時を越え君に会いに行く   作:Nattsu_ひよこ豆

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蛇の会合は湿地にて

 

 

 

 『必要の部屋』______ホグワーツの八階、突き当たりの壁にその部屋は隠されている。そこに訪れた者が必要としているものを備えた部屋で、その形は不定形だ。トイレを願えばトイレが現れ、物を隠す場所を求めれば、物が溢れかえる物置が現れる。

 誰が作ったか、誰が最初に見つけたか誰も知らない。ただ、数人の生徒によりその存在を口承されるのみである。時たま、偶然にも発見する生徒が何人かいるが……。 

 セドレーラやヴァルブルガは親から伝聞され、必要の部屋の存在を知った。古くから続く純血の家は必要の部屋のことを知っている者が多い。

 

「入るわよ。さぁ、早く! 大勢でいるから、誰かに見られたら面倒よ。特にグリフィンドールの輩にはね」

 

 ドゥルーエラがどこか楽しみながらそう促す。ライラは少しビクッとしながら必要の部屋へと入った。

 部屋は広く、物々しい雰囲気で覆われていた。十何人が座れそうなほどの黒い長テーブルがあり、そのほかには暖炉と灯りしかない殺風景な部屋だ。

 

「やだぁ、辛気臭いわね。セドレーラ、もっと気の利く部屋にできなかったわけ?」

「シンプルで機能美を追求したのです。テディベアばかりの部屋では話し合いもままなりませんわ」

「……ブラックだからって調子に乗ってんじゃないわよ」

「学校という実力主義の場で家の格を意識するのはナンセンスよ」

 

 長いストロベリーブロンドの女性がセドレーラにつっかかった。甲高い声は、彼女曰く辛気臭い部屋によく響く。

 

「席に付きなさい。アビゲイル・ノット」

 

 いつのまにか先に一番端の席に着いていた女性が命令した。美しい黒髪を持っている。

 

「……はい」

 

 アビゲイルは咎められたことに不貞腐れながら真ん中あたりの席に座った。対照的にセドレーラは一番端の席の彼女と一つ席を開けて座る。

 続々と他の人々が席につく中、ライラを含めた四人はどうすれば良いかわからず突っ立っていることしかできなかった。ここにいるのは上級生ばかりでさっきから心臓の音が鳴り止まない。

 

「ライラ、正面の席へ。他の子は傍にある席に座りなさい」

 

 そう言ってヴァルブルガが指を指した先には、いつのまにか揃いの三つの椅子があった。最初から本当にそこにあったのか、と考えながらライラ以外の三人は我先にと椅子へ向かう。

 取り残されたライラは、ただ一つ余った、下手のいわゆる誕生日席に座るよりほかなくなった。嫌が応にも注目を浴びる席だ。

 躊躇する手に力を込めて椅子を引く。座った瞬間、衝撃が腹の中を駆け抜けるようだった。

 ライラの正面_________一番奥の席には、男性が座っていた。その男性の顔を真正面から見た時、まるで幼い時に読んだ聖書の天使みたいだと思った。一対二枚の羽が見えたように思えたし、後光が差しているようだとも思えた。その完璧なブロンドと碧眼が輝いているようだ。

 一瞬、惚けたライラは弾かれたように我に返った。その男性が口を開いたからだ。

 

「やぁ、ライラ」

「あ_________」

「緊張している?」

「はい……」

 

 優しく微笑むその男性は、ライラの緊張を解こうとしているようだった。まるで階段を降りていくように、鼓動のたびにライラの気持ちは落ち着いていく。なんだか現実味がないからだろうか。

 

「僕はノエル・グリーングラス。七年生の監督生だよ。よろしくね」

「ライラ……ライラ・オルコットといいます。どうぞ、よろしくお願いいたします……」

 

 ライラは気づいていないが、トムやアルファード、イザベルの立場からすればライラが受けているのは尋問当然だった。ノエルは心得ている。脅さず、圧迫せず、穏やかに情報を引き出す術を。

 

「さて、ライラ。昨日、君がとても酷い_______辛い_______凄惨な目にあったと聞いた。ぜひ、もし良ければ、もう一度聞かせて欲しい。君を助けるために必要なことなんだ」

 

 求められるまま、ライラは全てを詳らかに話した。話しているうちに、なんの面識もなかったスリザリンの上級生が憤っている姿が不思議に思えた。

 きっと、自分を心配してくれてるんじゃなくて、スリザリンに対する侮辱に怒っているのだろうとライラは正しく解釈する。

 ノエルは少し考えた後、全員を見渡した。

 

「これから話し合いに入ろうと思う。けどその前に、監督生諸君には自己紹介をしてもらいたい」

 

 すると監督生達______ノエルの周りに座る、奥の席の五人が立ち上がった。

 

「ドリア・ブラックです。六年生の監督生。どうぞよろしく」

 

 厳格そうな雰囲気の、先程アビゲイルに命令した黒髪の女性が名乗った。

 

「ケイリス・ブラック。七年の監督生。よろしくね」

 

 またブラックだ、ライラは魔法史の教科書を目の前にしたような気持ちだった。ブラック家の人々は美しい黒髪に整った顔が特徴だが、ここまで人が多いと顔と名を覚えるのも一苦労だ。

 ブロンドの、スコットランド訛りの男性が喋った。

 

「フィル・ヤックスリー……六年の監督生。よろしく頼む」

「あら、フィル。彼女には言うべきことがもう一つあるはずよ」

 

 セドレーラの厳しい言葉に、フィルは息を詰まらせた。それと共に、ライラは思い出す。組み分けの後、自分を責めてきた人だと。

 フィルは顔を真っ赤にし、目を堅く瞑って開け、そして息を吐いた。肩を上下させている。そこまでして謝って欲しいわけではないけれど____流石にライラはそれを口にする馬鹿ではなかった。

 

「悪かった……」

 

 本当に謝ってくれた……ライラはそれをボーッと見ていた。頭を下げて謝る姿を見て、こうすることも処世術なんだろうとぼんやり思っていると、傍にいるイザベル達が動いているのを感じて、ライラはそちらを見る。

 言葉を発するジェスチャーをしているようだ。全く気づかないライラに、もっと身振りを大袈裟にして伝えようとしている。

 イザベルが我慢ができないと言った風に、自分とトムを交互に指さした。そしてトムの頭をガシッと掴んで下げさせている。

 そこまでやってもらって、やっとライラは思い至った。謝られたら許さねばならないのだろう。

 その頃、ヤックスリーは屈辱にプルプルと震えていて、セドレーラは仕切りに咳払いをしていた。ヴァルブルガは忙しなく紅茶を口に運んでいる。他の純血家の面々も、声には出さないものの微妙な雰囲気を醸し出していた。

 慌ててライラは口を開く。

 

「えっと、すみません……あー、いいえ、そのミスター・ヤックスリー、私も浅慮でした。あれは監督生から後輩への温かい指導だと受け止めております。ええ、ですから……頭を上げてください」

 

 ほとんど懇願するような口調でライラは早口に捲し立てた。

 ヤックスリーはやっと動けるという態度で椅子に座る。疲労が滲み出ていた。セドレーラはホッとしたのも束の間、笑いを堪えるのに必死になっているようだ。

 

「終わった? _______ああ、いや、わだかまりが解けたようだね。本題に入ろう。さて、ライラの話通りだと、我らが小さな蛇は、グリフィンドール生により傷つけられ、侮辱された。由々しき事態だ_______しかし、残念なことにこれまで幾度もあったことだ。皆の答えは決まっているだろう」

 

 ノエルの演説は非常に効果的だった。少し緩みかけていた雰囲気が締まり、冷めていく。誰もがグリフィンドールへの怒りを思い出している。室温がぐっと下がってしまったみたいだ。

 

「報復か、否か?」

 

「報復!」

「報復!」

「報復!」

 

 宗教的な風景だった。誰もが冷たい表情で杖を掲げている。ライラはその光景をおぞましいと思った。もう、グリフィンドールへの怒りが血に、魂に染み付いてしまっているのだろうか。チラリとトム達の方を見ると、青ざめた顔でライラと同じく先輩方の方を見ていた。

 ノエルが口を開く。ずっとそうだ。ノエルが最初の一言を必ず言っている。

 

「ライラ。報復か、否か?」

 

 全員がライラを見ている。

 ノエルは変わらず天使のような笑みでライラを見ていた。

 ライラ自身の鼓動が、ライラの頭の中を支配している。息遣いが耳障りだ。自然と姿勢が前のめりになる。

 皆が杖を掲げているように、自分も掲げて報復をと告げねばならないのだろうか。本当に、報復が正しいのだろうか。しかし、報復を実行せねばまた嫌な目に遭うかもしれない。

 ライラはローブに手を突っ込んだ。杖を指の先に感じる。

 その時、ライラの頭の中にオリバンダーの言葉がスパークした。

 

「全ては君次第ということじゃ。大丈夫。杖が君を導いてくれるだろう」

 

 杖を取り出した。

 ライラは杖を掲げることもせず、ノエルに突きつけることもせず、ただただロザリオのように握りしめ額に当てて祈るような格好を取った。体全体が肺になったみたいに、激しく息をしている。

 その様子に、とうとう狂ったかとトムは天を仰いだ。

 ライラは細い糸のような声でplease……と囁く。

 

「教えて……お願い……お願い……私を導いて……」

 

 手は震え、堅く瞑った目からは涙がこぼれ出ている。怖くて怖くて仕方がないのだ。  

 皆、この場にいる皆はライラがこの雰囲気に呑まれてすぐ報復だと声高に叫ぶことを期待している。ライラはそれをよく知っていた。だから今、予想外の行動に視線が圧力を帯びたのだ。

 ライラが強く祈った瞬間、杖から光が飛び出した。

 その光はライラに降り注ぎ、周りの人々を煌びやかな黄色で照らす。降りかかった光はやがてライラの身に溶けていった。

 ライラは直感を得る。覚悟を決めた。

 

「____________否」

 

 会議の場が揺れる。長テーブルが軋んだ。

 

「貴様!!」

 

 無謀にもヤックスリーがまた叫ぶ。

 イザベルもアルファードも立ち上がった。トムはもう諦めた様子だ。

 

「まぁまぁ、落ち着きたまえ。落ち着きなさい_______静かに」

 

 またノエルの雰囲気に場は呑まれた。ライラはテーブルから立ったまま、ノエルと向き合う。

 

「どうしてだい? ライラ、君が一番、怒っているものだとばかり」

 

 ノエルが動揺している。隠しているが、少し声が震えている。

 ライラは直感を得ただけで、全くの考え無しに否と発言した。どうやって納得させよう、どうやって分かってもらおうか、なんの計画もないのだ。

 ただ、ただ心のままに声を出す。

 

「ほ、報復が_____いったいどんなものなのか、私は知りません」

「なんだ、そんなことか! そうだね。場合によるけれど、基本は倍にして返すのさ。我らは愚鈍なグリフィンドールのように真正面から向かったりしない。狡猾に、足元を掬うように______そうだな、濡れ衣を着せるとか、呪いをかけるとかは可愛い方だろう」

 

 そんなことをライラは望んでいなかった。グリフィンドールの生徒が傷つけられることも、スリザリンの生徒がみみっちい計画を立てるのも、全てが馬鹿馬鹿しく思えた。

 

「……私、報復なんか、望んでいません。ただ、ただ、私のような子が減るようにと思っています」

「_______では、そのように」

「え?」

「君がそう望むなら、そうしよう。言っただろう。君を救うのだと」

 

 ノエルは柔らかに言った。周りを見渡すと、反対の視線などはない。また会議を行う姿勢に入っている。

 ライラは報復を望まなかったことによって、スリザリンの面々に拒否されるとばかり思っていた。彼らはライラがそうするだろう、そうすればライラの傷は癒えるだろうと思い、報復を選ぼうとしたのだ。

 確執の根深さ、そしてスリザリン、ひいては魔法界との意識の違いを痛感しながらライラは口を開く。

 

「は、話し合いを望みます。杖を下ろし、机の上で戦うことを望みます」

「分かった。僕らが思っていたより、君は大人しい性格のようだ」

「……あの、どうしてそんなに私本意に進めてくれるんですか?」

「ん? 当事者の意思が最優先に決まっているだろう」

 

 驚きのあまり、クラクラする頭を支えながら、ライラはもう一度席についた。 

 周りの上級生は、何事もなかったかのように怒りも憎しみも治めてライラの言葉を待っている。

 それが何よりも怖かった。

 

 

 

 

 

 

「怖い……怖かった」

 

 会議が終わり、必要の部屋を出たライラが呟いた。隣にいる三人にしか聞こえない音量で。

 

「報復なんか、したくない。だから聞いてくれたのは良かった。でも反対意見も何もなくて、なんだか底が見えない……」

 

 身震いしながらライラは言い放った。

 トムは自分の考えを囁く。

 

「多分、ずっとこうなんだ。決まりがある。ライラの意見が最優先なのもそうだ。何度も繰り返されてきたから、大抵のスリザリンの生徒は報復を望むから、初めからライラに報復かと聞いたのもそのせいだろう」

 

 イザベルがライラを慰めるように言った。

 

「ずっと上流貴族社会で生き抜いてきた人たちよ。しかも、それなりに幅利かせてる。感情を抑える術も、真意を隠す術も、あなたを操る術も、全部が圧倒的だった。そんな中であんなことやってのけるんだから、十分よ」

「あんなこと?」

 

 ライラが首を傾げれば、アルファードがそれなりに大きな声で興奮したように言った。他のスリザリン生がとっくに先に行っているのは幸いだった。

 

「杖だよ。君、術を使おうとしたわけでもないのに杖が君に応えた! 何をしたの? 何か呟いていたようだけど」

 

 無我夢中で祈っていた時のことだ。杖が突如黄色の光を放ち、ライラに直感をもたらした。

 

「何も……ただ、教えて、お願いって言っただけ」

「それだけ?」

「そう」

「どういうことだ……いや、そもそも、なんで杖にそんなことを?」

 

 アルファードはあの現象に興味津々のようだ。学者のように問い詰めている。

 

「この杖を買ったとき、オリバンダーさんが言ってたの。杖が君を導くだろうって」

「なるほど……いや、何か分かったわけじゃないけど……。杖に関しては未だに分かってないことが多いから」

 

 アルファードは考え込んでしまった。少しレイブンクロー気質もあるのだろうか、とライラは思いながらアルファードがぶつかったり引っかかったりしないように障害物を避ける。動く階段に差し掛かった時は非常に困った。

 

「それにしても」

 

 トムが問いかけた。

 

「どうするつもりだ。話し合いなんてできるのか?」

 

 全くもって具体的な考えがないことを、ライラは今一度実感した。軽く考えてた理想が、唐突に現実になってしまうのだ。

 

「……どうしよう……」

「……お前というやつは……まったく……!」

 

 少し考え込んで、頭の中をパイプで口に直結させたようにライラは喋り始めた。

 

「うーん……最終の目的は、二度とこういったことがないこと。そのために、グリフィンドールと取り決めるべきは……協定? 同盟? 契約? 誰と……監督生同士が一番適しているかも。ていうかそもそもグリフィンドールが何か取り決めたところで守るとは思えない! あ、先生を挟むべきかな……でも積極的になってくれるとは思えない。う〜〜〜〜ん……」

「……なんだ急に。だが言っていることはわかる。それがお前の考えてることだな? 書き起こすか何かして整理しないと」

「よく分かったわね。早口すぎて何が何だか……」

「ごめん……でも独り言みたいなものだから」

 

 口に出して言ったことで、ライラの頭の中では何を考えるべきか整理はついた。

 グリフィンドールとどういった形で取り決めるかということ。

 誰がその場に出るかということ。

 大人が立ち会うかどうかということ。

 細かい部分は後で詰めればいいが、その三点に関しては最初に方針を決めとかなければならない。

 

「談話室についたら、ちょっと相談に乗ってくれない?」

「いいわよ。ここまで来て蚊帳の外は嫌だわ」

「当然、僕もだ。先の会議では口を挟む隙がなくて困った。それはそうとしてイザベル……お前のガサツなジェスチャーのせいで首が痛んで仕方がないのだが?」

「あら、トム。随分と弱々しい首なのね。すぐ切れちゃいそう」

 

 トムとイザベルが名前を呼び合っていることにライラは少し嬉しくなりながら、言い争いをおさめようとした時、アルファードが声を上げた。

 

「ライラ! 分かった! 何の木の杖か、杖の芯はどれか教えてくれない?」

 

 三人ともポカンとした目でアルファードを見つめた。アルファードも戸惑った顔で三人を見ている。

 

「アルファード……」

 

 イザベルの残念そうな声が冷たい石の壁に沁みた。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 一週間後のことだ。

 裏地が赤いローブをきた男が、苛立ちのままに下級生が楽しんでいたゴブストーンの球を蹴った。

 放課後の団欒の時間に突如現れた不届き者に、下級生は抗議しようとしたがあらぬ方向に転がっていく球を追わねばならず、彼に顰めっ面を見せるだけで終わった。

 

「クソっ……あのスリザリンの女が……あいつのせいで初日から百五十点も……」

 

 何を隠そう、彼はライラに舌縛りの呪いをかけようとして呪い返しをされたグリフィンドール生だった。あれから同級生たちに白い目を向けられ、ストレスが募りに募っている。元々気性が荒いこともあり、特にその心は荒んでいた。

 そんな彼の八つ当たりに巻き込まれた下級生は不運だったが、さらに災難だったのは下級生はゴブストーン部に入っていたことだ。そして五年生の時にゴブストーン部のキャプテンを務めた、アイリーン・プリンスがいたことも、災難であった。

 下級生の恨めしげな目、ゴブストーンへの想いからアイリーンは声をかけずにはいられなかった。

 

「そこの、ゴブストーンを蹴ったグリフィンドール生_______ちょっと待って」

 

 震える声で、震える体でアイリーンは引き止める。どうしてこんなことをしたのだと頭の中で後悔する。いつもなら見て見ぬ振りをするはずなのに。

 あの、自分と少し似た後輩に触発されたとでも言うのか。

 聞こえていないふりをして遠ざかるグリフィンドール生にアイリーンはもう一度待ったをかける。

 

「待って。少し話を___________待てと言っているでしょう!」

 

 グリフィンドール生が振り返る。

 誰も知らないところで、また一人、蛇が決意を固めた。

 

 

 

 

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