「…はぁ…」
不味いタバコの煙を酒で流し込む。
いつもならそれで全てがスッキリするのに、今は少しも心が晴れない。
―――この
つい先刻カールスラントのウィッチに叫ばれたその言葉。
その意味がまったく理解できず、ただずっと心に貼りついていた。
10歳の頃だ。
お嬢様お嬢様と持て囃され、ジメジメした湿っぽい父とその会社の人間に嫌気が差し、リベリオン欧州派遣隊の船に潜り込んだのは。
言葉すら通じず、その身一つでロマーニャにやってきたアタシを救ってくれたのは当時まだストライカーのテストパイロットだったフェデリカで。
それからアタシはずっと彼女の下でストライカーを弄り続け、彼女が軍に入隊すればその後ろを付いていった。
自分で言うのも何だけど、ずっと頑張ってきた。
あんな金と権力のコトしか考えていない会社や父のようにはなるまいと、自分の腕だけを信じて戦場に身を投じてきた。
それがどうして、なんで"性悪女"なんて言われるんだろうか。
「お嬢様。御父上様からのお手紙をお持ち致しました。」
そうそう、
「あなたもしつこいなぁ。アタシのコトなんかほっといてよ。」
「そうは参りません、貴方様はグラマン社の次期社長となるお方なのですかr―――」
「ほっといてって言ってるでしょ!!消えて!!」
欧州に来てから、ずっとハエのように纏わりつく父と会社からの使いの名も知らぬウィッチ。
彼女から香り立つあのジメジメした欲望と権力のニオイが、どうしても嫌いで仕方なかった。
「またお伺いします、どうかお身体に大事になさってください。お嬢様。」
「…チッ…」
そのニオイをかき消そうと、新たなタバコに火を点けて思い切り吸い込む。
くそ気分が悪い気分が悪い。
ああそうだ、こんな時には―――。
「ほら嫌なコトがあったんでしょう。飲んでください」
「構いません、明日の作業は俺達がやりますから、どんどんお飲みになって下さい!」
「…ごめんね、はぁ…」
その夜、整備士達と共に酒盛りをしても心の底から楽しむことは出来なかった。
皆に気を使わせてしまって申し訳ない。これではせっかくの酒も不味くなってしまうだろう。
「安心してください、姉御は姉御ですよ。金儲けしか考えてないクズとは違います」
「そうですよ!ボスの下で働けて俺達も幸せです!」
ああ…この子達はホントにいい人間ばかりだ。
こんなアタシを心の底から慕ってくれる上に皆優秀なのだから。
「ありがとうね皆…こんなアタシについてきてくれて…」
彼らはほとんどみんな、欧州の各戦線でずっと一緒にやってきた仲だ。
共に数多の戦場で数多の航空機やストライカーを修理、整備してきた大切な半身。
気持ち悪い会社や父の力など一切借りていない、リリー・グラマンというアタシ一人の力で手に入れて培ってきた大切な仲間。
…欧州に来てからのアタシの軌跡そのものと言っても、過言ではない。
「何水臭いこと言ってるんですか!ボスらしくないですよ!」
「そうですよホラ、もっといつもみたいに馬鹿騒ぎしましょうよっ!!」
「あ"ー!!さすがアタシの部下共よ!!今日は全員吐き潰れるまで終わらせなーい!!!」
あーもういいもういい!!
どーせアタシはバカなんだからこんなの考えたってしょうがない!
呑めのめー!!ほらそこの新入りクンにも無理やり飲ませるのよ!いえー!!
「サーシャ、コレを見てくれ、コイツをどう思う」
「すごく…おかしいです。」
現実逃避の酒盛りにリリーが興じてる頃、執務室では二人ラルとその部下のサーシャがとある紙について話を交わしていた。
「ある時期を境に、ここへの補給物資や予算が一切減らなくなっています。それも全て整備や修理に関連するものばかり…」
「何か恣意的なモノを感じるな」
その紙に書かれていたのはこの基地の部隊への予算。
過去数カ月のデータを洗い出しまとめたものを見た結果、見る者が見れば分かる異常な事態が起こっていたことを彼女達は見つけてしまっていた。
「…リリーさんに、聞いてみますか?」
「いや、聞くならフェデリカだ。…呼んできてくれ」
「…はい。」
その去っていくサーシャの背中を見ながらラルは独りごちた。
「ビフレストでの噂は…こういうコトだったのか…」
「コッチの3つはアタシがすぐにやる!アンタ達でソレを急いで修理なさい!」
「はい分かりました隊長!」
「流石だぁ…」「やはり隊長に敵う整備士など居る訳が…」
予定通り行われたウィッチ部隊による強硬偵察作戦。
その最中整備士達は目まぐるしい整備と修理と点検に追われていた。
ウィッチ隊のバックアップとして待機しているフェデリカもそれを手伝い、リリーと共に駆けまわっている。
「―――ダレだお前ら!ココは今状況中――――」
「お嬢様、私達とご同行願います。」
「…はぁ?」
その慌ただしいトコに現れたのは、あの忌々しい父の使いのウィッチ達。
しかも今日は複数人、銃で武装した男たちまで引き連れているではないか。
「うるせぇ!今は作戦行動中なんだぞ!誰かは知らねぇが早く出ていk―――」
―――パァン
何かが弾け散らばる音。
それが目の前の自分の部下の整備兵の脳天が弾けとんだ音だと気づいたのは数秒経ってからで。
「…ご同行、願えますね?フェデリカ大尉、あなたもです。」
―――パンパンパンッ!!
ソイツらが威嚇射撃のように銃を乱射し始めたのだから、もう私にはどうすることも出来なくて。
「分かったわ!だからもう良いでしょ!…リリー…今はとりあえず…!」
「何なの…?何でアタシの邪魔をするのよ、アンタ達は…」
「リリー!!」
強引に手を引かれ、リカ共々その薄汚いジメジメしたウィッチ達に連れていかれるアタシ達。
背中に突き刺さる整備士達の不安げな視線がどうしようもなく辛く、痛かった。
「アンタ達…この子の父親の手下でしょ!?この子はもうグラマン社とかリベリオンとかとは関係ないのよ!もうこんなコトやめなさい!!」
「……!!リカぁっ!!アレ、なにっ!?」
輸送機の中、リカねえの腕の中で震えていたアタシは窓越しに、さっきまでいた基地が轟音を上げ大爆発するのが見えてしまった。
その衝撃はすさまじくこの機体まで震えるほどで。
―――だとしたら、そこにいる整備兵たちはどうなって!!!?
「もどれぇぇぇっ!!みんなが居るのよ!!早くもどりなさいよぉぉぉっ!!!」
「申し訳ありませんが、承りかねます。」
「あああああああぁぁぁっ!!もどれっ!!もどれぇぇぇぇぇっ!!!!」
狂いそうになるほどに目を見開きながら叫ぶ。
リカが抑えてくれていなければきっと殺していたにしまって違いなかった。
「ラル…!!みんな…!!?」
薄く吹いてきた吹雪越しに見える窓の向こうの景色にいる、ウィッチ達も整備士達も。
今のアタシには、どうすることも出来ない。
何も、いやーーーー。
「―――アンタ達の顔、全部覚えたから…」
心の底から憎悪を込めて、目の前のウィッチと男たちを睨みつける。
「もし戻らないなら全員……アンタ達をクソオヤジに言いつけてやる…!!」
初めてその無表情を貼り付けたような顔達に、怯えの色が浮かんだ。
「アタシはリベリオンのグラマン社の社長、
「…リ、リリー…」
私はこの日生まれて初めて、父の名前を出して人を脅した。
そしてその結果は――――。
雪がふぶくなか、ロマーニャとリベリオンのウィッチはストライカーで空を駆ける。
「…ねぇ、さっきから様子が変だよ?大丈夫?」
隣を飛ぶリリーの震える背中を撫で、静かに問いかける。
輸送機から飛んでからずっとこんな調子だ、言葉一つ離さずずっと俯いている。
「――ーアタシ…アタシ…さいていだ…」
「…え?」
そして彼女は嗚咽と共に、大粒の涙をぽろぽろと流し始めた。
「あんだけ嫌いで、クソ扱いしてた親父の名前で威張り散らかすなんてッッ……!!
こんなの、あんなのまるで、嫌いだった会社やオヤジの人間と一緒だよ…!!!」
「リリー…」
フェデリカは絶望し顔を覆う妹の身体を、ただそっと優しく抱きしめる以外の術を持たなかった。
そして基地に舞い戻った彼女達を出迎えたのは、凄惨な光景だった。
辺りに散らばる建物だったモノ、武器だったモノ、命だったモノ。
そして幸か不幸か、施設に精通していたリリーには、格納庫がどこかその惨状からでもすぐに理解してしまって。
「ぇ…ぁぁ…ぁぁ………」
彼女が欧州に来てから、自分ひとりで築き上げきた部隊。
あの新入りの少年整備士も、気さくに話しかけてきてくれた整備士達も。
大事に使い続けてきた工具も、何もかもが。
全て、黒い炭へと変わり果てていて。
「ぅそ…みんな…」
「リリー!!危ないっ!!後ろっっ!!」
呆然としている彼女の背後で何かが墜落し、大爆発が起こる。
さっき僅かにあったネウロイ反応にでもやられたのか。
それがあの彼女とリカを連れ去った輸送機だと分かった時、彼女は心の中でざまぁみろと呟いた。
「あぁくそっ!!動かないでね!すぐにそっちにいくからー!!」
「…」
その墜落した輸送機に近づくと、その中にはあのウィッチ達が血を流して死んでいた。
ふと、その手に握られていた分厚い本が酷く気になり、その手からはぎ取った。
ついでにその頭を思い切り踏みつけながら。
「…」
自室は半壊していた。窓が拡張されて解放感が溢れている。
机に腰掛け、パラパラとはぎ取った本を開くと――――。
「――――――は?」
そこにはアタシの欧州に来てからの一挙一同が全て書かれていた。
それはいい、それくらいは想定内だ。
だがその全ての事柄に対し、何かが書きこまれていた。
―――アタシが入隊した後は、配属される先を安全な部隊に父が指定していたこと。
―――しかも配属先の隊長を買収、贔屓優遇するように会社が指示していたこと。
―――補給物資をアタシの部隊に横流し。優秀な人員の強奪。
―――カールスラントで最前線の部隊の優秀な整備人員や物資を強奪していたこと。
―――そのせいで補給系統がめちゃくちゃになって、幾つかの部隊が戦わず崩壊していたこと。
―――そしてそれら全てが、アタシの知らない所で行われていたこと。
そして、それらだけでもアタシは吐き気と眩暈と、涙が止まらなかったのに。
なのに、最初のページには。
私をもっと追い詰めるコトが書かれてあって。
『
欧州にてリリー様の身辺の世話をさせる。』
「は…はは……」
昔から慕い、ずっと後ろを付いていっていた大好きなお姉ちゃん。
そんな彼女が、そうか、そうだったんだ。
「あははは……ははははははは……」
思い浮かんでくる幸せで楽しかった日々。
会社や父の力じゃない、アタシ自身の力で積み上げてきた日々。
「そっか、ぜんぶ、うそ、だったんだ。」
アタシが今まで自分の力で築き上げてきたものは。全部会社と父の力だったんだ。
いや違う、それ以下だ。周りの迷人たちに迷惑と不幸をまき散らしていただけで。
「あははははははあははは!!!あはは…ひひっ……!!」
ふと、ヒビが入った鏡の中の自分と目が合う。
その顔は毛嫌いしていた父や、会社の人間達そっくりにニヤついている。
「ふふふっ…あはぁ…♪」
―――ぴょこん。
親への反逆、自由が欲しいという意味から使い魔に選んだ蝙蝠。
でも違う、薄汚く周りの人をだまし続けていたアタシにはぴったりだ。
―――ガグュッ、ゴギァッ。
その鏡が忌々しくて、何度も頭を叩きつける。何度も何度も。何度も何度も。
『…リリー!?そこにいるの!?ねぇ開けてっ!!』
ガラスの破片が頭に刺さり、まるで角のようだ。
大量に溢れ出る鮮血が、醜く笑う顔をメイクしていく。
「―――『お前はゴミだ、クズだ、最低の人間だ』」
鏡の中の自分の光彩が輝き、アタシを見据える。
頭がぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。そうか、皆こんな感じだったんだ。
「『消えろ、死んでしまえ、救いようのない汚物』」
アタシが消えていく。
脳にナイフを突き立てられて、えぐり回されているような吐き気が襲う。
―――お前のっ!!お前のせいでカールスラントはっ!!
アタシの後ろで、私に向かってカールスラントのウィッチが叫ぶ。
「―――『この
アタシは、もう疲れて意識を手放した。
「ねぇっ!!どうしたの!!お願い開けて…リリー!!」
「……」
自室の扉から出てきたリベリオンのウィッチ。
それに飛びつこうとしたフェデリカの身体は虚しく空を切った。
「…リリー…?どう、したの?」
「―――
「…え?」
呆然と佇むロマーニャのウィッチに一瞥もくれることなく、彼女は歩き出す。
―――ああよかった。やっと私は目覚めれたのだ。
空を見上げる。
何て気持ち悪く下品でドブの臭いがする青空だろうか。
「ああ……吐き気がする…♪」
血まみれの少女は、憎悪と欲望に塗れ、歪みきった笑みをにっこりと浮かべた。
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