とある森の中に建つ一軒の屋敷に【男女で入ると恋仲になれる】らしい
猥談じみたこの話の裏には、とある鬼が隠れていたという
足を踏み入れし男女が恋仲となるとの噂が、まことしやかに囁かれし屋敷が。
この日も男が意中の女を誘いて、その屋敷へ足を踏み入れた。
ポポン
何処からともなく鼓の音が鳴る。
玄関の戸がひとりでに閉まり、男女は恐怖に恐れおののいた。
「これはおかしい。こんなところ、早く出よう」
恐怖に駆られた男が戸を開けた。
だが、今しがた抜けたばかりのその戸の向こうに、外の日の明かりはなかった。
あったのは遊郭にあるような小部屋であった。
艶やかな薄明りの下、一式の布団の上に手紙が置かれた部屋であった。
「なになに? 『蜜月のまぐわいをせねば出られぬ部屋』・・・だと?」
小生は十二鬼月・下弦の陸、響凱。
下弦の陸・・・だった鬼だ。
かつては無惨様の直属の配下として鬼狩りどもを駆逐しておったわけだが、鬼の力を維持するために喰わねばならぬ人間の肉を、だんだんと受け付けなくなってきた。
「もう喰えないのか? その程度か?」
「お…お待ちください…あと少し…」
剥奪は唐突に。
無惨様には猶予の懇願は通じず、小生は十二鬼月の座を下ろされた。
小生はまだ終わってはいない。
喰える人間の量が増えないなら、質の良い肉を喰えばよい。
栄養価の高い稀血の人間を。一人喰えば数十人分の栄養がある稀血を喰えば、小生は十二鬼月に再び返り咲くはず。
だが当然、問題もある。
人間を喰らうということは人間を襲うということ。
人間を襲いすぎれば鬼狩りの耳にも届く。
ただの鬼狩りであれば返り討ちにできるが、柱ともなれば話は違う。力の衰えた今の小生では、たちまち殺されてしまうであろう。
かといって稀血だけを喰らおうにも、人間どもがたった1人だけで夜道を出歩くことは稀。まして稀血が一人二人だけで出歩くことなんぞ稀も稀。
「ならば発想の転換だ」
小生は人間であったころからの文筆家。発想力は凄いのだ。(塵のように酷評されたこともあったが)
そんな小生の考えた稀血捕獲作戦。ずばり
【〇〇せねば出られぬ部屋】だ。
まず手始めに「あの屋敷に入ると恋仲になれるそうだ」という噂を町に流す。
ホイホイ釣られてきた男女を、用意しておいた遊郭のような部屋に閉じ込め、蜜月のまぐわいを交わすまで監禁する。
部屋から出ようものなら、小生の血鬼術で部屋を入れ替えて、絶対に出さない。
まぐわいが終わったら解放する。
するとたちまち、この噂が町中に流れるであろう。
人間共がこぞって屋敷に入ってくるはずだ。入れ食い状態だ。
そこで、稀血が入ってきたらすかさず小生のいる部屋に飛ばす。そして喰らう。
稀血は小生の腹の中へ。
他の人間は屋敷から排出し、この噂を広めるための広報係として町へ。
なぁに行方不明がいれば騒ぎになるだろうが、よもやま話を気にする者などたかがしれている。
問題もある。
男女のための屋敷だと言っておるのに、男だけで冷やかしにくる人間共がいるやもしれぬことだ。
だが小生に抜かりはない。
そのような者どものために、兼用の部屋を用意しておくのだ。
【2人して向かい合い、1本のちくわの端を互いに食べ進んでいき、最後まで口を離さずに食べきらねば出られぬ部屋】や
【じゃんけんをして負けた側が服を一枚ずつ脱いでいき、どちらかの脱ぐものがなくなるまで出られぬ部屋】だ。
これならば男同士であっても滑稽な話として笑い種となり、さらなる集客が望めよう。
もし阿呆が1人だけで入ってこようものなら
【この部屋を片付けるまで出られぬ部屋】といって、まぐわいの部屋の後始末をさせてもよし。小生の手間も省けて一石二鳥だ。
【この(不味い)茶を飲み干すまで出られぬ部屋】で適当にからかってあしらってやってもよし。
【刀の素振りを1000回するまで出られぬ部屋】でクタクタにしてやってもよし。
これは万が一、鬼狩りが攻め込んできても応用できる。
そもそも阿呆らしい部屋を用意してやれば、そんな疑わしい屋敷なんぞ鬼の仕業ではないといって柱どもも近寄るまい。
来たとしても「条件を満たしたのに、部屋を出たらまた次の部屋!?」作戦をぶつけてやる。
精神的・体力的にクタクタにしてやって、『転がし祭り』と鼓斬撃を組み合わせてやれば容易く殺せよう。
ある日、柱が屋敷に入ってきた。
「ここが鴉の言っていた屋敷か?」
一切の隙の無い面構え。紛れもなく鬼狩りの柱だ。
小生はポポンと鼓を打ち、柱を用意しておいた部屋に飛ばしてやった。
「ムムッ! これは」
【西洋料理店 山猫軒】
「料理店・・・なのか? それとも鬼の罠か?」
柱は首を傾げておった。
もちろん、まだ罠ではない。ただの遊び心だ。
【どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません】
柱はズイズイと部屋を進んでいきおった。
【ことに肥つたお方や若いお方は、大歓迎いたします】
これには柱も足を止めたが、警戒しつつも部屋を進んでいきおった。
【当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください】
【注文はずゐぶん多いでせうがどうか一々こらえて下さい】
ここまで来ると柱も何かからかわれているのかと首を傾げた。
その顔色に、鬼への警戒が薄れてきておった。
【お客さまがた、こゝで髪をきちんとして、それからはきものゝ泥を落してください】
柱は用意しておいた櫛で髪をといて、履物の泥を落としてくれた。素直なものだ。
【刀をこゝへ置いてください】
これはさすがに聞いてくれなかった。
【どうか帽子と外套と靴をおとり下さい】
外套だけは脱いでくれた。土足で畳を踏むとは、教養がなっておらぬ。
【ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡、財布、その他金物類、ことに尖つたものは、みんなこゝに置いてください】
【壷のなかのクリームを顔や手足にすつかり塗つてください】
【クリームをよく塗りましたか、耳にもよく塗りましたか】
全部やってくれた。
【料理はもうすぐできます。十五分とお待たせはいたしません。すぐたべられます。早くあなたの頭に瓶の中の香水をよく振りかけてください】
【いろいろ注文が多くてうるさかつたでせう。お気の毒でした。もうこれだけです。どうかからだ中に、壷の中の塩をたくさんよくもみ込んでください】
ここまでやってくれるなら、もっと無理な注文をしてやってもよかったのではないかと思った。
だが調子に乗ってはならない。小生はまだ弱いのだ。
【いや、わざわざご苦労です。大へん結構にできました。さあさあおなかにおはいりください】
柱が抜けたその先に、小生のトドメの一策を用意しておいた。
拾っておいた山猫を放っておいた部屋だ。
「化け猫に・・・騙かされたというのか俺は?」
拍子抜けした柱は猫をヒョイと抱き上げて、頭を撫でながら部屋を出て行きおった。
小生が回収しておいた外套を玄関先においておくと、柱は苦笑いしながら屋敷を後にしていった。
とまぁこのように。稀血だけを喰い、鬼狩りを追い出すこの屋敷。
完璧ではないか? 凄くないか?
今宵だけは自画自賛を許してほしい。これからも自画自賛を許してほしい。
「素晴らしい策ではないか、響凱」
その時、小生の背後から無惨様の声がした。
決して気のせいではない。振り返ればそこには、微笑みを浮かべた無惨様がいらしたからだ。
「素晴らしいぞ。特にあの、鬼狩りどもの呆けた顔」
鼻で笑い目で笑い。無惨様の満足されたお姿が小生の目にしかと焼き付いた。
「お褒めにあずかり光栄至極でございます」
小生の心は幸せに満たされていた。
これからこの屋敷と共に、小生は十二鬼月に返り咲くのだ。
小生のバラ色の鬼生が、今宵から始まr・・・
「気に入った。この屋敷を鳴女に預けることにしよう」
ベベン
気付けば小生の姿は、どこぞと分からぬ荒野にあった。
夜明けも近い。
こうして小生の傑作は、出来の良い新参者に奪われた。
小生の血鬼術も・・・鼓も・・・認められなかった・・・・・・