これからまた更新していきたいと思います。
お母様
ヘルウェティアの空。
つい先日までネウロイに支配されてたなどとは考えられぬ程の澄み切った青空。
そこを一人、長い襟巻きと雲をたなびかせ駆ける魔女がいた。
襟巻きで口元を隠し、冷たい翠の瞳で地肌を見つめるのは殺戮の魔女、アマンダ・M・プラマーだ。
鳥一匹すら気配を見せない空、彼女は一人で解放されたヘルウェティアの山地を訪れていた。
「んー…?」
ストライカーの修理に注いでいた集中が、近づいてきたエンジン音に遮られる。
窓を見るとそこに居たのは、扶桑陸軍の巫女服を纏った一人の魔女。
「どうも、先日はお世話になりました。───西沢義子さん。」
「…驚いた、どうやって見つけてくれたの!?無線の類は全部壊れてたのに!!」
西沢の疑問は当然である。
ここはネウロイから解放されたばかりのヘルウェティア、ましてや人里離れた山脈。
広大な山地から手がかりもなしに人間一人を見つけるなど、砂漠で砂金を探すに等しい。
しかし現にエイミーはこうして彼女の前に現れたのだ、探知魔法すら持たない魔女が。いかにして?
その答えは単純だ。
あの巣の主との決戦の際、もう一人の彼女である竹田美喜がその遠い未来のビジョンを見ていたのだ。
──生き抜いたものの帰還不可になり山小屋で途方にくれる西沢義子
そしてこれは既に防いだが──生き残った自責の念に駆られ、自室で果てようとする隊長
私とわたし、どちらかがもし消えても必ず防ごう。
その美喜と交わした約束を果たしに、彼女は一人ヘルウェティアまでやって来たのだ。
「助かったわぁ〜もうヘビの味に飽きてた所だったのよ!それにほらアタシ胃腸が弱くって新鮮な野菜じゃないと───あら?」
ふと、西沢は自分を背負う魔女が履く機械の箒が、先日届けた《烈風》では無いことに気がついた。
「あなた、烈風は?」
「故障しました、修理も並の整備士ではできないと」
それに直ったとて今の私には動かせない、と彼女は心の中で付け足した。
あの時彼女の内から噴火するマグマの如く湧き出ていた魔法力は、今や欠片も感じられない。
その原因は分かりきっている。その源泉となる彼女の不在のせいだ。
「ふーん...ごめんね、そこまではアタシも何ともできないわ」
「お気になさらず。」
遥かかなた、無人の町並みが見える。
あの寂れた街にもしばらくすれば活気が、人が戻ってくるだろう。
「そういえばあの後どうなったの?隊長さんやあなたの僚機さんは」
「隊長さんはご無事です。」
「…そっか」
西沢はその短い一言だけで全てを悟り、それ以上は語らなかった。
数十分後、二人はとある基地に降下する。
解放されたヘルウェティアで現在唯一活動している、ロマーニャとの国境近郊に位置する小さな航空基地だ。
ここには現在、世界各地に散らばったヘルウェティア軍が戻りつつある。
「ひゅー、今回もまた生き残っちゃったわぁー」
待ち構えていた衛生班のヘルウェティア兵達の担架に載せられた西沢がけらけらと笑う。
悲哀とは程遠い笑顔に、エイミーはしばらくぶりに人の心に触れたような感じがしていた。
「でもしばらくは病院生活かなぁ、あなたは?」
「ネウロイを殺します。」
「…そう」
西沢の目が静かに閉じられる。
流石にもう疲労を隠せなくなったのだ。
「無理は、しないでね。助けが欲しかったらいつでもリバウの魔王を呼びなさい。」
「……」
自らを撫でる手の温もり。
遠い地で闘う二人の姉のような存在を思い出してる内に、彼女は運ばれていった。
「美喜様。」
背後からかけられる無骨で無機質とも言える声。
「彼女は。」
「ええ、医師を手配しています。この戦時下にあるロマーニャで見つけるのは困難でしたが、ガリアから逃れてきた───」
「分かった。それならいいです。」
ふぅ、と安堵と疎ましさを籠めた感情の溜息がエイミーから漏れた。
「私のワガママはもう終わりです。後は好きにしてください。」
背後に立ち並ぶ黒スーツ姿の男達。
その顔立ちはリベリアンでもなくロマーニャ人でもない。
そう、彼らは皆一様に扶桑人だ。
「どうぞ」
いつの間にか背後に回ってきていた黒塗りの車がドアを開ける。
その中から漂う空気は、自分をどこか遠い世界に連れて行くのではないかとエイミーには感じられた。
「……ありが、とう」
寂れ、まだ半壊の建物ばかりのヘルウェティアの基地の中で輝くその黒の真新しい車体。
彼女はそれにツバを吐きたくなる衝動をぐっと堪え、黙ってその中に座った。
――December,1943
Romagna
CV. Miki Takeda
No affiliation
ロマーニャ首都の首相以下高官が御用達の、ある高級ホテル。
その一室にエイミーの姿はあった。
「…お嬢様のご様子は」
「変わらんよ、あれからずっと黙り込んで正座されてる。まるで座禅だ。」
「侍女達が何を話してもあの調子らしい。昔はよくウィッチの話を楽しんでおられたらしいが…」
ドア越しに聞こえる男達の話。
それを彼女は綺羅びやかな極まりない部屋の中心で座し、黙って聞いていた。
「……」
彼女が着せられているのはまるでこれから写真でも取るのかと言う程に美しい女袴。
髪はキレイに結われ、後頭部で纏めあげられている。
額から突き出た破片を隠すように添えられた大きく派手な花飾りが邪魔で鬱陶しい。
「……すぅーっ……はぁーっ…」
呼吸を整え、精神の海に沈む。
そこは言霊めいた、精神世界のような所だろうか。
あの絶望の夜空、エイミーが始まった場所、あの船の一室だ。
「……」
その中心では精神の布団に横たわり眠りにについている幼い少女。
そしてその布団の上で丸まる一匹の小さな黒豹がいた。
「美喜、エイミー」
二人は起きない。
先の激しすぎる死闘で力を使い果たした彼女達は、未だ目覚めぬ深い眠りについていた。
使い魔のエイミーだけは無意識に魔法力をまだ貸してくれてはいるが。
「西沢さんは助かりました。美喜のおかげで」
「……」
「隊長さんも、前に進むことを決めてくれたみたいです。怪我が癒えればまた陸戦ウィッチに復帰するそうで。」
「……」
返事はない。
そうだ、彼女達を救う為には、どうしても宮菱の人間の助けを借りる必要があった。
ロマーニャのリベリオン軍はほぼ皆リリーの元へ、僅かに残った者も死んでしまった。
更にヘルウェティア解放のゴタゴタにも巻き込まれそうになり、彼女には自由に動く足がどうしても必要だったのだ。
そうでなければ自らを付け狙っていた彼らに身を差し出し、こんなフザけた女袴を着せられるはずもない。
「……このあと、お母さまが来るそうですよ。」
「……」
「そこで伝えます、ロマーニャに来てからの全部を。私の為すべきことを。」
二人の決意に一切の揺るぎはない。
ネウロイは全て殺す。
託されたのだから。
ジェノヴァは504のウィッチ達、そして『マルタの女神』...彼女の姉の活躍により無事奪還されたらしい。
生憎原作とは異なりエースを集約して運用する有用性は504が501に先んじて実証した形になる。
今頃ブリタニアのウィッチ反対派は苦い顔をしているに違いない。
ならば次はロマーニャ南部戦線だ、今すぐにでもこんなヒラヒラした服を脱ぎ捨て零で駆けつけるべきだ。
───だが、だがである。
エイミーの翠の瞳が、眠る美喜の顔を見据えた。
「あなたには、その後の人生があります」
「……」
無論、生き残れればの話だ。
それに彼女には関係ない。
なぜなら戦いが終わればこの世界から弾き出されるのかもしれないのだから。
だがもはやエイミーにとってこの世界はただの仮想のモノ以上の意味を持っているのだ。
「だから、美喜の為にもせめて両親に別れの言葉くらいは───」
次の瞬間、ぐにゃりとその空間が崩れる。
「……じょうさま、お嬢様」
「───っ、なんでしょう」
ドアの向こうから投げかけられた声にエイミーは集中を切らし、言霊の世界から追い出される。
「お母様がおいでになられました。こちらへ」
「…わかりました」
相も変わらず重く動きにくい袴を引きずり、黙ってその従者の後を付いていった。
──▽▽──
殺風景とも言える和装の部屋に座していたのは、凛とした一人の女性だった。
どこか竹田美喜、エイミーと似通った風貌のその女性は───何ということだ、彼女が纏っているその衣服を見てエイミーは愕然とした。
その白く輝かしい程に整えられた軍服は、間違いない、扶桑海軍の士官服ではないか。
「…美喜」
「はい」
静かで透き通った響きだ。
しかしそこには確かに威圧感とでも言うべきモノが存在している。
──彼女がこの女性こそが竹田美喜の母親にして宮菱創業者 竹田信太郎の一人娘、竹田亮子であった。
(…美喜が目覚めた時、彼女の記憶をはっきりと見れた。しかしその中のお母様は…)
いつも優しく微笑み、軍人であったなどとは微塵も聞いたことがない。
「………よく頑張りました。遠い異国の地で一人生き延びるのは容易い事では無かったはず。」
重い。
その声のなんと重みに満ちた事か。
「病も癒えたようですね。僥倖、これで憂いなく扶桑へ戻れるというもの。」
こんな人だったか?
美喜の記憶の母親はもっと柔らかく優しさに満ちていた気がする。
否、だがたとえどのような人物であろうと関係ない。
自分がここに来たのは彼女に別れを告げるためなのだから。
「…お母さま。私は扶桑に戻るつもりはありません」
エイミーは声を絞り出す。
「…」
「まだここで、欧州でなすべき事が残っています。…ご覧になられませんでしたか、このまちにも無数にいる、ガリアやカールスラント、オストマルク、ダキアからの難民を」
「────ああ、見ましたとも。あの薄汚いボロ布を被った浮浪者ども」
その告げられた言葉は余りにも軽く、何でもないとでも言うような声だった。
「それが美喜、あなたと何の関係があるのです?海を挟み大陸を挟んだ遠い異国の人間を、なぜ憐れむ必要がありますか」
何を、お母様は何を言っているんだ?
エイミーの思考は完全に固まっていた。
「…その為にまたリベリアンの操り人形として命を賭けて戦うと?愚か極まりない」
「お母…さま…?」
「もうお前も分別のつく年齢、ましてや魔女ともなれば竹田の人間としての自覚を持ちなさい。」
彼女が語るその言葉に、心の奥底で眠りにつく美喜の魂が確かに震えるのをエイミーは感じていた。
有無を言わさぬその威圧感に押しつぶされそうになる。
「ヘルウェティア?マルタ?ロマーニャ?バカバカしい、そんなもの幾ら怪異に滅ぼされようが────」
次の瞬間、竹田亮子は言葉を続けることができなかった。
その部屋に満ちていた空気が、眼の前の自らの幼い娘の発した殺気により塗り替えられたのだ。
「………」
エイミーの脳裏には共に翔び、戦ってきた魔女と兵士達の姿が走馬灯めいて駆け巡る。
誰もが皆、誇りと命をかけ自分の国の為に戦っていたのだ。
──それを見てもいない人間に馬鹿にされる謂れはない!!
だがさらに次の瞬間、その部屋に満ちた殺気も霧散することとなる。
───ガキィンッッ!!
「……母に殺気を向けるとは。リベリアンやロマーニャの人間に一体何を吹き込まれたのです」
「……ッッ!」
自らの僅か右を掠める軌道の扶桑刀、それをエイミーは半ば無意識に、懐の苦無刀で受け止めた。
──ぴょこん
魔法力を展開、使い魔を顕現させ距離を取る。
「良いでしょう。あなたも魔女となったのなら、もう子供ではない。
技前を見せなさい。美喜」
そしてそこに佇む扶桑の軍人の姿を見、エイミーは本日何度目かも分からぬ驚愕に襲われた。
そこには二対の扶桑刀を構え、鷹の翼を頭上に顕現させた母親の威圧溢れる姿があった。
「お母さま!?なにを考えてるんですか!?」
「見苦しい…竹田の魔女ともあろうものが、そんな脆弱な使い魔と契を交わすなど」
三度、激しい刃の応酬が室内で繰り広げられる!
それをしているのは血の繋がった正真正銘の母娘だ!
「やめて!おかあさまっ...!!」
「なんですかその太刀筋は、なんですかその構えは!!そんな軟弱な剣、誰に教えられたのです!!」
交えた数太刀だけでわかる。
その母親の太刀筋は、かつて最も優れた刀の使い手と感じた坂本美緒のそれに匹敵、いや、それ以上まである。
さらにはその刃が纏う魔法力の凄まじさたるや!
エイミーは無意識の内に、美喜が持つあの膨大な魔法力に納得していた。
「そんなに魔女でありたいのなら!扶桑海軍で幹部教育でも受けさせてやりましょう!リベリアンの手先になり、どこの馬の骨と分からぬ野良猫のロマーニャ人と肩を並べ戦うなど!」
「──そんなの、それに何年かかるの!?そのあいだに何人の人達が…」
「勝手に死なせておきなさい、あなたの命に比べれば欧州の人間が幾ら死のうが」
──ぞわり
その身勝手極まりない言葉に、エイミーの怒りと殺意は、母親に刃を向けられる戸惑いを上回った。
「イヤァァァアアーーーッッッ!!」
次の瞬間、戸惑いに顔を歪めたのは今度は母親の番だ。
横薙ぎの一閃を肘と膝で白刃取りし、強烈なチョップが刀の腹に浴びせられる!
「ぬぅっ…!?」
すかさずもう一振りの刃が払われるが、未来予知の魔女に直線的な攻撃など、パリィの餌でしかない。
「あなたが…いいやお前が野良猫とのたまうロマーニャの魔女の皆さんに、私は救われたんです…!!」
2対の扶桑刀と相対する二振りの苦無刀が煌めく。
「こんな刀!!坂本さんや!!!」
二度、チョップが刃に放たれる。
「──僚機さんのッッッ!!!」
三度、拳が刃に叩きつけられる。
「──フランカお姉ちゃんのッ!!足元にすら及ぶものかァァああッッ!!」
四度、苦無刀による斬打の応酬に晒された竹田亮子の扶桑刀は、ついに限界を超え砕け散った。
「美喜ぃぃッッッ!!」
「違うっ!私は、アマンダ・ミシェル・プラマー!!」
殺戮の魔女は一切の殺意を隠さず、怪異に向けるのと同じ敵意を眼の前の相手に向ける。
「…なるほど、竹田の魔女に恥じぬ程度の技前は身につけたと見ます。良いでしょう。ならばもはや、お前は私の娘ではない!」
「……!!」
自分の殺意を上塗りするかのように眼の前の女性から放たれた敵意と魔法力。
彼女が今まで手を抜いていたのだとエイミーは今になって気づいた。
───おかあさまぁぁっ!!
「…ぐっ…!?」
不意に脳裏に響く叫び声、揺らぐ意識。
彼女は堪えきれず膝をつく。
「みき…!?まさか、おきて…!!」
しかしその頭上に振り下ろされる扶桑刀に、対応することができない!
──カキィィン
だがその扶桑刀が彼女に届くことは無かった。
「……アナタは」
渾身の一振りを容易く防いだのは、扉から飛び出した小さな影。
青いツインテールをたなびかせ、赤く燃ゆる扶桑刀を構えるその姿を、一体誰が見紛おうものか。
「…エイミーに!わたしの妹にっ!!手をださないでーっ!!!」
その瞳に宿るのは、出会った時と何ら変わらない硬い決意の光。
ロマーニャの魔女、フランチェスカ・ルッキーニは毅然と言い放った。
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