凝光と、旅をしている冒険者の話です。
※この話に出てくる旅の冒険者は、原神の主人公である旅人とは全く関係のない別人です
※キャラ崩壊、解釈違いなどを含んでいる可能性がありますので閲覧の際はご了承ください

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璃月千年 凝光と冒険者

「さーて、次は何を受けるかな……」

 

俺は飯屋で食事を終えた後、次に受ける依頼の候補に目を通していた。

璃月での生活も数週間が経ったが、未だに依頼が尽きることはない。規模大きな港町だけあって毎日様々な依頼が冒険者協会に舞い込んでいるようだ。

 

「うーん、いまいちピンとくるのがないなぁ。別にモラもないわけじゃないし、最悪しばらく休みでもいいか……」

 

テイワットの各地を見てまわろうと始めた旅。冒険者として町や都市を移動しつつ依頼で食いつないできたが、璃月での依頼はどれも報酬が良く想像以上に懐が温まっている。

契約が重要視されているというだけあってか、基本的に依頼の相場がきっちりと守られている、おまけに依頼主も稼いでいる商人などが多いので報酬をケチるようなやつはほとんどいない。

 

「いっそのことどっかの高級な飯屋でも入るか? でも璃月の高級店って確か紹介がないと入れなかったり、予約で一杯だったりするんだよなぁ」

 

いざモラを使えるとなると、旅をしている身では意外と使い道に困ってしまうものだ。必然的に娯楽の類になるだろうが、それも簡単ではない。

 

 

「そこのあなた」

 

 

悩んでいるとふいに声をかけられた。その声は俺の後ろからのものだった。

その時点ではその声の「あなた」というのが俺のことを指しているのかどうかはわからないはずだった。大衆向けの大型食堂施設であるところのここには俺以外のやつもたくさんいて、しかも俺の視線は声とは逆方向。相手が誰かもわからない状態で俺が呼ばれたと確信できる要素は何一つとしてなかったからだ。

だから別にそんな声など無視して、自分の作業を続けてもよかったはずだ。依頼を受けるかどうかは別として考えることはそれだけではない。

だが直感か、はたまたその声に籠っていた力の大きさを感じ取ったのか、俺は振り返ってしまった。理由は自分でもわからない。

 

 

「あなたね、ここ最近目覚ましい活躍を見せているという冒険者は」

 

「!!」

 

結果として俺のその行動は正しく、声の主が呼んだ相手は間違いなく俺だった。

一目でわかる、ただ者ではないことが。

脚まで届く白髪に、整った顔立ちと美しい緋色の瞳。彼女が傾国の美女だと言われても大半の者は信じるだろう。白を基調とした服にはあちこちに金の刺繍が施されており、見たところ布地もかなり上等なものだ。

仕草の端々から感じられる優雅さは周囲の誰よりも際立っており、それでいて優しさも感じられる。無茶を言っても笑って許容してくれそうな、そんな印象。

そしてその柔らかい物腰とは正反対に、彼女の纏っている雰囲気は一流の武人にも引けを取らない迫力があった。純粋な強さとはまた違った、心の強さとでも言うべきか。ただそこにいるだけで他の誰からも感じることはないような不思議な存在感がひしひしと伝わってくる。

 

「天権……凝光……」

 

「あら、璃月の出身ではないと聞いていたけど、私のことを知っているのね。嬉しいわ」

 

「そっちこそ、璃月の七星ともあろうお方が俺みたいな凡人のことを知ってるなんてな、光栄だぜ」

 

このやり取りの間に、周囲のガヤはざわめき始めている。それもそうだろう。今の璃月で最高権力を持っている七星の一人が俺みたいなぽっと出の冒険者を訪ねてきたのだ。誰だって驚きもするはずだ。

 

「とりあえずここじゃあ人も多いわ。場所を変えましょう? もっともあなたがこの後忙しいのなら、断ってくれて構わないけれど」

 

「いやいや、ちょうどよく暇なもんでね。天権様のお誘いとあらば、喜んでお受けさせていただくぜ」

 

「そう。なら、付いてきてちょうだい」

 

そう言って歩き出した凝光の後を追うために俺は立ち上がった。

ふと、そこで思考をめぐらす。

本当に付いて行っていいのだろうか。

現段階では一応まだ同行を拒否することもできるかもしれない。ここで俺が付いて行かずに適当なところへ移動してしまえばいいのだ。

あまりにも唐突なことなのでまだ彼女の狙いが何なのかわからないが、必ずしも良い話だけとは限らない。知らぬ間に俺が何かやらかしていて、それを罪に問われたり、なんて可能性も0ではない。

 

(………………)

 

が、結局俺は付いて行くことにした。

根拠はなく、ただなにかいいことがあるかもしれないという楽観的かつ希望的観測の元、俺は歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、まさか群玉閣に来れるとは…………」

 

「ふふっ、お気に召してもらえたかしら?」

 

そう言って微笑む彼女はいかにもしてやったりと言った感じだ。

ただ要件を伝えるだけなら直接俺を訪ねる必要も、ましてや群玉閣に招く必要もない。だがここは彼女の本拠地、そして状況を見れば彼女が優勢。何の要件にしてもこうして俺をアウェイの状態にすることで事を進めやすくしているのだろう。

凄腕の商人と言われるだけのことはある。駆け引きはかなり上手のようだ。

 

「で、俺になんの用なんだ? 聞いた話じゃ群玉閣は璃月の大金持ちでも簡単には来られないような凄い場所だそうだが、そんなとこにわざわざ俺を招くなんてなにかあるんだろ?」

 

「まあまあ、まずは料理を楽しんで頂戴。あなたの気持ちもわかるけど、私はあなたをもてなしたいのよ」

 

「そう言われてもなぁ、俺がこれから何されるかわからないんだ。落ち着いて飯も食えないよ」

 

「なら少なくともあなたが不利益になるようなことはしないと誓うわ。この璃月では契約が何よりも重要視されることは知っているでしょう? 他の地方ではどうかわからないけれど、正式な契約でなくともここではただの口約束でも効力を持つわ」

 

「へぇ。それなら俺も安心か」

 

どうやら嘘は言っていないようだ。もてなしたいというのは本心らしい。俺は思わず目の前の料理に目をやる。

客間らしいこの部屋のテーブルには所狭しと豪勢な料理が並べられている。先程から次々と運ばれてくるが、どれも一皿でかなりの値段する高級なものばかりだ。腹が減ってしょうがない。

本能を刺激する香ばしい匂いの肉料理に、果実と共に美しく彩られた野菜たち。スープや煮物、見たことのないような料理から食後のデザートまで用意されており、全部食べ切れるような量ではないが少しでも多く食べたいという欲求が膨らむ。

 

「本当に食っていいのか? 後から払えって言われても無理だぞ?」

 

「あら、本当に心配症なのね。大丈夫よ、これも約束するわ」

 

「そうは言うけどさっきから全然手つけないじゃねぇか。あんたが食べないのに俺だけ食べるわけにもいかないだろ」

 

「私はいいのよ。豪華なものは好きだけど、食事は簡素なものの方が好みなの」

 

「へぇ、意外だな。てっきり毎日贅沢してんのかと思ってたけど」

 

「モラは使うべきところに使う。もちろん時として食事がそれに該当することもあるけれど、今はそうじゃないわ」

 

「なるほどねぇ」

 

あまり実感は湧かなかったが、とりあえず俺に今すぐ何か面倒なことをしようとか、させようという気はないようだ。

ならば豪華な食事を頂かない手はない。一応見られてはいるので最低限の作法や仕草に気をつけつつ、俺は目の前の料理に手を出し始めた。

 

「うわなんだこれ旨すぎるだろ」

 

「口に合うようで良かったわ」

 

一度食べ始めてしまうともう止まらない。どれも圧倒的な旨さだ。

まず手始めにと口に放り込んだ角煮は口の中で溶けるようにほぐれ、肉の旨味としつこくない味わいが口の中に一気に広がった。食欲をそそられた俺はその角煮の余韻が抜けぬうちに白米を口へと運んだが、これもたまらなく旨く、おまけに角煮との味が絶妙でいくらでも食べれてしまいそうだった。

続いて別の料理をと思いサラダに手を伸ばしたが、これも使われている野菜がどれも新鮮でたまらない。一般的に子供が苦手とするであろう野菜たちもこれを食べさせれば苦手ではなくなるのではないかと思うほどに旨いのだ。

これはいよいよ胃に詰められるだけ詰め込まないといけないと思いそこからは手当たり次第に口に詰め込んだ。

旨味を極限まで閉じ込めた魚の包み焼きに、とめどなく肉汁の溢れるステーキ。深い味わい出汁が効いたスープに、様々な具材を丁度良く合わせた炒め物。酸味が特徴的な果実や、甘くとろけるような菓子。

俺はしばらくの間目的も忘れひたすらに至福のひと時を楽しんだ。

 

 

十数分後

 

 

「ふう…………まさかここまでとは…………」

 

「今の顔を料理長に見せたいぐらいね」

 

「なんだこれ……なんでこんな旨いもん御馳走してくれるんだよ……そろそろその辺り聞かせてくれよ」

 

「もちろんそのつもりよ」

 

凝光はそう言うと横にある別の机に置いてある紙束を手に取った。そしてそれを俺に手渡す。

 

「あなたがここ最近こなした依頼、その全てよ」

 

「これは……依頼書と別の紙がまとまってるのか。内容は…………なんだこれ?」

 

そこに書かれていたのは俺の行動や依頼を受けてからどのようにして依頼を解決したのかなどの評価だった。それから依頼書には載っていない依頼ごとの難易度のランク分けもされている。

要は通常では冒険者が見ることのできない情報、それが数多く記載されていた。

 

「なるほどなぁ、裏ではこんなやり取りがされてんのか。で? これがどうかしたのか?」

 

「自覚がないのね。あなたは非常に高い評価を受けているのよ。それも前代未聞のレベルでね」

 

「そんなこと言われてもなぁ。普通だと思うが」

 

「普通ではないからこうなっていると言えばわかるかしら? 調べたところによると、あなたはテイワットの各地を旅しているようね。だから冒険者協会には加入していても、一点に留まることをしない。それ故に一般的な冒険者と少しズレている部分があるのよ」

 

「ズレている部分?」

 

「はっきり言ってしまえば、この短期間にこれだけの数、しかも相当な難易度の依頼も含めこなせるのは異常よ。複数人で報酬を山分けしてる疑惑が出るぐらいね」

 

「そんなにか…………」

 

意識したことはなかった。が、璃月七星の彼女が言うのだからそうなのだろう。

確かに璃月に来てからはかなりハイペースで依頼をこなしていた気がする。

路銀が付きかけていたというのもそうだが、璃月での依頼はどれも報酬がしっかりしているので安心して受けることができた。依頼主が報酬を支払うのを拒んで失踪することも、依頼の難易度と報酬が釣り合っておらず苦労することもない。

だが、だからと言ってここまで大事になるような評価を貰えるほど依頼をこなし続けていたかと言われればそうではないと思う。

 

(待てよ……だからむしろ評価が高いのか?)

 

俺の体感ではそこまで変わっていない。しかしそれを全て完璧に把握されているとなればどうか。

他の場所では依頼の内容もまちまちだったり、小さいものが大半だったり、ましてや今凝光が手渡してきた資料のように難易度をランク分けして厳密に管理などしていないだろう。故によほどのことがなければ何をしようとそこまで目立たない。

噂になったり派手なことをしたりすればその限りではないだろうが、俺は依頼を受けているだけ。間違っても高い評価を受けるような冒険者ではない。それに旅をしていることもあって同じ場所には長く留まらない。人々に認知される前に移動していることもあるだろう。

 

「一つ聞くが、この資料に書いてある情報は正規の冒険者協会正規のものじゃないよな? 見たところ有志作成の情報って感じだが」

 

「ええそうよ。冒険者協会自体でランク付けなどがされているわけではないわ」

 

(やっぱりな)

 

ということは璃月ではこのような情報も価値のあるものとして裏では出回っているのだろう。ならば璃月固有のものだ。

他の場所にはない情報で俺のことを評価しているわけだから、当然今までとは違う。それを抜きにしても俺がそこまで評価されるような存在ではないと思うが。

 

「まあなんでもいいや、評価されてるってんならありがたいことだろうし。別に俺に問題があるわけじゃないんだろ?」

 

「ええ、その通り。何かを咎めたりということはないと思ってくれて結構よ」

 

「そうか。ならなんで俺を呼んだんだ? まさかただ依頼をこなしてて凄そうな冒険者がいるってだけでこんな待遇はしないだろ?」

 

「ふふっ、あなたは意外と自己評価が低いのね。まあいいわ、隠しておくようなことでもないし」

 

凝光はそういうと一拍置いてからこう口にした。

 

「あなたに興味が湧いたの」

 

「興味?」

 

嘘を言っている感じはしない、なんとなくわかった。が、本当にそれだけだろうか。

 

「だとしてもここまでもてなすか?」

 

「料理のことを言ってるなら、金額を考えてもその気になれば半刻ほどで埋め合わせられるわ。私にとっては別に出費のうちにも入らないわよ」

 

「マジかよ…………」

 

どうやら璃月の天権の名は伊達ではないらしい。流石に俺の今まで会ってきた商人たちとは格が違う。

ただ情報を見て、興味が湧いただけ。それだけでここまでのことを容易くできてしまうほどの財を持っており、しかもそれを日夜広げ続けている。

噂には聞いていたが紛れもない怪物だ。ただの金持ちではこうはいかないだろう。

 

「でもにしたってここまでする必要もないと思うけどな。なんとなくだが、あんたは無駄なことにモラを使ったりはしなさそうだし」

 

「もちろん。だから逆に考えて? 私はそれだけあなたのことが気になってるってことなの。」

 

「へぇ~…………」

 

「それに、私はただあなたをもてなすだけのつもりはないわ」

 

「まだ他に何かあるのか?」

 

「そうね…………璃月千年って知っているかしら?」

 

「!!」

 

来た。ある意味これこそが本題だろう。

 

「知ってるが……確かあんたの考えたボードゲームだったか? それも結構複雑なルールだったはずだ」

 

「ええそうよ」

 

「そしてあんたは無敗だとか」

 

「ええ、もちろん」

 

「なるほどね、そういうことか」

 

このタイミングでこの話を持ち出してくる理由など一つしかないだろう。要は俺に璃月千年をやらないかと誘っているのだ。

 

「つまりあんたは自分の負けたことのない無敗のゲームを使って俺に何か要求をするつもりか? 私が勝ったら~なんて条件付きでやるわけだ」

 

「察しが早くて助かるわ。あなたの想像通りよ」

 

「そして俺はもう既にたらふく御馳走してもらってるから断れないだろうと踏んでるわけだ。しかもさっきした口約束、不利益と金払いに関しても璃月千年は関係ないから違反もしていないと」

 

「あら、そこまでわかるのね、ちょっと意外だわ。どうやら噂より頭が切れるようね」

 

「そっちこそ俺が聞いてるよりも堅実なんだな。派手なことやってるしもっと大胆な性格かと思ってたんだが」

 

「堅実じゃなかったら商人は務まらないわ。それでどうするの? やるの? やらないの?」

 

凝光のその問いに俺は少し考える。どうするべきなのかを。

普通に考えれば既に俺は詰んでいると見るべきだ。このまま璃月千年をやるにしても一度も経験のない俺に勝ち目はない。しかもそうじゃなくても凝光は無敗なのだ。俺がどんなに頑張ろうが長考しようが凝光の上を行けるとは思えない。

では俺が飯の恩義を無視して璃月千年を拒否するとしよう。人として最悪の選択だが元々凝光が好き好んで勝手に俺に御馳走してくれたのだ。俺は頼んでいないので璃月の契約に関係の違反もない。凝光は恐らく俺が受けるだろうと思って璃月千年に誘ってきているのだから、その狙いを外しなおかつ要件も回避できるという選択だ。

が、俺はまだ最悪の人間にはなりたくはない。俺の心が死んで感情を失いでもしない限り、感じている恩義にはきちんと報いたいという想いがある。

群玉閣にいる以上俺の味方もいない。よって他に手はない。

しかしこのままただ負けて要求を呑むというのはあまりにも一方的だ。それは何とか回避したいところである。

 

「ちなみにあんたが勝ったら俺に何をやらせるつもりか言う気はあるか?」

 

「ないわ。勝負が終わってからのお楽しみってところね」

 

「んーそうか。それ抜きにしても、別にやってもいいんだけどなぁ。条件がちょっとフェアじゃないなぁ」

 

「どういうことかしら?」

 

問いかけてくる凝光。何か仕掛けられるとしたら俺のチャンスはここしかないだろう。

 

「いやだってあんたは璃月千年の設計者なんだろ? 加えて勝敗を抜きにしても何十回、何百回とやってきたわけだ。経験が違う。それに対して俺は璃月千年のことを何にも知らない素人。今からルールを覚えたとしても負けるのは目に見えてる。いくら状況的に受けざるを得ないとしても、負けるとわかってる勝負をやるってのは乗り気になれないなぁ」

 

「ふふっ、そういうこと。私相手に遠回りな言い回しはしなくていいわ、要はハンデが欲しいのかしら?」

 

「いや、そうじゃない。言っただろ? 俺は璃月千年のことをほとんど知らないんだ。ハンデの基準だってわからねぇよ」

 

「なら何を求めるのかしら?」

 

「勝者の要求を変えてくれ。勝ったほうが相手を好きにできるってな」

 

「あら……そう来るわけね」

 

凝光はそこまで驚いてはいないようだ。だが、少し考えるような素振りを見せている。予想外の提案ではあるのだろう。

 

「あんたが勝てば当初の目的通りあんたは俺のことを好きにできる。あんたからすれば条件は変わらない。けどもし、万が一にでも俺が勝つようなことがあれば俺があんたを思い通りにする。ハンデじゃないが無敗のあんた相手に大きなリターンを取らせてもらうってわけだ、これぐらいだったらいいだろ?」

 

「なるほどね……私にプレッシャーをかけることで揺さぶる作戦かしら? 甘く見られたものね」

 

「いやいや、そういうことじゃないぜ? いくら一方的に負けるのが嫌だからって大量のハンデで逆に一方的に勝ってもつまらないだろ? それに……」

 

俺は一度グラスを口に運んで飲み物を流してから言葉を続ける。

 

「先に言っとくけど俺があんたを自由にできるってなったら要求するのは一晩だ。意味はわかるだろ?」

 

俺の言葉に凝光は苦笑する。小馬鹿にされたような気もしたが、俺は気にせずに続ける。

 

「あんたがプレッシャーに負けるなんて思ってないが、負けた時のリスクが大きいってのは結構響くもんだぜ? それも重要なところでな」

 

「面白いわね。ならせいぜい私を自由にできるように頑張ることね」

 

こうして俺と凝光の勝負が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(流石に強いな…………)

 

数十分後、璃月千年は終盤に差し掛かっていた。もちろん、凝光の圧倒的優勢で。

 

(わかりきってることではあったが、単純に思考力が違いすぎるな。もしかしたら意外となんとかなるんじゃないか、なんて考えはやっぱり浅かったか)

 

璃月千年はサイコロを使う運要素も絡むゲームだ。なので一見すると勝敗は運に委ねられているように見える。

が、それはあくまでサイコロの結果を予測できなかった場合に限る。サイコロの結果を予測することさえできれば、進むマスの数やその先で起るイベントを考慮し、最適な選択をすることができる。

本来であればそこまで高度な予測はできないだろう。サイコロを振って、出た目とその結果、相手と自分の差などの状況を考量するのがせいぜいのはず。しかし相手は天権凝光。そんな凡人の域に収まるはずがないし、それで無敗が成立するわけもない。

もしサイコロで出る目の全てを想定し、それぞれのイベント全てを考慮しているとしたら? 出目が1の場合、2の場合、3の場合、4の場合、5の場合、6の場合、全ての結果とその先で起こりうるイベント、自分と相手のチップ差がどのように変化する可能性があるか全てを予測し、その中での最適解を選択し続けているとしたら? 運要素が含まれているにも関わらず今まで無敗なのも、今現在こうして俺との差がついているのも説明がつく。

この女ならそれをやりかねない。数多くの強者がいるこの璃月で頂点にまで上り詰めた凄腕商人だ。そのぐらいできてしまうと考えたほうが自然だ。

 

(おまけにこの璃月千年には10面と12面のサイコロも使用する。それら全てを計算できるとしたら………………)

 

もう既にチップの差は捲れないところまで来てしまっている。もし俺がこの先獲得できるだけのチップを全て手に入れたとしても逆転にはやや届かないぐらいだ。

 

「どうしたの? 次はあなたの番よ?」

 

「ああ、わかってるよ。今振る」

 

サイコロを手に取り、盤面を確認する。

 

「参ったな、もう逆転無理なんじゃねぇかこれ?」

 

「あら、諦めるのかしら? イベント次第では逆転もあり得るのではなくて?」

 

「望みが薄すぎるんだよ、あんたが相手だしな…………っと、4か。1……2……3……4、普通のマスだな」

 

特に何も起きず手番が交代となる。

続く凝光は3の目を出し、イベントが発生。

 

「このまま終わっても面白くないわ。あなたにチャンスをあげる」

 

「ん? 物流に関するイベント…………それもチップが動くタイプか、なるほど」

 

俺は凝光のマスのイベント内容に目を通し、理解した。

まずマスに止まった側、今回は凝光が1から6までの好きな数を選ぶ。そして次にもう一人、つまり俺はその選ばれた数を当てる。いたって単純なゲームだ。

もし当たればかなりの数のチップを凝光が払うことになる。しかし当たらなければ反対に俺がチップを払わなければならない。そうなってしまえば逆転はさらに望み薄になってしまうだろう。そして誰でもわかることだが、このゲームは圧倒的に数字を選ぶ側が不利だ。

しかももしここで仮に俺が読みを当てて勝ったとしても、逆転するわけではない。それほどまでに俺と凝光の差は開いている。

一応凝光側はリスクとして当てられたときに払わなければいけない数が多めに設定されているようなので、確実に差が縮まるだろう。しかしそれだけだ。ここで勝っても勝てる保証はない。

負け濃厚な上にリスクが致命的。このイベントは受けないこともできるようなので普通なら受けない選択をするべきだが。

 

「もちろん受けるわよね?」

 

「当然」

 

このままでは負けてしまうので俺に受けない選択肢はない。

凝光はメモ用紙を手に取るとすぐに一筆。俺には見えないようにして伏せる。

 

「確率は6分の1、あなたに当てられるかしら?」

 

「なんかヒントとかくれたりするか?」

 

「ふふっ、欲張りね。駆け引きしたほうが面白いのはそうでしょうけど、わざわざ勝っている私がチャンスをあげてるのだから、これ以上は駄目よ」

 

「そりゃそうだけどよ、運はどうしようもないって」

 

あまりにも運要素が強すぎる。心理戦ならともかくこれではどうしても当てずっぽうになる。

俺と凝光にそれなりの付き合いがあり、彼女の人と成りをある程度理解しているのならまだ推測もできるだろうが、残念ながらそうではない。

 

「6……いや、3だ。3」

 

「あら、いいの? 考える時間はいくらとってもいいのだけれど」

 

「こんなの運以外のなんでもないだろ。直感だよ。あんたとの波長が合うかどうか、そこの運だ」

 

「あらそう、なら…………」

 

緊張の一瞬。凝光は紙を手に取り裏返す。

 

「残念だったわね」

 

そこに書かれていたのは6。

俺の予想は見事に外れてしまった。

 

「くっそ……6だったか……」

 

「惜しかったわね。でもこれで逆転はさらに絶望的。ここからどうするつもりかしら?」

 

「どうするも何も、一応最後までやるよ。負けるにしてもやり切りたいからな」

 

「そう、なら振りなさい。次はあなたの番よ」

 

凝光からサイコロ受け取る。

彼女の表情からはやや落胆している様子が伺えた。

まるで『期待外れだった』と言われているような気がした。

 

(勝手なもんだな、全く)

 

俺に何を期待してこんなことに誘ったのかはわからないが、こっちはただの冒険者なのだ。

しかも俺は旅をしている流浪の身。風の吹くまま気の向くまま、自由に大陸を旅している。人によってはただのおかしなガキだと思われてもおかしくはない。

偉業を成し遂げた英雄でも、大成した商人でもない。何を聞いたのかは知らないが、期待するだけ期待して落胆されるなど、不本意でしかない。

このまま終わるわけにはいかない。

 

「5か。1……2……3……4……5っと。えーっとなになに?」

 

「あら、そのマスに止まったのね。運がいいじゃない」

 

凝光は当然読むまでもなく俺のマスのイベントを理解したようだ。

 

「大逆転チャンス? 今現在勝っている側が全てのサイコロを振り、負けている側が勝っている側と同じ目を出せればチップが逆転……」

 

「そうよ。良かったわね。たぶんこれが最後の逆転チャンスよ」

 

「嘘だろ……どんだけ低い確率なんだよ…………」

 

全てのサイコロ、と言うことはもちろん6と10と12だ。その全てを一致させなければならない。単純計算でおよそ720分の1。まず出るわけがない。

 

「なんでこんなマス作ったんだよ……無理だろこれ」

 

「そうね。でも私は別に璃月千年を完璧なゲームとして作ったわけではないわ。現実に寄せて、様々なイベントを作ったの」

 

「それにしたってこれは…………えぇ…………?」

 

これでは作った本人が無意味だと認めているようなものだ。逆転を目的として作られたマスではないのだろう。このマスを発案したときの気分とか、ちょうど起きていた出来事とか、何か別の理由がある方がしっくりくる。

 

「まあいいや仕方ねぇ。振ってくれよ。このマスは俺にデメリットないみたいだし、早く済まそうぜ」

 

「そうね」

 

凝光は3つのサイコロを手に取り、同時に投げる。

目はそれぞれ6面が5、10面が10、12面が2。俺はこれを全く同じく揃えなくてはいけない。しかもルールでは数字だけ合えばいいということではない。それぞれの目を出すサイコロも同じでなくてはならないらしい。

 

「さあ、振って頂戴」

 

そう言ったものの凝光の視線は既に俺の方に向いていない。興味もないのだろう。何か資料のようなものに目を通している。

 

「これって3つ一気に振らないとダメなのか?」

 

「なんでもいいわ。どれから振ろうが、構わないわよ」

 

「そうか……」

 

無理だ。どう考えても間違いなく無理だ。

もしここでこんなとんでもない引きをしたら、一生分の運を使い果たすだろう。シワ寄せが来て死んでしまってもおかしくない。

俺にそんな強運はない。

 

 

 

そんなものは、必要ない。

 

 

 

「ほっ」

 

まず俺が振ったのは6面のサイコロ。

強くもなく弱くもなくほおられたサイコロはコロコロと転がり、

 

5の目で止まった。

 

「!!」

 

ピクリと、わずかだが凝光の眉が動いたのを、俺は見逃さなかった。

だが俺はそんなこと気にも留めず、間髪入れずに次のサイコロを手に取った。

 

「ほいじゃ次」

 

続いて10面。先程までと違い凝光は俺の手に視線を向けている。

まるで何かを警戒するかの如く、注意深く凝視しているようだ。

 

 

今更そんなことをしても遅いというのに。

 

 

「ほれ」

 

「なっ!」

 

出たのは10の目。これでリーチだ。

 

「あなたまさか!」

 

声を荒げ凝光が立ち上がる。

その顔には完全に驚きの表情が広がっている。今日会ってから今まで一度も見せていない表情だ。

 

「イカサマでも疑ってんのか? 残念ながらそうじゃないぜ?」

 

「そんなのわかっているわ! 問題はそこじゃ…………あなた璃月千年をやったことないっていうのは…………」

 

「いやいや、本当だよ。俺は神に誓って今日まで一度も璃月千年をやったことがない。そして誰かがやっているのをじっくりと見たこともない」

 

「じゃあまさか……この短時間で? 

 

 

 

全てのサイコロで好きな目を出せる振り方を習得したっていうの?!」

 

 

 

「お、流石にわかっちゃうか。ご名答。その通りだよ」

 

「そんなこと…………」

 

「あり得ないって?」

 

俺は最後に12面を振る。

出たのはもちろん2の目だ。

 

「今実際にあり得てるだろ?」

 

「…………」

 

凝光は絶句したまましばらく動かなかった。ただ視線だけはサイコロと俺を行ったり来たりしていた。

何を考えていたのかはわからないが、驚いているということだけは確かだっただろう。

 

「信じられないわ……たった数十回でここまで……元々できたわけじゃ……」

 

「もちろんない。普段俺はサイコロなんて触る機会ないからな。手に取ったのも久しぶりだ」

 

「じゃあ本当に今日璃月千年を始めてからここまで? しかも10面と12面もあったのよ? 普通の6面だけならまだしも、3つ全てを扱えるようになるなんて」

 

「昔から手先は起用でね」

 

と、そう言ったところで簡単には信じないだろう。まだ何か気付いていないイカサマの可能性を探っているはずだ。

 

「みんなサイコロは完全に運だと思ってる。人間の力が介入する余地はなく、完全に出る目はランダムだとね。だから好きな目を出そうなんて思わない。でもそれが間違いなんだよ」

 

「それは…………」

 

「確かに簡単じゃない。俺だって璃月千年を始めてからどれだけ集中したことか。でも完全に不可能ってわけでもない。少なくとも翼無しで空を飛ぶよりは現実的だ」

 

そう、できなくはなかった。だから俺はそれに賭けたのだ。俺が凝光に勝てる唯一の可能性として。

 

「並みのやつならハナからできないと決めつけて挑戦しないことに俺は挑戦した。その結果、サイコロを振るときの物理法則を理解して、適切な力を加えることで自分の出したい目を出せるようになった。これだけだ、他に何も特別なことはしてねぇよ」

 

俺は璃月千年を始めてから、ずっとサイコロの振り方を考えていた。

どのように力を入れればいいのか、どの角度から振ればいいのか、6面と10面と12面で、転がり方がどのように異なるのか。

もちろんそれを悟られてはいけない。怪しまれないように真剣にプレイした上でサイコロをコントロールしなければならなかった。

そもそも、実際にサイコロで狙った目を出すことのできる技術というのは存在している。俺は直接見たことはないが、サイコロを使った賭け事が盛んな地域ではそういった達人たちがしのぎを削っているのだという。だから俺は無謀とも思えるこの作戦を貫き通した。

本来運で出目が決まるサイコロ。それを努力によって制御することで、イカサマを超越した強さを手に入れることができる。

俺はそれに賭けた。戦略において圧倒的な強さを誇る凝光に対して、別側面での強さで対抗するほかなかったのだ。

 

「いつから……どこの手番からそんなことできるようになったの?」

 

「4手ぐらい前かな。その辺りから上手い事逆転マスに止まれるように調整してた」

 

「最初からそのつもりだったのね…………」

 

「まあな。好きな目を出せるってなったら流石に何かしら対策されるだろうから、バレてもどうにもならない終盤まで隠しておく必要があった。ルール説明の時にさらっとイベントに目を通したんだが、ぴったりだと思ってね」

 

「わざわざハンデを貰わないで条件を変えたのは?」

 

「あんたの意識を逸らすためだな。自信満々で勝負受けたら警戒すると思ってよ。かと言ってハンデを貰うと差が付きにくくなるから逆転してもされ返される危険があった」

 

「じゃあさっきのイベントも? わざと外したの?」

 

「それに関してはまあ一応外したつもりだな。言っても信じないかもしれないけど。あんたの思考的に数字は一番多い数を選ぶだろうなって思ったから、裏をかいて6以外で来るか、6にするのかは迷ったな。正直サイコロは自信があったからひやひやしたのはそっちだな。もし俺が当ててチップが動くようなことがあったら差額が縮まって、逆転しても逆転し返されかねない状態になるところだったからな」

 

「そこまで…………」

 

そこまで聞いた凝光は何も言わなかった。

俺の振りが卑怯だと糾弾することも、俺に振らせない方法を取ることもせず、璃月千年は続けられた。

俺はそ凝光とチップを交換。その後凝光はできる限りの手を講じたが、流石に圧倒的な大差を逆転し返えすことはできず、俺はそのまま勝利した。

凝光の璃月千年の無敗記録が今、破られたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これで俺の勝ちだ。約束通り一晩だな」

 

「…………」

 

凝光は返事をしなかった。それもそうだろう。

俺は『一晩』とあえて含みのある言い方をした。そしてその意味は凝光もわかってるはずだ。自信の敗北が実感できないのもそうだろうが、単純に俺の相手など嫌なのだろう。無口にもなるというものだ。

 

「ま、俺も別に鬼じゃない。飯を奢ってもらったわけだし、あんたがどうしてもって言うなら…………」

 

「いいわ、行きましょう」

 

「え?」

 

凝光の口から発せられたその言葉の意味は肯定。

俺は耳を疑った。

 

「行くって……どこにだ?」

 

「ベッドのある寝室よ。私と一晩過ごすんでしょう?」

 

「いや……それは…………」

 

完全に予想外の事態に俺は言葉を詰まらせてしまう。

 

(嘘だろ…………本気か?)

 

いくら条件とはいえ、今日会ったばかりの俺なんかとそんなことをするのは不本意なはずだ。何とかして条件を変えさせようとしてくるのが普通。それなのに今の凝光には全く迷いが見られない。

そしてそもそも俺には最初からその気はない。あくまであの発言は凝光に揺さぶりをかけるためのハッタリであり、本心ではなかった。俺も人並みに性欲というものがあるので凝光とそういったことができるというのなら興味しかないが、勝負自体どちらに傾くかわからなかったあの状況では真剣に条件に付いて考えていなかった。

どうせ条件変更の提案があるだろうからそれに応じて適当に他の条件へと変えればいいだろう。その程度にしか考えていなかったのだ。

 

「夜と言うにはまだ早いけど、私は今からでも構わないわ。さあ、移動しましょう」

 

「ちょ、ちょっと待て、本当にいいのか? やけに素直というか、嫌がらないというか…………」

 

「あら、私は確かに同意したもの。もし嫌だったら条件をあなたから提示された時点で変更を求めてるわ」

 

「それにしたってな…………いくら岩神の力とかいろいろあるにしたってそこまで契約順守することもないだろうに……契約書もないただの口約束だぜ?」

 

そこまで言ってしまってはたと気付く。これでは初めからその気がないのに条件を提示したことが丸わかりではないか。

凝光も俺の考えはわかってしまったらしく、いつもの調子で余裕の表情を見せている。

 

「どんな小さなものでも契約は守るべき、これは私の商人としての大切な信念だと考えているわ。それに……奇策とはいえ私を負かした相手であるあなたなら、ふさわしいのではなくて?」

 

「で、でもさっきはかなり放心してただろ? しゃべらなかったし…………俺はてっきり嫌だからどうするのか考えているのかと…………」

 

俺の言葉に凝光はわずかに口角を上げた。笑っているのだ。

 

「嫌だったからじゃないわ。考えていたのよ」

 

「何をだよ」

 

「もし現実で起きてしまったら、をね」

 

「!!」

 

そうだ、彼女は商人なのだ。俺はそんな重要な事実を再認識した。

 

「商売の世界ではよくある話よ。たった一回の商談で力関係が逆転したり、それまで積み上げてきたものが一瞬にして消えてしまったり、あるいはもっと酷いことだってあるわ」

 

「まあ、そうなんだろうな」

 

「今回はたまたまゲームの中での出来事だった。それにイベントも現実性のあるとは言えないものだった。けどそれがもし本当に起ってしまったら? 私がミスしなくとも何かの拍子に商売敵と立場が変わってしまったら? もしそんなことになった今とは何もかもが変わってしまう。その事実に久しぶりに向き合う機会になったの」

 

「現実であんたにそんなこと吹っ掛けられるやつがいるとは思えないけどな」

 

「でも可能性が全くないわけでもないわ。だから私は考えていたの。あなたが逆転してから終わるまでずっとね。どうにかして逆転し返せないか、どうしたら防げたか、現実で起こったとしたらどうか、策を打てるか、どのような対応をすればいいか……」

 

「だからずっとしゃべらなかったのか…………」

 

やはり規格外だ。ただの一勝を欲して策を練っていただけの俺とは次元が違う。

凝光は目の前の勝負だけでなく、もっと先のもの、商人である自らの未来について案じていたのだ。

 

「さ、話はこれぐらいにして移動しましょう。それともあなたにはその気がないの?」

 

「それは…………」

 

「私を自由にできる機会なんてないわよ? 誰かに身体を許すなんて今までなかったし、これからも多分ないでしょうね。とやかくいうつもりはないけれど『据え膳食わぬは男の恥』なんて言葉もあるでしょう?」

 

「なっ! そこまで言うか?!」

 

どうやら俺は凝光と言う女性をいろんな意味で見くびっていたらしい。商人としても、一人の人としても、彼女はとてつもなく強い芯を持った生き方をしているのだろう。俺の想像の何倍も。

 

「よーし、そこまで言うからには後悔しないんだろうな! 後から何言われてもやめないからな!」

 

「ええもちろん。せいぜい私を満足させてくれることを期待するわ」

 

なんだか上手い事乗せられてしまったような気もするが、ここまで言われてしまっては男が廃るというものだ。もう何がどうなっても関係ない。ただの冒険者のちんけなプライドを見せてやろう。

そんなことを思いながら俺は凝光の後に付いて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある商人の手記

一部抜粋

 

ある噂を聞いた。

最近璃月に来た旅の冒険者が、目覚ましい活躍をしていると。

私の耳に入るほどとは珍しい。少しだけ興味が出てきた。

 

最近例の冒険者の話をよく耳にする。

なんでもとても強く、人も良いそうだ。

依頼を受ける目的はあくまでモラのようだが、稼ぐための効率を気にしているわけではないらしい。

強力な魔物の討伐から少女の遊び相手まで、なんでも素直にこなす。どんなに難しくとも一度受けた依頼を断ることはないし、苦労が大きくとも報酬にケチをつけることもない。

不思議なものだ。少し見てみるのも悪くないかもしれない。

 

件の旅の冒険者の依頼の様子を見てきた。

あれは別格だ。ただ者ではない。

単身でヒルチャールの巣に乗り込んだかと思うと、流れるような剣技で次々とヒルチャールたちを斬りつけていった。私は剣に関して詳しいわけではないが、素人目に見てもあれは相当な腕だということが容易に分かった。

あれほどの強さを持つ彼が、何故旅をしているのだろうか。何故家を持たず地位を得ず、旅を続けているのだろうか。

もしかしたら私の合う器なのかもしれない。

 

ここ数日例の冒険者の動向を追っている。

依頼を受けていないときは何をするわけでもなく、気ままにふらふらしているようだ。

食事に時間をかけることもあれば、実に簡素に済ませてしまうこともある。

書物を片手に日が暮れるまでじっとしていることもあれば、思いついたかのように山の頂上まで登ったり。

ただ宿で横になっている日もあれば、一日中璃月の子供と遊んでいることもあった。

目的が見えない。唯一思いつくのは経験を重ねることぐらいだろうか。

旅をすることで各地を見て回り文化に触れ、様々な知識や感性を得ること。

見ている限りではどうもそう思えてならない。

実に興味深い。彼を私の駒に、いや、私のものにしたい。

信頼できる唯一無二の存在として特別な関係を築きたい。彼はそうするにふさわしい力を持っている。

柄にもなく胸が高鳴っているのを感じる。今度直接群玉閣まで招くことにしよう。

 

予想通り凄い男だった。私が出し抜かれたのはいつぶりだろうか。

決して賢いとは言い切れないが、彼の持つ力は単純な強さだけではない。様々な面での力を持っている。本人はそのことに気付いていないところがまた何とも純粋だ。

彼には無限の可能性が眠っている。私が彼に何を求めても、彼なら答えてくれるのではないかとも思ってしまう。

望んで誰かと身体を重ねることになるとは、少し前の私なら思わなかっただろう。

実に良い心地だった。

彼のことをもっと知りたい。

彼ともっと親密になりたい。

彼の可能性を開花させたい。

誰かに対してこんな感情を持つことはひょっとしたら商人としては良くないことなのかもしれないが、時にはこうして利益を度外視してみることもいいかもしれない。

さて、これからの彼はどうなっていくか、見ていくとしよう。

 

 


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