ほな呪術師と違うかぁ   作:破月

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わかれて、であって

 五条家には神童と呼ばれる子供と、怪童と呼ばれる子供がいる。

 

 神童とは言わずもがな、云百年ぶりに誕生した六眼と無下限呪術の抱き合わせ、五条本家に生まれた五条悟のことだ。いずれ自他共に最強の名を欲しいままにする、五条家待望の星である。もっとも、悟が五条家の人間の思う通りに育つか、といえばそんな事はないのだが、今はまだ本当に、天使のように可愛らしい子供であった。

 

 そして、怪童と呼ばれているのは、神童五条悟の乳兄弟のことだ。五条の分家筋ながら六眼を宿し、複数の生得術式を刻んで生まれた子供。加えて、禪院に生まれた天与呪縛という男にも負けない頑丈さを兼ね備え、幼さに見合わぬ腕力を振るったとなれば、御伽噺の怪童丸(金太郎)を彷彿とさせるとして怪童と呼ばれるようになった。

 

 

「がらん、なにしてんの」

 

 

 ――がらん、篠宮伽藍。

 

 

「……なぁんもしてへんで、さとる」

 

 

 彼は、五条悟が生きる世界が、"呪術廻戦"という名の漫画として描かれていた世界で生きていた大学生の記憶を持つ、所謂、転生者とかいうやつである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悟の乳母は心優しく美しい女性だ。

 

 艶やかでしなやかな腰まで伸びた黒髪に、淡い桜色のぽってりとした唇。凛と伸びた背筋、全ての所作が繊細で流麗。長い睫毛に縁どられた眦は優しく垂れ、頬紅をさすまでもなく色付いた頬に笑みを乗せれば天女かと思うほどだ。そして、そんな乳母は、夫によく尽くす良き妻でもあった。

 乳母は京都にある零細呪術師の家の生まれで、呪力は豊富だったが術式を持っていなかった。それが理由で冷遇されていたと言うが、その身に宿った呪力量が魅力的だったために、次代を育む母体として五条に献上された。この話を聞いて、人間の扱いじゃない、と悟は憤ったが所詮過去の話。今の乳母は幸せオーラ全開で、生家を気にする様子もない。

 彼女をどこの家で迎え入れるか、というのは一瞬で決まったらしい。なんでも、乳母の夫である篠宮家の現当主が一目惚れしたとかなんとか。甲斐甲斐しく世話を焼かれるうちに乳母の方も恋に落ち、めでたく結婚した。今では、それはもう仲睦まじい、呪術界隈では珍しいぐらいのおしどり夫婦である。

 

 や、何が言いたいのかというと、初恋は叶わない、というよくあるジンクスの話だ。悟の初恋は乳母だった。実母よりよっぽど親の愛情を注いでくれた、天女のような美しい女性を、どうして好きにならずにいられよう。いや、好きにならないはずがない。けれど、一生叶うことはない恋を延々と抱いていられるほど、悟は大人ではなかった。何せ、まだ五歳なので。

 悟の失恋で荒む心を癒してくれたのは、乳兄弟の伽藍だった。伽藍は乳母の息子だったが、乳母とは似ても似つかない――ようは篠宮家当主に似ている――顔立ちで、所作をとっても一応良家の嫡男のくせに雑だった。乳母が悲しげな顔をして"悟様を見習うて"と言っても聞かない。そして、その態度は悟の前でも変わらなかった。逆にそれが新鮮で、悟は伽藍に懐いた。

 

 

「伽藍も呪術師になるんだろ」

 

 

 今日も、いつものように術式で手遊びをしている伽藍を横目に、ここ数年で何度も口にしたそれを囁く。強烈な青が悟に向けられ、それからフイと逸らされた。口元はむっつりと引き結ばれ、いかにも不服ですと訴えているようだった。それに悟は首を傾げ、ねぇ、と口を開きかけてその場から飛び退る。その直後、悟が立っていた場所に氷柱が建った。

 

 

「文句があるなら口で言えよ」

「じゃまくさい」

「なに?標準語で話せって」

「…面倒くさい、って言うたんよ」

「俺のこと見て言え」

「文句ばっかり言いなや、もう放っといてくれへん?」

「なんで」

「術式の改良に集中したいさかい」

「なら俺もやる」

「えー」

「いいだろ、別に」

「もー、仕方あらへんなぁ」

 

 

 パキパキと音を立てて崩れていく氷柱は無視して、悟は伽藍の背中に伸し掛かって笑う。

 

 

「何だかんだ言って、俺に甘いよ、お前」

「そうかぁ?」

 

 

 悟と同じ視界で世界を見ることができる唯一の存在で、生まれた順からしたら弟分だけどどちらかというと兄のようで、それから、神童と呼ばれる悟に媚び諂うこともなく、真正面から向き合ってくれる。構いすぎると、今みたいに術式を発動してくるという危険極まりない所もあるけれど、それ以外の時は大概、悟に甘い。

 そんな乳兄弟が、悟は好きだった。念のため言うが、LoveではなくLikeの方。直系である両親よりも深く信頼しているし、乳兄弟こそが、伽藍こそが、唯一の家族だとすら思うくらいには好きだった。伽藍も、同じように、とは言わないが、伽藍の両親の次くらいには悟を信頼してくれていると思っていた。

 

 だから、翌年、悟が一つ歳を重ねたその日に。

 

 

「――は?」

 

 

 差出人も分からない大量のプレゼントと共に、悟の部屋に置かれた淡い青の一筆箋に、伽藍が好んで使っていた藍色のインクで書かれたそれが、信じられなかった。

 

 

『俺は呪術師にならん』

 

 

 運命という名の歯車があったとしたら、きっと、この時に、それは狂い始めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伏黒甚爾には、数年来の付き合いがある、歳の離れた友がいる。

 

 とはいえ、実際は甚爾が勝手にそう思っているだけで、相手が甚爾をどう思っているのかは知らないし、聞こうとも思わない。別に、相手に友ではないと否定されることを気にしている訳ではない。単に、歳の離れたそいつを、自分が友と思っているということを、そいつ自身に知られるのが嫌なだけだ。ようは、プライドが許さない、ただそれだけのこと。

 

 

「がりゃん!」

 

 

 家族揃っての買い物帰りに、甚爾の片腕に抱えられた息子が見慣れた後姿を捉えて、舌っ足らずにその名を呼んだ。呼ばれた方は緩慢な動きで振り返ると、ふわりと笑みを浮かべ、踵を返して甚爾たちに合流する。無造作にポケットに手を突っ込んでロリポップを取り出し、包装を手早く剥がしたそれを息子の口に突っ込んで、イチゴだとはしゃぐ様を見て更に頬を緩めた。

 それから、甚爾の隣に立つ女に視線を落とす。女の手にぎっしり中身の詰まった買い物袋があることに気付けば、それを掻っ攫っていった。それに慌てたのは女、もとい甚爾の妻で、袋を取り返そうとするも、そいつはスタスタと先を歩いて行く。妻は袋を返してもらえないことを察して諦め、気恥ずかしそうに笑いながら大きく膨らんだ腹を愛おしそうに撫でた。

 ちなみに、甚爾のもう片方の手には既に三つほど袋が握られている。ので、よくやった、と内心で称賛しておく。声には出さない、気恥ずかしいので。数歩先を行くそいつは、ガサゴソとビニールの買い物袋の中身を物色しながら言った。

 

 

「今日は肉じゃがなん?」

「そうなの、もし良かったら食べて行って、甚爾と恵が喜ぶから」

「ほな、お言葉に甘えて」

 

 

 最初からそのつもりだったくせに、さも誘われたから仕方がなく、と言いたげな態度で頭を下げたそいつの頭上。そこに、嫌な気配が渦巻いていた。甚爾と違って才能がある息子はまだ気付いていない。妻は元からそういったものは見えないので論外。甚爾だけが気付いている。

 仕方がねぇか、と肩を竦め、足早にそいつに歩み寄って頭を撫でまわす。と見せかけ、嫌な気配を刻んでやろうとすれば、避けるようにそいつは大きく前に出た。呪具を空振り、思わず甚爾は目を丸くする。そいつはくるりと甚爾に向き直り、サングラス越しの青を細めて言った。

 

 

「いじめんといてや、こいつ泣き虫やさかい」

 

 

 その時初めて、甚爾は気付いた。気付いて、しまった。

 

 

「――お前、それ、」

 

 

 今、目の前にいるそいつの()が、

 

 

「あー、バレてもうた」

 

 

 今、自分が祓おうと(・・・・)したモノから(・・・・・・)聞こえてきた(・・・・・・)ことに。

 

 

「ひ・み・つ――な?」

 

 

 思わず息を呑んだ。息子は、そんな甚爾の様子にキョトンとし、何かあっただろうかとそいつを見た。けれど、首を傾げるだけで、見えているはずのものを指摘すらしない。それで、また気付いてしまった。甚爾だから、気付けたのだ、と。そうして、無意識に視線がズレる。

 本来、そこにあるはずの出っ張りはなく、女のようにつるりとした喉。なんなら筋肉さえついていないそこは、鍛えられた体躯と比べて明らかに細い。どうして今まで気付かなかったのかと思うほどの違和感があった。形のいい唇は、ただ、言葉をなぞり、息遣いだけを感じさせる。そこに、一切の音はない。

 愕然とした。かつて、甚爾が欲してやまなかった呪力も、術式も、腐るほど持っているというのに、そいつには、それを十全に扱うために必要な()がない。それで、今までどうやって、フリーでやって来れたのか。――答えは考えるまでもない。だって、甚爾自身が、そうやって生きてきたのだから。

 

 

「……ァあ、良いぜ、秘密にしといてやるよ。どうせなら、墓まで持って逝ってやる」

 

 

 きっと、甚爾だけだった。本当の意味で(・・・・・・)、そいつと同じ視界で世界を見ることができていたのは。

 

 ――甚爾だけ、だったのだ。




乳兄弟になった最強
 俺を置いて出ていくとか冗談でしょ?同じ六眼視界を持つ者として、乳兄弟として、依存、とまではいかないが、そこそこ執着していたので裏切られたような気持ちになった。


友認定しているヒモ
 なんかの依頼でバッティングして以来親しくしている。この度、恵まれていると思っていた友が、実はそんなことはないという事実に気付いてしまった可哀想な人。






幼馴染だった誰か
 ――好きな子ほどイジメたいって言うでしょ?それもまた、呪い愛だと思うんだ。
 人のカタチをしたヒトではないナニカ。それはもしかすると、神と呼ばれるものだったのかもしれない。
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