ガンダムビルドダイバーズ Behind the scenes 作:ほぼ読み専
天使が、墜ちる。
片翼となった巨大な翼を捥ぎ取られ、周囲に展開していたフェザーファンネルの残骸を巻き込みながら墜落していくディビニダド。
もがくようにして残った片腕を伸ばす先には青い惑星が小さく見える。
しかしそんなクラックス・ドゥガチの執念を嘲笑うかのようにして一体の悪魔が天使の前へ降り立ち、己の体でもって小さな青い星を背に隠した。
細身なシルエットには不釣り合いなほど巨大な刃を両手に携え、鳥のような翼を広げる濃紺の機体──ガンダム・カイムは、俗に言う「Z顔」を思わせる、鋭いフェイスデザインが為された頭部のツインアイを紅に煌めかせると両腕のレイザーブレイドを翼のように広げて飛翔する。
「覚悟ぉー!」
最後の足掻きかディビニダドは胸部の装甲を展開。内蔵されていた核ミサイル全てを、たった一機の敵へ向けて発射しようと試みる。
「無駄無駄無駄ァーッ!」
カイムのコックピットで吠えるセナに合わせて、機体リアアーマーに搭載されていた五基のCファンネルが分離。緑光を引きながら本体を追い越して飛翔し、不規則な機動を描いて飛来する核ミサイルの先端、弾頭部分を正確無比に貫き全て切り落としてみせた。
最後の切り札も失ったディビニダド。彼我の距離を詰める凶鳥へ向け、天使の頭部が開くと光が放たれる。頭部に搭載されていた強力なビーム砲だ。
「──ッ!」
コックピットのモニターを埋め尽くす光に目を細めるセナ。同時にMS一機に対しては過剰とも言える極大の光線に飲み込まれるガンダム・カイム──
「そんなものでぇーッ!」
──だが、この程度の攻撃で悪魔の進撃を止めることは出来ない。
光の津波を両腕に携えた刃でこじ開け、血のように紅いツインアイを光らせた悪魔の顔が現れる。かの魔神はその手に持つ凶刃でもって、
これは単純なスキルとしてのナノラミネートアーマーの効果だけではない。カイムの持つレイザーブレイド、その作り込みがGBN内で反映された結果だ。
「とまるかーッ!」
この大型の刃は、雑誌付録であった「AGE-1 レイザー改造ウェア」というキットに付属するものだが、もとは色分けもされていない白一色で形成された単純なパーツだ。
普通であれば、刀身部分を塗装をすることでシグルブレイドの色味を再現する必要があるわけなのだが、レイはそこからさらに一歩踏み込んで、元のパーツを分割し、刀身をいちから新造した。
新たに色付きのクリアプラ板から削り出した刃となるパーツは研ぎ出し──クリアパーツの
分割した刃部分で型をとって、クリアレジンで置換すればだいぶ手間も省けるのだが、「刀身」という強度と鋭さが必要なものを作るため、レイに妥協という選択肢は存在しない。
エッジを立てるために削る量を計算に入れての切り出しからはじまり、歪みのない刀身の形成、ヒケ処理に研ぎ出しと、いっそ狂気的とすら思える拘りを持って生み出された新緑の刃。これだけの手間をかけられて作られたカイムの剣は作り手の想いに応え、見事、ハイランカーが制作した巨大MAのビームすら切り裂いてみせた。
「トドメだーッ!」
光の奔流を抜け出したセナは気合の叫びと共にレイザーブレイドを連結。投擲された刃は彼女の意思によって軌道を変え、ディビニダドを咄嗟に翳した巨大な腕ごと頭頂部から縦に切り裂く。
【Phase4 Mission Success!】
巨大な体のあちこちを爆発させて墜落するディビニダドを背景に、セナとレイのコンソールには第四フェーズをクリアした旨の通知が表示された。
§
資源衛星に設置された小型ステーション。簡易的なMSハンガーも備えられたそこは、次のフェーズに備えてインターバルを取るために設けられた、インターミッションエリアである。
このエリアでは敵機は出現せず、また備え付けのハンガーにガンプラを駐機させることで多少ではあるが機体の装甲値を回復することが可能で、同時に武装の残弾やビーム兵装のエネルギーも補給することができる。
どこかのチャンプのようにタイムアタックをするのならばスルー安定のエリアだが、今回二人の目的は新機体の性能確認と慣らしであるため、ありがたく利用させてもらっていた。
そういうわけで今はしばしの小休止の時間。自機の回復を待つ間、無重力を再現したハンガー内を仰向けで漂いながら、チューブゼリーのようなものをちゅーちゅー吸っていたセナは器用に体を回転させると、傍らで機体ステータスを確認していたレイへと声をかける。
「次はいよいよボス戦だね。楽しみだなー」
「そうだね。操縦してるのはNPDだけど、ガンプラのデータはハイランカーが使っているものと同じらしいから、きっと強いよ」
自宅からのログイン勢であるレイはプラクティスモードにて事前にそれなりのパラメータ調整を行ってはいたが、そうは言っても大幅な改造を施した弊害だろう、やはりまだまだ実戦においては
己が想定した性能と実戦での齟齬を今までの戦いで実感し、このセーフエリアを利用してイフリート・ゲヘナの細かい所まで突っ込んだ繊細なパラメータ調整を行っていた。
なにせ次の相手は
ちなみにセナのほうは、これまでの連戦の中で敵機とエンカウントする合間合間の僅かな時間に、ちょいちょいっといった感じで手早く調整を終えていた。
そんな雑なやりかたで大丈夫なのかと思ったレイだが、フェーズを経るごとに明らかに動きが洗練され、自身が試運転として搭乗した時とは比較にならないほどの大立ち回りを見せられればなにも言えない。
なんとも恐るべきは才能である。
非才なこの身で出来るのは、とにかく対戦を熟して少しづつ操作の違和感を削り落としてゆく地道な反復。だが、文句のひとつも言うつもりもレイにはない。イワナガ模型が閉店してからこっち、ここまでガンプラバトルに夢中になれていることがなにより嬉しく、また楽しいから。
「このミッション、面白いしやりごたえあるし、作ってくれたクオンさんってダイバーに感謝だよ」
「ね。しかも今まで出てきた敵の機体、全部実際に作ったっていうんだから、もうGBNの上位陣って次元が違うわ」
「第二フェーズで出てきた、あの鳥みたいな大きいやつとか、確かに強かったもんね」
「鳥……ああ、ハシュマルね」
調整作業によほど没頭しているのか、会話はすれどもこちらを見もしないレイの後ろ姿。それがなんだか少しだけおもしろくないセナは、近くの手摺を蹴って自分より大きな背中に飛びつくと、持っていたゼリーのチューブを彼女の口元に差し出す。
「っと……セナ?」
「ねーねー、レイ。ちょっとこれ、飲んでみて?」
「んー? って、これ、CFの
セナの持っているチューブ──商品名と製造番号のみが印刷された簡素過ぎるパッケージを見たレイが思わず顔をしかめる。これはCF社、カコトピアフーズという実在の企業がGBNとコラボしてディメンション内で販売されている食品なのだが、この企業、一部の商品でどういうわけか奇天烈な味付けのものばかりを出すことで有名なのだ。
セナの持っているゼリー飲料はそんな商品の中でもとりわけ名の知れたシリーズで、「物資不足の世界において最低限の栄養摂取のみを目的とした効率的な食事」──という設定の「ディストピア飯」と呼ばれるものだった。
「まあまあ、騙されたと思って。度胸試しってやつだよ!」
「……はいはい」
ほらほら、とぐいぐい口元に飲み口を寄せてくる友人に、「これは一口でも食べてみせないと引かないな」と諦めたレイは、仕方なく少しだけ──もちろんこのシリーズの悪評を知っているから──口に含んだのだが……
「──ッ!? ~~ッ!!?」
──自分の見通しが甘かった。そう後悔する間もなくレイの口内を未知の味覚という暴力が支配する。
VRにおいて現実との差異が最も顕著に出る味覚という部分。特に現在のGBNではその再現性は低く、あまりハッキリとした味を感じることは少ないはずなのだが、そういったレイの考えを嘲笑うかのように、口内に侵入した
「んぐっ!? ぷはっ……うぇっ、ちょ、なに!? ごほっ、これ……!? く、口の、中が、うげっ、大惨事なんだけど!? あ゛~! マッッッズ! ホンッとマッズい!!」
「あはははは! ねー。ホント不味いよねそれ。味覚再現度があんま高くないGBNでここまでマズく出来るって逆にすごくない?」
両手で口を抑えて悶絶し、女子が出してはいけないダミ声でもって文句を叫ぶレイを見て笑い転げるセナ。
レイが食べさせられたゼリーはチョコミント味。確かに舌に触れた瞬間は「それっぽい」味がしたものの、直後に襲い掛かってきたチョコ部分のドロドロな甘さとゼリー特有の食感。そして再度やってきたミントの過剰すぎるスースー感、そしてそれらを全て内包した
人によっては「歯磨き粉」と揶揄される、市販のチョコミントアイスなど歯牙にもかけないレベルの不味さ。
たった一口含んだだけだというのに未だ居座る不快感に、慌ててレイはアイテムボックスから飲料水を取り出してがぶ飲みする。ボトルの半分ほど飲み干したところでようやっと違和感が消えた。
繰り返すが
ちなみにだがこのディストピア飯、セナが購入したものとは別に、比較的
「──ぷはっ……あー、覚悟してたけどひっどい味……セナ、よくこんなの平然と飲めるね」
「まー、さすがに美味しいとは思わないけど、こういう
身体的な問題から現実での食事において厳しい制約を受けるセナは、その反動なのかGBN内で販売されている
本人いわく飲食可能なVRゲームにおいて、彼女は自他ともに認める
明らかに体に悪そうな色をした駄菓子などまだ可愛いほうで、見ての通り最近では不味いことで逆に有名なディストピア飯シリーズにも手を出しているのを見るに、なるほどたしかにとレイも同意せざるをえない。
「普段の食事も薄味のが多いからかな。逆にこういう強烈な味に飢えてるのかも?」
──それ多分、病院食のことだよね?
とはレイも聞けず、なんでもない顔でサラっと重いことを言われてしまえば、友人の暴挙に文句も言いづらい。
少しだけ気まずい思いを感じたレイは「そっか……」とだけ答えると、再びコンソールに向き合い黙々と操作し──
「……っと、これで、終わり、っと」
──ついにイフリート・ゲヘナの準備が整った。
「おっ、レイ、それじゃあ──」
「うん。準備は万端。さぁて、ハイランカー様のガンプラがどんなもんか、いっちょ試させてもらいましょうか」
お互いに闘争への期待を隠そうともしない獰猛な笑みをその顔に浮かべ、二人はそれぞれの愛機へ乗り込む。
セーフエリアの設備で回復を受けた
──さあ、
§
ジャバウォック、というのはルイス・キャロルの児童小説「鏡の国のアリス」に登場する怪物のことだ。
いや、登場する、というと少し語弊がある。
より正確に言えば、作中に出てくる「ジャバウォックの詩」で語られている怪物を指す。
その姿と言えば作中でも明確にはされず、挿絵を担当したジョン・テニエルによって描かれた姿は細い体格のドラゴン、いわゆる西洋竜のような姿であった。
「おお~……これが……!」
「確かにドラゴンっぽくはある……のかな?」
ジャバウォックの怪物という異形の存在を、クオンというひとりのガンプラビルダーがどのように解釈し、愛機に落とし込んだのかは、本人ではないレイにはわからない。
だが、確かにシルエットだけを切り取ってみれば、なるほど西洋の竜、巨大な胴体に強靭な四肢と翼、さらに長い尻尾を持つ「ドラゴンのような」姿だと言えるだろう。と、このミッションに赴くにあたり、対ジャバウォック戦のためにあれこれ調べたさいに原作の挿絵を見ていた彼女は考える。
上半身はMGユニコーンガンダムの胴体だが、腕として付けられているのはMGの胴体に比してもなお巨大な、サイコガンダムとサイコガンダムMk-Ⅱのものをそれぞれ片腕ずつ。
頭部にはハシュマルのものだろうパーツが用いられてはいるが、その上からドラゴンを模したようなアーマーパーツを被せているし、そこから片側に三つ、反対側に二つの五つの複眼が覗く。
下半身はハシュマルの頭部とバインダーを外したものをニコイチにして接続し、大きく長い脚部には凶悪な爪、尾部からはワイヤーブレードが伸びる。
背部にはシナンジュのバックパックを用いて、さらにそこへ先のフェーズでボスとして出てきたディビニダドの片翼と、それに対となるように、こちらは幾枚ものプレート──胴体がユニコーンであることと、なによりいくつもの動画で確認したが、あれはサイコプレートだ──で構成されたウィングユニットを漆黒の空に広げている。
そして背中にはバカみたいに巨大な、しかし半ばから折れた剣を携えていた。
その威容、その迫力、まさに
一見すればあれもこれもと無節操にガンプラを組み合わせたようにも見えるのだが、各所に配されたアシンメトリー要素と、ハイランカーらしい高いビルダー能力によって構築された怪物は、奇跡的なバランスで成り立っている。
──相対しただけでわかる完成度……これがGBNのハイランカー、か……
さながら、いやボスなのだから当然だが、悠然とこちらへ近づいてくる敵機を望遠モニター越しに眺めながら、レイはひとり胸中で慄く。
己のビルダーとしての能力が、同年代と比較しても頭ひとつは抜けているという自負を持つレイにして、目の前に現れた怪物の姿には戦慄を覚えるほどの出来栄えなのだ。
イワナガ模型は確かに地方都市のいち模型店にすぎないが、その実、かつての常連の中にはGPD世界大会の日本代表候補にまで選出された逸材がいた、ガンプラバトル関係者の中でも知る人ぞ知る隠れた鉄火場だった。
そんな環境で生活の一部としてガンプラバトルを嗜み、まして当時はGPDが主流の、
だが、いや、だからこそだ。この目の前の怪物の強さを、傍らの
心の中に小さな、しかし確かな怯えの感情が芽生えるのを自覚する。
しかし、それでも……
──ふっ……ふふっ……久しぶり、
ヴァルガでセナと遭遇した時とは違う。
相手のガンプラの完成度が想像より遥かに高く、「機体の出来は良くても所詮はNPDが操る敵」という先入観を良い意味で吹き飛ばしてくれた。
──GBNはこんなにも
知らなかった。知ろうとする余裕もなければ、積極的に調べようともしなかった自分はなんて愚かだったんだろう。
ハイランカーがこんなに素晴らしいガンプラビルダーたちだったなんて、そんな彼ら彼女らがこんなに素晴らしいクリエイトミッションを提供してくれていただなんて。
ダイバーランクに頓着していなかった無知さが、GBNにはこんなにも素敵な戦いがあったことを見落とさせたのだ。
とどのつまりは──レイという女は根っからの
相手の威容に怯える気持ちは確かにある。しかしそれ以上にこれからの戦いへの期待に心が震え、全身にゾクゾクとした電流にも似たものが走る。惜しむらくは相手がNPD操作であることだが、今感じている高揚感はそれを差し引いてもなおお釣りがくる。
大好物を目の前に「待て」を命じられた犬のように口は自然と半開きになり、
普段は少し冷めたような瞳には、今や粘度のある焔のごとくギラついた光が宿り、開かれた口の端は弧を描いて持ち上がって三日月のような形を作っていた。
それは、誰がどう見ても狂相といえるもので、死闘という
まあ当然だ。
ここでビビって後ずさりするような
初めてのバトルで愛機を破損させられ泣き寝入りするような可愛げなど、幼稚園の頃から
いわば純粋培養されたエリートの
ガンプラバトルにおけるレイとはそういう存在で、だからこそ──
『あははっ、レイぃ、今、すっごくコワイ顔してるよォー?』
VRゲームにおける対人修羅勢とも言えるセナと意気投合できたのだ。
「ふふふ……セナぁ──それ、鏡見てから言ったら?」
通信ウィンドウから聞こえた声に反応して、レイは今の己とそっくりな笑顔を隠そうともしない
Tips
・カコトピアフーズ
GBN内で販売されている食品アイテム、「ディストピア飯」シリーズを提供している企業。
なかには普通に食べられるフレーバーもあるのだが、そちらのほうが少数派で入手困難なレアアイテム扱いである。