ガンダムビルドダイバーズ Behind the scenes 作:ほぼ読み専
ヘッドセットで塞がれたはずの視界に光が差したのを感じて目を開けた時、レイの体は海を臨める巨大な建造物の内部へと構築されていた。
ここは電脳の海に構築された、現実とは違うもうひとつの世界。
エントランスロビーと呼ばれるこの建物は、GBNへとログインした際の転送ポイントを特に指定していないダイバーたちが最初に飛ばされる場所で、カフェやフードコートといった飲食スペースに加えて、大型モニター──平時はGBN内で現在行われているガンプラバトルの様子をランダムで中継するものだ──などが設置された広大な空間だった。
今もレイの脇をログインしてきたダイバーたちが続々と通り過ぎてゆく。光の粒子が集まって人型──まれにそれ以外のも混じっているが──を形作っては、次々にダイバーたるプレイヤーのアバターを生み出してゆく光景は、GBNの同接人数の多さをまさに体現していて、初見の者はたいていが驚く。
普段ならばさっさと格納庫エリア──ログインの際に登録したガンプラが置かれているエリア──に
ログインしてわき目も振らずに中央カウンター──ミッションの受注を行う受付──を目指す者、ロビーで待ち合わせていた集団に合流して楽しそうに会話を始める者、カップルなのか腕を組んで──男のほうはOOのとあるキャラアバターだった──ポータルを出てゆく男女。
未だにレイの待ち人は来ていないようなので、なんとなしにそんな活気溢れるロビーを眺める。
そういえばGBNをプレイするようになってから、バトル目的以外──ましてや誰かと待ち合わせなど──でログインしたことは殆どなかったな、とレイは思い返す。
最初期こそ野良募集でメンバーを募るミッションへ積極的に参加したり、当時はフレンドがいなかったために、ランダムマッチングによるチーム編成が成される、協力ミッションといったものにも挑戦したものだったが、どうにもレイはオンラインゲームの味方運に見放されているようで、まともな友軍を引いたためしがなかった。
GBNはネットゲームであるため、かつてのGPDのように対戦相手探しに困ることはない……のはいいのだが、筐体が設置されている店舗を中心として、
生まれた時からネット環境がある世代のレイもそれは理解している。してはいるのだが──それにしたってレイの味方運は屑すぎた。
別にレイとしてはオンラインゲームである以上、そういう手合いがいるのも理解できるし、
だから彼女自身は、「まぁ、仕方ないか」と割り切れるのだが、問題はその手のダイバーがいた場合、高い確率で参加メンバーがギスギスして険悪な空気になることだった。
たまたま参加したミッションで気の合う仲間を見つけてフレンド交換。そこから広がる交流の輪──などといったものに、レイはついぞ出会ったことがなかった。
フレンドが出来ずフォースも入れず、結局出来る事はソロのミッション攻略か対人戦しかない。ガンダム作品の世界を緻密に再現したフィールドやディメンションも一人で巡るには味気ない。思い出を共有するツレがいなければ、アミューズメント施設は楽しくないのと一緒だ。
ソロのミッション攻略にしたって、ソロオンリーではいまいちポイントの効率が悪く、なかなかランクが上がらない。またGPD移行組みのレイにとっては、ガンプラバトルとはプレイヤー同士の駆け引きこそが醍醐味で、次にどういう展開になるのかわからない緊張感が楽しいのだ。
それなのにポイントのためとはいえ、同じミッションをwikiで指定された装備を付けたガンプラで、ライン工のように決められた手順を踏んで周回することを強いられるソロ攻略は、
そうした経緯でたどり着いたのが、参加も離脱もいつでも出来て、気軽にバトルが楽しめる環境。人によっては「魔境」とも言われるハードコアディメンション・ヴァルガであった。
参加にランク制限がかけられ、ランダムマッチング機能を使ったとて参加者が集まるまで待たされる正規の対戦より、参加者のランクを問われずログインしたら秒で戦闘に参加できる点もいい。
ヴァルガという戦場は全方位が敵という特徴の他にも、それなりに高い操縦技術と完成度のガンプラが求められる環境なのだが、幸か不幸か彼女にはそのハードルを越えられる程度にはガンプラバトルに対する経験の蓄積とVRへの適正があった。
伊達に小学生の時分からGPDをプレイしていない。
こうした歩みによって、レイというダイバーはヴァルガの民となった。
そんな彼女でも、今ではフレンド欄に数名ほどだが名前が連なっている。だが、それらは主に
GBNを始めた頃は祖母のことでごたごたしていたし、その後も慣れない一人暮らしのために余暇に使える時間が少なかったのだが、最近は要領も掴んできたのか、適度に手を抜くことを覚えたことで余裕が持てるようになった。
今だからわかるが、昨年までのレイがGBNをプレイしていたのは現実逃避に近かったのだろう。祖母を亡くし、思い出の詰まった実家の店が閉店し、すっかり元気をなくした祖父が体調を崩す毎日。日常的に嶺も手伝いをしていたとはいえ、岩永家の家事の大部分を担っていた祖母がいなくなったことで崩壊した生活サイクル。
そんな現実から一時でも逃れたくて、GBNでひたすらバトルに明け暮れる。
戦いに集中している時だけは、現実のことを忘れて目の前の
世那という少女と出会った事は偶然だったが、レイにはどこか必然のようなものも感じていた。昨年までの余裕のない自分だったら、きっと病院で転んだ彼女を見てもスルーしていたに違いない。
だからこそ。
§
「レイー! おまたせー!」
タタタッと、軽快に走り寄ってきた少女へと、レイが手を振ることで応える。
セナの
もっとも、今の姿に現実の世那のように不健康そうな面影は当然なく、小柄だがしなやかな肢体はいきいきしているし、頬も体の肉付きも少女らしいふっくらとした丸みを帯びて、いかにも健康そうな美少女といった具合だ。
「今までは病院からのログインだったから、丸っこいロボットの姿だったけど、正規のアカウントを作ったからちょっと弄ってみたんだー」
嬉しそうにレイの目の前でくるりと回ってみせるセナ。そんな彼女の動きに合わせて、ふわりとスカートの裾が翻る。
セナの服装は軍服風にアレンジされたワンピースで、上は将校のような
奇しくも着崩したミリタリールックのレイと並ぶと、可愛らしい少女将校とその部下の荒くれ、みたいな構図になった。
「丸っこいロボット……ああ、ハロね。そっか、病院からだと仮登録ID扱いになるんだ」
GBNにログインする際、仮登録のIDでダイブすると、ダイバールックがガンダムシリーズのマスコットキャラである球体ロボット、ハロに固定される。
病院などの医療施設からのログインの場合、正規のアカウントを所持していても自動的に仮登録IDが作られ、ダイバールックは白いカラーリングのハロになる。また、医療施設からアクセスしていることを示すためにか、そのハロの後頭部には赤十字のマークが描かれた特別仕様のものだ。
「で、どう? どう?」
「似合ってるよ。
「……えへ、ありがと! ガンダムは戦争の話がメインでしょ? だから
VRMMOの大型タイトルであるGBNは大小含めて頻繁にアップデートが行われ、その中で
レイのように無料の
また、ダイバールックを原作の登場人物にそっくり変える、キャラクタースキンという全身用のアクセサリといった特殊なものもあったりする。
冒頭でレイが見かけた
「じゃあさっそく何かミッションやってみる?」
「わたし、GBNで共闘プレイしたことないから、まずはレイと二人で出来るやつがいいな」
「ん。オッケー」
楽し気にやりとりをしながら二人が歩き出す。
§
「レイごめん! そっち抜けた!」
「了解。テキトーに片付けとくから、気にせずどんどんやっちゃってー」
先行していた相棒の声が飛んできてすぐに、レイのコンソールにあるレーダーマップが敵機の襲来を告げる。
数は十五。数的不利は明白であり、このまま接敵すればこちらが包囲されるのは明らか。
しかし──
「ま、Cランクミッションの無限沸きする雑魚なら問題ないでしょ」
全く気負った様子もなく、脚部のスラスターに火を入れると、レイのイフリート・アサルトが軽快に砂塵を巻き上げて前進する。
ティエレン地上型が八機に、上空から先行してくるのはAEUイナクトが七機。
イナクトの編隊がいずれも爆装をしていたのをいいことに、両手のビームカービンを爆弾を抱えたコンテナへ向けて斉射。地を這うような動きで高速機動しながらも、完璧な先読みで放たれた偏差射撃は、馬鹿正直に飛ぶNPD──ノン・プレイヤー・ダイバー。いわゆるNPC──が操縦するイナクト編隊を面白いように捉え、次々と砂漠の乾いた空に咲く特大の花火へと変えてゆく。
「回避おっそ……やっぱ無限沸きするだけあって、NPDのAIもお粗末だわ。ほとんど的だねこれ」
足を止めずに背後のウェポンコンテナに格納されたロングバレルをビームカービンに装着しながら、レイは拍子抜けしたように呟く。
イナクト隊が爆散する様を見たためか、おっとり刀で駆けつけたティエレン地上型の部隊が射撃戦を展開するも、スケートのような機動で射線を躱しながら、的確にコックピットを狙い撃つイフリート・アサルトを捉えることができず、なにも出来ずに次々とボリゴンの欠片になっては消えていく。
「うぇー……こんなカカシを延々十五分も狩り続けるの? マジで……?」
「ねぇ、レイー。なんか敵がすんごい弱っちくて、戦ってても楽しくないよー」
「制限時間が五分切ったら、
開始早々にして既にレイのやる気が下がり始め、セナからも苦言が呈される。
「ポイント効率が良くて、それなりに戦えるってwikiのコメントでオススメされてたけど、びみょーだね……でも、まあ弾幕密度が
「ま、囲まれた時の連携の練習でもしよっか。もうすぐそっちに追いつくから、セナ待っててー」
「りょーかーい」
暢気なやりとりをしているレイとセナの二人だが、この会話中も景気よく敵NPDを撃墜している。
──Cランクミッション「折れた翼」
攻略wikiを閲覧すれば個別ページが作られているほどに有名な稼ぎミッション。
機動戦士ガンダムOOのファーストシーズン第十五話「折れた翼」を再現したミッションで、劇中の三大軍事勢力である人革連、AEU、ユニオンからなる大規模部隊の物量攻勢から、制限時間である十五分──原作では十五時間だったが、流石にそうはならなかった──が経過するまで生き残るサバイバルミッションだ。
Cランクにしては弱く設定されたAIながらも、原作での戦いを再現した恐ろしい数のNPD機が包囲殲滅を仕掛けてくるだけでなく、制限時間が残り五分を切ると、こちらも原作に登場した
なぜこんなミッションが稼ぎに適しているのか。それはミッション中に撃墜したNPD機に応じて、追加のポイントが入るからだ。
推奨参加人数が四人以上とされる本ミッションは、Cランク相当の腕とガンプラを持つ四人が、しっかりとした役割分担と打ち合わせをして、その上で連携できるのならクリアは自体は割と簡単であり、それが出来るチームなら案山子のようなNPD機を、十五分間狩り放題のボーナスステージとなる。
報酬のポイントはチーム内で等分されるので、役割分担で揉めることもあまりない。
もちろん案山子といってもCランクミッション。しっかり反撃はしてくるし、なにより数がとにかく多い。気を抜いて連携を崩したり突出したりすれば、たちまち敵機の壁に囲まれて十字砲火に晒されるし、一か所に留まっていると爆装したイナクトの編隊が爆弾の雨を降らせてくるため油断はできない。
そんなミッションに、レイとセナは野良でメンバー募集をすることなく二人で挑んでいた。
Tips
・キャラクタースキン
GBNのダイバールックのカスタマイズパーツのひとつ。
全身装備扱いで、これを装備すると劇中の登場人物そっくりの外見になることができる。
安いものから高いもの、レアなものなどバラエティに富んでいる。
変な人気があるのか、機動戦士ガンダムOOに登場するエースの一人「パトリック・コーラサワー」の姿をしたダイバーを妙によく見かける。