新海監督…もう一回作り直してくれないだろうか…笑
秒速五センチメートル
家の帰りのコンビニでいつも通り貴樹君とジュースを飲んでいた。あの日はよく晴れていて、夕日の西日が凄く眩しかったことを今でも鮮明に覚えている。
いつもの様に無駄話してジュースを飲み終わり、帰ろうとしてコンビニのわき道に置いていたカブに乗ろうと貴樹君が一歩踏み出そうとした。
…私は今までの人生のどの場面よりも勇気を振り絞って彼のワイシャツを背中からつかんだ。
『え? うわっ』
思わぬところから力が加わり彼はびっくりした声を出して少しのけぞった。
彼は一歩後退して体勢を立て直すとびっくりした顔をして振り返る。
私は既に顔が真っ赤になっていた。体中の、特に胸のあたりの血液の温度が45度を超えているのではないかと思うくらいの違和感と熱…そして血流を感じていた。
『...澄田?』
彼は私の顔を見ようとしたけど私は俯いていた。とてもじゃないが彼の顔を直視することなんて出来ない。
鼓動が一気に高まる。
----------------------
貴樹君は中学2年からお父さんの仕事の関係で種子島にやってきた。
ただでさえ東京から来た子ということで彼の登校初日は学校中で評判になっていたのを覚えている。勉強は、特に数学が得意で、いつもテストでは満点に近い成績だった。
小学校のころは喘息持ちで体も弱いって話を聞いていたけど、現在では随分とよくなったらしく、運動神経も実はかなりいいみたい。
だけど本人はそんなことを鼻にかけることもなくいつも自然体でみんなに接していた。
仲のいい友達はいるけど、いつも物静かであまり多くを語らない感じ。
同年代の他の男子と違ってやけに落ち着いていて…女の子と扱いに慣れているというか…なんか不思議と父親にも似た雰囲気があった。
女子の中には『何を考えていのかわからなくて苦手』という子もいたけど、私は徐々に彼のことが気になり始めていた。
気が付けば窓際の席の彼を後ろの席から観察することが多くなった。貴樹君は時々外を見つめて考え事をしいる。
彼は頭がよかったから地元でも進学校へ進学を希望していることを知り、私も彼と一緒の高校に行きたい一心で中学三年生から一生懸命勉強するようになった。
本当は勉強なんかあまり好きじゃなかったけど…恋の力って凄い。特に夏休みは夜遅くまで英単語と熟語を必死になって暗記していたのを今でも覚えている。
そんな甲斐あってか、私は何とか彼と同じ高校に合格した。でも一番驚いていたのは怠け者の私をよく知る姉だった。
…高校に入っても彼と同じクラスになれた。彼は相変わらず物静かで、でも学校で話しかけるといつも笑顔で返してくれた。
女子からの評価は中学からと同じで2つに割れていた。物静かなイケメンっていう子達と、何を考えているかわからないからちょっと怖いっていう子達。
私はあの雰囲気が凄くいいと思うんだけどな。
貴樹君は弓道部に入部して、それからいつも6時30分ぐらいまで練習をするようになった。私は初めは何も気にせずに一人で下校していたんだけど、普段何気ない会話を学校でする機会が増え、彼のことをもっとよく知りたくなった。
だから彼ともっと話したくて…部活が終わって帰る彼を待ち伏せして、偶然会ったふりをして一緒に帰るという大胆な行動に出る。
そんな積極的なことをする自分に私自身が驚いていたけど、やっぱ恋の力って凄い。
一緒に帰ると言ってもここは凄く田舎だから二人とも原付に乗って帰る。当然のことながら運転中はお話はできない。
でも帰り道にあるコンビニで少し休憩してから帰宅することが2人の日課になった。
会話の内容は友達のこととか先生の噂、授業の内容とか昨日見たテレビの話とか、そんなとりとめもない話題だったけど、そこでの彼とのおしゃべりはとても楽しかった。
…でもいつしか、彼が好きという気持ちがどんどん大きくなって…そして…いつしか自分でも抑えきれなくなっていった。
当の貴樹君は私の気持ちを知ってか知らずか、常に自然体でいつも通り接してくれる。それはいいんだけど…だからこそ私のことをどう思っているのか全く手掛かりすらないような状況だった。
私たちはもう高校3年生だ。島の子の9割は県外の大学や専門学校に進学する。
貴樹君がどんな進路を選ぶのか、私はまだ知らない。でもきっと県外に出て…もしかしたら東京に戻ってしまう可能性だってある。
このままずるずると時間が過ぎてしまえば、もしかしたらもう二度と会えなくなるかもしれない。
気持ちを伝えたところでもし私たちの運命が別々のところにあれば、やはり離れ離れになるだろう。でも、その前にどうしても彼に…せめて自分の気持だけでも伝えたかった。
…けど現実はそう上手く行かった。
『今日必ず気持ちを伝える』
とその晩に意気込んでも、結局次の日にコンビニでお話して終わり。怖気づいて行動できない。そしていつも通り同じ交差点でいつも通り別れてそれぞれの家に帰宅…。
そんなことが何度も続いた。
でもこの日だけは違った。今までずっと踏み出せなかった一歩を、心臓が破裂するかと思うくらいドキドキしながら踏み出した。
----------------------
シャツを背中からつかまれた彼は振り返る。
私は恥ずかしさのあまり俯く。とてもじゃないけど今彼の顔を見ることなんてできない。ましてや言葉を話すことなんて絶対に無理。それほど私の頭は真っ白になっていた。
勇気を振り絞ってみたはいいけど、なんでこんなことをしてしまったのかと、直ぐに後悔してしまった。
そのまま10秒ほど沈黙が流れる。そしてその10秒は私とって1時間に感じられた。
貴樹君も私のただならぬ様子を見て流石に何かを察したようだった。
私は俯いたまま地面を、足元のアスファルトを見つめたていた。
事情を聞かれるかと思いきや、彼からは思いがけない言葉が返ってきた。
『……あの、…澄田さ…気晴らしにちょっと歩かない?』
彼はそう言うといつも通りの笑顔で道路の向かいにあるサトウキビ畑の小高い丘に続く畦道を指さした。
『前からあそこの道、歩いてみたかったんだよね。』
そして彼はゆっくり歩きだした。でも私は動けなかった。心臓のあたりを右手で押さえながらようやく、辛うじて顔をあげられるようになる。
彼は振り返る。
『…どうしたの? 行こうよ。』
貴樹君は私がこれだけ極度に緊張しているっていうのに、いつも通りの対応で無性に腹が立ってきた。なんで私ばっかりこんな目に合うの?
それでも私は緊張で小刻みに振るえる足で彼の後をゆっくりとついて行った。
既に7時を過ぎており、太陽も地平線に沈もうとしている。夕日がとてもきれいで、だけど上空は夜を告げる暗い紺色になっていた。
あぜ道を少し歩き、辺りを見渡せる小高い丘の上に二人で立った。
貴樹君は私を気遣うように見つめて笑いかけた。
『…あのさ…もし…勘違いだったら、ほんと俺が…バカみたいなんだけど、その…。 澄田ってもしかして俺のこと好きだったりする? あ、いや、勘違いだったら忘れて。…でも、もしかして…毎日俺が帰るときも、あれ、俺のこと待っててくれてたのかな?』
心臓の鼓動は先ほどより緩やかにはなったけど、私はまだ彼の顔を直視することが出来ない。
貴樹君は続ける。
『なんかさ、思いつめたような感じで、さっきいきなり引っ張られたからびっくりしちゃった。 でも…あの、正直に言ってほしい。別に笑ったりもしないし、みんなにも絶対に言わない…だから…。』
…私に凄く気を使ってくれていることが言葉の節々から読み取れた。その一言で随分と気持ちは楽になった。
再び全身の勇気を振り絞る。
『…そ…そうだよ、私ね、…わたし貴樹君が好き。だから今日言おうと思って。…一緒に帰りたくて毎日待ってた…。ずっと言いたったんだけど…言えなかった。だから…私…今日勇…』
『ありがとう』
私が最後の方、緊張で声がかすれているのを察してか、彼は遮るように言った。
『言ってくれてありがとう。』
彼はそのまましゃべり続けた。
『…俺さ、中学2年生のころにこっちに来たじゃん?…その前は東京だったんだけど… 小さい頃は喘息持ちでさ、体育は参加できなくて…いつも見学してて…』
彼は突然自分の昔話をし始めた。なんでそんなことをいきなり語り始めたのか不思議だったが、彼の過去を知れると言う好奇心の方が大いに勝り、話に聞き入った。
『初めは校庭の隅とか体育館で見学していたんだけどさ、時間がもったいなくて…先生に許可貰って図書室で本を読むようになったのね。でもさ、もう一人同じように病弱で見学している女の子がいてさ。その子…明里って言うだけど…一緒に図書室で本を読むようになったのね。』
太陽が沈みかける。周りではスズムシが一匹鳴き始めた。
『いつしか図書室で二人で話す機会が多くなって…自然とだんだん仲良くなっていたのね。クラスのみんなには時々からかわれたんだけど、俺はそんなの気にしなかった。なんか、同じような境遇で親近感が自然と湧いてさ…。だから毎日下校もその子と一緒に帰って、その内…彼女も俺のことが好きだって言ってくれたのね。…相思相愛ってやつ?』
懐かしそうに彼が話す。
『…その人のことまだ好きなの?』
彼は少し私に目線を移した。
『………どうだろうな。実はその後ね、その子…突然栃木県に引っ越しになって…まぁ、これがめっちゃ遠くてさ、とてもじゃないけど子供が気軽に合いに行けるような距離じゃなかった。』
『じゃあそれっきり?』
『いや、それがさ…俺たちは諦めなかった。当時はまだ携帯電話が出回る前だったからさ、俺たちは手紙をやり取るするようになったのね。そうして健全な男女の文通交際が始まったってわけ。』
彼は再度私を見ておどけて見せた。でもきっと緊張をほぐすためにこんな言い方をしてくれているんだろうとすぐにわかってちょっと嬉しくなった。
『凄いだろ? 文通は暫くつづけたんだけど…俺ね、どーしても彼女に会いたくなって…冬休みに電車乗り継いで栃木まで行ったんだよね。1人で、クソ寒い中、片道3時間もかけて! で、その日の夜遅く…彼女には駅で会えたはいいけど…終電が無くてさ、そのまま朝まで駅舎に二人で泊ったんだよね。ま、当然小学校5年生だから…もちろん何もなかったけどね。』
『……それでもあの時は東京と栃木なら大人になればなんとかなる距離だと思っていた。だからもう少し大人になってから…彼女にふさわしい男になってから堂々と迎えにこうと。…だけど…そしたらさ、小学校の終わりに今度はうちの親が転勤。ここに転校して来たって訳。』
栃木と種子島…
『…その人と文通は今もしているの?』
答えを聞くのが怖かったがそれでも聞いてみた。小学校の頃の恋である。関係が発展するにはあまりにも若い。でも今でもその明里って人とつながっているのかは気になった。
『…まさか。 文通を始めたころはさ、お互いの近況とか報告し合ったり…昔の笑い話とかで盛り上がったんだんだけどね。でも当然お互いその後の生活があって、新しい友達がいて…そんでお互いの知らない生活と時間がどんどん積み重なっていくわけじゃん? だからあっという間に共通の話題も無くなって行って…健全な文通交際は1年ぐらいで自然消滅しちゃったよ。』
『いま、俺も携帯は持ってる。向こうも絶対に持っているだろうから、手紙でアドレス聞けば連絡は取れるようになるかもしれない。だけど…今更手紙に書くこともなくてさ、最近ではメール…彼女あてのメッセージだけ書いて保存だけするようになった。…送れるわけないんだけどね。』
『鹿児島と栃木じゃ大人でも無理、もう絶対無理だね。恐らくもう二度と彼女には会うことはできないと思う。…でもさ、不思議なもので…今でもバイクで走っていて遠くに髪の長い学生服着た女の子がいたりすると、明里と見間違えることがある。 …こんなとこに絶対いるわけないのにね。』
…貴樹君は多分今でもその人のことが好きなんだろう。懐かしそうに、少しうれしそうに語る彼を見てそ確信した。
太陽は沈み、太陽の沈んだ地点に辛うじてオレンジ色の残り火があるだけで、あたりは暗くなり始めた。
言われてみれば学校の休み時間に携帯で一生懸命メッセージを入力している彼の姿を何度が見たことがある。あれはまだ想っている彼女への届くことのないメッセージだったんだ。
そう……この人には、はじめっから私の事なんて視界にすら入っていなかったんだ。
突然こんなことを話したのも私の気持ちに答えられないからに決まっている。
明日から彼にどうやって接すればいいだろう。もう一緒に帰ることもなくなるんだろうな。
『あのさ…澄田、俺…』
そう彼が言いかけた瞬間、南の地平線から轟音が聞こえた。
……ロケットが一直線に轟音を立てて空高く飛んでいく。
暗くなった初夏の夜空を煌々と照らすロケット…私たち二人はそのあまりの迫力と美しさに目を奪われた。
そう言えば今日の夜、南にある発射台からロケットの打ち上げがあるって先生も言っていたっけ…
闇を一瞬照らしたロケットはあっという間に轟音とともに夜空に消えて行く。
暫く轟音の余韻があたりを包んでいたが、それも徐々に上空へと消えていった。
貴樹君はしばらくロケットが消えていった夜空を名残惜しそうに眺めていたけど視線を再び私に戻した。
『きれいだったね…』
私は黙ってうなずいた。聞こえるのは夏の風とスズムシの鳴き声だけ。
『…でさ、あの…話を戻すと、』
当たりが静まり返ってから彼は切り出した。
ああ、お断りのセリフね。わかってる。
彼の過去を知れたことはうれしかったけど、私の告白を断るために聞かされたのかと思うと悲しくなって自然と涙が溢れ出てきた。
私はこれから言われることを予想して右手で目を抑えて俯いて声を殺して泣いた。
『何だよ澄田、泣くなよ』
彼は私の右肩を手を置いた。
『…うっ…もうわかってる、まだその人のことが好きなんでしょ? だから私のことなんて…』
そこで言葉が詰まる。明日からどんな顔して学校に行けばいいんだろう。どんな顔して彼と話をすればいいのか。そもそも話ができる関係でいられるのか。何故、私はこんな行動に出てしまったのか。
落胆と後悔が渦を巻いた。
ふと彼の右手に微かに力が入るのがわかった。
『さっきロケットがさ!!』
私はびっくりして顔を上げる。
『さっきロケットが飛んで行ったじゃん? あれ…H2A…あのロケット。あれね、1億キロぐらい離れた小惑星の砂つぶを取りに行くんだって! 宇宙空間なんてマイナス200度で凄く寒くて真っ暗なのにその中をたった一人で飛んで行って、砂を取ってまた地球に帰ってくるのが任務でさ!』
『…あのロケットが飛んで行く時にずっとそのことと…澄田のことを考えてた。そしたら…今も小学校の頃の思い出をいつまでも引きずっている自分が凄く恥ずかしくなった。』
今度は彼が俯いた。既にあたりは真っ暗になり、スズムシもあちらこちらで合唱を始めている。
私はそのことを聞いて何が起きていて何が起ころうとしているのか整理しようとしているが、思考が追い付かない。
『…あのさ、時間かけてごめん…でも…もし俺でよければ…俺もずっと澄田と一緒にいたい。』
何が起きたのか頭が真っ白な状態で追い打ちをかける衝撃が頭を駆け巡ったのを覚えている。
5秒ほどしてようやく彼も私が好きだとわかって両胸の奥から熱い感情のようなものが沸き上がって来た。
『…で…でも貴樹君は今でもその人のこと好きなんでしょ?』
私は少し語気を強めて彼の今の気持ちを再度確かめた。
『…いや、多分、うまく言えないけど…きっとこれは…呪いみたいなものだと思ってる。きっとね、神様が罰を与えたんじゃないのかな? ガキのくせして生意気なことした罰だから暫く苦しめ!! ってね』
彼はどこか自嘲気味に、そして悲しそうに笑った。でも私は今度はうれしさで頭が真っ白になった。
でも浮かれる私に対し、彼は突然話を変えた。
『…そう言えば澄田は進路決めた?』
何故いきなりそんなことを?
嫌な予感がした。
『…まだ決めてない…貴樹君はどうするつもりなの?』
『実はさ、俺の親、来年の4月でまた東京に戻るって話が出ているらしい。』
…私は冷や水を浴びせられた。そうだ。ここに越してきたといっても彼の家族はあくまでもあのロケットを作っている会社の従業員一家である。
この島には地元民とJaxaの職員の家族とに大きく分類される。彼は…元は東京出身であり、いずれは東京へ帰ってしまうことは初めからわかっていたことである。
私の家はそこまで裕福ではない。私を東京の大学へ入学させて仕送りを続けることは金銭的に難しいだろう。もし彼が卒業とともに東京へ帰るとなるともう関係はそれまでとなる。
折角勇気を出して決行した告白なのに、再び厳しい現実を見せつけられて…また心が奈落の底へ落ちていく感覚を味わった。
『じゃあ…貴樹君は…やっぱり…両親と一緒に戻っちゃうの?』
『…うーんどうだろうな。…あの、うちの母親はもちろん全員で帰るつもりなんだけど…父親はさ、俺がこっちで青春時代を過ごして、もう友達もこちって作ってるだろうから鹿児島周辺の大学を選んで、そのままこっちで自立するのもいいんじゃないかって言われててさ…。』
奈落の底へ落ちた気持ちが再び高揚し始めた。
この島の学生の多くは九州の大学や専門学校へ行く。近隣の鹿児島はその中でも人気である。この進路であれば私にも選択は可能だった。
『でね、おれ…俺もいつか、今…さっき飛んで行ったあのロケットを作る仕事したくて…先週そのことを先生に相談したら、そしたら鹿児島の国立大学の理工学部はどうかって…そこなら成績優秀者は数人Jaxaに行けるって。だからもし澄田が望むなら、いや…別に澄田に俺の未来を押し付けるとかそういうことじゃないんだけど、こっちで生きていくのもいいかなって思ってた。』
今度は、うれし涙が沸き上がってきた。再び声を押し殺して泣く。
『おい澄田、もう泣くなって…俺さ、一生懸命勉強して鹿児島の大学に入るから、だからもしよければ…いや、まだお互いどうなるかわからないし、何度も言うけど将来を澄田に依存するわけじゃない。俺がそうしようかなって思っているだけなんだけど、澄田も鹿児島の…別の大学とか専門学校でもいいし…そたらずっと一緒にいられ…』
『た、貴樹君なら頭いいから絶対大丈夫。私も何としてでも鹿児島にある大学に行く! 一緒に頑張りたい!』
私は彼の言葉を遮りながら大声で言った。
そんな私を貴樹君はびっくりしたように見つめたけど、すぐに笑顔になった。
自分の思いが通じた安堵感。この気持ちは言葉では言い合わらすことは決してできない。
お互いの気持ちを確かめ合えた幸せ…私の脳裏に一生残るのだろう。
その後、私たち二人は暫く手を繋いで夜空を眺めてこれからの明るい将来をひたすらに願った。
…
すっかり遅くなって9時ごろ家に着いた。帰りが遅かったので母親は凄く心配していたけど、当の娘である私は幸せいっぱいで満面の笑みでの帰宅となった。
晩御飯の後、明らかに様子がおかしかった私は姉から厳しい尋問を受け、あっさりと洗いざらい貴樹君とのことを白状した。
『花苗、よかったね。でも安心するのは早いよ。絶対に鹿児島県内の大学に合格しないとね。』
…ありがとうお姉ちゃん。
次の日から私たちはカップルとはなった。学校ではあのミステリアスなイケメンの彼女にどうやって収まったのか友達から聞かれた。だけど結局高校生のカップルにできることなんて限られてる。暫くして3年生は部活を引退。放課後は貴樹君と7時まで勉強。一緒に帰宅して、ご飯食べてお風呂入って、そしてまた勉強。
苦しいと思う時期もあったけど、でも夏休みに入ると毎晩、貴樹君からメッセージが来て、いつも明るい未来について語ってくれて…それがすごく励みになった。
夏休みは毎日のように図書館に行って一緒に勉強した。時々時間の合間をみて二人で出かけたけど、結局受験生だから大したことはなにも出来ずじまい。
それでも私は二人でいる時間が増えて、何より二人で同じ目標に向かって頑張れることがうれしくて、そして充実していた。
…
そして二人の前にあった時間は少し過ぎて2月…二人とも受験を済ませた。
数週間後、貴樹君の家には私より1日早く結果が届いていた。
結果は見事に合格。
私は貴樹君が受けた大学から15キロ程度離れた別の大学を受験していた。
翌日、私の家にも合否判定が届いた。貴樹君は心配で私の家まで来てくれていた。届いた郵便を開ける。
そして合格通知を見たときは、私たち2人は母親がいる前でもお構いなしに抱き合って喜んだ。
…
そして…2人の前に横たわっていた膨大な時間は更に流れて4年後…
私たちは大学の卒業を控えていた。貴樹は入学後もゼミでも必死に努力して教授の推薦枠で念願のJaxaからの内定をもらっていた。主な勤務地は鹿児島市内とそしてロケットの発射の際は短期で種子島となる。私も鹿児島市内での就職が決まっていた。
色々あったけど、貴樹からは卒業して仕事が始まったら私と結婚して一緒に生活したいとプロポーズされていた。私はもちろんOKした。
卒業を2週間後に控えていたが、貴樹は東京で研修と勉強会が1週間行われると言うことになっていた。卒業旅行を兼ねて、私も貴樹と一緒に東京へ同行する。
都心にあるJaxaが用意したビジネスホテルに二人で泊り、彼は昼間は研修。私は一人で東京を満喫し、夕方から貴樹も合流。二人で東京の夜を楽しんだ。
最終日は完全に休日だったが、貴樹が自分の小学校を見に行きたいと言い出した。
…篠原明里さん
私たち2人の間ではもう彼女の話をすることはなくなっていた。でも全く気にならなくなったのかと言うとそうではない。やはり貴樹に呪いをかけた女性のことは心のどこかで今も気になっている。
だけど…彼が過ごした学び舎を見たい好奇心には勝てず、それにこれが最後の機会になるかもしれないから、私は了承した。
日曜の朝早く、新宿から小田急線に乗車して東京を南下。
とりとめのない会話をしていたけど、目的の駅に近づくにつれ貴樹の目がどんどん輝いていくのがわかった。
無理もない。もう10年以上前の思い出が詰まった学び舎との再会だもん。
駅を降りて手を繋いで歩く。やや急勾配となる坂を上り、歩くこと10分。
既に例年より早く桜が咲き始めてはいたが、まだ5分咲と言ったところ。それでも坂道は美しい桜で彩られていた。
そして丘の上にその小学校はあった。日曜なので部活動をしていると思われる子供たちが数十人、校庭でサッカーを練習している。
貴樹は何も語らず、じっと金網越しに学校と校庭の子供たちを眺めていた。
きっと昔の記憶を手繰り寄せるのに必死なのだろう。
まだ長袖ではないと肌寒いが柔らかな日差しの中、桜の花びらが舞い落ちるようなゆるやかな時間の流れがそこにあった。
『学校って…』
貴樹が突然しゃべり出す。
『学校ってさ…そこにいる時はそこが世界の中心で、毎日の生活で当たり前の場所なんだけど…卒業した途端にすぐに部外者になって…もう中には入れない。…全くの別世界になっちゃうんだね。』
寂しそうに言った。
暫くして私たちは校門の前で一緒に記念写真を撮った。
そして彼はもう一度校庭に目をやる。
『…やっぱ、もう部外者は中には入れなか…仕方ないね。』
少し寂しそうにため息をついて苦笑いを浮かべる。
そして…私たちは桜並木を駅に向かって歩き始めた。
さっき上ってきた長い坂道を降りて右に曲がる。
そこから50メートル進むと幅の大きな踏切がある。
その踏切に差し掛かった時、貴樹から強い違和感を感じた。
異変に気が付ついた私は、すぐ右横を歩く彼の顔を見る。
貴樹は少し怖い顔をして…でも視線はまっすぐ前方の一点に集中している。
どうしたんだろう? 様子がおかしい。 さっきまで世間話をしながら歩いていたのに、突然無口になって…
何か思い当たる節が無いか歩きながら必死に考える。
ふと踏切の真ん中で髪の長い女性とすれ違った。
貴樹からは更にこわばった違和感を感じるが、でも彼は依然として黙ったまま前方だけを見つめながら歩いていた。
…突然踏切の警告音が鳴る。
日曜の朝はそれなりにダイヤも過密らしく、警告が鳴るとすぐに遮断機が下り始めた。
私は走り出そうとした。だけど、貴樹はゆっくり歩いたまま…
少し怖くなって再度彼の顔を見る。歩く速度は変わらない。
都会にある特殊な踏切なのか、もう電車の走行音が聞こえていた。
ようやく踏切を渡りきる。
貴樹は振り返り、さっきわたってきた学校側の踏切を見ていた。
電車の走行音がより一層大きくなって来た。
(…え? 何? 対岸? さっきの女の人?)
私も貴樹が振り返ったその視線の先を見る。
さっきすれ違った女性だろうか、髪が長くてピンク色のスカート…
見えたのはそれだけ……私の視界を遮るように突然左から右へ、大きな走行音をまき散らしながら電車が通り過ぎる。
電車の体積分の空気が一気に前方に…乱暴に押し出される。
その風圧と走行音に圧倒された。
向こう岸は見えない。
貴樹はそれでもじっと対岸を見つめていた。
もうすぐ電車が通り過ぎる。
ようやくこの轟音と風圧から解放されると思って踏切の警告を見る。
すると新たに反対方向からの電車の通過を告げる矢印が見えた。
私たちを圧倒していた東京方面へ向かう列車の通過が終わろうとした瞬間、今度は入れ替わるように反対からの電車が通過し始めた。
新しい突風と走行音…
…彼の育った街で感じた違和感
それでも視線を対岸から外さない貴樹。
何が起きているのかわからない。でも私は言い知れぬ苛立ちを心の底から感じていた。
両手を握りしめて心の中で叫んだ。
(あなた一体何? この人はね、私の結婚相手なの! 誰だか知らないけどあっち行け! 貴樹は…この人は明日私と一緒に鹿児島に帰ってその後もずっと仲良く暮らすんだ!!)
何故そんなことを心の中で叫んだのか自分でも不明だった。
電車がようやく通り過ぎる。
対岸が見える。
…誰もいない。
再度貴樹を見る。
先ほどと違って緊張した雰囲気は消えていた。でもまだずっと向こうを見ている。
『貴樹! さっきからどしたの!?』
たまらず語気を強めて彼に話しかける。
『…あ、ごめん。ボーっとしてた。』
ようやく我に返った感じ。
『ねぇ、何があったの? 昔の友達でも見つけた?』
『…いや…多分…何でもないと思う。』
あやふやな答え…でも彼はいつも通りの笑顔に戻った。
『花苗、今日は本当にありがとう。 …もうここに来ることもないだろ。花苗と一緒に来れてよかったよ。』
そういって彼は私の頭を右手で撫でようとした。
私はその手を払いのけた。
『貴樹のバカ! いったい何だってのよ? ずっと怖い顔して歩いてるんだもん!』
彼は2秒ほど固まる。一息ついてようやく目の前にいる私と言う存在を完全に認識したようだ。
『わ…悪かったよ。本当に何でもないんだ…。 お詫びにさ、後で新宿で花苗が欲しいって言ってたあのワンピースでも買って…あと、皆にもお土産買って帰ろうよ。』
私もようやく安心し始めていたけど、まだ面白くない。
『いいよ、でもホテルに戻ったら何があったのか正直に話してよね。さっき絶対おかしかった!』
『わかったよ。俺が悪かった。あとで全部説明するからさ。』
彼はそういって私の右手を優しく握る。
今度は私もしっかりと彼の手を握り返した。
…こうして私たちはまた一緒に同じ歩幅で歩きだした。
あとがき
『秒速5センチメートル』と言う作品は確かに名作です。日本アニメ史に名を刻んだと言っていい。でももう一度見たいかと言われると私は間違えなく"見たくない"と答える。
理由は…ハッピーエンドもしくは希望を持てる終わり方ではなかったから。
勿論、物語は全てハッピーエンドにする必要はないし、いろんな結末があっていい。でも製作者側は見る人の立場も考えてほしい。
何故アニメや漫画、映画、小説を読むのか?
思い通りにならない現実の人生を送りながらも
『こんな世界があったらいいな』
『こんな恋人がいたらいいな』
『こんな風に強く成れたらいいな』
我々はそんな思いをどこからどこかしらに秘めて鑑賞する。
だから結末は例え完全なハッピーエンドじゃなくても、極端な話バットエンドであってもどこかしらに希望を持てる結末であるべきだと考えています。
初恋なんて実らない。それはよくわかる。わかりきっている。
けどアニメと言う作品の中で何故そんなわかりきったことを描いてしまったのか。
作中にある精密で美しいな風景画がそのリアリティをより一層掻き立ててしまい、見るものに印象ではなく爪痕を残す作品になってしまった。
貴樹君と明里二人が結ばれないのは仕方ない。けれども…もう少し希望の持てる終わり方にしてほしかった。
そんな気持ちでこの作品を書いた。読んでくれてありがとうございます。どんな感想でもいいので頂けると嬉しいです。