時を越え君に会いに行く   作:Nattsu_ひよこ豆

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よろしくとは言い難い

 

 

 

 ライラとイザベルは、朝食を終えた後授業のある教室に向かおうとした。初めての授業は呪文学である。

 ライラだけでなく他の一年生も、初めて行われる授業に気分が上がり、そしてどこか不安にもなっていた。

 

「次は呪文学よね?」

「うん」

 

 朝食の流れで共に行動することになっていた2人は大広間をでてしばらく歩いていた。呪文学の教室に向かうためである。向かうために歩いていたのだが……。

 

「……おかしいわね」

「教室ってどこだろう……」

 

 しばらくして二人は立ち止まった。何度か曲がり道を曲がり、動く階段を登り、そうしているうちに迷ってしまっていたのだ。ライラがイザベルに起こされたおかげで、急いで準備したおかげで授業には間に合う時間だったはずが、今ではもうギリギリの時間である。迷っている暇も、寄り道している暇もないのだ。

 

「ど、ど、どうしよう……どうしよう!」

「泣くんじゃないわよ。私も泣きたいのよ!」

 

 二人なりの気持ちの鼓舞の仕方だった。決して言い争っているわけではない。証拠に不安から二人は手を繋いでいた。

 

「こっちかもしれない……」

「先通ってきたところでしょう!」

 

 焦りばかり募って、不安から動けないまま少し時間が過ぎた。

 その時、ライラは目の端に動くものを捉えた。

 

「あ、人! 聞こうよ。上級生かも……」

 

 ライラはイザベルを引っ張りズイズイと歩いていく。曲がり角に消えたものを追い、角を曲がると、半透明の何かがいた。その半透明の何かは、オレンジのおどろおどろしい帽子を被り、つぎはぎだらけの赤い上着に、青いズボンを履いている、ピエロのような格好をしていた。

 

「おぉぉおおおやぁああぁああ!!! 可愛いチビちゃん!! 迷子の子羊かい?」

 

 とてつもない声量、大仰すぎる身振り、正気とは思えない言動。ライラは追ってきたことを早速後悔した。イザベルも声無く拒否を示し、ライラを反対方向に引っ張っている。それでも、背に腹は変えられない。

 

「あ、あの!」

「んん〜〜〜声が小さいなぁ?」

「あの!! 呪文学の教室ってどちらですか!?」

 

 人生で一番大きい声を出したのではないかと思うほど、ライラは声を張り上げた。廊下にうわんと声が反響している。後ろのイザベルが袖を引っ張る手を止めた。

 

「このオイラに道を聞くとは! 嬢ちゃんさてはオイラのこと知らないなぁ?? そりゃそうさ! 一年生だもの!」

「そうなの。昨日来たばっかりで迷って……」

「オイラはピーブズ。ポルターガイストのピーブズさ! 覚えておきな、オイラは悪戯が大好きなのさ! だから教えてなんかあげないし、クソ爆弾だってぶつけてあげる_________」

 

 全くもって行動が読めないピーブズに、二人はびっくり仰天して動けなかった。唐突に、理由もなく、悪意もなく悪戯をされる_______何かは全くわからないがぶつけられる_______ライラがイザベルを庇い、目を瞑った時、地の底から爆発するような声が聞こえた。

 

「ピーーーーーーブズ!!!!!」

 

 二人は反射的に目を開け、耳を塞いだ。先程と同じくらい、信じられない声量だ。

 廊下の奥から、また半透明のゴーストがやってきていた。

 

「ピーブズ。我が寮の生徒に、しかも新入生に! 悪戯はやめろ。しかも、幼気な少女たちにあろうことかクソ爆弾だと!! 恥を知れ! 反省しろ! さっさと消えるがいい!!」

 

「まずいっ、『血みどろ男爵』様だ! じゃあなチビちゃん達!」

 

 アーーハハハハハハ! とそこかしこに笑い声を反響させながらピーブズは床をすり抜け逃げていった。

 

「あやつめ、反省しないのは分かっている……毎年毎年……」

 

 何をされようとしていたのか、何が起こったのかはっきりわからなかったが、とりあえず目の前の二人目のゴーストが助けてくれたということだけは二人には分かっていた。もしかしたら道も聞けるのではないかと、ライラはコンタクトを試みる。

 

「あ、あの……」

「うむ。なんだね。ピーブズには何もされなかったか?」

 

 ライラの試みは容易く成功した。このゴーストは話が分かるのだ。

 そういえば、とライラは昨晩のことを思い出した。ヴァルブルガが言っていたのだ。ホグワーツにはゴーストが存在し、寮憑きのゴーストもいるのだと。そして、時たま助けてくれるとも……。

 

「私たち、迷って……呪文学の教室ってどちらですか?」

「案内しよう。ホグワーツは複雑だ。慣れないうちは集団で動くか上級生に案内してもらいなさい」

 

 パッとイザベルの顔が輝いた。ようやくどうにかなる目処がついたのだ。

 それと共に、ライラと手を繋いでいるということに恥ずかしくなったのか、さりげなく手を離していた。そしてなんでもなかったかのようにライラに囁く。

 

「よく話しかけたわね……あのピーブズってやつにも、こいつにも……」

「我ながら、どこからそんな度胸が湧いてきたんだろうって思うよ……」

 

 ピーブズのインパクトが強くて忘れていたが、目の前のゴーストもそれなり珍妙な見た目をしていた。なんてったって血まみれである。

 歩いている途中、ライラはお礼を言おうとゴーストに話しかけた。

 

「あ、あの、案内していただいてありがとうございます……ミスター?」

 

「血みどろ男爵でいい。皆からはそう呼ばれている。それに私はスリザリンの寮憑きゴーストだ。スリザリン生が困っているとあらば、助けぬわけにもいかない」

 

 そうして二人は無事に呪文学の授業に間に合った。というのも、ピーブズに出くわしたところからそう離れていなかったのである。

 血みどろ男爵に再度お礼を言い、ライラは授業開始5分前に呪文学の教室に入った。

 積み上げられた本に、中央に位置する教卓、その周りに並んだ勉強机。天井が高く、風通しの良さそうな教室だった。

 そこにいた生徒は数少なかったが、その中にトムとアルファードもいた。たまらずライラは駆け寄る。

 

「トム! アルファード!」

「あっ、ライラ」

 

 イザベルは躊躇しながらライラの後ろについていた。

 

「イザベルと一緒にきたんだね」

「うん……あと血みどろ男爵とも」

「ゴーストと?」

「迷っちゃって、案内してもらってたんだ」

「ふん。遅刻しないでよかったな」

「本当に良かった!」

 

 ライラがそう言って笑った時、イザベルがライラの袖を思い切り引っ張った。驚いたライラをそのまま引っ張り、空いていたトムとアルファードの上の席へと座り込む。

 

「……?? イザベル?」

「……さっさと座らないと先生に怒られるわよ」

「うん……そうだね……? ありがとう」

 

 困惑したライラを放って、トムとイザベルは睨み合った。アルファードは苦笑いをして目を逸らす。

 

「どうせ、貴様が考えもなしに突っ走って迷ったのだろう。ライラは馬鹿ではないから、そこらへんの上級生に頼るくらいの能はある」

「あら、ライラが迷うと思っていたのなら待ってあげれば良かったのではなくて? それとも、エスコートする余裕もないちっぽけな男なのかしら」

 

 トムとイザベルの出会いは最初から少し険悪だったが、それから数時間もたっていないのにここまで関係悪化が進んでいるなんてライラは思ってもみなかった。しかもここに来るまで会ってすらいなかったのに!

 トムは態度を繕う様子もなくイザベルに言葉を投げかけた。そんな態度を取っても大丈夫だと判断したのか、繕うこともできないくらい嫌悪を持っているのか、ライラには分からなかった。

 二人が冷徹に睨み合っているなか、大勢の生徒が遅刻寸前で教室に飛び込んできた。

 ライラの横にもトムの横にも、ぶつかるように生徒がなだれ込んできたことで、二人の睨み合いは一旦終わりを迎えた。それと共に先生も登場する。

 

「やぁ、遅刻寸前で来た生徒がたくさんだね。遅刻する生徒もいるだろう。この授業では大目に見よう。ホグワーツは油断すると私でも迷うほど複雑だからね________」

 

 ライラはその声が聞こえた方向を見たが、何も見えなかったことに首を傾げた。疑問に思った瞬間、ひょこりと何かが動いたのが見えた。やがてその何かは教卓に積み上げられた本の上によじ登り、その上に立つ。やっとその全貌が見えた時、ライラは驚きで目が離せなかった。

 呪文学の教師は、背が異様に小さく、耳が尖り、つぶらな目に丸メガネをかけた、決してマグル社会で目にすることのない男性だった。他の生徒もジッと彼を見ている。イザベルですら食い入るように見つめていた。

 

「初めまして。ホグワーツで呪文学の教師を務めている、フィリウス・フリットウィックだ。レイブンクローの寮監もやっている。これを言うといつも意外だと言われるのだが、これでも決闘チャンピオンでね」

 

 フリットウィックが機嫌良くそう言うと、生徒の間にさざめきが広がった。

 ライラにはよくわからないが、決闘チャンピオンというのはすごいものらしい。

 

「この授業では、魔法族が使う基本的な呪文について学ぶ。物を浮かせる呪文_______洗浄の呪文_______物を爆発させる呪文______シンプルだが、シンプルであるが故に範囲は広く、奥深い。呪文学は必修なため、七年間君たちとは付き合うことになるだろう。よろしく」

 

 にこやかに笑ったフリットウィックは、明らかに優しい人だった。楽しい授業になりそうだとライラは安心し、そして胸を躍らせた。

 

 

 

 最初の授業は簡単な物だった。ただ杖を振るだけ。杖の振り方を学び、そして次の時間に魔法を実践するらしい。

 ライラとイザベル、アルファードとトムは合流し、四人で次の授業に行くことになった。トムとイザベルは不満そうだが、迷ったときの保険である。

 次の授業は魔法薬学だった。

 

「……ビューン、ヒョイ、ビューン、ヒョイ。こんなものか。拍子抜けだ」

「たしかに、魔法を使えるってワクワクしてたから、拍子抜けかもね」

 

 呪文学の授業に不満があったトムにはライラが付き添い、その横で延々とトムを睨み続けるイザベルにはアルファードがそれぞれ付いた。ライラはトムとそれなりに気心が知れた仲であるため特に苦労はなかったが、アルファードとイザベルには個人的な付き合いが皆無であったため、イザベルの気を逸らすのにアルファードは骨を折った。

 魔法薬学の教室はスリザリン寮と同じ、地下にあった。

 教室に近づくにつれて、四人は喋るのを段々と辞めていった。何故なら奇妙な薬品臭が漏れ出しているからだ。ライラは純粋に恐怖した。あれこれ考えて自分でドツボにハマるような不安とか恐怖感ではない。ただただ命の危険を感じた。

 

「大丈夫かしら……」

「所詮は授業だ……その筈だ」

 

 誰かが喉を鳴らした。まさかのイザベルとトムが言葉を交わした。

 勇敢にもイザベルがそっと教室の扉に手をかけ、ゆっくりと開いていった。薬品臭が目に見えるように漏れ出してくる。吸い込まないように四人は気を張ってどうしようかと思案していた時だった。

 誰もの不意をついて男が扉から出てきたのだ。

 扉を開いていたイザベルは悲鳴をあげる寸前で堪えた。しかし弾かれるようにしてライラに引っ付きに行く。ライラ自身もショック状態から体を取り返そうとしていた。

 トムとアルファードはお互いの肩を掴んで後退りしていた。

 男はライラ達が怯えたことに驚いたようで、目をまん丸くしながら四人を教室に招く。

 

「おや! どうしたんだね。早くお入りなさい。遅刻で減点されたいのかな?」

 

 男はでっぷりとした腹を揺らし、もうわずかしかない髪を撫でつけながら言った。セイウチのような髭が目を引く。

 ライラ達は入らざるを得なかった。しかしもう減点されてもいいから逃げたいとライラは思っていた。恥も外聞も捨ててライラは匂いに対する嫌悪感を顔で訴えに出た。眉を潜め、眉間に皺を作り、口を真一文字に引っ張って、顔のパーツを全部鼻に寄せるような顔をした。

 ライラの様子に気づいたイザベルとアルファードは吹き出し、トムはライラの背中を叩いてやめろと示したがライラはやめなかった。むしろますます顔を酷くした。

 イザベルとアルファードは笑いを堪えるのに必死でもはや役に立たず、トムもなんだか笑えてきたためライラから目を逸らした。

 ライラの拒否の姿勢を察したのか、男はおどけたような顔をして弁解を始める。

 

「ほっほう、匂いに気づいたかね! すまない、すまない……。いや、何、個人的な研究でね……。すぐ片付けよう。危険なものじゃない。入りたまえ」

 

 引っ込んだ男に続いてライラ達はようやく教室に入った。

 酷い薬品臭があふれる教室だが、その実置いてあるものは魅力的だった。棚に並べられた材料、磨かれた大鍋、煮える何かの音、ライラの想像していた魔法の世界がそこにあった。

 匂いのことも忘れ、ライラはキョロキョロと教室を見渡す。すると、材料などの他に、赤いローブも目に入った。グリフィンドールの生徒だ。

 魔法薬学はグリフィンドールとスリザリンの合同授業なのだ。

 

「匂いは気にならなくなったかね? あー、ミス?」

「ライラ・オルコットといいます。はい。匂いは消えました。ありがとうございます」

「ミス・オルコット。君の名前はすぐ覚えれそうだ。その髪と瞳が目立つからね」

「……はい。どうぞ、よろしくお願いします」

 

 ライラは返答があっているかトムをチラリと見て確かめた。トムだけではなくイザベルも頷いている。あしらい方も及第点だったようだ。アルファードだけは顔を顰め、誰にも見えないところで下品なジェスチャーをしていた。

 その時、ライラはグリフィンドールの方から嫌な視線を感じた。振り向けば四人の方を見てヒソヒソと何か喋っている。

 

「ほっときましょう。ライラ。こっちに」

 

 イザベルがそう言って引っ張るので、ライラは素直に従った。どうせ髪や目に関する何かだろうとたかを括って、授業の始まりを待った。

 

 

 

 

 しばらくして生徒が教室に揃ったため、教師である男が改めて教卓に立った。皆をジッと見て、そして点呼を取る。

 

「テリー・スペディング……シリル・ウィルソン……」

 

 やがて男はある名前で言葉を切った。

 

「……アルファード・ブラック。ほっほう! アルファード・ブラックかね! どの子だい? 手を挙げておくれ」

 

 アルファードは教室に入る前のライラみたいな顔をして手を恐る恐る挙げた。喜びを隠さない男はアルファードに駆け寄り、その手をガシッと掴んだ。

 

「やぁ、お目にかかれて光栄だ。私はホラス・スラグホーン。お姉さんのヴァルブルガか従姉妹だったか_____なんだったか、ルクレティアから私のことは聞いてるかね? 勿論、どっちも私の教え子だ。それに、私はスリザリンの寮監でもあるからね」

 

 あまりの勢いに当てられ、アルファードは目を白黒とさせた。同じ机を囲んでいたライラ達が抗議の視線を向けても、全く通じない様子でスラグホーンはアルファードに詰め寄り続ける。

 こんな奴がスリザリンの寮監なのかとトムは頭痛がする思いだった。

 その場にいる誰もが、こいつは贔屓をする嫌な奴だとなんとなく認識し始めていた。

 

「ええ。聞いています……とにかく凄い先生だと……ええ、凄い先生だと。姉の言葉通りだと、授業を聞くまでもなく分かりました」

「いやぁなんて殺し文句だ! 君のような生徒は嫌いじゃない。むしろ好ましい。ただそればかり聞いていると私の身は破滅してしまいそうだ。というわけで授業を始めよう。すまないね。お待たせした!」

 

 スラグホーンは咳払いをし、そのまま自己紹介を始めた。

 

「私の名はホラス・スラグホーン。魔法薬学の教授をしている。実は、私は魔法薬学に長けた者を集めて、『スラグ・クラブ』というのを開いていてね。今回の授業で何人が入ることになるのか、いやはや楽しみだ!」

 

 数人はスラグホーンから目を逸らした。目でもつけられたら大変なことになると分かっていたからだ。

 

「では今回は、簡単なものから調合をしてみよう。書き取りばかりしていても魔法薬学は修められないからね。今回作るのはおできを治す薬だ。教科書を開きたまえ。八ページ」

 

 スラグホーンによるおできを治す薬の作り方と注意事項の説明がようやく終わった後(何度も話が脇道に逸れた)生徒達は調合に取り掛かった。材料は全て摩訶不思議なもので、干しイラクサ、茹でた角ナメクジ……等、聞き覚えのないものばかりだった。

 しかし、やはり工程は細かく複雑であれど本質は料理と一緒だ。ライラは自分で想像していたよりも気軽に取り組めた。トムとペアを組んでいたのも緊張しなかった理由だ。

 

「ええと、私はナメクジを茹でておこうかな」

「じゃあ僕は蛇の牙をすり潰す」

 

 ライラは湯を沸かしていたが、そのうち入れることになるヌトっと輝く角ナメクジを見て少し苦い思いをした。気持ち悪い。そう、摩訶不思議なと言えば聞こえはいいがその実はマグルからすれば気持ち悪いとしか言いようがない材料ばかりだった。

 茹だった鍋にボトンボトンとナメクジを入れていく。生き物をそのまま茹でるという行為に、怖気を催しながらライラは鍋をかき回した。茹でたことがあるのは少しの肉か野菜なため、ライラは不思議にもここで命の尊さを再確認した。

 

「茹で上がったか?」

「多分これでいいよ」

「次は________」

 

「ちょ、ちょっと! 待って」

 

 トムとライラが次の作業に進もうとすると、イザベルから待ったがかかった。

 

「あなた達本当に初心者?」

「そうだけど……」

 

 信じられないものを見るような目でイザベルはアルファードと自分の作業場と、トムとライラの作業場を見比べた。

 

「周り見てごらんなさい、まだ蛇の牙をすり潰すのに苦戦してるわよ。あなた達ったらもう熱してる!」

 

 その時トムが大鍋を火から下ろし、杖を振った。蛇の牙の粉末を十秒熱する必要があったのだ。

 

「うん。今終わったね」

「どうやって? 何か裏技を……? いいえ、そんな様子は……」

「料理をよくやってたからかなぁ……分からないけど。アルファードもイザベルも、料理とかは召使いさんにやってもらうような身分でしょう? 私たちは自分で作ったりするから……」

 

 この説明で、今自分の肩を万力の力で掴んで離さないイザベルは離れるだろうとライラは思っていたが、イザベルは離れなかった。むしろ力が強まった。このお人形さんのような顔からは想像だにしない力が今ライラの双肩にかかっている。トムの厳しい目も背中に刺さっていた。イザベルに怒っているのではなく、作業をしないライラを咎める視線だった。

 

「……どうして料理と魔法薬学は繋がるの?」

「……えーっと……似てるからだよ。切ったり茹でたり潰したり……」

「……似てるの???」

「うん。私はそう思うよ」

「えっ、じゃあ私たちは角ナメクジを食べてるの???」

 

 真剣な顔でイザベルがそう言うものだから、ライラは一瞬魔法界ではそうするのかと思ったが、後ろの方でアルファードがお腹を抱えて崩れ落ちたのを見て、そうではないことがはっきりした。

 こんなやりとりをしているが、イザベルはそんなトンマでもバカでもない。今は少しパニックになっているだけだ……そうライラは引き攣りそうな腹筋を宥めて、首を横に振って見せた。

 

「ちっ、違う……違うよイザベル……。作業が、そう、作業が似ているの。ざっ、材料は全く別物だよ。つまり経験の差だって言いたいの。……ね、イザベルすぐできるようになるから……。作業に戻らないとトムに怒られる……」

「あっ、そうよね。授業中なのに。ごめんなさい。作業に戻るわ_______アルファード? どうしたの? 具合が悪いのかしら」

「い、いや! いや! 大丈夫。大丈夫だよ!」

 

 トムの冷たい視線を受けながら、ライラは作業に戻った。集中しないといけないのだが、イザベルのポカンとした顔が忘れられず手元が狂いそうだ。

 

「火から鍋を下ろしてくれ。山嵐の針を入れる」

「うん……ふふっ、イザベルったら……あははっ」

「集中しろ! 爆発してもいいのか」

 

 鍋を火から下ろし、トムが山嵐の針を振りかけるように入れた。そして時計回りに五回かき回す。杖を振り、薬がピンク色の煙を立てれば成功だ。

 トムとライラは顔を寄せて、大鍋から煙が上がる様子を観察していた。ゆっくりと煙が立ち上り、透ける桃色は、壁の色との対比でようやく見えた。

 

「……ピンクだ」

「……よし。成功だ」

「やったー! 早くメモ……レポート……」

「書くのはいいが片付けろよ。調合の時みたいになったら敵わない」

 

 その時、スラグホーンが鋭く嗅ぎつけトムとライラの方にやってきていた。

 

「もうできたのかね!」

「教授。見ていただけませんか?」

「もちろんだとも。ふぅむ……」

 

 スラグホーンは杓子に薬を取り、フラスコに入れ光にすかしたり振ったりして観察したのち、喜びの声を上げた。

 

「素晴らしい! 完璧だ。正確さもさることながらそのスピードには脱帽ものだよ! おや! ミス・オルコットがここにいた! いやはや魔法薬学が得意のようで嬉しいよ。そして君は? ミスター?」

「トム・リドル」

「ミスター・リドル! このままこの薬は私が預かろう。まぁ間違いなくトップの評価だ。我がスラグ・クラブへの加入の日も近いぞ」

 

 周りの、意外なものを見るような、まさしく出る杭を見るような目にライラは怯え隠れた。しかしトムはその視線を一身に受ける。視線を糧にして輝くかのように、トムは誇らしく立っていた。

 こういうところが、トムの尊敬できる部分だと______そして自分が甘えてしまっている部分だとライラは1人、静かにそう思った。

 

 

 

 

 スラグホーンが二度、手を叩いた。終了の合図だ。

 

「薬ができた者はフラスコに入れて提出するように。できなかったものはフラスコに詰めるか、それができそうになければ少し教室に残っていなさい。私が直接見よう」

 

 トムとライラはとっくに片付け終え、教室を出る準備をしていた。アルファードとイザベルも順調に薬を完成させ、今はレポートに記入している。

 

「何とかできてよかったわ……。ライラ、教えてくれてありがとう」

「ううん。イザベルもアルファードも完璧だったよ。違いはスピードだけ。教えることなんて何にもなかった」

「確かに調合に関してはそうかもね。でも、小刀の使い方とか、効率的な分担の仕方とか……ライラの言う通り経験の差がモノを言うところで助けてもらったわ。……悔しいけどあの男にもね……」

 

 まるでトムが発火するんじゃないかと思うくらいイザベルは悔しさを灯らせてトムを睨んだ。トムは鼻で笑うだけでイザベルの相手はしない。

 トムはさっさと教室を出て行く。アルファードもそれを追った。次は変身術の授業なので、迷わないよう付いていてくれるのだろう。

 ライラとイザベルも変身術の教室に向かおうとした時、イザベルがあっと声を上げた。

 

「やだ……教科書置いてきちゃった! 取りにいくわ。全く……地下室だからよかったものの……だめね。私」

「そんなこと……私のせいでバタバタさせちゃったし……。スリザリン寮まで付いてくよ。寮の前で待ってる」

「いいのよ。先に行って」

「イザベルがいないと私、迷って永遠にホグワーツから出られなくなるわ」

 

 イザベルは笑って、小走りにスリザリン寮へと向かった。

 ふわふわと走るイザベルを、なんだか妖精みたいだなと呑気に思いながらライラは後を追った。

 スリザリン寮に着いた途端、素早くイザベルは合言葉を言って扉に滑り込む。その様子をライラは見ていたが、合言葉が聞こえるか聞こえないかのところでイザベルすらぼやけて見えなくなるように感じた。外からはこんなふうに見えているのだと感心しながら、ライラは壁に寄りかかり、イザベルを待つ。

 しばしぼーっと壁を見つめていると、ガヤガヤと騒がしい足音と喋り声が微かに響いているのにライラは気づいた。

 その音が気になったライラは、寮の前を離れ、廊下を進んでその音の発信源に向かう。

 するとそこには、五人のグリフィンドール寮生がいた。しかもほとんど男性である。

 他寮生、殆どが自分よりも上級生……ライラは気づかれないうちに後退りし、その場を去ろうとしたが、そのうちの一人が大声を上げた。

 

「おい! お前盗み聞きしただろう!」

 

 全ての目がこちらに向いている。敵意が募った目だった。ギラつき、威圧的で攻撃的な目は、ライラにとってまるでメデューサの目のようだった。

 ライラは声を上げることもできず、動くこともできず、ただ首を振ることしかできなかったが、盲目的なグリフィンドール生は全く意に解さずもう一度大きな声で叫んだ。

 

「卑怯者め! 誰が言いつけた? 誰の命令だ? マルフォイか? ブラック家のどれかか? 入学したての一年生までスパイに使うとは、スリザリンは根から腐っているようだな」

 

 その言葉を皮切りに、嘲笑や暴言、聞くに耐えない罵詈雑言がライラにぶつけられていく。

 ライラは盗み聞きなんかしていない。ただ通りがかっただけの一年生だ。

 何故こんな目に遭うのだろう? 答えは明白だった。目の前の人達は、スリザリン生であれば誰だっていいのだろう。ここにいるのがトムであれどアルファードであれど、イザベルであれど……誰だっていいのだ。スリザリンに属しているなら、彼らにとっては皆悪なのだ。

 あまりにもショックだった。ライラの体はブルブル震え、全身が熱くも冷たくもなった。呼吸が荒くなり、勝手に涙が出てくる。頭が沸騰しそうだった。

 その時、ライラは気づいた。

 暴走機関車のようにライラの口を飛び出そうとしている言葉があることに。

 心の底から、熱された油のような、弾けて溢れ出そうな力があることに。

 この感情は恐怖などではなく、怒りであるということに!

 グリフィンドール生達は、ライラに苛立ちをぶつけるように言葉を投げかけていたが、全くダメージが無さそうなことにさらに苛立っていた。目の前の蛇が、怒りに奮い立っていることにも気づかず、小さくとも恐るべき毒を持った蛇であることにも気づかず、少し驚けばいいと______軽い気持ちで________杖を抜いてしまった。

 ライラはそんな状況でも冷静だった。相手が杖を抜けば、自分も杖を抜いていいだろうと、そんなことを考えるくらいには冷静だった。

 

「ちょっとからかってやるよ。ラングロ(舌縛)________」

「黙って」

 

 その場にいた誰よりも早く、ライラは杖を抜き、そしてただ純粋な魔力を杖から放出させてみせた。

 バチン! と音が響き、呪いをかけようとしていたグリフィンドール生が後ろ向きに転ぶ。

 何人かのグリフィンドール生は、改めてライラを眺めた。紫の瞳は血走り、こちらを睥睨している。白い髪は怒りで逆立つようだった。あの怯えていた少女が、冷たい怒りを孕む美女に変貌している。

 恐怖と、少しのプライドが、ますます彼らを愚かにせしめた。

 

「ぺ、ペトリフィカス・トタルス(石になれ)!」

 

 未だ守る術を習っていないライラは、呪いを避けようとしたが間に合わない。万事休すかと、目を瞑った時、自分の後ろに気配があるのにライラは気づいた。

 瞬く間にライラの前に障壁が張られる。防衛呪文だ。

 

「校内での私闘は禁止。知っておったかね?」

 

 ライラは顔を上げた。忘れるわけがない。あの特徴的な服、顎髭、その声でさえも。あの特別な日の思い出に全て閉まってある。

 ライラの口から、自然とこぼれ落ちた。

 

「……ダンブルドア先生」

 

 

 






夢小説らしくなってきました。
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