はいごめんなさい。
「良い、素晴らしい太刀筋ですロマーニャの幼き魔女!!お前の師は誰だ、いいや言わなくとも良いです、言い当てましょう。この流麗かつ大胆な剣使いは───」
「うじゅーっっ!!うにゃにゃにゃぁぁあぁあっっ!!」
あーつら。
ぐらぐらする意識を保ちながらお母さまとお姉ちゃんの凄まじい剣舞を見守ります。
何とか助太刀したいですがこれでは無理ですね。
これやっぱり美喜が起きようとしてますね、そのせいで影響が。
「横川、いや、北郷か!!」
「人に刃物向けちゃダメなんだよ!よしかにいーつけてやるんだから!」
「否、あの魔女の刀より気合が練られてる…そうか、まさか北郷の弟子、なら若本!」
「うにゃーっ!だぁれーっ!?そもそもおばさん誰なのーっっ!!」
ああ、お姉ちゃんまったく変わってなくて安心しました。
「いや、あの小娘の剣はもっと理知的で冴えていた。ああ、もしやあの泣き虫眼帯の?」
「んえー?なきむし…?」
ニコリと微笑むお母さま。
「そうか坂本、坂本美緒か!はははは!ならば北郷の孫弟子か!面白い、遠い異国の地で曾孫弟子の刃を味わえるとはな!」
「おばさん何言ってるのぉ!?もーやめてってばぁ!!」
瞬間、大振りの一薙を放ったお姉ちゃんが私の手を握り駆け出しました───窓へ。
「エイミー!手、離さないでね!」
「えっ、ちょっ……うん!!」
躊躇いますがお姉ちゃんが間違う訳がありません。私はその手を信じぎゅっと握ります。
───パリィィン!!
「美喜!!」
遠ざかるお母さまの声とストライカーで何度も感じた浮遊感。
ですが今の私達には
「お姉ちゃんのからだぎゅーってしててね!ぜったいだよ!!!」
言われた通りそのおっきな胸の中に顔を埋めて抱きつきます。
あ、よく見れば地面に待ち構えてる人が居ますね、あれはリベリオンの士官服?
「わっわっわ、なんでそんなことになったんですかぁぁぁ!!」
「来るぞジェーン、かまえろ」
「ジェーンーっっ!!ドミニカーっっ!!」
ああ、どなたかと思ったら504のリベリオン魔女のお二人でしたか。
魔法力を纏いシールドを展開した二人の腕の中にどすん、と私達の身体が受け止められます。
「何があったんだ、囚われのお姫様の救出劇だなんて聞いてないぞ」
「なんかねなんかね!!こっわーい刀を持ったおばさんがエイミーに襲いかかってて───」
───ドスンッ
もう一つ、遥か上空から堕ちてきた影が私達の隣に落下してきました。
ああもしかしてガラスの破片かな?
「…美喜、まだ母の話は終わってませんよ」
…マジですか?
スーパーヒーロー着地を決め鷹の翼を生やしたお母様が、ドスの聞いた声で私に語りかけます。
「───コイツはヤバいな、車に急げ」
「えっ、お母さま?エイミーちゃんって孤児院にいたんじゃ...?」
「早く!!」
言うや否やドミニカさんは駆けながら懐からホルスターを取り出し頭上の──吊り下げられた鉄骨の束を撃ち抜いて。
おお、これならお母さまは私達を追う事は出来ませんね。
「小賢しい」
それらをお母さまは見すらせずに一閃のもとに真っ二つに切り捨ててましたぁ!?
「やややヤバいですよ大将!!早く出して!!」
「分かってる、喋るな噛むぞ!」
「美喜、怪異を殺戮する修羅と為るなら止めはしません。ですが殺す相手は身近にいるのではありませんか」
額を抑える私に刃を向け、静かに語りかけるお母さま。
「リリー・グラマン。あのリベリアンは取引の後にお前の船へ向かうネウロイを知りながら見殺しにした、忌むべき女。」
「…!!?」
お姉ちゃんが息を呑んだような表情を見せますが、私も同じような表情になっていることでしょう。
リリーさんが…見殺しに?あの夜のネウロイを知っていた?
「そんな矮小な悪党の元で、復讐が果たせられるとは思いません。お前も竹田の魔女なれば、刃を向ける相手を違わぬこと」
話は終わりとばかりに刃は降ろされ、背を翻します。
そして入れ代わりのように、その向こうからは黒スーツの扶桑人の男性達が!
「…大将!」
「わかってる!!」
四輪駆動のエンジンが唸りを上げ、猛烈なスピードでその場を走り去る。
あっという間に母の背中は小さくなり、やがて点になった。
「…おかあさまぁっ……はっ?」
「だいじょう…あっ?」
口から気付かず漏れ出た、悲哀が込められた幼い声。
はっと塞いだ両手に滴ってきた水滴が、目から溢れた涙だと気づくのに時間はかからなかった。
「ひぐっ…うわぁ、おかあざまぁ…」
おかしいですね、一抹の寂しさこそ感じたものの、嗚咽を漏らすほど悲しい感情はないはずなのに。
ああならやっぱりコレは美喜の感情が私に浸食してきて──
「…えいみー…」
泣きじゃくる私の頬を、お姉ちゃんの温かい手とロマーニャの冬の風が撫でました。
──▽▽──
ローマにある504統合戦闘航空団の基地。
ロマーニャ軍再編により新たに建設されたその航空基地には現在、在する魔女は少ない。
ジェノヴァ奪還作戦、またシチリア島の防衛線からその504所属の多くの魔女達が帰還していないからだ。
「そう、ならひとまずはエイミーさんの身柄と安全は確保できたと言う訳ね」
「ああ。いま姉妹仲良くフロに入ってるよ」
その人気の無い庁舎の一室、504の戦闘隊長の竹井大尉。
彼女は執務机を挟みリベリオンの魔女二人と向かい合っていた。
「とにかく、これでフェデリカ隊長にも、リリー中佐にも良い報告が出来るわ。」
「しかし難儀だったなぁ。行方をどこの軍に聞いても知らぬ存ぜぬで」
「仕方ないですよ…どこの軍も大混乱だったんですから」
上司の前でポケットに手を突っ込みながら呟くドミニカ。
それを視線でジェーンがたしなめるがおくびにも出さない。
「まぁ私らも驚いたけどな、トリノが陥落したと思ったら数週間後に奪い返したって聞かされて、その上ヘルウェティアから来た巣を返り討ちにして解放した。なんてな」
「ええ…とんでもないことよ。今大戦が始まって以来の快挙、偉業と言っても過言じゃないわ」
「そのせいで私達の活躍が話題に昇らない」
「それは言わない約束よ」
肩をすくめ冗談めかして言うドミニカに竹井が微笑む。
そう、ジェノヴァ奪還作戦の中核を担った504の魔女たちの面々の活躍は凄まじいものだった。
ルッキーニというロマーニャ随一のエースの働きもあったにせよ、その功は間違いなく偉大で誇られるものなのだ。
現にロマーニャの戦況を伝える欧州各地の新聞では(トリノが解放されるまでは)彼女達が連日一面を飾り“
「チビ達はどうする?」
「隊長達がシチリアから戻るまでは保護します。今のあの二人の立場は複雑ですから」
思案を巡らすように竹井は目を閉じる。
「…特にエイミーちゃんはね。」
それにつられるようにドミニカも腕を組み逡巡した。
「…本国は連れ戻そうとしてるぞ。今やアイツは英雄だ、“
ジェーンがそれに同意する。
事実彼女たち二人も同じような理由で本国へ何度も連れ戻されそうになっていた。
その度に当時上司だったリリーが阻んでいたが。
「…フェデリカ隊長から聞いた話だけど」
前置きし、竹井は言葉を続ける。
「ロマーニャ公から直接あの子達に褒賞、勲章授与して赤ズボン隊に入隊させようって話よ。国を何度も救った英雄の魔女姉妹だもの、当然といえば当然だけど…」
「他国の魔女を赤ズボン隊に?」
「前例が無いわけじゃないわ。アンジーだってそうよ」
アンジーは504の新人、ヒスパニア出身の魔女だ。
ヒスパニア戦役のさいロマーニャ義勇軍で活躍した彼女は、その出身に関わらず赤ズボン隊への入隊を認められた。
現在彼女は赤ズボン隊の面々と共に南部防衛線に赴いている。
「…ヘルウェティアも黙ってないだろうな、自国解放の英雄だ。再建の為の象徴としては喉から手が出る程欲しいに違いない。」
「それを言うならガリアやカールスラント欧州各国もよ、もう既に『ルッキーニ少尉とプラマー軍曹を501に原隊復帰させろ』って言い出してるわ」
「モテモテですね、あの子達」
「ああ、代わってやりたいくらいだ」
ドミニカが戯れにジェーンの肩を抱き寄せる。
それに満更でもなく頬を染める彼女たちの姿に、竹井はあの幼い魔女達の行く末を僅かに案じた。
「…話は変わるが竹井、扶桑の海軍について聴きたい」
「え?」
その目からは一瞬前のおどけた様子は消え、真剣そのものだった。
向かい合う竹井も自然に指を組み直す。
「…どうせ後でチビ達が話すだろうから隠さないが、エイミーを匿ってた奴らは扶桑海軍だ。しかも首魁は元ウィッチのエライさんだ、知らないか?」
「何ですって?そんな話…扶桑からは何も聞いていないけれど」
「ですが、あの服は確かに扶桑海軍の士官服でした。階級章ははっきりとは見えませんでしたが、恐らくはそれなりの階級の方だと」
ジェーンもドミニカの言葉を肯定する。
事の次第を知らない竹井は天を仰ぎ言葉を失った。
なぜここで扶桑が出てくる?しかも自身と同じ海軍だと?
「追い打ちをかけるようで心苦しいが続けていいか?」
「まだあるの?」
「ああ、それも多分ヤバい。爆弾だ」
「爆弾…ね」
「それも2つ」
「……」
竹井は再び頭を抱え天を仰ぎ、手の平を差し出して言葉を促した。
対するドミニカは相も変わらず飄々とした涼しい顔だ。
「そのエライさんの元ウィッチのことを、エイミーは『お母様』と呼んでた」
「えっ」
目をぱちくりと点滅させ呆然と口を開ける。
「…あの子、リベリオンの孤児院出身じゃ」
「公にはそうなってる、記録もな」
竹井は目をつぶりコブ茶を一口喉に流し込んだ。
大丈夫、私は冷静だ。
たとえ何か恐ろしい事の裏側を覗き込もうとしていても、冷静さは失ってはいけない。
「大将。アレは…」
「ジェーン、私達の今の上司は竹井、そしてフェデリカ隊長だ。中佐殿への義理はあるが別の話だ。」
「??」
小声で言葉を交わすドミニカ達に竹井は首を傾げる。
何の話をしようとしているのか、竹井には皆目検討つかない。
「…これは私は真偽は知らない、ただその扶桑の女性士官が言っていただけだ。『リリー中佐がエイミーの乗ってた船を見殺しにした』ってな」
「……」
「…何をゴソゴソしてるんだ」
「この部屋、盗聴器とかないわよね?」
「ビビりすぎだ、とは言うが一応調べるか」
一通り机の下やジェーンの衣服の下の飽満な肢体を執拗にボディチェックした後、ドミニカ達は話を再開した。
「……」
「……」
「……」
しかし、誰一人として言葉を発そうとはしない。
気まずい沈黙と居心地の悪い空気が部屋に満ちる。
「…『リリー中佐の黒い噂はほとんど事実』って本当なの?」
「例えば。」
「グラマン社の製品の導入を拒否するリベリオン政府高官を暗殺したとか…それも数名」
「…」
「それを知って寝首を掻こうとした部下のウィッチを自ら手に掛けたとか」
「…」
「そう…」
その無言の意味を竹井は無言で噛み締め、傍らのジェーンは頭に疑問符を浮かべ慌てていた。
ドミニカは何でもないという顔でポケットからガムを取り出し、口に放り込む。
「私らがどうしてあんなに長い間アイツの下にいれたと思う」
窓を見やる、少し冷たく透き通ってきたロマーニャの風がカサマツを撫でていた。
「アイツのやることに興味が無かったからだ。」
「……」
竹井は黙って冷め切ったコブ茶を飲み干した、味はしなかった。
額を抑え、声にならぬ声を漏らす。
「もう興味がないでは済ませられないわ。今の彼女は世界的英雄よ、その出自に何か裏があったと知れたら」
「愉快なことになるな、はは」
「…リベリオンと扶桑の関係に大きな亀裂が入りかねない。そうなれば統合政府は」
「瓦解もあり得る?」
「過言じゃないわ…。これは、とんでもない爆弾よ、ドミニカさん」
竹井はおもむろに卓上の電話を取り、通信手に連絡先を伝えた。
「どこへ」と尋ねたドミニカに「隊長」と短く返し、呼吸を整える。
これはもう彼女一人の手には余り過ぎる。信用できる相手に相談しなければならない。
「…行くぞ、ジェーン」
「えっ大将!もう良いんですか?」
「今話すべきことは話した。私達の役目は終わりだ」
「で、でも」
「行くぞ」
「…はい」
有無を言わさぬそのドミニカの態度に、ジェーンも黙って後を追い退出するしかなかった。
そのせいだろう。
その後竹井の部屋から聞こえてくる、悲鳴にも似た大声に二人が気付かなかったのは。
「リリー中佐が…撃墜された!?」
──▽▽──
「め、しみない?」
「ん…だいじょう、ぶ」
髪を洗い流され、ネコのように震え水を切るのはエイミーだ。
浴場の洗い場に腰掛ける彼女は、姉のような存在であるルッキーニになされるがまま洗われていた。
その小さく幼い手が、幼くもそれよりも大きな手にひかれる。
───ぽちゃん。
竹井の一存によって作られた504基地のこの大浴場は、今や彼女達だけの貸し切りだ。
立ち込める湯気が白く霞み、彼女達の起伏に乏しい裸体を隠している。
「……気持ちいーねー」
「…うん」
暖かく、心地の良い湯の中の段差に二人腰掛け、身体をより合わせる。
彼女達の年の差は3歳、成長期の少女達にとってその年の差は余りにも大きい。
ルッキーニの肩にもたれ掛かるエイミーの背は、その胸元あたりまでしかなかった。
「……」
「……」
沈黙が続き、静寂と湯気だけが広い浴場を包む。
だがそれは決して居心地の悪いモノではない。穏やかで、心が癒される無言の静寂なのだ。
「……ふふ」
数多の戦場を、数多の地獄を手を握り合い駆けてきた彼女達の心の繋がり。
互いの使い魔さえも姉妹の絆で繋がっている二人のその間に言葉などいらないのだ。
こうして静かに手を握り合い、温もりを伝え合う。
それだけで十分以上に尊く、かけがえのない交わりであるのだ。
「エイミー」
「…ん」
「つかれてるでしょ?」
「……そうかも」
その小さい肩を抱き寄せる。
この小さな肩に、今回の戦いでどれだけのモノが背負われたのだろうか?
一緒に居られることは出来なかったのだろうか?
いや、それよりもさっきの扶桑人に言っていた『お母様』とは────。
彼女はそれらの疑問を、一瞬の瞬きの内に全て消し去った。
目の前にこの子が、エイミーがいる。
それだけで、良いのだ。それ以上に何が必要なのだろう?
「…」
ちゃぷり。
風呂の水面から伸びた手がエイミーの小さな、小さな身体を抱き包む。
「よく、がんばったね」
「……ぅん」
この時、初めて彼女は自身が疲労に疲労を重ね、疲れ果てていたことに気付いた。
精神的にも、肉体的にも。
それも仕方あるまい。あのアルプスでの決戦以降、彼女はなおもたった一人で戦い続けていたのだ。
救助隊の兵士達をネウロイから守り抜き、ヘルウェティアの廃棄された基地にたどり着いたと思えば。
連絡手段もなく、再び決死の山岳突破を試み、ロマーニャへ舞い戻り、再びアルプスを越えた。
『(私しかいないんだ、私しか)』
隊長は心身の限界を超え伏せ、戦える魔女は自分だけ。
基地の周りに現れるはぐれネウロイを駆逐し、ヘルウェティアへ来る部隊を守り続けた。
共に戦った魔女達を帰らせるため、死体を背負ったまま戦ったこともあった。
本国との連絡や、各国の部隊との調整も自身がやった。
ヘルウェティアのウィッチを教導もした、指揮もした。司令官の真似事までやった。
ずっと一人で。
全ては、死んだ者達から継承したモノを無駄にしないため。
「休んでもいいんだよ」
「……」
両の翠の瞳が薄れ、濁っていた。
501に居た頃、ミーナが微笑みながら染めてくれた翠のインナーカラーももう掠れている。
「だいじょうぶ、お姉ちゃんがいるから、ね」
そうして見つめ合い、どれだけの時が二人の間に流れただろうか。
やがてエイミーはその瞳を閉じ、力なくルッキーニの胸の中へと身を預けた。
その顔は穏やかで、幼かった。
「のぼせたのか?」
不意に背後からかけられた声に、ルッキーニはエイミーを起こさぬよう静かに振り向いた。
「ドミニカ。ジェーン、ううん、ちょっとねてるだけだから」
「そうか」
「…ふふ、かわいい寝顔ですね」
タオルを巻いたグラマラスな肢体を持つ二人のリベリオンの魔女がそこには立っていた。
明るいその情熱的な性格(そしてそのスタイル)故、彼女達はすっかりルッキーニと打ち解けている。
「聞いてた通り仲が良いな。で、どこまでやったんだ二人とも」
「…うじゅ?どこまでって?」
「た、大将…何を聞いてんです────んむぅっ!!?」
「んちゅむっ──ぷふっ♪これのことに決まってるだろ。私のジェーン。」
その一連の熱く情熱的で蠱惑的な交わりを、ルッキーニは頭に疑問符を浮かべ見つめていた。
「ねぇねぇ?それってなぁに?」
「んー…これか?そうだな、教えてやろう、これはな────」
そういってドミニカは伝え始めた。
魔女同士が深く熱く激しく────愛し合い、交わりあう方法を。