ガンダムビルドダイバーズ Behind the scenes   作:ほぼ読み専

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最悪の別れ

 そこにはいつだって熱があった。

 

「右! ミサイル群!」

「わかってる!」

 

 サブパイロットのクロウが警告を発すると同時に、メインパイロットのリンネは素早くコンソールを操作する。

 

 肩部装甲の上部ハッチが解放され、多数のフレアをまき散らす。

 

 敵機の放った殺意の群は本来の標的から外れ、暗い宇宙に走るいくつものオレンジの軌跡に引き寄せられては離れていく。

 

「――ッ、ファンネルミサイルが混ざってた! まだ追ってきてるぞ!」

 

 ――仮想の宇宙には果てがあって、有限だった。――

 

 はるか遠くの爆発を背後に、クロウたちを乗せたガンプラは凄まじい速度で飛翔する。

 

 ――でも、それでも――

 

 スラスターの光の帯を引きながら、仮初の宇宙を飛ぶさまはどこまでも自由だ。

 

「ならそこに――ッ!?」

「――ッ! クソッ! 弾幕は囮かよ!」

 

 弾幕を切り抜けた先、フレアにかからなかったミサイルを躱すために飛び込んだデブリ帯だったが、待ち構えていたのは巨大なエネルギーをほとばしらせた鋼鉄の砲身。

 

「――大丈夫ッ!」

 

 ――そこにはいつだって“闘争”と“自由”があった。――

 

「この状況でなにが大丈夫なんだよ!?」

 

 地形とこちらの動きを完璧に予測した待ち伏せ。回避ルートの選択肢はことごとくデブリによって潰されているし、ここから敵の射撃を無傷で切り抜ける装備は無い。製作者のクロウ自身が一番理解している。

 

「君のガンプラと、僕の腕があれば――!」

 

 だというのに、この相棒は不適に笑ってこんなセリフを恥ずかしげもなく言い放つと、ビームサーベルを最大出力で抜刀。

 

「こんなもの――!」

 

 迫るメガ粒子の塊にその切っ先を叩き込む。

 

 強大なエネルギー同士が衝突する。

 

 遠くからヒートアップする観客たちの熱狂が聞こえるが、そんなものに意識を割く余裕もない。

 

 クロウは操縦者(相方)の意図を察して機体のエネルギーをスラスターとサーベル出力に全ツッパ。最大出力を超えた過剰なエネルギー供給だが、コンソールの警告などはあえて無視する。

 

 果たして、リンネの言う通り、自分たちの機体は片腕を代償に破壊の嵐を抜け、その砲口へと光刃を突き立ててみせた。

 

 デブリ帯にひときわ大きな爆発が起こる。

 

 遅れて歓声がリンネの耳朶を打った。

 

 すでに爆心地から離脱した両機は、それに巻き込まれないよう互いに距離をとってにらみ合う。

 

 潮が引くようにして周囲の声も静まるなかで、リンネは油断なく敵機を睨みつつ周囲の状況を把握することに務めた。

 

「――、右腕が完全にいかれた。それとスラスター出力が七割に落ちたぞ」

 

 わずかに生じた戦闘の空白。このインターバルの瞬間にクロウがコンソールでパラメータを確認すれば、無茶の代償に結構なガタがきていると知る。

 

 機体が損傷するのは構わない。どれだけ壊れたって直してみせる。それがビルダーとしての彼の矜持だ。

 

 作って、壊して、また直して。

 その過程でガンプラ(愛機)への愛着も沸いていく。

 

 だが、今は勝負の最中(さなか)

 

「……やれんのか?」

 

 機体は不調。敵機は武器の消耗こそあれど五体満足で、近接兵装である長柄のビームアックスを構えた。それに呼応するようにこちらも残った左腕でビームサーベルを発振させる。

 

「なんとでもなるはずさ!」

 

 機体コンディションでは不利。しかしそんな状況でも相棒は楽しそうに笑ってそんなことを言う。

 

 男のクセに長髪で、野暮ったい眼鏡をかけているナードな見た目に反して、こいつはバトルとなるとクソ度胸をみせる。

 

 いや、自分がビルダーとしての意地があるのと同じで、リンネにもファイターとしての矜持や意地があるのだ。

 

「てめぇ! それ言いたいだけだろ!」

「……ふふっ、バレたか!」

 

 真剣勝負の、それも全日本の決勝トーナメントの真っただ中だというのに、ふざけたような応酬がとまらない。

 

 だが、これでいい。

 

 こうなった俺たちは誰にも止めることができない。

 

「ったく、ホント、しょうもねーヤツだよ!」

「いつも付き合わせて悪いね」

 

 さあ、敵も動き出した。スラスター光を爆発させて真っすぐこっちへ突っ込んでくる。

 

 今度は真っ向からの格闘戦をお望みらしい。――望むところだ。

 

 ――俺の作ったガンプラと、俺の相棒は最強なんだぜ。

 

「オメーの無茶には慣れちまったよ。――いけ! 相棒!」

 

 わずか数秒のインターバルだが、リンネのクセに合わせて機体制御に必要なエネルギーバイパスの調整はできた。サブパイとして共闘している自分の役割は果たした。後は勝利を信じるのみ。

 

 生き残ったスラスターに火が灯り、こちらも飛び出すと、デブリを足場にした苛烈な剣劇が繰り広げられる。

 

 闇夜を切り裂くスラスター光の軌跡と、ビーム刃がぶつかっては生まれて散る残光はいっそ芸術的ですらある。

 

 再び会場は熱狂に包まれる。

 

 正直なところ、勝てる確率はよくて五分。

 

 だが、それよりも、今、この瞬間が最高に楽しい。

 

「――やっぱり、ガンプラバトルは楽しいね!」

「ああ――たまんねぇよ」

 

 ワクワクして、ゾクゾクして、誰もが一生懸命で、とびっきり熱くなれるゲーム。

 

 この狭くも広い宇宙(そら)。暗いはずなのにいつだってキラキラと眩しくて、強敵との戦いは何度だって胸を焦がして――そんな世界がずっと続くと信じていた。

 

 信じていたんだ。

 

 それなのに、どうして。

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「なんでだよッ!」

 

 激情のままにクロウが拳をテーブルに叩きつけると、上に乗った食器が跳ねて思いのほか大きな音が響いた。

 

「……落ち着きなよ」

 

 今の時代では珍しく喫煙席のある喫茶店の中。馴染みのマスターからの視線の圧力に負け、浮かせていた腰を落とす。

 

「さっきも言ったけど、ボクにはVRの適正がない」

 

 対面に座った小柄な人物は、いつもの野暮ったい眼鏡の奥の瞳を伏せて自嘲気味に笑って続ける。

 

 「――ホント、笑っちゃうくらいにね」

 

 その笑みはバトルの時に見せる好戦的なものとはかけ離れた、全てを諦めたような力のないもので、リンネのこんな顔をクロウは見たことがなかった。

 

 肩口で切りそろえられた髪が、うつむいたリンネの顔を隠した。

 

 必勝祈願の願掛けにと腰に届くまで伸ばしていたくせに、あの大会が終わってすぐにバッサリと切ってしまった。

 

 

 GBN。ガンプラバトル・ネクサスオンライン。

 

 GPDのサービス終了に伴い、新たに発表されたガンプラバトルの新しい形。

 

 戦いの舞台をVR空間に移したことで現実のガンプラが損傷することがなくなり、よりカジュアルに、より広い層へとリーチを広げていくことでユーザー数の増加が見込めるとのことだ。

 

 ――クソくらえ。

 

 それが八神(ヤガミ) 九朗(クロウ)の率直な感想だった。

 

 現実のガンプラが壊れない?

 

 ――そんな()()()戦いのどこに真剣になれる要素があるんだ。

 

 オンラインVRゲームになったことで世界中のユーザーと対戦ができる?

 

 ――VR適正という()()()を設けておいて、どの口が言ってやがる。

 

 現に今、彼のGPDでの相棒だった凪原(ナギハラ) リンネはその足きりによって引退を余儀なくされている。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 U‐15やU‐19ではない。歴戦の強者たちがひしめく鉄火場で勝ち取った輝かしい功績も、VR移行という現実の前では紙屑以下の価値もない。

 

「……まあ実際、ちょうどいいタイミングだったよ」

 

 黙り込んだクロウへ穏やかな口調で切り出したリンネは、すっかり冷めたコーヒーを一息で飲み干すと続ける。

 

「ガンプラバトルにのめりこみすぎて卒業もギリギリだったからね。幸い良い就職先が見つかったから、卒業と同時に地元(ここ)からは出ないといけなくなったし。――お世話になったイワナガさんには悪いけど、踏ん切りがつけられそうだよ」

「――ッ……そうかよ」

 

 リンネの言葉を聞き流しながらクロウは灰皿を手繰り寄せると、テーブルに置いていたタバコを一本取り出しオイルライターで火をつける。

 

 キン、と蓋を弾いた時の音がいやに耳に残り、ジジッというタバコ葉の燃える音に続いて馴染みのある清涼感が口腔と肺を満たすが、ささくれだった心を落ち着かせてはくれなかった。

 

「……」

 

 蓋を閉じたライターになんとなく視線を落とす。

 ファーストガンダムのラストシューティングのレリーフが刻まれた愛用のライターだったが、今はなんとなく「ガンダム」を見たくなかったので、パーカーのポケットへ乱暴に突っ込んだ。

 

 少しの間の空白が二人に流れる。

 

 クロウとてどうしようもない事だと理解はしている。リンネがフルダイブ型VRに適応出来ないのは生まれ持った性質だ。

 

 それでも「理解」と「納得」は収まる場所が違うのだ。

 

「というか、キミはどうするのさ?」

「あ? 知るか。テキトーにバイトして生きてくわ」

 

 半分ほど吸ったところでかけられた問いに返されたのは実に投げやりな答え。

 

 二人は同い年であるが、大学生だったリンネと異なり、高卒のフリーターだったクロウの青写真は見事なまでにノー・フューチャー。

 

「まったく……キミはそういうトコ適当だよね。でもちょうど良かった。実はさ――」

「――るせぇ」

「いや、聞いてよ。まだ構想の段階だけど考えてることがあって……」

「うるせぇってんだよッ!」

 

 ここのところ鬱憤が溜まっているせいか、普段に輪をかけてクロウの言動は荒い。

 もともと熱くなりやすい性格だが、いつもの彼はここまでピリピリすることはない。ましてや「相棒」とまで認めたリンネ相手なら猶更だ、

 

 それはGPDのあり方や、そこで戦ってきた戦士たちを侮辱するようなGBNの存在。あれほど熱い戦いを共に経験してきたはずの相棒の淡泊な、あるいは諦めを含めた反応だったりが不運にも重なってしまった結果だった。

 

 理不尽で冷たい現実と相棒の諦観。

 

 この二つがクロウの心をかき乱している。

 

「……」

「……ちっ、やめろよ、その目。ともかく、俺は俺で適当にやるから、オメーもここを出るならさっさと行け――もう会うこともないだろうよ」

 

 なにかを言いかけていたリンネを無視してクロウが立ち上がる。

 

「――ッ、クロウ」

「じゃあな相棒。……お前とのバトルは楽しかったぜ」

 

 財布から代金を置くと、タバコを掴んで立ち上がる。

 咄嗟にリンネが引き留めようとするも、その手は紫煙を空しく掴むのみだった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 目覚めは最悪だった。

 

「……ちっ、くだらねぇ夢だ」

 

 あれは二年ほど前の出来事だ。

 もうすっかりご無沙汰になった喫茶店の内装や、あの時の相棒の顔まで嫌に緻密に再現されていて、それがクロウを余計に苛立たせた。

 

 彼は不機嫌そうに寝床から出ると、起き抜けの頭を覚醒させるためにタバコを片手に廊下に出る。

 2Kのアパートの短い廊下に申し訳程度に設置された小さなシンク。その上の壁にある換気扇を付けて、置きっぱなしのパイプ椅子へ乱暴に腰を下ろせば、ぎしりと抗議するように鳴った。

 

 キン、と使い慣れたオイルライターの音を聞きながらタバコに火をつけて一服。

 少しだけ傷の増えたガンダムのレリーフをなんとなく眺めていると、ピコンという電子音が開けっ放しの寝室から聞こえた。メッセージアプリの着信音だ。

 

「……あぁ。そういやまだ残ってたんだっけな」

 

 その音につられてクロウが寝室へと視線を向けると、目に入ったのは小さなテーブルに置かれた封筒とナニカの束。昨晩やり残していた()()のことを思い出す。

 

「どいつもこいつもくだらねぇ。()()()()()に頼らないと強くなれないってんだから――」

 

 ――GBNなんてくだらねぇ。

 

 紫煙とともに呪詛を吐いて立ち上がると、まだ半分以上あったタバコを灰皿に押しつけてから冷蔵庫を開ける。

 ぎっしり詰まった様々なエナドリの中から適当に一本を取りだすと、片手でプルタブを開けながら寝室に向かう。

 

「さて……なんも知らねぇバカども(ダイバー)にプレゼントを贈ってやるとしますか」

 

 舐めるようにエナドリをひと口飲んで、床に直接腰をおろしたクロウは、ただ黙々とナニカを封筒に入れては封をしていく。

 防水と折り曲げ対策のため安価なハードケースに入れられたそれは小さなシール状の物で、元GPDプレイヤーの彼にとってはなじみ深いもの。

 

 かつてデカールパーツと呼ばれていた、GPDでのガンプラバトルで特殊システムを再現するための改造パーツであり――今は()()()()()()()()と呼ばれているものだ。

 

 クロウが「内職」と呼んでいるのはブレイクデカールの発送代行業務。

 

 今、GBNを騒がせている違法ツールの拡散。その手助けを行う実行部隊、いわばブレイクデカール製作者の「手」であった。

 

 ――チートプログラムのくせして使用した痕跡はサーバー上に一切残らない事といい、自分のような「手」を使うことといい、こいつの製作者はよっぽど隠れるのがお好きらしい。

 

「これで終わり、だな」

 

 封入が終わればあらかじめ送り先を印刷しておいたシールを貼ってポストに放り込むだけだ。

 念のために投函する場所は分散させているが、業務内容に比べて報酬は悪くない。

 

「……はっ、くだらねぇ。こんなモンに頼るバカも――俺も、か」

 

 もっともそれだけでは到底生活できないため、普通のバイトも掛け持ちしている。

 

 束になった封筒を眺めても達成感もなにもない。ただただ空虚だ。

 

()()()はまだちっとはやりがいもあるが……発送がめんどくせぇんだよな……」

 

 クロウが視線を向けた先にあるのはいくつかの小包。中身は彼がカスタマイズしたバトル用のガンプラが入っている。

 改造自体は基礎工作がメインで、武装も市販のパーツを少し改造した程度のものを追加しているだけだが、彼ほどの腕前のビルダーの手にかかればレンタルガンプラよりも高性能機に生まれ変わる。

 

 ガンプラバトルが行われるようになってからは、このようなカスタマイズガンプラの販売が個人、グループ問わずに行われていて、クロウは高い完成度と納期の速さで個人としては悪くない稼ぎを出していた。

 

 GBNなどという()()()()()のガンプラバトルなど本気で遊ぶ気もないが、制作技術を錆びさせないため、このようなサイドビジネスも行っている。

 

 GPDが全盛の頃には自分がこんなことをするとは考えもしなかった。目指すものがあり、共に歩む相棒がいたあの時には。

 

「自分で作りもしねぇ、戦闘(バトル)スキルを磨こうともしねぇ。そのくせ他人より強くなりてぇと……マジでろくでもない連中ばっかりだなGBN(このクソゲー)はよ」

 

 適当に身だしなみを整え、荷物を発送するため家を出たクロウは、そこでメッセージが来ていたことを思い出して携帯端末を開く。

 

「招集命令? 珍しいな」

 

 そこにあったのはブレイクデカールの製造元である人物からの指令。GBNで顔を合わせて直接連絡を行いたい旨の内容だった。

 

「あの連絡役とはあんま会いたくねぇんだけどな……」

 

 あの死んだ目をした女忍者のダイバー。自分と同じくクライアントの「手」であり、クロウが現実(リアル)の担当とすれば、彼女はGBN(VR)をメインに活動しているらしい。

 詳しい事情は知らないし、知りたくもない。

 

「なにかしら弱みでも握られてんのか知らねぇが……ウゼぇ」

 

 無感情を装ってはいるが、小娘の演技に騙されるほどクロウも純粋ではない。中身が未熟な少女であることなど、所作を少し見ればバレバレだった。

 

 だが、興味も無いし手を差し伸べるつもりもない。

 

 ――ガキのくせになんで反抗しねぇ。気に食わないなら死んでも噛みつけ。でなけりゃ周りに声をあげて助けを求めろ。わかったような態度で諦観してんじゃねぇ。

 

 反骨心の強いクロウからしてみれば、「私はイヤイヤやらされてます。本当はこんなことしたくありません」という態度が非常に苛立つ。

 

 なによりあの瞳だ。曇ったガラス玉のような双眸。あれを見るたび別れ際の相棒の顔が、V()R()()()()()()()()()()()アイツがチラついて心がざわざわする。

 

 しかし()()命令であるためおそらくは顔を合わせることになるだろう。そう考えるとため息が漏れる。

 

「ハァ……まぁ、クライアントからの指示だ。仕方ねぇか……」

 

 ストックしてあるタバコの残りを思い出しながら、彼は最寄りのコンビニへと歩き出した。

 

 

 相棒のリンネとはあの喫茶店での会話を最後に顔も見ていない。

 

 あいつが今、どこで何をしているのかをクロウは知らない。

 

 別にリンネが憎いわけではない。二年という時間はクロウの頭を冷ますのに十分だったが、今となってはこんな自分を見られたくないという気持ちが強かった。

 

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