ガンダムビルドダイバーズ Behind the scenes 作:ほぼ読み専
鉛色の雲が覆うヴァルガの空に、遠雷を背景にして悪魔と鬼がぶつかりあう。
セナのガンダム・カイムとオーガのジンクスは、どちらとも近接戦闘を重視したビルドで互いに二刀の得物を携えている。
奇しくも似かよったコンセプトに沿って作られた二機のガンプラが、己の刃に殺気を込めて激しい空中戦を繰り広げている。
一合、二合と切り結ぶたび、激突した武器を中心に発生した衝撃波が大気を振るわせるが、お互いにこれはまだ小手調べという認識であった。
手加減をしているのではない。対峙した瞬間から相手が尋常の者ではないと理解しているからこそ、これは相手の手札を引き出すための探り合いに近い駆け引きで、二人のギアは交錯するたび着実に上がってきている。
『くくっ、くははは……ッ! いいぞ、お前!』
マゼンダカラーをしたジンクスのカスタム機。「オーガ刃-X」のコックピットで喜悦を滲ませながら笑うのは、SSランクのダイバー「オーガ」だ。
彼を一言で表すなら戦闘狂。GBNでも特段珍しくもないプレイスタイルだが、このダイバーには少し変わった嗜好があった。
強敵と戦い、相手の強さを引き出し、互いに死力を尽くした上で勝利する。本人に言わせれば「相手の強さを食らう」戦いをこそ好む。
『ここんとこランキング戦も
──俺を失望させてくれるなよ?
「……ッは! じょーとーッ!」
言外に相手が込めた言葉を感じ取ったセナもまた凶暴な笑みのままに吠える。
「こっちだって、やっと引けた
§
『うわああああ!? オーガだ! オーガが出た!』
『ヤベェ! 逃げろ逃げろ!!』
『こ、こんなところにいられるか! 俺はもっと安全に稼げるエリアに行かせてもらう!』
自分を取り囲んでいたモヒカンたちの一部が俄に騒ぎ出す。最初は長距離に対応したレーダーを備えた者が、その存在を認識して慌てて離脱を試みる。その途中、オープンチャットのままに誰かが叫んだ名前によって、焦燥が集団ヒステリーのように伝播し、集まっていたほとんどの者が蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出したことで、レイは今回の企てが上手くいったことを確信する。
「オーガ、オーガね……確か、最近ランキング戦を凄い勢いで駆けあがってるダイバーだったかな。思わぬ人が引っかかったけど、集めた連中が勝手に散ってくれたのは嬉しい誤算だったわ」
なんとなく聞き覚えのある名前を諳んじながらも、レイは機体を翻してセナの元へと急行させる。
「にしても……あれだけ騒がれるってことは、」
──楽しめそうね。
強敵と一人で戦っている
なにせレイとセナがわざわざヴァルガで無駄にヘイトを集めた理由がこれだったからだ。
ヴァルガという場所は常時フリーバトルが解禁されているという特殊性ゆえに、時折ハイランカーや名の知られた実力者が鍛錬目的や新しい武装の試し撃ちなどを目的として訪れる。悪名ばかりが先行しがちなここも、いちいち対戦相手や場所を探し、さらに相手の都合を聞いて許可を得て……といったような煩わしさに縛られないことで、一部の者には重宝されているのだ。
そしてここを訪れる彼らにとって、鍛錬にしろ武器の試射にしろ
つまりは「意図的に乱戦エリアを作り出し、それを餌としてハイランカーを呼び込んで戦いを挑む」というのが今回のレイとセナの狙いだった。
実にシンプルで捻りのない計画だが、実際にランカーの中にはヴァルガの常連もそこそこいるので、結構な確率で有名人が引っかかるらしいというのはネットの情報だ。
そういうわけで、ヴァルガという場所がらゆえに訪れる人間に偏りこそあれ、上手くやれば普通は対戦できない上位勢とも戦うことができる。
ただしそれはランキング戦などの公式の戦いでもなければ、一対一で合図とともに始めるような公平なものでもない。時には集めた連中を警戒しながらのものになるし、今回のように周りが散らなければ彼らを巻き込んだ乱戦になったりもする。
それでもGBNの上澄みと戦えるというのは、二人にとって魅力的だった。
通常、ハイランカーというのは対戦するためのハードルが高い存在である。ランキング戦以外で戦うとなると、直接本人とフレンドになるか所属フォースと
例外としては「G-tube」というGBN内の動画配信サービスで活動を行う「G-tuber」としての顔を持つ場合くらいか。動画配信の鉄板ネタとして、いわゆる「凸待ち生配信」というものがあり、これは配信者が
「
機体を飛ばしながらレイは今までの
セナと出会った時にぼんやりと覚醒し、クジョウ・キョウヤという頂点の強さを目の当たりにしてようやく思い出すことができた。彼女にとってのガンプラバトルとは、こういう
慣れないフルダイブVRとGPDとはまた異なったGBNの環境に合わせることへ必死になるあまり、今まではヴァルガの流儀に
ポイントとか、ランクとか、BCとか、
強い相手と死力を尽くして戦う。
一手間違えれば敗北する、そんなギリギリの戦いをするからこその緊張感。
なによりそれがあるからこそ勝利の味は何物にも勝り、敗北は脳が焼けるほどに身を焦がす。
現実世界では決して得られないこの感覚こそが、レイをガンプラバトルにのめりこませた原点だった。
§
オーガはその日とても気分が良かった。
最近になってGBN内で急速に広がっている違法ツール、「ブレイクデカール」と呼ばれるそれはついにランキング戦にまで浸食をはじめていた。
元は初心者や低ランクのダイバーを中心として使用者が増えていたのだが、とうとう下位とはいえランカーの中にも手を出すものすら出始めて、現在のランキング戦は混迷の極みにある。
彼もつい先日の昇格戦にて対戦した相手がマスダイバーであり、戦いを結果だけでなく過程も楽しむオーガは激しい怒りと落胆を覚えていた。
常に本気のバトルを求めるオーガにとって、GBNの中でも特に真剣にバトルを行うランキング戦にブレイクデカールなどという不正な下駄を履いて挑むなどということは、上等な料理に蜂蜜をぶちまけるがごとき許しがたい行いである。
今日ヴァルガに潜ったのもそんな憂さ晴らしを兼ねてのものだったのだが、ここで思わぬ幸運に恵まれる。
ランキング戦では名前を聞いたこともない無名のダイバー。
しかし対峙して感じた気迫と実力は今まで戦ってきたランカーにも引けを取らない猛者。
『この連携の練度……はッ! なるほど、イフリートとはコンビってわけか! ますます美味そうになってくれるじゃねぇか!』
合流したイフリート・ゲヘナが放った偏差射撃を避けた先、待ち構えていたカイムの斬撃を左手の
料理とすら呼ぶのもおこがましい
「今ッ!」
カイムの攻撃を受け止める形で一瞬動きを止めたオーガ刃‐X、そこを狙ってレイが一斉射撃を放つ。両椀の銃身を高出力モードで展開。インコムも併用した六条のビームが一点へ向かって収束するように伸びる。
『ぜあッ!』
が、カイムと鍔迫り合いをするのとは逆の空いた右手に持ったオーガソードを一閃、収束し威力が増していたはずのレイの攻撃を容易く無効化してみせる。
「──いい腕してるッ!」
オーガの技量とガンプラの完成度に僅かに動揺するレイをよそに、斬り払いのために片腕を振り抜いた隙を突いてカイムが鍔迫り合いを強引に解除、相手の得物をわざと下に滑らせると、スラスターの反動を使って右脚から回し蹴りを繰り出す。
「でりゃあっ!」
しかし、オーガ刃‐Xは器用に上半身を捻ると、左肩部から発振したビームスパイクによってカイムの脛に装備されたレイザーブレイドの刃を受け止めてみせた。
『おおおぉッ!』
「ぐぅッ……!」
見た目と違わぬパワーを持つ
『もっとだ! もっと食わせろ!』
姿勢を崩したカイムを追撃すべく加速するオーガ刃‐X。
「まだまだぁッ!」
体勢を立て直しながらもカイムはCファンネルを射出。五枚の羽が翡翠の軌跡を描いて獲物に襲い掛かる。
『ぬるい!』
上下左右、あらゆる角度、死角から襲い来る刃翼を柔軟なマニューバとロールの組み合わせで躱し、最短距離でオーガは間合いを詰めてくる。その戦闘機動は搭乗者の言動に比して恐ろしく精密で無駄がない。
カイムへの援護としてイフリート・ゲヘナがショートバレルキャノンから放った砲弾も、GNフィールドを纏った巨大な刀身が盾となり損傷を与えることができない。
「……ええい、これだから極まった近接特化はッ!」
空中に広がる爆炎から飛び出したオーガ刃‐Xを見て思わず歯嚙みするレイ。命中率を重視して近接信管を備えた榴弾にしたのが仇になった形だが、徹甲弾ではあの機動性に追い付けない。さりとて生半可なビームでは斬り払いで対処されるだろう。
ディスチャージシステムを使えばあるいはいけるかもしれないが、生憎と敵の武装は近接武器のみ。集めていた餌のモヒカンも散り散りになった今、補給のアテはない。
彼女にとって近接特化のオーガはすこぶる相性の悪い手合いと言えた。
本来ならこのような近接戦闘にのみ特化した機体構築というのは、戦闘面でのハンデが多いためにGBNでもあまり出会うことはない。
相手との間合いを詰める技術、中距離における牽制手段の無さ、加えてロックオンマーカーに沿ってトリガーを引けば攻撃が出る射撃兵装と、機体の挙動まで考えて武器を振るう近接兵装では扱いの難易度に差が出るからだ。
かつて流行ったガンダムの対戦ゲームのように、ボタン一つで決まった格闘モーションのコンボが繰り出されるシステムはGPDから存在しない。
しかしだからこそだろうか。そんなガンプラバトルの世界で、近接戦闘に偏重した機体を操る者たちの技量が磨かれていったのは自然な流れだったのかもしれない。
それは斬り払いに代表される操縦技術はもちろん、ガンプラの完成度でもそうだ。現にオーガ刃‐Xの完成度はレイをしても感心する出来栄えを誇る。
ガンプラバトルにおいて近接主体で名を上げた手合いというのは、普通のファイターよりよほど油断ならない存在なのである。
『オラオラオラァッ!』
「ぎっ、ぐっ、うあッ!?」
裂帛の気合を込めたオーガの連撃。
一撃、二撃と耐えたセナであったが、ついに三撃目の二刀の振り下ろしを受けきれずに吹き飛ばされた。
「セナッ!」
叩き落されるように落下していくカイムにレイが思わず声を上げる。
セナの技量も戦闘センスも決してオーガに大きく劣るわけではない。いわばこれは機体コンセプトと乗機への習熟度の差が出た形だ。
高い機動力を活かした
カイムが放つ斬撃の
そして今しがたの攻防、オーガにぴったりと張り付かれ思うような離脱が出来ないセナは、カイムが持つ強みを充分に活かしきれていなかった。
カイムの機体コンセプト、これはセナがかつてプレイしていたロボットゲームで愛用していたアセンブルを参考にして構築されている。
「カワセミビルド」と呼ばれる変形機構を搭載し機動力に特化させたピーキーすぎるその構築が、まさにカイムと同様のヒットアンドアウェイであった。
また、セナ自身がまだまだガンダム作品の武装の扱いに習熟していない点もあった。
カワセミビルドにはなかった
『ここで終わりか? 終わりなのか!? ……だったら落ちろッ!』
僅かな失望を伴ったオーガの叫びとともに、オーガ刃‐Xがカイム目掛けて加速する。
「させるかっつのッ!!」
だがそこにレイのイフリート・ゲヘナが立ちはだかる。
『──面白ぇッ! テメエはどんな味だ!』
見るからに射撃偏重の重火力機体。それが白兵戦の間合いに飛び込んできたのを見たオーガは僅かに動揺するも、レイの気迫からなにかを感じたのか口角をあげながら笑う。
迫るオーガソード。
黄昏のような
左右から挟み込むようにして振るわれるそれを、イフリート・ゲヘナは二枚の盾を犠牲にして受け止める。
幸いなことに刃は盾の半分を切り裂いた所で止まるも、支えるのがサブアームでは力の差は歴然であり、僅かな抵抗の後サブアームが火花を散らし、刃が盾ごとイフリート・ゲヘナの胴体をへし斬らんと迫る。
──だが、この一時、
薄いプラ板を積層させた強固なシールドは、その役目を今、十全に果たしてくれている。
「この距離じゃGNフィールドも張れないでしょ──!」
『──ッ! 俺の力で斬れないだと!?』
オーガ刃‐Xの胴体中央。疑似太陽炉へと向けられたのは銃身を展開し、今出せる最大出力をチャージしたイフリート・ゲヘナの両腕に備わるメガ粒子砲。
ダメージアウト覚悟の乾坤一擲の攻撃。
たとえ己がここで落ちようとも敵を必ず打ち倒すという必殺の意思。
同時にこれで届かなくとも動力炉へ傷を負わせることで
『あめぇッ!』
こちらが胴体を断ち割るよりも敵の砲撃が発射されるほうが僅かに早いと判断したオーガ。
盾に食い込んだままのオーガソードから咄嗟に手を放そうとするも、得物の喪失を嫌ってイフリート・ゲヘナの武器腕めがけて右脚を振り上げる。
この僅か数舜の判断の迷いが明暗を分けた。
「甘いのはそっちだッ!」
イフリート・ゲヘナのフロントスカートから紅の閃きが二つ翻ると、振り上げかけたオーガ刃‐Xの太い右脚が動き出す直前に止まる。突き刺さる二本の刃。レイが展開した隠し腕が持つヒートソードだ。
『隠し腕!? ジ・Oみてぇな装備を!』
「これでぇ──ッ!」
砲身が展開されたイフリート・ゲヘナの両腕から黄金の煌めきが放たれる。
右脚を縫い付けられた今、オーガソードから手を放しても離脱は叶わない。
──だが、この程度で落とされるならば、このオーガというダイバーに二つ名がつくはずもない。
『──トランザムッ!』
オーガ刃‐Xの頭部バイザーが下がり一つ目の鬼のように変化すると同時。
左のオーガソードから手を離したオーガ刃‐Xが
「なッ──!」
トランザムがあることを予想はしていても、ここまで機体性能が上昇するとは考えていなかったレイが虚空に突き抜けてゆく閃光を思わず目で追ったその瞬間。
『ぐおぉぉッ!!』
完全に躱しきることがかなわず左腕を肩から失いながらも、そのまま力ずくに機体を左回転させヒートソードを握るサブアームを引きちぎると、オーガ刃‐Xは右手に掴んだままのオーガソードを強引に引き抜き、
『ぜぇあっ──ッ!』
回転力を乗せた横薙ぎがイフリート・ゲヘナのバックパックを切り裂いた。
「──チッ!」
だがレイとてガンプラバトルにおいては百戦錬磨の猛者である。
背後から迫るオーガソードの切っ先がコックピットを捉える寸前、バックパックを接続していた背面装甲ごと
爆発を伴って強制的に排除される仕組みを利用し、反動で機体を捻って僅かに前進したことで致命の一撃をかろうじて躱してみせる。
「EXAMッ!」
死神の鎌にしては分厚い刃が自機の左腕を斬り飛ばしながらコックピットを掠めるのを横目に、迷うことなく切り札の特殊システムを音声入力。武装と機動力の要を失ったため長期戦は不可能と判断したためだ。
補助スラスターを全力で吹かし、上昇した機体性能で強引に振り向きざまにインコムからの射撃を放つも、機動力が各段に上昇したオーガ刃‐Xは残像を描きながら回避して残った右腕を振りかぶる。
「ぐぅ──
『捉え──』
バックパックを喪失したためにEXAMを発動してなお追い付かない敵の動き。
間に合わな──」
獲られる──と諦めが脳裏を掠めた刹那、
「──わたしも、」
『ぬおッ──!?』
下方向から飛んできた飛翔体がオーガソードを跳ね上げた。
「忘れないでほしいなあ。そろそろ──まぜてよ」
回転しながら飛び去った影が
だがその姿もレイ同様に酷いものだ。
左腕は上手く動かないのかフレームが軋んで動作がぎこちないし、胴体の装甲には大きな切り傷が付いている。
リミッターを解除しているためかツインアイは黄金色に変わり稼動限界時間が近いことがわかる。
今このヴァルガの空において集う三機はいずれも満身創痍。
しかしていずれもその戦意に翳りなく。
『くはッ……くはははッ! いい! いいぞお前ら! ここまで
左腕を失いながらも吠えるのは「獄炎のオーガ」。
「──もうお互い余裕がないから一気にいくよ、セナ」
「おっけー。それじゃ、鬼退治といきますか!」
対峙するのは武装の大半を失った単眼の魔人と、片腕の自由が利かない悪魔。
「行くぞオラァァァァッ!」
「覚悟しろー!」
理性を闘争の快楽に溶かし、見境なく強敵に噛みつく姿勢。
『来い! お前らの強さ、まだまだ食いたりねぇ!』
ヴァルガにおいてなお有名な戦闘狂である獄炎のオーガに嬉々として挑めるメンタル。
鉛色の空をバックに三機のガンプラが入り乱れる。
「どりゃー!」
気迫の感じられない声音に反して、残った右腕と両脚に備わる三本のレイザーブレイドを操り、五枚の刃を従えて獣のように襲い掛かるガンダム・カイム。
「二つ名持ちは流石、
低下した機動力を経験を活かした巧みな位置取りで補い、残り少ない武装で敵の動きを制限するように援護するイフリート・ゲヘナ。
『ハハハハッ! 美味い! 美味いぞ!』
戦闘狂二人の猛攻に晒されながらも、それを片腕に残された太刀と機体捌きでいなし、僅かにでも隙を晒せば致命の一撃を捻じ込んでくるオーガ刃‐X。
切り札たるブースト機能を解放し、いずれも既にギアは上がりきってしっかりと
赤い鬼人と蒼い魔神が切り結び、そこへ紅蓮の魔人が放つ炎が空を
「せいっ!」
カイムの加速を乗せた右腕のレイザーブレイドによる袈裟斬りがオーガを襲う。
それをオーガもまた残った右腕のオーガソードで受ける──が、軽い。
『アァ? ──ッ!?』
その手ごたえにオーガが違和感を覚えた刹那、得物を弾かれた反動を利用したカイムの機体が
目の前で天地が逆になり背後を晒すカイム。
無防備なその背にオーガ刃‐Xが蹴りを見舞おうと腰を捻ると、その動きを咎めるように斜め上方向から時間差を付けた三本のビームが飛来する。
直後にカイムはスラスターを全開。そのまま下へ向かって離脱し、スプリットSのような機動でもってすぐさま反転して上昇。次の一撃のための加速力を得るべくヴァルガの空にコントレイルを描いて飛翔する。
『チッ、やるじゃねぇか』
ペロリと舌なめずりをしながらも、オーガの頬には一滴の汗が伝う。
ガンダム・カイムとオーガ刃‐Xが近接戦闘で鎬を削る構図は変わらないが、今度はそこへレイによる的確なフォローが入る形で戦闘が展開されている。それは最初の攻防にあったようなチャンスメイクではなく、セナのためのリスクヘッジを意識した行動。
自分が作り上げたからこそ熟知しているカイムの機体特性と、相手のガンプラの違いを理解したレイがセナの離脱の援護を優先しているのだ。
機体の稼動限界は近い。しかし焦ることなく虎視眈々とチャンスを窺う試合運びをするレイとセナ。
レイはこれまでのガンプラバトルの経験による冷徹な計算、セナは今までプレイしてきたVRゲームによって培われた野生じみた勘でもって、その時はもうすぐそこまで来ていることを確信していた。
§
しばらくの間は勝負の天秤が傾くことなく拮抗していたが、その時は不意に訪れる。
それはレイが自機のエネルギーが底をつき、援護も限界と判断した時と同時だった。
(……もう、エネルギーが。でも、太陽炉一基でのトランザムはもうすぐ終わる……なら、アイツが狙うのは──)
『まずは、お前を喰らうッ!』
「──読めてるよッ!」
しつこく援護射撃に徹する
なにせ今まで散々相手の動きを咎めるような牽制射撃を繰り返していたのだから。
レイの予測した通り、何度目かわからないカイムの攻撃を躱したオーガが、イフリート・ゲヘナ目掛けてオーガソードを振りかぶって突っ込んでくる。
これまでの戦いで機体各所からスパークを発しながらも、操縦者の気質を表すように真っすぐな軌跡でこちらへ飛翔するオーガ刃‐Xへと、イフリート・ゲヘナの胸部装甲から放たれたグレネードが襲い掛かる。
『今更そんな目くらましなんてなァッ!』
だが、トランザム状態ゆえの豊富な粒子放出量によってGNフィールドを展開したオーガ刃‐Xを害するには、全く威力が足りていない。
(でしょうねッ! でも欲しいのはその目くらましなのよ!)
グレネードが起こした爆炎がオーガ刃‐Xを包み込むのと同時に、イフリート・ゲヘナに残された右腕の前腕部が脱落。すると上腕だけになったその先端、そこに隠されている最後の牙がビーム刃の形をとって姿を表す。ビームサーベルの発振機を備えた内蔵式のサブアーム。参考にしたドーベンウルフのギミックを元にした切り札とも呼べない保険だったが、ガルムガンダムとの戦いで近接武器の少なさに不安を覚えて付け加えた過去の自分を褒めてやりたい気分だ。
こちらに近接武装が無いと見せかけ、接近してきた敵をこれで受け止める。
重力下で使用するには前腕の喪失と引き換えになるため使えなかった武装だが、もはやインコム数発分しか猶予がない今なら遠慮なく使うことが出来る。
一時、動きを止められればそれでいい。要は先ほどの再現だ。動きを止め、GNフィールドを展開できない距離からインコムの接射で仕留める。蹴りで破壊するにもインコムは三基。いずれかでGNドライブに損傷を与えられれば勝負は決まる。
(これでッ──!)
ここまでの戦闘でオーガ刃‐Xの武装は把握している。
あのガンプラは上半身、もっと言えば両椀に武装が偏っており、なおかついずれもクロスレンジでの運用を前提にしたものだ。ならば鍔迫り合いに持ち込んでしまえば、敵の武装をほぼ封じ込めることができる。
(決めるッ──!)
レイが全神経を爆炎から飛び出してくるであろう相手へ集中した瞬間、煙を突き破って飛び出してくる影があった。
「来たッ──!?」
半ば反射で右腕のビームサーベルを振るって迎撃したもの。それは確かにオーガ刃‐Xが持つ巨大な剣であった。
空に翻る紅の刀身。
しかし──
「な──」
大質量の衝撃に耐えられず、ひしゃげた右腕を犠牲にイフリート・ゲヘナが弾き上げたソレ。だが、くるくると回転しながら舞うのは
刹那の間、呆けたレイを嘲笑うように、突きあがるような衝撃がコックピットを襲う。
「あ──」
それは機体の真下という死角に回り込んでいたオーガによる奇襲。
トランザムによって得られた機動力で下から回り込み、手首から発振したビームスパイクでイフリート・ゲヘナの胴体を下から上に切り裂いていた。
有名な古典格闘ゲームの対空技のようなアッパーの姿勢でレイの目の前を通過するオーガ刃‐X。
まさか。というレイの予想を超える選択肢であった。
唯一の武器を手放す。それもブラフとして投擲してくるとは。
『同じ戦法が通用するとでも思ったか!』
イフリート・ゲヘナの上に抜けたオーガ刃‐Xは、さらに前腕を分離させて有線で繋がったそれを飛ばすと、未だに回転しながら空を舞うオーガソードに伸ばして柄を握る。
本体へと巻き戻された腕がオーガソードを上段に構え、下からの衝撃で仰向けになったイフリート・ゲヘナへ襲い掛かる。
「……正直、やられたって思う。
『──なんだと!?』
今度はオーガが驚愕する番だった。
切り裂かれた胴体の装甲。だがそれはあくまで
割断された増加装甲をパージしたイフリート・ゲヘナのフロントスカートからは二本のワイヤーが伸び、それはオーガ刃‐Xの右腕に巻き付いている。
スクリュー・ウェッブ。元になったイフリート・アサルトが装備していた隠し武器だ。
「オラァァァァッ!」
腕を振り上げたまま拘束されるオーガ刃‐Xとスクリュー・ウェッブを巻き戻しながら上昇するイフリート・ゲヘナが、正面から顔面を激突させるようして衝突。イフリート・ゲヘナの頭部アンテナが衝撃で折れ飛び、亀裂の入っていたオーガ刃‐Xのバイザーが砕け散って宙に舞う。
さらにレイは身軽になった機体を操作して足を絡ませ、がっちりと相手に組みついた。
『次から次へとッ!』
「楽しいだろぉッ? ガンプラはギミック仕込んでナンボよ!」
忌々しそうに吠えるオーガに、警告表示だらけで真っ赤なコックピットの中でレイが笑う。
『だが、パワーじゃ俺に勝てねぇ! このままテメェを地面に叩きつければ──
「セナァァァァァッ!!」
大地に向かって加速しようとしたオーガを遮るようにしてレイが叫ぶ。
「──おぉぉぉぉッ!」
相棒の呼びかけに呼応するかのように、空の彼方から悪魔が舞い降りる。
携えた剣の切っ先で鉛色の雲を断ち割りながら突き進み──
『ぐああああッ!?』
「──ぐぅぅぅぅッ!!」
オーガ刃‐XのGNドライブをイフリート・ゲヘナの胴体ごと貫いたレイザーブレイドが二機のガンプラを串刺しにした。
『──ハッ、まさか躊躇なくやるとはな。つくづく面白ぇ』
「別にこっちはポイントとかどうでもいいからね。……アンタも楽しかったでしょ?」
己の機体状況を見てとったオーガは呆れ半分諦め半分といった風に零す。それを見た二人は笑う。それはそれは楽しそうに。
「グッドゲーム。楽しかったよ」
『──ククッ……
最後にセナが放った言葉がツボに入ったのか、獄炎のオーガは豪快な笑い声を残して爆散。
「レイ──」
オーガの反応が消えた事を確認したセナがレイへ、僅かに気遣わしげな声音で彼女の名前を呼ぶ。流石に躊躇なく相棒ごと敵を仕留めたことに思う所があったのかもしれない。
「ナイス天誅」
だがそれに返ってきたのはレイの満足そうな笑顔。自分の思いを汲んで事を成した親友を称え、共に全身全霊で強敵へ挑み、掴んだ勝利を喜ぶ戦士の顔だ。
「これこそアレね。散りゆく友に未練など──」
「──無いさ俺たちはDummy Boyってね」
前にレイが聞かせてくれた歌の
そこにはレイがセナの立場でも同じことをしたという確信と、
(──ああ、やっぱりレイは素敵だなぁ)
「あっ、ヤバ、流石にもうもたない──」
その言葉を最後にイフリート・ゲヘナもまた爆炎に包まれて消失。
二機の起こした爆発の中からカイムが姿を現すと空中に静止する。
炎を背に佇むカイムもまた傷だらけであり、左腕は力なく垂れ下がりフレームの各所は火花を散らしている。
しかしその姿からは手負いの獣が放つ特有の凄みが滲んでいた。
「ふぅ──さて、と」
セナが見渡す眼下には、遠巻きにしていた
「わっかりやすいねぇ」
嘆息とともに呆れるセナ。オーガという脅威がいなくなり、また満身創痍のカイムを見て彼女からポイントを奪おうという魂胆なのは明白だ。
「でも──
今のセナに「撤退」の二文字はありえない。
こんなに心が高揚する戦いの終わりが、怯えながらの逃避行ではあまりに後味が悪いというものだ。
お前らが恐れた鬼を倒したヤツはここにいるぞ。
さあさあ、挑みかかってくるのは誰だ? わたしの首を落とそうと死力を尽くす覚悟のあるのは誰だ?
『撃て撃て! 落とせ!』
『い、今なら倒せるはずだ!』
『オーガを倒したヤツだ! ポイントもたんまり抱えてる!』
地上から展開される弾幕砲火を潜り抜け、鳥の魔神は集結する有象無象へその切っ先を向ける。
「──見えてるよ」
『う、嘘だろ、ハイパージャマーとミラコロを併用してるのに……』
降下中に背後から音も無く襲い掛かってきた機体もいたが、振り返りもせず展開したCファンネルで刺し殺す。
手負いなら倒せると思ったか? 与しやすいと思ったか?
「
両目に黄金の光を滾らせて、悪魔は一人厄災の地で嗤い、舞い、踊る。
この日──未だGBNにおいては無名ながらも、この戦いを目にしていた少数のダイバーたちは彼女たちを指してこう言った。
──ヴァルガの狂犬、と。
二人だから、勝てた。