「慣れないな」
先ほどの戦闘を思い出しながら道を進む。
(現実世界だと思うから違和感を感じるんだ。ゲームで魔法攻撃をかわすと思えば、矢を躱すのとさほど変わらないはずだ)
そうは思うものの、やはり仮想と現実は違う。ゲームでは魔法を躱し損ねてもHPゲージが減るだけだが、こちらは肉体へのダメージとなり、当たりどころによっては行動不能になる。勿論、矢1本でどうにかなる体ではないが、それとは別の問題だろう。
(戦闘に支障が無いのは助かるが、早々に慣れる必要がある)
「そう言えば、さっきのはゴブリンか?」
自分の戦闘スキルに驚き、あまりよく見ていなかった。あっちも最後は逃げ出してしまったため、よく確認できなかった。
「まあ、ゴブリンを殺しても、何か剥ぎ取りたいとはとても思えないしな、別にいいだろう。代わりにコイツらを狩ってみるか」
視線を軽く森に向ける。見た目限りはただの森、特に動きもないが、何か潜んでいる。数は2、3匹、自分の移動と合わせるように森の中を移動している。
(完全に私を獲物として狙っている)
ゴブリンでは無い、おそらく獣型のモンスターだ。結構な時間張り付いているため、かなり慎重な性格なのだろう。
(随分と辛抱強いな、狩りの機会を待っているんだろうが、こちらの注意がそれるまで待つつもりか。獣にしては賢そうだ)
襲ってこないならこちらから仕掛けるのもいい。待つか、それとも先制か、などと考えている時、森の中の気配が増えた。
(倍以上は増えたな。なるほど、仲間を待っていたのか。一人相手にこの数を用意するとは慎重で狡猾なようだ)
援軍到着でいよいよ狩りに移行するらしい。森の中を並走しながら逃げ場を塞ぐように群れは素早く広がり、此方との距離を縮める。
気配で位置が分かるため、獣達の状況は筒抜けだが、森を見る限りでは変化はない。
(上手い狩りをする。これなら大抵の動物は狩られるだろう)
その迅速な群れの動きと隠密性、ここまで徹底された狩りの手法は素直に賞賛に値する。相手が私でなければ間違いなく脅威だろう。
「ググヴルルルゥゥ」
前方50メートルほどの茂みより1頭の狼が現れる。唸り声を大きく上げ、自分の存在を知らしめるようにこちらを睨む。
(狼だったか)
それにつられて私が足を止めると、それと同時に真横の茂みから3頭の狼が飛び出す。
(目の前の奴は囮、注意を引くためにわざわざ姿を現した。で、コイツらが本命)
さっきとは違い、ゲームの感覚を思い出しながら、いっそ攻撃を受けるくらいの覚悟で立ち回ると決めると、案外冷静に戦況を把握できる。
最初の首への噛みつきを身体の軸をずらす事で躱し、腰の片手剣を引き抜きながら狼の首に一閃。決して細くはないそれを容易に切断、切り飛ばす。
血飛沫が上がる前に2頭目の追撃が来る。なおも首に食いつこうとするそれの顎に膝蹴りを打ち込む。巨体が軽く浮き上がり吹き飛ばされる。1頭目より出血は無いがおそらく頭は潰れただろう。
(そう、この感じだ)
身体が上手く動く、さっきの様な精神だけ置いてけぼりな感じはない。
2頭とも声を上げる間も無く即死し、それを見た為か3頭目は怯み攻撃を躊躇した。そんな隙を見逃してやるわけもなく、距離を詰め首を落とす。
「ギャゥ」
襲撃から5秒も経たずに3頭が死骸となって転がることになった。
(おそらく残りは4頭ほど)
最初に出てきた1頭と、残りはまだ森の中で様子を窺っているのだろう。
いまだに前方で威嚇している狼に視線を合わせて出方を窺っていると、唸るのをやめ此方への視線を切って森の中へ帰って行く。森の中の気配も、詰めた距離を戻すように離れ、森の奥に消えていった。
後に残るは狼3頭の死骸と、側に突っ立っている自分だけだった。
「戦ったという意味ではこれが初戦闘か」
(この身体オートマタのくせによく動く。私の戦闘スタイルに合わせても支障はないな)
軽く片手剣を振り回し、腕の具合を確認すると剣を腰に戻す。
「考えるのは移動しながらにしよう。と、せっかくだ初勝利の戦利品として貰っておこう」
狼の死骸をアイテムボックスに入れ、再び街へ向けて歩き始める。
「まるでタイムスリップしたようだな」
バハルス帝国という国の街並みを眺め、感想が漏れる。綺麗に整備された街並みであり、地面は石畳が敷かれ、みすぼらしい印象は受けない。
そして何よりそこを行き交う人々。ここしばらく間近で人と関わらなかった為、こうして人とすれ違うことさえ、懐かしく感じる。
(さて、まずは冒険者組合だ)
この街に入る際、門を警備する兵士に軽く呼び止められた。いくら見た目が怪しいからといっても、それだけでどうこうとはならないが、一応呼び止めたといった感じだった。
せっかくなので旅人を装って此方も質問して、会話の中で少ないながらも情報を得る事が出来た。そこで聞いたのが冒険者組合の存在だ、組合としての機能はある程度予想どうりなもので、私のギルドへ侵入したのも、おそらくこの組合の者だろう。情報を得る目的でも行く価値はあると判断した。
バハルス帝国の街を囲むように大きな壁があり、その門は今日も多くの人が出入りをする。
「マウルさん、昼飯食ってきたんで交代しますよ。飯まだでしょ」
部下が話しかけてくる。
今日も今日とて変わりばえのない日で終わるだろう。帝国の兵士として志願し16年の月日が経っている。何故兵士になったかと言われれば、兵士になりたかったわけじゃないと答えるだろう。それしかなかったのだ。
「そうか、じゃあちょっと行ってくっかな」
最初は冒険者だった。受けたい仕事を選び、強い武器を腰に下げ、自由に生きる。若き自分にはそう思えたのだ。しかし現実は実に泥臭いものだった、華やかに歩めるのは才能を持った者だけ。
いや、賢くなくとも、もっと堅実にしていれば、それなりにやっていけたかもしれない。しかしその頃の俺は、自分の実力を過信、身の丈に合わない依頼を受け失敗。そんなことを続け1年もせずに冒険者を辞めた。結局は才能が無かったのだ。
「なんか美味くて安いとことか知らねえか?」
「安いならありますけど。美味いってなると」
「ま、安くて量があるのがまず一番だけどな」
冒険者を諦めた末の兵士志願だったが、今では部下もいてそれなりに上手く仕事をしていると思う。
若い頃は退屈で時々通る冒険者を羨ましく眺めるのが苦痛だった。歳を重ねて、その変わらない日常も悪くないと感じるまでは、少し時間が必要だったが今は現状に不満ない。たまに少しの刺激が欲しくなるが。
そんな事を考えたからだろうか。飯に行くために鎧を詰所に置きに行こうとした時、目に留まる人物がいた。
フード付きのマントを被り、首元には布が巻かれ口と鼻まで覆っている。こちらからは目も見えない、手袋をはめ素肌が見えるところはなく、全身黒で覆われている。
しかし目に留まった理由はその外見ではない、雰囲気だ。10年以上も行き交う人を眺めているのだ。なんとなくだが常人とは違う、正体不明の異質さを感じる。理由は説明できない直感のようなもの。
「飯行く前に、ちょっとあれだけ行ってくるわ」
「は?あ、はい」
部下は俺が気になる通行人を見つけたと察し、軽く返事をする。
「ちょっといいかー。そこのフード被った黒いマントの」
声をかけると、特に慌てた様子もなく、足を止めてこちらを向く。行動に怪しさはない。
他の通行人を避けながら、黒いローブの人物の前まで行く。近づいたからと行って、その異質さが濃くなることはなく。やはり、なんとなくそう思う程度だ。
「悪いんだが、少し気になったんでな。少しいいか?」
「別に構わないぞ」
俺より背が低いため、少し見上げるようにして、そいつは応えた。
(女か。声からして結構若いな)
間近で見ると確かに小柄な感じがする。女だからというのはないが、それでも若干警戒心が下がった。
「悪いな、いやその珍しい格好をしていたんでな。それに荷物らしい荷物も持っていなかったからな。それで少し気になったんだ」
取り敢えず無難なところをつつく。
「ああ、この格好か?まあ自覚はある。荷物はあまりかさばらないんだ、いい魔道具があってな。一人旅には中々便利だ」
腰には剣があるが、口ぶりから魔法も使えるのかもしれない。女の一人旅ならその格好もそれなりに説明がつく。
「一人旅か、王国から来たのか。まあ王国に比べりゃこのバハルス帝国がいいとこってのは当たり前だがな。腕もそれなりにあるのか」
「一人旅できる程度にはな」
もしかしたら結構高位の魔法詠唱者で俺が感じたのは、その独特の雰囲気なのかもしれない。
「もしかして魔法も結構使えるのか?」
「まあまあだ」
否定はしないようだ。
「そうか、引き止めて悪かったな。時間をくれた礼に冒険者組合の場所を教えておこう。行くだろ?」
さすがに怪しい格好だけで連行とまではいかない。する必要もないと判断した。取り敢えず声を掛けて話を聞くという事はできた、話に特に矛盾も無く、隠し立てするような怪しさはない。
「…ああ、そうだな。聞いておこう」
返事が若干曖昧だったが、すぐに用がある訳ではないんだろう。一人旅と言っていたし、帝国を観光してから行くのかもしれない。
「あ、もしかしてワーカーだったか?」
勝手に冒険者だと決めつけていたが、ワーカーの可能性もある。
「ワーカー?」
ワーカーの事は知らないようだ。王国にワーカーはほとんどいないらしいしな。
「いや、何でもない。知りたければ組合で聞けば教えてくれるさ」
その後組合の場所を教えてやると、女は礼を言って街の中に入って行った。
「よかったんですか?」
後ろから部下が話しかけてくる。
「まあ、強く引き止める理由は無かったしな。あれが限界だろう」
「でもマウルさんが怪しいと思ったんですよね?結構当たりますよねそれ」
「流石に絶対じゃねーよ、話した感じ犯罪者独特の不快感は無かったしな。それに本当に悪巧みする奴は、疑われる格好で来ない」
「そりゃ…確かに」
これ以上考えても仕方ないだろう。
「よしっ、取り敢えず終わり。俺飯行ってくるわ」
「あ、はい。了解です、じゃあまた後で」
「おう」
「冒険者組合か」
組合を目指しながら帝国での活動を考える。冒険者組合への登録は何も情報だけではない。依頼を受ける事で資金を得ることができる。
騒ぎを起こさずに行動するには、ある程度の金が必要になるだろう。この身体なら暴力沙汰でどうとでもできそうだが、流石にそれは脳筋すぎる。物事をスムーズに進めるためにも金はいる。
別に冒険者登録出来ずとも、モンスターの素材を売ることが出来るだけで、随分助かるのだが登録出来るかまだ分からない。もし登録時に魔道具に手をかざしたり、血を垂らしたりでステータス確認などするシステムだったら、オートマタでは誤魔化しきれない。なので最悪素材だけでも売れればいいと考えている。
そうこうしていると門の兵士に教えられた場所に着く。
「行く前にポーション補充しなきゃいけないから、あそこ寄ってから行くぞ」
「あれ?無かったんだっけ?」
「ほら、この間の依頼の時使ったろ」
組合の建物を探していると、それらしい連中が右側の建物から出てきた。
(どうやらここのようだ)
扉を開け入って見ると、中は思ったより閑散としている。冒険者と思わしき人は私を含めても7人程。
(意外といないのか?)
突っ立っていても仕方がないので、誰も並んでいない受付らしきカウンターの前に出る。
「こちらの組合は初めてですよね?依頼の受注ですか?」
受付の組合員らしき女性が質問してくる。
「ああ、実は冒険者組合を利用するのは初めてでな。何も知らないんだ」
「あ、なるほど、組合自体が初めてと、分かりました。では冒険者として活動したいと考えている、ということでいいんでしょうか?」
「一応そのつもりなんだが、冒険者となるための手続きは、どんな手順で行うのか聞いておきたい」
「そうですね。まず冒険者になる場合、冒険者登録していただきます。登録となりますとまず必要書類料として5銀貨頂きます。それからこのような書類に、ご自身の冒険者としての能力、つまりスキルなどを書いていただきます。そして最後に講習を受けていただき登録完了となります。これが登録する際の大まかな流れとなっていますが、何か質問はありますか?」
「あまり顔などを晒したくないんだが、このままでも大丈夫か?」
「はい、そういう方も少なからずいますし、問題ありませんよ。ですが登録後に渡されるプレートがあるんです、それを無くされてしまうと、本人かどうか確認出来ないので、そういったところで問題が起きる場合もあります」
(なるほど、しかし私にとっては特にデメリットに感じないな)
これならオートマタでも問題なく登録出来そうだ、少なくともこれでバレるような事はないだろう。