リリー
「お疲れさまですフェルナンディア中尉。ご多忙の中わざわざご足労頂き恐縮です。」
「ぷっ…!『ご多忙』だって、ルチアナ?」
「ちょっともう、フェル隊長に聞こえますって…!!」
ロマーニャの南西に位置するティレニア海に接する軍港、その医務室に赤ズボン隊の3人のウィッチ達は訪れていた。
その目的は先日のシチリア島遠洋で発生した、大規模なネウロイの群れとの戦闘。
そこでフェルナンディアが救助、治療をおこなったウィッチの一人がここで治療を受けているからだ。
幸いネウロイ襲撃の予報もなく―――ある方が稀なのだが―――こうして本来の勤務地から離れた基地まで3人そろってやってきたのだ。
「幸いにもフェルナンディア中尉の治癒魔法のおかげで一命はとりとめましたが…なにぶん、酷すぎる状態だった上に、それに…」
「…えぇ、あんな小さな子供だものね。」
フェルナンディアはその時の事を思い出していた。
血まみれの二人の少女、涙を浮かべ叫び、必死に腕の中のもう一人に声をかけ続けるロマーニャの幼いウィッチ。
全身どこを見ても無事なとこなど微塵も見つけれない、凄惨な状態の幼い少女。
裂傷、火傷、痣、突き刺さった無数の破片、更には使い魔すら消え去り、左腕に至ってはその肘から先が失われていた。
――――マルチナとルチアナが彼女達のその惨状に気付き、ネウロイに集中していた私に伝えてくれていなかったら。
――――その治療のさなか、リベリオンのあのウィッチ2人がそれに気付いて援護してくれていなかったら。
「それにしてもさぁ、あの子があの噂のルッキーニ曹長だったなんてねー!問題児って聞いてたけど、すっごく良い子じゃん!」
「えぇ、あの小さなウィッチを助けようと銃も持たずに駆けつけて…。私達が最初に観測した5体のネウロイも、うち3体は彼女が倒していたそうですよ。」
「へぇ~!?やるじゃんあのチビっ子!ねーフェル隊長、ドッリオ少佐に頼んで赤ズボン隊に誘おうよ!実力もあるみたいだしさ!」
そんな静かな独白をしていたフェルナンディアの肩を、元気よくパンパンと叩くマルチナに彼女はため息を漏らす。
「チビッ子って…あなたと階級は一緒よ?それに銃を持ってなかったのは脱柵してたからで、いち早く駆けつけたのもそのせいらしいわ。…まぁ、確かに実力とその勇敢さは認められるモノだけど。」
「え"っ"?脱柵って、まさか、ストライカーを勝手に使ってですか!?」
「そうよ、噂になる訳が分かったでしょ。」
コツ、コツ、コツと、案内を始められて3分ほどが経った後、彼女達は一つの扉の前にたどり着いた。
そこは厳重に鍵で管理されており、どうみても普通の病人の治療をおこなう部屋に対する処置ではない。
「...聞いてはいたけど、ここまでする必要があるのかしらねぇ」
「申し訳ありません、彼女の軍属と素性が未だ確認できていない以上、上からの命令で...」
ガチャガチャと鍵を開けていく医務官の背を見つめながら、彼女はふむ、と独りごちた。
―――やはりこちらでもまだ確認できていないのね。
やがて開けられたドアの中に踏み込み、その広々とした殺風景な部屋の中央に――――彼女はいた。
―――▽▽―――
――――いやぁ、まさかこんなことになろうとは。
「・・・なるほど、目覚めてからずっとこんな状態で、こちらの呼びかけにも一切応じないと?」
「えぇ、怪我自体はフェル隊長の治癒魔法でほとんど塞ぐことは出来ているので、恐らく精神的なモノではないかと思われます。」
「だからバルバロッサ作戦やペデスタル作戦で精神医としても活躍なされたアナタの力を借りたいの…リリー・グラマン技術中佐。」
ふむ、とロマーニャ軍のとある基地に招待されたリベリオンのウィッチ、リリー・グラマンは顎に手を添えた。
自身と親交の深いウィッチ、ドッリオ少佐率いる赤ズボン隊のウィッチらから連絡を受けた時は何事かと思ったが、まさかこんなコトになるとは思っていなかった。
あのシチリア近郊の戦闘で、生き残った幼い扶桑人らしきウィッチがいる―――よもや裏取引の場で出会った幼い少女だとは。
「戦場で破損した数多のストライカーを修繕・改修しただけでなく、傷ついたウィッチや兵士の心までもを癒して再び戦線へと立たせた"天使"。
カウンセラーとしてあなたより優れた戦場医を、私は聞いたことがないわ。」
「…………」
自身の目の前のベッドには、呆然とこちらを光の失われた目で見つめる一人の包帯とギブスまみれの幼いウィッチ。
切除出来なかったのだろうか、額に深く刺さったままの鉄の破片がその痛々しさと悲惨さを物語っていた。
「事情は把握しました。・・・まさか、こんな所でこの子と再会するコトになるとは思いませんでしたわね。」
「・・・え!?中佐さん、この子知ってるの!?」
マルチナが並びから一歩踏み出し、食い入るように彼女に詰め寄る。
「えぇ、あの戦闘の後ずっと私も探していたのです。まさかストライカーで空を駆け、ネウロイを倒しているなど思いもよりませんでした。」
無論、あの後生き残った船団の残りの船はロマーニャの海軍に保護され、港まで送り届けられた。
その中にあの少女の姿や宮菱の人間の姿がないかは、極秘裏の取引を行った彼女にとっても重要な確認事項だった。
思わぬハプニングに見舞われた彼らが、口を滑らせ取引の事が漏れる危険性があったからだ。
しかし当然、皆令嬢である美喜を守る為に命を散らし、事実彼女も今この瞬間までは全員死んだものだと思っていたのだ。
「この子、扶桑のウィッチじゃないの?扶桑の軍に履いてた零戦の機体番号とか、容姿を照会してみても『そんなウィッチはいない』の一点張りで」
「詳しくは後で説明します。今はとにかくこの子を正気に戻してあげないと・・・しばらく二人きりにさせて頂けますか?」
にっこりと赤ズボン隊の3人に微笑みかけ、退出を促す。
「ええ、わかったわ。行くわよ、二人とも。」
「うーん。ちゃんと後で説明してねッ!」
バタバタと病室を後にする3人組の背を見送りながら、その豊かな金髪の魔女は口角をにんまりと吊り上げた。
―――▽▽―――
ガチャン、と重く厳重な扉が占められ、固く閉ざされた密室の中には二人の少女達だけになる。
これでもう外へとこの中で起こった事は伝わらない。
精神治療にも使用されるこの部屋は、強力な防音処置が施されており決して内部の音が外に漏れることもない。
「クスッ……まぁ、なんと惨めで滑稽で無様な御姿ですわねェ、扶桑のお姫様?」
リリー・グラマンはその美麗で整った顔を邪悪そのものに歪め、未だ死んだ目で呆ける哀れな少女を見下した。
その表情には先ほどまで覗いていた慈愛や寛容さなどといったものは微塵も感じられない。
ただ目の前の相手の悲惨な有様をあざ笑い、必死に口を押えて笑いをかみ殺していた。
「あのまま死んでいてくれていたら、何も憂うことなくコーヒーを楽しめていたものを。なんともまぁしぶといゴキブリのようですわね。扶桑人は潔いのがお好きなのでは?」
少女が伏せるベッドの縁に腰掛け、火傷と裂傷の傷跡が色濃く残る白く幼い頬に手を添える。
何を言っても、何をしてもその表情は一切変わることなく、感情というモノが完全に失われているのが見て取れた。
こういう顔をしているウィッチをバルバロッサ作戦末期の時にはよく診たものだ。
極限の環境に長く身を置きすぎて、そこに耐える為に精神が防衛措置をとった結果すべての反応を拒絶した状態。
あぁ、良かった。と、それを見てリリーは心の奥底から安堵した。
このお嬢様が生きてるという情報を聞いた時は、背筋をゾッとさせ破滅さえ覚悟したものだが。
この様子なら誰かに取引のことすら、ましてや自身の素性すら話せていないだろう。
「くふふっ、よもやこうも上手く見逃した群れが綺麗に扶桑人共の船を襲ってくれるなんて。あぁ、ストライカーの需要増加といい、お父様と私のグラマン社にとってネウロイは商の神様ですわねぇ♪」
そう、彼女は―――知っていたのだ、ネウロイの群れがあの近辺に存在したことを。
そしてその予測進路が、取引を行った扶桑の船団の航行進路とクロスすることも―――――。
だが乗船していた軍船の艦長は彼女の息がかかった人間、その情報をどこにも伝えないようにさせるのはそう難しいコトではなかった。
「設計図さえあれば本体など無くても構いません。それよりもリスクヘッジの方が遥かに大切なのです・・・。さて、あなたはどうしてくれましょうかね。」
目の前にいるのは、遠い異国の地で一人、従者もいなければ助けもいない哀れなボロボロのみすぼらしいお嬢様。
別にその無防備な細首をこの手でへし折り、死体を処理するくらい造作も無いことだが。
彼女は少し、一人のウィッチとして彼女の事に興味を持っていた。
聞くところによれば、彼女はロマーニャ空軍のフランチェスカ・ルッキーニ曹長が到着するまでの間、たった一人で5体のネウロイを相手に大立ち回りを演じたというではないか。
しかもその内2体を、単独で撃破していたとまで証言では聞いている。
そんなこと並のウィッチどころか、ベテランのウィッチでもそうそう出来る事ではない。
それこそ『アフリカの星』や『黒い悪魔』のような理外のウルトラエースでも無ければ困難であろう。
しかして一体どうして、病弱の素人のお嬢様にそんな事が出来たのか?それに非常に興味をそそられたのだ。
「さて、それでは早速アナタの口から直接教えて頂きましょうか・・・《催眠》」
リリー・グラマンの全身を青白い魔力の光が包み、金髪の頭から三角の耳が、そして腰から二対の被膜の翼がバサリと羽ばたいた。
コウモリを使い魔に持つ彼女の固有魔法、それは瞳を合わせたモノの精神に働きかけ、何らかの影響を与える事ができるのだ。
小さく丸く、幼い少女の頬に両手を添え、無理やり自らの虹色に光彩を放つ眼と向き合わさせる。
やはりその眼には意志や感情といったものは存在しない。好都合だ。
「使い魔すらおらず、心身ともに瀕死寸前、しかも幼い子供など・・・これ以上《催眠》が効きやすい相手など居ませんわねェ♪」
「…ぁ…ぁ?」
向かい合った幼い瞳がゆっくりと同じような光彩に染まっていき、心が支配されていく。
植え付けられた心と感情に、停止していた彼女の思考は小さな声を漏らした
「『答えなさい、どうしてあなたは死ななかったのですか?どうやって生き延びたのです?』」
さながら蝙蝠の超音波のように、もしくは波のさざめきのように、特殊な響きを孕んだその言葉は彼女の脳に染みわたっていく。
気付けば目覚めてから一度たりとも開くことが無かったその唇が僅かに開かれ、言葉を紡ぎだそうとしていた。
「ぁ…みらいよち…。なんども、みらいを、みて。ずっと…くりかえして…」
「・・・ッッ!《未来予知》?《未来予知》と言いましたか?あのスオムスのスーパーエースの・・・」
ウィッチであれば知らないものはいない。一度たりとも被弾したことが無いと言われるスオムスの生ける伝説のウィッチ。
彼女と同じ固有魔法を、今この目の前の幼い少女は持っていると言ってのけたのだ。
なるほど、それならこの素人の彼女が生き延びたのも頷ける。
しかしこれは面白い。始末しようかと思っていたが使いようによっては便利なペットにできるかもしれない。
この哀れなお嬢様をエースウィッチに仕立て上げ、裏から操ってやれば色々と痒い所に手が届きそうだ。
「ふぅん・・・なるほど。他には?『アナタが隠している一番大きな事を言いなさい』」
その答えに満足した彼女は、問いかけの内容を本来ここに来た目的にシフトさせた。
もしこのお嬢様があの取引のコトを事細かに、詳細に覚えているとしたら自身の脅威になりうる。
そうなるなら、例え未来のスーパーエースとなる素質のある少女だろうが躊躇いなく殺す気だった。
その考えのまま、彼女の首に添える力にそっと力を込めて―――。
「…この世界は、物語の世界。」
「…へぇ」
その幼い少女の口から紡がれた余りにも突拍子もない言葉に、彼女はひどく興味を惹かれた。
―――▽▽―――
その幼い傷だらけの少女がボソボソと掠れた声で謳う物語を、リリー・グラマン中佐は愉快な世迷言として聞いていた。
曰く、失敗部隊として有名な統合戦闘航空団501部隊にある扶桑のウィッチが加わること。
それをきっかけにして501は部隊としての頭角をめきめきと発揮し、ついには人類史上初となるネウロイの巣の撃破を成し遂げること。そしてガリアの解放へと繋がること。
更にはそれらの出来事の中心ではすべて、その扶桑のウィッチが活躍していたと言うこと。
ここまで聞いていた彼女は、そんな化け物じみたウィッチなどありえないと一笑に付した所を、それ以上にありえないエース達が現実にはありふれていることを思い出し苦笑した。
深層心理まで狂ってしまっているのか。と哀れんで適当に聞き流し続けていた彼女。
しかしその幼い口からある言葉が語られ始めた時、彼女は目を見開いてその顔を覗き込むことになった
その少女の口から出てきた「ウォーロック」という名前。
それは彼女の属する、リベリオン最大手の兵器メーカーグラマン社も関わっている、超極秘の統合政府主導の魔導兵器開発プロジェクトの名前だったからだ。
兵器開発の分野ではその名を轟かせるフィクサーである自分さえ、深くは知らない極秘中の極秘。
グラマン社の創業者にして社長である父ですら僅かにしか関与出来ていないほどの深すぎる闇。
その兵器の性能・詳細を事細かに言ってのけ、その顛末すら語られた話に彼女はただただ聴き入っていた。
そして続く502部隊の話。今はまだ存在しない504というロマーニャに属する部隊の話。そしてヴェネツィア上空に新型のネウロイが現れ、再び501の物語が始まって−−−。
「.....ふぅ。なんとまぁ...まぁ。」
時間にして一時間以上は過ぎただろうか。
流石に集中力が切れたのと、少女の声がかすれ切ってしまったのを見て水差しから水を飲むように命令してやった。
無表情でんく、んく。と小動物のように水を喉を鳴らして必死に飲む幼い少女。
しかしその実態はとてつもない威力を持つ爆弾のような危険で恐ろしい存在だったのだ。
「ふむ...」
顎に手を添え思案の海に沈む。
最初に物語の世界だと何だの言い出したのは、恐らく未来予知を彼女自身で制御できていない事と、ボロボロの精神が重なりあって発せられた妄言だろう。
きっとその未来予知で見てきた遥か先の光景を、本か何かの物語だと思いこんでしまったに違いない。
だが自分ですら名前くらいしか知らない「ウォーロック」のコトや、その他のウィッチについての余りにも鮮明すぎる情報。
これらは一笑に付すには余りにも無視し難く、彼女の話の信憑性を非常に高めていた。
「手放す訳には参りませんわね。アナタさえ手に入れれば、我がグラマン社は、いいえ、リベリオンは世界の頂点にさえ手が届く....!」
「.....?」
口元から溢れた水を軽く指先でぬぐってやると、光のない幼い顔は静かに首を傾げた。
殺す訳にはいかない、この未来予知の力は例のスオムスのウィッチのモノの比ではない。遥か先の未来をここまで詳細まで見通せるとなれば、その力は余りにも強大過ぎる。失うには惜しすぎるのだ。
かと言ってこのままここで治療を受けさせ続けても、きっとこの子供の身柄はロマーニャ軍の物になってしまうだろう。
そうなればある程度欧州にも影響力を持つ自分とはいえ、流石に彼女の力を独占するという事は出来ない。
いや、最悪ロマーニャがこの未来予知を使って世界に覇を唱えようとさえしてもおかしくはないのだ。
「ならば。答えは一つ。」
そのリベリオンにとっての女神たりうる幼い少女。
心が壊れかけたその顔にそっと手を添え、ぐっと自らの顔を近づけ、瞳を覗き込む。
全身に魔力を漲らせ、青白い輝きが身体を覆い使い魔のコウモリの翼がバサリと一際大きくはためいた。
「....『今話した全てを完全に忘れなさい』」
その瞳が眩いばかりの虹彩を放ち、幼い少女の深層心理にまで毒牙を伸ばしていく。
「『今までの記憶を全て忘れなさい』『あなたの名前を忘れなさい』『あなたの親も、家も、全てを忘れなさい』『あなたが何者なのか、忘れなさい』」
「....ぇ...ぁ....?」
彼女の《催眠》は特別強力な魔法ではない。
簡単な暗示こそ大抵誰にでもかけることは出来るが、記憶や人格へ影響を及ぼさんとするとウィッチや普通の兵士相手には到底無理な話だった。
しかし、その相手が精神的に衰弱していたり、年齢が未熟であったり、魔力にほとんど抵抗もないとなれば話は別である。
「いいですか?言ってごらんなさい、あなたの名前は?」
「な、まえ....ぁ....わたし、なまぇ...?」
虚ろな儚い声を漏らし僅かに戸惑う哀れな少女に、満足げに頷く魔女。
「やはり弱っているニンゲンは良いですねぇ、純粋で単純で御しやすい...続けましょうか。」
コホンと軽く咳を払うと、怯えと戸惑いが色濃く浮かび上がり始めた大きな瞳を再び見つめる。
「『私の言葉を何よりも優先しなさい』『絶対にです』」
「.....ひ....ぁ...」
「『口答えも反論も許しません』『あなたは私の言葉に従順な下僕です』『一切の疑問を持つことも許しません』」
都合のいい道具に仕立て上げる為に刻みつけられる、無数の言葉。
それらは間違いなく彼女の心の奥底まで蝕み、既にあやふやになっている彼女にとっての『現実』の境界線すら書き換えていった。
疲弊しきった心が本能的に危機感を覚え、僅かに身じろぎをしたがまるで無駄だった。
「ぃ"ぁ"....ゃ"め"...」
「...重ねて言いましょうか。『私の言葉は絶対です』『反論も疑問も一切許しません』『全てを忘れなさい』」
「...ぁ"、ぁ...」
頭にメスをつき立てられ、脳をぐちゅぐちゅとかき回されているような感覚。
見開かれた目から涙が溢れ、あんなにも無感情だったその表情は、未だ正気は戻っていないというのに深い絶望に染まっていった。
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