ガンダムビルドダイバーズ Behind the scenes 作:ほぼ読み専
地平線まで続く砂漠を一台のバイクのようなものが走っていた。
それは大型二輪車のタイヤ部分がホバークラフトになっている「ワッパ」と呼ばれる乗り物で、タンデムシートには二人の人影がある。防塵対策で外套とゴーグル、さらにスカーフを装着したレイとセナのコンビだった。
「暑さはそこまでじゃないけど、砂ぼこりの再現度が無駄にリアルね。素直に四輪バギーにでも乗ればよかったかなぁ……」
「もし現実と同じ気温にしたら、流石にVRでも思い込みで熱中症になりかねないよ」
「今年は去年より暑いわよねぇ……」
「毎年過去最高を更新してるね……」
まだ夏本番前だというのにうんざりするほど暑い現実世界を思い出し、ハンドルを握るレイはスカーフの下で小さくため息をついた。
ここはGBNのとあるディメンション。
今、二人は「ガンプラビルダーの聖地」と呼ばれる街があるエリアに向かっているところだった。
「……それにしても遠いわねー。さっきからぜんぜん景色が変わんないわ」
「ペリシア、だっけ? ガンプラでの乗り入れが制限されてるなんて、面倒な仕様だねー」
シートの後ろに座るセナが掌を庇にして空を見上げれば、天頂高くに君臨する太陽が元気に輝いている。
「防塵処理されてるぶんだけちょっと値は張ったけど、砂漠用の乗り物買っといてよかったわね」
「だねー。ゲームだから遭難はしないけど、こんな砂漠をずーっと歩くなんて絶対イヤだもん」
「いやいや、さすがに歩いてペリシアに行くような人なんていないでしょ」
「あはは! それもそうだね」
ありえない想像をした二人は、なんだかおかしくなって笑いあう。
冒険家のシミュレーターでもあるまいに、こんな何もない場所を歩きで渡ろうとする酔狂なダイバーなどいるわけがない。
「にしても夏かぁ……憂鬱だわ……」
「レイは夏キライなの? わたしはゲームのイベントが多い季節だから結構好きだよ」
「モデラーにとっちゃ夏と梅雨は天敵なのよ……暑くて集中力が続かないし、湿度高くて塗膜の乾燥に影響が出るし……」
あと、どことは言わないが身体の一部が蒸れて不快だし。と内心で付け加えるレイ。
「あー……でも小学生の頃は好きだったな……誕生日がある月だったから」
「──えっ?」
ほんの世間話。昨日食べた夕飯を思い出すような気楽さで、ぽつりとレイが呟いた一言に後ろの席のセナが固まる。
「あれ? 言ってなかった? 私の誕生日、七月七日」
去年は家のことでごたごたしていて、今年はGBNが楽しすぎてすっかり忘れていた。
それにもともとレイにとっての誕生日とは、常連客からプレゼントという名目で普段よりもお高いガンプラを押し付けられ、夕食の後にケーキを祖父母と食べる程度のささやかな日であり、そこまで意識するようなイベントでもなかった。
なんなら日付のせいで七夕のほうが印象的まである。
「えぇぇぇぇっ!? もう過ぎちゃってるじゃん! なんで教えてくれなかったのさー!?」
「えっ、どしたのセナ」
が、どうもセナにとってはそうではないらしい。前に座るレイの両肩をがっくんがっくん揺すっては露骨に不満そうな声を上げている。
「ちょちょちょ、やめ、危な……」
「もーっ! レイのばかーっ!」
「コケる! ホントにコケるから! やめてー!」
セナの大声を砂塵と共に巻き上げて、二人を乗せたワッパは一路ペリシアを目指す。
§
「まったく。レイはそういうところだよ。ホントにまったく」
「えぇ……いや、うん、ごめんて。機嫌直してよセナ」
「……」
どうしてここまでセナが怒っているのかイマイチ理解していないレイの返答に、不満を示すように片手に持った大きな串焼き肉を豪快に頬張るセナ。
砂漠の中に中東風の街並みを再現したペリシア・エリア。その街中を二人は歩いていた。
ここの特徴といえば、やはり街中に展示されているガンプラたちであろう。
建物の合間には腕に覚えのあるガンプラビルダーたちが丹精込めて作り上げた作品たちが立ち並び、砂漠の力強い太陽の下にその存在を主張している。
「んぐ……はぁ。ホントにわかってる?」
「……」
口いっぱいに頬張った肉を飲み下してからジト目で見つめるセナの眼力に屈して、横を歩いていたレイは目を逸らす。
「……わかってないよねぇ。いいよもう。パーティは諦めるけど、プレゼント、用意するからせめてそれは受け取ってよね」
「えと……どうもありがとう」
「……」
ぎこちなくお礼を言うレイに答えず、再び串焼きに齧り付くセナ。
親友とも呼べるほどに親しくなった同年代の少女。そんな、セナにとって初めて得られた関係にあるレイの誕生日という一大イベントを、何も知らずにスルーしてしまった喪失感とやるせなさを咀嚼した肉と共に強引に飲み下して意識を切り替える。
「まあ、レイがそーいうのにあんまり拘らないのはわかったから、いったんこの話はお終いにするよ」
これまでレイと関わってきて分かっていたが、どうも彼女は幼少期から過ごした相手が
それにしたって今回の事はちょっとひどいが。
「で、わざわざここに来たのは、何か目的があるんだよね?」
「う、うん。もともと行ってみたかったエリアだったのもあるし、ここ最近のバトルでビルダーとして色々考えることがあって……」
あからさまにホッとした様子のレイが、ペリシア・エリアへと訪れた目的を告げる。
「まあ、ありきたりだけど、ちょっとした気分転換ってやつね。やっぱり他の人の作品を鑑賞するのって、いい刺激になってモチベ上がるし」
「なるほどねぇ」
「あと、原作ファンとしては、やっぱり間近で色々な人のMSに対する解釈を見られる機会って貴重なんだよね。しかもそれが原寸大! いやぁ、もっと早く来ればよかった~!」
セナに答える間にもレイの視線は立ち並ぶガンプラたちへと向けられ、あちらこちらへ飛ばされている。
「うわっ! あの初期型ガンタンクめっちゃカッコイイ!」
「おっ、あれもおいしそー」
なにか琴線に触れる作品を見つけたのか、興奮した様子でわき目も振らずに駆けだすレイ。
道の通りに天幕を張っていた屋台に目を奪われていたセナはそれに気づかず、少し遅れて隣を見れば随分と遠ざかっている友人の背中を見て慌てて追いかける。
「わっ、ちょ、待ってよー」
意外な俊足を見せたレイにようやく追いついてみれば、既に製作者と思われるダイバーと熱心に話し込んでいた。
「ってことは、やっぱりここの仕上げは──」
「そうそう。わかってくれるかい。お嬢さん詳しいねえ」
「あはは、実は祖父がAFV専門のモデラーで──」
「おお、なるほどねえ。私も実はガンプラだけじゃなくAFVモデルも作っててね──」
ウェザリングがどうこう、ビネットにするならこうだの、なんとかブラシがどうだの。あのメーカーのなにそれは使いやすいだの。
年老いた整備士のような恰好のダイバーとレイが話す内容は、セナからすればちんぷんかんぷんな用語が飛び交っているために会話に入ることが出来ない。
「うーん……?」
レイが随分と熱心に褒めているガンプラを見上げてみたセナだったが、その良さがイマイチわからず首を傾げる。
(ただの廃車寸前のボロい戦車にしか見えないなー)
そこに展示されていたのは、ウェザリングという技法によって仕上げられた初期型ガンタンク。
迷彩柄の塗装の上には、随所に弾痕や凹み、擦れたような痕といったリアルなダメージ表現と、泥汚れや錆びを再現した塗装がほどこされている。確かに兵器に詳しくないセナから見ても、実際の戦地で戦ってきたかのような凄いリアリティさを感じる。
が、それはつまり、GBNに出会うまでプラモデルの「プ」の字も知らなかった素人の目線からすれば、「なんかスクラップみたいでボロっちいな」というシンプルに酷い感想に行きつくわけで。
(わたしはやっぱり、ピカピカなほうが好きかなー)
研ぎ澄まされた刃のようなガンダム・カイムの姿を思い浮かべるセナ。
こんな歩兵の武器でもやられそうなガンプラより、わたしのカイムのが強いし、と謎の勝利宣言を心の中でするも未だにレイたちの会話は終わりそうもない。
「……まあ、レイも楽しそうだし、いいか」
普段はあまり見ないテンションのレイが満足するまで時間を潰そう、と考えたセナは適当に歩きながら他の展示されたガンプラをつらつら眺めていく。
ガンプラビルダーの聖地と呼ばれるだけあってか、ペリシアの街には作品の垣根を越えて多種多様なガンプラたちが並んでいる。
「ほーん」
中にはキット化されていないマイナーな機体もあったりするのだが、まだまだガンダム作品に詳しくないセナには区別がつかない。今の彼女は、言ってみればなんの知識もなく美術館に連れてこられた子供のようなものだ。ぼんやりと上手い作品が展示されているのは理解できても、それを支える技術への知識がないから本当にただ眺めるだけ。
大きい、小さい、頑丈そう、脆そう、速そう、遅そう、なんか武器いっぱい持ってる。遠目にガンプラたちを流し見ては、そんなざっくりとした分類をしながら歩くことしばらく。
「おっ、これは」
やっぱり見るだけじゃなくて戦ってみたいな、と考え始めた時、見覚えのある機体を発見して思わず足を止めた。
「プチッガイだー」
賑わう広場から少し離れた人通りがあまりない展示エリア。そこに隠れるようにしてひっそりと展示されていたのは、以前に参加したベアッガイフェスで出会ったプチッガイを使って作成されたジオラマセットだった。
「ほー……」
予期せぬ再会に思わずじっくりと眺めるセナ。
それはガンプラに関して素人な彼女の目から見ても、実に見事な作品だった。
一見すると、洋風の家が建つ芝生の広場で、沢山のプチッガイとその幼体(?)らしき赤子のようなものが戯れている、なんとも牧歌的な雰囲気のセット。しかしよくよく見れば、一体一体が驚くほど緻密に作り込まれているのがわかる。
コミカルなポーズをとる個体はそれが不自然にならない程度にプロポーションが弄られているし、音楽を演奏している個体の持つ楽器もまた本物さながらの再現度。加えてただでさえ小さいプチッガイの頭ほどしかない赤子たちも、おしゃぶりやよだれかけなどの細かいディテールが施されている。
まるで童話の一場面を切り取ったかのような完成された世界観を感じる。
背景セット、モデル、小物。この作品はどこを見渡しても「妥協」という言葉が見つからない。
それは奇しくも、レイがガンプラ作りにおいて最も拘っている信念と通じるものがあった。
「ほうほう。ふむ……へー……」
あらゆる角度からじっくりと作品を眺めては感心するように頷くセナ。
彼女は確かにガンプラ作りに関しては素人である。だが、それはイコールで本質を理解できない節穴とはならない。なにせ毎日レイという卓越したビルダーが手がけた作品を見ているのだから。
具体的にどうやってこれが作られたのか、セナには見当もつかない。だが、製作者がこの作品に対して並々ならぬ情熱を注ぎ込んでいることはなんとなくわかる。
最初こそ知っているガンプラだからと目に留めたものの、今やセナはすっかりこの作品が作り出す世界観とでも呼ぶべきものに魅了されていた。
「この作品が気になるのかな?」
こんな凄い出来ならもっと人が多い所に展示すれば注目されそうなのにもったいないな、とセナが考えていた時だった。不意に背後から声をかけられる。
なんとも艶のあるその声に振り向くと、そこには狐の獣人の姿をした男性のダイバーが立っていた。
「……作者さん?」
「ふふっ、いかにも」
セナの問いかけに、色っぽい笑顔を浮かべた彼は頷いた。