ガンダムビルドダイバーズ Behind the scenes   作:ほぼ読み専

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そして、最悪が交わる

GBNには様々なディメンションが実装されているが、その中でも当然人の多い場所とそうでない所がある。

 

 クロウ、いや、ここでは【774(ナナシ)】という名前の男が降り立ったのもそんな過疎地のエリア。

 まばらにいるNPDのほうがダイバーより多い、忘れ去られた初心者サーバーの一角に彼の姿はあった。

 

 その恰好はジーンズに丈の長いパーカーという現実世界のような服装をした細身の青年。

 こんなゲームに本気で取り組む気のなかった彼は、ダイバールックもほとんど現実そのまま……瞳と髪色を変えた程度なので、万が一、リアルで面識のある相手に見られる可能性を考えて、パーカーのフードを目深に被っている。

 

 少ない人目を避けるようにしてビルの隙間の壁にもたれかかっていると、

 

「……よう」

 

 ふと気配を感じて顔を上げれば、ビルの間の暗い路地から人影が近寄ってくる。

 

「ひさしぶりだな」

「……」

 

 覆面で口元を隠した女忍者のダイバー。連絡役のほかには主にGBN内部での活動がメインらしい、とクライアントから聞いたことはある。

 現実でブレイクデカールをバラ撒くのがクロウの役目なので接点はあまりない。

 

「……こっち」

 

 僅かな目礼の後、くるりと身をひるがえして路地裏を歩いて行ってしまう。相変わらずの愛想の無さに内心で鼻を鳴らしつつも黙って後に続く。

 

 ……774はこの連絡役が好きになれなかった。いや、どちらかと言えば、()()()()()()というほうがしっくりくる。

 

 ――なにかしら弱みでも握られてるのか知らねぇが……

 

 私はイヤイヤ手伝っています。という雰囲気が気に食わない。

 本人は隠しているつもりなのかもしれないが、少し注意して見ればすぐにわかる。それにクライアントも気づいているだろうことも。しかし、雇い主様は敢えて彼女の態度に言及せず放置している。それも気に食わなかった。

 

 別に協力したくないならそれはいい。所詮はゲームだ。仕事じゃない。嫌なら嫌で断ればいいだろうに。その態度が目障りだった。

 

 ――嫌なら反抗しろ。逃げたっていい。なんでそれをしねぇ。

 

 これまでの人生で我を通し続けてきた彼にとって、彼女の在りようは見ていて非常に苛立つ。

 現状の自分を棚上げして、そんな自分勝手なことを考えながら歩いていた。

 

「……」

「……なぁ」

 

 ついに沈黙に耐えかねた774が声をかける。しかし、彼の声は彼女の背中に当たって、無人の路地裏に空虚に反響するだけ。

 

「チッ……嫌ならこんなことやめりゃいいだろうが」

「――ッ!」

 

 吐き捨てるように呟いた言葉だったが、相手の反応は劇的だった。

 

 立ち止まって振り返り、こちらを激情の宿った瞳で睨む。マスク越しだが奥歯を強く噛みしめているのがわかる。

 忍者の恰好をしているクセに、感情のコントロールがまるで出来ていないな、と冷めた感情でその紫水晶のような瞳を睨み返した。

 

「あなたに私のなにが――!」「わからねぇな。知りたくもねぇ」

「な――」

 

 彼女は激高した様子で何かを言いかけたが、774はそれを切り捨てた。

 

「てめぇのその態度が俺は気に食わねぇ。嫌々やらされてます感がうぜぇ。可哀そうなポーズしてれば助けてもらえるとでも思ったのか? 親でもトモダチでもねぇ、()()()の俺にか?」

「――ッ、……そうね。私が浅はかだったわ」

「――チッ、そういうとこなんだよ」

 

 ――ガキが。

 

 ここまで言うつもりはなかったが、なぜか774はこの少女に無性に腹が立つ。

 やはりあの瞳だろうか。すべてを諦めた、まるであの時の相棒の――

 

「くだらねぇ……」

 

 ただの八つ当たりだ。これでは自分のほうが子供ではないか。

 

 まとわりつく自己嫌悪が足を重くして、ビルの陰に引き込まれるようにして774は路地の奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 何度かのワープを経てたどりついたのは初心者サーバーのどこかの倉庫。

 

「おう。来たか。774(ナナシ)

 

 うち捨てられた廃墟の中、乱雑に積まれた資材の山に腰かけていた人物がクロウ――774に声をかけてくる。

 

「……わざわざ呼び出すとは、何か問題でも?」

「まァ、近いと言えばそうだな」

 

 大きなローブのようなものを羽織っているため、クライアントのダイバールックは全くわからない。だが相手の正体などクロウは興味がない。これまでの少ないやりとりで、GBNに対する憎悪とも呼べる感情を抱える()()であると確信している。それだけで協力するには十分だった。

 

「――近々、大規模な戦闘が起こる」

「――ッ」

 

 その言葉にぴくりとクロウの肩が跳ねる。

 

「運営か?」

「いいや。ブレイクデカールの証拠はまだ掴まれてねぇ。――マヌケな奴らだよ、ホントに」

 

 明らかな侮蔑を含んだ嘲笑。よほどこの男はGBNという存在が憎いらしい。

 

「じゃあどういう」

「有志連合――ダイバーどもだ。チャンピオン様が号令かけて、上位ランカーかき集めてカチコミかけようとしてんだよ」

「クジョウ・キョウヤ……」

「さすがに第七機甲師団の一軍どもをぶっ潰したらな」

 

 くくっ、と喉の奥で笑うローブの男。彼にとってはチャンピオンに目をつけられたことよりも、GBNでのNo.2であるロンメル率いるフォースが、マスダイバー相手に無様に負けたことのほうが愉快らしい。

 

「……」

 

 しかしクロウのほうは内心穏やかではいられなかった。

 クジョウ・キョウヤ。現在のGBNで彼の名を知らないダイバーはほぼいないだろう。トップオブザトップ。

 比喩でも誇張でもない()()()()()()()

 

 ついに動いたか――と彼は無意識にきつく拳を握るが、クライアント様は全く意に介さない余裕の態度だ。

 

「――だが、これはチャンスだ。追い詰めていると思い込んでいる連中を逆に利用してやる。新型ブレイクデカールの実験台にちょうどいい」

「新型……?」

「ああ。つい最近に完成してな。ロンメルどもを潰したのもそいつがあってのことだが……有志連合の件で、お前には追加でやってもらいたいことができた」

 

 新型ブレイクデカールの存在も気になるが、それよりも774は相手の言葉に少し身構えた。

 

「……なんだ?」

「対有志連合に向けてこっちも戦力を強化している。そこで幾人か()()を雇ったんだが……その傭兵にお前のガンプラを貸してやってほしい」

「ガンプラを、か?」

 

 思ってもみなかった頼みに、774は訝しげな声で問い返す。

 

「ああ。今回雇った傭兵たちだが、バトルの腕は悪くないがガンプラ作りはシロウトだ。さすがにパチ組みや素組みじゃあ、ブレイクデカールを使っても上位の連中の相手は厳しいからな」

「そんなもん、アンタが用意すればいいだろ」

 

 少なくとも雇用条件を決めたのは雇い主であるフードの男のはずだ。ならば機体の手配も彼が行うのが道理というもの。

 

「それが思いのほか募集に乗ったヤツが多くてな。俺のほうで用意した機体はもう全部はけちまってんだよ。だが、戦力は多ければ多いほどいい」

「……そういうことか。で、数は? あまり多くなると汎用的なカスタムしかできねぇぞ」

「安心しろ、一機でいい。代わりに()()()()()()()()()()()

 

 クライアントからのオーダーに774は少し鼻白んだ。というのも目の前の男は、自分のビルダーとしての腕前を知っているからだ。それでもなおこう言ってくるとは、余程その傭兵とやらは()()らしい。

 

 少しだけ、ほんの少しだけ――面白い。と思ってしまったのは、脳裏に元相棒の顔がよぎったせいか。

 

「ああ。わかった。ただし……扱いきれなくても文句は受け付けないからな」

「だとよ。よかったな、()()()

 

 内心を悟られないよう、ややぶっきらぼうに了承すれば、クライアントの男はニヤリと笑い背後の暗闇へと声を投げる。

 

「……あ、話やっと終わった~? まったく、アタシを待たせるなんていい身分ね」

 

 するとその闇の中から一人のダイバーが出てきた。それは十代半ばの小柄な少女だった。ピンク色の髪をツインテールにしているのが特徴的な、ツリ目がちの美少女。

 爬虫類のように瞳孔が縦に割れた金色の瞳に、鼻筋が通り整った顔には八重歯が覗く小さな唇。細身で凹凸の少ない肢体を包むのはザフトの赤服。

 

「……こいつが?」

 

 傭兵として紹介された少女の姿を見た774の視線が険しくなる。

 彼とてVRゲームでは見た目と実力が繋がらないことは承知している。だから問題はそこではない。

 

「オロチでーす。よろしく~」

 

 にやにやと八重歯を見せ、嫌な笑みを浮かべて挨拶をしてくる。甘ったるいその声はどこか粘度があり――他人を舐め腐った態度が透けて見える。

 オロチのまとう雰囲気と言動、両方から相手を煽っているような感じを受ける。

 

 ――気に食わねぇ。

 

「ふ~ん? アンタがアタシの機体を用意してくれんの? いっとくけどハンパなモンよこすんじゃないわよ?」

「――あ?」

 

 774の中での「気に食わないヤツ」ランキングが一瞬で入れ替わった瞬間だった。

 ビルダー、それも腕に自負のある者にとって、オロチのセリフは絶対に看過できないものであった。

 

「前にレンタルのヤツ使ってヒドい目にあったんだから。アタシの操縦についてこれるのをちゃんと用意してよねー」

 

 ――この、クソガキ……

 

 あの連絡役など比べるべくもない。自分以外の全てが下だと信じて疑わない傲慢さが鼻についてしょうがない。

 

「――へぇ、言ってくれるじゃねぇか。テメェこそ、俺のガンプラに振り回されんじゃねぇぞ?」

「は? 誰にモノ言ってんの? そっちこそポンコツだったら承知しないからね」

 

 ――いいぜ。テメェが泣いて喜ぶ、()()()()()()()()()()()を用意してやる。

 

「ま、うまくやってくれ。決行日についてはまた連絡する」

 

 「あぁ?」「お?」とメンチを切りあう774とオロチをどこか面白そうに眺めたフードの男は、そう言い残して連絡役を伴ってログアウトしていった。

 

「チッ、とりあえず、テメェがどういうバトルスタイルなのかを知らねぇと話にならねえ」

「はいはい。えーっと、ロボゲはねー」

「フレンド登録しておいてやるから、あとでメッセ送れ。送り先もそこに書いとけ」

「は? イヤなんですけど?」

 

 取り残された774は仕方なしに必要な事を伝えるが、そんな彼を馬鹿にするようにオロチは反発する。

 いちいち挑発するような物言いに、774は血管が切れそうになった。

 

「黙れ。口頭で伝えて齟齬があったら面倒だろうが」

「はぁ~? 今日初めてネットで会ったヤツに個人情報教えるわけないでしょ? キモっ」

「……~ッ!」

 

 ――いますぐ帰りてぇ……こんなクソガキおしつけやがって。あの野郎。

 

 無駄にリテラシーが高いのがさらにムカつく。正論だけに安易な反発もできないのが質が悪い。

 

「ハァ……住所なんぞ知らなくても送る手段はある。あとでメッセで教えてやる。今はフレンド登録だけすればいい」

 

 クライアントへの恨み節をどうにか飲み込んで、必要な事だけを伝えてフレンド登録を済ませた774はさっさとログアウトする。

 

「じゃあね~。楽しみにしててあげるわ」

 

 憮然とした態度の774をケラケラ笑って見送るオロチ。顔は良いのに、その笑顔は彼にとって可愛らしさのかけらも感じられなかった。

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

「……よし、完璧ね」

 

 世那の家でカイムの装備の最終調整を終えた嶺は安堵の息をついた。

 

「おつかれさま、嶺。頑張ったね」

「いやー、なんとか間に合ってよかったわ。夏休みじゃなきゃ絶対に無理だった」

「……課題は全然進んでないけどねー」

「うっ……それは……ロータスチャレンジが終わったら頑張るから……」

 

 塗料で汚れ、瞬着でガサガサになった手をぱたぱたさせながら慌てる嶺。夏休みに入ってから、彼女はロータスチャレンジ攻略のための装備作りにかかりきりで、その頑張りを世那は間近で見ていた。

 

 いつ見ても嶺はガンプラ作りには真摯で真剣だ。世那はそんな姿が好きだった。

 

「あはは、ごめんごめん。わたしも手伝うから」

「そこはもう思いっきり頼りにしてるわ……」

 

 カイムに装着されたパーツを興味深そうに眺めていると、世那は気になるものを見つけた。

 

「ねえ、嶺。ちょっと気になったんだけど、このマークってなに?」

「ああ、それね。……ちょっとした必勝祈願、かな」

「ふーん? カラスがモチーフなんだ。カッコイイね」

 

 それはエンブレムデカール。三本足のカラスを意匠化した、良くできたデザインのものだった。

 

「ヤタガラスよ。クロ(にぃ)――あ、いや、()()()()()っていう私の師匠でもある人が作ったパーソナルマークで、イワナガ模型(ウチ)をホームにしてたリンちゃんたちのチームエンブレムでもあったの」

「前に聞いた嶺のおうちの常連で、GPDでガンプラバトルやってた人たち?」

「そ。私にとってはリンちゃんがファイターの師匠で、クロウさんがビルダーの師匠。他にもいろんな人からガンプラ作りや戦闘技術を教えてもらったものよ……スパルタだったけど……」

 

 嶺の目が若干死んだ。年齢に見合わない彼女の制作技術とバトルセンスはこうして磨かれたらしい。

 

「今回の装備を作るために材料漁ってたら、たまたまデカールが出てきたから、ね。それ、最後の一個だし地味にレアなのよ? コレ頒布とかしてないし、チームメンバーですら持ってる人少なかったんだから。私はクロウさんに誕生日プレゼントで貰ったんだ」

「そうなんだ……」

 

 楽しそうに思い出を語る嶺を見ていると、世那はなぜだか胸の奥がつくん、と痛む。自分の知らない嶺の話。誰かの名前を愛称で呼ぶ嶺の話。――そこに世那(わたし)はいない。

 

「ん? どしたのセナ」

「ううん。なんでもない。じゃあ、このエンブレムに誓って絶対ロータスチャレンジを攻略しようね!」

「そうね。このマークを背負うなら、下手な姿は見せられないわ」

 

 むふー、と気合を入れる嶺を楽しそうに世那は見る。

 

 胸の奥に刺さったままの棘は、今はまだ、気づかないふりをして。




Tips:【パーソナルマーク】

ヤガミ・クロウが自作したヤタガラスをモチーフとしたオリジナルのエンブレム。
クロウ→Crow(英語でカラス)から。

もともとソロで活動していた彼が自分用のパーソナルマークとして使用していたものだが、後にタッグを組むことになる凪原リンネがこれを気に入り、チームエンブレムとして採用。

クロウが制作した中でも気に入ったガンプラにのみ与えられていた特別なマークで、チーム内でもこのデカールを持っているものは少なかった。
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