一つの光が地球より飛び立つ――
ご了承ください。
暗い宇宙に突如幾条もの亀裂が走り、空間が割れる。
そこから現れたのは寸胴型の体躯にどこか愛嬌のある顔のロボットだった。
往年の名機セブンガーをリファインした機体のコックピットに座る青年はモニターを睨むように凝視し、周辺宙域の情報を取得し己の座標を確かめる。
「座標確定……成功です、隊長! 機体各部にも異常なし!」
『良くやった。だが「ウルトラお宅訪問大作戦」はここからが本番だ。油断するなよ』
「押忍!」
隊長の言葉に青年は気を引き締める。
22世紀を間近に控えた時代、人類はその活動領域を宇宙にまで広げていた。
昔は観測する事しか出来なかった天体に実際に訪れるようになった頃、一つの計画が持ち上がった。
かつて多くの怪獣や宇宙人と戦い地球を守ってくれた光の巨人、ウルトラマンゼット。恩人である彼にこちらから会いに行って感謝を伝える。そんな壮大な計画。
とはいえ純粋にそれだけを心に願っているロマンチストは一握りだろう。新技術の実証実験、予算獲得のお題目、外敵の早期発見の為の監視網の構築、ウルトラマンの国と正式に国交を樹立して後ろ楯になってもらいたい、等の打算もある。
それでも多くの人間の協力によって計画は結実を迎えた。
『面倒な話だ。あいつらがこの宇宙にいたならこうやってセブンガーに乗ってるのはお前の親父さんだったろうに』
「父さんからは面白い土産話をせがまれてます」
M78星雲光の国。そこがウルトラマンゼットの故郷だと防衛軍の記録には残されていた。300万光年彼方の銀河系だが、多くの宇宙人と接触して彼等のテクノロジーを吸収した人類にとっては困難であっても無理難題という訳ではなかった。しかし科学者達は壁にぶつかった。このM78星雲というのは青年のいる宇宙とは別の宇宙なのだという。
パイロットとして理工学の知識を修めた青年にとっても難解極まる話だったが、ともかく単純に航行して辿り着ける場所ではなかったのだ。
そこで注目を浴びたのが異次元壊滅兵器D4だった。次元に干渉するこの兵器の応用次第では次元間移動の可能性が示唆されたのだ。
かつて悪性の宇宙人に乗っ取られ世界各地に大きな被害をもたらしたD4の研究は長らく禁忌とされていた。しかし技術は事件発生前に広く公開済みであったし、参考元になった超獣バラバの同種族の襲来も否定出来ない中で研究を停滞させる方がむしろ危険ではないかという主張もあり、条件付きながらも研究は再開された。
オオタ博士やユウキ博士、M博士など地球でも屈指の俊英が尽力し苦難の果て、遂に次元を渡る事に成功したのだ。
そこから更に十数年の歳月を経て計画はいよいよ本格始動。機体の建造と並行してパイロットの選別が行われた。
『次元の穴から離れるにつれて通信は繋がりにくくなる。こちらからのサポートは期待するな。イナバ主任が心血を注いだそいつなら大丈夫だろうが、もしもの時はウルトラマン達に送ってもらえ』
「了解!」
数十回に及ぶ無人機や動物を乗せた実験で安全は保証されていたが、それはあくまで次元間の移動に限定した上で短期間のうちには肉体に異常が出ないというだけの話だ。次元を渡った先にどれほどの危険が待ち受けているのか全く分からない。十分な技量がありながらも躊躇う候補者も少なくなかった。
そんな中で青年はパイロットに志願した。そこにあったのは功名心や英雄願望とは違う、自分がやらなければならないという使命感(何故そんな衝動が沸き起こったのか理解出来なかったが)
正式にパイロットに選ばれたと告げた時に祖母は微笑んだ。
若い頃にウルトラマンと一緒に戦った事があるという祖母は青年に当時の思い出を語り、幾つかの頼み事をした。
スフラン島で暮らす怪獣レッドキングの家族の映像を持っていく事。最新鋭の保存技術を活用しマグロを土産に持っていく事。祖母の知人で昔ウルトラマンに助けられたカオリという女性の近況報告。
そしてウルトラマンへのメッセージ。
ウルトラマンは人類の守護者ではあったが決して管理者ではなかった。D4の危険性を承知の上でそれを使う地球人の自主性を尊重してくれた。その想いを裏切りたくない。壊したり殺したりする以外の使い方も出来たのだと伝えたい。
老いても矍鑠だった祖母は青年に願いを託した後に眠るように息を引き取った。
「母さんは一足先に父さんに会いに行ったんだ」
葬式の時に父が呟いた言葉が強く印象に残っている。
式には防衛軍の高官まで訪れ、計画の実行部隊に「ストレイジ」の名を冠する事が決定したと教えられた。これが一番相応しい名前だと。
「ウルトラマン、婆ちゃんの事を覚えててくれるかな。というかマグロを食べるんすかね?」
『さあな。……お前さ、婆さんの話はよくしてくれたが爺さんの話はしないな』
「爺ちゃんですか。俺が物心つく前に遠くへ行った……要は死んだらしくて全然覚えてないっす」
実を言えば幼い頃、青年は誰かに抱かれて頭を撫でてもらった記憶が朧気にある。一時期はあれが祖父だと思っていたが、しかしその割には年齢が若すぎる。なのであの人物は父の知り合いか誰かだったのだろう。
青年が物思いに耽っていると、コックピット内にけたたましい警告音が鳴り響き、センサーがこちらに接近する存在を捉えた。速い。殆ど光速に近い。
一瞬球体を視認したが次の瞬間には眩い光を放ちながら破裂するように大きく形状を変えて人の形を取った。広範囲を観測していたモニター越しにそう見えたという事は青年の認識より実際の縮尺は大きく異なる。
まず目に飛び込んできたのは青と銀。そして黒や赤のラインが走った巨人。アラームが防衛軍の記録との一致を知らせる。
指先に汗が滲んで呼吸が乱れた。緊張を自覚した青年は一度深呼吸。
「こ、こちらストレイジ所属のナツカワ。地球を代表して使者として来ました」
声を震わせながらもなんとか用件を伝えるが反応がない。地球の言葉は通じないのか、そもそも通信が届いていないのか。
なんにせよ想定されていた事態であり、次のプランに移る。
「あーっと、キエテ・コシ・キレキレテ」
『……君の宇宙語は分かりにくいでございますなぁ。日本語でおK。
ゼットさんの日本語も相変わらずちょっと変っす。
面白そうな奴がいると思ったが、こいつは斬れないか』
頭の中に直接声が響いた。それも三人分。
テレパシーのような力を持つ宇宙人は珍しくないというが未経験の感覚に戸惑う。けれどそれはすぐに治まった。
『えーっと、ナツカワ……君? よく来た。遠くて大変だったろ? 疲れてない? お腹とか空いてない?』
「だ、大丈夫っす」
ふと懐かしさが込み上げてきた。初めて聞く声の筈なのに。……本当に初めて?
ウルトラマンと遭遇してから気持ちがかき乱されている。しかし不思議と悪い気分ではなかった。
『セブン師匠の怪獣ボールかと思ったらストレイジのセブンガーか。……マックス先輩やメビウス兄さんもこんな気持ちだったんだろうな。歓迎するよ、地球の友人。君とは話したい事がたくさんある』
「はい!」
地球と光の国。
遠く離れながら決して途切れていなかった絆が今再び巡り逢う。
マックスの最終回からのX客演時の自己紹介が好きです。
ハルキが年下と話す時の口調がいまいち分からん……
書いてる途中「ハルキとは関係ないヨウコ先輩の子孫の方がエモくない?」と囁く声があったが「うるせえ! お母さんに孫の顔を見せるんだよ!」と押し切った。