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十二月に入った。ホグワーツは冷え切り、連日雪が降っている。黒い湖は凍り、薬草学で使う温室ですら肌寒く感じるほどの冬。
クリスマス休暇が近づいていた。
「学校に残るものは名簿に記入するように!」
スラグホーンが腹を揺らし、魔法薬学の授業の中でそう言ったのをライラは思い出した。
ちょうど朝の支度をしているトムとアルファードを待っていたため、名簿に記入する。
「ライラは学校に残るの?」
「うん。孤児院に帰っても迷惑だろうから」
「……そう。クリスマスプレゼント、贈るわね」
「え? いいの? どうしよう。私何を渡せばいいか……」
「気にしなくていいのよ。無くたっていいわ」
「そんなわけにも……」
少し焦りがライラの顔に浮かんだ時、明るい声が響いた。
「おはよう! 待たせてごめん」
「おはよう、アルファード。レディより支度に時間がかかるなんて、よっぽど寝癖が酷かったみたいね?」
アルファードはバツの悪そうな顔をしながら降りてきた。トムはその後ろでまだ眠たそうにしている。寝ぼけ眼でライラが記入している名簿を見たトムは名簿に向かって指を指す。イザベルとアルファードは首を傾げたが、ライラはその意味を理解した。
「トム! 自分で書いてよ。勝手に書かれているって思われたら帰されるかもしれないよ?」
「似せろ……」
「トムの字体なんて知らないよ! 放課後自分で書いて!」
なんだそんなことか、と二人は呆れた。頼むトムもそうだが分かってしまうライラもライラである。
イザベルはトムからライラを引き剥がした。早く食堂に行ってしまいたいのだ。育ち盛りはお腹が空いて仕方ない。
「早く行くわよ。遅れちゃうじゃない! 自分で字もかけないなんて立派なことね」
「……。頭に響く……」
せき立てようと嫌味を言ったイザベルだったが、トムが反論してこないことに拍子抜けした。大抵は言い返しあって口論になるのだ。イザベルとトムなりのコミュニケーションだった。
様子のおかしいトムに、イザベルは戸惑う。
「ちょっと、やだ、どうしたの? 変なものでも食べたの?」
「なんでもない……気にするな」
珍しくあたふたするイザベルにライラは笑いを堪えた。普段のギスギスも仲がいいからこそなせる技なのだ。
ライラは笑ってイザベルに言った。
「大丈夫だよ。トムは冬になるといつもこんな感じなの。寒いのが苦手なんだって。冬生まれなのにね。特に朝はぼんやりしてて……」
「……いつものことなのね?」
「うん。心配しなくていいよ」
「トムって冬生まれなんだ。誕生日はいつなの?」
「十二月三十一日」
「もうすぐじゃないか。じゃあトムには誕生日プレゼントも贈らなきゃね」
「……? 何が目的だ?」
「君ずいぶん寝ぼけてるみたいだね。紅茶飲んでスッキリしよう」
なされるがままにトムは三人に引っ張られ、大広間へと向かった。朝ごはんも一苦労で、ぼんやりして紅茶をこぼさないよう気をつけなければならなかった。
意識がはっきりすれば恥ずかしさで拗ねるか開き直るかするんだろうな……とライラは思ったが、言わないでおく。
「毎日これだとしんどいと思うけど……。成長したら体質も変わるかもしれないし。ただクリスマス休暇の時は僕が起こしてやれないからなぁ……。最悪引きこもって飢えるかも」
「私も入れない……。トム、自分で起きれる?」
「……何か、言ったか?」
「駄目だね」
「ハウスエルフに頼みましょう。フライパンで叩いて起こすように言いつけたら一発よ」
「そりゃ一発で死ぬだろうよ」
「……」
「……駄目ねぇ。笑いもしないわ」
起きてもこれじゃあ授業もままならない。
「うーん……孤児院だと放っとけ、って言われてて……。なんでかって一回ぼーっとしてる時に冷水被って風邪ひいてさぁ。その時は流石に目が覚めたらしいけどすぐ寝込んじゃった。本人は目が覚めたら自分がベッドに居なくてびっくりしたらしい」
「筋金入りね」
ライラはイザベルが笑うかと思ったが、イザベルは案外真剣な顔をしていた。もちろん、ジョークとして話したつもりもなかったが。
どうやって起こそうかと悩んでいたら、不意に光明がさした。
ルクレティア・ブラックがやってきたのだ。
「あらあら、皆さんお困りかしら?」
「ルクレティア先輩! おはようございます」
彼女はアルファードのいとこである。ブラック家らしく今日も輝かんばかりの顔をしていた。
「あの……トムがなかなか目覚めなくて……」
「ご飯は食べてるわよ?」
「僕たちが食べさせてるんです。これじゃ授業に間に合いません」
ルクレティアは困ったように、顎に手を当てた。
「元気爆発薬は……耳から煙が出るものね……。そうね、効くかは分からないけど、試してみてもいい?」
「何かあるんですか?」
「ええ……
ルクレティアが杖を振った瞬間、トムは弾かれたようにして目を覚ました。何も覚えていないようで、何故大広間にいるかが分からず、パニックになっている。
「起きた? 効いてよかったわ。失神呪文の反対呪文なの。ちょっと刺激が強かったかしら」
「すごい、起きた! 先輩、もし時間があれば教えてもらってもいいですか?」
「え、ええ。いいわよ。もちろん。でもどうして……」
「私、私とトムのクリスマス休暇が懸かってるんです! どうか!」
「ちょっと待てこれはなんだ、ライラ? 説明してくれ!」
「ああ、もう、トム、落ち着いて!」
朝の時間は平和に過ぎていった。
雪は色んなものを覆い隠す。真実や、目論みでさえも。
計画は着実に進行していた。血みどろ男爵でさえ、それに気づくことはなかったのだ。
「いい休暇をね。どうしてもトムが起きなかったらもうほっとくのよ!」
「手紙を送るよ。何かあったらすぐに言って! じゃあまたね」
イザベルとアルファードはそんなことを言って帰ってしまった。他のスリザリン生も同様で、クリスマス休暇に入った今、スリザリン寮にはライラとトムしかいない。
トムはハウスエルフに起こされると談話室に降りてくることはできたので、毎朝ライラがそこで呪文をかけて起こしていた。毎日呪文をかけても大丈夫かと少しハラハラする。
「
「……おはよう」
「おはよう、トム」
「毎朝こうだと堪えるな。情けない」
「仕方ないよ。トムがこうしたいわけじゃないんでしょ? それに、元気出して! 今日はクリスマスだもの!」
そう、今日は十二月二十五日。クリスマスプレゼントがツリーの下に並ぶ日である。
ライラとトムはツリーの下に駆け寄った。箱がいくらかあるのだ。
「本当にくれるんだな。アルファードとイザベルから……孤児院からも、メッセージカードが来てるぞ」
「本当? 届いてるといいな……保存食になっちゃったけど……」
クリスマスが来るにあたって、二人もアルファード、イザベル、そして孤児院に贈り物をした。
孤児院にはキッチンで分けてもらった保存食。そしてライラとトムは二人に魔法薬を送った。もちろん素人判断ではいけないので、スラグホーンの監督付きである。
「あんなのしか贈れなくて残念だな……。レターセットとかにすればよかったかな?」
「レターセットなんて大層なものどこにあるんだ」
ライラがそう言うのは、もちろん、二人がくれたプレゼントと釣り合っていないと思ったからだ。
ライラはイザベルから可愛らしいハンカチ、アルファードからはマフラーをもらった。どちらもスリザリンらしく緑があしらわれている。
一方トムはイザベルから手袋をもらった。アルファードからは上等そうなセーターをもらっている。
「二人ともセンスが良い! すごい、どれくらいの価値が……触れてるのが恐ろしくなってきた」
「誕生日プレゼントを楽しみにしててね……本当にくれるのか? 金がどれくらいあるんだ?」
「どうしよう……私たちウィゲンウェルド薬詰め合わせだよ」
「……来年返せば良いだろう」
「考えても仕方ないか」
ライラはそう言いながら数年前のことを思い出した。九つの頃。出会って二年が経ち、そしてライラにも魔法力があるということが分かった年の、クリスマスのことだ。
孤児院でのクリスマスは、食事が少し豪華になるだけで、プレゼントや催しみたいなものはなかった。余裕がないのだ。
プレゼントをもらって喜ぶこどもたちが羨ましかった。サンタを信じ、無邪気に雪の中ではしゃぐ子どもを見ているのは身が焼かれる思いだった。
プレゼントが欲しかった。
二人は一年かけて準備した。クリスマスまでに、何かしらをお互いに贈れるように。
ゴミを磨いて売り、靴を磨いて、落ちた小銭を拾う。金目のものを盗めばすぐに稼げたのだろうが、それだけはしなかった。
九歳のクリスマス。彼らはプレゼントを贈りあった。
ライラはトムに黒いノートを。
トムはライラに紫のリボンを。
孤児院の子供たちに取られてしまわないようにしっかりと隠したそれらは、今はトランクの底にある。
ライラは髪が伸びたら切って売ってしまうので、いつか伸ばせる時が来たらそのリボンをつけようと思っていた。トムがノートをどうしてしまったかは知らない。
「嬉しいけど……来年も二人でいられることが一番嬉しいな」
「そうだな。一年必死に働いてこれじゃあ割りに合わない」
そう笑い合ったことを容易に思い出せる。
だから今年もライラとトムはお互いにはプレゼントを贈らなかった。
「来年はプレゼントどうする?」
「どっちだって良い。ただくれるのなら早めに言え。用意するから」
「本当? じゃあ考えとく」
二人は丁寧にプレゼントをしまい、部屋に片付けた。この後、すぐ大広間で朝食をとり、夕方になればクリスマスディナーである。
昨日から何人かの生徒で飾り付けもしていた。
そのクリスマスディナーで、ホグワーツの歴史に残る珍事件が起こるとは、誰も想像しやしなかった。
2021.01.23
修正追記入れました。