時を越え君に会いに行く   作:Nattsu_ひよこ豆

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我が家はいずこ

 

 

 

 「あと五分でホグワーツに着きます。荷物は置いて行ってください。別で届きます」

 

 そんなアナウンスがあったあと、やがてホグワーツ特急は完全に止まった。目的地についたのだ。

 

「降りよう」

 

 アルファードがそう言うなり、コンパートメントから飛び出た。よっぽど楽しみにしているようだ。ライラとトムも後を追う。

 知ったのはたった一ヶ月前で、それまではただ自分が魔法を使えるなんて思ってもみなかった。自分と同じような人がたくさんいるだなんて知らなかった。どうしようもなく期待が膨れ上がる。ライラはそんな心境でホグワーツ特急を降りた。夢中で、体が疲れていることなんて気にもしなかった。

 アルファードは先を行き、トムもそれに続く。ライラは二人の表情が見えなかったが、周りの同級生も、彼らも浮き足立ち歓喜していた。

 

「一年生! 一年生はこっちだ!」

 

 誰かがそう叫んでいた。たくさんの生徒達の喋り声の中でもその声はよく通った。新入生達は示し合わせたようにその方向を見る。

 その途端、ライラはあっ、と声を上げた。

 

「ダンブルドアだ!」

 

 誰かがそう言った。

 トムは驚いたようにダンブルドアに釘付けになっている。

 

「トム、大丈夫?」

 

 ライラがそう聞くと、トムは首を振ってこう答えた。

 

「あれだけで徹底的に嫌ってしまうのは早計だ。ちゃんと彼の人となりを理解しようと思うよ。だってまだ僕らは一回言葉を交わしただけだから」

 

 その言葉を聞いて、ライラは安心した。それと共に、トムが盗人だとダンブルドアに暗に告げられたことを思い出した。見て見ぬふりをして、勉強している間に忘れてしまっていた。

 

 見て見ぬ振りをした自分に、罪がないと言い切れるのだろうか? 

 

 ライラはふとそう思った。自分も共犯ではないか? 

 しかしその思考はすぐ途切れた。ダンブルドアが生徒を引率して歩き始めたからだ。

 ダンブルドアはランタンに魔法をかけ、通常のランタンよりも明るく、しかも宙に浮かして見せた。

 

ルーモス・マキシマ(強き光よ)!」

 

 箪笥を燃やしたときに見た、暗く攻撃的な光ではない。柔らかくて、冬の朝日みたいな黄金色をしていた。ライラは、ダンブルドアはきっと色んな面を持っているのだろうと思った。決して高圧的なだけの人ではないのだろうと、ライラは魔法を通じて理解したのだ。

 

「こっちだ。足元に気をつけて。逸れないで」

 

 暗い森の中、ただ一点の光に導かれて歩む。周りは図らずとも静まっていた。ただのランタンだったはずが、皆、もはや何か古代より伝わる聖遺物ではないかと錯覚していた。

 それくらい美しかった。

 しばらく進み、ダンブルドアが足を止める。

 そしてランタンを皆の右上に掲げて見せた。生徒達の視線もそれに誘導される。

 その先には_______千年其処にそびえ立つ古城________魔法使いの学舎_______古代の魔法が未だ息づく場所_______それを称える言葉はいくらでもある。

 ホグワーツ城がそこにあった。

 息を呑み、声無く驚く者、感激して飛び跳ねる者、ただ城に釘付けになる者……静かだった森の中は一斉に歓喜に満ち溢れた。

 

「さあ、乗り給え。一隻に三、四人くらいだよ」

 

 森の小道は大きな湖へと繋がっていた。通称、黒い湖と呼ばれている湖は波打つこともなく、ただ凪いでいた。そのため湖面は鏡のようになり、はっきりとホグワーツ城を写している。

 ライラは、ただ感嘆することでしか感動を表せなかった。

 魔法のかかっている小舟が、ひとりでにスッと現れた。

 恐る恐るだが、生徒達は次々に小舟に乗っていく。体重をかけた途端、ぐらりと揺れるため大半の子は怖がっていた。もちろんライラもその1人である。

 そんなライラの様子の一方で、アルファードは臆することなく、小舟に乗り込んだ。トムもそれに続く。

 ライラは二人を追いかけようとしたが、明らかに不安定な小舟に怖がり、なかなか足を踏み出せなかった。

 

「ライラ」

 

 湖面と小舟の境界を見つめ、ユラユラ揺れるそれに怯えていたライラは、アルファードのその声で視線を上げた。アルファードはライラに手を差し出していたのだ。

 トムはアルファードの行いを見て、盲点を突かれたような顔をした。その後、トムもまた手を差し出す。少し気恥ずかしそうな顔をしていた。

 

「……あ、ありがとう……」

 

 尻すぼみなお礼を言って、ライラは二人の手を取った。二人が手を差し出すだけで安心感がある。

 

「乗ったね? 出発!」

 

 ダンブルドアがそう号令をかけ、杖を振れば、小舟は現れたときと同じように誰の助けも借りず進んでいく。

 凪いだ黒い湖を行く様は、不可侵と思われた神秘に手を滑らすような、そんな不思議な感覚があった。やがて橋をくぐり、湖面の月を揺らして小舟はホグワーツの船着き場へと到着する。

 

「降りて! もうすぐだ。もうちょっと頑張ってくれ」

 

 長い階段を、列をなして生徒達は登る。どの子もしんどそうな顔をしていた。ダンブルドアはたびたび励ましの言葉を送って生徒達を鼓舞する。

そして、ダンブルドアが一際大きい声を上げた。

 

「着いたぞ!」

 

 大きな樫の木で出来た扉の前に、ダンブルドアは立ち、新入生が集まるのを待った。ランタンはすでにどこかへと行っていた。代わりに、灯された松明が生徒達を怪しげに照らす。グッと雰囲気が出たなとライラは思った。

 

「これから君たちはこの先の大広間での歓迎会の前に、組分けの儀式を受ける。そう、寮の組み分けだ。楽しみにしてる子は多いだろう。大事な儀式だ。なんてったって、ホグワーツにいる間は寮生が家族なのだから」

 

 ダンブルドアは、期待に満ちた囁き声が収まるのを待って続けた。

 

「グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。偉大なる創設者が築いた四つの寮だ。それぞれに歴史があり、誇りがある。君たちが良い子でいれば、得点という形で寮に貢献できるだろう。その逆も然り。悪いことは罰される。毎年、一番得点が多い寮が寮杯を受け取るのだ。ここまではいいかい? よし……それでは、大広間に入るまでに身なりを整えなさい。特に、そこの君、ローブに蛙チョコがくっついてる」

 

 ローブにくっいていた蛙チョコは、ダンブルドアがそういうなりぴょんとどこかへ行ってしまった。

 ダンブルドアが何も言わず前を向いたことで、新入生達は自ずと背筋を伸ばした。ライラは天を仰いで緊張をほぐそうとした。本物の月が見えて、なんとなくホッとする。

 

「時間だ」

 

 扉が開いた。

 万雷の拍手が大広間に鳴り響いている。ロウソクが宙に浮き、石造りの床をチカチカと照らした。沢山の生徒が興味深そうに新入生を眺めている。

 新入生は大広間の中、特に上の方をキョロキョロと見回した。天井には、魔法で描かれているであろう満天の星空が、宝石の如き美しさで輝いている。

 上にあるのは星空だけではない。半透明の人型……ゴーストだ。新入生達を目を輝かせ見ている。死してなおその目には火が灯るらしい。

 アルファードは背筋を伸ばし、前だけを向いて歩いた。

 トムとライラは、そんなアルファードに向けられるひそひそ声に、いつしか気がついた。

 

「あれが……」

「ヴァルブルガ様の……」

「…………ブラック」

 

 アルファードは聞こえているのかいないのか、その声を気にも留めなかった。

 ライラがアルファードを心配していると、新入生達の入場が止まり、扉が閉まった。

 大広間の一番奥、全体が見渡せる場所に、古びた椅子とそれ以上に古びてボロボロな布切れがあった。そして、驚くことにその帽子が動き出したのだ!

 

「組分け帽子だ」

 

 アルファードがコソッと二人に囁く。

 

「喋るんだよ」

 

 その言葉の通り、やがてそのボロ切れにシワがより、やがて口になり、目になり、不思議な顔になっていった。

 一際大きく口を開け、組分け帽子は歌い出す。

 

 

 はるか昔に作られた

 古代の叡智を閉じ込めた

 私を作ったあの人は

 名高き英雄グリフィンドール

 

 ただの帽子と思うでない

 ただのシワだと侮るでない

 見抜いてみせよう

 君の心を

 示してみせよう

 君の才能

 

 勇気ある者

 グリフィンドール

 騎士道精神極まれり

 

 誠実な者

 ハッフルパフ

 誰にも負けぬ忍耐強さ

 

 叡智宿す者

 レイブンクロー

 この世の真理を探求す

 

 俊敏なる者

 スリザリン

 美しき秘密の守り人

 

 告げてみせよう

 寮の名を!

 君のもう一つの家を!

 この組分け帽子にお任せを!

 

 

 歌は朗々と響き、新入生を圧倒した。一拍置いてパチパチと拍手がなる。

 

「今年は短めだな」

「流石にレパートリーも尽きてきたんじゃないか?」

 

 そんな声が聞こえて、毎年組分け帽子は歌っているのだとライラは知った。

 

「名前が呼ばれたら、前に来て椅子に座りなさい。ABC順だ」

 

 ダンブルドアがそう言って、アルファードはたじろいだ。彼はBlackだから早い方なのだ。

 

「アディントン・サム!」

 

 ツンツンとした茶髪の少年が、もっと深い茶色の組み分け帽子を被った。そして数秒後。

 

「レイブンクロー!」

 

 組み分け帽子が叫んだ。

 ワッとレイブンクローのテーブルから歓声が起こる。

 その後も数人続いて、帽子は次々に寮を告げた。そしてBの番が来る。

 

「ブラック・アルファード!」

 

 大広間、特に端っこのスリザリンのテーブルがざわめいた。本当にアルファードは顔が知られているのだと、ライラはやっと実感した。

 アルファード自身も、分かりきっていることだと笑っていたはずだが、実際にその時が来ると緊張しているようだった。ライラもそれに共鳴するように鼓動が速くなる。

 

「スリザリン!」

 

 組み分け帽子がそう叫んだ瞬間、スリザリンの方から割れんばかりに歓声が聞こえた。アルファードが机に向かえば勝手に席が空き、彼はテーブルの中心の方へと据えられている。そのすぐ隣には、ライラがコンパートメントで見たヴァルブルガも座っていた。すぐそばにルクレティアもいるはずだ。

 トムはR、ライラはOであるためその間はボーッと組み分けを見ていた。同級生の名前を覚えるわけでもなく、ただ組み分け帽子が叫び、寮生達が歓声をあげるというのを繰り返し、繰り返し聞いていた。

 

「オーツ・ベル!」

 

 その名前が聞こえたとき、やっとライラはハッとした。先の彼女はハッフルパフのようだ。

 きっと次かその次だとライラが思うと、一気に鼓動が加速した。隣のトムをチラリと見て、スリザリンのテーブルにいるアルファードを見る。どちらとも目があった。

 

「オルコット・ライラ!」

 

 ついに、ライラの名が呼ばれた。

 ライラが一歩踏み出すと、一気に視線が降り注ぐ。慣れない量の視線に頭が熱を持ってクラクラするような感覚がした。一歩一歩を踏みしめないとそのまま倒れてしまうような気がした。

 ライラは自分の何がそんなに気になるんだろうと疑問に思ったとき、ひらめいた。自分の髪色と瞳の色は魔法族の中でさえ珍しいものなのだと思い出したのだ。アルファードも、ドゥルーエラもそう言っていた。

 髪と目のせいかと思うと、なんだか心が軽くなった。

 ようやく椅子の前に辿り着き、ライラは座って帽子を引き下げる。ズボッと音がして、そのあとすぐに大広間の雑踏がぼやけたように聞こえなくなった。まるで水の向こう側のようだ。

 

「ふむ……どこがいいかね……」

 

 低く、摩訶不思議な声が聞こえてライラは肩を跳ねさせた。かろうじて声は出なかった。

 

「あ、あの……組み分け帽子?」

「そうとも。さっき歌ってみせただろう?」

「まさか、頭の中に話しかけてくるなんて」

「君の才能を見るためさ……そうだな。優しく……しかし守りの姿勢が強い。俊敏という点ではそぐわない……。君はスリザリンに行きたいようだね」

「うん。友達がそこに行ったの」

 

 なんだか、組み分け帽子しか聞いていないと思うと、ライラはすらすらと話すことができた。自分でも不思議に思うくらいだ。

 

「君がスリザリンに行けば、大いなる運命に巻き込まれるだろう……波乱、混乱……それでもいいなら君はスリザリンに行くことになる」

 

 組み分け帽子のセリフに、ライラはオリバンダーのことを思い出した。サンザシの木の杖は矛盾と混乱を孕む______そして持ち主も________。それと共に、トムの杖のことも思い出した。

 

「……大丈夫。もう一人の友達が偉大になる予定で、私はそれを見届ける約束をしているから。波乱混乱なんて分かってたことよ」

「決まりだ__________スリザリン!!」

 

 スリザリン寮のテーブルから歓声が上がる。

 特にアルファードは立ち上がり手を振ってライラを迎えた。

 

「アルファード!」

「ライラ! ようこそ!」

 

 嬉しさのあまり、二人は手を合わせて喜んだ。その様子を見て、スリザリン生の歓声はたちどころに止んだ。異様な視線に、ライラが目をあげると何人かのスリザリン生が汚いものを見るような目でこちらを見ている。

 ゾッとするような目つきだ。ライラの背中に冷や汗が伝う。何故かは分からないが弁解したくなる、謝りたくもなる視線だった。攻撃の意思を示している。自然にアルファードの手を離していた。

 その中の一人は顔を真っ赤にして、目をつり上げてライラを指差し捲し立てた。

 

「お前! その方を誰だと______分かっているのか! _______気安く触れていい方ではない____」

 

 途端に、アルファードは冷めた目を見せた。ライラとトムはホグワーツ特急では一度も見なかった目だ。軽蔑でも、威圧でもない、ただただ真っ直ぐに咎めてくる目だ。

 

「僕の友達だ」

 

 その一言で捲し立ててきた男……ヤックスリーは引き下がった。

 アルファードの新たな一面に、ライラは驚愕したが怖くは思わなかった。ホグワーツ特急でその人の人となり全てを見るなんて不可能だし、そもそも自分を庇ってくれた友達に怯えるなんてどうしてできよう?

 

「こちらにお座りなさい」

 

 凛とした声が響いた。ヴァルブルガだ。コンパートメントとで見た姿とは別物に見え、この方がライラは混乱した。本当にあの人はキャアキャアとドゥルーエラと言い合いをしていたのだろうか?

 周りの純血家の子息、子女は、何故か見も知らぬ女がブラック家の分家筆頭の二人に受け入れられていることに納得いかなかった。しかし、楯突くわけにもいかない。先陣を切ったヤックスリーが撃沈した様子であるため、他のものは静観を決め込むようだ。

 組み分けはそうこうしているあいだに進み、あっという間にRの順になっていた。

 

「あの……姉上。きっともう一人、来ると思うのです」

「あの子ね。トム・リドル……といったかしら」

「ええ。ぜひ、ライラか僕の隣に座って欲しくて」

 

 耳を澄まして動向を伺っていた周りの子息たちは仰天することになる。もう一人来るのか!

 

「リドル・トム!」

 

 トムはゆったりと、実にマイペースに歩いていった。萎縮して小走りになるわけでもなく、戸惑ってヨタヨタと歩くわけでもなく、大広間は我が道だとでもいうように、知らしめるように歩いていく。

 トムが組み分け帽子を被る頃には、大広間は異様な雰囲気に包まれていた。トムにだけ視線が注がれ、教員達でさえも見放せないとでもいうようにトムを見つめていた。ハンサムな顔立ちも相まって、女生徒の中には食い入るように見つめている人もいた。

 シン、とした大広間の中に、組み分け帽子のゴニョゴニョとした声が微かに響く。

 そして高らかに叫んだ。

 

「スリザリィィィン!」

 

 ライラは誰よりも先に立ち上がった。アルファードはライラの手をとり、一緒になって手を振った。歓声は後から湧いてくる。

 

「トム! こっち!!」

「トム!」

 

 歓声に負けないようにライラは声を張り上げた。トムは苦笑いしながらテーブルの方へ向かってくる。

 

「これで無事三人ともスリザリンだ」

 

 アルファードはトムに座るよう促し、そう言った。満面の笑みだ。トムはライラとアルファードの間に座る。

 

「これほど嬉しいことはないよ! 組み分け帽子様様ね」

 

 ライラはトムにそう言って笑った。あんまり嬉しくて笑ってしまうなんて初めての経験だった。

 

「スリザリン寮へようこそ」

 

 ルクレティアがトムにそう言った。トムは向かいに座るルクレティアを見る。直感で、今この場では逆らわない方がいいと判断したのだ。

 

「ルクレティア様。ライラにはお会いしたでしょう? 彼はライラと僕の、友人のトムです。トム、彼女はルクレティア・ブラック。僕の再従姉にあたる人だよ」

「トム・リドルといいます。はじめまして」

「ルクレティア・ブラックと申します。お見知り置きを。アルファードの友人はライラだけではなかったのね。いいことだわ」

 

 そう言ってルクレティアが笑った。周りの取り巻きも、笑顔を貼り付け同調する。素性のわからない輩がまた現れたという嫌悪感を必死に隠そうとしていた。

 

「アルファード、私達……ドゥルーエラ先輩にセドレーラ先輩、アイリーン先輩もライラのことは知っていますけれど、トムのことは知らないわ。それに他の方々にも紹介しなくては」

 

 ヴァルブルガがそう付け加える。ヴァルブルガが提案していること。それは反発を抑えるための根回しだった。ブラック家に近づきたいもの、過激な純血主義のものを敬遠し、ライラとトムに危害が及ぶのを避けるためだった。

 その目論見がライラには分かったが、ライラは何故ここまで用意周到になるのか、これから先の友情が保証されているわけでもないのにと思った。アルファードと偶然出会った自分達のために迅速に動いてくれている。彼らにとってはなんでもないことなのかもしれないが、ライラにとっては見たことのない世界だった。友達になったことを周りに周知させるなんて! 普通は自然と知るものだ。

 

「談話室でね」

「はい。姉上。……ごめんね。トム、ライラ、疲れてるだろうに、寮に行ったら少しだけ残ってて欲しいんだ」

「そんなのアルファードだって一緒でしょ? 大丈夫」

「大丈夫だ。僕らのためにやってくれていることなんだから」

 

 三人が話し終わった時、ちょうどグリフィンドール寮の歓声がなくなった。組み分けがちょうど終わったのだ。

 それと共に、組み分け帽子はどこかへとしまわれていく。

 教員の中から一人、真ん中の席に座っていた男が前へと出てきた。

 アーマンド・ディペット……ホグワーツ現校長である。

 ディペットは二、三回咳払いをして、それから勿体ぶって口を開いた。

 

「新入生諸君、入学おめでとう。在校生諸君、夏季休暇は楽しめたかね? さて、またホグワーツに新しい一年が訪れた!」

 

 流暢に、軽くそれを喋ってみせたディペットは、これからが本題だというように表情を変えた。

 

「新入生諸君に自己紹介をしておこう。私の名はアーマンド・ディペット。栄えあるホグワーツの校長である。まぁそれ以外はあんまり覚えなくてよろしい。

 さて、簡潔に行こう。禁じられた森には立ち入り禁止だ。入るには先生方の許可と同行が必要になる。校則は守ること。『ホグワーツの歴史』という書物を見てくれ給え。校長の長ったらしい話はこれで終いだ。あとは存分に飲んで食べて騒ぎなさい」

 

 ディペットは喋っている間、全く表情を変えなかった。ただ後ろ姿は満足そうなので自身が演説を面倒くさく思っている節があるのだろう。

 教員の拍手も生徒の拍手も形式的な様子だった。

 拍手が終わると同時に、どこからか豪勢なご馳走が現れる。

 ワッと歓声が上がった。皆、ディペットのことなんかは頭に残っておらず、ディペット自身も食事が出てきて嬉しそうである。

 

「あの人、お腹減ってただけなの……?」

 

「ホグワーツの校長はみんな魔法使いとしては優秀だけどどこかぶっ飛んでるんだ。必要最低限の貴重なお話からもわかるだろう? 先生として相応しいかって言われたら……」

 

「そのために理事会があるのよ」

 

 アルファードの言葉を引き継ぐように語ったのは、セドレーラだった。

 

「セドレーラ先輩」

「久しぶりね。アルファード。ライラも。さて……あなたがトム?」

「トム・リドルといいます」

「私はセドレーラ・ブラック。よろしくね」

 

 セドレーラは席を離れてここにきたようで、ヴァルブルガの隣に挟まり込んだ。元々ヴァルブルガの隣だった、レストレンジは驚きすぎて後ろに転がっている。

 

「えーと、ああ。理事会よね。ホグワーツの中枢には校長、教員の他に理事会というものもあるのよ。『魔法省』を除けば、校長に直接的にかけ合うことができるのは理事会メンバーだけね」

 

 ライラは話の切れ目を感じ取って、先ほどからお預けにされていたご馳走に手を伸ばした。

 たんと並べられたローストビーフ、付け合わせに大量のベイクドポテト。ミートパイは焼き立てのようで湯気をあげている。さらにダメ押しでシェパーズパイまであった。食べ盛りの学生のために、肉料理を多く採用しているようだ。ただし肉料理の隣には、大きなボウルで葉物野菜も並べられている。デザートも種類が豊富で、甘そうなトライフルに、山盛りのアップルパイ、カスタードプティングまであった。

 ライラがザッと見てこれだけなので、まだまだ品数も量もあるのだろう。

 

「ライラ。スコッチエッグがあるぞ」

 

 トムの指差す先にはこれでもかと盛り付けられたライラの好物のスコッチエッグの山だった。一体幾つの卵が使われたのだろう?

 

「……すごいね……」

 

 孤児院にいる頃は想像もしなかった料理の山。感動や驚愕ではなく、ライラはただただ衝撃を受けていた。この世にはこんなに食べ物があったのだ。

 

「あの子達にも……」

 

 ひっそりと呟かれたライラの嘆きは、誰にも聞かれることはなかった。

 

 

 

 

 山のような食事が、生徒達によってあらかた片付けられしばらく経った頃、料理が盛ってあった皿達は忽然と姿を消した。

 ライラは料理が現れた時も思ったが、一体誰が、どこでこんなふうに食べ物を作って出して下げているんだろうと疑問に思った。それとも魔法でパッと出してしまえるのだろうか。もし魔法で食べ物を生み出せるのなら、孤児院の子達にもご飯を食べさせてあげたいと思った。子供達だけではなく、ミセス・コールを始めとした孤児院の大人達にも。ウール孤児院で飢えているのは、子供だけではないのだ。

 ライラがそう夢想していると、校長がまた静かに前に出て来た。

 

「さて……満足するまで食べたかね? では、寮に戻ろう。新入生は監督生について行くように。解散!」

 

 それと共に、セドレーラが立ち上がった。

 

「新入生! こちらに。並びなさい。寮へ案内します」

 

 セドレーラの雰囲気の変わりようにライラはびっくりした。コンパートメントではふわふわと笑っていたのに、今では整然とした顔つきである。後ろで纏めていた黒髪が、余計にセドレーラに毅然とした印象を持たせていて決して高圧的ではない、ついて行きたくなるようなリーダーを演出していた。

 

「……セドレーラ先輩って監督生? なんだ」

「学年で男女一人ずつで、五年生から監督生になれるんだ。寮につき六人いる。だからセドレーラ先輩は今年から監督生になったんだ。成績優秀で品行方正な人しか選ばれない。すごいことなんだよ!」

 

 アルファードが熱っぽい顔で弁を振るった。セドレーラに憧れを抱いているというよりも、監督生という立場に憧れがあるようだ。

 トムは興味深そうだったが、ライラはアルファードの様子に頷くことしかできなかった。自分にはできないな、とも思ったし、セドレーラはすごい人なんだとも思った。つまりはいまいちピンときていない。

 一年生はお行儀良くセドレーラについて行く。一年生の横には六年生などが控え、後ろにも他の学年が続いていた。

 スリザリン生一行は階段を降り、冷気の漂う廊下を歩く。明かりはあるが、少し薄暗い。じめっとした雰囲気も漂ってきた。少ない明かりが壁や床にテラテラと影を落としているのが不気味だった。

 コツコツという固い靴音が反響する。

 何かの秘密クラブに案内されているようだとライラは感じた。

 

「ここよ」

 

 セドレーラは冷たい石壁の前に立ち、新入生を振り返った。

 

「スリザリン寮に入るには、合言葉を言う必要があるわ。二週間ごとに変わるから、掲示板をよく見ること。他の誰かに教えたりしたらダメよ。組み分け帽子が謳ったように、私たちは『秘密の守り人』。固く守られた秘密はやがて絆に変わり、私たちを強く結びつける_________。合言葉はその秘密の一つ。寮の場所もね。

 じゃあ、今週の合言葉は……『蘇りの石』」

 

 セドレーラが高らかに合言葉を言った瞬間、壁の中から浮き上がってくるように石造りの扉が現れた。つるりと艶めき、パターン的な模様が刻まれている。アラベスク模様によく似た模様だ。

 

「さあ、入って。________スリザリン寮へようこそ」

 

 セドレーラに迎え入れられ、新入生たちは急足で談話室へと入った。

 

「スリザリン寮は城の湖……船で渡ってきたでしょう? その地下にあるの。だから窓からは魚が見えるわ。寝室に行けば、水の揺らぎと共に眠れる……」

 

 スリザリンの談話室は緑と銀を基調にシックな家具でまとめられていた。裕福な純血家が多く所属したため、その影響が見て取れる。壁にも柱にも美しい飾りが施してあったため、談話室自体が芸術作品の様だ。一番奥の真ん中にある暖炉の上には、シンボルである蛇の石像が飾られていた。目はエメラルドグリーンに輝いている。

 窓の外は妙に明るい水で満たされていた。月の光が差し込んでいるのだ。ぼんやりとした雰囲気が怪しさを引き立てている。

 少し明かりが足りない分は、緑色のランプで補っていた。仄かに青い緑が、水の揺らぎと共に寮生を照らす。ライラの顔を映すくらいに磨きあがれた石の壁も緑の光を反射し、より幻想的になっていた。

 

「綺麗……」

 

 ライラがそう呟いた。トムも談話室の様子に感嘆した様だ。アルファードは興奮しきりでかえって動けないようだった。

 

「みなさんの寝室はあちら。部屋割りはしてあるわ。女子が左で、男子が右。お互いにお互いの寮には立ち入り禁止よ。さ、部屋割りは掲示板に貼ってありますから同室の方と部屋を確認してから行きなさい」

 

 セドレーラがそう言った瞬間、新入生たちは掲示板の方に行った。誰と同室になるのか、何人部屋になるのか気になっている様だ。これから七年付き合うことになるのだから当然である。

 ライラもその流れに乗って行こうとしたが、トムにローブの袖を掴まれた。それでライラは思い出した。アルファードとトムと一緒に、他の上級生に挨拶に行くことになっていたのだ。

 談話室には何人かの上級生が留まっている。談話室のソファーに腰掛け、ライラたちを待っている様だ。

 

「緊張しなくていいよ。良い人達だから」

 

 アルファードは気軽にそう言ったが、ライラにはそうは思えなかった。

 窓から差し込む水の光が昏く上級生の背を照らしている。緑のランプの光がアクセントとなって、より威圧的にした。

 暴れる心臓を押さえつけ、ライラは一歩踏み出した。

 

 

 





組み分け帽子の歌はノリで作りました。
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