※この小説は私の他作品『ジューンブライドイベントと桜井優太のお見合い!?』読了後にお読みすることを強くお勧めします。

奈緒(ライラック)を中心とした短編小説となります。

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叶うなら 貴方の隣に

 とある大学の食堂。今日の講義を終えた奈緒(なお)は、コーヒーを片手にブーブーと抗議をしている。そんな奈緒を親友のつかさは「まあまあ」となだめていた。

 

「どうしてゲームで遊べないのー! 風邪をひいている時にも甲斐甲斐しかった私のお願いだよー!」

 

「あー、あの件は本当に助かったよ。一人暮らしで結構心細かったし。……でもそれはそれは、これはこれ。私は今はすっごく忙しいんだよ」

 

「忙しいって定期試験もはまだ先だよね?」

 

「リアルのほうじゃないよ。あれ、もしかしてあのイベント知らないの?」

 

「イベントってなんだっけ??」

 

 つかさに促されると奈緒はスマホを手に取る。二人の中でゲームといえばもちろんRandgrid Onlineのことだ。奈緒は言われるまま公式ページを開く。

 

『怪盗ホワイトからの挑戦状⁉ 偽装結婚で紺碧の指輪を守り切れ‼』

 

 TOPページにでかでかと表示されるそれを見る。今は6月の第1週。奈緒はこのイベントが始まっていることを初めて知った。

 

「へぇー、公式ホームページとかあまり見ないから知らなかったなー」

 

「まあそんなわけで私はそのイベントに引っ張りだこで忙しいわけよ」

 

「引っ張りだこってどういうこと? いつものギルドメンバーでやっているわけじゃないの??」

 

 奈緒は頭に疑問符を浮かべる。イベントの存在を知らなかった彼女が、その内容を最後まで読まないことを親友のつかさもわかっていたのだろう。イベント参加条件を指さし復唱した。

 

「今回のイベントは男女2人のカップル専用イベントなんだ。でね、このイベントって相方を変えれば何度でも参加ができるの。……あとは言わなくてもわかるかな」

 

「あー、それはそれは。忙しそうで」

 

「そうなのよ、そうなのよ。いやー、ギルドの皆私と一緒にイベントやりたいって引手数多でさー。曜日ごとに誰と参加するって決めていたら、もう6月カッツカツになっちゃったんだよねー」

 

 そう言うつかさの言葉は間違いなく真実なのだろう。つかさはRandgrid Onlineの世界では男性キャラクター、所謂ネナベプレイをしている。キャラクタークリエイトもこだわりぬきかなりの美形キャラを作り上げている。

 

 同じ美形キャラでいうなら『@家パーティー』の林も負けていないだろう。だが見た目が美形でありながらも素のままでゲームをしている林とは違い、つかさは完全に美形で女の子にモテる自分を確立してゲームをしている。

 

 その結果、ギルド内外問わずつかさのキャラクターは人気を誇っている。また俗に言うガチプレイヤーと呼ばれる部類に入るつかさは、そのプレイヤースキルの高さもさらにモテる一因になっているだろう。

 

 奈緒は冷めたコーヒーを口に運ぶと、ぷくぅーっと頬を膨らませた。

 

「もぉー、7月は私と遊んでくれなくちゃ絶対に嫌だからね」

 

「わかってるわかってる。もう奈緒は本当に可愛いなー」

 

「ふーん、そんなお世辞言ったって騙されませんよー。もぉー、可愛くない私は一人寂しくシングルプレーしていますよーだ」

 

 ペェーと小さく舌を出す。そんなふうに怒って見せた表情が可愛くて、つかさは奈緒の頭をぽんぽんと撫でていった。ひとしきり奈緒を宥め終えると、つかさは少し考えるような表情で会話を続ける。

 

「奈緒がイベントのこと知らないとは思ってなかったからあれだけど。……あのカンベとか言うやつは誘ったりしないほうがいいよ」

 

「へっ、えっ、な、なんでそこでカンベが出てくるの!」

 

 つかさにその名前を出されると、奈緒の頭の中で緑髪チョンマゲと無精ひげが特徴的なギルド長の姿が頭に浮かぶ。本当の名前も性別も歳も何もかもわからない。だがそうであっても奈緒とライラックにとって、それは特別な存在だった。

 

 絵に描いたように慌てふためく奈緒を見てつかさは深くため息をつく。

 

「はぁ、早い段階で釘刺せてよかった。……いや、釘刺さずに放置してたほうが結果的によかったのかな」

 

「も、もう何言ってるの、わ、私とカンベはそ、その、別に相方でも何でもないし……」

 

「別にイベント参加に相方かどうかは関係ないんだけどね。見ての通り私がそうだし。――――今回のイベントってね、報酬のアバター衣装がかなり豪華なんだよ。でも俗に言う見た目装備ってだけで性能は全然なんだよね」

 

「そ、それがどうしたの」

 

「……カンベって見た目全然気にしないタイプだったよね。今の装備だって見かねたギルメンがくれたものだって言ってたし」

 

「見かねたわけじゃないよ。カンベがいつも頑張ってるから、リリィちゃんとぽこちゃんがプレゼントしただけだって」

 

「まあそれはどっちでも。でもあいつってギルド内の恋愛禁止しているんでしょう」

 

「あっ、うーん。……そうなんだよね」

 

 奈緒の所属する『@家パーティー』はギルド内恋愛を完全に禁止している。その昔、まだ奈緒が入り始めたころ、前のギルド長と副ギルド長を筆頭に本当にいろいろなことがあったらしい。

 

 実際何が起きたかを奈緒は詳しく知らない。だがリリィがかなりひどい目にあったこと。そしてその中でカンベが彼女の相方になったことは今でも鮮明に覚えている。

 

(でもリリィちゃんはいま林君の相方なんだよね……)

 

 カンベとリリィの間で何があったかは分からない。だが二人の関係はぎくしゃくすることなく、今でも楽しくゲームが出来ている。

 

 聞いてみたい。尋ねてみたい。二人の間に何があったのか。しかし猪突猛進な奈緒であってもそれは出来なかった。それは真実を知ることが怖いというのが半分。そしてもう半分はその話を聞くことでカンベを傷つけてしまうのではいう思いであった。

 

 グルグルと奈緒は頭を悩ませる。そんな彼女を見ると、つかさは再び彼女の頭に手を置いた。

 

「ぷぎゅっ!」

 

「まあそんなに難しい顔しないの。私としてはもろ恋愛チックなイベントにカンベを誘って、奈緒が後悔したり傷ついたりしなければ何だっていいんだからさ」

 

「……ううぅ、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 名前も性別も歳も知らない相手を警戒しないわけにはいかない。だが奈緒のカンベに対する気持ちが、もうそれ以上のものであることをつかさもわかっていた。

 

 つかさは時計を見るとその場から立ち上がる。

 

「それじゃあ私はまだ午後の講義があるから。どうするかは奈緒次第だからねー」

 

「うん、ありがとうねーー!」

 

 ぶんぶんと手を振ると笑顔でつかさを見送る。つかさも小さく手を振ってそれに返すと心の中で声を漏らした。

 

(オシャレで顔も可愛くて愛嬌もあって気づかいもできる。……はぁ、いっそリアルが何もわからないほうが奈緒のことを内側から見てくれるのかもね)

 

 愛らしい彼女を見てつかさは悩みの種は膨らんでいくばかりだった。

 

 

 

 次の日の土曜日。奈緒は難しい顔をしてパソコンの前に座っていた。パソコンにはゲーム画面が表示されておらず、有名SNSが映し出されていた。

 

 SNSの検索項目で奈緒は今回のイベントについて調べていた。つかさに聞いていた通り、今回はかなりリア充ならぬネト充向けのイベントになっているようで、様々な書き込みがリアルタイムで更新され続けていた。

 

「今回のイベントで動いている人結構いるんだなー。あー、この人なんて相方出来ましたってすっごい喜んでる」

 

 そんな幸せな報告が多数ありながらも、光あるところには必ず影も存在するものだ。

 

「この人はギルドに居づらくなってそのまま脱退か。……脱退かー」

 

 脱退という言葉は今のギルドに入ってから、常に奈緒の心の中にあった。いや、正確にはカンベがギルドマスターに代わってからである。

 

「……うちのギルドは恋愛禁止。わかってる、わかってますよーだ」

 

 誰もいない部屋に抗議の声がこだまする。恋愛禁止、そんなことは改めて考えなくても奈緒は理解している。だが理解できても心の中では納得しきれていなかった。

 

「リリィちゃんと林君は相方になって、どこに行くでもいつもいつもべったりで楽しそうで。あーん、羨ましいよーー!」

 

 椅子の上でじたばたと足を動かす。自分も相方を作ってあの二人のようにゲームをプレイしたい。そう思いながらもそれが不可能だということを奈緒は一番理解していた。

 

「カンベはこのギルドのマスターで、恋愛禁止を作った張本人で。……私に対しては何か冷たくて、はぁ、どうしてこんな感じになっちゃったんだろうなー。まだカンベと出会った頃は今の林君ぐらい距離が近かったと思うんだけどなー。やっぱり男同士で気が合うのかな」

 

 頭の中で次から次へと考えが浮かんでは消える。そして疑念や不満に頭の靄は濃くなっていくばかりだ。

 

「あー、駄目だ駄目だ。悪いほうばっかりに考えちゃうよ。もぉー、とりあえずログインしちゃおう‼」

 

 奈緒はブラウザを閉じるとRandgrid Onlineを起動する。イベント中だからか、ログインまでにしばし時間がかかりながらも、自身のアバターであるライラックがギルドの溜まり場に表示される。そして少しおいて林の姿が表示された。

 

「あっ、リリィちゃんは離席中かー」

 

林「ライラックさんこんにちはです!」

 

 ライラックの姿を見ると、オープンチャットで林が話しかけてくる。無邪気に話しかけてくる林の姿を見て、奈緒は心にあるモヤモヤを頭の中から追い出していった。

 

ライラック「林君おっつー! リリィちゃんは離席中みたいだけど、今日はどんな感じ―?」

 

林「今ちょうどイベントクエストの前半戦が終わったところなので、特に予定は決まっていませんね」

 

ライラック「イベントって、例のジューンブライドイベント?」

 

林「そうそうそれです! いやー、今回のイベントいろいろと挑戦しててかなり面白いですよ!」

 

ライラック「そうなんだ。ちなみにイベントはどんな感じなのかな?」

 

林「いやいや、これ何喋ってもネタバレになってしまうと思うので」

 

ライラック「あっ、大丈夫。たぶん私は今回のイベント走らないと思うから、出来れば教えてもらえるとありがたいかな」

 

林「そ、そうですかー。でしたら、ギルドチャット、あ、いやパーティーチャットのほうがいいかな。今誘いますねー」

 

 林からパーティー勧誘を受けるとそれを承諾する。文字色が変わると林は話を続けた。

 

 要点をまとめると、今回のイベントはかなり面倒らしい。レベルキャップもさることながら、ライラックお得意の広域魔法ぶっぱでクリアーできる形のイベントではないようだ。

 

 クリア報酬である紺碧のウェディングドレスはもちろん魅力的だ。しかしライラックにはイベント意欲が全くと言っていいほど湧かなかった。

 

「ネト充イベントに、収集に、見た目重視のアバター装備かー。……絶対カンベやってくれないだろうなー」

 

 カンベの意欲を根こそぎそるような三段構えにライラックは今度こそ完全に諦めをつける。

 

「よしよし、よーし! 今回は考えるのやめ。ちゃんとゲームを楽しもう!」

 

 頬を軽く叩くと気持ちを切り替える。奈緒はキーボードに手を添えるとチャットを打ち込んだ。

 

ライラック「もし暇だったらこれからダンジョンに潜らない? ちょうどう水属性の杖を強化したいと思ってたんだ」

 

リリィ「お、お待たせしました! 急に仕事先から連絡が来てしまいまして! あとライちゃんもこんにちはです!」

 

林「お疲れ様ですリリィさん!」

 

ライラック「リリィちゃんおつ~」

 

リリィ「それでダンジョンに行くんでしたっけ?」

 

ライラック「もし二人の時間が合えばお願いしたいんだよねー。水属性の杖の強化をそろそろしておきたいなって思って」

 

林「ずっと強化したいって言っていましたもんね。あとはアタッカーが誰かいれば、あっ、カンベさんもログインしたみたいですよ!」

 

リリィ「私も水属性の素材欲しかったのでちょうどよかったです」

 

 林は現パーティーのままカンベにパーティー要請をする。カンベはそれをすぐに承認したようだ。

 

カンベ「いきなり過ぎだろ。……で、速攻で勧誘したってことはどこか行くのか?」

 

林「水属性を強化するためにダンジョンに潜ろうと思っているんですよ。カンベさんもどうですか?」

 

カンベ「無言でパーティー勧誘してきて今更それを聞くか?」

 

林「えっ、あっ、それは。……すみません」

 

リリィ「もぉー、カンベさんだってすぐに承認したんですから、それこそ今更ですよ」

 

カンベ「ははっ、バレた?」

 

林「そ、そうですよカンベさん! 酷いじゃないですか‼」

 

カンベ「わりぃわりぃ、まっ、俺は皆で楽しくゲームできりゃあどこだっていいぜ。……ところでライラックは離席中か?」

 

 自分に話を振られてびくっと体を震わせる。奈緒は慌てたように会話を打ち込む。

 

ライラック「ごめんごめん、ちょっとダンジョン用にショートカット作り直してたんだ」

 

カンベ「あのダンジョンはよく行くんだからショートカットくらい用意しておけよな」

 

 普段なら何てことのない言葉だが、なぜだか今日はぐさりと刺さりこむ。奈緒は胸の前でギュッと手を握り締めた。

 

「やっぱりカンベ、私に少しあたりがきつくないかな……」

 

林「大丈夫ですよライラックさん。むしろダンジョンに行く前にショートカットに気づけたのはすごいですよ。俺なんてそれでかなり痛い目をみてしまったので」

 

 そう言うと林は今回のイベントでの自分のミスを話し始める。それはきっとライラックを慰める為のものだろう。だが振り払ったと思っていた頭の中のもやもやは、さらに濃く深く彼女の心を支配した。

 

 カンベを含めたギルド狩り。いつもなら彼が近くにいるだけで楽しい気分になれていた。だがどうしてだろうか。今の奈緒はカンベの近くにいることがなぜか少しだけ辛く切なかった。

 

 

 イベントのこともあってか、奈緒は何となくゲームにログインし辛かった。だがリアルフレンドのつかさは絶賛ネト充プレイ中だ。

 

 一人で外出をし新しい服やコスメを見ようかとも思った。だが黙々と見るよりは友達とはしゃぎながらのほうが奈緒は好きだった(つかさはあまりそうではないが)。

 

「あーもう、このモヤモヤをどうしたらいいのーー!」

 

 ストレスを発散しようにも一人行動は奈緒にとって寂しさが増すばかりだ。結局外に出たはいいが、何もせずにぶらぶら散歩するだけになってしまった。

 

「…………はぁ、何か飲もう」

 

 ため息とともにコンビニの中に入ると、よく飲んでいる紙パックのミルクティーを手に取る。するとその近くにある四角いカードに目が行った。

 

「(あっ、Randgridのポイントカードだ。厚紙の冊子に張り付いてるタイプのカードは珍しいな)」

 

 普段はペラペラの紙をレジに持っていき清算するタイプのものが多い。Randgrid Onlineのポイントを取り扱っている店自体かなり珍しいが、このタイプを見たのは奈緒にとって初めてのことだった。

 

 それを手に取りそのカードが張り付けられた厚紙を見る。そこにはポイントカード限定アイテムの紹介がでかでかと書かれていた。

 

「(アイテム付きのポイントカードが限定で発売されるって、ジューンブライドイベントを調べてる時にちょっと見たな)……でもこれはな~」

 

 最後の思いが思わず声に出てしまう。それは限定アイテムの見た目が何とも評価し辛いものだったからだ。

 

 ゲームにおいて初期に現れるスライムを模した頭装備。その緑色だ。これがまだピンクや青なら馴染み深いが、緑のそれはゲーム中あまり見ることがない。

 

「(あれって初期マップの下水道とかにしかでないやつだよね。フィールドの見た目汚いしドロップもおいしくないし行くことないんだよね~~)」

 

 そんな緑のスライムが金色の小さな王冠をかぶっており、『幸運のスライム頭装備プレゼント‼』とでかでかと目玉商品にされている。

 

 今回のジューンブライドイベントはかなり好評だが、どうしてこういうところで手を抜いてしまうのだろうか。Randgrid Onlineの運営方針がよくわからなかった。

 

「まあ無料でついてくるわけだし文句言っても仕方ないか」

 

 ため息交じりにカードを戻そうとする。だがその時飛び込んできた文字に奈緒は思わず手を止めてしまった。

 

「この装備で貴方も幸運をGETか」

 

 何の確証も保証もないありきたりな宣伝文句。金運が上がる壺のほうがまだ信憑性があると自分でも思っている。だが今の奈緒にとってはそんなありきたりな言葉でも強く心惹かれるものがあった。

 

「……どうせポイントは使うもんね。うん、うん。早めに買ったと思えばいいか」

 

 奈緒はポイントカードをカゴにいれる。そして気が変わらないうちにと紙パックの紅茶と一緒にレジに運んでいくのだった。

 

 

 

「はぁ、せっかく授業がないのに寂しい休日だな~」

 

 公園のベンチに座ると大きなため息をつく。こんなことならゲームをしていればよかったかなと思いつつも紙パックの紅茶を取り出した。

 

「あれ、ストローが入ってない。はぁ、紙パックなんだからつけておいて欲しかったな。――――ってあれ⁉」

 

 ガサガサと袋を漁るとストローだけではない。確かに買ったはずのポイントカードがその袋に入っていなかったのだ。

 

「……うわぁ、穴が開いてる」

 

 ビニール袋の底を見てみると小さな穴が開いているのがわかる。体積の大きい紙パックはともかく、ストローとポイントカードはこの穴から落ちてしまったみたいだ。

 

「……………………………はぁ~~~」

 

 どっと疲れてしまい背もたれに大きく体を預けてしまう。きっとポイントカードの厚紙の角で切れてしまったのだろうと予想が出来た。

 

「ぐすん、何が幸運をゲットよ。……結局私は何も手に入れられないよーだ」

 

 今の自分があまりにも惨めで目に涙をためてしまう。最近はネット内でも肩身が狭くなることがあり、現実でもこれだ。もうどうしていいのか奈緒はわからなくなってしまったのだ。

 

「あっ、駄目だ。泣きそう」

 

 そう言いながら涙をこぼしそうになったその時だ。

 

「――――あのすみません! もしかしてこれ落とした人ですか‼」

 

「えっ??」

 

 突然のことに驚きぐっと涙が引っ込んでしまう。俯いていた奈緒は顔を上げる。そこには緑髪で眼鏡が特徴的なリクルートスーツを着た自分と同じくらいの男の人が立っていた。だがその人物にも声にも全く覚えがない。奈緒は警戒した顔で目の前の男を見た。

 

「あっ、突然声をかけてすみません。さっきコンビニで貴方の姿を見て、それでこれが落ちていたからそうかなーと思って」

 

「えっ、あっ⁉」

 

 その男の手にはRandgrid Onlineのポイントカードが握られていた。奈緒の反応を見て確信したのだろう。男はそのカードを前に突き出した。

 

「このポイントカードって使えるところ限定的だし、俺もコンビニでちょっと視界に入れてたんですよね。でも見つけることが出来てよかったです。はいこれ」

 

 男はポイントカードとストローを奈緒に手渡す。その時ほんの少しだけ触れた男の手が汗ばんでいることが分かった。よく見ると額からも汗を流しており、必死に自分のことを探してくれていたのだと一目でわかってしまった。

 

「あ、あの、ありがとうございます!」

 

「いやいや礼には及びませんって。でもこのポイントカードってことはRandgrid Onlineやってるんですか?」

 

「貴方もやってるんですか⁉」

 

「ああ、やっぱり‼ 俺、これでも結構プレイヤー歴長いんだぜ。でも最近は6月のイベントのせいで集まりが悪くって困ってるよ。って、すみません気を抜くとどうもため口になってしまって」

 

「いえいえ、歳も同じくらいだと思いますし気にしないでください。……私は今のイベントほんの少し興味があるんですけど、その、誘いたい人があまり興味がない感じで少し悩んでまして」

 

 奈緒は自分自身どうしてこんなことを口にしてしまったのだろうかと思っていた。もう会うことのない人だからか、それともたまたま同じゲームをやっていたからか。……いいやそうではない。なぜか彼には気軽に相談できる空気があったのだ。

 

 いきなりこんなことを言われても困るだろう。奈緒はそう思っていた。だが緑髪の眼鏡の男性は顎に手を添えると深く深く考え込んでくれた。

 

「えっと、まず今のイベントにほんの少し興味があるって言ってましたけど。……それは本当にイベントに興味があるんですか?」

 

「えっ??」

 

「貴方の言い方だとただ単純に特定の人と遊びたいだけで、そのイベント自体あまり興味がないように見えるのですが」

 

「…………あっ」

 

 男性にそう言われて悩みがストンと落ちていくのを感じた。そうだ、そうなのだ。もともと奈緒はジューンブライドイベントに興味がなく、つかさに言われるまでその存在すら周知していなかった。

 

 しかし調べているうちにそのイベントの完成度や限定アイテムの豪華さに目を奪われ、過程と目的がごっちゃになってしまっていたのだ。

 

「……そうか、私はただ一緒に遊びたかっただけなんだ」

 

「そういう人間関係にあんまり首突っ込むのもよくないと思うけど、誘いたい人がイベントに興味がないなら逆に連れ出すチャンスなんじゃないかな。って、やべ、もうすぐ面接の時間だ‼」

 

 男性は携帯を見ると大慌てで走り出す。秒ごとに離れる背中を見て奈緒は声を上げた。

 

「いろいろとありがとうございましたーーーーー‼」

 

 男性は振り返ることなく小さく手を振る。そしてそのまま姿を消していった。取り残された奈緒は先ほど彼から渡されたポイントカードをギュッと握りしめる。

 

「何かすっごくグッと来ちゃった。カンベといいあの眼鏡の人といい、私ってこんなに惚れっぽいタイプだったかな」

 

 もし最初にカンベのことを好きになっていなければ。そんな考えが浮かぶが奈緒はそれを頭の中から振り払う。自分が好きなのはどんな見た目でも関係ないあの性格のカンベだ。それは絶対に変わることはない。

 

 奈緒はストローのビニールを破ると紅茶を一気飲みする。そして力強い足取りで帰路へとついていくのだった。

 

 

 

 それから数日後、ジューンブライドイベントの後半が始まり林やリリィは二人仲良くイベントを進めていた。そんなイベント一色の空気の中、奈緒はギルドの溜まり場でじっと一人のキャラクターを待ち続けていた。

 

 心の中で何度も何度も会話をシミュレーションする。そして何度も何度も自分に対して大丈夫だ、大丈夫だと言い聞かしていった。

 

【カンベがログインしました】

 

「き、来た!」

 

 奈緒はライラックの会話をカンベへの個別チャットへと切り替える。そしてゆっくり心を落ち着かせてからタイピングをしていった。

 

ライラック「あっ、カンベジャストタイミングじゃん。今度は風属性の杖を強化しようと思ったんだけど、ちょうど今日からイベント後半みたいで誰も捕まらなくてさー。でもせっかくログインしたから金策でも行かない?」

 

 いきなりの長文で引かれていないだろうか。いや何と思われても今日は絶対に引かない。どんな返事をされても絶対に丸め込んで見せる。奈緒はそう意気込んでいたが、カンベの返事はあっけないものだった。

 

カンベ「おお、そうだな。他のギルメンもいないし今日は二人でどっか行くか」

 

ライラック「えっ、いいの⁉」

 

カンベ「良いも悪いもお前から誘ってきたんだろう」

 

ライラック「ま、まあそうだけど」

 

「私と二人きりとか……よくて渋々承諾だと思ってた」

 

 しかしどういう心境の変化か、今日のカンベはいやに寛容だった。

 

カンベ「まあその場の思い付きとはいえ変なアドバイスしちまったせいかもな」

 

ライラック「えっ、それってどういうこと?」

 

カンベ「お前には全く関係ないことだよ。ほら行くぞライラック」

 

ライラック「………………うんっ!」

 

 ライラックの返事と共にカンベからパーティー要請が送られてくる。奈緒はパソコンの前で満面の笑みを浮かべる。そして公園で勇気をくれた緑髪の眼鏡の男性に心の底から感謝していくのだった。

 


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