「あ"あ"...もう...」
最初にこの地獄に囚われたのって、もう何日前、いや何十日前だっただろうか。
バカみたいに動画の挨拶を喋りながらプレイしてて...本当にもう....。
いや、もう今さら、本当に今さらだ。
顔を上げると燃え盛る甲板、死体、刀を取り出して果てた従者。
そして重傷の小さな少女の身体に履かされた、零戦ストライカー。
「....もう、実家みたい...はは」
また帰ってきた、この場所に。
何度死んでも死ねない。
何度ネウロイの赤い熱線に貫かれ、何度海の中に溺れ、何度失血して、何度ストライカーが爆発して死んだだろうか。
その度におぞましい死の寒さにうち震え、あの恐怖に苛まれるのだ。
「もう、なれちゃったなぁ...げおっ...」
軽く息を吸い込み、ぐっと力を込めエンジンを稼働させる。
血にまみれた白い病衣が、肩まである黒髪が舞い上がりはためく。
もはやこれも慣れた光景だ。飛行回数だけなら私はもう百回はまず余裕で越えているだろう。
「―――ふっ。」
小さく息を吐き出し、従者の死体から短刀を奪い取ると、たったひとりで地獄の星空へ飛び立つ。
初めの内は、ストライカーで飛ぶことすらままならなかった。
20回を越えたあたりでやっと上下、30回くらいでやっとそれに加えて前後、そして左右に羽ばたけるようになった。
40回を越えたころにはもう、ゆっくりとなら自在に空を駆けられるほどにまで上達していた。
その頃だっただろうか、一度逃げることに成功したのは。
離陸して、即離脱。燃え盛る船とネウロイ達をちらりとも振り返らず、ただひたすらに逃げ出した。
勿論簡単に見逃してくれる訳もなく、嵐のような暴力的な熱線は当然降り注がれる。
ただこの頃になると、やっと数十発程度の攻撃の未来予知にはまともに対応できる程度の操縦が可能になっていた。
そのおかげで…もちろん無傷とは程遠い満身創痍にはなったものの、ネウロイ達の射程内から遠く離れることが出来たのだ。
その時はもう…それはもう喜んだものだ。
血がドバドバ溢れ出す大量の傷も忘れ、両手を広げて涙すら流したのをしっかりと覚えている。
そしてそのあとに表示された、絶望的なメッセージも。
《―――護衛目標が全滅してしまいました。》
「……は?」
そしてその文言の意味さえ理解できず、また再び燃え盛る甲板に連れ戻されて―――。
「ぁぎゃぁ”ぁ”ぁ”……ぐぅぅぅぅっ…!!」
それからだった。
従者の死体から刀を剥ぎ取り、ネウロイ達をーーーそう、5体の大型で、ただ逃げるだけでも50回近くリトライした相手達。
それらを倒す為の更なる地獄の周回がスタートしたのは。
そうして恐らく100回目をもうとっくに超えただろうが、進捗は絶望的と言ってもよかった。
今回もいつも通り、とにかく海面スレスレを、とにかくネウロイと並行になるように全速力で飛びまわる。
3次元的な空中戦闘では、縦、横、奥の軸のいずれか一つでも、攻撃する側と合ってしまってはダメだった。
空のはるか高くから撃ち下ろされてる位置関係上、のんきに上昇や下降なんてしようものなら相手から見れば動かない的も同然なのだ。
吹き付ける風圧が、跳ねる海水が、かすめた破壊の熱線がどんどん身体を蝕み、激痛に苦悶の声が漏れる。
「やんだっ…上昇、今…」
雨の勢いが僅かに緩んだ間隙を縫い、機首を上げて上昇する。
これももうお決まりのパターン…と言うよりこれ以外に方法がない。
だって自らの武器はこんな短刀一本だけ。銃なんて便利なモノありやしない。
近づかなければあのネウロイ達を倒せない。この地獄から抜け出せないのだ。
70回目くらいでやっと、攻撃がパターン的になっていることに気づき。
80回目あたりでようやく、リロードというか、数十秒ほどの砲撃の後にはしばらく空白の時間があることに気づいた。
―――ピロン、ピロロロロロロロロロ
でもそれはもちろん、大型ネウロイ一匹だけの話で。
たとえ一匹が休憩時間に入ろうが、他4匹はそんなこと知ったことではない。
私を狙いすまし、降り注ぐ無数の閃光のアラートのカーテン。
あぁ、でもまだ2方向しか真っ赤になってないだけ今回は運がいいなぁ。
「ぐぎぃぃっ…!?いぁ、ぁぐぅぅっ…」
片側の脚にだけ力を込め、出力を思い切り上げて空中でロール機動を繰り返し、狙いを散らす。
100回目くらいでこんな動きも出来るようになったが、強烈なGは傷口を無遠慮に引き裂いた。
自分が動いた軌跡に沿って鮮血が撒き散らされ、そのたびにあの恐ろしい寒さが近づいてくる。
「はや、く…はやく、ころさないと…」
失血死も何度も経験したし、のんびりとチャンスを伺うなんてことは出来ないようだった。
やっとの想いで何とか一番近い大型ネウロイの懐に潜り込み、刀を抜き放つ。
この一番高度の低いネウロイのコアの位置は尾びれの裏側。ここまでたどり着けれるのは10回目くらいだ。
「……死ねッッ……!!」
両手で思い切り、逆手で持った短刀を忌々しく輝く赤い球体に叩きつける。
ガキン、という小気味良い音と同時に、辛うじて分かる位の小さなヒビが入った。
…そう、当然なのだがこんな刀で、こんな子供の小さな細腕。
そのうえ傷だらけで満身創痍の状態では、むき出しの弱点さえ破壊するのに非常に時間がかかった。
「はやくっ…はやくっ…!!」
―――ガキンッ、ガキッ……ピキピキッ
およそ10数回に渡る叩きつけの末、やっとその時は訪れた。
一際大きく刃が食い込んだかと思えば、細かい亀裂がコア全体にいきわたり、粉々に砕け散る。
その瞬間ついにやり遂げたのだ。あの大型ネウロイのうちの一匹を、こんな最悪の状態で倒してのけた。
ここまで来れたのは、まだほんの数回目だった。
思わず頬が緩み、体中に達成感がみなぎるのが感じられる。
だが、それがいけなかったのだろう。
「あっ…!?しまっ…ぁ…」
コアが粉々に砕け散り、死体と化したネウロイの巨体が次にどうなるかなど、分かりきってたハズだったのに。
遠目から見たら白い粒子と化し霧散するようなその現象は。
至近距離では無数の鋭利な白化した装甲の破片の雨となり、思い切り私の体に降り注いだ。
無論、視界に未来予知によるアラートは表れた。
でも考えてみて欲しい、大雨の日に雨粒の落下先が表示されたとして、果たして全て避けれるだろうか。
当然、できるわけがない。
―――ぐしゃり、ぶしゅっ、ぐごぎゃ、ん”み”じぃ
聞いたことのない、何かが何度も抉られ突き刺さる音が耳に響き渡った。
どこに刺さったかすら、目視で確認することができない。
だってもう目にも、細かいナニカが突き刺さって何も見えなくて。
いや、血の赤だけだ。見えるの。
―――ピロン、ピロロロロロロロロロ
身体から熱がどんどん失われ、奇跡的にまだ聞こえてた耳には無常なアラート音がつんざいた。
そしてただ落下するだけの哀れな死に体の私の体は、次の瞬間巨大な閃光の中の黒い影と化し、消えた。
140回目。
1体目を撃破したけど腕が千切れたせいで失血死した。
162回目。
2体目に近づけたものの船が全滅した。
211回目。
2体目の懐に潜り込めたが、刀が折れて胸に刺さって死んだ。
247回目。
やっと2体目のコアの場所が分かった。背中の装甲の奥深くだった。
289回目。
どうやっても2体目のコアまで装甲を剝がせない。刀以外の武器を探す。
290回目。
この世界の拳銃はカス。
299回目。
何度理由を説明して銃を貸してもらおうとしても、話を聞いてくれない。
302回目。
兵士を殺して銃を奪おうとしたら撃たれて殺された。
332回目。
やっと一隻なら兵士を全員殺せるようになった。でも銃の弾は私の体の中に全部撃ち込まれてしまった。
358回目。
ついにやった、弾を残して兵士を全滅させれた。
でも失血していた所を隣の船の兵士に撃ち殺された。
370回目。
久しぶりにネウロイと戦った。1体目はもう簡単に殺せるが、やっぱり2体目のコアが見えない。
452回目。
疲れたので星空を眺めてた。そのまま沈んで死んだ。
571回目。
ビームを誤射させて2体目のコアを初めて露出させた。でも私ごと貫いて死んだ。
641回目。
シールドの存在を思い出して練習してみたが上手くいかない。発狂した兵士に撃ち殺された。
688回目。
シールドは諦めた。鳥が目に刺さって死んだ。
745回目。
一切被弾せず無傷で2体目のネウロイのコアを壊した。でも失血でそのあとすぐ死んだ。
943回目。
死ぬ原因がほとんど失血になってきた。
1221回目。
もうネウロイの攻撃はしばらく当たってない。でも時間が足りない。すぐに失血死してしまう。
1459回目。
傷を焼いて塞ごうとしたら焼け死んだ。
「つかれた」
疲れは綺麗さっぱり消えてくれる。
ちゃんと元通り破片でお腹が切り裂かれ、打ち付けられた頭はきちんと血が溢れたままだ。
目覚めてすぐ、いつものように短刀を剥ぎ取り、すぐに甲板の炎に近づいてお腹を捲る。
「ぅぎゅぁ」
皮膚の表面を炙って溶かし、傷口を塞ぐ。
もちろんすっごく痛いけどもう声を上げるのもめんどくさい。
頭の傷も焼いて塞ごうとしたが、上手くいった試が無いので放置で。
じゃあ死にに行きましょう。
脚に力を込めてストライカーのエンジンを吹かし、短刀の鞘を投げ捨てる。
逆手で柄を握り、地獄の夜空へと駆け上っていった。
数百mほど高度を上げると、いつも通りにネウロイから熱線の雨あられの歓迎が出迎えてくれた。
カスるだけで命を落とす、代り映えのしない直線的なビームの嵐。
でも今はもうこれに当たって死ぬことはほとんどない。
だってこんなの、ロール回転と軽い旋回を交えつつ上下左右に機体を振って狙いを散らしながらランダムな加減速しつつ曲線的な軌道で動いて、誤射を誘導しつつ死角に潜り込めば滅多にあたらない。
それに加えて事前にアラートと射線まで教えてくれるんだから、何でこんなのに当たってたのか今では理解できない。
「・・・ぐ、ぼぉっ・・・!!」
でも回避だけで勝てるならこんなに私は苦しんでない。
激しい回避行動は風圧で傷口をぱっくりと開かせ、身体にかかるGは潰れた内臓から血を絞り出す。
それにあの巨体に接近するためには、どうしても避けきれない攻撃だって出てくる。
ビュンッ―――バシュゥッ
だからどうしても受けざるを得ない攻撃は―――この短刀で弾く。
予め射線とタイミングを教えてくれてる以上、難しいことではなかった。
でもこれだって弾いた閃光がそのまま身体を貫いて殺されたりしたし。
ビームの太さを見誤って弾けずそのまま心臓を溶かされたりした。
ここ数十回はそういったことも無くなったが、今度は代わりに刀が折れだして。はぁ。
「……はい一匹目。」
ストライカーの勢いをそのまま乗せた逆手持ちの刃が、むき出しのコアを抉り砕いた。
ここまではもう飽きるほど繰り返した。この後この死体を欠片に巻き込まれないように盾にしつつ、2体目に接近する。
「…はぁ。」
ここからが面倒なのだ。
今まで散漫だったネウロイの砲火が露骨にこちらを意識したものに変わってくるし。
そのうえ今までほぼ停止状態だった他の4匹の動きが、こちらから逃れようと距離を取り始めるのだ。
これがもう、死ぬほどどうしようもない。
回避だけでも血はどんどん溢れるのに、奴らに追いつく為に加速するとそれだけ風圧とGで更に血が流れる。
そもそももう、この時点で既に身体は冷たくなり始めているのだと言うのに。
「…。」
―――ピロロロロロロロロロロロロロロロロロ
こうなってしまうと、取り囲むように四方八方から包囲射撃が始まってしまう。
だから奴らの中央当たりに陣取って、そこでひたすら誤射を誘導するしかない。
自らの血をまき散らしながら、ネウロイ達の前で空中でひたすらダンスするのだ。飛来する死の閃光のヤジを避けながら。
最小限の機動でビームを避け、ひたすら焦れた相手が近づいてくるのを待つ。
これもまたお決まりのパターンだ。コアが分厚い装甲に覆われた2体目のネウロイを始末するにはコレしか考えられない。
五月蠅いハエを仕留めようと躍起にさせて接近するように仕向け、味方の攻撃を被弾させる。
「…いま。」
予知した攻撃の射線が目的のネウロイと重なった瞬間、緩めていたエンジンを引き締めて吹かしなおす。
いくつかの予知の射線が自らの胴体と重なるのも無視し、コアの位置に向かって全力で加速。
2発、4発と息の根を止めんと放たれる赤い閃光を刃で弾き、頭上に飛び込んだ。
―――ビュグンッ!!
次の瞬間、遥か遠くから放たれた赤い閃光が目の前の大型のネウロイの装甲を貫通し抉りぬいた。
辛うじてコアからは逸れたものの、その弱点は目の前の私にむき出しに晒されていて。
「…死ね。」
自らの血が滴る赤い刃をその結晶に突き立て、捻じ込むように抉り砕き散らした。
最後のあがきだろうか、私を呪うように砕けるコアの周りの黒い装甲がギラリと赤く瞬き、そこから赤い閃光が放たれる。
でもそんなの予知で分かっているので当たるわけがない。
身体の限界も近いので、首だけ軽く傾げて避けるがーーーその行方を予知で知らされた私はすぐにそのビームの後を追った。
―――ビュグンッ!!
何という幸運だろうか。その最後のあがきのビームの放たれた先には、さっきから私を一方的に打ち下ろしていた3体目が居たのだ。
見てみると尾翼あたりから白い粒子の破片を吹き出し、バランスを崩しこちらに墜ちてきている。
「は、ぁ…ぁぁ”…」
ストライカーのエンジンの音に、カラカラと空回りするような音が混じり始める。
視界の明暗が激しくなり、さっきまでカラーだった景色が白黒の殺風景なモノにいつの間に代わっている。
もう最初に溢れていた血も赤黒く変色し始め、眩暈とふらつきが酷い有様でうまく目を開けていられず、呼吸も難しい。
何より一番酷いのが、全身を包み込む、どうしようもない孤独で絶望的な寒さ。
あぁーーー寒い、そう、寒いのだ。寒い寒い寒い寒いさむいさむいさむいさむいさむい。
「ひ…ぃ、げ、ぼ……ぁ…」
それでも・・・諦める訳にはいかない。こんな幸運はもう滅多にないのかもしれないのだから。
幸運にも3体目のコアの位置は1体目と同じく裏側、この位置関係だと直接狙える位置なのだ。
ーーーピロロロロロ
かつてなく必死になってビームの嵐を弾く、避ける。
この終わらない地獄にようやく見えかけた光明なのだ、決してこの奇跡をふいにしたくはなかった。
だが気合と願いだけで壊れた身体が動いてくれるなら、そんな楽な話もない。
ふらついた機動のせいで見えていた閃光が幾度もかすり、新たな裂傷が白い肌に刻まれていく。
「ぁ”…ぉ”…!」
―――ガギン
そして、ついにその時はやってきた。
ついに、数千回という繰り返しの地獄の中でついに、5体中3体目のネウロイのコアに刃を突き立てたのだ。
それもしっかりと、根本まで。―――だが。
「…ぁ…」
ずるり、と力なく血まみれの柄を握っていた手が離れていく。
咄嗟に握りなおそうと力を籠めようとしても無駄だった。
それどころかその刀はどんどん伸ばした手から離れていき、遠ざかっていく。
「あ”ぁ”…も、う”…」
はっきりと、はっきりと見えてしまった。
貫いたコアに亀裂は入ったものの、それは決して致命傷にはなっていなかったことを。
ここまでの幸運と死に物狂いの力と、絶望する時間を尽くしてもなお、半分にも届かない現実を。
そして怒りを孕んだようなネウロイの赤い瞬きが、暴力的な熱線となって自らに降り注ぐ未来を。
「もう…やだ…」
最後に流したのは何百回前だっただろうか、そんな涙を今更になってまた再び流していた。
「だれ、か……だれか…」
どうしようもない苦痛と絶望と恐怖の中で、すがるように血まみれで破片まみれの手を伸ばした。
「…おねがい、たすけて……!!」
自らを貫く閃光を放たんと、頭上のネウロイのコアが光輝いて―――。
「うりゃーーーーッッッ!!!!!」
勢いの良い少女の掛け声と共に、爆散し粉々に砕け散った。
そして夜空に映える深紅の爆炎の中から飛び出してきたその影は、虚空に救いを求めた手をしっかりと。
死の冷たさに呑まれ、絶望に沈み、血まみれの手を強く、固く握って。
「もう、だいじょーぶだからね!!ぜったい離さないから!!」
その幼い顔に輝く笑みを浮かべたウィッチ、フランチェスカ・ルッキーニの手は、どこまでも勇気に満ちた温かさが溢れていた。