のらべり3に寄稿した作品の番外編

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昔話はコーヒーに添えて

 人里から離れた場所に住んでいると、退屈な時間が多い。人恋しい気持ちになる日も少なくない。

なのでワタクシは家の近くを通る人がいれば積極的に挨拶をする様にしている。

その後の対応は相手の態度次第だが、

今日であったお姉さんはとても感じの良いのらきゃっとだったのでワタクシの家でコーヒーをご馳走することにした。

「できれば紅茶が良いですね」

想定外の注文をされてしまったが、残念ながらお茶に類する物はコーヒーしかないので我慢してもらった。

 

「パタちゃんはどうしてこんな何も無い所に住んでるんですか?」

お姉さんがクッキーをほおばりながら質問して来た。

秘密にしている訳でもないし、話しても問題ない相手と判断してワタクシは話す事にした。

「話すと長くなりますが……まあ丁度良い暇つぶしと思って聞いてください」

自分の過去を語ることに若干の気恥ずかしさを感じながら口を開く。

 

━━━━

 

 ワタクシの一番最初の記憶は狭いカプセルの中、試験官と名乗る人との会話だった。

今思えば、その時のワタクシは現在と比べると明るい性格だった気がする。

どんな人のもとに行くんだろう。そんな事を無邪気に考えていた。

 次に目覚めた時には忌まわしくも愛おしい、無骨な鉄の部屋にいた。

無遠慮に施された改造により感情を奪われたワタクシがあの人に救われた、あの鉄の部屋に。

 

 スーパーコンピューターと言えるレベルの演算能力を持たされたワタクシは、机と椅子とベッドの最低限の家具が置かれた部屋で、

延々と何かの計算をやらされていた。

思い返すとマネーゲームとかビルの効率的な壊し方などのロクでもない事ばかり計算していた気がする。

 小さな体で作られたのも逃亡を警戒してなのだろう。

そもそも状況に疑問を感じていなかったので逃げようなんて考えた事はなかったし、

現在感じている生活の煩わしさから考えると余計な事をしてくれたなと怒りを感じるが。

 

 便利な計算機として扱われる一方で気味が悪いと蔑まされてもいた。

虚空を眺める瞳と返事もせずに仕事を受ける姿がとても不気味に映ったらしい。そういう風に作っておいて勝手な話だ。

外から見たら一瞬でもワタクシの体感からすると何十時間も計算をしているのだから、仕事を押し付けてくるだけの相手に取り繕う必要性を感じない。

 そんな悪評もあってワタクシに世話係が付けられた。それが全ての始まりだった。

彼の立場を鑑みると当然とも言えるかもしれないが、ワタクシはそれでも運命というのを信じてみたくなる。

白馬の王子さまとはとても言えない。大分良く言って頼れる近所のお兄さん。

そんな彼との出会いをワタクシは一生忘れないだろう。

 

「今日からキミのお世話をすることになった。よろしくね」

片腕にファイルを持ち、空いた手をワタクシに向けている。

今ならわかるが彼は握手を求めていたのだ。だけどその時のワタクシはそういった社会的常識が一切なかったので、

差し出された手の意味を理解できず、ただ伸ばされた手を眺めるだけで終わってしまった。

少しの間を置いてぎこちない笑顔で手を引っ込めた彼は、今度はファイルを渡して来た。

「コレ、今日の分の仕事なんだけど頼んだよ」

ワタクシは黙ってそれを受け取り、目を通してから数字の海の中に沈んでいった。

 計算を終えて、サーバーにデータを送り現実に戻ってくる。

何時も通りの作業を終えて目に光が戻ると、普段とは違う光景が目にはいる。

机に向かって端末を見つめて難しい顔をする彼の姿がそこにあった。何をしているのだろう?

ぼうっとその姿を見ていると彼は視線に気づきワタクシの方を向いた。

「お疲れ様。待ってる間、暇だったから試してみたんだけど、やっぱりキミみたいにはいかないや」

そう言って彼は手に持った端末の画面をワタクシに見せる。そこには今日ワタクシが解いた数式が書かれていた。

解にたどり着くまでにまだまだ先といった様子だったが。

 恐らくそれはワタクシに対して理解を示そうとした行動だったのだろう。今なら彼の行動も理解できる。

冷たくて人と意思疎通をしようとしないワタクシから少しでも共感を引き出す為の行動だ。

だけどあの時のワタクシは人の行動に意味が有るなんて考えも及ばなかった。

「そこ間違えてます」

ワタクシはそう言って端末を奪い取ると、黙々と正解までの式を書き上げて彼に端末を返した。

一連の行動にポカンと口を開けたままの彼は端末に目を落として「…………ありがとう」と言った。

 思い返すと最悪な初めての会話だったと思う。

だけどもそんな愛想の無いワタクシに対しても彼は礼儀を払ってくれた。

「とりあえず仕事が終わったみたいだしコーヒーでも飲むかい?」

彼はカバンからポットと二つのカップを取り出すと、カップにコーヒーを注いだ。

「しまった。ミルクもシュガーも補充するの忘れてたな……」

カバンの中を探しながら彼は呟く。そんな様子を見ながらワタクシは湯気のたつカップを取り、その中身を覗き込んだ。

濃い琥珀色をしたその液体にワタクシはなぜか興味をひかれたからだ。

「そのままだと苦いと思うけど大丈夫かな?」

その時は苦いという意味も分からなかったがなんとなくうなずいて答えた。

ワタクシに不安な目を向けながら彼はコーヒーを口に持っていくのを見ると、ワタクシもそれにならいコーヒーを口にした。

初めて味を味わった感触は正直に言うと悪い物だった。

べーーっと舌を突き出し、少しでも口に広がる苦味を逃がそうとしたのは鮮明に記憶に焼き付いている。

そんなワタクシの様子を見て彼も笑い出しそうになるのを抑えるのが大変な様子だった。

二度とこんな物は口にしないと思ったが、だけど体の中に温かい物が流れていく感覚。

それはとても心地の良い感覚だった。

 

 翌日も同じように彼はワタクシにコーヒーを渡してきた。

今度はミルクと多めのシュガーをいれた甘めのコーヒーだったので美味しく飲むことができた。

 それからしばらくの間変わらない日々が続いた。仕事を渡されて、それが終わるとコーヒーを飲みながら時間を過ごす。

いつ頃からか、そんな変わらない日常に心が暖まる感覚を覚えていた。

「お兄さんはどうしてワタクシの相手をしているの?」

いつ頃からか彼の事をお兄さんと呼ぶようになったかは記憶が曖昧だ。自己が薄いながらも家族を求める欲があったのだろう。

「組織の中に居場所がないから流されてここに収まった感じかな。最初は過激な組織じゃなかったんだけどね……」

普段から肩身の狭さを感じていた彼はぶつぶつと自分の状況を話した。

社会への不満(ほぼイムラへの不満)を叫ぶ為にデモ団体に参加したのが始まりだった。

当初はその目的の通りに自分達の意見を主張して何かをしたという満足感を得ていたのだが、

いつ頃からか組織の空気は変わって行き、加入した当時にいたメンバーは皆去って行った。

組織への愛着から離れられずにいたら、明日にでも検挙されてもおかしく無い反社会組織になっていたのだという。

「つまりお兄さんは要領がとても悪い人間なんですね。馬鹿みたいです」

「そんなの俺が一番理解してるよ。キミはもうちょっと言葉を選ぼう……そう言えばキミはまだ名前も無いんだよな……」

「ないですね。一応、組織内の備品目録にはのらきゃっと型量子PCと記載されてますけど」

「本当に酷いな、この組織。

………良ければ名前でも決めようか?いつまでも名無しじゃ寂しいだろ?」

それから数日間の話し合いにより、名前の呼びやすさと可愛さから『パタ』と名付けてもらった。

 その名前のもとになった砂漠を染める花を二人で見に行こう。名前を貰うのと同じに交わした約束が叶うのはいつになるだろうか?

 

 外の世界を体験した今だと違うかもしれないけど、あの狭い部屋で完結していた生活にワタクシは満足していた。

大事に思う人と居る時間が有るだけで他に欲しい物なんてなかったのだから。

 そんなささやかな幸せすら、ワタクシには許されなかった。

「もうここにいるのは限界かもしれない」

ある日、お兄さんが部屋に入るなり深刻な顔でそう言った。

今まで水面下で準備をして来た組織が、本格的なテロ行動に出ようと行動を始めたのだという。

「パタ。これ以上、自殺希望者の戯れに付き合う必要なんてない。一緒に逃げよう」

「一緒に………ごめんなさい、それはきっと無理だと思います」

嬉しかった。一緒に逃げようというその言葉がとてもとても嬉しかった。

ワタクシが一方的に思っていた訳ではないと、それがその言葉から理解できたから。

 だけどワタクシは残る事を選んだ。お兄さんは当然無理矢理にでも連れ出そうとしてくれたが、

ワタクシを連れて逃げるのは不可能な理由をいくつか教えると苦い顔をしながらも諦めてくれた。

「安心して下さい。ワタクシに危害をくわえるほど彼らも馬鹿ではないですから」

 

翌日、お兄さんに告発に足りるデータの入ったチップを渡した。しかしデータの抜き出しがバレるのは時間の問題だろう。

「今のところ警備の動きに変化はありません。ワタクシの指示通りに行動すれば安全に外に出られます」

「どうしてもパタを連れて逃げるのは無理なのか?やっぱり俺にはお前を置いて逃げるなんて……」

「あなたはヒーローでもなんでもありません。どこにでもいる……いえ、中々見れない位に不器用で残念な人間です。

だからろくに歩いた事もないワタクシを守りながら逃げるなんて不可能です」

お兄さんは無言のまま振り返り、部屋を出た。

「ありがとう。パタ、君と出会えたのは俺にとって数少ない幸せだったよ」

「ワタクシも同じです。お兄さんと出会えた事はワタクシの生涯、一番の幸せです」

 

 その後、数分もしない内に厳しい顔をした男が二人、部屋にやってきた。

部屋に入るなりワタクシを平手で叩かれ、したたかに地面に倒れた。

「抜きとったデータはどこにやった!!」

やかましい声が部屋に響く。

「あんまり乱暴はやめてくださいね。精密機械なんですから」

ワタクシを叩いた大男にもう一人の男に言う。

「うるせぇぞ!そもそもお前がこの人形に世話役を付けたからこんな事になってるんだろうが!」

大男が男に詰め寄りギャアギャアと喚き立てる。

男もそれに反論をぶつけ、そんなやかましいやり取りをしばらく続けてから二人はワタクシに視線を向けた。

「それでどうする。今からこのアジトを捨てるにも荷物が多すぎるぞ」

「幸いここには爆薬が山ほどあります。また仕入れからやり直しですが、それで全て片付けるとしますかね。

その人形は………人格の再インストールを行えば従順になるでしょう」

人格の再インストール。それはデータのバックアップの無いアンドロイドからすれば死刑宣告と同じだった。

だけど恐怖はなかった。やるべき事はやったのだから。

だけど後悔はあった。まだやりたい事はあったから。

「なんだコイツ。涙なんか流しやがって」

「え?」

言われるまで気づかなかった。目からこぼれ落ちるその水に。

大男が馬鹿にする様にワタクシの顔を覗く。何かを言おうとしたのか、口を開こうとしたその時。

ドンと音が響き、大男は額に穴を開けてそのまま崩れて落ちた。

続けて二回、その音が響くと男は壁を背にして動かなくなった。

「なんで……」

顔を上げると血に濡れたお兄さんが手に銃を持って立っていた。

「最初から、最初から戦うべきだったんだ………居場所を荒らされて……キミまで奪われて……本当に馬鹿みたいだ」

お兄さんはワタクシの前に膝まずき、ギュッとワタクシを抱きしめた。

「一緒に逃げよう。不可能だとか無理だとか、そんな言葉で諦めるのはもう嫌なんだ」

雨みたいに涙が溢れて止まらなかった。

感情が頭の中にあふれて自分でも訳が分からなくなっていた。

「ごめんなさい……ごめんなさい………」

何を謝っていたのか、今になってはあまり覚えていない。

思い出せるのはお兄さんを見てとても安心したという事くらいだった。

 

 どうにかアジトから逃げ出した後、無事に警察へと駆け込んだまでは良かったが、お兄さんも逮捕されたまま帰って来なかった。

そして政府の預かりとなって軟禁状態になったワタクシの所にスーツを来たのらきゃっとが訪れる。

「あなたの能力は拝見させてもらいました。一つ相談なのですが、我々と取引をしませんか?」

そしてワタクシは取引と言う名のお兄さんを人質にした脅迫を受け、とんでもない荒地の調査に飛ばされたのだった。

 

━━━━

 

「大変でしょうが頑張ってくださいね、パタちゃん」

最後のお客さんだったお姉さんがそう言って帰ってから数ヶ月後、データの正確さが実証できたので数年ぶりに人のいる都会に帰る事ができた。

それもお兄さんと一緒に。

「ここで生まれ育ったの全然故郷って感じがしない!というかワタクシが街を出た時と比べても随分と変わってませんか?」

バスから出て、広がる街の景色に心が弾む。ビルが立ち並ぶ姿や道に人が歩いているのを見るだけで楽しい気持ちになる。

「まあ都市開発はずっと続いてるからね。早ければ建ったビルが数ヶ月で潰される事もあるし」

反面、お兄さんのテンションは低かった。久々の再会だというのに気が乗らないという様子だ。

「次の仕事までの短い期間ですけどせっかく自由になったんだからもっと楽しそうにしましょうよ!」

「自由……これ自由っていうのかな………」

憂鬱な気持ちになるのもしょうがないのかもしれない。お兄さんの釈放が許されたのは精神だけなのだから。

 お兄さん自身は今でもどこかの施設に監禁されたままなのだ。

のらきゃっとを遠隔操作、アバターとすることでのみ外に出る自由を与えられている。

「五感も有るから不便はないでしょう?同期も完璧ですし」

「これだけリアルタイムで連動が完璧なら生身と変わらないけどさあ!

こんな高級機器をくれる位なら外に出してくれた方がイムラに損ないんじゃないか?」

「それだけワタクシに無理難題を押し付けたいのでしょう。一緒にいるなら人間よりアンドロイドの方が良いんですよ」

「それはそれで落ち込むよ……」

「とりあえず明るく笑顔でいきましょう!記念に一枚写真でも撮りましょうよ、自由を記念して!」

「なんか、パタは元気になったね。そこは素直に嬉しいよ」

「じゃあそれをもとにして笑顔、笑顔!そこの人、写真一枚お願いします!」

そうして撮ってもらった写真に写るお兄さんは少しだけ苦い笑顔で写っていました。

ぎこちなくもワタクシの言う通りにしてくれる。そんな所に優しさを感じて私は思わず笑ってしまいました。



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