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アイリーンは中庭を飛び出し、禁じられた森の方へと走っていた。時折そこらに隠れ、グリフィンドール生の攻撃を避ける。
結局、話は聞き入れてもらえなかった。アイリーンはゴブストーンを蹴ったこと、下級生に対する振る舞いがなってないことを注意したが相手は機嫌をますます悪くしてアイリーンに詰め寄った。
「スリザリン如きが!! どいつもこいつも……!」
一対一であることは幸いだった。頭に血が上っているグリフィンドール生に奇襲や待ち伏せを考える余裕はなく、一人であれば対処しやすいからだ。
アイリーンはこの状況をもちろん不幸だと考えていたが、こうなったことに奇妙な満足感を覚えていた。
「やってやった……やってやった……!」
引っ込み思案な性格が災いし、結束の強いスリザリン寮内ならともかく、他寮生には揶揄われることが多かった。特にグリフィンドールからは意気地なしだの根暗だのと言われ続けた学校生活だ。その全てが報われた気がした。それに、好きなものの為に立ち向かえたというのは気分がいい。
こんなことをしようと思ったのは、『彼女』の影響だとアイリーンは理解していた。ライラだ。初めは自分と似たような、気の弱い女の子だと思っていた。思い違いだったと分かったのはその翌日だ。たった一人で複数の相手に立ち向かい、上級生ばかりを相手にしても意見を伝えられる内に秘めた度胸。見習いたいと思えた。
アイリーンは杖を構えて息を殺し、グリフィンドール生が油断するのを待つ。
不思議と頭は冴えていた。心臓は早鐘を打っているし息は上がっているのに、心と頭だけは冷えている。手は震えていない。視界はクリアだ。一つ息を吐き、吸って、グリフィンドール生を見据えた。
「_________くらげ足の呪い」
呪いは直撃した。グリフィンドール生は足が震えてゼリーになったようにまるで立てなくなる。
「ああ!! クソ!! 俺が、俺がこんな……卑怯だぞ!! 根暗で________」
「ラングロック!」
舌縛りの呪文も容易くかかった。モゴモゴと何かを喚き散らしながら暴れるグリフィンドール生を見て、やっとアイリーンは木陰から這い出る。
「どうせお前は無言呪文なんか出来ない。知っている。誰かと思えば________六年生のコリー・テイルズじゃないか。同学年だったなんて……やることなすこと幼稚で気がつかなかった」
コリー・テイルズという男は、スリザリン生にとっては天敵だった。典型的なグリフィンドール信者で、無意識下で自分が選ばれた人間だと信じて疑わない。勇猛果敢を履き違える愚かな男。アイリーンもそのように見ていた。そして苦い思いをさせられたこともしばしばある。
足元に転がる男を蹴っ飛ばしてやりたかったが、グッと堪えた。そのかわり、堪えきれない笑みをそのまま見せてやる。
「まぁいい。ゴブストーンを蔑ろにするのも、スリザリンを貶すのも許さない。________そして_________私は________根暗なんかじゃない!」
未だ抵抗し続けるコリーから離れ、アイリーンはその場を立ち去った。
どうしようもない爽快感を感じながら、アイリーンは過去との決別を果たしたのだ。
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「アイリーン!?」
放課後のスリザリン寮の談話室に、ドリア・ブラックの悲痛な声が響いた。ライラたちは未だにグリフィンドール寮とどう付き合っていくかを考えている最中で、先輩方もライラの意見が固まるのを待っていた。今日も今日とてトムたちと意見を交えているところだった。
「どうしたの? ああ、そんな……」
談話室に入ってきたアイリーンには傷があった。足や手が細かい擦れ傷で覆われている。頰にも一筋、切り傷が走っていた。
「顔に……! 早く治さないと、跡が残っちゃうわ。待ってね……」
「ハナハッカエキスならあるからいい」
ドリアはポケットに手を突っ込んだりローブを上から叩いたりしていたが、アイリーンは至極冷静だった。
「何があったの?」
談話室中がアイリーンに注目していた。アイリーンは少し萎縮しながら、ぽつりと言った。
「グリフィンドールの奴と少しトラブルになっただけ。大丈夫。相手の方が怪我してるし」
さざなみのように談話室中に動揺が走った。アイリーンを取り巻くように囁き声が溢れ出す。
ドリアは目を見開いて唇を震わせていた。顔が青白くもなっている。
「この怪我も葉っぱや木の枝でできたやつだから。隠れたりしてるうちにいつのまにか傷ついただけ。本当よ。それに、くらげ足の呪いに舌縛りに……とにかくいっぱい反撃したから。ねぇ、ドリア……大丈夫よ」
アイリーンはドリアを宥め、談話室中に聞こえるように大丈夫だと言い続けた。ライラには分かった。それはライラの『話し合いがしたい』という願いを邪魔しないようにするためだと。
アイリーンとライラの視線がかち合った。
アイリーンがライラ達の方へと向かってくる。瞳が優しげで、ライラが恐れを感じることはなかった。
「ライラ」
「……はい」
「好きにやって。何が起きても気にしないで。私……あなたから立ち向かう勇気をもらえたの」
ライラは全く心当たりがないことを言われ必死で記憶を探った。いくら探ってもアイリーンと直接会話したことは一回程度だし、勇気だなんてライラが一番欲しいと願っているものだ。
「あの……先輩、その……私そんな」
「私が勝手に受け取っただけよ。気にしないで」
「そうですか……。あの、怪我は大丈夫ですか?」
「大丈夫」
ライラの目に、アイリーンはとても大きく映った。この前までは風が吹けば折れそうだったのに今では追いたくなるような背中をしている。その笑顔も華々しく、自信に満ち溢れていた。
アイリーンはテーブルを去り、自室へと戻っていった。ドリアも後を追う。
「……アイリーン様って……あんな方だったかしら……」
談話室に平常が戻った時、イザベルのその声がやけに響いた。
最近のライラ達は、授業が終われば移動中に意見を交わし合い、放課後になれば意見を交わし合い、朝の空いた時間に……といった様子だった。意見を密に交わしていると言えばそれまでだが、難航していると同義だった。
「……入学して二週間でこんなことをしている生徒など前代未聞だろう」
談話室でトムがぼやいた。
三人は応えず苦笑するだけで、すぐまた頭を抱えた。
「まず、教授には関わらせない。七年生の監督生同士で話し合いの場に立ってもらう。そこまでは決まった。ノエル先輩にも、ケイリス先輩にも了承はもらっている。ここまでは決まった。だが……肝心の……取り決めの内容が決まらない」
トムがイライラとした口調で確認するように話す。三人は頷くこともしなかった。
「意見がバラバラすぎるんだ!」
四人が関わっているのは寮単位の話だ。寮全体の声を聞かねばならない。意見がバラバラになるのは当然のことだった。
『必要の部屋』での会議は、ある意味根回しの場だった。根回しをしているおかげで方針はまとまっているが細かいところで意見がバラバラになっている。スリザリンとグリフィンドールを対等に扱うもの、スリザリン優位に仕向けようとするもの。日和見のものなど。
「もうライラ独断で決めたらどうだ」
「私の希望は寮単位のものだよ。私の独断でいいわけないじゃない。主は私の意見の分、他のスリザリン生やグリフィンドール生のことも考えなきゃ」
また羊皮紙に向き直ったライラに、アルファードが言った。
「もし……グリフィンドールが話し合いに乗らなかったらどうする?」
「やだ。不吉なこと言わないで。でも、その可能性の方が高いわ。ライラ、どうするの?」
「……その時は仕方ないけど、諦めないよ」
ライラは穏やかにそう言った。イザベルもアルファードも天を仰ぐ。予想はしていたが、それについていける気がしない。
「……まず、互いに傷つけ合わないこと。そして万が一スリザリンとグリフィンドールの争いがあった場合、教師に任せ生徒独自に復讐や報復をしないこと。反した場合……」
羊皮紙をなぞりながらライラは改めて見直す。指が止まったところ。そこが寮内での争点だった。
「レストレンジ先輩はスリザリン優位派だ。ヤックスリー先輩も」
アルファードが付け加える。
「ヴァルブルガ様も優位派。ケイリス様は対等派。えーとセドレーラ様も対等派」
「ノエル先輩とアブラクサス先輩は中立だ。それも、日和見ではない。影響が大きいのを分かって黙っている」
「……なんだかすごく大きなボールを投げられているみたい」
「なんだその訳の分からない例えは」
「圧迫感がひどい」
気の利いた冗談も言えないくらいにライラは疲弊している。残念ながら、今日もまた、四日前から詰まっているところでお開きとなった。
「_______はい。ペアとなって相手のフォームを見ること。悪い点を指摘し、良い点は見習うように。教科書十八ページに注意点が書いてあります。よく見るように」
問題を解決する糸口を見つけたのは、翌日のグリフィンドールと合同の飛行訓練の時間だった。
教師の言う通り、ライラ達はペアを組み箒で少し浮き上がる。イザベルは飛行訓練が得意なようで完璧なフォームで誰よりも高く飛んでいた。アルファードが地上でぼんやりとその様子を眺めている。
「トムー!! 足を伸ばして!」
ライラは地上からトムに指示を飛ばしていた。どのペアもそんな様子である。
「なんだって!?」
「足を! 伸ばしてー!!」
「もう少し大きな声で言ってくれないか!!」
「だーかーらー!!」
その時、ライラの目についたペアがいた。この時、グリフィンドールもスリザリンも生徒の数が奇数であったため、寮を跨いだペアができていたのだ。どちらもそっぽを向き、授業を真面目に受けている様子ではない。それどころではないようだ。
「_________あ」
「ライラ!! さっきから何を_______」
「分かったぁぁぁ!! 思いついたよーー!!!」
「何がだ!?」
「ミス・オルコット! おしゃべりの時間ではありませんよ!」
「反した場合、罰として協力することを求める?」
おうむ返しをしたアルファードに、ライラは頷いた。これ以上なく見事なアイデアだと自信を持っているようだ。
いつも通り、放課後の談話室でライラがテーブルに手をつき力説する。
「こうすれば、親交も深められると思わない? さっきの飛行訓練の時間に思いついたの! ああいうふうにペアを組ませて、課題だったり授業だったりをこなすの」
「でもそれっていつか罰にならない日がくるんじゃ……ああ、そうなれば対立は無くなったことになるわね。いい考えだわ」
「でしょう? 決まりでいい?」
「異論無し」
「賛成」
ライラは夢中で羊皮紙に記入した。これでひと段落ついた。
「決定! 改めて読み上げるね。まず、先生を立ち合わせず七年生の監督生同士で話し合うこと。その際は杖を置き、魔法を使用しないこと。話し合いの内容は『協定』を結ぶこと。えー……協定の内容……。お互いに争わないこと。傷つけ合わないこと。言葉で罵倒しないこと。万が一争いが起こった際はお互いに復讐や報復を実行しないこと。その際は当事者達に反した罰として、協力することを求める。協力とは、課題を一緒にこなしたり助け合うこととする」
ライラが読み上げている間、三人は長く息を吐いて椅子に深くもたれていった。まるで溶けているみたいだ。課題をこなしながら意見を上げまとめ先輩方に調査する日々はなかなかに過酷だった。
とりあえずまとまったことでライラは一安心だったが、そもそもまずこれはライラがどういった意見を持っているか、グリフィンドールに何を訴えたいかをまとめただけだ。まだスタート地点にも立っていない。この先は未だに希望的観測ばかりなのだ。
グリフィンドールが話し合いについてくれただけで万々歳。このライラ達が考えた協定にも納得してくれたらそれは奇跡だ。
胸中に不安な気持ちがどっと押し寄せてくる。荒波のようだ。しかしそれを我慢しない、曝け出す強さをライラはホグワーツの暮らしで獲得していた。
「……ねぇ、イザベル」
「何?」
「あの時みたいに言って。間違ってないって。当然のことだって」
「不安なの? 随分可愛いこと言うじゃない」
「……仕方ないでしょう。グリフィンドールがどんな反応をするのか……予想がつきすぎて、かえって緊張する」
「確かにね。_________大丈夫。ライラ。あなたは間違ってない。私たちが協力したこと、ノエル先輩が認めたこと。そしてあなたが心から望んでいること。これで間違っていないことの根拠たりうるかしら」
「……うん。ありがとうイザベル。トムも、アルファードも付き合ってくれてありがとう。三人がいないとできなかった」
「ライラが言ってくれなきゃ、僕はこの環境を変えようともしなかったよ。間違っていることを間違っていると言える君で良かった」
「まぁ僕の希望は全く通らなかったが満足はしているよ。君の望む通りにというのが先輩のお達しだからな」
「トムの案は全部攻撃的すぎるんだよ……」
「ケジメをつけていると言ってくれ」
軽口を叩ける会話が戻ってきた。四人とも晴れやかな気分なのだ。まるでテストが終わったときのようで、ライラは複雑な気分になった。最初から最後まで一年生に任せていいのかという疑問があったが、終わらせてしまえばどうってことはない。あとは七年生の交渉の腕次第である。丸投げも同然だがライラは割り切っていた。
「あとは先輩に提出するだけ。……緊張する」
巻いた羊皮紙をライラは抱きしめた。
「__________うん。つまりは……グリフィンドールと協定を結ぶと」
「はい」
『必要の部屋』で一堂に会した日から、ゆうに三週間が経っていた。九月の某日、ライラは他の三人と話し合ったことをまとめた羊皮紙をノエルに提出する。
場所は当然のように必要の部屋だった。人が少ない分、がらんとした会議室は酷く不気味だった。冷たい空気が体の震えをさらに煽っている。
ノエルとケイリスが内容を精査していた。ライラ含め主に関わった四人が立ち会っている中、緊張した空気が続く。
「うん。ケイリス。どう思う?」
「ええ……そうね。どちらにも対等なものだわ。グリフィンドールに納得してもらえる可能性が高い」
「よし。採用」
あっさり決まったことにライラはびっくりして呆然とした。他の三人も怪訝な顔である。誰もが作り直しを要求される覚悟をしていたのだ。
「いやー、僕もこんなこと初めてなんだ。僕が見てきたのは、スリザリンの報復、それに対する報復、報復、報復……無為で不毛で、終わることのない争いだ。慣習も経験もデータも何もない。情けなくも、君に全て任せている。よく纏めたね」
「あ、ありがとう……ございます」
「君に全て任せたのだから、僕は君を信じねばならない。君の想いが伝わるように、最大限努力することを約束しよう」
「グリフィンドールとの対立は明らかに学業に妨げをもたらすものだわ。変われるように全力を尽くします。それじゃあ、グリフィンドールの監督生とコンタクトを取らなきゃ」
ケイリスがそう言った。こめかみに手を当て、考え込んでいる様子だ。
「あの……」
「なんだい? アルファード」
アルファードが控えめに手を上げ心配そうにノエルに問いかけた。
「グリフィンドールの監督生とは……その、対話ができるのでしょうか」
「心配いらない。僕らの代の監督生は良好な関係を築いている。仲の悪い寮生であるという前に、生徒を率いる監督生同士であるという考えの持ち主だ」
アルファードはホッとしたようだ。ケイリスが言葉を引き継ぐ。
「過激派というのはなんでも数が少ないものよ。相手に積極的に関わろうとする者はあちらでもこちらでも少ないでしょう。殆どが面倒ごとにならないようにと、関わることを拒んでる」
「……その点で言えば……アブラクサスの代は少し不安だ。マルフォイ家とウィーズリー家だからな」
いつも微笑を浮かべ、ポーカーフェイスを保つノエルが顔を顰め瞑黙している。よほど悩みの種なのだろう。
ライラとトムはウィーズリーという名に聞き覚えがあった。アルファードがホグワーツ特急の中で口にした名前だった。ブラック家に生まれればスリザリンに選ばれるように、ウィーズリー家は代々グリフィンドールに所属するのだとアルファードは言っていた。
「ウィーズリーって……」
「ウィーズリー家は聖二十八族に選ばれる純血家だ」
『聖二十八族』という言葉も聞き覚えがあった。イザベルがトムと出会った時に口走っていたのだ。
「あの……その、聖二十八族って何ですか?」
「ああ、限りなく純血であると認められた家系のことさ。といってもつい最近だけどね。ブラック家はもちろん、ブルストロード家、ロジエール家……全部で二十八の家系が認められている。スリザリンには多数所属している家系だ」
「ウィーズリーも純血……。あの、私、純血のものは皆スリザリンに組み分けされるとばかり……。私、アルファードに純血は交流を密にしているって聞きました。アブラクサス先輩とは何か問題があったんですか?」
好奇心のまま、ライラはノエルを質問攻めにした。話が完全に脱線していることはお互いに気づいていないようだ。
「元々仲が悪いんだよ。スリザリンとグリフィンドールのように、マルフォイとウィーズリーは相性が悪いというか……とにかくずっと対立している」
『ホグワーツの歴史』を読んだライラは知っていた。創設者であるスリザリンとグリフィンドールは初めは親友であったことを。それがない分、その二家系の方が厄介かもしれない。
「……それに、あいつらは『血を裏切るもの』だわ」
ケイリスの冷たい声が響いた。
ノエルの歯切れの悪い言葉を両断するように、ケイリスは吐き捨てる。
今度はライラが聞くまでもなく、ノエルが補足した。
「ウィーズリー家はマグル擁護派の家系なんだ。純血家のほとんどは差異はあれど純血主義だ。そのウィーズリーの姿勢を、純血に相応しくないものと見ている家は多い。かくいう僕もあんまりよくは思っていない」
「純血の恥さらしよ」
ケイリスはウィーズリー家に厳しい感情を抱いているようだ。
ライラとトムには耳が痛い話だった。孤児で出自がはっきりしていないからここまで手厚い歓迎を受けているし、アルファードと友情を容易に築けたのだ。マグル生まれだと分かればきっと何かしら不都合があったはずだ。現にヴァルブルガは受け入れてくれたものの、最初はいい顔をしなかった。
そこでトムは純粋な疑問を抱いた。マグルの血を忌避するのは分かる。魔法界の貴族達は新参者を拒む古い価値観を持っていると理解しているからだ。だが、純血主義の多くはマグルとの交流すら拒む。マグルへの嫌悪感はいったいどこから生まれているのだろう。
「ノエル。一つ質問が」
「いいとも。トム。なんだい?」
「そもそも、純血主義とは何のためにあるのですか? その、僕たちマグルの育ちには少し理解が及びません。僕には魔法が使えるヒト、というので一括りなのです。決して批判しているわけではなく__________知見を得たい」
トムは慎重に発言した。この話がまとまろうとしている時に不興を買うのは致命的だからだ。
ノエルは意に介さず、後輩の知識欲に真摯に応えた。
「純血主義のはしりは、魔法界の存在を秘匿しようとする者たちから始まったとされている。魔法族と非魔法族の交流を断とうとしたんだ。そこで必然的に数の少ない魔法族は隠れて暮らすこととなった、というのが定説だ」
「________なるほど。ということは、交流があった時代もあったということですか?」
「そうなる。最盛期は中世の時だ。魔女狩りという悪しきものも流行ったが……。マグル界にも伝説や民話の形をとって魔法界のことは少なからず伝わっている。僕は聞いたことはないが……君達が聞かされた寝物語などに紛れているかもしれない」
トムとノエルの考察を傍で聞いていたライラは、孤児院で聞いたり見たりした御伽噺を思い返そうとした。そしてノエルの顔を見た時、『とある本』のことを思い出した。
「……聖書!」
ライラのノエルに対する第一印象は天使だった。聖書には天使が頻出するため、連想されたのだろう。聖書の記述は往々にして人智を超えた描写であることは明白だ。
「まぁ……確かに奇跡が記されている。しかし、いささか飛躍しすぎだ」
魔法族として聖書に親しみのない他の面々にはピンとこない話だった。トムとライラは孤児院で絵本がわりに読んでいた聖書の記述を思い出す。
「三賢者などもいたが……もし聖書が全て正しい歴史書という見方をしても、全てが魔法の御業だとするのは無理がある」
「本来魔女を排斥する立場にあるものだから……一部に紛れているくらいかもね。はぁ〜。ちょっとワクワクしたのになぁ」
ライラとトムの学者気質な部分が表に出ていた。さらに考察を深めようとするライラとトム、何が何だかわからないが興味が出てきたノエルとケイリスに待ったがかかった。
イザベルだ。
「……恐れながら申し上げますけど話が脱線していること。ご存知ですか?」
「……話を戻そう」
考察はお預けだった。ノエルがなんでもなかったかのように話を戻す。ケイリスも恥じ入った顔で姿勢を正した。トムはしれっとしていたがライラの顔は真っ赤である。
「えー、ライラ及びトム、イザベル、アルファードの意見は全面採用。僕らはグリフィンドールの七年生の監督生と協定を結ぶことを目的に対談する。日時は追って知らせる。この四人であれば立ち会いは歓迎だ。ただ、相手方にも伝えないといけないので早めにいうこと。合ってるね?」
ノエルのまとめに全員が頷いた。
かくしてライラの仕事は第一フェーズを終了したのである。
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「ん……。何? フクロウ?」
コツコツと自室の窓が叩かれたのを、髪の毛があっちへこっちへカールしている男性______ドミニク・プルウェットは聞き取った。
ここはホグワーツで一番高所に存在するグリフィンドール塔。つまりはグリフィンドールの寮がある場所だった。
「ヒューっ、ラブレター?」
「直接渡しにくりゃいいのにな! 誰だ?」
「ちょっと。止めてくれよ。見せないよ!」
同室のからかいを受け流しながらドミニクはフクロウから手紙を受け取った。返事をもらってくるよう言いつけられているようで、そのままフクロウは自室に入り込んでくる。
ドミニクは手紙の中身を盗み見られないよう同室の生徒には背を向けて手紙を開いた。
封筒には華奢で華美な書体で『誰にも見られないで』と書いてあった。普段ならシャイで可愛らしい女の子を想像したドミニクであったが、この時ばかりは嫌な予感がしていた。
そしてその予感は的中することになる。
「……レイチェルはどこだ?」
「なんでレイチェルが関係あるんだよ」
「いや、ちょっと監督生同士で話し合うことがあったのを思い出した」
「おいおい、誤魔化しやがって。手紙は? ラブレター? 脅迫文? それともお告げか?」
「……ちょっと熱烈すぎるかな」
ドミニクは咄嗟に手紙に何か書き込み、フクロウでまた送り返した。
ドミニク・プルウェット殿
突然のお手紙大変失礼致します。早速本題に入らせてもらいますと、これはお茶会の誘いでございます。
我々スリザリン寮一同はグリフィンドールとの軋轢を解消したいと考えております。その親交の第一歩として、我々七年生の監督生でまず友好を育みたいのです。
お互いの寮生を刺激しないためにも、このことは限られたスリザリン寮生にしか伝えておりません。秘密裏に行いたいため、了承していただけるならぜひ、好きな茶葉の種類でも書き込んで今一度フクロウに括り付けてもらえたらと存じます。
明後日の放課後、五時半頃、八階突き当たりの廊下の前でお待ちになってください。
良い返事を心待ちにしています。