TS転生系Vtuber、時々ダークヒーロー【第一部完結】 作:ムーンフォックス
「……ん、んん……」
青藍葵は静謐の中で目を覚ました。
初めに目に入ったのは白く無機質な天井、次に自分の体に目を向ける。至るところに刺された点滴と至るところに巻かれた包帯、一定の間隔で心臓の拍動を確認し鳴り止むことのない生体情報モニタ。
どうやら今まで、病院のベッドで寝かされていたようだ。
「……私」
何故自分はここにいる? できる限りの記憶を探り始める。
先の戦闘で負傷し、ちょうど今みたいに病院のベッドで横になっていた時に突然発生した謎の塔。
──出現した
単身で突入した紅の後輩、追いかけるように身体に無理を言わせ出撃し街にあふれた怪人を殲滅して、その勢いのまま塔に突入した自分自身。
──最上階で見つけた
「……そうだ、戦ったんだ」
彼女──ヴァントガゼルと。
確かあそこで彼女は命を燃やし莫大な力を得て、そして持てる限りの全てを放出した最期の必殺技を食らわせて、それでもヴァントガゼルは立っていてそれに絶望して、このまま死ぬのだと諦めて──。
そこでようやく、唇に受けた柔らかい感触を思い出した。
「ッ!? 私───」
「……! お目覚めになられましたか!」
咄嗟に口を覆い隠す、それと同時に扉が開かれる。入ってきた政府からの使者──確か佐藤と言う筈──は驚嘆とも呼べる声をあげて付近の看護師を呼んど後に近寄っていく。
「本当に安心しました、何せ三週間も眠ったままだったのですから」
「三週間……?」
ふと横に置いてあった自身のスマホを立ち上げる。ホーム画面に表示された日付は、あれから三週間が経過したことを証明するには十分すぎた。
上体を起こそうとする──うまく力が入らない、寝たきりで筋肉が衰えたのだろう。それもまた、それほどの日数が経過したことの証拠だ。
「佐藤さん……私、どうしてここに」
「ヴァントガゼルが気絶したあなたを地上まで運んで我々に預けてくれたのですよ」
「ヴァントガゼルが……?」
そしてそこでようやく、あの後の顛末を思い出す。
死ぬはずだった自分の身体、そこにヴァントガゼルがエネルギーを送り込んだ。目覚めて最初はひたすら困惑して、次に沸いたのは怒りの感情だった。
『なんでよぉ……! そんなに強いなら……そんなに力があるなら……!』
鍛錬を重ねて、技量を重ねて、力をつけた。
ヒーローになって、怪人を倒して、経験を積んだ。
執念を燃やして、憎しみを煮詰めて、決意を滾らせた。
挙句は命を捧げた。全てはヴァントガゼルを倒す為に、だ。
……でも、届かなかった。彼女はそれより遥かに強かった。
『なんであの時、ママとパパ助けてくれなかったのぉぉぉぉッッ!!!』
全ての努力は無意味だった。
ならばそんな努力を続けた自分はなんだと言うのだ。両親の敵が討つと誓ったこの復讐心には何も意味が無かったと言うのか。
意味が無いことを必死にやって、それを糧に生きていた。
だからもうわからなかった。憎しみで生きていた自分はまるで生きている意味が、自分にはわからなかった。
いっそのことあのまま命を燃やし尽くしてしまった方がマシだったのかも知れない。
でも死ねなかった。
生かされてしまった。その復讐相手に。
死ぬこともできない、生きることもできない。
『うあぁぁぁぁぁぁん!!』
もはや彼女にできることは、泣くことだけだ。
泣いて、泣いて、気づけば意識は無くなっていた。
「……ねえ佐藤さん、あなた生きることが嫌になったことってある?」
「え? 生きることですか……」
そして青藍葵は今もこうして、生きている。だが彼女にはもはや生きる意味がわからなかった。誰かと連絡していたのだろうか、開いていたスマホをしまうと佐藤は思案し、返答する。
「……まあ、誰しも一度や二度、下手すれば何回も生きるのが嫌になった人はいるでしょうね。正直言って、私も無いとは言い切れませんし」
「そうよねぇ……なら人はそんな時に何を希望に生きているのかしら」
赤羽彩月ならばなんと答えるだろうか、少し思案してやがて脳裏にあのVtuberのことが思い浮かぶ。恐らく彼女の生きる希望はそれなのだろう。
「希望……難しい質問ですね。少なくとも私は死にたくないので生きているとしか……ああ、あとはこの職場の給料も良いですし、観たいドラマも来週から始まるので」
「結構あるじゃない、羨ましいわァ」
「青藍さんには無いんですか?」
「あったのだけれどね……なんていうかやる気が失せたのよ」
「やる気……ヴァントガゼルのことですか」
「ええ……私は負けたのよ。私が生きてきた二年間、ぜーんぶ無駄になっちゃった」
視線が窓の外の景色へと向かう。全てを達観してしまったような瞳は、未だ幼い高校生がするにはあまりにも似つかわしくなかった。だが佐藤の声色は変わることが無い。淡々とした顔で告げる。
「本当にそうですか? 少なくとも、私にはそうは見えません」
「え?」
「あなた宛にメッセージが届いてます。今からお見せしましょう」
佐藤の手に持つ鞄が開かれる、やがて取り出されたのは大量の手紙。その数は優に15を超すだろう。
「……なにこれ」
「確かにあなたがヒーローを志したのは二年前の事件から今まで生じていた復讐心だったのかもしれません、ですがその果てにあった敗北という結果だけが全てなようには、私にはとても思えないのです」
「……何が言いたいの?」
「これから青藍さんに見てもらうのはあなた自身の
佐藤から手紙を受け取り、その内容を読み上げていく。
「『こんにちは ヒーローさん この前はたすけてくれてありがとうございます』……この子って」
「ええ、あなたが救った子ですよ……今は養護施設で元気に過ごしているようです」
そうだ、あれは腕が四本もある屈強な怪人《2話参照》と戦った際に助けた子だ。だが記憶によれば彼女の両親はヒーローが駆けつけた時にはもう──。
そうだ、あれは救えなかったという結果に終わった。
「他にも沢山手紙が届いてるんですよ、あなたが救った、家族、あなたが救った子ども、あなたが救った人達から」
「ええぇそうねぇぇ、でも覚えてるわよ。家族を全員救えたわけじゃない。子ども達の親をみんな助けたわけじゃない。わたしが救った人たちの中にはかつての
自分で言って、改めて反吐が出る。そうだ、結局のところ自分のやってることは結果的にヴァントガゼルの二の舞でしか無い。全部を救えることは限りなく不可能で、でももう自分みたいな思いをする人は増えてほしく無いから、どうしても諦めきれなくてもがき続けてきた。
だから、これは無駄なのだ。結果的には、こんなのではダメなのだ。
「おっしゃる通りです。結果を見ればあなたを恨む人も大勢いることでしょう」
「…………」
「ですが、だからこそあなたはこの手紙を、救った人を、感謝している人を無視してはいけないのです」
「……え?」
葵は驚いた顔をして、佐藤の方を見る。
「結果的にはあなたは誰かを救えなかったかもしれない、しかしそれはあなたが誰かを救った過程を消すわけではありません、あなたがヴァントガゼルを倒すために努力した
「……でも、ヴァントガゼルを殺さないと、私に生きる意味がなくて──」
「だけど、生きていくんです」
意識したのか無意識なのか、その言葉は何故か既視感を覚える言葉だった。
「どうです? とりあえずはこの子どもたち達の声援を希望にして、生きてみませんか?」
手が差し伸べられて、それを青藍葵は淡々と見つめ──やがて小さく笑みをこぼした。
「えぇ、そうね、生きてみようと思うわ」
「よかっ──」
「でも、どうせならもっと生きてみようと思う」
「……えーと、それはどういう意味───」
「青藍せんぱぁぁぁぁぁあああぁぁぁいいいいッッッッ!!!」
佐藤の疑問よりも先に病室の扉が勢い良く開かれる。その声の主は赤髪の少女──赤羽彩月だ。彼女は葵が回復したとの連絡を先程佐藤から聞き、無我夢中でここまで走ってきていた。
「うわぁぁぁぁぁよがっ、よかったですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!! わたし、このまま一生起きないんじゃないかと心配で心配でぇええぇぇぇッッッッ!!!」
「あらぁぁ〜~心配してくれてたのぉォ? 可愛いわねぇえぇ」
気づくと葵はいつもの口調に戻り、泣き腫らし顔を涙で濡らした彩月を受け止めている。ここにこれ以上いるのは不要だと判断し、佐藤は去っていった。
「……ねぇ、彩月ちゃん。前にあなたこう聞いたじゃあない」
「えっ、何がです?」
彩月が葵の顔を覗き込んだ。穏やかな顔をして、答える。
「『許すことはできないんですか』って」
「そう……ですね」
塔崩壊前の最後に交わした言葉、彩月はあの後怪人に取り込まれていたしじみの救助に勤しんでいたため、何が起こったかまでは理解していない。だがあの時の彼女の雰囲気は本物だった、本気でヴァントガゼルを殺すという殺意。
結果的には両者ともに生き残ることとなったが、その結末を彩月が気にしていないかと問えば、それは否定されるだろう。
「──許してみようと思うわ」
「……え」
だからこそ、そんな彼女がこの選択をしたことに、彩月は驚きを隠せなかった。隠せなかったが──それ以上に勝ったのは喜びの感情だった。
「やあっ……やったぁぁああぁぁーーーッッッ!!!!! え、でもなんでなんですかッ!?」
「……まあ、どこまで行っても私の逆恨みなんでしょうね。でもそれを私は直視したくなくて、どこまでも逃げたかっただけってことに気づいたのよ」
「ほへぇ……」
「まあ、命も救ってくれたし」
「命!?」
明かされる衝撃に言葉に彩月の驚愕は先ほどから止まる様子を見せない。
「それに……」
「それに?」
「……き、」
「き……?」
葵が突然口元を抑えたのに疑問を持つ彩月、それに心無しか葵の顔が赤く染まっているように見えるような……?
笑っているわけではない、むしろこの赤らめは──恥ずかしさの類いの反応のように感じられた。
「…………」
「え、なんですかこの沈黙」
「…………」
「……本当に何があったんです!?」
「いいのよぉお、気にしないでぇ気にしないでぇ」
「いやでもなんですか、"き"って──」
「ねぇえところで私、彩月ちゃんがよく見てるVtuberに興味があるのよほらぁぁ〜えっとぉぉ」
「えっそれってカモメちゃんですか!? それってもしかしなくてもカモメちゃんのことですよね!?」
「あ〜多分それぇえ」
「でも、どうしてあんなに軽蔑してた筈のカモメちゃんに興味が……!?」
露骨に逸らされた話題よりも今の彩月にとっては新たな果喪鳴の視聴者を獲得させることが重要らしい。しかしやはりここでも彼女は疑問を隠せない。
「まあああ……もっと生きてみようと思ったしぃい?」
それは葵の生きる理由に繋がった。もちろん現時点ではあの手紙だけでも生きるのに十分。しかし、それだけでは無い、生きるだけならまだしも、『もっと生きる』、その為には恐らく生きるということを楽しむ──つまり過程にもっと注目する必要があると考えたからだ。
せっかくならば、その過程に他者の生きる希望を入れてみるのも良いかもしれない。
「えーと……? まあ良いです! それよりお目が高いですね青藍先輩! なんと今の時期はカモメちゃんを観るのにもっとも適してる時期でもあるんですよ! 私がカモメちゃんを今のシーズンに推すその理由三選!」
「……とりあえずチャンネルだけ教えてくれないかしらぁあ?」
『おー、ようやくついたここが煉獄界か……ここでブレインパウダーゲットできるんだっけ?』
すべてのメッセージ お2710
| 案外サクサク進むね |
| とりあえずベッド設置して寝ようぜ |
| 煉獄ゲート石で囲った方が良いぞ |
『とりあえずベッド……あそうだね、一旦リスポーン地点更新しようか』
すべてのメッセージ お2705
| あ |
| おいまて |
| やばい |
『え?え?え? は?は?は? え?え?え?』
すべてのメッセージ お2778
| ざまああああああああああ |
| wwwwwwwwwww |
| えとはでモールス信号打ってる? |
| がちで騙されるんだこういうのに |
| 煉獄界はベッドで寝ると爆発するぞ |
『……よし、雑談行こっか』
すべてのメッセージ お2435
| は? |
| もう一回やれや |
| 逃げるな卑怯者 |
| 明日はきっとプレイしてくれるよねカモメちゃん |
『はいはい雑談しようね雑談〜~コメントコメント……』
すべてのメッセージ お2311
| うおw |
| お前覚悟しとけよ |
| 逃げたら苦しくなるだけだぞ |
| へえー俺なら雑談しつつミネクラハードコアも初見クリアするけどなあ |
| 初見よぉお |
『お、初見さんこんにちは、いやー嬉しいね! やっぱり人気ゲームは色んな人が来るから嬉しいね!』
すべてのメッセージ お2311
| 初見だ!囲え囲え! |
| ねーやっぱミネクラしようよ |
| 後輩からおすすめされたのぉお まあまあ面白いじゃぁあないぃい |
| .Welcome to underground... |
『へー後輩……てかなんじゃその語尾……搾◯病棟かよ……』
すべてのメッセージ お2311
| ギャグセンスはあんま面白くないわねぇえ |
『なんだとぉ…』
「まっ、しばらくこういうのを観る生き方もありかしらねぇ」
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今回使用した特殊タグであるYoutubeチャット欄は自作のものとなります。
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また本文中のようつべの特殊タグ、ラインの特殊タグはアネモネ様の「特殊タグ詰め合わせ」を参考にさせていただきました。
アネモネ様にこの場を借りてお礼申し上げます。本当にありがとうございます。
以下は作者の蛇足となります。読了感を損なうため、時間を置いて読んでみていただけると幸いです。