ガンダムビルドダイバーズ Behind the scenes   作:ほぼ読み専

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挑戦者(チャレンジャー)

 近未来的な室内。

 白を基調に統一され、四人用くらいの大きさのテーブルと、壁面に収納されたせり出し式の簡易なソファなどがある。良く言えば機能的であるが、窓がないためか少し圧迫感もあり、そのため四、五人も集まればやや手狭に感じる一室。

 

 GBNにてフォースを結成した際に運営から自動的に与えられるデフォルトの拠点(フォースネスト)だ。

 

 その中でソファに腰かけるレイは、自身の手元に呼び出した空間ディスプレイを集中した様子で凝視している。

 

 映し出されているのは宇宙空間。その中でも大小のデブリが漂う宙域にて戦闘を行っている、彼女の愛機イフリート・ゲヘナと、それに相対する一機のガンプラ。

 

 レイが最も得意とするミドルレンジの射撃戦を展開しているにも関わらず、その蒼紫を基調とした装甲に一筋たりとも攻撃を触れさせない鋭利なシルエット。ガンダムAGE-2のカスタム機。

 

 ガンダムAGEⅡマグナム。

 

 現GBNチャンピオン、クジョウ・キョウヤの操る彼の愛機であった。

 

 彼女が見ていたのは、先日、マスダイバーの嫌疑をかけられた詫びとして、レイがキョウヤにお願いした一騎打ちの対戦動画のリプレイだった。

 なんとも太っ腹なことに、キョウヤはレイとセナのそれぞれと一対一(タイマン)での勝負を快く受けてくれた。残念ながらマギーのほうは、この後に予定があるとかで断られてしまったが、チャンピオン、文字通りのGBNの頂点との戦いは戦闘狂の二人にとって、マスダイバーの嫌疑をかけられたことを忘れさせるほどには魅力的なもので、二人はそれぞれ目いっぱい楽しみ、限界まで粘って、

 

 ──そして敗北した。

 

 その戦いの熱を思い出すように歯を食いしばり、しかして口角は吊り上がったままに、レイが見つめるディスプレイには対戦ログの映像が流れ続けている。

 

 四機のインコムを用いたオールレンジ攻撃。

 相手の回避パターンを予測した、いわゆる()()()()を併用しているというのに、どこに目が付いているのかと疑いたくなるほどの精密動作で、紙一重にこちらの攻撃を捌き続ける。

 死角ばかりを攻めることはせず、巧みなフェイントを加えた虚実織り交ぜた射撃。大抵の相手ならば一撃は与えられる猛攻も、キョウヤは機体を翻して躱す、躱す、躱す。

 

 有効打さえないものの、しばらくはこちらが一方的に攻め立てる場面が続くが、それが反転するのは一瞬だった。AGEⅡマグナムが振るったシールドの先端が、レイの放ったビームのひとつを()()()()()のだ。

 

 軌道を変えたビームが撃ち抜いたのはレイが操っていた一機のインコム。周囲に漂うデブリの影へ巧みに隠していたのだが、射撃位置を変更するべく僅かに顔を出した瞬間、隙とも言えない刹那の間隙に捻じ込まれたあまりに鋭い反撃によって破壊される。

 

 さらに立て続けにAGEⅡマグナムがビームを弾き返せば、遅れて三連続の爆発が戦場を彩る。

 

 瞬きするほどの間に、キョウヤは自機からは一撃も放つことなく、レイの攻撃を逆に利用して彼女の機体のインコムを潰してみせたのだった。

 

 もう何度も見返しているが、このシーンはつい溜息が出る。

 

 人によって呼び方は異なるが、キョウヤが行ったこれは、主に「斬り返し」と呼ばれる、ビーム系の射撃攻撃を近接武器で弾き返すというガンプラバトルの超高難度テクニックだった。

 

 ただ、レイが驚いているのは、たたでさえ難しいとされる技術を当たり前のようにこなすだけでなく、

 

「……何度見てもないわー。インコムも射撃直後にちゃんと回避運動させてるのに、斬り返しで弾いたビームで偏差射撃じみたことするとか意味わかんない……」

 

 その上で弾いたビームを任意の場所へ返すという、それなりの実力者でも狙って行うには難しい事を、平然と三連続で成功させるその技量だ。

 

 ガンプラバトルにおいては、基本的に近接武装で射撃武器を処理するというのは難しいとされている。

 斬り返しより難易度の低い「斬り払い」──主にビームサーベル等で口径の小さい(バルカン系の)銃弾や出力の低いビーム(ファンネルの射撃)を相殺する技術──とてタイミングが難しく、また、こちらの武装や機体の作り込みが甘ければ、逆に威力を減衰しきれずに被弾する危険のある技である。

 

 斬り払いや斬り返しと呼ばれるこれらの技術は、ガードや回避を選んだ場合に比べて隙を最小限にできるため、相手へこちらの反撃を捻じ込む好機(チャンス)が生まれる事が利点なのだが、前述したような武装を破壊されたり致命傷を負うリスクがある。

 

 レイも斬り払い()出来る。

 が、それとてGPDでの長い研鑽の末に身に着けた技術であるし、もともと射撃戦が得意な彼女の成功率は七から八割程度。どうしてもという場面でもなければ選択肢に挙がらない。レイの過去の経験から言わせれば、ビーム系の射撃攻撃というものは、基本的に回避するなり盾や装甲(防御兵装)で防ぐなりするものという認識である。

 

 斬り返しに似た事ができる装備としてはSEED系の「ヤタノカガミ」というものもあるが、あれは弾いたビームの軌道をゲーム側で調整して、自動的にこちらへ発砲した時の発射元の座標の方向へと向かうようにされている。要はゲーム側で勝手に(オート)エイムしてくれているものだ。

 GBNでは再現するにあたり、ガンプラに求められる完成度の水準が恐ろしく神経を使うものであることを除けば、機体さえ用意できるなら誰でも再現できる。

 

 翻って斬り返しが難しいとされているのは、そのゲーム側が処理してくれているビームの軌道を、ダイバー側の操作で任意に調整しなければいけないことで、だからこそレイの認識としては、斬り返しとは所詮()()()であり、もし実戦で敵に当たるとしても固定砲台(動かない的)相手がせいぜい。動目標に当てることなどラッキーヒットの類だ。

 

 それなのにこのチャンプの動きときたらもう、バトル歴の長いレイをして呆れてしまうもので。

 

 このGBNの頂がどれだけ遠いものであるのか。それをキョウヤは言葉ではなくプレイひとつで知らしめていた。

 

「チャンプのバトルはいろんなアーカイブで見てたから、動きの癖もそれなりには知ってたつもりだったんだけど……」

 

 四機のインコムを失うも、そこはレイも一端のファイター。残りの武装を駆使して戦意旺盛に奮戦するのだったが、その後は段々とワンサイドゲームへ傾いてゆく。

 

 四枚のFファンネルを展開したAGEⅡマグナムに対して、奥の手のEXAMまで発動し紅蓮に染まったイフリート・ゲヘナが猛攻をかける。

 アブソーブシステムはアーカイブの動画で種が割れていたためか、Fファンネルでの牽制を交えた近接戦闘を仕掛けるAGEⅡマグナムに、イフリート・ゲヘナは背面に装備されたミサイルとキャノン砲に加え両椀へ直結されたメガ粒子砲、それに装甲内蔵のグレネードを駆使してどうにか近づけさせまいとさせ、さらにEXAMの恩恵でファンネルを回避しては食い下がる。

 

 だが、時間が経てば経つほど戦局はレイにとって覆しがたいものへと傾いてゆく。一分、二分、と交戦するごとにチャンプはレイの行動パターンを恐ろしい早さで把握してゆき、目に見える速度でイフリート・ゲヘナの被弾する頻度が上がっていくのだ。

 左腕とバックパックを犠牲にして数発ほど攻撃を当てることは出来たものの、ついにはアブソーブシステムの要であるシールドのサブアームをFファンネルに切断されてしまい、それによって主兵装たるハイパードッズライフルマグナムによる射撃も交えだしたキョウヤの戦闘機動は、機動力を削がれたレイには手が付けられなくなる。

 それから数分もしないうちに決着はつき、最後は武装をほぼ丸裸にされたうえ、見事にコックピットを両断されてレイの敗北となった。

 

 結局、レイの戦果と言えるものと言えば、AGEⅡマグナムの装甲をほんの僅かに焦がす程度でしかなく、実戦ならば塗膜が少し剥離した程度のものにすぎないというものだった。

 

 ──ランキング一桁は魔物の巣窟。

 

 掲示板かSNSか、どこで見たのかは忘れたが、かつてネットの海でそんな言葉を見かけたことを思い出す。

 

「いやあ……強い。なんていうか、鼻っ柱がぽっきり折られた気分ね。ウチのお店にいた常連さんたちも、たいがいに煮詰まったバトル狂いどもだったけど、GBNの上澄みはそれ以上の修羅だった、と」

 

 ジャバウォックとの戦いではその完成度に驚かされたが、キョウヤとの戦いで味わったのはそれ以上の驚愕だった。ガンプラの完成度と操縦者の技量。この二つを極限まで高めて行きつく先。それこそがガンダムAGEⅡマグナムとの対戦であり、この戦いがレイに齎したものは、彼女が失いかけていたガンプラバトルに対する純粋な()だ。

 

 突然の家族の死と生活環境の変化で埋もれ、セナとの出会いで再び目覚め、ジャバウォックの怪物とチャンピオンによって完全に覚醒したその名は、

 

 ──()()()()()

 

 思い返せばイワナガ・レイという少女は、ガンプラバトルにおいて常に()()()であった。

 

 以前にも語った事で恐縮だが、彼女の実家の模型店は片田舎の寂れた個人店であったが、その実はGPD時代におけるガンプラバトル世界選手権の日本代表候補が彼のワークスチーム(専属のビルダー)とともに(たむろ)する拠点(ホーム)でもあった。

 

 かつてのGPD全盛期、ガンプラバトル界隈に綺羅星のごとく現れた様々なファイターたち、そんな彼彼女らと肩を並べる猛者がなんの因果かレイの住んでいる街に現れた。今もって色々と謎がある祖父の人脈だが、これはその中でも飛び切りのもので、レイはそんな相手から直接ガンプラバトルの手ほどきを受けた、いわば師匠とも言える存在が彼だった。

 

 もっともそんな彼もGPDが衰退しGBNへとガンプラバトルの舞台が移り変わった時、VR適正が無かったために引退を表明。それによってワークスチームの面々は解散してイワナガ模型から姿を消すことになるのだが、店主の孫娘として彼らに可愛がられていたレイは、それまでに数えきれないほどに高純度でハイレベルなガンプラバトルを経験した。

 

 手加減はしても手抜きはしない。

 

 義務教育中の子供に対してするにはまったくもって大人げない所業だったが、厳しい反面レイがなにがしかのテクニックを覚えたり、よりガンプラの完成度を高めてくるたび、彼らは大袈裟に喜んでは手放しに褒めてくれたものだ。

 

 バトルをすればガンプラが破損するGPDだったが、常連たちによって様々なキットを融通され、小学生にして「積みプラ」を経験したレイに、彼らと揃って祖母の雷が落とされた事も今では笑い話。

 もともと才能があったのもそうだが、なにより自分の成長を日々実感でき存分に伸ばせる環境は、今にして思えば実に得難いものであったとレイは振り返る。

 

(──でもまあ、バトルするたびボッコボコにされた恨みは忘れないけど)

 

 数えるのも馬鹿らしいほど彼らに泣かされたが、同時に可愛がられもしたので彼女の胸中は実に複雑だった。

 

 彼らがここまでレイに構ってくれたのは、世話になっている店主の孫というだけでなく、少なくない才能が彼女に眠っていたのを見抜いていたのだろう。そうして「鉄は熱いうちに打て」とばかりに幼少期から修羅勢によってガンプラバトルの沼に頭まで沈められ、上位者との戦いが当たり前の環境で鍛えられたレイの気質は根っからの挑戦者(チャレンジャー)

 敵わない、勝てない相手がいてこそ、「いつか負かす」とより激しく燃え上がり熱量を増す。

 

 あまりにも理不尽な戦力差に挫折する、というのはレイにとってはありえないことだった。

 

 なぜなら、そんなものは過去にもう散々経験した()()()なのだから。

 

 ゆえにキョウヤ相手に成すすべなく己が負けるような動画を見ても悔しさこそ感じるが、言葉とは裏腹に声音はとても楽しそうに弾んでいるし、顔には隠し切れない喜悦が滲む。

 

 もちろんそれはただ楽しい思い出を振り返るためではない。

 

 対戦していた時には見られなかった俯瞰視点(TPS)でのAGEⅡマグナムの動きと、コックピットでの記憶を反芻し、チャンピオンの戦いを分析、研究しているのだ。

 

 どうすれば勝てるのか。次に戦う時にはどうやればいいのか。

 

 強敵と戦い、たとえ打ちのめされたとしても、レイがこの命題を探求することを忘れることは決してない。

 

 なぜなら彼女のスタンスはいつだって挑戦者(チャレンジャー)なのだから。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「まーたニヤニヤしてログ見てる」

 

 ひとりで受注したミッションを終え、たった今ネストに帰還してきたセナが、最近になってよく見るようになった相棒の姿を認めると、「またか」という感情を隠そうともしない呆れた目をして溜息をついた。

 

「……ん? あ、おかえりセナ。機体のほうはどんな感じ?」

 

 セナの声を受けチャンプとの対戦映像を停止したレイがディスプレイから顔を上げて投げかけた問に、備え付けの椅子へと腰かけストレージから紙パックの飲料を取り出していたセナが応える。

 

「んー、左手首の稼動がちょい緩いかも。あと右のウィングスラスターの動きが少し渋いって感じたよ」

 

「ん。了解。すぐ調整するね」

 

 軽い調子で応じたレイは新たに立ち上げたウィンドウに修正箇所をToDoリストへ書き込んでいく。

 

 セナの専用機が完成し予想外の邪魔が入った試運転を終え、思わぬ出会いからGBNの頂点との対戦という幸運を経てから一週間ほど。レイとセナが行っていたのはガンダム・カイムの最終的な調整だった。

 ビルダーの間では「フィッティング」とも呼ばれるこの工程は、バトル用のガンプラ作成における最終段階とも言われるものであり、主に関節の固さや近接武装のウェイトバランスといったごく繊細な部分のすり合わせを使用者と行うこと。

 繊細な部分とはいっても勘違いしてはならないのが、それは決して()()()()()()()()()()事だ。対人戦においてはそのごく僅かな差異が勝敗の明暗を分けることがあるし、その傾向は戦闘内容がハイレベルになればなるほど顕著に表れてくる。

 

 もちろんレイとてその点は身をもって知っているため、この工程は特に力を入れて取り組んでいる。結果としてここ一週間ほどはほぼ毎日セナの自宅へと訪問し、彼女に用意してもらったダイバーギアでGBNにログインしていた。

 

 前日に伝えられた修正箇所を直したカイムを学校が終わったレイが持ち込み、そこから夜の七時ほどまで共にGBNへダイブしてミッションやフリーバトルを熟しながら問題個所を洗い出す。そうしてまた新たにセナが機体に違和感を感じれば、レイがカイムを預かり自宅で修正をして翌日の放課後に持ち込む、といったサイクルがここ最近の二人が送る日常となっている。

 

 余談だがフィッティングのことを説明したさい、セナからは彼女の自宅の一室を専用の工作室へと改装することも提案されたが、さすがにそれはレイが固辞した。模型製作の設備というものは、いちから揃えるとなればそれなりに費用がかかるものなのに、漫画本でも貸すような気楽さで自宅のリフォームを提案しないで欲しい、とレイは密かに金銭感覚の違いに嘆息した一幕である。

 

「腰に追加したスラスターのほうはどう?」

 

「そっちは問題なし」

 

「なら本体はこれでだいたい出来たかな……」

 

「じゃあこれで完成──」

 

「Cファンネルとレイザーブレイドも作り直すから、まだ終わりじゃないよ?」

 

「とはならないのかー」

 

 手で弄んでいた紙パックを脇に置いて、テーブルにぐてっと突っ伏すセナ。

 

 数々のVRゲームで鳴らしたセナだったが、現実世界にあるガンプラが密接に関わるGBNは勝手が違い過ぎることと、ガンプラという未知の分野への知識不足から戸惑うことが多い。他のロボット系ゲームではこのような、誤解を恐れずに言うならば「煩雑」とも言える工程などはなく、プレイヤーはゲーム側が許した範囲でアセンブルを組み立て、機体パラメータを調整して己の操作に適合させてゆくのが当たり前だったからだ。

 

「……そんなにチャンプと対戦した時のこと気にしてるの?」

 

 パックにストローを突き刺しながらセナが問うたのは、先日のセナとキョウヤの対戦した内容だった。

 ガンダム・カイムとキョウヤが戦った際、彼のAGEⅡマグナムが放ったFファンネルを迎撃すべく、セナもまたCファンネルを展開したのだが、それらは一方的に破壊されてしまった。

 

「……ぶっちゃけ、めちゃくちゃ気にしてる。素材は同じメーカーのクリアプラ板のはずなのに、あれだけパラメータに差をつけられちゃ、ビルダーとしては黙ってられない」

 

 AGEⅡマグナムのFファンネル、美しい翡翠色をしたそのブレード部分に使われているクリアパーツは有名なメーカーの出しているクリアプラ版から切り出されたもので、直接本人からも聞いているため間違いはないはずなのだが、同じ素材を使ってレイが作ったCファンネルはこれらに容易く砕かれてしまった。

 

「チャンプはこういうことで嘘を言うタイプじゃないし、なにより本人から直接言質とって確認してるから、素材の問題じゃないんだよね。つまり……」

 

 この結果が示すことはたったのひとつ。シンプルな答えだ。

 

「つまり?」

 

「製作者の腕の問題ってことよ……」

 

 GBNでガンプラがデータとして再現された時、出来栄えが機体性能に反映されることは周知の事実だが、実はそのパラメータ関連に関しての詳細は分かっていない──公式が明かしていない──部分のほうが大きい。

 

 割り振る先に際限はないため極論するとGビットの真似事も出来るが、割り振り先が増えれば増えるほど一機あたりのリソースが減って弱体化するし、操作はAIまかせになるのであまり有効とは言えず、基本的には一人のダイバーがログイン時に読み込ませるガンプラは一機が平均。SFSや支援機も付けるなら二機までが限界とされている。

 さらにHGクラスがよく選ばれるのは値段的なキットの手頃さの他に、MGやPGと比較しても獲得できるパラメータに優劣があまりなく、一般的なダイバーの場合は被弾面積を大きくするデメリットのほうが目立つといったことは、GBNのwikiにも書かれているが……ではどれほど作り込めばどれくらいのパラメータのリソースを得られるのか、と聞かれれば殆どのダイバーは口をつぐむ。

 

 結局のところ個人の手によって手作りされる関係上、完全に全く同じガンプラというのが存在しないため、ものすごく大雑把な目安はあるものの詳しい検証はできていないのが実情で、そういうパラメータ関連のなか、最も広くダイバーたちの共通認識として知られていることは、その判定が実にシビアで残酷ということ。

 

 GPD時代から、もっと言えばレイの家の常連だった日本代表候補の彼とそのワークスチームを通じて彼女が知った事実として、例えば同じ素材を使って同じ武器を作ったとしても、使われたプラ板に目に見えないレベルの(ひず)みがあったりすると、はっきりわかるくらいには性能に差が出たりする。

 

 全く同じ製品のプラ板でも個体差というものがある。製品としては問題にならないレベルに収まる誤差ではあるが、ガンプラバトルにおいてはこの差もまた、先に述べたフィッティング同様に戦いがハイレベルになるほど顕著に表れてくる。

 だからこそ、全国大会や世界大会レベルのビルダーともなると、武装ひとつ作るのにも素材の()()から始めるというのは、トップレベルのガンプラファイターにとってはひとつの常識であった。無論、このレベルのビルダーになれば、その歪みを自力で修正することも出来るのだが……金をかければ省略できる手間ならば、そこは金を払ってしまうのが上澄みの連中の考えである。

 

 プラモデルを製造する過程でもこの歪み問題は存在してガンプラも例に漏れないのだが、それはどうしようもない事であるため、()()()バトル用のガンプラを作るとなった時、製作者の前には機体の全面改修という壁が往々にして立ちはだかることになる。

 

 ──人はこれをガンプラバトルの沼と呼ぶ。

 

「まぁ……チャンプの場合、素材の歪みとか自前で修正してるっぽいんだけどね。制作配信の動画を見る限りはさ。でもって、とんでもない精度を出してる……どうすればあんなに精密な作業をあの速さで出来るのか全くわかんないけど。あとは塗装とか仕上げの精度の違いとか、まー挙げ出したらキリがないよ」

 

 そうしたガンプラバトルの負の側面()を説明しつつ、ネスト購入時に買ったコーヒーメーカーからカフェオレを作ったレイは一口飲んでから溜息をつく。

 

「GBNってCMで見るとカジュアルな雰囲気だけど、上はとんでもない事になってるんだね……」

 

 レイの講釈を手にしたジュースを飲みながら黙って聞いていたセナが、少しげんなりした様子で感想を述べる。

 

「ま、カジュアルに遊ぶだけなら、本当に手軽に始められるから嘘じゃないんだけどね……ガチで勝とうとしたら……ね? それにしたって、あそこまで性能差が出るなんて思わなかった。私だってカイムの武装に関しては、本気で妥協しなかったんだけど」

 

 本心から悔しさを滲ませるレイ。彼女とて一角のビルダーである自認があり、己の作製したものに対してのプライドもある。Cファンネルやレイザーブレイドの刃に使われたクリアパーツには、歪みの処理はもちろんのこと、耐ビームコーティング性能を持たせる高級トップコートを塗布し、その塗膜が均一になるよう気を付けながら、何日もかけて何度も何度も重ね塗りと研磨を行い妥協なく仕上げたつもりだった。

 

「わたしはガンプラ作りに関してなにも言えないけど、レイが作ってくれたカイムが凄いガンプラだっていうのはわかるよ」

 

 相棒の努力を知っているだけにセナもフォローを入れるが、そこに忖度や変な気遣いはなく、彼女が心から感じたままの本心だった。

 

 それは忘れもしない初めてカイムを目にした日。

 全身から疲れたオーラを出しながら、レイがケースから取り出した一機のガンプラに、セナは文字通りに目を奪われた。

 全身の鋭利なシルエットと緻密なディテール。作り込まれたフェイスパーツからは凄みすら感じ、プラモデル(おもちゃ)とは思えない存在感の強さに驚いた。

 悪魔の名を冠するに相応しい、力強さと危うい美しさを兼ね備えた雄姿は、レイが帰った後も自室で就寝時間を告げられるまで時間を忘れて見入ったほどのもので、なにより両椀に備えられた二振りの刃と、尾羽のように腰の後ろに広がるCファンネルの(みどり)の輝きは、本物の宝石(エメラルド)を知るセナをして魅入られる美しさだった。

 

 だからこそか、ジャバウォック戦でレイザーブレイドが破壊された時はセナ自身、己の判断ミスに自分でも驚くほど頭に血が上ったのは。

 

「……まあ、こうなったら同じ土俵で戦ってもしょうがないから、アプローチを変える方向でいくよ」

 

 セナのフォローを受けて自分の腕が友人に認められていたことを再確認し、少しだけ表情がほころんだレイだったが、ビルダーとしてのプライドを持つ一方で、己の力が及ばないことなど過去のステキな経験から慣れ切っている彼女は、素早く思考を切り替えてもいる。

 

「どうするつもりなの?」

 

「剛性の異なるプラ板を使った積層構造にするつもり。GPDでもけっこう有名な手法だよ」

 

「それって……もしかして鍛造?」

 

 かつては刀を振るうゲームにのめりこんでいたセナはすぐピンときたようであるが、その顔には「まさか」という驚きが含まれている。

 

「あ、気づいた? 聞いた話だと現実の刀の構造を真似たんだって。GPDだと実体剣、特に刀とかサーベルとかに採用されてる作り方だよ」

 

「ははぁ……」

 

 なんでもないことのように語りながらカップを傾けるレイだったが、セナはカフェオレの湯気の向こうに見えたレイの、職人を思わせるようなある種の覚悟を定めた据わった目から、ガンプラバトルの深淵の深さを垣間見た気がした。

 

「GBNって、実はヤバいゲームだったんだねぇ……」

 

 現実世界で匠が鋼を鍛えて作り出すものを、プラスチックでもってミニチュアサイズで再現しようとするビルダーたちの狂気と、()()()()()()を作るためならばどこまでも突き詰めようとするビルダー(レイ)の姿勢に、セナの口からは思わず感嘆とも呆れともとれる溜息が零れる。

 

 よく沼に例えられるガンプラ作りだが、セナが感じたのはまるで海底に口を開ける海溝だった。

 

 恐ろしい水圧と先の見えない暗闇。人間を容易く飲み込み余人ではたどり着くことを諦めるようなその先に、あえて進んでこそ得られる「勝利」という宝があり、今日もまた、GBNに存在する数多のダイバーたちの多くは、その輝ける至宝を求めて足掻いているのだ。




書きたいエピソードはあるのですが、書いていて「これ、本当におもしろい?」と立ち止まる、書き手の袋小路に嵌ってしまいました。

毎日決まった時間にコンスタントに投降し続け、さらに完結させている作者様たちは凄いな、と改めて思います。
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