「ルークさん! ――――すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「いや、待ってない――――けど」
白と緑を基調にしたサマードレスを身に纏い、普段は聖女として控えていた化粧までしたメルナはそれこそリュミエールが見ても文句の付け所がなさそうな姿であった。
どこか驚いたような雰囲気のルークに、近くの看板の裏に隠れているセシリアとフィリアは顔を見合わせる。
「(……ルーさんが驚いてる!? ま、まさか見惚れちゃったの!?)」
「(いえ、多分『普段着で来ると思ったんだけど俺の服大丈夫かな』とかそんな感じです?)」
前にフィリアと買い物に出かけた時と同じ服である。
なんとなく胸にもやもやしたものを感じつつも、フィリアは魔法で光を屈折させて自分とセシリアが周囲から見えないようにする。
「(大丈夫だよルーさん、いつもどおりカッコいいもん!)」
(………なんでしょうか、そこはかとなく不安が)
普段は割と常識人っぽいセシリアだが、ことルークのことに関してはあんまりアテにならないかもしれないとフィリアは直感した。とはいえティナとアリオスの頼りになる二人は仕事中。リュミししょーはもっと頼りにならないので、現在のこのペアが最大戦力となる。
正直ルークがいてくれれば別に交友関係なんて興味がないと思わないでもないフィリアだが、リュミエールのことや前回の熊のこともあり。力になってくれる人は居てくれたほうがいいと思う。それがルークの力になってくれる人であるのが大前提だが。
と、そうこうしてる間にルークがメルナの服をざっと確認して口を開いた。
「――――いつもと雰囲気が違うけど似合ってるな」
「そ、そうでしょうか。そう言って頂けると頑張った甲斐がありました」
本当に嬉しそうに笑うメルナと、それをジト目で眺めるフィリアとセシリア。
二人はこれまでの経緯―――というか、メルナの主張を思い返す。
『“目的”のために素晴らしい手段があるのですが――――協力する代わりに、一日デートしてくださいっ』
その瞬間なんとなく嫌な予感がしたフィリアは、最初は一応口では『だ、駄目だよデートの邪魔なんて』と言っていたセシリアを撒いたりせずに堂々とルークの尾行を始めたのだが。
嫌な予感は時間とともに大きくなるばかり。
油断なくメルナを見張っていたフィリアだったが、なんとなく妙な気配を察知した気がして路地裏の方に目線をやった。
「ではルークさん、最初はカフェに行きましょう!」
「……ん。ああ分かった」
と、そうこうしている間に、メルナがルークの手を取り。駆け出すメルナに苦笑いしつつもルークも駆け出した。
………
……
…
歩いて数分、メルナもあらかじめ調べていた最近流行りのカフェにたどり着いたのだが。店の外に延々と並ぶ貴族・平民問わない列――――ただし、それぞれ列は分かれているが――――に、メルナが目を丸くする。
「――――凄い行列になってる…!?」
いきなり行列デートとは難易度が高すぎる。
とはいえ着たばかりで一番有名なカフェくらいしか知らなかったため他の店という手段が取れないメルナに、ルークはそんなに食べたかったのかと苦笑いする。
「ああ、この店最近やたら流行ってるからなー」
軽く見た感じで数時間は待たされそうなその長蛇の列にメルナが硬直している間に、ルークが窓から店の中を覗きこみ――――。
「あーっ! オーナー!」
元気な子どもの声に行列の人々が一斉に振り返る。
この店のオーナーが巷で噂の王太子であるのは公然の秘密であり、つまり大体の人間は知っていることだった。
あくまでも公然の秘密なので、外国からきた留学生なんかは知らなくても無理はないというか知ってる方が珍しいだろうが。
「あっ、ルークさまだー!」
「またきれいなお姉さんといるー!」
平民の子どもたちが手を振り、貴族の客たちがルークの隣にいるメルナを推し量っているのと同時に、何名か顔を赤くしている少女もいたりと混沌とした場のなかで、ルークは慣れた様子で手を振り返すと駆け寄ってきた店の制服を着た少女に声を掛けた。
「盛況みたいだが、休みはしっかり取ってるのか?」
「もちろんですよ! 今休憩中でしたし。というかそれ、オーナーに言われたくないです」
そう言って、「ちょっと待ってて下さい!」と店内に駆け込んでいった少女を見送って、メルナが恐る恐るルークに声をかける。
「……もしかしなくても、知ってるお店?」
「色々あってなー」
むむむ、と「私もあっちならお得意様のお店あるのに……」とちょっと悔しそう―――というより残念そうなメルナに、ルークは肩を竦めた。
「まあまた向こうに行く機会があったら案内してくれ」
「……うんっ! じゃあ、エスコートして下さいますか?」
嬉しそうに微笑んで手を出すメルナに、ルークも僅かに芝居がかった動作で手を取り。そうこうしている間に店内からバスケットを抱えてさっきの少女―――店長の娘が戻ってくる。
「はい、オーナー! ウチの新作パンとクッキーです! 私が作ったもので申し訳ないですが――――あ。あと試作品のスパイスの瓶も入れておきました!」
バスケットの中を覗くと、どう見ても商品と遜色ない焼き立てのパンとチョコレートやドライフルーツで飾り付けられたクッキーが。それとルークが趣味で頼んでおいたスパイスが黄色、オレンジ、赤、黒の4つのラベル付きの瓶に入っていて。
ルークはそれを軽く確認するとニヤリと笑った。
「よし。ありがとうな、ラナ。これで料理“とか”が捗るよ」
その若干不穏な言い回しにメルナが首を傾げ、ラナは引きつった笑みで視線を逸した。
「………あの、オーナーなら大丈夫だと思いますけど。本当に黒いラベルのは気をつけて下さいね…?」
「ああ。で、これがシナモンだろ?」
唯一ラベルなしの瓶を振って微笑むルークに、ラナも嬉しそうに頷く。
「あ、はい」
「何故か厨房にあったけど取り寄せた記録がなかったから困ってたんだ。ありがとう」
「い、いえそんな! ま、またいつでも取り寄せられますから言って下さい!」
「ん、じゃあその時は頼むな。代金はいつものところに請求しといてくれ」
結局、フィリアが作ってくれたアップルパイの再現を何度かやってもらったり自分でも作ってみたりしている間にスパイスを切らしてしまって自分がオーナーをやってる店に頼んでみたら仕入れられたという経緯だった。
と、見つめ合う二人に露骨に拗ねた様子のメルナがルークの脇腹をつっつく。
「……ルークさん、ルークさん。放っておかれると拗ねてしまいます」
「あー、悪い。じゃあまたな!」
手を振って去っていくルークとメルナの背中が見えなくなるまで手を振っていたラナは、笑みを消して天を仰いだ。
「……きれいな人だったなぁ」
………
……
…
――――ルークさんは、変わってないなぁ。
メルナは出会う人たちに声を掛けられて嬉しそうに返事をしたり手を振ったりするルークを見て心から微笑む。
変な所で自信がなかったりするけれど。でも、彼もまたちょっとしたことが人の心を救ってくれるのだと知っている仲間というか、同志だろうか。
聖女なんて止めてしまいたいと思っている自分と、王太子に相応しくないと悩んでいる彼。
本当になりたくないのなら、全て投げ出して閉じこもってしまえばいい。
そうしたくない理由があって、自分にできることを精一杯こなしている彼は、ひどく眩しくて。
きっと彼を想って作られたのだろう温かなパンを食べる。
甘くて、優しい味。
悩みながらも、それでも頑張り続けている彼は“星”のように。
迷子の旅人たちがその姿を頼りに集まるのだろう。
ああ、そうだ。
私には、眩しすぎるくらいに――――。
「どうした、メルナ」
「いいえ、なんでもありません。――――少し、考え事をしていただけです」
と、目の前を走っていた子どもが転び。
それを見た瞬間、メルナは何も考えず魔法を使っていた。柔らかな白い光が子どもを包み、急に痛みがなくなったからか不思議そうに立ち上がってまた走り出す。
「――――ありがとな」
「……えっと、何故ルークさんがお礼を…?」
穏やかな顔で見つめてくるルークに、気恥ずかしくなりつい目を逸してしまう。
そんなメルナの様子に気づいた風もなく、ルークはただ走り去る子どもの背中を見つめて言った。
「俺だと、怪我は慰めるくらいしかできないしな。もっと、俺にも便利な魔法があれば良かったんだけど―――まあ弟、レオンなら転ぶ前に気づいたかもしれないし、すぐに助けを呼べるだろうし」
そんなことを言うルークに、自国の元王太子――――真の聖女なる人物に完全に骨抜きにされた様子を思い出して無性に悲しくなる。
確かに王太子は魔法が強いのが普通かもしれない。けれど、それだけで決まるのはあんまりだ。だからアレも廃嫡されたんだろうし。
「……転んでしまっても、いいんじゃないかな」
「メルナ……?」
「痛くても、また人は立ち上がるよ。でもその痛みが分かって、一緒に立ち上がろうとしてくれる人――――そんな人が王様になれる国だったら素敵だなって、思うよ」
そう言って笑ったメルナは気づいた。
周囲から人の気配がなくなり、先程まで聞こえていた喧騒も不自然に途切れた。
ああ、どうやら楽しかったデートも終わりらしい――――。
――――――――――――――――――――――
それより少し前。メルナとルークがカフェに向かおうとした時のこと。
駆け出したメルナとルークを見て慌てて追いかけるセシリアだが、ふとフィリアが付いてきていないことに気づいて立ち止まり。
「――――フィーちゃん!?」
いつの間にかセシリアの姿を隠していたフィリアの魔法が解けていた。
その代わりにセシリアからも見えなくなったフィリアの声が、少し離れた場所から響いた。
「――――すみません。やっぱりルーク様の方はお願いします」
「どうして――――」
何かが起こったことを察したセシリアは慌ててフィリアの声が聞こえてきた方角――――裏路地の方に駆け出す。
人で溢れていた表通りから打って変わって、裏通りには人がいない。怪しげな店に錆びついた看板、所々融解した地面に、フィリアがいつも付けていた黒い手袋が片方落ちていて。
慌てて周囲を確認するが、それ以上の痕跡は残っていない。
ただ、まだ昼間のはずなのにやけに深く思える暗闇が裏路地の奥の方で蠢いているようにセシリアには思えて。
「――――フィーちゃん!」
呼びかけるが返答はなく、複雑に分かれた裏路地をアテもなく彷徨ってフィリアを見つけられる可能性は低い。
理由が理由だけに自分の護衛に知らせずに出てきてしまったことを今更後悔しつつも元の表通りに向けて駆け出す。
ルークに知らせれば、アリオスとティナもすぐに動いてくれる。
なんなら騎士団だって協力してくれるだろう。
とにかく今は人手が欲しい――――表通りに向けて駆け出したセシリアのすぐ後ろ、魔法で姿を隠していたフィリアと、黒い靄の中で嗤う少年が向き合う。
バルフェア王立学院の制服を纏い、薄ら笑いを貼り付けた少年。彼から滲み出す靄を浴びたネズミが倒れて、そのまま動かなくなる。それを見て僅かに目を細めるフィリアだが、少年は気にした様子もなく仰々しく一礼した。
「――――やあ、はじめましてだね。“星”を司る者」
「……わたしは、別にそんなものではありませんが」
右手の手袋を脱ぎ捨てたフィリアの手が青白く輝く。星のように輝き、暗い路地を照らすその熱量に、風景が歪む。が、その光を遮るように黒い靄が広がっていく。
それを無表情に観察しながら、フィリアは問いかけた。
「何が目的ですか」
対する少年は肩を竦めると「おお、怖い怖い」と大仰に戯けて見せつつ指を鳴らして。
黒い、漆黒の靄に覆われる路地裏で三日月のように嗤うその口だけが見えた。
「――――“彼”さえなんとかすれば、僕たちの目的……人材集めも捗るかなって」
深くなる“黒”の中で、フィリアの身体の輪郭が薄青く輝く。
そんな一触即発の状況で、フィリアは胡乱な目で背後―――いつの間にか出現していた少年に目を向けつつ言った。
「それならふつうに頼めばいいのでは?」
もちろん、悪事ならルークが加担するわけもないのだが。
すると少年はなんとことはないように言った。
「まあ、“お願い”するためのメンバーはもう向かってるんだけどね。“そういう”能力の人もいるし――――悪いけど、僕は足止めさ」
「…っ」
瞬間、フィリアの突き出した指に呼応して眩い閃光が流星のように閃き――――黒い靄をぶち抜き、空まで一直線に貫通する。その光に左肩を貫かれた少年だが、靄がその傷口を瞬時に塞ぐ。
「では、改めて名乗ろう。僕は“死神”――――アル・カヌム13番目の使徒であり――――星の輝きさえ覆い隠す死の靄。ヌンとでも呼んでおくれ!」