いつの間にかお家にいる、ハイテンションモダンガールとの暮らし。

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あけましておめでとうございます。


第1話

 新年年越し大寒波。

 寒さに凍える1月始めも仕事に変わらず。

 年末年始は三ヶ日を過ぎ、今日も今日もて変わらぬ仕事。

 

 わたくし犬山(いぬやま)薫子(かおるこ)、社会人一年目。犬の名に恥じぬ社畜ライフを満喫しております。

 皆さま方は新年におかれましていかがお過ごしでしょうか。

 

 

 ……なんて、白い溜め息をついてがっくり肩を落とす。

 カッコつけたところで何かあるわけでなく、一人暮らしを始めて一年経つというのに会社と家の往復暮らしに変化はない。

 ああ、でも最近ちょっと変わった事はあったかな。

 

「ただいまぁー」

「薫子様っ!」

 

 寒いマンションの廊下を抜け、我が家の玄関を開けると元気な声がした。

 続いてとたたと駆ける音がして、小さな彼女がその姿を表す。

 

「お帰りなさいませ薫子様っ!」

「ぁあ、うん。ただいま」

 

 小学生ほどの身の丈におかっぱ頭、ただ普通の子供と違うのはその頭に大きな猫耳が付いていることと、時代錯誤な和服の上に割烹着を着てることだろうか?

 大正か昭和初期の若女将、と言った方が分かりやすいかも知れない。

 そんな少女が、つい先日何の脈略もなく突然我が家にやってきたのだ。

 

 

 走ってきて、挨拶もそこそこに私の持っていた鞄を引ったくるように奪った。

 ついでにつま先立ちになりながら甲斐甲斐しく上着も剥ぎ取ると、抱えてとたたと走って寝室へ消えていく。

 

「温かいお茶が入っておりますのでごゆっくりしてくださいまし! こたつも暖めておきました! お夕食はもう暫しお待ちくださいませ!」

 

 ちょっとずれたような敬語で寝室からひょこっと顔を出して、慌ただしくそう教えてくれた。

 いつまでも玄関にいるのは凍えるので素直にこたつへ入ろう。正月から仕事で疲れたよ。

 

 ……。

 ……あぁ、お茶が温かい……。

 

「お夕飯はハンバーグにございます! 腕によりをかけておりますので、もう少々お待ちくださいまし!」

「手は届く? 大丈夫?」

「ご心配には及ばず!」

 

 とは言うけど、あの子供の身長じゃ危なっかしい。

 一応踏み台を自分なりに用意してたみたいだけど。

 

「ひとつ聞いていいかな?」

「はい! 何でございましょうか!」

「あのさ、今更なんだけどさ」

 

 

 ──君、誰ェ!?

 昨日から家になぜかいてさも当然のように家事してるけど、アンタどこの子!?

 ていうかその頭の猫耳なに!? 本物!? てか妖怪の類いなの!?

 すんごい本当に今更だけど、私って君のことなんにも知らないんだけどォ!?

 

「はて?」

「じゃないよ! 名前すら聞いてないし!」

「あ、申し遅れました! (わたくし)めは昼寝子(ひるねこ)と言います!」

 

 元気に答えるけど、名前聞いたところで前進してないんだよ……っ!

 

「で、そのー、昼寝子さんはさ、何者?」

「ああ! どうか適当に昼寝子とお呼びください! 示しがつきません!」

 

 示しって……誰に……?

 つか、テンション高いね君……。

 

「昼寝子めは薫子様に仕えるよう本家のご主人から仰せつかりました! 事情により暫しの間この姿をお見せできず申し訳ございません!」

 

 本家?

 私にとって本家って、実家のこと?

 え、なに。うちってもしかして妖怪とかの類いに縁のある感じなの?

 やめてよ、ゲゲゲのウォッチが始まっちゃうじゃんか。私はトレジャーガウストの方が好きだったんだよ。

 男の子っぽい趣味だって? ほっとけ。

 

「ああ、そのご心配はなく! 昼寝子めは“はぐれ”に属する者でございますゆえ、厄の持ち込みはございませぬ! むしろ福を呼び込むが本業です!」

「はえー」

 

 はぐれって何さ。ワケワカンネ。しかも妖怪の類いであることは否定してないし。

 まあ、座敷わらしみたいなもんでしょ。福を呼び込むってならいいや。

 思考を破棄しながらこたつでぐだり。

 

 どっかの家から逃げ出したとか、あるいはいつの間にか家にいるヤンデレとかそういう、あーつまり犯罪チックなあれじゃなきゃ、まぁいいでしょ。

 犬山薫子。新社会人。性格、アバウト。

 

「他には家事手伝いしかできぬ身ではありますが、可能な限りご要望に添えていきたい所存でございます!」

 

 その家事手伝いが普通にすげぇ助かるんだけどね。

 このところ一人暮らしを始めてからそういう細かい家事で結構行動時間とかやる気ゲージを消費しちゃって、趣味娯楽に没頭できてなかったし。

 これ以上はあまり高望みしないにしても、可能な限りの要望ね……。

 

 仰向けに寝っ転がったまま、首を伸ばして逆さの視界で台所に立つ昼寝子を見る。

 あんな身でも喋りでも妖怪って事は、なんかこう妖力的なファンタジーパワーも持ってるって事っしょ? もし仮に私がこう、現実的じゃない事を冗談で頼んでもガチにしちゃって大事になる可能性あるよね……。

 

 じーっと見つめてると、視線に気が付いた昼寝子が突然ぼんっと頭から湯気でも出るんじゃないかってくらいに顔を赤くして、あたふたし始めた。

 

「あ! あの! その……よ、夜伽(よとぎ)や、側室っ、等は、ぇと、この昼寝子めは……」

「バッ! 子供に手は出さないよ!?」

 

 いきなり何言ってんだこのロリは!?

 てかあたしゃ女だよ! こんな身なりでも!

 

「いっ!」

 

 そして今度はどうした!

 

「い、いえ、なんでもございませぬ。昼寝子めは強いので、お野菜に血は混じりません!」

「手切ったの? ほら、危ないから私がやるよ」

「いえいえ! 薫子様の出る幕ではありません!」

「いいからいいから」

 

 台所へ向かい見ると、勢いで指先を少し切ってしまったようだ。

 さっきの鞄のお返しという訳じゃないけど、危なっかしい包丁を半ば無理矢理奪うと涙目でこっちを見てくる。

 いいからその手をまずは何とかしなさいよ。消毒なり絆創膏なり。

 

 ご主人様(?)たる私に台所を奪われた事に不服なようだけれど、怪我をそのままにしておくわけにもいかないと結論が出たのか、涙目のまま指先の傷を舌だけ出してちろちろと舐めた。

 血を舐めて、スゴい渋い顔をしてる。

 それからちょっと間を置いて、意を決したようにぱくりと指先を口に含むとより顔を渋くして、ぷるぷる震えだした。

 

「う、えぅぅ……」

 

 けはっと唾液まみれの指が外に出てきて、じわりとまた血が滲む。

 

「ううぅ……」

 

 そんな傷の治らない指を見て、すっごい嫌そうな顔してるけど……えーっと、何してんのかしら?

 なんかこう、妖怪的なのだし不可思議パゥワーでワーッてやって治すのかと思ったら全然そのままじゃん。

 てか血嫌いなの? 血の味が大好きって人は、あまりいないとは思うけどさ、あんた人じゃないし。

 

「唾つけとけば治りますのでお気になさらず……!」

「そういう意味じゃないと思うんだけどね」

 

 いつの時代? って聞きかけて、そういえば大正ロマン的な和の装いだったなと思い返す。

 本当は何歳なんだろう。この昼寝子さんは。

 妖怪ならこう、せめて百歳は出て欲しい。この見た目と落ち着きのなさで「47歳ですっ」なんて言って欲しくない。中途半端というか、なんかとても痛い感じになってしまう。

 

「ほら手を洗って。そしたら消毒と絆創膏と」

「……申し訳なく……っ!」

 

 ぱっぱと処置すると大事そうに手を握って、何度も頭を下げる。

 うちに来て2日目、変な会話して動揺したせいとはいえこんな短期間で怪我しちゃって今後大丈夫だろうか。

 本人も変に力入ってる感じあるし、怪我が続くようなら料理は当番制にするか、あるいは私も手伝った方が良いかもしれない。

 

「では、残りをやってしまいます!」

「気を付けてね」

 

 昼寝子を信じてあげよう。

 あとはハンバーグ焼くだけだし……火傷しないよね?

 

 こたつに戻って適当にテレビを付けて、ちらちらと背後を気にしつつ、全然心が休まらない。

 いやー、やっぱ手伝った方がいいかなぁ。

 でもあの子の性格だと、「いいですいいです大丈夫です!」ってまた慌ただしくして怪我しそうだ。

 

 

 

 

 

    ♪

 

 

 

 

 

 今日も今日とて仕事……な訳でもなく、流石に休み。

 真のブラック企業はむしろ法律にとても詳しく、それゆえ巧妙に抜け道を用意し人を使い潰す。らしい。

 私の職場は残業こそあれ、流石にしげるカラーな太陽黒点までではなかった。

 昼寝子のほうも空いた時間ができたようで、私と一緒にこたつでのんびりしてる。

 

「暇だねぇ」

「で、ございますねぇ……」

 

 この際だからどういう妖怪なのかとか、今までどうしてたのかとか、色々聞いてみようかな。

 よしっ、意を決したら急に昼寝子は立ち上がり、そしててきぱきといつもの割烹着姿になると台所に立つ。

 時計を見ればもうお昼に近かった。

 

 休日のお昼も適当に済ますことが多くなってきた最近だし、ちゃんと用意してくれるのは助かる。

 助かるけど、聞くタイミングがないなぁ。

 

「おいしい……おいしいけど、うーん……」

「薫子様のお口に合いませんでしたでしょうか!?」

「ああ、いや。そうじゃないんだけど」

 

 午後は散歩でもして考えをまとめよう。

 本当は初日とか昨日とかにも聞くべきだったんだろうけど、妖怪が出てくるとは思わないぢゃん?

 

 

 

「いってきまーす」

「いってらっしゃいませ! ご武運を!」

 

 

 

 お昼も食べ終え外へ出る。

 玄関を出てエレベーターに乗りマンションの外へ。

 県庁所在地のある市内ではあるけれど、地方都市なもんで遠景には山がうっすら。周囲の建物も低く空も広い。

 近所にコンビニはあるにはあるけど、ちゃんとした買い出しをするには車か、あるいはせめて自転車が欲しいところ(ちなみに私はスクーターを現在所持している)

 

 ここ数日の私はちゃんとした買い出しに出ていない筈なのに、家では三食きっちり料理が出る。

 てことは昼寝子さんが買い出しに出ているのだろうけれど、どうやって食材を調達したりしているんだろう。お金を渡した覚えも、スクーターに乗せてあげた覚えもない。

 

 犬山家七不思議がひとつである。

 

 

 

「薫子様ーっ!」

 

 

 

 噂の昼寝子が叫びながら頭上のベランダから現れた。

 柵から身を乗り出してすっと現れ手を降ってる。

 ちょっと危ないって……。 

 

「どうしたの?」

「お夕飯の材料が足りないので、散歩とあらばご一緒に買い物等はいかがでしょうか!」

「わかった。何を買ってくればいいのかな」

 

 普通に声が届いてよかった。

 部屋が高かったら叫ぶところだったよ。 

 

「ここに雑記がございます! 鍵も締めました!

 ──では参りましょう!」

 

 

 おや、おやおやおやおや?

 あれあれあれあれ?

 なんで身を乗り出し……て……! 

 

 

「あぶなっ!?」

 

 

 落ちてきた!

 

 

「薫子様だけに使い走りをさせる訳にもございません!」

 

 すたっと普通に着地した!?

 

「あれ、薫子様? どうかされました?」

「昼寝子って、うん。今度からやめてねそういうの……」

「? ……はっ! 申し訳ございません! 人の身の裁量を考えず!」

 

 うん。今度から気を付けてね……。

 というか、三階から飛び降りるより包丁の方が強いのね……。

 もしかしたら昼寝子のパワーで包丁が強化されてたのかも知れないけど。

 

「一緒に行くならその恰好で大丈夫? 主に耳とか……」

 

 そして何より、とても注目を浴びる事になると思うんだけど。猫耳と主に昼寝子の声量で。

 

「大丈夫にございます! それでは、出陣!」

 

 何も大丈夫な根拠がございませぬよ昼寝子はん。

 

 じゃあと気を取り直していこうかと、鼻唄でも歌いそうなほどご機嫌な昼寝子を前にしつつ歩みを進める。

 マンションの敷地を出て、裏路地に入って、小道を行き……どこいくねん。

 

 まるで猫の散歩に付き合ってるかのような、でも元から目的地のない散歩だしいいかと小さな背中を追うと小さな(やしろ)に到着した。

 これじゃ猫の散歩じゃなくて、お稲荷様にでも化かされた気分。

 

「ここがどうかしたの?」

「少々お待ちくださいまし。ぬぐぐぐぐーっ!」

 

 

 鳥居に向かって両手を合わせ、何かしらの力を込めている。

 もしかして妖怪力(オーラちから)とかそういう、アレ?

 私は妖怪に連れられてどこへ行ってしまうのだろうか。幻想の郷とかまさか?

 

 たっぷり3分位かけて、そろそろ声をかけようとしたその瞬間、突然目の前が光り輝いた。

 

 鳥居の人の潜る部分が光輝いている。

 一体何をしたんだろう。

 

 

「これこそが生活の糧、昼寝子めが頑張って使えるようになった力にございます!」

 

 

 と言われましても、昼寝子が目の前に出現させたのはただの光の塊にしか見えない。

 これはなんなの?

 

 

「転移門と申します! 鳥居同士に限りますが、全国何処も参られます! ……遠いと、少し大変ですが!」

「へ、へぇ……」

 

 

 それは凄い。

 今まで科学忍法な現代社会に生きてたので、さっきの飛び降り無傷といいこうぽんぽん超常をされるとなんでも受け入れられる気持ちになる。

 てか、子供の頃に夢見たワクテカにとらわれる。

 

 

「散歩にございましょう! まずは水原八幡宮(すいばらはちまんぐう)まで参りましょう!」

「はーい」

 

 

 

 

 

   ♪

 

 

 

 

 

 水原八幡宮(すいばらはちまんぐう)……の、隣にございまするは瓢湖水(ひょうこすい)きん公園。

 用水地として作られた人造湖で、毎年冬頃、つまりこの時期になるとハクチョウがやってくる。

 散歩コースとしてはなかなか洒落てるし、わざわざ家から遠く離れてここへ来る甲斐もある。

 

 昔お母さんに一度連れられてハクチョウを見に来たことがあるけど、一瞬で全部飛び去ってしまったのを覚えている。

 テレビで見たハクチョウの飛ぶ姿は綺麗だったけれど、あの時はうるささと羽ばたきの風でひたすら怖かった。

 

 

「いませんねー」

「いい時期だとは思うんどけどねー」

 

 

 ゆっくりハクチョウは見たいけれど、当時の怖さが思い返されて少し複雑な気分。

 大人からしてみれば何ともない事でも、子供にとってはトラウマってこともある。

 仮にあの時、私に向かって飛んできてたら今でも大嫌いになるところだった。

 

 

「あ、カモ! カモですよ薫子様!」

「外で様付けは恥ずかしいな……」

「お気になさらず!」 

 

 私が気にするんだってばさ。

 最低限、昼寝子が人ではないとバレなければいいやともう開き直ってみよう。

 

 昼寝子の家での格好は地味な割烹着、しかし現在身に付けている私服(?)は驚くことに、普段の真反対にカラフルな着物なのだ。流石に袴は落ち着いた色合いの単色だけど。

 

 やっぱり時代錯誤だしとちょっと聞いてみたところ、本人曰く現代最先端のモダンガール。

 要は何も不思議じゃないそうな。

 一体いつの年代からしての最先端なんだろうか。

 昼寝子にPCのファイル整理をさせたら、絶対に「最新○○」とか「○日最新2」とかのワケわからんものばかりになりそうだ。

 

 たぶん、パソコンのパの字も知らなそうだけど。

 

 

 

「うわぁー! 昼寝子めは餌じゃねぇですよ! このー!」

 

 

 

 ……なんか、少し目を離した隙に歩み寄ったカモ達に絡まれとる。

 しかも、負け気味なんだけど。

 さっきの飛び降りた身体能力はどうしたのよ昼寝子さん。

 むやみやたらに暴力を振るわないのはいいけど、少しはやり返してもいいと思う。

 

 

「ほらほら散った散った。がおーってね」

 

 バサバサっ!

 カモが散って池に帰っていく。

 

「た、助かりました……。あのカモ共め、今日のお夕飯はカモ肉です!」

「昼寝子って本当になんというか、弱いよねぇ……」

「薫子様まで!?」

 

 何が、とは言わない。頭が、とかさ。

 ただこの社会について勉強不足なだけだ。

 

 

「ぬぐぐぐ。納得いきませぬ!」

「でもねー……」

「ええいこのカモ連中! この昼寝子めに敵うと思うてかー!」

「気を付けてね」

 

 

 がーっ!

 

 道を歩いていたカモに突っ込んだ昼寝子。

 一瞬カモは勢いにひるんだが、すぐに相手が格下と分かるや否や迎え撃ち、見事返り討ちにした。

 

 はやい、はやいよやられるの。

 鳩の餌を買った後に集られるヤツ、あれの上位版を餌抜きにようやるわ。

 

 

「薫子様、薫子様ー! お慈悲を、うわーっ!」

 

 

 あ、池に落ちた。

 

 

「大丈夫?」

「うう……、もっと強くならねば……」

「こいつらに勝った所でね」

「せめて武器が、まな板と包丁と火があれば……!」

 

 やめなさいよ。

 びちゃびちゃになった昼寝子を引っ張りあげて、座り込む。

 なんだかどっと疲れた。

 

「──あ」

「どうしたの?」

「薫子様、あれを」

 

 

 昼寝子が池の向こう、遠くを指差す。

 何だろうとよーく、よーーーく目を凝らして、ようやくわかった。

 

 

「あ、ハクチョウだ」

 

 私達のやり取りを笑うかのように、一羽のハクチョウが遠くからこちらを見ていた。

 

 

 

 

   ♪

 

 

 

 

「まったくひどい目に遭いました! カモ肉確定です!」

 

「まぁまぁ」

 

 

 鳥たちに襲われ瀕死の軽傷を負った昼寝子を連れてベンチで一休み。

 思ったのだけれども、喧嘩を売るから買われていくのではなかろうか。

 アホの子疑惑はさておき。

 

 

「でも驚いたよ」

「? なにがでしょう」

「その服。今は全然汚れてないもの」

「昼寝子七不思議のひとつでございます!」

「自分でもわかってないんだ……」

 

 でも良かった。

 モダンガールだかなんだかで和装なので、洗濯するとなったら大変だったと思う。

 綺麗でカラフルなんだから泥汚れがシミにでもなったらかわいそうだ。

 

「そうだ! お茶でも買ってきますね!」

「私もいくよ」

 

 心配だから。

 

「薫子様のお手を煩わせるわけにはいきません!」

「護衛だよ」

「大丈夫です! 昼寝子めの名は猫の意、逃げ足には自信があります!」

「逃げながらどうやって買うのさ。ほら、行こ」

「……はい…………」

 

 

 しゅんとしちゃった。

 というか、昼寝子って猫なの?

 

 

「薫子様には……いえ、犬山家の皆さまには本当に頭が上がりません……」

「カモの護衛程度で何言ってるのさ……」

「……昼寝子めは、薫子様を支えるために命を得たといっても過言でもありませんのに、助けられてばかりで……」

「いや過言でしょ」

「いえいえ! 仕えることができて幸せなのです!」

 

 

 何飲む? お茶? 近くの自動販売機でお茶を買う。

 一生懸命いかに自分は幸せものかと教えてくれるけれど、私にとっては昼寝子ってつい先日知ったばかりなのよね。

 恩があるとすれば実家の方だけどさ、それにしたって昼寝子のその、なんていうの? 忠誠心? って、どこから来てるの?

 

 疑ってるわけではないんだけど、ここまで一途だと聞かざるを得ない。

 

 

「どこから、で、ございますか」

 

 

 あれ、地雷ふんじゃったかも。 

 あの元気な昼寝子が目を伏せてる。

 

 

「ああ、別に深い意味はないよ。ちょっと気になっただけ」

 

 やべぇ。フォローしても何も言わないぜ。

 ベンチに戻って座っても、それでも昼寝子は伏せたままだ。

 しばらくして、手に持ったペットボトルを握ったまま、

 

「昼寝子めは、お役に立てているでしょうか」

 

 と、ぽつりと呟いた。

 

「すっごい助かってるよ。私一人じゃちゃんとしたごはんも用意できないし」

 

 「そうでございますか」と言い、再びの沈黙。

 ペットボトルの蓋を上から押したり、爪でこじ開けようとしていたのでキャップを捻って渡してやる。

 意味が分かったのか回して開けて、こくりと飲んで再び、静かな口調で話をしてくれた。

 

 教えてくれたのは、座敷わらしじゃなくて、昼寝子はどうやら元々福を呼び込む招き猫だったということ。

 確かに引っ越しの際、父さんが「薫子を頼むぞ」と招き猫を玄関に置いていっていた。それの付喪神が妖怪的な力を使い人の姿になったのが、昼寝子。

 実家で私の前に姿を表さなかったのは単純に自身の力がまだ必要とされていなかった為。引っ越して一年近く姿を現せなかったのは新しい環境に適応中だった為だとか。

 

 なんだか突然昼寝子が別人のように見えて、もしかしたらこの儚げなのが本来の昼寝子なのかもしれない。

 普段は虚勢を張ってるだけで、根は寂しがりの。

 

 

「……犬山家に所有する前の昼寝子めは、別のお家に仕えておりました」

 

 招き猫(昼寝子)が実家の玄関に飾られていた頃に父さんに聞いた話によると、中古で手に入れたらしい。

 その元の家の話だ。

 

「当時の昼寝子はまだ付喪神として覚醒していないため話せず、動けず、汚れ、欠けて。しかしそれでも捨てることはなくあの家は昼寝子めを置き続けてくれました。家の一員として捨てずに置き続けてくれた恩、いつか人の身を得た時に返そうと幾十年が経ち……」

 

 

 一拍を置くその目には、涙が浮かんでいた。

 

 

「九十九年、神様にあと1年と言われて喜ぶと同時に、とても深く、悲しいことを伝えられました」

 

「……そこまできて、捨てられた……」

 

 

 付喪神は“九十九神”とも書く。

 

 物は100年経つと化けるという俗信があって、だから99年経ったら化ける前に捨てるという事を昔はよくしていたらしい。けれど、化けを警戒するあまり捨てることで「あと一年で」という恨みを抱かせ逆に化かしてしまう。

 

 よって結果的に物は99年で化けるので九十九神。付喪神。

 昼寝子の話は、こういう事だろう。

 子供の頃に妖怪が好きでよく本を読んでいて、付喪神のこの話は子供ながらにかわいそうと思っていた。

 

 

 そう思ったのに、私の言葉に昼寝子はぶんぶんと頭を横に振った。

 

 

「捨てられるだけであれば、いくら気の楽であった事か! もう家へ福を呼び込む必要のないとあれば、どれほど誇らしかった事か!」

 

 昼寝子……?

 

「最初から、誰もそこには住んでいなかったのです……」

「住んでいないって……」

 

 

 どういうこと?

 

 

「昼寝子めが意思を持った時、既に山中のそこは廃墟にございました……。世を知らぬ昼寝子めが、肝試しや逢瀬を重ねるために時折立ち寄る人々を、歴代の主として間違えていることを知ってながら、神様は昼寝子めが付喪神として人の身を得る直前まで黙っておりました」

 

 まさか、からかわれて?

 そう言うとこくりと頷く。

 

「その通りにございます……。あの性悪神はずっと、ずっと、間違えたままの昼寝子めが傷つき、絶望するのを心待ちにしてほくそえみながら時期を待っていたのです……」

 

 

 現代じゃない、昔の廃墟というからには物の保存には適さない劣悪な環境であった事だろう。

 捨てず大事にされている勘違いし恩を感じ、廃墟の中でそれを返したいが為に何十年と耐えていた昼寝子。戯れに絶望させられたその時の気持ちは計り知れない。

 

 

「ねぇ昼寝子。そいつはどこ? ぶった斬ってくる」

 

 

 私も頭にきた。神様に敵うとは思えないけど、一太刀浴びせるくらいはできるはず。

 この犬山薫子、人の体の動かし方を習うにあたって薙刀の扱いは心得てる。

 人の法律でさばけない相手なら叩き斬っても問題ないはず。罰当たりなんか知らない。

 

 

「いいえ、それは叶いません。もういませんから」

「いないって?」

「旦那様が、斬ってくれましたから」

 

 

 昼寝子の言う旦那様って、お父さん?

 というか斬ったって何さ。

 ……あれ、私ってお父さんに薙刀習ったよね。ってことは、あれ、ガチ?

 

 

「信仰を失いただの祟り神と化したその性悪神討伐に現れた旦那様は、泣いている昼寝子めを見つけて山を下りました。そして昼寝子めから話を聞いた旦那様は今の薫子様のように怒り、かつて酒呑童子討伐の折に大江山にて鬼の大群を薙ぎ払ったとされる、家宝の薙刀を持ち出し再び山へ入りました」

 

 え、それつまり、私の家系って妖怪的なの結構関わってきちゃうじゃん。

 え、父さん……?

 

「それで、お父さんやその娘である私にここまで仕えてくれてるんだね」

「はい! このご恩は忘れませぬ!」

 

 

 付喪神ということは齢最低百。

 一桁0歳のカモに舐められる三桁児ではあるけれど、ここまで関わってしまえば家族だ。

 

「帰ろっか」

「はいっ!」

 

 

 ……ちなみに夕食はカモ肉ではなく私のリクエストでお魚。

 私からのリクエストとあれば忠誠心MAXな昼寝子は反対せず、むしろ張り切ってくれている。

 カモ達が犠牲になることはなかった。


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