「勝ったか…」
ほぼワイバーン1体で冒険者らしき3人組に勝利、洞窟から追い出すことに成功した。
(見ていた限りでは、ワイバーンでもそれなりの脅威になり得るらしい)
3人の中のリーダーっぽい男は、ワイバーンを確認して即撤退を選んだ。それだけでこの世界でのワイバーンの位置付けも予想できる。勿論、あの3人を全てにおいての基準には出来ないが、それなりの指針には役に立つ情報だろう。
「まあ、予想通り。懸念していたほどの脅威は無かったな」
正直言って弱すぎる、話にならないレベルで弱い。プレイヤーの可能性はほぼ無い。この程度の人間が集まった国なら、戦争しても容易に落とせるだろう。
(とは言え、強さなどピンキリ。調べる必要はあるな)
冒険者というような存在が、この世界に何人いるのか知らないが、1人で国1つを潰せるような、規格外がいないとも限らない。
「キャメロットが負ける程の勢力があるのか、警戒は必要か」
いろいろ考えはするが、何をするにしても情報が足らない。圧倒的な情報不足、これでは動くに動けない。
(取り敢えず情報だ。この世界について何も分からんからな、人間と接触する必要がある)
さてどうしたものか、と考えながら普段は使わないが、お気に入りの部屋へ向かう。扉を開けるとそこには、大きな円卓が部屋の中央に置かれている。まさに円卓の騎士を体現する為に作った部屋だ。
「──っ!」
いきなり耳鳴りがして、視界が歪む。誰かが座っている。目眩のような感覚と共に視界がぶれる。
感覚を持ち直すといつもの円卓の部屋だ。誰も座っていない。当然だ自分以外座る人間がいなかったのだ。
(幻覚か?でも確かに今…)
座っていた、しかも円卓の殆どが埋まるほど人間が。
(確かに見た…。円卓の騎士達の座る光景を)
「どういう事だ…、私に何が起きて…」
片手で顔を覆いながら、理解不能な感覚を問う。そして気づく。
(…っ!、いつからだ、いつから自分を『私』と呼んでいた)
明確な境が分からない、この世界に来た時からか、もしくはそれより後か、しかし確実に変化している。そしてそれを今の今まで自覚出来なかった。
(侵されている、元の自分がアバターに。おそらくさっきの幻覚はこの身体の元の記憶。そこまで設定を忠実に再現する気か)
改めて自分のアバターの設定を見直す。
『アルトリア・ペンドラゴン』
このアバターは自分の好きな古いゲームキャラを引っ張り出して作ってあり、その装備は勿論設定は自分好みに若干の上方修正を加えながら作った最高傑作である。
しかしその設定が今は牙を向いている。アルトリア・ペンドラゴンを忠実に再現したアバター。その影響で今度は自分自身が、アルトリア・ペンドラゴンの設定に侵食を受けているのかもしれない。
このアバターは他のプレイヤーと違ってオリジナルでは無い。元となったものがある。アバターの設定をそれに合わせた為に、思考パターンなどにまでアバターの侵食が進むとしたら恐怖だ。
外の情報がどうのと言っている状態じゃない。自分の存在が危うい。
(ここに来てアバターが一番危ないとは。どこまで進むんだ、この侵食)
そうこうしながら考えてはみるものの、どうしようもないという結論に行き着く。一時はシューティング・スターまで取り出して使うべきか悩んだが。元の自分の精神にまで、変な影響を与えては困ると断念した。
(保留、一時保留だ。今のところ悪影響はない、元の自分の記憶にも変な影響は無い。今のところ大丈夫だ)
大丈夫なはずだ。纏わりつく不安をねじ伏せるようにそう思い込む。
若干の懸念は残るものの、問題はが生じてないのも事実。自分らしくない冷静さや頭の回転など、悪いことばかりでは無い。なら取り敢えずという事で納得した。
(変な世界に放り込まれ、自分自身さえ危ういというのはハードモード過ぎないか、せめてユグドラシルと同じ世界なら、やりようはいくらかあるんだが)
考えをまとめるためにも、落ち着けるためにも、円卓に着き深く腰掛ける。しかしそう簡単にまとまらず、諦めにも近いため息が出る。
(悪い事だけじゃ無い、そうメリットもある)
設定を再現するという事は、この身体のスペックは高い。精神はともかく戦闘面は何の問題もないだろう。身体もそうだが今いる城、つまりこのギルドもそのまま再現されている。
ダンジョン型のギルドであり、その最深部までの道のりは恐ろしく険しい、たどり着くのは不可能だろう。現にプレイヤー達を阻んできた自慢のギルドだ。
ギルド名キャメロット、その最深部なは広大な地底湖が広がる大空間。入り口とは反対側に城が位置し、城から入り口まで水晶のような巨大な立方体の鉱石が連なり道となっている。陸地となっているのは城と道、後は湖面から突き出ている鉱石の結晶体のみで、水面が広がる。
現実なものとして初めて見た時は、それなりに感動したが、今では慣れてしまった。
「ここに引きこもっていても、いたずらに時間を消費するだけだ」
気は進まないが、ワイバーンの偵察だけでは得るものにも限界がある。外に出るしか無いだろう。
(ユグドラシルならともかく、ギルドの外は未知の世界、慎重にいきたいが人間と接触できるのが私したいないからな。結局私が出るしかないのか)
人型NPCを作らなかったのを、これほど後悔したのは初めてだ。
(サービス終了してから後悔するとは、皮肉というか何というか)
そう思っていると、NPCの下位互換的なアイテムがあるのを思い出した。
「そうだ、確かにあったはずだ」
そう言ってアイテムボックスの中を漁り始める。いつもは使わない為どこにあるか分からず手間取ったが、ようやく見つかる。
(あった、これだ)
『
このオートマタ、自動操作状態だと簡単な指示で、ある程度プレイヤーの意に沿って動いてくれる。なかなか便利で使い勝手があるアイテムなのだが、NPCがいればそれで済み、NPCは強化などの応用も効く為ほとんどのプレイヤーはまず使わない。自分もその一人だ。
今であればその自動操作もいいが、今回の目当てはもう一つの機能である遠隔操作。こちらは自分が人形に乗り移ったように操作できる。
しかし、オートマタ操作中は自分は動けず、自分がアバターを動かしているのに、そのアバターがオートマタを動かすという、本末転倒というか、ゲームとしての意味があるのか分からない機能な為、一度使ってそれっきりというプレイヤーが大多数だろう。
しかし今回ではこの機能は非常に都合がいい。いざという時には使い捨てられ、広い範囲を自分の意思で動きまわれる。
「意味のないことをやる運営だったが、今回は感謝だな」
オートマタ操作時は、十全に力が出せるわけではないが、それでも充分な自由度とある程度戦えるだけの力は出せる。偵察として使うなら問題ない性能だ。
アイテムボックスから取り出すと、目の前に立たせる。ゲームとは違う為、人形の顔を変える方法が分からず、あちこち触ったり念じたりしてみる。それからしばらくいじっていると、顔を触った状態で変えたい顔を思い浮かべると、その顔に変わるらしいという事が分かった。
顔の変え方も分かったので、あまり凝ったことはせず、黒目黒髪のアルトリアといった顔に変え、服装もフード付きのものを選び、口元も布で隠し、目だけがフードの奥から覗くような感じになった。手足も人形の特徴を見せるわけにはいかないので、自然と素肌が見える所が無くなってしまい、あまりにも不審者過ぎる出で立ちになってしまった。
「人型NPCがいれば、こんな回りくどいことしなくて済んだんだが。仕方ないか」
(どちらにせよ、オートマタを使わずとも、アルトリアの容姿は目立つ。同じ事かもな)
同じ目立つでも、全身真っ黒の顔を隠した奴と美少女では、印象は真逆と言っていいが、そこには目を瞑る事にする。
(正直、夜道で出会ったら即逃げる自信がある)
そんな事を思い、目の前の人形に対して、乗り移るようなイメージを思い浮かべる。ふっと意識が暗転し、いつの間にかに立っている事に気づく。目の前には、目を瞑り座っているアルトリアがいる。
(いや、これは自分だ。という事は…)
自分の体を確かめると、無事オートマタを遠隔操作出来ているようだ。
(自分が人形の身体になるのは不思議な感覚だ)
人形となった自分の掌を眺めながらそんな事を思う。触った感覚はあり、人間のように関節も動く。しかし例えようのない違和感があり、痛覚もかなり鈍い、いやほとんど無いと言っていい。
身体のスペックは落ちるものの、動作に制限はなく、人間として振る舞う分には問題はなさそうだ。
「いい感じだ、悪くない」
身体の動作を確認しながら、転移の魔法を使う。
いつも通りの発動エフェクトが起き、キャメロット最上階、入り口付近に転移される。
「魔法も問題なし、戦闘もそれなりにこなせそうだ」
入り口が近い事で外の光が入ってきている。洞窟の外に踏み出そうと片足を出して止める。
「おっと、この状態でアイテムボックスは……よし使えるようだ。前もっての準備要らんな、さて人形越しとはいえ初めての外だ」
洞窟の外はそれなりに木が茂っている。鬱蒼としているという程ではないが、決して視界が開けているわけでもない。
「ちょうどいい感じだ。荒野の真ん中なんかに出たら目立ち過ぎるからな。それにしても木に囲まれるというのは新鮮な感覚だ、自然を感じる…と言うのか」
この場所で半日くらい時間を潰せる自信があるが、大自然を感じるのが今の目的ではない。
(さて、街まで行くとしよう。確かこの方向で道に出るはず)
ワイバーンで偵察した時の光景を思い出しながら、街に出るための道を探す。
草木をかき分けて進むという行動に新鮮さを感じつつも30分も経たずに道に出る。そこから街の方向に向かう方に向け歩き出す。
(このままのペースでいつ着くんだ?こういうのは初めてだからな、2、3日ぐらいかかるのか?)
いくらかの時間はこの身体に慣れるために使いたかったが、ただの移動だけで一週間も使いたくはない。3日で着かなければ転移で移動するのが無難だ。
(ただ歩くだけは暇そうだな、2日もせずに飽きて転移を選びそうだ)
今のところは、これほど歩く経験があまりないため、興味と新鮮さが勝り、この一人旅を楽しんですらいるが、これがいつまで続くかは分からない。
「…!」
そんな事を思いながら歩いていると、いきなり右足が踏み出すと同時に深く踏み込む。と同時に自分の隣にある木から、短く硬質な音が響く。
若干、右足を屈め腰を落としたような姿勢のまま、音の鳴った木の方を見る。矢だろうか?少し歪んでいて雑に羽がついているが、見た限り矢だろう。
その矢によって、今自分が狙われた事を理解した。この身体が反射的に回避行動をとったのだ
(どこだ、どこから…っ)
矢の飛んできたであろう方向に視線を彷徨わせ敵を探す。
捉えた!弓を構える存在を見つけそう思った時、2本目の矢が放たれた瞬間だった。
銃弾よりはるかに遅いとはいえ、常人が視認できるものではない。しかし自分の目は明らかにそれを認識し、僅かに身体を逸らす事で容易に躱した。
「ギギッ!グウ!」
何かが森の中で騒いでいるが、それよりの今自分の躱した矢の方向を見て唖然としていた。
(躱せた……どうやって?)
自分で躱しておきながら、どうやったのか理解出来なかった。まさに条件反射、身体が勝手に動いたと言っていい。
風を切る音に反応して、今度は右手が動く。右手には矢が握られていた。
(こんな事も出来るのか…)
まさに驚愕、自分の身体のスペックに只々驚かされる。
「ギギャ!グガァ、グガァ!」
「グガァ!」
右手に握られた矢を眺めながら、ようやく理解が追いつか頃には、自分を襲ってきた何かはいなくなっていた。おそらく、勝てないと考え撤退したのだろう。周りを見渡して何もいないのが分かり、思いのほか状況を把握するのに、時間がかかったのだと理解した。
(アルトリアの遠隔操作とはいえ、オートマタでここまで出来るのか。ゲームとは違った全能感だ。これが超人の感覚か、やはり体に精神を馴染ませる必要はあるな)
初戦闘、側から見れば矢を3本射かけられ、相手は逃げ出し自分は突っ立ているだけという、戦闘なのか疑問に残るのが、私のこの世界で初めて遭遇した戦闘だった。