ほな呪術師と違うかぁ   作:破月

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かうんと、ぜろ

 ――どうするのが、正解だったのだろう。

 

 気付いた時には、もう、どうしようもないほどに、歯車は狂っていて。

 

 それならば、もう、いっそのこと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、妙な胸騒ぎがして、男は拠点にしている伏黒家の地下を飛び出した。

 

 甚爾から借りていた武器庫呪霊に、作り置きしていた大量の呪符と呪具を詰め込んで。術式で身体能力を上げ、最寄りの駅に駆け込み、ちょうど滑り込んできた電車に乗り込む。軽く上がった息を整え、なぜか人気がなく、ガランとした車両に疑問を持ちつつ座席に座った。

 

 

「……なんやろうな、これ」

 

 

 落ち着くどころかどんどん大きくなっていく心の騒めきに、らしくもなく動揺する。そういえば、恵と悠仁は昇級査定中だったはずだが、どうなったのだろうか。甚爾にしても、高専で教鞭をとっているらしいが、あのクズがまともに教師が出来るとは思えない。教師と言えば、確か、高専には悟が――

 

 

「ッ、」

 

 

 不意に、心臓に杭を打ち込まれたような痛みを感じて胸を押さえる。何だこれ、と男は困惑した。こんなこと、初めてだった。――いや、過去にも一度、似たような事があったはずだ。あれは、確か、そう。

 

 

「任務かなんかで、悟が死にかけた時(・・・・・・)

 

 

 実際にこの目で見た訳ではなく、たまたま現場に居合わせた甚爾からのまた聞きでしかないのだが。胸騒ぎと、胸の痛み。それを感じた時間と、悟が致命傷を負った時間は、ほぼ同時刻だった。そこから考えられることは、一つしかない。なんとなく、偶然とは思いたくなかった。思ってはいけない気がした。

 

 

「あー……もう、」

 

 

 甘いなぁ、心の中で吐き捨てて、男は自らを嘲笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 改造人間を鏖殺し、切れた息を整える。自他共に認める最強の術士とはいえ、流石に無理があったかもしれない。けれど、こんな所でへたっていることはできない。――不意に、足下に箱のようなものが落ちていることに気が付く。その瞬間、どこか懐かしい声が、悟の耳朶を打った。

 

 

「跳べ、悟」

「ッ、」

 

 

 半ば無意識に、その言葉に従っていた。術式を利用してその場から跳び、箱から数メートルの距離を置く。その瞬間、先程まで悟がいた場所に氷柱が突き刺さった。どこか懐かしい展開、遠い記憶の中で、似たようなことがあったような、と思う。それが、いつのことだったか思い出す前に、鮮烈な青と眼が合った。

 

 

「――…、らん」

 

 

 無造作に括られた灰褐色の髪も、悟と同じ能力を宿す眼も、鈴のように澄んだ声も、幼い頃と変わらないまま。ただ、グンと背が伸びていた。並んだら、悟と同じくらいあるのではないだろうか。幼い姿のままだった乳兄弟の姿が更新される。まさか、こんな所で再会するなんて。

 

 

「伽藍ッ!!」

 

 

 共に過ごした日々は微々たるものだ。それでも、その存在を忘れたことは一度たりともなかった。奥底にしまい込んでいた記憶が色づき、歓喜に胸が湧く。――なんて、なんて、美味しい所で登場するのだろうか、この乳兄弟は!そんな事すら思って、もう一度、乳兄弟の下へ跳ぼうと術式を発動しようとした悟の目の前で。

 

 

「まさか、邪魔が入るなんて」

 

 

 乳兄弟の胸から手が生えた。鮮血が舞い、一瞬、思考が停止する。――何が起きた?発動しかけていた術式が霧散し、唇が戦慄く。

 

 有り得ないものを見た。

 

 乳兄弟の背後で、いる筈のない人間が嗤っている。一年前、悟が自らの手で殺したはずの人間。偽物かもしれない。変身の術式を使っているのかもしれない。けれど、悟の六眼()は、全ての可能性を否定していく。

 

 ――あれは、間違いなく、夏油傑(親友)だった。

 

 ただ、悟の魂が、あれは偽物だと断言する。六眼()と魂が齟齬を起こして、処理能力に重大なエラーを引き起こした。それをどうにかしようと、脳内に(親友)と過ごした三年間の記憶が溢れ出――

 

 

 『もういっぺん跳べ、悟』

 

 

 ――す前に、声に誘われるがまま、何の違和感すら抱かずに、悟は術式を発動した。それにより、悟と乳兄弟との間に距離が開く。距離にして、約二十メートル。悟が目にした箱――もとい獄門彊の有効範囲から、大きく外れた場所に、悟は降り立った。

 

 この瞬間、未来は確定した。揺ぎ無い、呪術師たちの勝利の未来が。

 

 そして、それはつまり。

 

 五条悟が、また一つ、大切なものを取り落としたことと、同義だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 篠宮(しのみや)伽藍(がらん)

 

 それが、五条家の分家筋に生まれ、悟の乳兄弟となった転生者の名前だった。

 

 彼は、天与呪縛"無響無声"により、生まれた時から声帯を持っていなかった。その代わりに、六眼と膨大な呪力、複数の術式、頑健な体、並外れた怪力を持ち合わせていた。しかし、本家も分家も、彼が天与呪縛と知る者はいない。六眼により、五条悟さえ欺く隠蔽術式を早々に編み出していたからである。そんな彼についた二つ名は"怪童"。五条悟と共に、厚い期待を向けられていた。が、そんなこと知ったこっちゃねぇと六歳になる五日前に出奔している。

 

 彼は、生まれながらの被呪者でもある。取り憑いている呪霊は実に善良で、本人に代わり言葉を話す能力しか持たない。呪霊とは魂レベルで繋がっているので、彼が思ったことをそのまま喋ってくれるらしい。まるで腹話術のようだが、腹話術師は呪霊で、人形が彼という狂った現実。ちなみに、この呪霊も転生者だったりするのだが、彼はそのことを知らなかった。本当に業が深い。

 

 彼は、呪言師として天才的な能力を持っていたが、発声ができないため、宝の持ち腐れとなっていた。主に使うのは氷雪系の術式、攻守ともに使い勝手がいいので。それでも、呪言師としての活動が諦めきれず、二十年かけて呪霊に言霊を使わせる術式を生み出す。間違いなく、彼は天才の部類だった。が、結局は伽藍自身の口から直に発声されているモノではないため威力が落ちる。当然、狗巻棘にも劣る――はずだった。

 

 五条悟を封印から助けたのは、別に最初から狙ってやったことではない。なんなら、転生者ではあるが渋谷事変の知識は皆無だった。彼はただ、胸騒ぎがして、その衝動のままに渋谷に向かっただけなのだ。きっと、他人(ひと)は、それを、運命というのだろう。武器庫呪霊は伏黒甚爾に連絡を入れて回収を頼み、別の場所に置いてきた。きっと、彼らの役に立つだろう。

 

 夏油傑の姿をしたナニカの手は寸分違わず、彼の心臓を穿っていた。致命傷だ。反転術式をかけたからといって助かる見込みがないことは明白だった。それでも、最後に、側近(得る筈だった肩書)としての役割を果たせたのなら、それで十分だ、などとらしくもなく思う。

 

 そうして、驚愕に青褪める乳兄弟の顔を最後に、彼の意識は閉ざされた。

 

 ――でも、一つだけ。未練が、ある。

 

 

("久しぶり"って、言えへんかったなぁ)

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