───ガコンッ、パシュンッ
MG42機関銃から放たれた幾多の銃弾の嵐がネウロイのコアを貫き、その存在を消滅させた。
これでさっきマルチナが出会い頭に仕留めた一匹を合わせ、2体のネウロイを撃破したことになる。
事前に捕捉できていたのは3体、出来れば残りの一体を撃破して終わりと行きたいところなのだが。
しかしやはりというか悪い予感は当たっているらしい。
どうにも先程から遠く離れたこちらの索敵範囲外からこちらへ向けてビームの狙撃が放たれているのだ。
精度こそ悪くまるでカスリもしないものの、これほどの距離からの砲撃が可能なネウロイなどそうそう遭遇したことはなかった。
「やっぱりコイツらマルタから…?ん?」
「うーりゃりゃりゃりゃ───ッッッ!!!」
独特な咆哮と共にまっすぐ一直線にネウロイに突撃する青い流星。
無理を通し、急遽赤ズボン隊と共に出撃した彼女、フランチェスカ・ルッキーニ曹長だ。
「いいねっ!そこまで分かりやすい動きだとコッチも合わせやすいよっ!!」
「もー!マルチナみたいな子がもう一人〜!!」
単調で直情的な軌道だが、それゆえ支援射撃やその行動によって生じる敵のリアクションが予測しやすい。
そのおかげもあり、初めての共同戦線とは思えぬスムーズな立ち回りと戦闘を部下達と共に彼女は展開させていた。
そしてそれだけの無茶と無理な突撃を何度も繰り返しながらも、完璧に結果を出しつつ一度の被弾すら受けていないその技量の高さにフェルナンディアは舌を巻いた。
魔法力、機動力、判断力、その全てにおいてどれも一級品だ。
その無邪気な口調や滲み出る幼さからは到底信じられないほどの的確で柔軟な状況判断力はベテランのウィッチにも引けを取らないだろう。
「うじゅじゅじゅじゅーっっ!」
あれだけの速度で縦横無尽にネウロイの周囲を駆け回りながらも、完璧に敵と味方のすべての位置と状況を把握している。
その証拠に彼女から一歩引いた所で分散し編隊攻撃を繰り返す私達の射線の前に、彼女は一度たりとも重なることはなかったのだ。
「これが本当のエースってワケね.!面白いじゃないッ!!」
「アフリカの星」「ダイヤのエース」「黒い悪魔」「地上攻撃女王」
自らもエースの名を冠してはいるものの、その中でも別格の存在たち。
それらと近しい領域の存在であろうその小さなウィッチを前に、彼女の熱いロマーニャ魂は燃え滾る。
それに応えるように一際大きく愛機ファロットの魔導エンジンも鳴り響いた。
「負けてられないわ!赤ズボン隊の名にかけてッッ!!」
彼女に負けじと、ストライカーを加速させ敵との距離を縮めながら放火を浴びせかける。
その時ちらりと、あの遠距離砲撃の事が頭をよぎったが。
あんな距離からでは到底陸までに狙いを絞ることは出来ないだろうとすぐに打ち消した。
───▼▼───
《防衛目標が破壊されてしまいました》
《スキル:【未来予知】が発動しました》
「…」
「にゃっ、みゃう?」
あの響きわたった轟音と共に発生した、背後から叩きつけられるような暴力的な爆発。
その衝撃波に私はなす術もなく地面にうちのめされ、意識を失ってから、そして。
いま目の前に広がっているのは平和で穏やかとさえ言える風景。
出払っているのか人気もなく、ちゅんちゅんと鳥のさえずりさえ聞こえる建物たち。
そして石垣に座る私の膝の上にはキョロキョロと不思議そうに当りを見渡す黒い仔猫、エイミー。
「もう、おわっ、た、んじゃ.」
ああ、何故忘れかけていたのだろう、どうして朧気になってしまっていたんだろう。
あの絶望の永遠の地獄、何度も何度も死に続け、あのウィッチのお姉ちゃんが終わらせてくれたハズのあの悪夢の監獄に。
私は今再び囚われたのだと、自分でも奇妙なほどにはっきりと知覚した。できてしまった。
あの何度味わっても恐ろしくて恐ろしくて仕方ない、自らの命を蝕む死の寒さ。
脳裏にこびり付いたそれを一度思い出してしまうと、どうやっても振り払うことはできなかった。
さっきまであやふやだった自意識が急激に覚醒を始める。あの悪夢の中で歪に育まれた経験が警鐘を鳴らす。
ネウロイ──あの黒い悪夢たちをこの手で滅ぼさなければ、私はまた同じ時間に閉じ込められ続けるのだ。
「っ」
「なぉお?」
湧いてくるパニックと恐怖と絶望で、あのウィッチのお姉ちゃんに泣いて助けを叫びそうになるのをぐっと堪えた。
あの人はきっと戻ってきてくれる、そう約束したんだから。
だからそれまでは、その時まで辿り着かないといけない。
「ネウロイ、さがさなきゃッ!!」
「にーぅー」
だからまずは敵を把握する所から始めなければならなかった。
さっき、あの青い空にはどこにもそんなような黒い影は見当たらなかった。
だと言うのにこの建物、そうだ、たしか基地?って言うんだ。それと海に並んでる船達に攻撃のアラート…あらーと、ってなんだっけ?
ううん、とにかく矢印が見えたんだ。
あれがどこからの攻撃なのか、それを見極めないといけない。
確かめる方法なら、確実で間違いない方法があるけど.
「ぜったいにすぐもどって…『戻って』くるから。ここでいいこにしててね?」
「ん、にゃぁ」
舌足らずになってしまう声に何故か違和感を覚えながら、足元の仔猫をそっと撫でつける。
気持ち良さそうにその手にゴロゴロと額を擦り付けてくる姿に微笑みを返し、石垣の上に静かに座りつけた。
──―たとえ戻ってこられるとしても、お姉ちゃんに任されたこの子が傷つくなんてイヤだ。
傷はふさがっているし血も出ていないとはいえ、いまだ重たく鈍い身体で私は必死に駆け出した。
走って走って走りつづけ、さっき赤い矢印が降り注いでいた建物や船の近くまでやってくる。
まさか片腕がないだけでこんなにも走りづらくなるなんて思ってなかった。
それにどうしてか、周りの建物や車、モノがとてつもなく巨大に見えてしまうのに違和感を感じる。
しかし、上、左右、下、どこを見てみたってネウロイらしき影も形もない。
僅かに何かの作業に追われているような大人の人たちが、ドタバタと駆け回っているのくらいしか見つけれなかった。
何故か大人の人には見つかっちゃいけない気がしたから、少ないのはありがたかったけど。
「はやく、さがさなきゃ.」
しかしネウロイと言ったって私が知っているのはあの黒いエイ型の巨大な形なモノのみ。
今ここにいるであろうネウロイがどんな姿なのか、どんな攻撃をする相手なのか、まるでわからない。
もしかなり小さくて建物の影にでも隠れられていたら、探すだけでも何度も繰り返すハメになってしまう。
キョロキョロと首を回し、必死に周囲を見渡していた時。
────ビュォォォォンッッッ!!!!
轟く風切り音と共に、遥か遠い頭上に太陽よりも眩く輝く不気味な紅い閃光の群れが煌めいた。
「!?」
その余りの光量に、咄嗟に見上げたもののまともに直視することもできなかった。
太陽以上に眩しく輝く閃光に、地上と海上の全てが紅く照らされる。
これだけの攻撃の規模なのに気づかなかった。余りにも空高く、離れた場所の攻撃だったせいで矢印も見えなかったのだろうか。
「観測範囲外遠距離からの砲撃だと!?馬鹿な、ありえない!」
「落ち着けって若いの。そんな遠くから撃ったのがそうそう当たると思うか?」
「そうさ、呑気に当たらない砲撃を繰り返してる間にウィッチ達にやられちまうだろうよ」
「ハハハ、ネウロイ達もこのロマーニャの陽気にやられちまったのかもな」
「ハハハ違いねぇや」
遠距離からの攻撃。
さっき爆発で粉々に崩壊したであろう船の上で、そんな大人の人たちの冗談混じりの会話が大声で聞こえてきた。
遠く離れたその閃光でさえドキドキと汗が吹き出してしまったのに、笑い飛ばすなんて大人はすごいなぁ。
でも、当たるわけがない?それがホントならどうしてさっきあんなコトが起きたんだろうか。
もしかしたらさっきはたまたま当たってしまっただけで、今回は当たらずにどこかへ飛んでいってしまったと言うことだろうか?
だったらもうこのまま何もしなくても…
「あ、おい、何だよアイツ…」
「えっ、あ、ああ!?なんだぁっ、ありゃあ」
不意に、頭上から聞こえてきた声。
それがさっきの船の上から聞こえてきたモノだとわかった時、もしかして私のコトを言っているのかと思ったがどうやら違った。
見れば真逆の、私とは全然違う方向を見てボソボソ呟いているようだ。
釣られて私も同じ方向を見てみると。
そこに、ちょうど海上に停まってある船の近くの陸上にソレはいた──―いや、あった?
「──────」
何と形容すればいいのか、かなり言葉に迷う。
そう真っ黒で大きなカメラの三脚…あれ、カメラってなんだったっけ?
ううん、とにかく3本の足を地面に根ざして、頭部らしき赤い物体をピコンピコンと点滅させている異様な謎の物体。
恐らく。いやきっとアレがネウロイに違いないのは理解できる。
ただ何だろうアレは。前後がまるで分からないどころかどこにも攻撃を知らせる矢印が、未来予知が発動しない。
「お、おい、ドコから入ってきやがったんだアレ.!」
「レーダーをすり抜けて来たのか!?たっ、退避しろッ陸上ウィッチが到着するまで持ちこたえ.」
「超遠距離からのネウロイの砲撃ッ!!!再び来ますッッ!!」
その声にハッと意識を遠い空に戻す。
でもやはりさっきと同じように、その行き先はまるで見当違いの虚空だ。建物になんかカスリもしてない。
?????
まったくわからない、どういう事だろう?
突然現れたものの、攻撃の気配も見せず棒立ちでピカピカ光るだけのネウロイ。
そして遠い場所からまるで当たる気配のない虚しい砲撃を繰り返すネウロイ。
これらによって一体、どうしてさっき未来予知で体験したような惨事が引き起こされるというんだろう。
考えていても仕方がない、もっと調べてみないと。
そう思って点滅を繰り返すネウロイの方に走って近づいてみる。
私に気づいた大人の人達が何かを叫んでるようだけど気にしない。
「…ちっちゃい」
足元までにやってきて最初に浮かんだ感想がそれだった、あくまであの黒いエイのネウロイに比べれば。だが。
しかしこんなにも近づいても、触れてもまったく攻撃の予知どころか反応もない。
もしかしてホントに、さっきの大爆発はたまたまで───。
────ピロロロロロロロロ。
突如私の耳に鳴り響く不吉で不気味で、そして聞き飽きたとさえ言える音。
ただでも、今の私にとっては待ちわびていた音。
───さぁどこから?
そして振り向いた途端、私の視界は上半分が真っ赤に塗りあげられた。
私を狙っている?これは全部私に向けられている?
さっきまで空に浮かんでた矢印は───え?
「あぁ、そっか。そういう、こと」
さっきまで空の遥か彼方へ向いていた矢印たちのその先端が、ある位置から曲がりくねってコチラへ向きを変えていたのだ。
そしてその延長線上にいるのは私。いや、違う。
そしてその時私はやっと理解できた。
この棒立ちの無害なネウロイは、遠く離れた場所からその攻撃を誘導する為の目印で────。
それを理解できた途端、私は一瞬で煌めいた紅い閃光の中に飲み込まれて。
肌が、皮膚が、肉が、骨が。
ドロドロに溶けて熱さの中に消えていくのをはっきりと感じながら、意識は死の寒さに呑み込まれていった。
───▼▼───
「っっっふぅっ!!!?はぁっ、ひぃっ、あ、あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ!」
寒い、寒い、寒い、寒い、寒い、さむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいサムイさむいさむいさむいさむい
目の前が真っ暗になって、すがるように震える両手──ちがうもう私に左腕はない。を伸ばす。
あの暖かさを、私を救ってくれた手を求めて必死に無我夢中でもだえる。
お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、たすけて、こわいよ、さむい。
そして地面に突っ伏して、気が狂ってしまったかのように暴れる私の頬をざらざらした柔らかなモノがなでた。
「えい、みー」
「にゃ」
その小さな黒猫は、どこか心配するような眼差しで私を見つめて。
そして私の懐に潜り込んで、身体をこすり付けてきたのだ。
それはまるで体の奥底まであのおぞましい寒さに冷え切った私を温めようとしているようで。
「…だい、じょうぶ…。うん、へいき…」
黒くあたたかな毛並みを抱きしめると、少しだけパニックが落ち着いてきた気がする。
必死に息を整えて、思考を整理する。
おびえてる場合じゃない。この地獄から脱出してもう一度、あの優しいお姉ちゃんに会うんだから。
「そっ、か、もどって、きて…」
辺りを見渡せば、そこは先ほどとまったく同じ平和な光景。
石垣にはまだウィッチのお姉ちゃんの温かさが残ってるし、建物も無事だ。
「にゃあにゃあ」
「えっ、な、なに?えいみー、どうしたの?」
私の着ている白い服、きっと病気の人が着るための服の裾をくわえてグイグイと引っ張る仔猫。
たったそれだけの力にもよろめいてしまい、私は彼女の方へ寄せられてしまう。
「にうにー」
────こっちへきて。
何故か私にはその子猫がそう言っているような気がした。
もちろん根拠なんてない。もしかしたらまたあのお姉ちゃんの寝床に連れて行こうとしてるのかもと思ったが、そうではないみたい。
むしろさっきとは反対側、建物がいっぱいある方へ──―
「えいみー、これ、どこへいってるの?」
私が最初に目を覚ましたあの建物に近づいてる、できればあそこには近づきたくないけど。
でもエイミーが入っていったのは違う建物。大きな大きな鉄の扉が開かれたひんやりとした所。
そしてその中を覗いてみると、どうやら彼女は布が被せられた何かをめくろうと必死に試みているようだった。
「なに?これ?」
エイミーが咥えて躍起になってる布を一緒になって引っ張ってあげた。
────バサァッ
「───ぁ」
そして、その布をめくった下にあったのは。
見間違うはずもない、何度も、何百回も、いや何千回も繰り返したあの悪夢。
その悪夢の中で唯一、ただずっと私を裏切らずに共にあの絶望の夜空を飛び続けた相棒。
──―名すら知らないあのストライカーが、幾重にも鎖を巻かれ静かに佇んでいた。
―――▽▽―――
幼いウィッチは唯一自身に残っていた僅かな記憶を頼りにストライカーへと傷だらけの素足を潜り込ませた。
その隣でにゃあにゃあと黒い仔猫、いや仔豹が応援するかのようにこれまた幼い鳴き声で訴えかけている。
「…」
到底そこまで幼い少女が装備することを想定されていないにも関わらず、円筒状のその航空機は綺麗に彼女の足へフィットした。
なんとも形容し難いその感覚に、彼女のあの温かい手ほどではないにせよ不思議とどこか安心感を感じた。
その零戦が彼女自身の翼となると言う形で彼女の命を救う事になるとは、宮菱の誰もが思ってなかっただろう。
「…っ」
しかしその性能は十分に発揮されることはなく、厳重に施された鎖すら外せないでいた。
無論本来の零戦の性能なら鎖の5本や10本引きちぎっても飛び立てる。
だが悲しいかな、それを纏う幼いウィッチの未熟な魔法力がそれにまったく追いついていないのだ。
「...くっ、うぅぅ!!」
──―いかなきゃ。この悪夢をおわらせて、またあのお姉ちゃんにあうんだから。だからはやくネウロイをやっつけなきゃ。
閉じた傷口が開きかけるほど踏ん張り、必死になけなしの魔法力をストライカーに注ぎつづけ。
そしてある一瞬を超えたとき、急に爆発的な暴風がそのバンカー内を駆け巡った。それもその突風の中心である彼女さえビクリと震えるほどのだ。
はっと足元を見下ろすと、そこには鎖どころかストライカーを格納していた発進ユニットさえ遠く吹き飛ばしている有様で。
「な、なにこれ…あっ!?えいみー!!?」
そんな暴風のすぐそばにいたであろう仔猫がただで済むわけがない。
すぐにその考えに至った彼女は必死にその姿を探すが、影も形も見当たらない。
──にゃあ。
「…どこ!?どこにいるn…えっ?」
そして首を振り回しその鳴き声の主を探しているときにふと、視界におかしなモノが映り込んできた。
黒い、猫のような艶やかな毛並みの尻尾。無論それはエイミーのモノだったが問題はそれがある場所だった。
なんで、どうしてそれが自分のお尻の上から生えてるの?
どうしてエイミーの鳴き声が、私の頭の中に響くように聞こえるのだろう?
──使い魔。
そんな単語がふと彼女の脳裏をよぎり、恐る恐る傷跡だらけの右手を頭上へと伸ばすと。
そこには確かに三角状のもふもふとした手触りの猫のような耳の感覚と、ナニカが手に触られる初めての感覚。
軽いパニックを起こしそうになる心を必死に落ち着かせ、それらの出来事を受け入れようとゆっくりと咀嚼を試みる。
「…っ、あり、がとう、えいみー」
にゃあ。と頭の中でそれに返事が返される。
その声を聞きながら、彼女は身体の奥から沸き上がってくる魔法力の奔流に身を任せた。
何千回と繰り返した中でもかつてないほどストライカーが勢いよく離陸する。
今までとは比べ物にならないほど速い、その余りの加速に風圧で目が開けないのではと思ったが、不思議とそんなこともなかった。
彼女は知らざることだがウィッチにとっての使い魔のサポートとはそれほど重要なモノなのだ。
武器への魔力供給、風圧やGからの保護、視力聴力筋力の強化、姿勢の制御など担ってくれるなどその役割は枚挙にいとまがない。
つまり本来使い魔なしでストライカーで飛ぶことなど、チェーンが切れ錆びきってパンクしたブレーキのない自転車を目を閉じて手放し運転するような愚行に等しいのだ。
「…す、ごいっ…!」
そんな状態で、しかも視界が極端に制限される夜間、その上大怪我までしていた状態という最悪とまで言えるコンディションでしか飛んだことのない彼女にとって。
使い魔がいる、血が出ていない、しかも目の前に広がるのは明るい青空などという状態での飛行は、それはもう生まれ変わったほどの衝撃だったのだ。
多段ロール、旋回、急制動と、難なくベテラン以上の技量を要求される高等な機動を繰り返す彼女の表情にはどこか高揚感のようなものが見て取れた。
「…よし」
大分時間を取られてしまったが、もはや関係ない。今ならあの遠くに見える山の向こうにだって一瞬で飛んでいける。
くるりと急旋回をこなしてみせて、さっき未来で見た港へ向かう。
身体が軽すぎる、風だって全然痛くない。と心踊らせる彼女の幼い顔は紅く高調していた。
そして10秒も経たない内にさっきの場所の上空まで飛んでみると、そこにはちょうどあの三脚型のネウロイがやはり瀬戸際に鎮座していた。
そしてその時やっと自分が素手であることを思い出し───ちょうどあそこに良さげなモノが転がっているじゃないか。
彼女はそのまま地面ぎりぎりまで高度を下げ、スピードを一切殺さず『ソレ』を逆手で握りしめて。
「ぁ"ぁぁ"ぁ"あ"ああ"あッッッ!!!」
──―ドグシャアッッ
相も変わらずピコンピコンと点滅するだけのその棒立ちのネウロイの頭に────その辺に落ちてたビンをとてつもない勢いで叩きつけた。
彼女自身でも知らぬ間に魔力を纏っていたソレは信じられないくらいに破滅的な硬度と威力を発揮し。
バリンッ!!と良い音と共に粉々に砕けたのがネウロイの方だと彼女自身が気づくのに遅れたほどだった。
「…す、ごぃ…」
何十回、何百回を繰り返すことを覚悟していたハズの悪夢が、たったこれだけの事で終わってしまったのだ。
もしこの仔猫があの夜居てくれれば──と、もの思いにふけていた彼女の思考は、ピロロピロロと再び鳴り響いた未来予知の音に中断させられた。
──▼▼──
「う──じゅ───っっ!!!」
幼いウィッチが陸上でネウロイを殴り消し飛ばした頃、離れた海上では別のウィッチが猛加速でストライカーをふかしていた。
赤ズボン隊との協力の甲斐もあり、無事3体の中型ネウロイを撃破したは良かったものの。
その後現れた大型の、それも遠距離砲撃が可能なタイプのネウロイ。
そしてそれに付随する形で現れた護衛のようなイカ型のネウロイ達への対応に追われる事となった。
しかしそれでも優勢に戦いを進めていたが、情勢が悪いと見るや否やイカ形の護衛達はなんと大型を見捨て、ロマーニャ沿岸のアンツィオ軍港の方へ猛スピードで逃げ始めたのだ。
これに対し赤ズボン隊のフェルナンディア中尉はその追撃を彼女、フランチェスカ・ルッキーニに任せ、自分達は大型の対処に当たったのだ。
「あーもーっ!!速すぎだってーうじゅーっ!!!」
しかしその追撃は中々に困難な任務だった。
そのイカ型のネウロイは口に当たる部分から紅い粒子をジェットのように噴出させ、彼女のストライカーを上回る速度で加速していたのだ。
このままでは守ると約束したあの子が待つ基地にまで到達してしまう、と内心冷や汗をかいた時。
バリンッッという音が鳴り響いた瞬間、先頭の一体が急にバランスを崩したのだ。
くるくると回転しながら失速する哀れなソレをルッキーニは片手間で撃ち仕留め、何が起こったのかと目をこらした。
「おねえちゃんっっっ!!!」
「えっ。えええ────ーぇぇぇっっっつ!?!?!」
そしてネウロイ達とすれ違う形でこっちに向かって直進してきたその姿に素っ頓狂な声を上げた。
なにせ目の前に飛んできたのは、あの迷子の幼い、良い子にして待っててねと基地に残してきたあの少女だったのだから──―!
咄嗟にその小さな身体を抱き止めて受け止めるものの、余りの出来事、そしてそのふわふわもふもふの黒髪から覗くエイミーそっくりの猫耳。
それらの多すぎる情報量に彼女の決して大きくはない脳は爆発しそうになった。
「ふぇぇっ!?も、もしかしてエイミーなの!?なんでぇ、そのストライカーどこにあったのーっ!?」
「ご、ごめんね.わたし、どうしてもおねえちゃんにあいたくて.」
怒れば良いのか褒めれば良いのかグルグルとショート寸前になっていた彼女だったが──―とりあえず涙で上目遣いをしてくる彼女が可愛くて仕方なかったので満面の笑みで抱きしめた。
──―ピロロロピロロロ
しかしその至福の時間は奇妙な電子音によって中断させられることとなった。
そう、
「んじゅじゅ?んにゃにあれぇっ?」
その幼くかわいい甘えん坊のウィッチを抱きしめ愛でたまま、首だけを反らして音の方を見てみると。
そしていつの間にか逃走していたネウロイ達が反転し、一転攻勢に打って出たことも。
「っ!おねえちゃんごめんっ!!」
「ぉぉぉぉうジュぁああああぁぁぁ!!!??」
ぽけーっと謎の矢印に頭がうじゅうじゅと知恵熱を上げオーバーヒートしていた彼女の胸に、その中でゴロゴロと猫なで声で甘えていた幼いウィッチが突っ込んだ。
その結果彼女たち二人は光線から難なく逃れ、ルッキーニはくるりと空中回転して姿勢を難なく立て直し再びその身体を抱きしめた。
「んねぇ、あのへんな矢印みえりゅ?なんだろーねーあれ」
「ふぇっ.!?えぇっ!!おねえちゃん、どうしてみえるのっ!?だってそれ.」
再び彼女たち二人を狙うイカ型ネウロイ達の放火。
その彼女たちの周囲を縦横無尽に、それも彼女達のストライカーを遥かに上回るスピードで高速移動しながらという尋常ならざる攻撃にも関わらず。
彼女たち、と言うよりルッキーニはそれらを一切シールドを展開することなく躱してみせた。
「ひょいっ!んにゃっ!あはは、ハッずれ〜♪なにこれおもしろーいっ♪」
「う、うそっ、なんで?どうしておねえちゃんにもみえて.?」
最初こそ首を傾げたものの、すぐに彼女はその柔軟な思考でその不思議な矢印が意味することを完璧に理解してみせた。
その結果ただでさえ第六感と判断力に優れるエースウィッチである彼女に、未来予知が加わるという異常事態に。
周りをせわしなく駆け回るネウロイもどこか戸惑いの雰囲気を見せ、もはやビームが当たらないと悟るや突撃攻撃へと移行しはじめた。
「ふっふーん♪ミエミエだもんねーっ♪」
そして彼女が完璧にそれに対応してみせたものだから、ネウロイにとっては絶望の光景だっただろう。
振り返ることなく背後のネウロイに銃弾の嵐を浴びせ、音速に近い速さで飛び込んできたネウロイを片手で熱線で消滅させてみせたのだから。
その余りの一方的とさえ言える戦闘に、その腕の中で抱かれていたウィッチはただ呆然と口を開けるしか無かった。
やがて最後の一匹になった哀れなイカ型のネウロイは狂ったようにビームの雨を二人の黒豹のウィッチに浴びせ始める。
しかしそれもやはりというべきか、今度は拳大の小さなシールドだけでその全てをいなされてしまい、もはや特攻以外の道は残されていなかった。
その生命をかけたような隕石のような突撃にはどこか迫力が感じられ、流石の幼いウィッチも服を握る手に力が籠もる。
「…大丈夫、今度はちゃんとまもるから」
そしてその少女に、どこまでも気高い決意と優しさに満ちた微笑みを返し頬を撫でる。
その顔は慈愛の母性に満ちていて、とても普段の彼女の幼さとはかけ離れたモノだった。
────パリィィィン!!
亜音速のネウロイの突撃、それを返り討ちにしてみせたのは彼女が展開した多重シールドだった。
腕の中の幼い命を守るために広げたソレは、まるでキズ一つ受けることなく、ネウロイから完璧に彼女を守ってみせた。
「…また、たすけてくれた…」
「あれぇ~?やじるし消えちゃったぁ?うじゅ~楽しかったのにぃ」
キラキラと煌めくネウロイの残骸に照らされながら、二人の黒豹のウィッチはロマーニャの空で抱き合う。
再び絶望の悪夢に囚われようとしていた小さなウィッチを助けた、幼いウィッチ。
その自身にとっては女神、救世主、いや、そんな言葉でも足りない。
私を守ってくれて、助けてくれて、温めてくれて────あぁ、ああ…!!
「…フランチェスカ・ルッキーニ!!!!!」
「ふぇ?」
突如涙で滲んだ瞳をまっすぐと見据えられ、大声で宣言された名前。
「いひひ、あたしのなまえーっ!フランカってよんでもいーよ!!」
「…るっきーに…フランカ…おねえちゃん…」
──―フランチェスカ・ルッキーニ、フランカ。お姉ちゃん。
何度もその名前を胸の中で繰り返し唱え、うっとりと反芻する。
「…フランカ、おねえちゃん…♪」
「おねえちゃんっ…///わーわーわー///あーもー!カワイイんだかりゃ──ーッッ♪」
胸の奥底から溢れてくる初めて感じる感情──―母性にその心を支配されたルッキーニは。
その猫耳と尻尾をピコピコとはしゃがせ甘えてくる「妹」に、思い切り抱きしめ、頬ずりし、そして──―。
──―チュッ♪
その丸くあどけないキズだらけの頬に、口づけを落とした。