時を越え君に会いに行く   作:Nattsu_ひよこ豆

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真の友を望む

 

 「アルファード・ブラック。よろしくね」

 

 その名乗りに、ライラとトムは目を見開いた。優しそうで、柔和な雰囲気を纏う目の前の少年は、二人がウンザリするほど目にしたあの姓(ブラック)を名乗ったのだ。

 否応にもライラの心臓は跳ね、しかしそれを抑えようと服の裾を握る。一方トムは動揺をおくびにも出さず、彼と朗らかに握手をした。ライラもおずおずと手を差し出す。穏やかとはいえない空気に、手が震えそうだった。

 魔法史の教科書ではぼかされていたが、聡明な者が読み解けば、マグル出身者へ過激に反応する魔法使いがいることは明白だった。特にブラック家の魔法使いは、そう言った意味でもよく名前が出てきていた。栄光ばかりではなく、権力と強大な魔法力で為した非道でページに名を刻む者がいる。アルファード・ブラックと名乗ったこの少年が、その手合いの者ではないとは限らない。どれだけ優しく、美しい少年に写っていたとしてもだ。

 ただ、ライラは人の家族を尊重できる______別れの機会を作ってくれる男の子が、非道な魔法使いには思えなかった。

 車窓の外はいつのまにかのどかな風景へと変わっていた。波立つ平原、快晴、時折通り過ぎる野鳥。うって変わって車内の雰囲気は微妙なものだ。ライラはどうすればいいか分からなかったし、トムは警戒心を無くしてはいない。

 それに一石を投じたのは、またしてもアルファードだった。

 

「君たち、マグル生まれ?」

 

 流石のトムも、まだ一言二言を交わしただけで見抜かれるとは露にも思わず、次に何を口に出すかを躊躇した。どう返答するかが運命を分けると思ったのだ。嘘をつくか、全て正直に話すか。同じだけの時間でアルファードがこちらの出自を見抜いたというのに、二人はアルファードがどんな人物が少しも分からない。

 応えたのは、ライラだった。

 

「そう、かも。でもそうじゃないかもしれない」

「……どういうこと?」

「私たち、孤児院で育ったの。マグルの中で育ったのは本当。でも血筋まではどうであるかは……誰にも保証できない」

 

 ライラは、彼が善き人物であることを信じた。トムが口を挟む暇もない。彼女は隠し立てしないことを選んだのだ。

 

「そっか。ちょっと怖がらせちゃったみたいだね」

 

 一気に空気が弛緩した。アルファードが事もなげに微笑んだからだ。ライラは息を吐き、トムは座り直した。

 

「いつ気づいたんだ?」

 

 トムは諦めたように、リラックスしたような姿勢でアルファードに問うた。何故、と聞くことは重要だ。特にこんな数分で看破された場合は。

 

「うーん……君たちがコンパートメントに入ってきた時かな」

「そんな早く? 私、何も言ってなかったのに……」

「そうだね。多分僕だから気づけたんだ。あの、結構、僕は……顔を知られてるから」

 

 アルファードは言葉を選びながら種明かしをしていく。

 

「僕の生家……ブラック家は、英国魔法界では有名なんだ。英国魔法界の王……だなんてことを言う人もいる。そんなことはないんだけどね。僕は正しくは分家の生まれなんだけど、確実に純血だと言われている」

 

 純血。耳馴染みのない言葉だった。王室やそれに連なる高貴な血のようなものだろうか。ライラがおうむ返しにぽつりと呟く。

 

「そう。親も祖父母も、先祖代々に渡って魔法使いであった血筋のことだ。

 そして、純血の間ではかなり密な交流がある。パーティーだったり会合だったり……様々だけど。君たちの顔はそこで見たことはない。特に、ライラの珍しい髪色に瞳の色は一度見たら忘れないだろうし。少なくともそこで君たちか純血に属してないことはわかった」

 

 ライラは息を呑む。アルファードは人をよく観察しているし、見抜くだけの頭がある。それに、アルファードの言うことが正しければ自分とトムが出自を隠す意味はないということだ。

 

「次に親が魔法使いの可能性もないと思った。ブラック家は数が多いんだ。ホグワーツの在学期間が被らないことは、まぁ、無い。色んな意味で有名だから、大抵の親はブラック家には気を付けておけ……だなんてことを子供に言ってるのかもね。でも君たちに嫌悪はなかった。僕を見定めているみたいだった。戸惑いがあるにも関わらず、押し込めて_______僕と握手をしてくれた」

 

 それが嬉しかったんだ、とアルファードは言った。

 アルファードの見事な推測に二人は閉口するしかなかった。

 

「でも、まさか孤児とは思いもしなかったんだ。ごめんね。無理やり言わせたようになってしまって」

「いえ、いいの……寧ろ、私たちこそ嫌な態度を」

「いいんだ。君たちなりの事情があったんだろう?」

 

 二人は、前もって読んだ魔法史の教科書からマグル出身者への迫害を推測し、万が一を考えて警戒するような態度をとってしまったことを話した。アルファードはそれを穏やかに聞き入れ、概ね正しいと頷く。

 

「確かにね。悲しいけれど、差別や迫害があるのは否定できない」

「やっぱりか。アルファード、もし良ければその辺りの事情を教えてくれないかい? できる限り勉強はしたけれど……教科書じゃ足りないようだ」

「もちろん! それも魔法族の務めだ。教科書じゃ処世術は身につかないからね」

 

 側から見たアルファードとトムが会話する光景は、まるで上流貴族のサロンがそこにあるかのようだった。自分は召使いにすらなれない、とライラは自嘲する。ならばせめて、背筋を伸ばして前を見ないと、と顔を上げた。

 

「じゃあ早速だけど、今、マグル生まれはどういった扱いを受けてるんだ?」

「そうだな……グリンデルバルドという魔法使いは知ってる?」

「知らないな。教科書じゃ見なかった」

「そりゃ見ないさ。だって今を生きる魔法使いだからね。ヨーロッパを中心に勢力を広げている闇の魔法使いだ。魔法界はどこもかしこも不安定だ。表には出てないけどね」

 

 闇の魔法使い。そう言われても、ライラはピンと来なかった。悪人だろうということはわかる。魔法を悪用する_______『秘密の力』を知った時から、脳裏を掠めていた使い方。それを実行する人がいるのだろう。

 

「グリンデルバルドの目的は、マグルの支配だと言われている」

「マグル出身者への当たりが強いってことか?」

「いいや、実は違う。これまでに比べれば、少しだけ軟化してるんだ。グリンデルバルドの信奉者と思われたくない純血家が、少しだけ実力主義的なポーズをとっている。ポーズなだけで腹の中は分からないけれど。信奉者はマグルの支配を声高に叫ぶけど、そんなの一部の人だけだ。そもそも、純血主義は_____純血を重んじる考えだけど_____要はマグルと関わりたくないってことだからね。支配なんてものに結びつけてしまう人は、ただ自分の力を誇示したいだけなんだろう」

 

 政治のむつかしい話のようだ……とライラは辟易してしまったが、自分とトムがそこにいるだけで、暴言を浴びるような立場にないことは理解した。

 

「それに、純血主義者も数が少ない。最近はマグルとの混血が増えてきたからね。安心してよ。危険な人はほんの一部だけさ。僕のこともぜひ信頼して欲しい」

「うん……ありがとう。あなたがとても良い人なのは分かった」

「本当? 嬉しいな」

 

 アルファードは一息ついて、また説明を始めた。

 

「ホグワーツの創設者、サラザール・スリザリンもまた純血主義者だった」

「それは知っている。ようやく教科書の知識が役に立ちそうだ」

「本当に勉強してきているんだね。純血主義は根強いものなんだ。一部だけど、だからこそ目立つ過激派もいる。特に『穢れた血』というワードは、マグル出身者への最大級の侮辱だ。口にする人とは関わらないほうがいい」

 

 ライラは黙って、『穢れた血』という言葉を脳内で反芻していた。悍ましい言葉だ。そんな言葉が口に出るほど、マグルへの忌避感が強い人間がいるのだ。それほどの思いを、ライラは理解できなかった。

 

「ところで、ホグワーツの組み分けのことは知ってる?」

「四つの寮に分けると書いてあったよ。グリフィンドール、スリザリン、レイブンクロー、ハッフルパフ」

「寮ごとに特色があるんだっけ……」

「そう。名前の通り、サラザール・スリザリンはスリザリン寮を作ったんだ。だから、純血を重んじる人は大抵スリザリンに組み分けされる」

「本では俊敏で狡猾なスリザリンって見たよ」

「間違ってない。その要素も重要だ」

「じゃあ、純血の家の子はみんなスリザリンなのか?」

「そうでもない。同じく純血のウィーズリーなんかはほぼグリフィンドールに行くし……。同じようにブラック家も代々スリザリンだ。思想や素質に関係なく、特定の血筋が組分けに影響することもあるらしい」

 

 アルファードはそう言って、諦めたように笑った。スリザリンへ行くことが誇らしいが、それと同じくらいつまらないと感じているのだ。

 

「アルファードはスリザリンに行くの?」

「そうだよ。ライラ。代々そうなんだ。分かりきっているのは安心だけど、少し退屈だね」

「……私たちはどこへ行くんだろう」

 

 ライラはそう溢した。魔法界を知るのに忙しくて、組み分けのことを考える余裕はなかったのだ。友人ができるかどうかは心配仕切りだったが……。

 

「そうだなぁ。勉強が苦ではないようだから、レイブンクローとか? でも僕は一緒の寮になれたら嬉しいな」

 

 アルファードが照れ臭そうに言ったその言葉に、二人は首を傾げた。突然、学者が解くような問題を出されたような気分だった。

 二人は同時に声を上げる。

 

「嬉しい? どうして?」

「なんで嬉しいんだ?」

 

 今度はアルファードが首を傾げる番だった。

 

「嬉しいに決まってるさ! 友達だもの」

「友達……」

 

 空気に溶けるように、実感のない言葉が飛び出る。それこそ魔法で口が勝手に動かされたように感じるほど、ライラには自分が呟いた自覚がなかった。

 友達って、こんな簡単にできるものだっただろうか。そう思ったライラの頭に、トムと出会った時のことが蘇った。いつのまにかよく言葉を交わすようになっていて、トムが相手だったらあまり緊張することもなくなっていて、友達よりもずっとずっと、かける想いが重くなる存在になっていた。

 

「いいの?」

「いいさ!」

「私達、出会ったばかりなのに……」

「友達ってそういうものでしょ?」

 

 アルファードの言葉は彼女にとって驚きばかりだったが、不思議と胸にすんなり沁み込んでいく。

 

「ありがとう、アルファード。心強いよ。改めて、よろしく」

「こちらこそ」

 

 胸に沁み込んだ言葉はライラの肺を動かし、するりと口を滑らせた。

 

「_____よろしく。アルファード」

「もちろん」

 

 心臓は暴れていなかった。むしろ、心地よく鼓動していた。今まで、初対面の人とはろくに喋れもしなかったのに。

 アルファードとの出会いは、ライラのこれまでの人生_____七歳から今まで_____で数えるほどしかなかった『期待』を彼女に抱かせた。

 本当に、ホグワーツで自分を変えられるかもしれない。幼少期の記憶を失っていることで、無力感に苛まれていた自分でも__________ホグワーツの生活で何かを為せるかもしれない。自分の生まれた意味、為すべき事、唯一、心の底で"在る"と信じている、誰しもが持つ使命のようなものを知ることができるかもしれない。

 アルファードはライラの言葉に満足したように、頷きながら言った。

 

「じゃあ、友人としての最初の助言だ。もし君たちがスリザリンに所属することになったら、出自は隠さない方がいい」

「何故?」

「君たちが言ったように、血筋が分からないからだ。スリザリンは結束が強いし……何より馬鹿じゃない。確実にマグル生まれだと分からないなら、静観する純血主義者は多いはずだ」

「分かった。君と同じ寮になれることを祈るよ。アルファード」

 

 私も、と賛同しようとしたものの、ライラは口をつぐんでしまった。どうにも、二人と同じような資質を持っているとは思えないのだ。

 ならば、二人の隣に堂々と立てるようになればいい……ライラは決意を胸に秘した。

 

 

 

 

 

 やがて、三人の間の覚束ない空気は消え、穏やかな会話が生まれていた。しかもライラは以前の自分からは考えられないほど、流暢に喋っていた。アルファードの優しい雰囲気がそうさせたのだろうか。これにはトムも驚いていた。

 窓からは夕暮れが見えている。青と橙の空が反発せず、混ざり合って濃紺へと変わる夕焼け空を、ライラは眺めていた。アルファードとトムは話しても話しても足りないようで、お互いに知識を共有しあっている。

 

「なるほど! グリンゴッツには行かなかったから……」

 

 トムが楽しそうに声を上げた時、コンパートメントの扉がノックされた。アルファードは何故かその音に身を縮こませる。

 

「ど、どうぞ。姉上」

 

 その言葉に二人はハッとした。姉上_____つまり、ドアの前にいる人はブラック家の子女なのだ。

 

「入るわよ。あら、お友達がいたのね」

 

 現れたのは、アルファードとそっくりな面立ちをした美女だった。波打つ黒髪。厳格さを表す目元。眼窩に収まる黒曜石の瞳は、誰も彼もを撃ち抜くようだった。

 姉と言われた通り上級生のようで、ローブの裏地が緑色に染まっている。

 

「私はヴァルブルガ・ブラック。そこのアルファードの姉よ。二年生なの。よろしくね」

「姉上、手前がトムで、奥にいるのがライラです。今日、このコンパートメントで出会いました」

「トム・リドルといいます」

「ライラ・オルコットです……」

 

 アルファードに促されるまま、二人は自己紹介をした。ヴァルブルガは眉を上げ、態度だけで訝しげにしてみせる。

 アルファードは萎縮し、ライラは今にも逃げ出したい気分だった。ただ一人、トムだけがその態度が気に入らないと言わんばかりに彼女を見据えている。

 

「貴方達、生まれは?」

 

 不躾な質問だが、彼女にはそれが許される。許されるような世界で生きてきたのだ。

 アルファードが説明しようとするが、二人を見て躊躇した。自分の口から語るようなことではないと弁えたのだろう。

 

「________まさか」

 

 ヴァルブルガは今にもヒステリックに叫び出しそうだった。あり得ないと目を見開く。それを遮るように声を上げたのはトムだった。

 

「僕たちは孤児です」

「何ですって?」

 

 トムは先程のアルファードの助言に従った。どうやらそれは正しかったらしく、彼女は思わず怯んだようだ。予想もしない答えだったのだろう。

 

「確かに、僕たちはマグルの中で孤児として育ちました。僕の母は僕を産んですぐに死んでいます。ライラは記憶を失ってしまい、両親の顔はおろか生死も分かりません」

 

 ヴァルブルガは勿論、アルファードもその言葉に驚く。この二人は、想像以上の不幸に見舞われているのだと。

 

「僕らの血筋が純血だと証明できないように、完全にマグルだとも証明できません。貴方の弟からは、スリザリンに属するものは思慮深いと聞きました。僕は理解してくださると信じています」

 

 それだけ言ってトムは黙ってしまった。ヴァルブルガもまた考え込んでいる様子だった。

 彼女が再び発言するまでの空気感は最悪で、ライラは泣き出しそうだったが、少し視界が滲む程度で済んだ。

 倍以上に長く感じられる数十秒の後、ヴァルブルガはため息をついた。眉間の皺は消えている。

 

「分かったわ。……失礼したわね。どうか弟と仲良くしてやって」

「はい。僕らこそ、よろしくお願いします」

「……! は、はい。よろしくお願いします」

 

 アルファードは驚きと喜びに目を輝かせ、姉と二人を忙しないフクロウのように交互に眺めた。

 姉らしく、落ち着きのない弟を視線で咎めながらヴァルブルガは言った。

 

「そういえば、貴方達、着替えてないようね。もうすぐホグワーツよ? 組み分けは私服で受けるつもりかしら」

 

 その言葉に、三人は一斉に慌て始めた。話に夢中になって忘れていたのだ、

 

「アルファード……忘れてたわね……?」

「ご、ごめんなさい姉上! 今すぐ着替えますから、どうか自分のお席に!」

 

 ガタガタと荒っぽくトランクを出しながら三人は着替える準備をする。しかし、そこでヴァルブルガの一喝が飛んだ、

 

「この馬鹿! アルファード、お前の大事な友人に、女性がいることを忘れたの?」

 

 アルファードとトムの視線がライラに注がれる。二人は情けなさと恥ずかしさに顔色を赤くも青くもした。ライラもライラで、あまりの距離の近さに性差を忘れていたことに気づき、恥ずかしさで俯く。

 

「貴方は私のコンパートメントで着替えなさい。すぐそこだし、女の子ばかりですから」

 

 ライラはヴァルブルガに引きずられるまま、ローブを抱えてコンパートメントを出た。強引にも手を掴まれていたが、ライラの手は決して傷まなかった。

 トム以外の人と手を繋いで歩くことなど初めてだったライラは、ついついヴァルブルガの手を眺めてしまう。白磁の手。爪は整えられ、骨は太くなる必要が無かったかのように、そのシルエットは洗練されていた。淑女の手だ。

 ライラが黙ってそうしていると、ヴァルブルガが口を開いた。目を合わせず、前を向いてそういうものだから、列車の走行音にかき消されそうな声をライラは必死になって聞き取る。

 

「オルコットさん、貴方の目や髪は生まれつき?」

 

 充分に予想できた質問だったが、ライラは目を白黒させながら答える。

 

「はい。き、記憶の限りでは……。あ、あの」

「何かしら?」

「ミス・ブラック、どうか、ライラと。オルコットさんなんて……年も下ですし」

 

 なんて厚かましいお願いをしてしまったんだろう、とライラは消え入りたくなった。これではまるで親しくなりたいと言ってるみたいだ、だが『オルコットさん』なんて分不相応だ……ライラの考えは止まらなかった。一つの言葉でひたすら考えを巡らせるのは彼女の美徳であり、欠点だ。

 

「そうね。では、ライラ。私のこともヴァルブルガと」

「え? そんな……」

「ミス・ブラックなんてこの世に何人もいるのよ。そうね、これから行くところにもいるし」

「あ……ヴァルブルガ……先輩……?」

「いい響きね」

 

 ヴァルブルガの表情は見えなかったが、何故かライラには彼女が微笑んでいるように思えた。体の強張りが解けていって、厳しいが優しい人なのだろうと想像する。

 だからか、口からするりと言葉が滑ってしまった。

 

「素敵な人……」

「……貴方ね、こんなすぐ絆されちゃダメよ?」

 

 

 

 

 ヴァルブルガが目的のコンパートメントの扉を叩く。中から、鈴を転がすような子女の声が聞こえてきた。随分と賑やかなようで、正しく秘密の花園といった雰囲気である。

 戸を開けば、そこには見事に名家の子女が集まっていた。

 

「おかえりなさい、ヴァルブルガ」

 

 ヴァルブルガとよく似た女性が声をかける。しかし彼女は少し大人びているようだ。

 

「ただいま、ルクレティア。一人、紹介したい子がいるのですけれど、いいかしら?」

「あら。どんな子かしら」

 

 ライラはヴァルブルガに背を押され、コンパートメントに詰め込まれる。中には他にも、痩せた少女や柔らかい髪の女性、黒髪をまとめた女性がいた。

 口をハクハクと動かすばかりのライラを見かね、ヴァルブルガが代弁する。

 

「愚弟の友人です。どうもまだ着替えてないようで……。ここで着替えさせてやりたいのですけれど、いいでしょうか?」

「勿論よ。貴方、お名前は?」

 

 柔らかい態度ながら、ヴァルブルガに最初に話しかけた女性_______ルクレティア以外に喋っている人がいない状況に、ライラは困惑していた。入る前の賑やかな様子とは大違いだ。話を賢明に聞いている様子でもなく、微かな上下関係のようなものをライラは感じ取った。

 

「ラ、ライラ・オルコットです」

「私はルクレティア・ブラック。ヴァルブルガの再従姉妹です。同い年なのよ。それにしても……オルコット?」

 

 ルクレティアが頰に手を当て優雅に首を傾げてみせれば、奥の二人も怪訝そうに顔を見合わせた。一番奥の痩せた少女は本に齧り付いているようで反応しない。

 

「ルクレティア、この子は孤児なの」

 

 ピシャリとヴァルブルガは切り込んだ。オタオタしていたアルファードとはまるで違う。トムがここに居合わせれば眉を顰めただろうが、ライラは違った。ますます緊張しただけだった。

 その言葉の意味を察したルクレティアは合点がいったようだ。

 

「そうなのね。ヴァルブルガ、大きな声で言うことではありませんよ。ごめんなさいね、疑うようなことをしてしまって……」

「いえそんな……大丈夫です」

「ああ、着替えに来たのよね。さぁ、奥に入って。六人がけですから、大丈夫よ」

 

 ルクレティアに促され、やっとのことでライラは着替えを始めた。制服というものを着るのは初めてだったので、上級生達に教えられながら着ていく。その間、突然喋り始めた子女達のお陰でコンパートメントの中は華やいだ雰囲気に包まれた。

 

「私、ドゥルーエラ・ロジエール! 四年生なの。勿論スリザリンよ。よろしくね!」

 

 茶髪の女性がそう名乗ったのを皮切りに、次々と自己紹介が飛んでくる。

 

「セドレーラ・ブラック。五年生よ。お見知り置きを」

 

 黒髪をまとめた女性はブラック家の人物だったようだ。ここにいるだけでブラックの姓を持つ人が三人もいる。アルファードも含めたら四人だ。自分が知らないだけで、もっといるだろう。魔法史の教科書にあれだけ名前が載るのに、ライラは納得した。それに、皆美しい面立ちを持っている。その黒い艶やかな髪も共通していた。

 

「アイリーン・プリンス。六年生……よろしく」

 

 痩せぎすな少女がそう名乗った。正直、ライラはアイリーンに一番親しみを覚えていた。読んでいた本に身を隠すかのようにして、ポソポソと自己紹介する彼女の気持ちが手に取るようにわかった気がしたからだ。だが言葉を交わそうにも、押しの強い子女達に囲まれてはままならない。

 

「ライラ、貴方の髪真っ白ね! 美しいわ! 『七変化』? 生まれつき? あら、目も紫じゃない! 素敵!」

 

 その中でも一等元気なのがドゥルーエラだった。ヴァルブルガも相当の圧だったが、ドゥルーエラは別格だ。

 

「先輩の髪も綺麗です……滑らかな栗色で」

「褒め上手なのね!」

「ドゥルーエラ様! ライラは着替えているのですから!」

「そんなに急かさなくたっていいじゃない、ヴァルブルガ。ホグワーツまで時間はあるわ」

「貴方に付き合わされちゃ、あっという間です!」

 

 きゃあきゃあと言い合う二人の合間を縫って、今度はセドレーラがライラに話しかける。

 

「ごめんなさいね。騒がしくって。それはそうと、貴方の髪、素敵だわ。伸ばさないの? 腰まで伸びたら、きっとアブラクサンの羽のように綺麗よ」

「アブラク……? 羽? ありがとうございます……?」

 

 アブラクサンとは天馬の一種で、かの有名なフランスのボーバトン魔法アカデミーも多数所有する馬なのだが、ライラがそれを知るよしもない。

 肩に付くか付かないかの辺りで切り揃えられた白髪をつまんで、ライラは答えた。

 

「えっと、伸ばす余裕がなくて。短い方が色々と楽ですから」

 

 セドレーラは残念そうに眉を下げた。受け答え全てがふわふわとした女性だ。

 

「髪を伸ばしたくなったら言ってね。髪の毛を伸ばす魔法薬があるの。爪も伸びちゃうのが難点だけれど」

 

 彼女のふんわりとした笑顔につられて、ライラも困ったように笑った。どんな怖い目に遭うかと思っていたが、礼を欠かなければ良い人たちばかりなのだろう。

 なんとか制服を着終わったライラは、コンパートメントを去る前に一言挨拶しようとした。しかしドゥルーエラとヴァルブルガの言い合いはヒートアップしていたようで、挨拶できそうな隙間はまるでない。

 

「あの時、私に葡萄酒ひっかけたの忘れてないんですからね!」

「それは事故じゃない! しかも謝ったしシミも取ったでしょ! いつの話ししてるのよ!」

 

 出るに出れない状況に、ライラは対処できなかった。セドレーラは静観してるようだし、ルクレティアは困ったような顔をしているがその実何もしていない。

 そんな最中、アイリーンが杖を取り出した。

 振った瞬間、二人の口がみるみる閉じていき、何と唇が皮膚の中に埋まって見えなくなってしまったのだ。

 ライラが驚いて口を覆い隠せば、アイリーンが口を開く。

 

「口塞ぎ呪文。貴方にはかけないから。ヴァルブルガはともかく、ドゥルーエラはすぐ解いてしまう。だから早く行きなさい」

「あ、ありがとうございます! 皆さん、色々教えてくださって本当に助かりました!」

 

 妙に声無き訴えを感じる中、ライラはコンパートメントを後にした。元居たところは覚えている。

 まだどの寮の色にも染まらない、真っ黒なローブ。それに袖を通しているのがたまらなく嬉しかった。お揃いの服を着ているのは孤児院と変わらないのに、制服となると嬉しくて仕方ないのは何故だろうか。

 トムとアルファードの顔が頭に浮かぶ。少ししか離れていないのに、早く会いたくなっている気がした。

 はやる気持ちを抑えきれず、ライラはノックもせずコンパートメントの扉を開ける。同じ制服を着た彼らを見て、嬉しさの理由が分かった。

 

「おかえり。大丈夫だった? 怖くなかった? 姉上は強引だから……きっとコンパートメントにはルクレティア様もセドレーラ様もいただろう? 何もされなかった?」

「気が利かなくてすまなかった。何か粗相はしてないか? 何もなかったか?」

 

 二人同時に喋るものだから、ライラは何一つ聞き取れなかったが、心配してくれることだけは分かった。あのトムが分かりやすく狼狽えているのだから。滅多に見れないその様子に、ライラはついつい笑ってしまう。

 

「大丈夫だったよ。でも、色々とすごい人たちだったかな」

「やっぱり! 姉上に悪気はないんだ。だから______」

「______だから、私、スリザリンに入りたいって思えたの」

 

 一体全体何が"だから"なのかが分からないが、アルファードは喜んだ。

 

「それより、制服似合ってるね。魔法使いって感じがする」

 

 ライラがそう褒めると、皆口々に互いの制服姿を褒めあった。

 まるで数年来の親友のような空気の中、三人は微笑む。

 ホグワーツ特急は、徐々に速度を落としていく。

 

 ホグワーツが近い。




2021.11.08
修正更新いたしました。これまで読んでくださった方、ありがとうございました。また機会があれば読んでくださると幸いです。
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