鬼滅の刃 鬼斬り武者   作:戦国のえいりあん

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新作、書けました!
無限列車編の終盤である猗窩座戦です!


第十話 上弦の参との死闘

列車と同化した下弦の壱・魘夢を炭次郎や杏寿郎と共に打ち倒すことに成功した一同。しかしその直後、十二鬼月の一人である上弦の参が突如一同の前に姿を現した。かつて見ぬほどの強力な力を持つ上弦の鬼の前に炭次郎たちは窮地に陥っていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

・脱線現場

 

 

土煙の中から姿を現した上弦の参。その鬼の容姿は紅梅色の短髪に顔を含めた全身に藍色の紋様が入り細身ながらも筋肉質な体格だった。袖のない羽織に砂色のズボンと両足首に数珠のような物を身につけた軽装だった。

 

「……」

 

(これが上弦の鬼…今までの鬼とは桁違いだ…!)

 

戦わずとも分かる。この鬼はこれまで自身が戦ってきた鬼の中でも恐らく最も強い鬼なのだと。その凄まじい威圧感と闘気で並みの者であれば恐怖で動くこともできないだろう。

 

「すごい力を感じる…コイツ、左馬介と同じぐらい強い力を持ってるよ…!」

 

(分かってる…私なんかじゃこの鬼には敵わない…でも…!!)

 

「ああぁぁ!!」

 

「し、静音っ!?む、無茶だよ!やめて!」

 

しかし恐怖よりも勇気が勝った静音は日輪刀を構えて上弦の参に向かっていった。彼女にとって実力差など関係ない、たとえ敵わず死ぬことになろうとも全力で戦うのが彼女の戦い方だ。

 

(水の呼吸…壱ノ……)

 

「……邪魔だ」

 

壱ノ形を繰り出そうと刀を構えた瞬間、すでに上弦の参の攻撃が静音に命中していた。目にも止まらぬ速さで上弦の参は掌底を腹部に叩き込む。

 

「ぐぁっ……!!?」

 

「し、静音っ!!」

 

凄まじい威力の一撃に静音は背後の横転した列車の車体に勢いよく吹き飛ばされた。車体に叩きつけられた静音は少し悶えた後そのまま動かなくなってしまった。一部始終を近くで見ていた阿児は大慌てで静音の元に飛んで行き、必死に声をかけていた。

 

「伊角少女!!」

 

「静音っ!?だ、大丈夫か!!」

 

「……」

 

すると鬼は炭次郎と杏寿郎を見つめる。次の瞬間、鬼の姿が消えたと思えばいつの間にか炭次郎に一瞬で近付きその拳が眼前に迫っていた。それと同時に隣にいた杏寿郎が即座に反応し技を繰り出す。

 

(炎の呼吸、弐ノ型・昇り炎天!)

 

まるで炎が立ち上るように斬り上げ攻撃で鬼の腕を肘の辺りまで縦に斬り裂いた。斬られたと同時に鬼は大きく飛び退る。

 

「いい刀だ」

 

しかし杏寿郎がつけた傷は瞬く間に修復し、あっという間に元通りに戻っていた。

 

(再生が速い…これほどの圧迫感と凄まじい鬼気、これが上弦か…)

 

「なぜ手負いの者から狙うのか、理解できない」

 

「話の邪魔になると思ったからだ。俺とお前の」

 

「俺と君が何の話をする?初対面だが俺はすでに君のことが嫌いだ」

 

「…そうか、俺も弱い人間は大嫌いだ。弱者を見ると虫酸が走る」

 

お互い気が合うと言わんばかりに馴れ馴れしく鬼が不気味に笑いながら話す。

 

「俺と君とでは、物事の価値基準が違うようだ」

 

「そうか、では素晴らしい提案をしよう」

 

すると鬼は笑顔で手招きするような仕草で杏寿郎に言い放つ。

 

「お前も鬼にならないか?」

 

「ならない」

 

躊躇いもなく即答する杏寿郎に鬼は再び笑みを浮かべた後、淡々と話し始めた。

 

「見れば解る。お前の強さ、柱だな?その練り上げられた闘気、至高の領域に近い」

 

「俺は炎柱、煉獄杏寿郎だ」

 

「俺は猗窩座。杏寿郎、お前がなぜ至高の領域に踏み入れないか教えてやろう」

 

すると猗窩座は杏寿郎を指差し険しい表情で言い放つ。

 

「人間だからだ。老いるからだ。死ぬからだ」

 

「……」

 

「鬼になろう杏寿郎。そうすれば百年でも二百年でも鍛練し続けられる。強くなれる」

 

笑顔だがその声は冷たく何を考えているのか分からない気味悪さを感じた。すると杏寿郎がゆっくりと口を開いた。

 

「老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ、死ぬからこそ堪らなく愛おしく尊いのだ。強さとは肉体に対してのみに使う言葉ではない」

 

杏寿郎は猗窩座を睨み付け、強い口調で話す。

 

「この少年は弱くない、侮辱するな。何度でも言おう、君と俺とでは価値基準が違う。如何なる理由があっても俺は鬼にならない」

 

「…そうか」

 

その言葉を聞いた瞬間、猗窩座が右足を強く踏み込み戦闘態勢に入ろうとした時、猗窩座の闘気が一瞬で消える。その理由は猗窩座の背後にいた者が原因だった。

 

「…はぁ…はぁ…」

 

「伊角少女!」

 

「静音っ!お願いっ!もうやめてよ!」

 

「…負けない…!私は…戦う!!」

 

「……」

 

猗窩座の背後に立っていたのは意識を取り戻した静音だった。しかし先ほど受けた一撃が痛むのか、よろよろと千鳥足ような足取りで立っているのもやっとのような状態だった。

 

「…失せろ」

 

「…見く…びるな…!私は…まだ…負けてない!」

 

「邪魔だ」

 

「……っ!!?」

 

猗窩座は再び目にも止まらぬ速さの掌底を放った。先ほどは反応すらできなかったが今度は違った。静音は全集中常中の呼吸を行い、間一髪で猗窩座の攻撃を刀の柄で防ぐ。しかし勢いまでは防ぎきれず再び大きく後ろに吹き飛ばされる。

 

「ぐあぁぁ!!」

 

「…!」

 

弱者と思っていた静音が自分の一撃を防いだことに驚いたのか少し表情に変化が見えた。一方、吹き飛ばされた静音も弱々しく起き上がり再び構える。

 

(…一か八か…この一撃で…!!)

 

「全集中!水の呼吸!肆ノ型・打ち潮!!」

 

「よせっ!伊角少女!!」

 

大きく息を吸い込み、体中の全神経を研ぎ澄ませる。狙っているのは猗窩座の頚…刀を力強く握りしめ一歩踏み込む。

 

(死んだって構わない…!!やってやる…!!)

 

「……はああぁぁぁっ!!!」

 

咆哮と共に静音が猗窩座に向かって疾走する。踏み込みと同時に凄まじい速度で猗窩座に接近していた。弱り果て弱者と侮っていた者がこれほどの速度と気迫を出したことは猗窩座も予想外だった。

 

(速い…!)

 

瞬く間に距離を縮めた静音は軽く跳躍し猗窩座の頚めがけて渾身の一撃を放とうとするが、黙って攻撃を食らうほど猗窩座も甘くない。すぐさま静音を迎え打とう構え、反撃の一撃を静音の腹部を狙って繰り出した。

 

勝敗は一瞬だった。

両者の攻撃がお互いに命中したように見えたが攻撃が先に命中していたのは…

 

「…が…は…」

 

「……」

 

先に命中したのは猗窩座の掌底だった。虚しくも静音の一撃は猗窩座の頚を僅かにかすっただけでその小さなかすり傷も一瞬で修復されてしまった。しかし、どんなに小さくとも自身に傷を負わせたことには驚愕しており、猗窩座は激しい形相で静音を睨み付けながら言った。

 

「…やるな!柱でもない剣士に傷を付けられるとは」

 

「伊角少女っ!!」

 

「静音っー!!」

 

「…だが、所詮は弱者、お前はその程度だ」

 

猗窩座はすでに打撃を食らって失神している静音を宙に放り投げ、杏寿郎たちのいる方に蹴り飛ばした。勢いよく飛んでくる静音を杏寿郎は抱き止めた後、大急ぎで静音の傷を確認する。

 

「しっかりしろ!伊角少女!」

 

「……」

 

(脈はある…無事のようだな)

 

「静音っ!!大丈夫!?しっかりして!」

 

「小さい君、伊角少女を頼む!」

 

静音は白目をむいて失神していたが、あの猗窩座の攻撃を三度も受けて生きている静音の頑丈さに杏寿郎は内心驚いていた。ゆっくりと静音をその場に寝かし後を阿児に任せると猗窩座を睨み付ける。

 

「弱者は放っておけ杏寿郎。さあ、早く戦おう!」

 

「…いくぞ!」

 

猗窩座は嬉しそうに右足を踏み込み構える。

 

「術式展開、破壊殺・羅針!」

 

構えると同時に猗窩座の足元にまるで雪の結晶のような紋様が浮かび上がった。体から目に見えるほどの闘気を放ち杏寿郎に向かって技を繰り出す。

 

(炎の呼吸、壱ノ型・不知火!)

 

杏寿郎も負けじと壱ノ型で猗窩座を迎え撃つ。あまりの速さに近くで見ていた炭次郎は二人を目で捉えることができなかった。

 

「今まで殺した柱たちの中に炎はいなかったな!そして俺の誘いに頷く者もいなかった!」

 

絶え間なく技を繰り出しながら猗窩座は楽しそうに話していた。

 

「何故だろうな!同じく武を極める者として理解しかねる!選ばれた者しか鬼になれないというのに!」

 

猗窩座の拳と杏寿郎の日輪刀が激しくぶつかり合う。

 

「素晴らしき才能を持つ者が醜く衰えてゆく、俺は耐えられない!死んでくれ杏寿郎…若く強いまま!」

 

そう叫ぶと猗窩座は宙に飛び上がり、杏寿郎に向かって拳を振るった。

 

「破壊殺・空式」

 

「……!?」

 

虚空で拳を振るった瞬間、重い衝撃波が杏寿郎に向かって無数に飛んでくる。しかし、杏寿郎も負けじと技を繰り出し猗窩座の技を相殺しようとする。

 

(炎の呼吸!肆ノ型・盛炎のうねり!)

 

巨大な渦のように宙をうねる炎の斬撃が猗窩座の技を防ぐ。

 

(なるほど…虚空で拳を打つと攻撃がこちらまで来る、一瞬にも満たない速度…このまま距離を取って戦われると頚を斬るのは厄介だ…)

 

術の仕組みを理解した杏寿郎は日輪刀を構え、一瞬で猗窩座の間合いに入り込んだ。

 

(ならば近づくまで!)

 

一気に近づき至近距離から斬撃を繰り出すが、それをギリギリかわした猗窩座は笑みを浮かべながら話し始める。

 

「この素晴らしい反応速度!」

 

お互いに激しく打ち合いながら猗窩座は杏寿郎に再び説得を重ねた。

 

「この素晴らしい剣技も失われてゆくのだ、杏寿郎!悲しくはないのか!」

 

「誰もがそうだ、人間なら!当然のことだ!!」

 

その後方で懸命に起き上がって加勢しようとしている炭次郎とようやく駆けつけて来た伊之助を見た杏寿郎は二人に向かって叫んだ。

 

「動くな!!傷が開いたら致命傷になるぞ!!待機命令!!」

 

「……っ!!」

 

「……!!」

 

杏寿郎の一喝に炭次郎も伊之助もその場に固まった。すると猗窩座が大きく拳を振るい少し苛立ちながら言った。

 

「弱者に構うな、杏寿郎!!全力を出せ!俺に集中しろ!」

 

お互い背後に飛んで距離を取った両者がそれぞれ構え、技を放った。

 

(炎の呼吸!伍ノ型・炎虎!)

 

(破壊殺・乱式!)

 

杏寿郎の刀から放たれた炎の虎の如き斬撃と猗窩座の拳から放たれる連打が幾度となくぶつかり合う。そのあまりの激しさに周囲に土煙が巻き起こった。

 

(すげぇ…!!)

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

猗窩座と杏寿郎が戦い始めて数十分後、変わらず目の前で凄まじい速さの打ち合いが繰り広げられている。一方、伊之助と炭次郎は戦いを固唾を飲んで見守るしかない己に苛立ちを感じながらもその場を動けずにいた。

 

(隙がねぇ…入れねぇ…あの二人の周囲は異次元だ。間合いに入れば"死"しか無いのを肌で感じる…!)

 

(煉獄さん…!煉獄さん…!!)

 

助太刀に入ったところで足手まといでしかない。それが分かるから動けないのだ。

 

一方、目の前での戦いの状況は最悪だった。当初は猗窩座と互角の勝負を繰り広げていた杏寿郎だったが、猗窩座の異常な再生能力の前に徐々に劣勢に立たされていた。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

「死ぬな、杏寿郎」

 

猗窩座の攻撃により左目を潰され、肋骨は砕け、内臓も傷つき肩で呼吸して立っているのもやっとような状態だった。杏寿郎の足元にボトボトと血がしたたり落ちている。

 

「生身を削る思いで戦ったとしても全て無駄なんだよ、杏寿郎。お前が喰らわせた素晴らしい斬撃も既に完治してしまった」

 

猗窩座の行った通り、その上半身に刻まれていた傷が瞬く間に消えていく。

 

「潰れた左目、砕けた肋骨、傷ついた内臓、もう取り返しがつかない。鬼であれば瞬きする間に治る。そんなものは鬼ならばかすり傷だ」

 

「ハァ…ハァ…」

 

「どう足掻いても人間では鬼に勝てない」

 

杏寿郎は何も言わず、ただ呼吸を繰り返していた。そんな様子を見ていた炭次郎が必死に立ち上がろうともがいていた。命令違反であっても足手まといであろうともこれ以上見ているだけの状況に耐えきれなかった。

 

「だ、大丈夫なの…!?あの子、このままじゃ死んじゃうよ!」

 

「ぐ……っ!!」

 

(助けに入りたいのに…!手足に力が入らない…傷のせいでもあるだろうが、ヒノカミ神楽を使うとこうなる…!)

 

すると立っていた杏寿郎の呼吸がゆっくりと整っていく。瀕死の状態だった杏寿郎の体から燃え上がる炎のような闘気を感じた。

 

「俺は…俺の責務を全うする!!ここにいる者は誰も死なせない!!」

 

まるで己自身に言い聞かせるように叫び、杏寿郎は刀を頭の右脇近くに構えた。

 

(一瞬で多くの面積を抉り斬る…!)

 

「……!!素晴らしい闘気だ…それ程の傷を負いながらその気迫、その精神力…一分の隙もない構え」

 

そう言うと猗窩座は突然、高らかに笑いながら言った。

 

「やはりお前は鬼となれ、杏寿郎!!俺と永遠に戦い続けよう!!」

 

「炎の呼吸、奥義!」

 

「術式展開!」

 

 

心を燃やせ!限界を越えろ!

 

 

杏寿郎は胸の中で叫んだ。そして自身の持つ奥義を繰り出した。

 

「玖ノ型!煉獄!!」

 

「破壊殺・滅式!!」

 

炎の龍を象る杏寿郎の斬撃を、猗窩座は鬼の拳で迎え撃つ。両者の技がぶつかり合った瞬間、凄まじい打撃音と共に地面が激しく震え、周囲に土煙が立ち込める。

 

「……!!」

 

「煉獄さんっ!!」

 

土煙に覆われた両者を見守っていた炭次郎と伊之助は食い入るように凝視していた。

 

(止まった…?土煙で見えない…煉獄さん…煉獄さん!!)

 

そして少しずつ土煙が霧散すると、煙の向こうから杏寿郎の頭部が見え、続けて猗窩座の頭部も見えた。左の頭部が削れ、左腕も千切れかけている。

 

しかし…

 

(見えたっ……!え……)

 

「嘘……!」

 

なんと猗窩座の右腕が杏寿郎の胸を貫通していた。

 

「がは……っ」

 

(あ…ああ…!!)

 

胸を貫かれた杏寿郎が苦しそうな表情で吐血する。

 

「死ぬ…!!死んでしまうぞ杏寿郎!鬼になれ!!鬼になると言え!!」

 

杏寿郎の胸部を貫いたまま猗窩座が叫ぶ。

 

「お前は選ばれし強き者なのだ!!」

 

「………」

 

その言葉が杏寿郎の幼い頃のある出来事を思い出させていた。それは杏寿郎の母である瑠火と話した時の出来事だ。母から聞いた自分の進むべき道を示した言葉…

 

『なぜ、自分が人よりも強く生まれてきたのか分かりますか』

 

『弱き者を助けるためです』

 

『弱き人を助けることは強く生まれた者の責務です。責任を持って果たさなければならない使命なのです』

 

刹那の思い出から立ち戻った杏寿郎が右手に力を込め、柄がきさむ程握りしめた刀を猗窩座の頚に叩き込んだ。

 

「ぐぅおおおおお!!」

 

「かっ……!!?」

 

(母上!俺の方こそ貴方のような人に生んでもらえて光栄だった!)

 

(この男…!まだ刀を振るのか!?)

 

「オオオオオオオ!!!」

 

杏寿郎の放つ闘気に押され、刃が徐々に頚に食い込んでいく。猗窩座はすでに再生を終えた左腕で頭部を潰さんと拳を繰り出したが…

 

「くっ……!!」

 

なんと杏寿郎は左手で猗窩座の手首を掴んでそれを阻んだ。信じられないような表情で猗窩座は杏寿郎を見つめていた。

 

(止めた…!?信じられない力だ!!急所に俺の右腕が貫通しているんだぞ!!)

 

瀕死のこの男に、まさかこれほどの力があるとは…。と困惑する猗窩座をさらに驚愕させるものが空から垣間見えた。

 

(…!!しまった!!夜明けが近い!!)

 

遠くの空が白み始めており、この状態で朝日が昇ってしまえば猗窩座の身が危うかった。

 

(早く殺してこの場を去らなければ!!)

 

急いで右腕を引き抜こうとするが、杏寿郎のみぞおちからまったく動かない。

 

(腕が抜けん…!!)

 

「逃がさない!!」

 

その頃、炭次郎は荒い呼吸で何度も倒れながら自分の日輪刀を探していた。そして、ようやく見つけた日輪刀は林の一番手前にある木の根元に落ちていた。

 

(煉獄さんになんと言われようと…ここでやらないと!)

 

炭次郎は震える手で日輪刀を掴むと未だに戦いの最中である杏寿郎の元へと急いだ。ますます明るくなっている空に今度は自身が窮地に立たされた猗窩座は戦慄していた。

 

(夜が明ける!!ここには陽光が差す…逃げなければ!!)

 

なんとか杏寿郎から逃れようとするが右腕は抜けず、左腕も拘束されたまま振り払えない。

 

「絶対に放さん、お前の頚を斬り落とすまでは!!」

 

「退けぇぇぇ!!」

 

「おおおおおお!!」

 

凄まじい気迫と共に、杏寿郎の刀がさらに深く頚に食い込んだ。頚の半分まで到達した時、外野から叫び声が聞こえた。

 

「伊之助、動けーーっ!!煉獄さんのために動けーーつ!!」

 

「……!!」

 

炭次郎の言葉にハッとなり、伊之助も慌てて炭次郎と共に刀を構えて走り出した。そして、猗窩座の頚を狙って技を繰り出した。

 

「獣の呼吸!壱ノ牙・穿ち抜き!」

 

「…くっ!!」

 

すると猗窩座は体を背後に無理矢理引いて自らの両腕を引き千切ると力強く地面を蹴った。刀が刺さったまま大きく跳躍すると木々の生い茂る林に走った。

 

(早く陽光の陰になる所へ……!)

 

狭い木々の間を走りながら、頚に食い込んでいた刃を投げ捨てる。

 

(梃子摺った…!早く太陽から距離を…!!)

 

その時、背後から異様な気配を感じた。気配を察知した猗窩座が振り返ろうとした瞬間、胸部を何かが貫いた。

 

「……っ!!」

 

胸部を貫いていたのは黒い刃の日輪刀だった。

そして、その先にいたのは…

 

「逃げるなぁ!逃げるな卑怯者!!」

 

日輪刀を投げたのは炭次郎だった。猗窩座を卑怯者と必死に罵っていた。

 

「逃げるなァァ!!」

 

その瞬間、怒りのあまりこめかみに血管が浮き上がる。猗窩座自身でも驚く程、激昂していたのだ。

 

(何を言っているんだあのガキは…!!脳味噌が詰まってないのか!?俺は鬼殺隊から逃げてるんじゃない。太陽から逃げているんだ。それにもう勝負はついているだろうが…!アイツは間もなく力尽きて死ぬ!)

 

猗窩座は胸の内でそう吐き捨てると煮えたぎるような怒りを抱えたまま林の奥へ消えていった。

 

「いつだって鬼殺隊はお前らに有利な夜の闇の中で戦っているんだ!!生身の人間がだ!!傷だった簡単には塞がらない!!失った手足が戻ることもない!!」

 

なおも炭次郎は叫び続けた。

 

「逃げるな馬鹿野郎!!馬鹿野郎!!卑怯者!!お前なんかより煉獄さんの方がずっと凄いんだ!!誰も死なせなかった!!戦い抜いた!!お前の負けだ!!煉獄さんの勝ちだ!!」

 

もうこの声は猗窩座に聞こえていないかもしれないが炭次郎はあふれ出る怒りと悲しみを叫び続けた。いつしかこらえていた涙がポロポロとこぼれ落ちてきた。

 

「うああああ…ああああ!!」

 

「……」

 

そんな炭次郎の背中を見ていた杏寿郎は優しく言葉をかけた。

 

「もうそんなに叫ぶんじゃない。腹の傷が開く。君も軽症じゃないんだ」

 

「……!」

 

「竈門少年が死んでしまったら俺の負けになってしまうぞ」

 

その言葉を聞いた炭次郎は必死に涙をこらえながら杏寿郎を見る。

 

「煉獄さん…」

 

「こっちにおいで、最後に少し話をしよう」

 

炭次郎はゆっくりと立ち上がると、足を引きずりながり煉獄の元に歩み寄ると目の前に正座する。

 

「……」

 

「思い出したことがあるんだ…昔の夢を見た時に」

 

懸命に涙をこらえようとしているが、それでもできずにポロポロ涙を流しながら杏寿郎の話をじっと聞いている。

 

「俺の生家煉獄家に行ってみるといい。歴代の炎柱が残した手記があるはずた。父がよくそれを読んでいたが…俺は読まなかったから内容は分からない」

 

いつの間にか日が昇り、辺りは明るくなっていた。見ると杏寿郎のみぞおちを貫いていた猗窩座の腕が崩れ始め、塵となって消えた。それと同時に傷口からの出血も加速し始めた。

 

「君が言っていたヒノカミ神楽について何か…記されているかもしれない」

 

「煉…獄さん…!もういいですから、呼吸で止血してください…傷を塞ぐ方法は…」

 

「無い、俺はもうすぐ死ぬ…喋れるうちに喋ってしまうから…聞いてくれ」

 

笑顔で応える杏寿郎を見た炭次郎の顔が悲しみで歪んだ。その隣で伊之助も体を震わせてじっと言葉を聞いていた。

 

「弟の千寿郎には自分の心のまま正しいと思う道を進むように伝えて欲しい。父には体を大切にして欲しいと。それから…竈門少年」

 

「……!」

 

「俺は君の妹を信じる。鬼殺隊の一員として認める。汽車の中であの少女が血を流しながら人々を守るのを見た。命をかけて鬼と戦い人を守る者は、誰が何と言おうと鬼殺隊の一員だ。胸を張って生きろ」

 

「……うっ…うう…」

 

炭次郎の目から再び大量の涙が浮かび上がり、こらえ切れず嗚咽を漏らした。

 

その時、炭次郎たちの背後で失神して倒れていた静音の意識が戻り、腹部を押さえながら弱々しく立ち上がった。

 

「……あ、あれ…私…生きてる…」

 

「静音!?よかった…大丈夫?」

 

「……!!そうだ!鬼は!?上弦の参は…!?」

 

「大丈夫…あの子が追い払ってくれたよ。でも…」

 

「れ、煉獄様…!!」

 

同じく涙目になっている阿児の視線の先には今にも力尽きようとしている杏寿郎の姿があった。静音と阿児も杏寿郎の前に急いで駆け寄った。

 

「煉獄様…すみません…私の…せいで…」

 

「伊角少女、君のせいじゃない。自分を責めるな。傷は…大丈夫か?」

 

「平気です…!私の傷なんか…放っとけば治ります…!」

 

己の最期を看取ってくれるのがこの子たちでよかった、と思い杏寿郎は最後の力を振り絞って言葉を伝える。

 

「己の弱さや不甲斐なさにどれだけ打ちのめされようと、心を燃やせ。歯を喰いしばって前を向け、君たちが足を止めて蹲っても時間の流れは止まってはくれない。共に寄り添って悲しんではくれない。俺がここで死ぬことは気にするな。柱ならば後輩の盾になるのは当然だ、柱なら誰であっても同じ事をする。若い芽は摘ませない」

 

きっとこの子たちが強くなり悲しみの連鎖を断ち切ってくれることを願って…

 

「竈門少年、猪頭少年、黄色い少年、伊角少女…もっともっと成長しろ。そして今度は君たちが鬼殺隊を支える柱となるのだ。俺は信じる。君たちを信じる」

 

「う……うう…」

 

「れ、煉獄…様…」

 

これで伝えたいことはすべて伝えた。声を殺して泣く二人を優しく見守っているうちに杏寿郎の意識が次第に遠のいていく。その時、ぼやける視界の先に人影が見えその人物を見た杏寿郎は思わず目を見開いた。

 

その人物は幼き頃に死んだ杏寿郎の母、瑠火だった。

朝日に照らされた光を背に杏寿郎を静かに見つめていた。

 

(母上…俺はちゃんとやれただろうか?やるべきことを果たすことはできましたか?)

 

杏寿郎の心の言葉に瑠火は微笑んで言った。

 

『立派にできましたよ』

 

その言葉を聞いた杏寿郎は晴れやかな笑顔を見せた。その笑顔を最後に煉獄杏寿郎は息絶えた。最後まで己の責務を全うし、人々を救い続けた生涯だった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その直後、禰豆子を入れた木箱を背負ってやって来た善逸に簡単に状況を説明すると信じられないような表情で杏寿郎の亡骸を見ていた。

 

「汽車が脱線する時…煉獄さんがいっぱい技を出しててさ、車両の被害を最小限に留めてくれたんだよな…」

 

「そうだろうな…」

 

「死んじゃうなんてそんな…ほんとに上弦の鬼が来たのか?」

 

「…うん」

 

「なんで来んだよ上弦なんか…そんなに強いの…?そんなさぁ…」

 

炭次郎は弱々しく「うん」と応えて頷くだけだった。

 

「悔しいなぁ…何か一つできるようになっても、またすぐ目の前に分厚い壁があるんだ…凄い人たちはもっと先の所で戦っているのに…俺はまだそこに行けない」

 

己の弱さが情けない。それが悔しくて悲しくて隊服の上から両膝を握りしめる。

 

「こんな所でつまずいているような俺は…俺は…煉獄さんみたいになれるのかなぁ……」

 

「弱気なこと言ってんじゃねぇ!!」

 

その声に二人はハッとする。声をあげたのは今までうつむいていた伊之助だった。両手の刀を握りしめ肩をわなわなと震わせながら話し始めた。

 

「なれるなれないかなんて、くだらねぇこと言うんじゃねぇ!!信じると言われたならそれに応えること以外、考えんじゃねぇ!!死んだ生き物は土に還るだけなんだよ!!」

 

被り物の目玉からボロボロと涙を流しながら、震える声で叫ぶ伊之助の声を聞いた炭次郎の目にさらに涙が滲む。

 

「べそべそしたって戻ってきやしねぇんだよ!悔しくても泣くんじゃねえ!!どんなに惨めでも恥ずかしくても生きてかなきゃならねぇんだぞ!!」

 

「お前も泣いてるじゃん……被り物からあふれるぐらい涙出てるし」

 

「俺は泣いてねぇ!!」

 

指摘された伊之助が号泣しながら善逸の顔面に頭突きした。それを喰らった善逸はその場に倒れた。

 

「わあああぁぁぁぁ!!」

 

大声で叫びながら両手の刀を振り回す。

三人とも幼い子供のように泣きじゃくっていた。どうしようもない怒りと悔しさをどこかにぶつけるように…

 

そして、その側で立ち尽くしていた静音も静かに一人、涙を流していた。あの時、自分がもっと戦えていれば…そうすれば杏寿郎は死ななかったのではないか…?静音の心は後悔の気持ちでいっぱいだった。

 

「また…何も…何もできなかった…」

 

あの時と同じだった。自身が命を落としかけた巨人の鬼との戦い…誰も守れず、ただ一人左馬介に命を救われたあの時のことだ。

 

「静音のせいじゃないよ…杏寿郎も言ってたでしょ?自分を責めるなって…」

 

「…悔しい…悔しいよ…私は…誰も守れないの…?」

 

「……」

 

「私って…こんなに無力だったんだ…」

 

一度目は左馬介に救われ、今度は杏寿郎に守られた。守られてばかりで自身は何もできていない。何も守れていない。自分が仲間を助けるためにこれまで必死に修行してきたのに自分の力はこの程度でしかなかったのだ。涙が止まらない、静音はただうつむいて泣いていた。

 

「う…うう…」

 

「元気出して…みんなを守ってくれた杏寿郎のためにも静音がもっともっと強くならなきゃ…!だから…気を落とさないで…」

 

「……うん」

 

 

【挿絵表示】

 

 

そう言う阿児もポロポロと涙を流して仲間を守るために死ぬまで戦った杏寿郎の死を悲しんでいた。その後、隠の部隊が来るまで静音たちはただ泣き続けた。杏寿郎の死は直ちに産屋敷と柱へと伝えられた。その後の調査によれば彼の活躍によって二百人の乗客は一人も死なかったのだ。

こうして無限列車での事件は幕を下ろしたのだった。




ようやく無限列車編終了です!
次回は少しだけ左馬介パートに入ります。
気長にお待ちください!
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