その少女、フランチェスカ・ルッキーニは激しい後悔の念を抱いていた。
自らの腕の中で弱々しく涙を流す瀕死の幼いウィッチ―――それもチビっ子と毎日のように揶揄される自分よりも、遥かに幼い年齢のだ。
その細く小さすぎる身体は余りにも悲惨で痛ましい状態で、握ったその手は自身の血で真っ赤に染まっている。
頭からぶかぶかのストライカ―を履いたそのつま先まで、無事なところなど何処にも無いという余りにも酷い状態で。
何よりも最も恐ろしかったのは、その凄惨な幼い肢体は氷のように冷たく、今まさに命が失われようとしているのが伝わってきたことだ。
(なんで、もっとはやく来てあげられなかったんだろ…あたしのバカーっ!!)
ストライカーを用いての夜間の脱柵のさなか、海上に不審に輝く光点がちらちらと見えたのはつい数分前のことだった。
脱走する前の基地はいつもどおりで、特に慌ただしい様子など無かった。
だからそれが何なのかを確認するために接近したのは、彼女の純粋な幼い好奇心からだ。
「うじゅっ!?なにあれ、すっごいピカピカしてる・・・!!」
大型らしきネウロイがいるのは遠目からでも確認できたが、その戦闘規模は彼女の予想を遥かに超えていた。
狂気的な程の無数の赤い閃光が、強烈な嵐となって海の夜空を飛び狂うその凄まじい光景は、エースである彼女ですら近づくのを躊躇させるに十分だった。
どこの大部隊が戦闘してるんだろう、何の作戦なんだろう。と思案すると同時に
(ヤば!もし戦闘してるのがロマーニャの軍だったら、連れもどされておこられちゃう…)
それは最愛のママと再び引き離されるどころか、ついさっき上官に叱られたばかりの彼女にとって最悪の未来だった。
あの遊び相手も優しい人も全然いないつまらない基地に連れ戻されて、もう一度キツいお説教やお仕置きがまっているかもしれない。
それを考えてしまうと、そのネウロイとの戦闘場所へ向かう気持ちを逡巡させてしまっていた。
ママに会いにこのまま見なかったフリをするか?それともあそこに飛び込むか?
命令違反をして出した戦果なんて、今までの経験で認められないどころか怒られると分かっている彼女にとって、その気持ちは非常に前者に揺らいでいた所だった。
そうでなくとも銃すら持ってないウィッチが一人参戦したところで、戦況が変わることなんて――――。
「…たす、けて……」
ピクリ、と魔力で聴力の強化された黒猫耳が辛うじて捉えたそのか細く、弱り切った声。
それがどこから聞こえたのか?誰が言ったのか?自分に向けられた言葉なのか?
でも、そんな無数の疑問は彼女にとってどうでも良く、関係ないことだった。
「……っ!!」
その声を聴いた瞬間、彼女はアイドリング状態にしていたストライカーのエンジンを一気に吹かし、目の前の光の雨の飛び交う戦場に飛び込んだ。
その表情は優しい母親に甘え、規律にうるさい上官に怯える少女のモノではない。
今そこにいる助けを求める者の声に応え、その手を掴もうとする一人の気高く、勇敢なウィッチのモノだった。
―――▽▽―――
「もうだいじょーぶだからねっ!!私がきたからっ!!」
腕の中でぐったりとしているウィッチに呼びかけながら、片手でシ―ルドを展開する。
その青い強固な盾は分厚い鉄板すら貫き、一瞬で数百の命を葬る死の熱線の嵐を易々と防いで見せた。
しかし彼女、ルッキーニの意識はシ―ルドよりも目の前の自らより遥かに幼いウィッチに向けられていた。
(あーもー!ちゃんときゅーめー?くんれん、聞いておけばよかった!!)
冷たい手を力強く握り、意識が途切れないように何度も声をかけ続ける。
辛うじて軍の救命訓練の中で覚えていた『声をかけ続ける』を、その命を救おうと必死に実行していた。
だがここは海上のはるか上空、その小さな体躯に刻まれた大量の裂傷から噴き出す血を止血することは出来ない。
辛うじて儚く、弱弱しい呼吸をしているのは確認できたが、その体からは今この瞬間にもどんどん熱が失われていっていた。
「がんばって!!あなたのママのことを思いだすのっ!!…そうだっ!!」
彼女はその細く血まみれの身体を、自らの身体が血まみれになることも構わず強く抱きしめた。
その氷のような冷たさに恐怖すらも覚えながらも、彼女はその命を救うために魔力を全身に漲らせる。
身体から魔力が溢れ―――それと同時に、熱く滾るほどの熱量が彼女の身体から発せられ始めた。
極寒の上空で、白い湯気が身体から沸き立つ程のその溢れた熱は彼女を通し、幼いウィッチへと伝えられる。
―――これこそが彼女固有の魔法、《光熱》を発動させた結果だった。
「…ぁ……」
命の温もりが、今まさに現世を離れようとしていた幼いウィッチの魂を繋ぎとめた。
文字通り生気を失っていた目にか細い光が戻り、青白い唇から掠れた声が漏れる。
どこまでも優しく、勇気に満ちたその少女の命の温もり。
それを本能的に求めるように幼いウィッチは、震える手ですがるように彼女を抱きしめ返した。
―――寒くない、寒くない。温かい。死なない。怖くない。あんしんする。
その絶望と恐怖で固まっていた幼い顔に、どこか柔和なモノが宿るのを笑顔で確認すると。
ルッキーニの顔は優しく美しい聖母のような慈愛の顔から、目の前の敵を倒すウィッチの顔になった。
(他にウィッチはいないし、どこにも軍のゴツゴツの船もいないよね?――――もしかして。)
この少女は、たった一人であの海上にいる船たちを守ろうと?
その考えに至った時、彼女は「うじゅじゅぅっ・・・!!」と上官に怒られるのを恐れ足踏みしていた過去の自分を激しく恥じた。
こんな小さな、どこの軍かは分からないが、自分よりも幼い少女が命を散らして孤軍奮闘しているのに。
そのうえ見れば使い魔すら失って、怪我の治療もせず血まみれの状態で戦っていたのに。
なのに私は寂しさにママに会いに脱走するどころか、目の前の戦いすらも見ないふりをしようとして――――。
「うじゅじゅじゅじゅっ……!!うやぁ―――っっっ!!!」
生まれて初めて感じるほどの、自身に対する激しい怒りとやるせなさ。
全身から魔力が溢れ、青白い輝きが全身を纏い、長い蒼髪が逆立つ。
マグマの噴火の如く胸の奥底から湧き出したソレを、彼女は目の前で未だこの幼いウィッチを殺さんとするネウロイ達にぶつけることに決めた。
――――ドゥルルンッ!!
「ホントにごめんねっ――――!!あんなヤツら、すぐにやっつけちゃうんだからっ!!」
かつてここまで、ネウロイとの戦いに彼女が意欲を見せたことはなかった。
ストライカ―の魔導エンジンがかつてない程の出力を見せ、とてつもない激しい加速を始める。
それはまるで世界最速のウィッチと名高い、リベリオンのシャーロット・E・イェーガーを彷彿とさせるほどの凄まじいブ―ストだった。
―――ビュンッ、ビュビュビュビュビュビュ
突然のその加速に戸惑ったように、残された2体の大型ネウロイ達は砲撃の嵐を見舞う。
しかしその余りにも激しい加速とスピ―ドに、その閃光は残像すら捉えられていないようだった。
だがもし仮に真正面から狙いを定められたとして、今の彼女のシ―ルドにはキズ一つ残すことは叶わなかっただろう。
二人分の重量、そして二人分の魔力によるGや風圧からの保護、そして二人を覆う程の大きなシ―ルド。更には傷つき凍える幼いウィッチの身体を温めることさえ続け。
そこまでの負担と無理を強いられてもなお、エースウィッチであるフランチェスカ・ルッキーニには、ネウロイ達は傷を負わすことが出来なかった。
「うりゃぁぁぁあああああ―――――――――ッッッ!!!」
そして一匹の大型ネウロイの懐に飛び込んだ次の瞬間、展開したシールドの先端から発せられた強力な《光熱》がそのコアを貫いた。
その腕の中でうなだれる幼いウィッチが、何回、いや何千回も試行して辛うじて成し遂げたその偉業を。
彼女は素手で、しかも負傷者を抱えた状態という大きなハンデを背負った状態でたった数秒で成し遂げたのだ。
そして貫かれたネウロイはまるで撃破されたことにやっと気づいたかのように、今になって白い破片への霧散を始める。
しかし、エ―スである彼女は撃破したことによる感慨や呆けなど微塵たりとも見せることはない。
一切スピードを殺すことなく周囲を見渡し、残された最後の一匹に意識を集中させた。
そしてその相手が、高高度から自分達を見下ろし撃ち降ろさんとしているのを一瞬も掛からず直観で把握した。
更にその大型ネウロイが、こちらから距離をとろうと加速を始めたことも。
「―――ふんっ!!」
再び魔導エンジンを全開稼働させ、再び超スピードで空を駆ける。
触れれば死ぬ閃光を見極めシールドで防ぎながら、全速力で加速し、同時に腕の中のケガ人を気遣い、左右の《光熱》の温度を調整し続ける。
そんな常人には到底出来ない複数の平行作業を、戦場という極限状態において彼女は一切のミスなくその全てを完璧にこなしていた。
その事実は彼女のウィッチとして天賦の才を雄大に物語り、エースという名前に彼女が相応しいことを証明していた。
しかし彼女の今の心の中にはそんな考えなど微塵も浮かぶことは無かった。
ただ目の前のこの少女を救いたい。この子を守りたいという勇気が、ルッキーニを突き動かしていたのだ。
「いっけぇぇぇぇぇええええ――――――ッッッ!!!!」
悲鳴のように大型ネウロイが狂気的な量の光線を彼女に浴びせかける。
しかしその全てを真正面から受けてもなお彼女の突進は微塵たりとも緩まる気配はない。
全速力で逃れようと、背を向けるネウロイとの距離がみるみる内に縮まりそしてついに。
――――バリバリバリ、ピギンッ!!!
銃すら寄せ付けず、鉄壁の固さを誇る装甲に厚く覆われたそのコアめがけ突撃したその一つ流星。
それはまるで飴細工のように容易く黒き巨体を貫き、その奥底に厳重に守られた弱点を打ち砕いた。
「ぁ…ぁぁ…」
そしてそのネウロイの身体が白化と崩壊を始め、霧散していく光景を。
それを今まさに成し遂げて見せたウィッチの腕の中で、シールド越しに幼い少女は涙を浮かべ見つめていた。
この目の前の光景をどれほど追い続けただろうか。
どれだけの地獄と苦しみと絶望と恐怖と死を繰り返しただろうか。それがついに、終わりを告げたのだ。
彼女…フランチェスカ・ルッキーニの手によって。
「もーだいじょーぶだよ。ひとりぼっちで、よくがんばったね。」
久しく長い間自分より幼い存在と接していなかった彼女は一瞬言葉に迷ったものの、すぐに慰めの言葉をかけた。
するとしばらく呆けたような顔をして彼女の顔を見つめていたが、やがて顔を歪めボロボロと涙と嗚咽を溢れさせ始めた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだからねっ。」
「ひぐっ…うぇ、ぐす…」
自身が泣いている時に、大好きなママがそうしてくれるように。
その小さな震える冷たい、傷だらけの身体を優しく抱きしめ、そっと頭に手を添えた。
―――でも、まだちゃんとこのコの血、とまってないよね。
怒られるとか、ママに会えなくなるとか関係ない。
一刻も早くこの子を基地に連れて帰り、治療を受けさせなければならない。
そしてこの戦闘のことも伝えて、海上にいる燃え盛る船の人たちも助けてもらわないと―――。
「―――えっ。あ、うそ…。」
「んにゃ?」
ふと、か細い聞こえてきた呟きに、震えが止まった腕の中の少女の顔を覗き込む。
何か体調に異変があったのかと思い心配そうにその表情を伺ったが。
その顔はさっきまでの安堵の涙とはかけ離れた、最初に浮かんでいた絶望と恐怖の顔で。
「――――ダメっ!!狙われてるッッ!!!」
そして次の瞬間、完全に停止していた彼女のストライカーが音が鳴り響き。
とてつもない加速でルッキーニの身体ごと急激な機動を始め―――――。
――――ズ、キュゥゥン
一瞬前まで彼女たちが居た箇所に無数の死の閃光が降りそそぎ。
その幼いウィッチの左腕は、その閃光の中の黒い影となって消えた。
―――▽▽―――
何だったんだろうか、今までの時間は。
何だったんだろうか、今までの奇跡は。
幾千回にも渡る終わりのない地獄に現れた、もう忘れかけてすらいた原作の存在、フランチェスカ・ルッキーニ。
その彼女が伸ばしてくれた手は、繋いでくれた手は、この地獄の中で何よりも輝く尊いモノだった。
そしてその女神がもたらしてくれた勝利によって、この地獄の旅は終わりを告げたハズだったのに。
なんで、どうして。
遠い空から現れた"7体"もの大型ネウロイ達は、閃光を煌めかせているのだろうか。
「―――くぅぅっ!!うじゅじゅじゅーっ!!」
左腕の肘から先を失い、もはや死に体の私を未だ見捨てずシ―ルドで守ってくれている彼女にも、さすがに限界はあるようだった。
2体の大型ネウロイの集中砲火をものともせず防いで見せた彼女も、流石にこの量には顔を歪めている。
でもその顔には未だ戦意が消えてない、こんな絶望的な状況でも未だ諦めていないのだ。
「もぅ…にげて」
「やだ!!!!!!!」
覇気の籠った大声で一蹴される。
その声には微塵も迷いなど感じさせない、固く強い意志が覗いて見て取れた。
「・・・すくわれた、から・・・うれしかった、から、もぅ・・・」
ビームの嵐は一向に収まる気配は無い。攻撃予知のアラートはつんざくように鳴り響き、視界の警告も赤一色に染まっている。
しかしルッキーニは、彼女は私というお荷物があるせいで両手でシールドも張れず、満足に回避行動もとることが出来ない。
だというのに未だ彼女は私の手を決して放そうとせず、未だに死にゆく私の身体を温め続けてくれているのだ。
「ぉねがい…しんでほしくなぃ…げ、ぼっ…」
「やーだー!!!!!!!!!!」
再びの懇願を、また強く一蹴される。
――――あぁ、なんて強く、優しく、勇敢な人間なんだろうか。
こんな彼女を、死なせる訳にはいかない。私はどうせまた無限の地獄に囚われるだろうが、せめて彼女には生きていて欲しい。
そうでなければ、私はきっと、永遠に後悔し続けるコトになってしまうから――――。
「ぜったい、ぜったい助けるの!ぜったい私が守るんだから!!」
離そうとした手を、強く握りしめられる。
その手はやはり優しい温もりと、どこまでも気高い勇気に満ちていて。
「―――ぜったい!この手を諦めないんだから――――ッッ!!」
「良く言ったわ、それでこそロマーニャのウィッチよッ!!」
次の瞬間、赤い閃光の嵐の向こう側で、大きな白い爆発が複数繰り返された。
―――▽▽―――
「こちら
「えっ、あの子達だけですか?他のウィッチや船はどこに…?」
「そんなのあとあと!さっ、僕らだけじゃないんだし、早くしないとスコア取られちゃうよ?」
その空域に現れた3人のウィッチ達は意識外からの息を合わせた集中砲火であっという間も無く2匹の大型ネウロイを仕留めて見せた。
残るネウロイ達が矛先を変え彼女たちに砲火を向けたが、フェルナンディアを中心とした3人の機動にはとても追いつけていない。
狙いを絞らせず、かといって無視をさせない絶妙な間合いを保ちつつ繰り返される攻撃に、残り5体のネウロイは完全に翻弄されていた。
その無数の戦線をくぐり抜け、洗練された彼女たちの連携による攻撃についに耐え切れなくなり、一匹のコアが露出した。
「フェル隊長ッ!!」
「えぇ、まかせなさ―――――」
――――パリン。
その露出した赤い結晶は、真横から飛来してきた小さな銃弾の雨を浴びて粉々に砕け散った。
「見たかジェーン。一匹やったぞ。」
「大将っ!?あーもう、こちらリベリオンの欧州派遣部隊のウィッチです!!赤ズボン隊の方ごめんなさい!!」
それを撃ち放った2丁の拳銃をクルクルと回転させたガラの悪いウィッチと、それに追随するウィッチまでもが参戦し。
無力な獲物を弄ぶ側だったネウロイが、完全に弄ばれる側になるのにそう時間はかからなかった。
そしてその目の前で繰り広げられる光景を、二人の幼いウィッチ達はしっかりと目に焼き付けていた。
「きゃはっ♪よかった!!ねぇ見てみて!!あんなにウィッチがい―――っぱいっ!助かったんだよわたしたちー!!…うじゅ?」
「…ぅん、よかった。ほんとに…。」
幼い血まみれのウィッチは、本当に、心の底からの真の安堵を浮かべた。
この繋がれた、私の冷たく血で汚れた手を握ってくれた、本当に優しく温かい、勇気ある手。
その彼女が、私と同じような辛い運命を辿るようなコトが無くて、本当に良かった。
「…ぁ…」
こちらを覗き込む、大きく、海のように深いエメラルド色の瞳。
その瞳に、今の私に出来うる限りの感謝のほほ笑みを返すと――――。
私は、意識を手放した。
↓評価頂けると励みになるんダナ(・×・)