化け物に会ったのか?」
「ああ。とびっきりのな」
そいつは少し黙ってから口を開いた
「なら、その化け物と私、どちらが強い?」
「は?なn
なにを言ってやがる。そう言おうとした。言えなかった。
そいつの殺気で続けられなかった。
「……っ」
水中に沈められたような錯覚をする程重々しくのしかかる。左手に持っていた金の袋は地面に落として、無自覚に両手で刀を握っていた。自分が震えているのか、空気が震えているのか分からなかった。
(な、なんだっ…なんなんだこいつ!まさか同類か、あれの)
相手はピクリとも動いていないのに濃密な殺気が漂い、こちらは指一本動かせない。
やつは黒いローブの下から剣を引き抜きながら一歩一歩間合いを詰めてくる。
(泳がされていたのか、俺は)
最初に会った吸血鬼が脳裏に浮かぶ
(死ぬのか、ここで)
恐怖が蘇る
(ショートソードか。間合いは俺が有利だが)
それは相手も分かってる筈、それでも進むのをやめないのは、余裕からか自信からか。
(化け物の遊戯…か)
あの時と同じだ、盗賊のアジトで吸血鬼と相対した時と。違うのは、絶対殺せると思っていたあの時と、絶対勝てないと思っている今だ。
(結局これか)
ガゼフと会い、無気力状態から僅かに気力を取り戻したが、また逆戻り。
「くそっ…」
効かないと分かっていながら俺は刀を鞘に戻す。俺はまるで幼稚な子供に弄ばれる虫のような感覚を覚えた。
武技の発動の準備をする、どうせ効かない、奴の優位性を証明し喜ばせるだけだ。しかし分かっていてもこれしか残されていないのだ。
やつが歩を進めるたびに刀を握る感覚が無くなってるような気がする。
(あと二歩……一歩……ここだ!)
──────発動──────
鞘を走る刃が引き抜かれ、奴の首を一閃する。
が、振り切ることは出来なかった。
刀は奴の首の三分の一ほどのところまで食い込み止まった。
「大したものだ」
奴は何事もなかったように喋る。切った感触も肉ではなく無機物を切ったような感覚だ。
(やっぱり人間じゃねえ)
奴は右手首を失っていた。ショートソードを握ったまま転がる右手首。
「右手を捨てなければ首が無くなっていたな」
(化け物の割には世辞を言ってくれる)
そもそも避けることもできたはずだ
(……ここまでか)
「どうするんだ、殺すのか?」
奴の首に刀を入れたまま問う。諦めが肝心だ、どうしたってか勝つ見込みはない。一見武器と右手を失っているが、それは見かけの印象のみ、そもそも俺を殺すのに武器が必要かも怪しい。
吸血鬼の時と違って、腕一本持って行けたのがせめてもの慰めだ。
「なんだ、死にたいのか?私は勿体無いと思うがな」
そんな事を言うと奴は殺気を収めた。首に食い込んだ刀を外しながら喋る。
「人間に失望したようだが、もう一度人間に希望を持ってみないか?」
正直、状況がよく分からない。こいつはなにを言っているんだ。奴から見た今の俺の顔はさぞかし間抜けな事だろう。
「どういう意味だ」
「今、手足がたらなくてな。優秀そうな人材は引き入れたい」
手首を切り落とされ、そんな事をのたまっているこいつは、やはりおかしい。
「何故俺なんだ、強さでいうならガゼフは俺に勝った男だ。そっちの方がいいんじゃないのか?」
「あれは確か王国の騎士なんだろう?既に組織に属しているより、フリーの方が都合がいい。まあ建前みたいなものだが」
「建前?」
「難しい事ではない、要は偶々私が、お前を見つけただけだ」
つまり、俺の運が悪かった。そういう事だろう。
「アンタみたいな奴に、俺が仲間になったところで足手まといだろう、俺も死ぬだけの捨て駒は御免だ。第一に俺になんの利がある?」
「だから取引だ、化け物と渡り合えるだけの力をやろう。人間に失望したなら人外という道もあるが、人間に拘るなら人間のまま強くしてやる」
「…………」
都合が良すぎる、人間の限界を知り、失望したばかりでこれだ。
「断れば俺を殺すか?」
フードから僅かに覗く目を見る。
「いや、それ自体は残念だが、仕方ないだろう。断ったからと言って殺すことも、危害を加えることも無いと言っておこう」
こちらを試すようなやり方には色々言いたいが、意外と会話は成り立っている。
「なら一つ聞きたい。お前達はなにをしようとしているんだ?」
吸血鬼といい、こいつといい。一体なにを目的としているのか。
「特に何かを企てて行動してはいない。今は情報を得る事を優先している。この世界には疎くてな」
「この間、俺を襲った吸血鬼を知っているか?」
「一つだったのでは無いのか?まあいいが。知らんな」
こいつと吸血鬼どちらの方が強いかは分からない。正直自分との差があり過ぎて理解できない、それほどの差があるはずだ。
「アンタに従えば、強くなれるのか?化け物と渡り合えるのか?」
「それはお前次第だが、足掻く価値はあると約束しよう」
足掻く価値………確かに今の俺はなにもしていない、それは届かない事が分かったからだ。この人生、一生涯を使い切っても届かないだろう、故に失望したのだ。
別に人間に生まれた事を不幸だとは思わない、吸血鬼に襲われた後もそう思う。しかし、それによって既に結果が出てしまったのだ、人間故の限界という壁が。
(どうせ死んでもいいと思っていたんだ。ここでこいつの口車に乗せられて、強くなれるなら儲けものだ)
普段ならこんな賭けはしないだろう。吸血鬼にプライドを打ち砕かれ、急に自分という人間が小さくなった気がした、失うものが無くなった。
「俺になにをしてほしいんだ?」
夜中に、ドアを叩く音が聞こえ開けてみると、そこにはある男が立っていた。
ブレイン・アングラウス
数日前にの夜に会い、家に招いた。その時の顔は何もかも喪失した様なあまりにも無気力なものでとても驚いた。奴の話ではとんでもない化け物と相対し、自分の力がなんの役にも立たない事を味わったと言っていた。
その姿はかつて自分が戦った者の中で、最も手強い強者とはかけ離れたものだった。
生きることすら諦めようとしていたのを強引に引き留め、自分の家に招いたのだ。飯を食って話をし一晩したら、それなりに気ははれたようで安心していたが、朝程に出かけそれっきりで2日経っていた。
「ブレイン。どうしたんだ?何かあったのか」
どうやら生きていたようだ。一度は引き留めたもののやはり、という事があっておかしくはない、そう言った事が頭によぎったのも事実だ。
「あー、あったにはあっんだが、少々説明できないものでな。まあ悪いことではない」
そう言うやつの言葉からは、覇気というか気力のようなものが感じられる。自分と剣を交えたあの時のように。
「戻ったか」
「ん?」
「剣を交えたあの頃のようなお前に、数日前とは別人な気がする」
そう言うとやつは笑った。
「分かるか。そうだな、まあいろいろあってな、剣を振るう理由ができた。…できたというかゴミにするにはまだ早い、って思える事があったってところか」
嬉しそうに話す奴を見て、かつての好敵手が戻って来たが気がして不思議と俺も嬉しくなる。
「だからガゼフ、お前は感謝している。あの時、お前に会わなければ、俺は無気力にのたれ死んでいたかもしれん」
「気にするな、大したことはしていない」
何がこの男の気力を取り戻したのかは分からないが、俺のやったことにも意味があったのだろう。
「一つ借りができたな、いずれ返す。今日は礼を言いに来た」
口振りから、ここに帰ってきたわけではないらしい。
「なんだ?こんな時間に街から出るのか?」
「いや、そう言うわけじゃない。宿はとってある、いつまでもお前の世話になるわけにもいかないからな」
「そうか、それならいいが」
「とりあえず、まだ王都にいるつもりだ。金も近いうちに返そう、こんな時間に悪かったな」
じゃあな、とブレインは片手を軽く上げ挨拶すると、ドアに背を向けて夜の街に消えていく。その背中にはかつての強さに対する貪欲さが戻っているようだった。