仮面ライダーゼロワン Root of the RAINBOW 作:度近亭心恋
恐怖を感じないことではない。
マーク・トウェイン(1835~1910)
暖かな日差しの下、「俺」は幼い身体故の短い脚でぱたぱたと公園を走っている。
「あゆむー! にじー!」
「俺」は後から一生懸命に追いかけてくる幼馴染に、目の前に広がる大きな虹の存在を指差して知らせる。先程まで降っていた雨は嘘のように上がり、見事なまでの快晴がそれを作り出していた。
「ほんとだにじー! ゆーちゃんゆーちゃんすごい!」
幼馴染の歩夢は幼児特有のもっちりとした頬を吊り上げ、見事なまでににぱっ、と笑ってみせた。
そこで「俺」は、はたと気がつく。
「ゆーちゃん」って、誰だ?
「俺」は、俺は……あると。或人。飛電或人だ。
いや、よくよく考えれば……この「俺」の体はなんだ。女の子の身体じゃないか。
そこまで考えた時、目の前の歩夢はゆっくりと容を変え、みるみる背が伸びていく。やがてそれは、
「おとうさん!」
或人の父、いや……父として作られたヒューマギア、飛電其雄となっていた。気づけば、「俺」の……いや、或人の身体もまた、少年のそれとなっている。周りの景色も、気づけば緑の多い公園から、都心部の広場のような公園へと変わっていた。
ただひとつ変わらないのは、虹。
雨上がりの空にかかる大きな虹は、変わらず青空の中で輝いている。
「おとうさん、にじ!」
「そうだな、虹だ」
「しってるおとうさん!? にじのねっこにはね……!」
☆ ☆ ☆
「起きてください、或人社長」
「んが……。いやゆーちゃんってだれだよ……」
イズに揺り起こされ、そこで或人の意識は現実へと引き戻された。
「あ、ああ……。ごめん、イズ」
「なんだ、お疲れか?」
送迎車のドアをイズが開けているのをいいことに、不破が車内を覗き込む。
「ってわけでもないんだけど……うとうとしちゃってた、ごめん」
「しっかり頼むぜ」
車から出た或人の肩を叩きながら、不破は彼を激励する。これから始まることを思えばととても眠っていられる余裕など無いと思うが、大物なのやら鈍いのやらと言いたくなる。……きっと、その両方なのだろうとも。
「待っていましたよ」
「おせえぞ社長、こんな時まで社長出勤たぁ良いご身分だなおい! ……雷落とすぞ」
かつてのヒューマギア実験運用都市は、13年前の衛星アークとヒューマギアの暴走事件──”デイブレイク”の際、大爆発によって壊滅した。そしてその跡地は封鎖され、爆発によって抉れた地面には雨水が溜まり巨大な湖が出来上がった。
それがここ、”デイブレイクタウン”である。
“
今回ライダー達が異世界に飛ぶためのゲートは、デイブレイクタウンのほとりに3階建てのホールといった様相の建物が建てられ、その中に設置されている。既に玄関ロビーの中には、他の面々が控えているのがちらちらと見えた。
そして或人と不破、イズを出迎えたこの二人は、ヒューマギアの”
亡はかつてZAIAの配下として動きながら滅亡迅雷.netを陰で操り暗躍していたが、紆余曲折の末に滅亡迅雷.netの幹部として復帰し、すべてが終わった後はAIMSのメンバーとなった経緯を持つ。
宇宙野郎雷電は元々飛電インテリジェンスの社員であり、デイブレイクを生き残り十数年にわたって宇宙で衛星ゼアの整備を担当していた旧型のヒューマギアだったが、実は衛星ゼアのデータを転送するよう本人も知らぬうちに滅亡迅雷.netのスリーパー・エージェントにされており、その後は滅亡迅雷.netのメンバーとなったうえで戦いの終息の後、また宇宙開発事業へと戻ってきたというこれまた複雑な経緯がある。
シンクネット事件の際もバックアップに努めており、いざという時には彼らも動いてくれるのがお決まりになりつつあった。
「いやそれにしてもでかいね!? ゲート一個作るだけでしょ?」
或人はゲート再現用に立てられたホールに戦慄する。異世界への渡航を告げられてから二週間。今回はZAIAジャパンが主導で夜通しの工事を行ったとは聞いていたが、デイブレイクタウンのほとりにこんな立派な建物をわずかな時間で立ててしまうとは驚きだ。
「ゲート自体がでかいから、このぐらい無いとだめなんだよ。並行宇宙に人間を安全な状態で転送するってのは、ものすげえエネルギーがいるしな」
「並行『宇宙』……! 兄貴の得意分野だな!」
「おうよ!」
雷は快活に笑った。
「しっかし安全にとは言ったが、確証はあるんだろうな?」
「怖いのですか?」
「あ?」
ふと出した疑問に対して亡から飛んできた言葉に、不破は思わず顔をしかめる。
「別に怖いなんて言ってねえだろ、ただ、実際に人間を転送したわけでも無いだろうに……」
「人間の転送が可能なことは既に実証済みです」
「何!?」
亡から帰ってきた意外な返答に、不破は驚きを隠せない。
「逮捕したシンクネットの幹部や構成員のうち何人かは、サーバールームにあったゲートで転送を経験済でした。彼らの証言曰く、ゲートは向こうの世界にあるもう一つのサーバールームに通じているとのことだったので……まずは簡単なメカを飛ばしてみました」
「けど、異世界に飛んだら転送が成功したかなんてわかんねえだろ」
「……ゴリラでも思いつくことを、我々が考えていないとでも?」
「ああ!?」
「向こうの世界に飛んだら、ネットワークにアクセスしてこっちの世界に通信を送ってみるよう設定したんです」
憤る不破を無視し、亡は淡々と続ける。
「結果は成功でした。向こうとこっちでネットワークを干渉させていなければ、サーバーの保護も完璧にはできない筈という仮説が当たったのが幸いでしたね」
「けど人間は……」
「話は最後まで聞きなさい。その後、有機生命体を送れるかどうかのテスト。送ったメカから得た向こうの世界のネットワークにこちらからアクセスし通信を繋げることに成功したので、虫や小動物を送って、生体反応がこちらに転送されてくるかを試して見事成功」
異世界に飛ぶというのは、漫画やアニメのように容易なものではないことを思い知らされる。本来ならばもっと長い時間をかけてトライ&エラーを繰り返さねばならない案件だろうが、今回ばかりはそうも言っていられないのだ。
「しっかしそんなに実験を繰り返していて、連中気づかなかったのか」
「……気づいていますよ」
「ああ!?」
しょうがないですね、という顔で亡は不破を見る。
「向こうのネットワーク状況から見て、ネットワークの管理者がこちらを認識しているのは明らかでした。しかし何のアクションも向こうからは無い……。敢えて見逃されているぐらいに考えた方が良いかと」
ますます相手が何を考えているのか解らなくなってくる。その感覚に、不破は武者震いした。
「そして遂に、我々は人間を転送しました」
「……どうなった?」
「成功でした。途中で体の一部が欠けたり、臓器だけが持っていかれたり、脳に過剰な負荷がかかるということもなく……転送された人物は、無事向こうの世界でサーバールームの様子を写真に収め、そして戻ってきました」
「一体誰なんだよ、そいつは」
不破にとってはそれが一番知りたいことだった。異世界への転送などという危険すぎる行為に自ら挑むなど、並大抵の覚悟でできることではない。
とんでもなく勇敢な者か、とんでもない大馬鹿かのどっちかだ。
亡は一瞬躊躇った後、
「天津垓です」
その者の名を、口にした。
「はあ!?」
途中から脇で聞いていた或人は、思わず声が出る。まさかあの天津がそのような人体実験役を買って出るなど、思ってもみないことだ。
「彼は言いました。『ZAIAが主導する以上、私も動かねばならない。これもまた、サウザー課の仕事だ』と」
亡は、とてもそんな結果は演算できなかったと言わんがばかリだ。
「一体どうして……」
或人が次々に湧いてくる疑問で頭がいっぱいになりそうになった時、
「いつまでおしゃべりかな? 貴重な時間を無駄にする理由はどこにも無い筈だが」
天津がホールから唯阿、滅、迅を伴い、二人の前に現れた。
「垓さん! 何で……自分から……」
或人がそう言いかけた時だった。
「これは……!」
刃が驚きの声を上げる。
「どうした?」
「レイドライザーの反応が……! この識別番号は、流出したはずの型のものだぞ!」
迅に問われるが、刃は取り出したタブレット端末の画面を凝視したままだ。
「また! 3! 5!? 10……!? ひ、ひゃく……マズい!!」
刃はタブレットを地面に落とし、専用の銃型変身アイテム、エイムズショットライザーを構えて慌てて臨戦態勢を取った。
落ちたタブレットには、レイドライザーの認識反応を示す光が、画面いっぱいに広がっていた。
瞬間、銃声が響き、同時に鉄がパカンと弾ける音がする。どこからか放たれた何者かの銃撃が、雷の肩を貫いていたのだ。
「うォッ……!」
「雷!!」
急なダメージに驚いた雷に、迅が思わず声を上げる。
「心配すんな! ちょっとカスっただけだからよ……! いい度胸してんなあ!! 誰だ!!」
その問いには応えるかのように、周りの茂みからがさがさと音がし、次々と人影が現れる。あっという間に、数百人の大群衆が彼らを取り囲んだ。
全員が、かつてのシンクネット信者の装束と色違いのものを羽織っている。
「お前らは……!?」
「楽園は、無かった」
或人の問いに答えず、群衆の中の一人がわけのわからないことを呟く。
「希望は無かった」
「喜びは無かった」
「未来は無かった」
「神は……いなかった」
全員が熱に浮かされたかのように、呟いてくる。そして彼らはレイドライザーを一斉に取り出し……それを巻いた。
“レイドライザー!”
ライダー達が反応するよりも先に、彼らは分厚いカセットテープにも似たカードキー型デバイス、“プログライズキー”を起動させる。これだけの数がいながら、種類は二種類しか無い。
“HIT!”
“HARD!”
「……実装」
“RAID-RISE! クラウディングホッパー!”
“────An attack method using various group tactics.”
ひとつは、かつてシンクネット信者たちが使った群れる蝗のごとき悪意の象徴、クラウディングホッパー。誕生したクラウディングホッパーレイダーは、レイダー特有のシャープなラインを持ったヒロイックさがありながらも、ところどころ生理的な嫌悪感を催す虫の気持ち悪さがある。
“RAID-RISE! インベイディングホースシュークラブ!”
“────Heavily produced battle armor equipped with extra battle specifications.”
もうひとつは、かつてZAIA配下時代のAIMSも使用した量産に特化したカブトガニのプログライズキー、インベイディングホースシュークラブ。カブトガニの堅牢な甲羅の特徴をそのままに再現し、怪人というよりもロボットを思わせるいかつさだ。
あっという間に強力な戦闘員軍団が出来上がり、ウォーッという鬨の声と共に全員が一斉に迫って来る。
「イズ!! 建物の中に!!」
「かしこまりました」
或人の命により、イズは一足先にゲートのある建物へと飛び込む。それを目で追いながら、
「まずは、こいつらをなんとかしよう!」
或人は全員に檄を飛ばした。
「ゲートに被害が出る可能性がある、出力は抑えめでいけ!」
刃がこれからのことを考え、全員に通達する。
「なら……とりあえずこいつだな」
不破は“エイムズショットライザー”と狼のプログライズキー、シューティングウルフを取り出す。
「6人は戦いながらゲートの方へ! 私と雷が残って食い止めます!」
亡の言葉で、今彼らが為すべきことは完全に決まった。
雑兵共をブッ飛ばしながら、異世界へ飛ぶ。それが最優先だ。
“フォースライザー!”
「ちょっとは骨のある奴らが……いるんだろうなあ?」
“ドードー!”
「人間に生まれていながら志も夢も無い、哀れな人達ですね」
“ジャパニーズウルフ!”
雷と亡は”滅亡迅雷フォースライザー”を巻くと、プログライズキーによく似た“ゼツメライズキー”を起動させる。フォースライザーにそれを押し込むと、
「変身!」
“FORCE-RISE! Break Down……”
側面のトリガーを引き、ゼツメライズキーを展開させた。展開と同時にゼツメライズキーの中にデータとして格納されていた絶滅動物の鎧、“ロストモデル”が装着され────二人の“仮面ライダー”がそこに立った。
雷が変身した朱色の仮面ライダーは、”仮面ライダー雷”。雷の人物像をそのまま思わせるような、いかつい力強さのある戦士だ。
亡が変身した白い仮面ライダーは、“仮面ライダー亡”。鋭利な爪を持ちながらも、獰猛さや勇壮さよりも、どこか儚さと鋭敏さを感じさせる趣がある。
ギ、ギ、ギイと虫の鳴き声を発しながら、クラウディングホッパーレイダーが数人雷に飛びかかった。だが雷は名前の通りに拳から電気を発生させ、相手を軽くいなしていく。一発一発の重みはそれほどでもないが、拳がぶつかる度にバチバチと高圧の電撃が弾け、相手にダメージを与えるには充分だ。
亡の方にも同じようにレイダーたちが群がるが、亡は爪を広げた状態で回転し、相手を寄せつけぬと言わんがばかりに吹き飛ばしていく。だが、
「固ッ……!」
亡の爪の勢いがせき止められる。クラウディングホッパー達をかき分けて姿を見せたインベイディングホースシュークラブレイダーの堅固な装甲が、亡の爪をがっしりと止めたのだ。
「亡!」
雷がその事実に気を取られた一瞬に、雷の身体に機関銃の弾が雨あられと降り注ぐ。インベイディングホースシュークラブレイダーは各自が固有の短機関銃を所持しており、量産型とは言えその勢いは絶大だ。一方で動きを止められた亡の方にも一瞬の隙を突いてレイダー達が群がり、終わりかと思われたその時────
「邪魔だ」
レイダー達をZAIA謹製の槍型武器、サウザンドジャッカーで跳ね除け、天津垓が二人を助けていた。
「1000パー課長!」
「天津、垓……」
雷と亡の意外そうな声を受けながら、
「旅立ちの前に、私の強さを連中に見せておくいい機会だ」
“サウザンドライバー!”
天津は相変わらずの尊大さで、ベルトを巻いた。
「私の強さは、常に……1000%だからな」
“ZETSUMETSU-EVOLUTION!”
まずは絶滅種の二本角のサイ、アルシノイテリウムの“アウェイキングアルシノゼツメライズキー”がサウザンドライバーの左側面に装填され、変身モードが起動する。
“BREAK-HORN!”
続いて、三本角のコーカサスオオカブトの力を秘めた“アメイジングコーカサス”のプログライズキーを起動させると、ゼツメライズキーの中のロストモデルとプログライズキーの中のライダモデルが巨大なメカ動物の形となって召喚される。そして、アメイジングコーカサスキーをサウザンドライバーに挿し込むと……
“PERFECT-RISE!”
それらは巨躯を以て縦横無尽に走り回ると互いの角を交差させ、”五本角”を形作った。瞬間、巨大なサイとカブトムシがはじけ飛び、鎧が形成される。
”When the five horns cross,the golden soldier THOUSER is born.”
“Presented by────ZAIA.”
これこそ、天津の最高傑作にしてその精神性の象徴そのもの。下品さすら感じるけばけばしいまでの自己顕示欲にまみれた金色の輝きが、ぎらぎらと周りを威圧している。
これが、“仮面ライダーサウザー”だ。
サウザーは変身完了と同時にサウザンドジャッカーを振るい、周りのレイダー達を寄せつけぬ勢いで猛攻を見せる。戦いながらも常に足はホールの方へと進んでおり、まともに相手をしていては時間ばかりを取られると踏んだのか、クラウディングホッパーレイダー達を蹴散らしつつ、彼らをバトルレイダーの方へとわざと弾き飛ばし、自身があの堅固な装甲を相手にしなくてもよいよう場を整えていた。
☆ ☆ ☆
「おらっ!!」
不破は群がって来るレイダー達をいなしつつ、時に相手と距離を詰め、ゼロ距離からショットライザーをぶっ放してはノックアウトしていた。
刃も俊敏に動き回り、時たま足払いを見舞ってレイダー達を蹴散らしていく。
「一人一人に時間をかけるな不破! この程度の連中相手に体力を消耗するのは無駄でしかないぞ!」
「わかってる!! けどなあ……!!」
不破は返答しつつも、向かってきたクラウディングホッパーレイダーのパンチを受け流し、腕を掴んで素早く体を回り込ませ、掴んだ腕を軸にして相手の胴に自分の背中をつけ───
「刃!」
邪魔になる自分のショットライザーを刃に投げ渡し、背負い投げを決めた。
装甲や武器などはほとんど無い簡素なバッタ怪人とは言え、相手は100kg以上ある武装兵士。それを投げ飛ばして地面に叩きつけるさまに、彼の剛力が伺い知れた。
「どうにも、こいつらは俺たちのことが大好きらしい……ぜっ!」
言い終わらぬうちに、不破はまた向かってきたレイダー達に裏拳を食らわせる。そこに、刃が両手に構えた二丁のショットライザーで素早く銃撃を撃ち込んでいった。そして撃ちまくってある程度周りを蹴散らすと、不破のショットライザーを投げ返す。目線だけで二人は合図を交わすと、
”BULLET!”
”DASH!”
プログライズキーを起動させた。二人とも同じショットライザーを使っているため同じ手順を踏めばよいはずだが、
「ふンッ!!」
不破だけは、手にしたシューティングウルフキーを力任せにこじ開けている。
本来ショットライザーでプログライズキーを使用する際はプログライズキーを起動させ、そのままショットライザーに装填した後
先の剛力と合わせて、こういうところが「ゴリラ」と呼ばれる所以である。
いい加減普通に開けろ、と思いつつ、刃はプログライズキーをショットライザーに装填した。
“AUTHORIZE……! KAMEN-RIDER……. KAMEN-RIDER…….”
認証の後の待機音を響かせながら、
「変身!」
二人は、引鉄を引いた。
“SHOT-RISE! シューティングウルフ!”
“────The elevation increases as the bullet is fired.”
“SHOT-RISE! ラッシングチーター!”
“────Try to outrun this demon to get left in the dust.”
ショットライザーからライダモデルが弾丸となって発射され、レイダー達を蹴散らした後に二人の身体を撃ち抜くようにして装着される。
不破が変身したのは唯我独尊の孤高の狼、シューティングウルフの力を持つ“仮面ライダーバルカン”。
刃が変身したのは俊足最速爆速高速、何者をも寄せつけぬ速さのラッシングチーターの力を持つ“仮面ライダーバルキリー”。バルカン同様にショットライザーを主体としながらも、
二人は変身完了と同時に、ショットライザーを撃ち放ち再びレイダー達を蹴散らしていく。その時、ギギッという音と共に……
「危ない!!」
気づいたバルキリーが反応して声を上げるのが先か後かといったタイミングで、超高速の“なにか”が飛んできた。人間ほどの大きさ。弾丸の如きスピード。クラウディングホッパーレイダーが、自身のバッタの身体能力で跳躍して人間砲弾として飛んできたのだ。
バルキリーが素早く地面に倒れ込み、チーターの蹴りをすれ違いざまに叩きこんだことにより軌道がずれ、人間砲弾は近くのバトルレイダーに激突し、爆発した。
「うおッ……!」
爆風から自らの身体を庇おうとするバルカンに、すかさず二発目、三発目の人間砲弾が飛んでくる。だがバルカンはそれらの勢いを物ともせず、自身にぶつかるかぶつからないかのぎりぎりのタイミングで裏拳を叩き込み────地面にめり込むまで叩きつけた。
「急いでんだよ、こっちは」
「行くぞ」
またわらわらと湧いては出るレイダー達を障害とも思わず、二人はゲートの方向を目指して走り出した。
☆ ☆ ☆
滅には愛用の武器がひとつある。
それは、滅亡迅雷時代から常に携えている日本刀だ。強度も切れ味も通常の日本刀とは比べるべくもなく物凄く、今まさに彼はライダー達をばっさばっさと切りつけていた。流石にバトルレイダーの装甲には歯が立たないが、それは承知のこと。天津のやり方に倣い、切りつけたクラウディングホッパーレイダー達を弾き飛ばして相手をしないよう距離を取り続けている。
「お前達のように、悪意に満ちた人間がいるから……!!」
滅は憤っていた。
悪意は簡単に心を飲み込む。喜怒哀楽の全てが怒に置き換わるような、そんな感覚。憎悪が全てを突き動かす、そんな感覚。それらを産み出し伝搬させるのは、紛れもなく“心”そのもの。
滅自身、それに飲み込まれてしまった咎人なのだ。
だからこそ、彼は今許せない。
悪意に心を預け、意思の無い人形の如き存在として跋扈する彼らは、これからの悲劇の引鉄であり────
かつての自分そのものだからだ。
また一人クラウディングホッパーレイダーを切り捨てたその時、
「調子に乗るなよ、ヒューマギアの分際で」
不意に、滅の頭上から声がした。
「がっ……!?」
頭に物凄い衝撃が走る。
後ろに回りこんだバトルレイダーの一人が、両こぶしを握り合わせ滅に一撃を食らわせたのだ。さしもの滅も、一瞬動きが止まりその場に膝をついた。
「鉄クズのクソカスヤローの分際で、生意気にも……」
そう言いかけてバトルレイダーが追撃を食らわせようとした時、
「はッ!!」
強力な炎の斬撃が放たれ、バトルレイダーを切り伏せ吹っ飛ばした。後方に吹き飛ばされたバトルレイダーの斬られた後からは炎が噴き出し、熱と痛みに悶えている。
「立てる?」
「勿論だ、迅」
斬撃を放ったのは迅だった。迅に与えられた専用の“ザイアスラッシュライザー”。奇しくも剣を模したその武器を使うことは、二人にとって数少ない接点のひとつでもあった。
刀の滅。
剣の迅。
紆余曲折と艱難辛苦の末に今この場に立つ彼らにとって、その繋がりはほんの少しだけ、心を暖かくさせるのだ。
そう、本来機械に無いはずの……“心”を。
「一気に抜けるぞ」
「勿論。こんな連中にこれ以上付き合ってられないからね」
二人は変身の体勢に入った。
“フォースライザー!”
“POISON!”
滅は亡や雷と同様、フォースライザーを丹田に押し当てる。
「……変身」
“FORCE-RISE! STING SCORPION! Break Down……”
巨大なサソリのライダモデルが召喚され、尾での一刺し。瞬時にライダモデルは分解され、それが滅のアーマーとなる。
吊り上がった目。全身を枷のように縛り上げる装飾。毒々しさのある紫のボディ。
かつて人類を滅ぼさんと宣言した“仮面ライダー滅”の勇壮さと悍ましさを併せ持つ姿は、スタンスを変えた今でも健在だった。
“スラッシュライザー!”
迅もまた、ベルトを巻きスラッシュライザーをセットする。
“INFERNO WING!”
バーニングファルコンプログライズキーを起動させスラッシュライザーに装填すると、
“BURNRISE! KAMEN-RIDER…….KAMEN-RIDER…….”
「変身」
“SLASH-RISE! BURNING FALCON!”
“────The strongest wings bearing the fire of hell.”
スラッシュライザーから不死鳥を思わせる炎の鳥────燃える隼のライダモデルが召喚され、迅を翼で包み込む。炎が、翼が……迅と一体化し、彼を信念の炎の如き緋色のライダー、“仮面ライダー迅”へと変えた。
ウオーッという鬨の声と共に、レイダーが押し寄せる。だが、その怪人達の人波はすぐに押し返される。まさに、寄せては返す波の如く。
滅は蠍の尾を模した左手のムチ、アシッドアナライズを振り回してレイダー達を押し返す。
一方で迅も炎を噴き出し、自ら触れることすらなく炎と翼で相手をいなしていた。
「このっ……!」
先程迅に斬りつけられたバトルレイダーが、機関銃を構えつつ突進してくる。アシッドアナライズも炎も苦とせず、彼らを打ち倒さんとする勢いだ。
「……邪魔だ」
滅は相手がぎりぎりまで自分のところに肉迫したのを見極め……強烈な回し蹴りを相手の横腹に見舞った。ぐウ、と声をあげ、バトルレイダーは勢いよく蹴られた方向に転がる。
「お前は邪魔だ。今のこの状況だけじゃない……」
ヒューマギアを見下し、平気で武力を手にし、戦う事を是とする。
それはやはり、人間を見下し、平気で武力を手にし、戦う事を是としたかつての自分そのもの。
「悪意なき世界を見るのに、お前は邪魔だ」
「でもさあ!」
言いながら迅は、向かってきたレイダー達をまとめて斬り伏せる。
「殺さないだけ、滅も変わったよね」
「……うるさい」
一瞬の会話の後、二人もまた急いでゲートに向かわんと飛び出していた。
☆ ☆ ☆
「う“お”お“お”お“お”お“お”お“お”お“お”!“!” 待って待ってちょっと待ってェ~~!!」
飛電或人は全力で走っていた。
彼もまた“飛電ゼロワンドライバー”で仮面ライダーゼロワンに変身してこの場を切り抜けようとしていたが、群がって来るレイダー達のせいでその暇がない。ならばとにかく向こうの世界へ飛ぶことを優先せねばとゲートに向かっていたが……これが、とんでもなく難しい。
考えてみれば特殊部隊の隊員だった不破と刃、ヒューマギアの滅と迅に比べれば、或人は元々ただの一般人だ。生身での戦闘の術など持ち合わせているはずもない。
……何故か生身でも異常に余裕綽々の天津は、例外中の例外だ。
「わ“っプ!?」
或人は急に足を物凄い力で掴まれ、スッ転んだ。地面に伏せていたクラウディングホッパーレイダーが、彼の足を掴んだのだ。
もう、ゲートのあるホールは目の前だというのに。
「お前が」
「お前が」
「お前が」
レイダー達はうわ言のように呟きながら、或人に迫って来る。
「楽園を、終わらせた……」
「はあ!?」
或人にしてみれば、酷い言いがかりだ。確かに楽園を嘯き彼らを先導したエスの目論見を終わらせたのは或人だが楽園など、最初からありはしない。
エスの求めた楽園に、彼らの居場所などありはしなかった。
「いい加減に目を覚ませよ! ありもしない楽園にすがって……現実から目を背けたって、何も変わらないだろ!」
瞬間、
「『ありもしない』だと?」
「『ありもしない』?」
「『ありもしない』?」
彼らの空気が、また変わる。
「楽園は、蘇る」
「楽園は、蘇る」
「楽園は、蘇る」
或人は背筋に寒気が走るのがわかった。異常なまでの思考の共有。共鳴。信仰というものは加減を誤れば劇物になるのは種々の人類史が証明する通りだが────目の当たりにしたのは初めてだった。
「フツ様が、我等を導いてくれる」
「『フツ』……?」
或人が聞きなれぬその名に首を傾げた時だった。
「危ない!!」
火花と炸裂音が四方八方に散らばる。或人の視界には、自分の顔の上で機関銃の弾を雨あられと受けながら踏ん張る雷の姿が映っていた。
或人の頭めがけて短機関銃を放ったバトルレイダーとの間に入り、彼はそれを全て受けたのだ。
「兄貴!!」
「……っらあッ!! 社長ォォ!!」
驚愕の声を上げた或人に、雷は雷を落とした。
「俺なんかの心配してる暇はねえだろうが!! あんたが行かなきゃ、何も始まらねえぞ!!」
「その通り!」
ザクザクという音と共に、レイダー達が爪で切り裂かれながら脇へどけられていく。
亡だ。
「皆が夢を見られる世界を、守るんでしょう!?」
二人は今、全力で或人を────否、ライダー達を異世界へと向かわせようとしている。
どうしようもないほどの悪意の集合体がまた、この世界を塗り潰さんとするよりも先に。
「……ああ!」
或人は立ち上がると、駆けた。
駆けた。駆けた。とにかく駆けた。
群がるレイダー達は雷と亡の手で払いのけられ、他の面々もライダー姿で同じように駆けているのが見えた。
ホールの入口では、バトルレイダー達が激しい戦闘を繰り広げていた。或人は一瞬ぎょっとしたが、それがすぐにAIMS隊員たちが変身したものだと解った。彼らは必死に、ホールの中に入ろうとする狂信者たちを食い止めていたからだ。
「ありがとうございます!」
目線を合わせる余裕すら無いが、駆けて飛び込みながら或人はそう激励した。廊下をひた走りに走る中、玄関からはAIMS隊員たちの「気をつけて!」の声が背中に聞こえてきた。
廊下では幾人もの技術員たちが飛び交い、作業を進行させていた。こっちです、と声をかけられ、或人は準備室に飛び込む。
建物が劇場や市民ホールのようなそれに似ているとは思っていたが、その準備室はまるで音響室がごとしだ。機材が幾重にも積み重なり、ガラス窓からゲート・ルームを見ることができるようになっている。
「或人さま!」
イズがそこに控えていた。手には、プログライズキーの入ったアタッシュケースが準備されている。
「ありがとう、イズ!」
或人はそれを受け取ると、準備室で大音声を張った。
「皆さん! よろしくお願いします!!」
技術員たちがオーッと応えるのを聞き終わる前に、或人は準備室の奥の扉から直接ゲート・ルームに飛び込んだ。
「でっけえ……!!」
ゲート・ルームは三階ぶち抜きで作られていた。故に異常なまでに天井が高いが、それも必然。異世界転送用のゲートは、その天井に届きそうなほどの大きさを誇っていた。並行宇宙に転送するというのは膨大なエネルギーを使うとは聞いていたが、それを安全に出力する為にはこれほどの大きさが必要なのだと思い知らされた。
「お気をつけて」
開け放たれた準備室の扉から、イズが声をかけた。或人はにこっと微笑んでそれに返事をし、ゲートの正面に立った。
「行きますよ! イズさん、扉閉めて!」
技術員たちが準備を始めるとともに、ゲートからバチバチと電気が流れ弾ける音が聞こえはじめる。すると、それまで何もない虚空だったゲートの内側に、灰色のオーロラのようなものがもやもやと現れ始めた。
「これが……」
或人が何か言いかけた時だった。
うおおおお、という声と共に、廊下から物凄い音が聞こえてくる。或人に視認することこそできなかったが、バルカン達が到着したが同時にAIMS隊員たちの防衛線も突破され、レイダー達がなだれ込んできていたのだ。
「……!!」
或人は状況が悪い方向に転がった予感に、一瞬で青ざめた。
それは自らの身の危険からくる恐怖心などでは断じてない。
「イズ!! ……イズ!? しっかりしろ!! イズ……!!」
「或人社長……信じています。いつか人とヒューマギアが、心から笑えることを」
「ああ! だから、一緒にかなえよう……」
「滅も、いつか笑えますよね」
「だめだイズ!!」
「……さようなら」
「……ッ! あっ……あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“────ッ!!!!」
「あのイズ」が“逝って”しまった時のことを思い出したからだ。
今現在飛電或人を傍で支えるイズは、実のところ……“二代目”だ。
或人が初めて仮面ライダーになった日、イズは社長秘書として彼を迎えに来た。これが二人の出会いだ。
飛電インテリジェンスの社長となり、仮面ライダーの資格と責任を得てからは、二人はいつも一緒だった。
二人で、色々なヒューマギアの仕事の現場を見て回った。
ZAIAとのTOBを賭けたお仕事5番勝負の際も、乗り越えようと頑張ってきた。
飛電インテリジェンスを追われた或人に、イズは新会社を設立し……“社長で仮面ライダー”の力を、取り戻してくれた。
アークが復活した際には今まで以上の窮地に陥ったが……それでも、二人は前に進めると信じることが出来た。
「まさか……私の予測をゼアが上回ったと言うのか? ありえない」
「……ありえるよ。夢に向かって、飛び立てば」
「馬鹿な。私の予測を超えていく……何故だ!」
「俺とイズ。人間とヒューマギアが……同じ夢を見てるからさ!」
二人の間に、「夢」が確かにそこにあったからだ。
だが、イズはいなくなってしまった。
衛星アークの意志が容をとった“仮面ライダーアークゼロ”を倒した後も人類滅亡に燃えていた滅が悪意の器たる「次のアーク」になる可能性を垣間見たイズは、滅の説得を一人で試みた。
だが、その説得が届くことはなかった。
自分の中の“心“の存在にざわついていた滅は、”心”に訴えかけてくるイズの説得を認めることが出来ず────イズを一撃のもとに破壊した。
それを切っ掛けにして巻き起こった滅と或人の決戦の後、或人は新しい秘書型ヒューマギアを作り、彼女に「イズ」の名を与えた。
そこに至るまでの或人の心情に、何があったのか。どういう葛藤があったのか。
それこそ定かではないが、兎にも角にも彼は「二代目」のイズを作り、傍に置いた。
飛電或人は、もう二度と味わいたくないのだ。
イズを喪うことからくる、悲しみを。怒りを。絶望を。
「イズ!!」
或人は殆ど反射的に動くと、準備室への扉を開け、イズの手を取った。何があろうと、自分が最後まで守る。その想いで、思わず彼女を連れ出してしまっていた。二人は再び、ゲートの方へと向かっていく。
一方で他のライダー達も、レイダーを蹴散らしながら準備室へと飛び込んできた。しんがりを務める亡と雷が、例によって他の面々を異世界に向かわせんと食い止めている。AIMS側のバトルレイダー達も応戦してくれており、ぎりぎりのところという状況だ。
「飛電の社長さん! ゲートに飛び込んで!!」
準備室の技術員が、肩から血を流しながら叫んだ。廊下から壁を突き破って飛んできた銃弾に肩をやられたのだ。それでも、彼らは必死に異世界とこの世界を繋ごうとしている。
“仮面ライダー”を、信じているから。
「必ず……世界を救ってきます!!」
或人は頭を下げると、イズの手を取った。
「待ってください或人社長! 私は……」
「……一緒に来てほしい」
「……!」
或人はイズの目を見た。顔と顔を向かい合わせて。
「君は俺に守られるだけの弱い存在じゃない。今から一緒に異世界に飛んで、君を危険に晒すかもしれない。そんなのわかってる……わかってるんだ」
溢れる感情が、口から洪水のように出た。
「それでも……一緒に来てほしい。これは、俺のわがままだけど」
イズは、一瞬動きを止めていた。
命令を遂行することが第一にあるべきヒューマギアに、”迷い”などあろうはずもない。しかしながら、彼女はすぐには答えない。それが何故か、きっとイズ自身にも答えることはできないだろう。
彼女自身、何故自分がすぐに答えらえないかわからないのだから。
一瞬が永遠に感じられるほどの沈黙。しかし次の瞬間、
「承知しました」
彼女は、或人の“わがまま”を肯定した。
「私は或人社長の秘書です。お望みならば、どこへでもお伴いたします」
「ありがとう……。ありがとう!!」
或人は再び、イズの手を取った。
目の前に広がる、ゲートが作りだした灰色のオーロラ。
そこに、二人は飛び込んでいった。
☆ ☆ ☆
ぷはっ、と景気のいい音を立てて、高咲侑は口からドリンクのボトルを離した。
「あ“っつい……」
八月も下旬のことではあったが、近年殊更に暑さの勢いを増している日本の夏は、相も変わらずじりじりと街を灼熱のフライパンにしていた。まだ午前中だというのに、ランニングも一息いれなければ熱中症の危険があるだろうと言わんがばかりの気候だ。腰かけた川沿いの石階段も、かなり熱い。
今日のこの日は、スクールアイドル同好会の面々はまず午前中のランニングを開始し身体を慣らしてから練習に臨むべく意気込んでいたが、思っていた以上の暑さに体力を持っていかれ、学園に戻る前に小休止を入れていた。
「もうベタベタするんですけどぉ~~……」
「戻ったらシャワーを浴びた方がいいわね……」
うだりながらもかわいい声色を崩さないかすみを大したものだと思いつつ、果林も流石に辟易して汗で貼りついたシャツをぱたぱたと動かす。
「でも、汗をかくと頑張ってるーってならない? その後で食べるご飯もおいしいし!」
エマはふわっと笑いながら、今のこの充実感と食事への期待で胸が満ちている。
「ねえ、侑ちゃん」
歩夢は傍らの侑を見やった。
「なに? 歩夢」
「何かあった? 今日、ちょっと様子が変だよ」
侑はまじか、とでも言いたげに歩夢を見つめ返す。わずかな機微の違いから見極めたのだろうが、この幼馴染は自分を本当によく見ていると感嘆することしきりだ。
「何ゆうゆ!? チョーシ悪いならちゃんと言わなきゃ駄目だぞ~!」
侑の後ろに立っていた愛が腰を落として高さを合わせ、侑の肩を揺さぶる。侑はや、や、や、そーいうんじゃなくて、と揺さぶられながら返した後、
「ヘンな夢見ちゃっただけだよ」
不調の理由を口にした。
「夢?」
璃奈が表情を変えず、きょとんと首を傾げる。
「いや~~ね……、夢の中で私は『アルトくん』って男の子で、お父さんと一緒に公園で遊んでるの」
「男の子?」
彼方が相槌を打つ。
「そう。んで、夢の中で私『あれ? 何で私男の子なんだ? ってかアルトくんって誰?』って思ったところで、気づいたら私はアルトくんからちっちゃい時の私になってて、お父さんはちっちゃい時の歩夢になってるの」
「私!?」
変なところで流れ弾が飛んできたので、歩夢は目をぱちくりさせた。
「そう。で、虹が出ていて『あゆむしってる!? にじのねっこにはね……』って言いかけたところで目が覚めたってワケ」
ヘンな夢だよねえ、と侑は結び、一同もヘンな夢だねえと少しばかり反応に困るといった表情を見せた。
「はりきって作曲したから、ちょっと疲れが出てるんじゃないですかぁ?」
かすみが侑の隣に座った。
夏休みライブに向けての準備は順調だった。
各個人のソロ曲をブラッシュアップして披露できるまでに仕上げる工程。衣装の準備。会場の手配。全てが順調で、逆に怖いぐらいだと笑いあったものだ。
中でも、9人が歌える新曲を作りたいと意気込んだ侑は言葉通りにしっかりとやってのけた。元から9人の姿に感じた「ときめき」が自身の中にイメージとしてあったとは言え、最初の一週間で寝食を忘れるほどに夢中になって締め切りより数日早く創り上げてしまったのだ。メロディと一緒に浮かび上がってきたワードやフレーズも詞となり、まだ完全ではないが殆ど出来上がっていると言っていい。
そうとなれば話は早いと、この一週間でダンスとフォーメーションも爆速で詰めていくのが彼女達だ。お披露目当日までに少しでも練習して良いものを見せたいという熱意で、数日でフォーメーションを決め、夏休みをこれ幸いと朝から晩まで練習をしてきた。
「まあ、ただの夢だから……。あと一番ヘンなのはさ」
「なのは?」
「そのお父さんが、何故か山本コウジさん似のアンドロイドだったんだよねえ……」
予想外の展開に、せつ菜がエッフと吹き出した。
「山本コウジさん!? 何でまた……。しかもアンドロイドって!」
ツボに入ったらしく、せつ菜はしばらく静かに笑っていた。
「わかんない。中学の時に『真田丸』は見てたけど他はそんなに……。潜在意識でお父さんにしたいと思ってる願望でもあったのかな」
「いいですよね! 『アケビ!』『骸骨城の八人』……! どれも素敵な舞台を演じていますよ、是非!」
しずくが食いついてくる。演劇人の彼女は、当然ながら俳優の舞台にも詳しかった。
「しず子はむかーしの俳優さんの方がお父さん願望あるんじゃないの? グレゴリー・ペックとか」
「ふふふ……。オードリーに憧れてるからといって、グレゴリー・ペックとは限らないよかすみさん! もしお父さんにするなら、断然ハンフリー・ボガート!」
「いや誰~~……!」
二人はそこであっははと笑い、周りもつられて笑いが溢れた。
「あー! やっぱ楽しいなあ、この時間が!」
侑は伸びをしながらそう言った。まったく他愛も脈絡もない会話の繰り返しではあるが、これが最高に楽しい。同じ志をもつ者と集まって時間を共有するのは、こんなにも楽しいものかと。
先程まで鬱陶しいほどの暑さだった陽射しも、今は祝福のエールにすら見えてくる。
「じゃあ、学校に行ってもうひと頑張り……え?」
立ち上がって、歩夢が言いかけた時だった。
「何、あれ……」
歩夢が上空を指差す。一同はその指の先を見上げ……驚愕した。
☆ ☆ ☆
「ううううううううそおおおおおおでしょおおおおおおおおおおお!!?」
飛電或人は落ちている。
早くその身にかかった重力の負債をゼロにして、地面と熱烈なベーゼを交わせと言われんがばかりに落ちている。
高度一万メートルの上空から。
「なああああああああんでなああああああんだよおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」
予定と違う、どころの話ではない。
本来あのゲートをくぐって出られるこの“異世界”の出口は、この世界にあるシンクネットの一派のアジトにあるサーバールームのはずだ。しかしながら彼とイズはこの世界に飛んだ瞬間、空の上に投げ出されていた。
一体何が起こったのかは解らない。しかし確実に言えるのは、今この場をどうにか切り抜けなければ命は無いということだけ。切り抜けられるか、ではなく、切り抜けなければならないのだ。
ばちが当たったのだろうか、と或人は思った。
本来戦士としてあの場でとるべき行動は、イズ一人だけを助けたいというそれではなく……技術員たちの安全も、確実に確保しなければならなかったはずだ。
人間だからできることにも限界はある。他のライダーが何とかしてくれるという信頼も嘘ではない。
だが、それでも。
あの場で、或人はイズ一人の手を取る“わがまま”を選んだのだ。
「或人社長!」
空に放り出されて驚いた瞬間に手を離してしまい、イズは或人より少し「下」を同じく下降していた。
「イズうううううううううううううううううううううううううううううああああああああ!!」
或人はイズに手を伸ばす。もう二度と、離すものかと言わんがばかリに。
「変身です!」
イズはそれに応えるように手を伸ばしながら、或人に助け舟を出す。或人はそうかと気づくと、懐から“飛電ゼロワンドライバー”を取り出し、
“ゼロワンドライバー!”
起動させて腹に巻く。続いて、ゴウゴウと下降しながら受ける風に体がばらばらになりそうになりながら愛用のライジングホッパープログライズキーを取り出すと、それを起動させる。
“JUMP! AUTHORIZE……!”
起動したプログライズキーをゼロワンドライバーで認証し、ライジングホッパーキーの中のライダモデルが召喚され……
「てねえええええええええええええええええええええええ!!?」
ここで、或人はあることに気がついた。
ゼロワンドライバーでプログライズキーを使用した場合、その中にデータ格納されているライダモデルは衛星ゼアを通じてメカ動物の形状となって召喚される。ならば────
衛星ゼアの無い異世界に行った場合、それはどこからやってくるのかという話だ。
この二週間、帰ってこられなかった時に備えて福添副社長に業務の引継ぎを行ったり、各地のヒューマギア事業の現状に対して早急に社長印が必要な書類に目を通したりながらも、準備はしてきたつもりだ。
亡と雷、加えて刃と天津までが「ライダーシステムの方はばっちりだ」とだけ返してくれていたため、異世界でも当然のように変身できるものとばかり思っていた。
しかし今────ライダモデルは、やってこない。
「ちゃんと確認しとけばよかったあああああああああああああああうああああああああああああああああ!!」
パニックになりかけている或人とは対照的に、イズは冷静だ。
「或人社長! 問題はありません!」
「いやでもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「衛星ゼアを……」
イズの瞳に、迷いはない。
「人工知能を、信じてください!!」
或人ははっとさせられる。
いつだって、或人と人工知能は共にあった。
幼少期に彼を“父”として育ててくれた父親型ヒューマギア、飛電其雄。
社長となった時から今のこの瞬間も彼を支えてくれている、初代と二代目のイズ。
あらゆる仕事の現場で活躍するヒューマギア達。
何より衛星ゼアは、ヒューマギアの統括をしながらも或人が立つ日をずっと待ってくれていたのだ。
人工知能を信じる。そんなことは────
「あたりまえだろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ヒューマギア依存の変わり者。人工知能に心を見出す変人。
誰に何を言われようとも、彼は信じるし、信じたい。
人工知能が思考し判断する先にある────心を。
「俺は……人工知能が誰よりも大好きな……」
或人の心に、もう恐れは無かった。
「“仮面ライダー”だあああああああああああああああっ!!」
覚悟を決めたなら、後はもう叫ぶだけ。
己を変え、世界を変える決意のフレーズ。
「変身!!!」
“PROG-RISE!”
ゼロワンドライバーに、キーが装填された。
☆ ☆ ☆
「何で!? 人!? あれ人だよね!?」
「人……ですよねえ……!?」
愛は見たことが無いほどに目を見開いて上空を見上げていた。しずくも呆然としながらそれを見ている。確かに歩夢が指さした彼女らのほぼ真上の上空には、二人の人影が見えた。
「す、スカイダイビングだよきっと! だよね!?」
「スカイダイビングに行く恰好じゃなさそうだけどなあ……」
流石に困惑し焦るエマに、彼方がマイペースを崩さず突っ込む。
「やばいですよやばいやばいやばい!! 逃げましょ!!」
「い、いやこれ逃げていいんですか!?」
かすみとせつ菜はパニックになりながらわたわたしている。
「侑ちゃん!」
歩夢に手を取られ、侑は立ち上がる。確かに逃げたほうが良さそうだとは思う。だが何故だろう。
落ちてくるそれから、目が離せないのだ。
「……あれは?」
璃奈が上空を指差す。だんだんと視認できるほどに近くなってきたそれの周りで、奇妙なものが飛び回っているのだ。
「バッタぁ!?」
果林が普段からは考えられないほどの頓狂な声でそれを呼称した。確かにそれは、巨大なバッタだった。銀色にぎらぎらと光り輝き、ロボットのように見える。
落ちてきているのは二人の男女だとわかったその時、ロボットバッタが二人にぶつかり────まばゆい光を放った。一同がうわっ、と驚いた瞬間、それは彼女らが座っている石段の最下段である川の淵の広場に轟音と共に激突した。
音と共にコンクリが砕かれた余波で、物凄い土煙が舞う。彼女らはそれを吸わないよう必死になった。
そして、土煙が晴れた時……侑は見た。
”飛び上がライズ! ライジングホッパー!”
“────A jump to the sky turns to a rider kick.”
イズを抱きかかえ、土煙の中に立つのは鮮やかなイエローの戦士。
信念を見据える、赤い複眼。
“仮面ライダーゼロワン”が、そこにいた。