ガンダムビルドダイバーズ Behind the scenes 作:ほぼ読み専
虎武龍のフォースネストが建つ峻険な山岳地。
周囲を壁のように囲む断崖の中に、ぽっかりと開かれた空き地で対峙する二体のガンプラ。
『さて……ここでお前が学んだモノ、見せてもらうぞ』
──ガンダムジーエンアルトロン。
フォースランキング五位の虎武龍。上位フォースのリーダーであるタイガーウルフの機体は、アルトロンガンダムをベースにしたカスタム機だった。
右肩に金の虎、左肩に銀狼の頭部を模した意匠のパーツが追加され、そこから原型機のドラゴンハングのような形状のサブアームを備えている。
「射撃武装が無いのは当然として、近接武器も見当たらない……まさに格闘戦特化機ね。Gガンの機体がベースじゃないのは意外だったけど」
コクピットからレイが観察したジーエンアルトロンはまさに身一つ。兵器という設定のガンダムからは逸脱した、徒手空拳を主体とするバトルスタイルであることがうかがえる。
「ま、ガンプラバトルなんだから、どんなギミックが仕込んであるかわかったもんじゃないわね」
開始のカウントダウンを横目にそう零すレイだが、曲がりなりにも近接格闘専門を謳うフォースを束ねる以上、やはりその四肢がメインの武器となるのだろう。
『初手は譲ってやる……さあ、こい!』
【BATTLE START】
タイガーウルフの言葉が終わると同時、カウントもゼロとなり戦いの火蓋が切られる。
「お言葉に甘えてッ!」
レイが選択したのは搭載火器による全ブッパ。
六つのビーム砲が、二門のショートバレルキャノンが、六連装ミサイルポッド二機が、その身に内包した力を解き放つ。
一見すると考えなしのぶっ放しに思えるがそうではない。副砲のビームは逃げ道を塞ぐよう射線を調整し、十二発のミサイルとキャノン砲はその隙間を埋めるように弾幕を形成して、本命の最大出力で放つ腕部ビーム砲を確実に当てようという狙いがある。
懸念があるとすればドラゴンハングにあった砲口だが、アルトロンガンダムがベースならばあれは火炎放射器であるため、この弾幕を突破するには火力不足だ。
近接格闘一本でGBNの上澄みとなったタイガーウルフに引き撃ち──後退しながら射撃武器で攻撃する──が通用するとは思えない。しかし、火力を得るために追加した武装によって小回りが効きづらいイフリート・ゲヘナは、ジーエンアルトロンに格闘戦を挑まれては分が悪い。
ならば、リチャージの長いミサイルは最初に使用してしまって、空のポッドをパージすることで機体重量を軽くし、少しでも旋回性能を上げてレイの得意な機動射撃戦を展開できるようにする。
どうせ使うならば戦闘開始時、相手が動き出す前の一番攻撃が当てやすい時に布石として使ってしまおう。
そこまで考えての攻撃だったが──
『狙いは悪くねぇ。……だが、ちと甘ぇな。GBNとGPDの違い、それを見せてやる』
己に殺到する弾幕砲火を前にして、レイの狙いを見抜いてもなお、微動だにしないジーエンアルトロンが構えを取る。
『ハアァァ──ッ!』
タイガーウルフの気合に呼応するように、ジーエンアルトロンの前身が金色に染まる。それはまるでハイパーモードを発動したモビルファイターそのもの。
『これがGBNでのガンプラバトル! その一端だ! ──奥義!
突き出した拳からそれぞれ金と蒼のビームが放たれ、その二つが収束し黄金の龍となってレイの放った弾幕とぶつかり合うと巨大な爆発を起こした。
「──結局Gガンじゃないの!」
悪態を吐くレイに爆炎から飛び出したジーエンアルトロンが迫る。
『せあッ!』
格闘機らしい瞬発力を活かし、ダイバーの気質を表すような真っすぐな軌道で瞬時にイフリート・ゲヘナを射程圏に捉えたジーエンアルトロンは、お手本のような綺麗な正拳突きを放った。
「なんのッ!」
速度こそ恐ろしいが、最短距離で迫る拳は銃弾と同じ直線軌道。ならばタイミングを合わせれば躱すことだって今のレイにはできる。
機体を沈ませスウェーの要領で回避するイフリート・ゲヘナ。虎武龍での訓練によって以前よりも思うように動けることにレイは気が付くが、その瞬間、下からのアッパーがコクピットを狙って繰り出される。
「──くぅッ!」
間一髪。シールドを割り込ませてそれを受け止めるも、衝撃まではどうしようもなく、機体が激しく揺さぶられたことでわずかの間に無防備になる。
『はあッ!』
サブアームへのダメージを伝える警告音を聞く余裕すらなく、続けざまに振るわれたのは回し蹴り。それを腕部ビームライフルに装備された防御用のプレートでどうにか受けると、吹き飛ばされる勢いを利用してスラスターを併用することで相手の間合いから離れつつ、背後に回り込むように移動しながら腰横のマシンガンを斉射。
狙いは背面にあるだろうメインスラスター。ここさえ潰せば、格闘機の命である機動力を奪えるはず。
『ぬるい!』
「──なッ!? くっ……!」
そう考えていたレイだったが、回し蹴りの勢いそのまま機体を回転させ、無防備にも自ら背中を晒したジーエンアルトロンに、放たれた銃弾が
正面から対峙した時にはわからなかったが、ジーエンアルトロンは背部のスラスターを隠すようにして、アルトロンガンダムのラウンドシールドを装備していた。
『ガンプラバトルは全ての動きに意味がある! それを忘れるな!』
回し蹴りの回転を利用して勢いをつけたジーエンアルトロンは、そのまま機体を回転して肩をイフリート・ゲヘナへ向けると蹴り足で地面を踏み込む。震脚を思わせるような力強い踏み込みが大地を砕くと同時、ドラゴンハング──ツインジーエンハングの片方が伸びてその顎をイフリート・ゲヘナへと向けて迫った。
原型機と同じく多関節による不規則な挙動は捉えることが難しく、迎撃に放ったビームは虚空を焼き、龍の牙がイフリート・ゲヘナの片方のサブアーム、シールドを保持する副腕へと食らいつく。
「──ッ! マズい!」
ジーエンハングに備わった砲口から高温が検知されるよりも僅かに早く、レイは一切の迷い無くサブアームをパージしてバックブーストをかける。
『ほぉ……いい勘、いや、観察眼、か』
双龍虎狼炎──ジーエンハングの両頬に装備された火炎放射器が放つ極高温の炎によって、自切したイフリート・ゲヘナのシールドが溶解し、ポリゴンの欠片となって消滅したのを見たタイガーウルフはどこか面白がるように呟く。
ジーエンハングに組みつかれた時、もしレイが離脱ではなく、敵機の武装の破壊を選択していたら……今ごろ彼女のガンプラは至近距離からの獄炎を浴びて、かなりのダメージを負っていただろう。
「アルトロンがベース機ですからね……そりゃわかるでしょ」
開始の際に対峙したわずかな間に相手のガンプラを観察し、見える範囲の武装や、元となったキットから敵が取るであろう一手を先読みする。アニメだけでも相当数の作品があるガンダムへの造詣と、ガンプラバトルの経験、ビルダーとしてだけでなく優れたファイターにも必須とされる要素をレイは既に身に着けていて、それはどこか野生じみた勘で戦うセナとは対照的な、積み重ねた経験と知識に裏付けされた、セナには持ちえない強さ。
二人と出会った時にこそセナの動きに目を引かれたが、こちらもなかなかどうして、
伸ばしたジーエンハングを戻して構えを取るジーエンアルトロンとイフリート・ゲヘナが対峙して、暫しの間、タイガーウルフとレイの二人はにらみ合う。
(タイガーウルフさん本人ももちろん強いけど……ジーエンアルトロン、凄い出来のガンプラだわ)
本人の性格もあってか、どうしても脳筋のように見られがちだが、タイガーウルフも伊達にGBNの上澄みにいるダイバーではない。
──己を磨き、ガンプラを磨け。
虎武龍で世話になっている間にレイが彼にかけられた言葉だ。
ガンプラバトルでの強さを求めるならば、ファイターとしての技量を高めるだけではなく、愛機とするガンプラの出来にも妥協はするな。
基本にして最奥。ガンプラファイターとしてかくあるべきという言葉を、タイガーウルフは誰よりも実践していることをこの戦いで実感する。
(それにしても……わかってはいたけど、やりにくい……)
この勝負、遠距離武装が豊富なレイが有利かと思えるが、実際のところはそうではない。
レイがGPDで多くのバトルを経験してきたように、タイガーウルフもまたGBNにおいて数多の戦いを経験し己を磨き上げてきた猛者である。
近接格闘だけで今の地位にいるということは、それまでにも遠距離主体の相手とは飽きるほど戦ってきているだろう。レイがそうであるように己の有利な間合いに持ち込む術というものはタイガーウルフも当然持っているし……悔しいがそれはレイよりも格段に上手だ。
あのオーガといい極まった近接特化タイプというものは、射撃寄りのオールラウンダーであるレイにとって厄介極まりない。
それというのも、レイの基礎となっているGPD時代のガンプラバトルにおいて、近接戦闘特化は少数派であり対戦経験が少ないからだ。
実機バトルというガンプラの破損リスクを抱える都合上、自ら相手へ近づく戦闘スタイルは当然ながら多くのプレイヤーが忌避した。
勿論、そんな環境でも己のバトルスタイルを貫いた者はいたが、そのような手合いはだいたいが有名なファイター、「極まったタイプ」であり、普通の模型店の子供でしかない彼女にとっては馴染みが無い。
余談だが、面白いことにこれがカジュアル層だと近接戦機体が増える傾向にあった。原作そのものやパイロットのキャラクターが好きであるがゆえに、キットをそのまま、素組みやパチ組みで使って仲間内だけで楽しんでプレイするので、モビルファイターや他作品での近接特化機体たちも普通に使われたからである。
もっとも、ガンプラバトルを取り巻く環境が先鋭化するにつれて、真っ先に駆逐されたのがこういったカジュアル勢でもあり、GPDが衰退するきっかけともなったのだが。
このように、ガンプラバトルでの近接戦闘は少し複雑な背景を持つ。だが、ガンプラバトルがGBNへと舞台を移した事で、「近接戦闘に拘るのは少数派」という常識は覆される。ガンプラの破壊を恐れる必要が無くなったという変化は、離れて行ったカジュアル勢を呼び戻すと同時に、このゲームにおいてはバトルスタイルの多様化という形でも現れていた。
「っとに、相性が悪いわね」
『おっ、なんだ、もう弱音か?』
「いいえ……ただの現状確認よッ!」
言い切ると同時にスラスターを全力稼働させ、脚部の熱核ジェットエンジンで地上をホバー移動しながらイフリート・ゲヘナが飛び出す。
思わずといった具合に零したレイの言葉に嘘はない。彼女にとって近接特化というのは未知の敵であり、ましてやランキング上位にいるようなダイバーとの戦闘経験はほぼ無いに等しい。
──だが、それは諦めるための言い訳にはならない。
ガンプラバトルにおいて、レイはいつだって
§
右のフックを上体を逸らして躱し、追撃の左ストレートを右腕ライフルの防御プレートを叩きつけて軌道を逸らす。
間合いを離そうとバックブーストを吹かした直後、砲弾のような飛び膝蹴りがイフリート・ゲヘナの胴体に直撃する。
「ぐ──ッ!?」
分厚い増加装甲のおかげでコクピットを潰されることこそなかったが、衝撃によってレイの集中が乱されて回避動作が僅かに遅れる。
『こっからはもっとギアを上げていくぜ──ッ!』
相手の晒した隙を逃さず、着地したジーエンアルトロンが拳を振りかぶって飛び出す。なんとか反応したレイが残ったシールドで弾丸のごとき鉄拳を防ぐが、イフリート・ゲヘナの背後に抜けたタイガーウルフは一瞬で転身して再び突撃する。
着地からの転身があまりにも素早い。ガンプラの動きとは思えないそれは、まさに狼の素早さと虎のしなやかさを体現していて。
『おらおらおらッ!』
正拳、肘鉄、手刀に足刀。あらゆる格闘技から独学で学んだであろう数々の打撃技がイフリート・ゲヘナを
入れ替わり立ち代わりあらゆる方向から襲い来るジーエンアルトロンの猛攻。一機であるにも関わらず、それはまるで複数の狼が連携して獲物を狩る姿を彷彿とさせた。
これだけの猛攻に晒されてもなお撃墜されていないのは、虎武龍での訓練でレイ自身の反応速度と操作性が向上していたおかげで、どうにか致命傷だけは避けて、装甲の厚い部分で打撃を受けることが出来ているからにすぎない。
「このぉッ!」
もちろんレイとてこのまま黙って一方的にやられ続けるつもりはない。
徐々にタイガーウルフのスピードにも目が慣れてきたことで、相手の攻撃リズムを掴み、隙とも言えないような僅かな挙動の間隙をついて、刹那の間に狙いをつけると迫りくる敵機へ向けて幾度目かの迎撃のビームを放つ。
横方向からの攻撃に機体を斜め後方に移動させながらの射撃はしかし、
『──ぜあッ!』
気合を込めたタイガーウルフの拳、その裏拳によって弾かれて、またも打撃をその身に受ける結果となる。
「くぅ──ッ!」
『近接のビーム対策としちゃ切り払いが有名だがな! なにも
これまでの攻防で何度か見せられた絶技。ジーエンアルトロンはその拳で、足で、イフリート・ゲヘナの放つビームを弾いては軌道を逸らし無力化してしまう。
レイの作製したガンプラはハイランカーを相手にしても戦えるポテンシャルを秘めている。しかし、タイガーウルフの技量と機体の性能はそれを凌駕していた。
「──ッ!」
『──だから、そんな
ビームがダメなら実弾。当然ながらレイもそう考え、バックパックに備えたフラウロスから流用したショートバレルキャノンを放つが、接近してくるジーエンアルトロンは獣のように地に伏せると、その背中を弾頭が通り過ぎる。
GBNにおいてはビームよりも弾速に劣るよう設定されている大型実弾兵装では、虎のごときしなやかな動きを見せる相手を捉えることが出来ない。ここまでの戦いで、レイも手を変え品を変えて中てようとしていたが、全て見切られて躱されていた。
ビームは弾かれ、実弾は躱される。ここまでなんとか持ちこたえていたものの、レイには相手を倒す手札が無かった。
(少しづつだけど攻撃は見えるようになってきた……でも、)
セナほど劇的にとはいかないが、レイもこの戦いの中でダイバーとして確実に成長しつつある。
あるいはこのまま続ければ、いずれはジーエンアルトロンの速度にも対応できるようになるかもしれないが……その前に機体が蓄積したダメージに耐えられず、敗北するほうが先だろう。
(分の悪い賭けになるけど──勝負するにはここしかないッ!)
コクピット内はレッドアラートが灯り、機体のコンディションを示す画像には「HAZARD」表示が乱れ飛ぶ。増加装甲は罅だらけで、シールドも至る所がへこみサブアームからは火花が出ている。
(それにしても……ああ、なんて、なんて──
圧倒的に不利な状況。しかしながら、レイの瞳はぎらぎらと輝き、口角は吊り上がる。
分の悪い賭け? そんなの、
全力を賭してなお届かない頂が目の前にある。レイにとってこれほどやる気を煽るものはない。遥かな頂上へ向けて一歩一歩進む。その実感を得ることが出来るから、彼女はガンプラバトルが大好きなのだから。
『俺の攻撃にここまで耐えるとは大したもんだ……だが、それも限界みたいだな!』
満身創痍のイフリート・ゲヘナ。ジーエンアルトロンの猛攻に耐え続けた代償に、関節部が軋む音を立てはじめたことで、好機と見たタイガーウルフはとどめを刺さんと一際力強く踏み込む。
『これで終いだ!』
ジーエンアルトロンが拳を引いた瞬間、イフリート・ゲヘナはシールドを前面にかざす。
『無駄だ!』
突き上げるように放たれた一撃は、積層された外殻を破り、千切れたサブアームごと盾を上空へと撥ね飛ばす。
「まだッ!」
続いて繰り出された逆の拳。それに正面からぶつけるようにイフリート・ゲヘナの片腕が突き出され、前腕のライフルの銃身をひしゃげさせながらも、どうにかそれを受け止め、
「ここッ!」
『──ッ! あめぇッ!』
ここまで温存した隠し腕。イフリート・ゲヘナのフロントスカートから飛び出した二本のヒート・ナイフが、ジーエンアルトロンのコクピット目掛けて下から突き出されるも、両脇から伸びたジーエンハングがその牙でもって必殺の刃を噛み砕く。
「……!」
『悪あがきもここまでだな!』
鎌首をもたげるようにこちらを向いたジーエンハングに焔が灯る。
至近距離からの火炎放射。その威力は皮肉にも、炎の魔人の名を冠するイフリート・ゲヘナを灼きつくすに十分だろう──
「ふっ──」
だが、ここでレイは僅かに笑い、ひとつの武装を選択する。
『──てめッ、まさか!?』
開かれたイフリート・ゲヘナの胸部の増加装甲。そこには多数のグレネードが弾頭を覗かせて──
「──パーティタイムだッ!」
──レイはなんの躊躇もなく、むしろ実に楽しそうに発射トリガーを引く。
ほぼ密着状態。至近距離からの全弾放射。
レイの乾坤一擲の反撃は、ジーエンアルトロンがその拳をイフリート・ゲヘナのコクピットへ突き立てるよりも僅かに早かった。
『正気かよッ!?』
爆炎に包まれる二機のガンプラ。
『ぐおおおおッ!?』
上半身へもろにグレネードを受けたジーエンアルトロンが、爆炎を突き破って大きく吹き飛ばされて仰向けに倒れ込む。
ダメージアウトこそしなかったが、ジーエンアルトロンをもってしても決して無視できないほどのダメージを負い、ジーエンハングにいたっては頭部が完全に吹き飛んで、アームからバチバチと危険な
『まさか自爆するとはな。勝負を諦めたか……正直、少し残念だぜ、レイ』
ジーエンアルトロンを起き上がらせたタイガーウルフは、敵機の反応が消えたレーダーを一瞥して、やや落胆したような声で呟いた。
確かにあのままでは、いずれイフリート・ゲヘナの装甲値が尽きて負けていただろう。しかし、自爆してまで引き分けにしようなどというのは、彼にとって勝負を捨てているようなもので──
「──誰が諦めたって?」
『──ッ!』
立ち上がったものの構えすら取らず無防備を晒していたところに、爆炎の向こうから聞こえた声にタイガーウルフが反応して振り返るのと同時に、視界を覆う煙幕を突き破ったふたつの何かがジーエンアルトロンへと迫る。
──それは先端にドリルを備えた鞭。イフリート・ゲヘナのスクリューウェッブだった。
まるで蛇が獲物を締め上げるようにして、ジーエンアルトロンの獣を模した肩から二の腕にかけ、両椀にそれぞれ巻き付いたスクリュー・ウェッブは、恐ろしいパワーを発揮して一時的にタイガーウルフの動きを止める。
双頭の蛇を操る主、イフリート・ゲヘナが機体名の示すように爆炎を纏って現れ、一直線にジーエンアルトロンへと向かう。
「これで決める!」
『──へッ、楽しませてくれる!』
増加装甲を全て脱ぎ捨てて迫りくるレイを見て、タイガーウルフもまた、実に楽しそうに犬歯をむき出して獰猛に笑う。
グレネードを用いた自爆戦法はブラフ。
半数を煙幕弾にすることで自機へのダメージを最小に抑え、なおかつ発射と同時に装甲を強制パージし、その反動で機体を後方へ無理やりに下げて生き残る。
煙幕のジャミング効果により短時間だがレーダーを欺き、あたかも相打ち狙いで自爆してしまったように装って敵が最も油断する時に奇襲を仕掛ける。
──奇襲奇策は弱者のペテン。などと言われることもあるが、タイガーウルフと比較すれば今のレイは弱者なので、これはまさに正しい戦術だった。
『拳が使えなくたってな──』
迫る敵機の残された武装。片腕に装備されたライフルの銃口に光が見え、それに合わせるようにタイガーウルフが蹴りの構えを取り──
「そこッ!」
『なにぃッ!?』
軸足に力がかかり、僅かにジーエンアルトロンの足首が動いた瞬間、イフリート・ゲヘナの放ったビームが軸足の踏ん張っていた地面の付近へ着弾して陥没させたことで、蹴りを放とうとしていたタイガーウルフの重心がブレて僅かにバランスを崩す。
このバトルで散々タイガーウルフの攻撃を受け続けたこと、虎武龍にて武道の基礎を学んだことで、レイは彼の動き出しのタイミング──武道で言う起こり──を把握できるようになっていた。
完璧なタイミングで狙い撃ったレイの一手は、まさに絶好のチャンスへと繋がる。
『こしゃくなマネを──!』
「──ッ!」
もはや言葉もなく、レイがコンソールを操作すると、イフリート・ゲヘナの拉げたほうの前腕が脱落し、丁度肘あたりにビームサーベルの発振口が出現。そこからビーム刃を展開。
オーガとの戦いでも見せた秘めたる刃。最後の武器を手にジーエンアルトロンへ迫るイフリート・ゲヘナ。
態勢を立て直したが既に遅く、もうすぐそこまで迫る切っ先を前にしてもなお──タイガーウルフは嬉しそうに笑った。
『──いい気概だ。だからこそ、俺も
大地を揺らす獣の咆哮が天を裂いて響き渡った。
それは狼と虎、それぞれの頭部を模したジーエンアルトロンの肩から発せられたもので、その肩部パーツがスクリューウェッブを引きちぎりながら機体から離脱、両椀の拳にドッキングされる。
金色に染まるジーエンアルトロン。
『こいつが俺の全力──いくぜ! 奥義ッ! 龍虎狼道ッ!!』
初撃に見せたそれよりも威力も範囲も格段に強化されたタイガーウルフ必殺の一撃。
双頭の獣の顎から放たれる黄金の奔流へ、ビームサーベルを突き出したイフリート・ゲヘナは一切の躊躇いもなく飛び込んでいく。
「──届けぇぇぇッ!」
今のレイの全てを掛けた一撃。残存エネルギーを全てサーベル出力に注ぎ込み、ハイパービームサーベルのごとく巨大化した光刃はタイガーウルフの全力の必殺技と拮抗し、波濤のごとく迫る巨大な龍を切り裂いて進む。
『やるじゃねぇかレイ。だが──』
磨き上げ、絶対の自信を持つ己の技に抗ってみせるレイの姿を嬉しそうに見るタイガーウルフだったが……
『──
その言葉に呼応するように、龍虎狼道のエネルギー波の中を進むイフリート・ゲヘナの足が止まる。
「──畜生ッ!」
ビームサーベルを発振していた腕部から爆発が起こり、肩の付け根から腕がガクガクとブレてサーベルの出力が下がる。
ダメージを計算したとはいえグレネードの爆発を間近で受けて損傷し、無理をさせ続けた機体はついに限界を迎えて、スラスターが火を噴き関節各所にスパークが走って──
「……ああ、くそ……悔しいなぁ」
レイの呟くような声を残し、イフリート・ゲヘナは金色の波へと呑まれる。
【BATTLE ENDED】
【WINNER TIGERWOLF】
愛機が爆散し、バトルエリアが解除される中で、空中に投影されたバトル終了のアナウンスを見上げながらレイは悔しさを噛みしめる。
格上だとかハイランカーだとか関係なく、ガンプラバトルで負けるのはやはり死ぬほど悔しくて、こればっかりはGBNでもGPDでも違いはなかった。
「……次は、勝ちますから」
「……へっ、楽しみに待ってるぜ」
機体から降りたタイガーウルフは、少しだけぶっきらぼうに告げられたレイからのリベンジ宣言に対し、実に楽しそうに笑って拳を差し出す。
己のよりも大きく、無骨で毛皮に包まれたそれに、レイは無言で、こつん、と拳を当てた。
こうしてレイの虎武龍での修行は、いったんの終わりを迎えた。