時を越え君に会いに行く   作:Nattsu_ひよこ豆

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目には目を、歯には歯を、蛇には蛇を

 

 

 クリスマスを終え、課題をひたすらにこなしていればすぐに年は移り変わった。年が明けて少ししたら生徒たちはホグワーツに戻ってくる。生徒たちが戻ってくればすぐにクリスマス休暇も終わりだ。

 一月三日、スリザリン寮には今日もライラとトムしかいなかった。

 

「ああ〜〜どうしよう課題が……」

「必要最低限やればいいのにあれもこれもとやるからだ。興味本位で面倒臭い研究をするな。バランスを考えろ」

「散々言うね……」

 

 トムの言うことは的を得ている。ライラは興味の赴くまま、一年生の範囲を越えたテーマのレポートを仕上げようとしていた。例えばクリスマスに取り掛かっていた『ドラゴンと神話、民話の符合の例』は完全に興味だけで取り組み始めた、課外のテーマである。一年生なので容易に取り組めるようテーマを広くした教授の計らいが、全く汲めてないのだ。

 今は薬草学の課題に取り掛かっている。

 机で唸っていたライラの隣にトムが座った。

 

「分からないところはないな。作業が多すぎるのか」

「……! そう。そうなの! もう必要なことは調べ終わって、あとはまとめるだけなんだ。でも書くことの量が多くて……」

「量が多すぎて頭の中で構成がまとまってないのが丸わかりだ。だから作業が遅くなる。何から書き出したら教授の関心を引けるか、伝わりやすくなるか考えて余りの羊皮紙に書き出してみろ。僕は資料を整理する」

「ありがとう! 助かる! あのね『聖なるハーブ、蛇と悪魔、聖油』は談話室に置いてあったから図書館に返さなくていいよ」

「詩的すぎる本だな、全く……」

 

 そんな風に二人は年始を過ごしていた。アルファードとイザベルがホグワーツに帰ってきたのは、その三日後である。

 

 

 

 「イザベル! アルファード!」

 

 スリザリン寮に人が戻ってきた。イザベルとアルファードの姿が見えるなり、ライラは抱きつきに行く。

 

「ライラ。なんだか久しぶりね。いい休暇だった?」

「うん! あの、ハンカチ、ありがとう。すっごく嬉しかった!」

「いいのよ。ライラたちも薬をくれたわ」

「お返しになったか分からないけど……」

 

 イザベルとの再会を喜んでいるあいだ、アルファードとトムも肩を叩いて再会を喜んだ。またいつもの四人が揃ったことが何よりも嬉しいのだ。

 

「アルファード。マフラー、ありがとう! すごく助かったの!」

「いいんだ。ライラたちこそ、ウィゲンウェルド薬をあんなに……大変だっただろう?」

「ううん。ちゃんと効果は実証済みだから、安心してね」

「疑ったことなんてないさ!」

 

 珍しく寮内が騒がしかった。皆会えるのを楽しみにしていたのだ。

 四人はお土産話として代わる代わるいろんな話をし続ける。話は尽きることがなく、ライラは紅茶をいつもより多く飲んだ。

 

「うちのハウスエルフがね、クリスマスケーキをひっくり返したの________」

「うちでもパーティーがあったんだけど、姉上や従姉妹たちが……」

「聞いて! アッシュワインダーって知ってるよね。ホグワーツのクリスマスディナーが……」

「ウィゲンウェルド薬を作った時の話なんだが、スラグホーンがな________」

 

 顔を見れなかった時間を埋めるように、四人は笑い合った。

 友達というものを、ライラは離れた時間を持つことで実感できるのだとこの時初めて知ったのだ。

 何よりも尊い気づきだと、そう思えた。

 

 

 

 

 その日の夜。ライラとイザベルの部屋で、二人は久々に夜更かしをしていた。ベッドに入ったが、眠る気にならないのだ。

 女の子だけにしか言えない話もある。

 窓の外の水は未だ暗い。月明かりが差し込むことはなく、闇と氷にその秘密は保たれる。

 

「本当、何度聞いても笑えるわね! ケトルバーンはまた謹慎……。魔法動物学は取るつもりなのに、こうも教授がひどいと考えものだわ」

「三年生からの選択授業だっけ。楽しいって聞くけど、私も心配。だってアッシュワインダーを爆発させる人よ!」

「あはは、ひどいわね! ほんと……。でも、二人に傷が残らなくてよかったわ」

「軽い火傷だったから。三日もすれば消えちゃった」

 

 まだベッドに備わったカーテンは閉まっていない。

 ライラは横たわって、イザベルはベッドの淵に座って話をしていた。

 イザベルは突然、少し黙ってライラの目を見た。ライラは戸惑ったが、忌憚なく見つめ返す。イザベルは何かを言おうとしている。ライラはそれを肌で感じ取った。

 

「ライラ________。……血みどろ男爵は何か言っていたかしら」

「……ううん。なにも。報告は全てノエル先輩に直接行くことになってるし、緊急のことは何もなかったんだと思う」

 

 言う直前で翻意したのをライラは理解したが、イザベル自身が悩まず言える時を待とうと、追求はしなかった。

 

「そう。このまま何もないことが一番だわ。変な企みのせいで、あなたの計画がストップしているんだもの」

「仕方ない。慎重にしないと。何年かかるか分からないけど……卒業した後かもしれないけれど、グリフィンドールとスリザリンの融和が進めば、きっとここはもっといい場所になる。イザベルが一緒になってやってくれて、とても嬉しいの」

「そう。でも勘違いしないでよね。こっちは打算も込みよ。グリフィンドールの名家との繋がりも確保しておきたいもの。というか、賛成しているスリザリン生の大半はそれ目当てよ」

「それでもよ。……ふふっ」

「……笑うんじゃ……もう! なんで私が恥ずかしく思っちゃうの!」

「あはは。いつものイザベルだ!」

「何ですって!?」

 

 イザベルは立ち上がって抗議したが、その顔は笑っていた。

 さらに夜が更けた頃、やっとカーテンは閉まり寝息が部屋に響くようになる。ホグワーツの日常が戻ってきたのだと、誰もがそう思う夜だった。

 

 

 

 

 ライラがこの年、ノエルと初めて会話したのはクリスマス休暇明けの一日目、昼ごはんを食べ終え、温室に向かう時だった。

 

「ライラ」

「ノエル先輩。お久しぶりです」

「やぁ、みんな元気そうで何より」

 

 風が吹き、丸まったハリモグラが全身を覆っているような厳しい寒さの中、生徒は縮こまりながら歩いている。ノエルも例外ではない。普段より背が小さく見えた。

 

「クリスマス休暇は穏やかに過ごせたようで何よりだ。ホグワーツは噂が回るのが早い。君達に聞かずとも、アッシュワインダーの話はすぐ耳に入った。僕には情報通の友達がいるからね。友達曰く、スリルが足りなかったとか……」

 

 ノエルが言わんとしていることを、ライラはすぐに理解した。情報通の友達とは血みどろ男爵のことだろう。彼からしてもクリスマス休暇の間は何の動きもなかったらしい。

 理解したはいいが、どうやって遠回しに返答しよう。そうライラが悩んでいると、トムがさっさと答えてしまった。

 

「はい。何にも変え難い平穏でした。スリルもいいですが、危険と紙一重です。ぜひ、ご友人にはお気をつけてと」

「伝えておこう。じゃ、また」

 

 ノエルはそれだけ言って人混みの中へ紛れてしまった。

 

「……トムは頭がいいねぇ」

「何だ急に。当然だろう」

 

 四人は目くばせをし、理解したかどうかを確かめ合う。寮に戻ればすぐにまたこの話題を出すだろう。 

 一拍置いて、アルファードが思い出したように言った。

 

「ビーリー教授ってどうなったの? ケトルバーン教授はまた謹慎だって聞いたけど」

「さぁ……。どうだろう。大怪我はなかったし、つぎはぎのローブ着てるくらいじゃないかな」

「髪の毛も全部燃えたら良かったんだ」

「同意よ。あんな繊細さの欠片も無い奴……。せめて授業中は舞台がかった喋り方をやめて欲しいわ!」

 

 イザベルはすこぶるビーリー教授を嫌っている。芸術に対する考え方が合わないのだろう。カリキュラムに対しては全く文句を言わないため、教授としては思うところはないようだ。

 温室に入り、少しした頃。頭がヒョウ柄みたいになったビーリー教授が入ってきた。髪の毛がまだらに焦げてしまったのだ。 

 その場にいた生徒が全員目を剥き、そして口元を押さえた。グッ、とかぶっ、とか吹き出す音もどこからか聞こえた。

 ビーリー教授自身も少し自信を喪失しているようである。

 

「はい。それでは、授業を始めますよ」

 

 温室を揺らすような声も、文字通り鳴りを潜めている。

 

「……しっ、芝居がかってないよ。良かったね」

「……なんだか、可哀想だわ」

 

 イザベルも同情するほどの悲惨な髪型。弁が立つトムもフォローの仕様がないらしく、その日の温室は不気味なくらい静まり返っていた。

 

 

 

 

 放課後。寮に入り、遠回しな会話をしなくても良くなったアルファードが直球にライラ達に聞いた。

 

「本当に何もなかったの? ライラ達はともかく、血みどろ男爵まで何も掴んでいないなんて……。クリスマス休暇は人がいなくなるし、何よりクリスマスのプレゼントに紛れて怪しいやり取りもしやすくなる」

「催しはクリスマスディナーの時と、年が明けたころ少し挨拶しあったくらい。私たちは大抵談話室か図書室で課題をしていたし……。本当に何もなかったんだと思う。グリフィンドール生も少なかった」

「何もないに越したことないわよ。人が少ないってことはできることも限られてくるってことよ。クリスマス休暇に限ってはホグワーツ外の動きに注目できたら良かったんだけど……そんなの不可能だわ」

「……何かあったという前提で考えるなら、休暇前になにか仕掛けていたかもしれないと考える方が自然だ。何かのきっかけ、例えば雪や気温、魔法で作動するような仕掛け……だとしたら厄介だ。でも何も目立ったことは無かった……」

 

 四人は考え込むが、他寮生の動きなんて逐一知れるわけがない。これに関しては血みどろ男爵に最初から最後まで任せた方がいいのだろう。

 話はすぐに別のことに変わった。

 

「そういえば、劇ってなんの演目をやったの?」

 

 そう言ったのはイザベルだった。散々アッシュワインダーについては話したが、ライラはビーリー監督の劇を、ただ単に劇としか言っていなかったのだ。

 

「えーと、『豊かな湖』?」

「違う。『豊かな幸運の湖』だ。劇はそんなに見ていない。予備知識が無いせいで面白みがなかったからな」

「ああ、ビードルの。魔法界じゃ定番さ。僕もよく読み聞かせしてもらった」

「魔法界じゃ定番……マグル育ちには分かんないよ」

「でしょうね。でも、なんでそれにアッシュワインダーが出てくるの?」

「えーと……イモムシの代わり? イモムシはなんと無く聞こえた気がする……」

 

 その時、イザベルとアルファードは顔を見合わせた。話が見えなくてライラは首を傾げる。

 突然、イザベルとアルファードは二人を質問攻めにした。

 

「アッシュワインダーに肥らせ呪文をかけてイモムシに見立てた?」

「多分……?」

「誰が持ってきたの?」

「ケトルバーンだと聞いている」

「グリフィンドール生の名前はわかる?」

「知らない子だったし、騒ぎで顔も覚えてない」

 

 イザベルは真っ青になって口元に手を当てた。アルファードは額に手を当て眉間に皺を寄せている。

 

「あの……何かまずいことでも……」

 

 ライラが恐る恐る聞くと、イザベルが話し始めた。

 

「魔法動物学を習い始めたら知ることなんだけど、魔法動物は魔法省によって五つの危険度に分けられるわ」

 

 これを魔法省分類、もしくはM.O.M分類と呼ぶ。一番危険度が高いものは、XXXXXというクラスに振り分けられる。『魔法使いが飼い慣らせない魔法動物』というのがXXXXXに振り分けられる基準だ。有名どころでいえばアクロマンチュラがそこに分類される。

 件のアッシュワインダーはXXXに分類される動物で、『有能な魔法使いのみが対処すべき動物』のクラスだ。存外危険な動物だと魔法省によって明言されているのだ。

 

「てっきり、ドラゴンの演出に使ったと思い込んでいたの。ドラゴンの登場がやけに早いな、とは思っていたけど、よりによってイモムシとして出したの? 信じられない……」

「イモムシなら、それこそレタス喰い虫(フロバーワーム)で良かったはずなんだ」

 

 レタス喰い虫(フロバーワーム)の分類はX。XXが無害とされるため、安全極まりない虫なのだ。

 

「えーと、つまり?」

「いくらビーリーでも安全には配慮するでしょう。彼だけならレタス喰い虫(フロバーワーム)を使ったはず。現にアッシュワインダーを持ってきたのはケトルバーンだわ。でもケトルバーンが積極的に演出に関わろうとしたとは思えない! つまり、ケトルバーンは誰かにアッシュワインダーを使えばいいと唆されたのよ」

「ここには有能な魔法使いがいる。安全だと思って、舞台が派手になると思ってビーリーも採用したんだろう。結果はこうだ。大怪我はなかったものの、あわや大惨事。クリスマス休暇でなければ、大勢の生徒がパニックになって被害が増えていただろう」

「……実験だわ。きっと。体のいい実験台にされたのよ。これだけ話題になれば結果はすぐ耳に入る。トムの言う仕掛けというのはある意味的を得ていたわ」

 

 ただの事故。誰もがそう思って疑っていなかった。ディペット校長でさえも怒りに任せて劇の禁止を言い渡しただけで、これはとうに楽しい噂話になっている。

 ライラは背筋が凍る心地だった。頬に幻痛が走る。この程度じゃ済まなかったかもしれないのだ。

 

「ケトルバーンは謹慎だ。どうする?」

「謹慎明けを待つ間……は……。とりあえず! 先輩方に報告よ」

 

 巧妙に仕掛けられた悪意。

 ライラは入学当初の、必要の部屋の会議を思い出した。

 『濡れ衣を着せるとか、呪いをかけるとかは可愛い方だろう』

 ノエルの言葉だ。

 どちらが先に手を出したか。そんな創設者の時代に遡ったって分からないことはどうでもいいのだ。報復に次ぐ報復、相手に何倍にもして返す復讐、その果てがこれなのだろうか。

 誰の業だろう。誰が悪かったのだろう。もしや誰も悪くなかったりするのだろうか。 

 それもまた、誰にも分からない。

 思いがけず深い奈落に落ちかけているような、怖気と震えがライラを襲っていた。

 

 

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