ガンダムビルドダイバーズ Behind the scenes 作:ほぼ読み専
四つのベッドが配置され、それらがカーテンで仕切られた清潔な室内。
その中のひとつに横になっている老齢の男性は、ベッドの脇に座る少女に声をかける。
「嶺。学校はどうだい?」
「大丈夫。ちゃんとやってるよ。お父さんとも連絡は取ってる」
祖父の見舞いに訪れた嶺は、掛布団の上に置かれた彼の手をそっと撫でて言った。
皺だらけで乾燥してカサカサしているが、綺麗に爪が整えられたその手はとても清潔で──嶺はなんだかそれが酷く悲しくなる。
かつて祖父が元気だった頃。彼の手はいつも荒れていて汚かった。
不精してあまり切らない爪はいつも少しだけ長くて、指にはいつもなにかしらの塗料が付いていた。手のひらだって接着剤や有機溶剤を扱うせいか、カサカサというよりもガサガサと荒れていて、その手で頭を撫でられると、髪の毛がひっかかって痛かった記憶がある。
でも、そんな祖父の手が嶺は好きだった。幼い時の彼女にとって、この大きくて荒れた手は魔法の手だったからだ。
祖父は特に戦車のプラモデルが好きで、店内のディスプレイケースには彼が作った作品がずらりと並び、常連客はもちろんのこと店を訪れる者たち皆に大変好評だった。
祖父の作品が褒められるたびに、祖父母に懐いていた嶺は誇らしい気持ちになったのを覚えている。
箱に収まっている時には見た目にも安っぽいプラスチックで出来ていたはずのパーツが、祖父の手にかかれば本物の金属のような質感を持ち、
あまりにもプラモデル作りに熱中するあまり、店番を祖母にばかり任せて自分は店舗奥の作業部屋に籠りがちで、たびたび祖母に雷を落とされていたのも今では楽しい思い出だ、
そんな祖母も今はもういない。あんなに大きく感じた祖父の手は、
「あっ、そういえばね、私、友達できたんだ。同じ年でガンプラバトルやってる女の子」
昔を思い出して少し切なくなった心を誤魔化すように、嶺はことさら明るい声で最近の出来事で一番嬉しかったことを話す。
「おお……そうか、そうか。良かったなあ……嶺は同級生の子をウチに連れてきたことがなかったからなあ。学校が終わったらすぐ帰ってきてくれるのはいいんだが、店でずっとガンプラバトルばっかりしていて、婆さんともども心配して……」
目を細めてうんうんと嬉しそうに頷く祖父。
「もう、それは言わないでよ。あの時は本当にそれが楽しくて、他の事に興味が向かなかったんだから」
ばつが悪そうにそっぽを向いて唇を尖らせる。そんな孫の姿を祖父は穏やかに見守っていたが、やがて何かを決心したように静かに語る。
「店のことと言えばな、嶺。一昨日に常連だったシゲちゃんが見舞いに来てくれたよ。それで思い出したんだが……店に飾ってある爺ちゃんの戦車、あれ、
思わず逸らしていた顔を戻した嶺は目を見開いた。だって覚えているのだ。彼女がまだ小学生だった頃、熱心なミリタリープラモのファンであった
『金の問題じゃあねえよ。こりゃあな、俺が魂削って作り上げた、命が籠った作品なんだ。どれひとつだってくれてやるわけにゃいかねえ。ま、テクは教えてやるから、欲しけりゃ自分で作るんだな!』
そう言って豪快に笑っていた
「そんな、そんなこと言わないでよ……まるで──」
「まるで
「──ッ」
つい口をついて出そうになった言葉を当てられ、二の句が継げない嶺に祖父は困ったように笑った。
「シゲちゃんにもおんなじこと言われたよ。で、怒られた。『縁起でもないこと言うな』ってな……ったく、あれだけクレクレ言ってたクセに、いざとなったら断るたあどういう了見なんだか……」
祖父の言葉に堪らなくなって俯く嶺は、それでもなんとか言葉を絞り出す。
「……早く元気になって退院してよね。じゃないと、おじいちゃんの作品、フリマアプリで売ってガンプラの軍資金にしちゃうから」
そんなつもりは毛頭ないが、あまりの祖父の様子につい憎まれ口を叩く。元気だった頃の彼が聞けばきっと大いに慌てただろうに、今は、
「……それも悪かねえかもなあ」
などと言って力なく笑う。あれだけ熱心なモデラーだった彼の口からはもう「プラモデルを作りたい」という言葉は出てこない。そんな弱った姿に、嶺は今度こそなにも言えなくなった。
§
丁寧にプラ板から削り出したパーツを仮組みして動かしてみる。
可動域、塗装クリアランス、強度……確認しなければならない項目はいくつもある。普段なら妥協できる範囲の出来だったが、どうしても納得できずに嶺は組み上げた部品を足元のゴミ箱へと放り込む。
「……ダメ。強度が不安。これじゃ世那の操縦に耐えられない」
己へ言い聞かせるように独り言を呟いて、形を微修正した図面を元に、またプラ板の切り出しからやり直す。足元のゴミ箱には似たような形状のパーツと、切り出しに失敗したプラ板がいくつも転がっていて、ひとつひとつは小さな物であるにも関わらず既に底は見えなくなっているほどだ。
──イワナガ模型の一階。灯りのない真っ暗な店舗部分。その奥に設えられたドアの向こうが、今の嶺にとっての戦場だった。
「こんなに必死こいてガンプラ改造するの、いつ以来かな……」
集中力の途切れを自覚した嶺は一端作業を中断して、椅子の背に体を預けると目を閉じる。
ここはかつて祖父が使っていたプラモデル作りのための作業室だった。一階にある店舗の奥。カウンターのさらに向こう側にドアがあり、そこを開ければ六畳ほどの空間が広がっている。
コの字型に設置された作業机には、効率を考えられた配置で各種の機材が置かれていて、エアブラシ塗装のための換気設備には、プロのモデラーも愛用する本格的な塗装ブースが置かれていた。
他にも机の上には電動リューターや電動ペンサンダーが並び、壁の棚にはプラ板やプラ棒をはじめ様々な
「おじいちゃん……」
ふと視線を壁にやると目に入るのは祖父が愛用していたゴーグル型の拡大鏡。「老眼は辛ぇなあ」とぼやきながら、背中を丸めて作業をしている祖父の後ろ姿が、潤んだせいで少しボヤけた視界に重なる。
同時に思い出すのはベッドに横たわった祖父との会話。
「……んぐ」
病室で祖父が口にした言葉を振り払うように、乱暴に目元をごしごしと擦って体を起こした嶺は、再び机に向き直るともくもくと作業を再開した。
「今は、これに集中しなきゃね……」
──結局のところ、
目の前のどうしようもない現実から目を逸らすようにして、
祖母が失われ、店も閉店して仲が良かった常連客とも疎遠になった。そして今、祖父さえも失いかけている
「セナともっともっとGBNを楽しむためにも頑張らないと……」
まるで何かに追い立てられるようにして作業に没頭していく嶺。
イワナガ模型の作業室の明りは深夜まで消えることがなかった。
Tips
・塗装用換気ブース
プラモデル制作においてエアブラシ塗装を行う場合は必須の設備で、噴射した塗料やそれに含まれる有機溶剤が室内に撒き散らされることを防ぐ。
イワナガ模型にある物は、性能も最強なら値段も最強で有名なモデル。
嶺が中学生の頃に祖父が独断で購入し、後日領収書を見た祖母は口から火が出るほど激怒したという。
・後書き
拙作をお読みくださり、誠にありがとうございます。
仕事も本格的に始まりまして毎日更新とはいかなくなりましたので、一端ここで連続更新はストップとなります。
章ごとにまとめて執筆→連続投稿、というのが私の執筆スタイルなので、ストックが出来ましたらまた更新を再開いたします。
また、切りの良いところまで(それでも序章ですが)書き切れましたので、チラシの裏から通常の投稿に切り替えてみようかと思います。