表面上は煌びやかな英雄であり、しかしその実態は神の傀儡である哀れな凡人。
そんなマスコット同然の青年に一風変わった羨望を抱く少女がいた。
シルヴァリオ ラグナロクを原作とした短編です。
オリキャラ視点からルーファスがどういう人間かを書いた話になります。
-ゼファー・コールレイン-
「君が俺、いや私の新しい従者かい?」
カンタベリー聖教皇国第一軍団が
そんな眉目秀麗な青年は目を見開き、目の前の相手をまじまじと見つめていた。
その理由はこの聖教皇国を統治する偉大なる方々が自身の傍仕えとして新たに派遣した従者が、年若い少女だったこともある。
しかしそれ以上に、その少女が目の覚めるような美少女だったことも大きい。
「はいルーファス様。私はコハクと申します。
聖教皇国の英雄たるルーファス様にお仕えできまして光栄でございます」
たおやかに頭を下げる少女の振る舞いはまさしく淑女のそれ。
年不相応な艶を持った目が印象的な顔立ちと長くつややかな蜂蜜色の髪、伝統的な戦巫女の装束の下からも強烈に主張する豊かな胸元に目をやっていたルーファスは、あわてて返答を返す。
「あ、ああこちらこそよろしく。戦場ではよろしく頼むよ」
事前の説明曰く彼女の持つ星辰光は防御や感知に長けた物であり、ルーファスの新人時代から仕えているもう一人の従者以上に護衛という趣が強いようだ。
恐らく近年破竹の勢いで名を上げているルーファスへの暗殺対策なのだろう。
それくらいの事はそう回転が速くないと自負している彼の頭でもわかった。
(……暗殺か。この世の中に俺を暗殺できる奴なんていないだろうに。
いや、それ以外にも足の引っ張りようは色々とあるか)
少し考えるとルーファスは一人納得した。
神に選ばれたあの日以来見てきた貴族や資本家の悪辣さと来たら、それはもう陰湿で世の中には知らない方が良い事もあるものだなとルーファスは心底感じていた。
それこそ最愛の妻であるイザナのフォローがなければ乗り切れなかったかもしれない。
「成程、それは有用な星辰光だ。そんな力を持つ君が私の元に来てくれるとは、偉大なる
(これは教皇猊下に感謝しなくては……しかし、胸も大きいし可愛い子だ)
謹厳たる言葉とは裏腹にルーファスは自分に従順な美少女従者に対して、懸命に頬が緩むのを抑える。
ルーファスの一番は当然ながら妻のイザナだ。
けれどその彼女がルーファスの遊びをむしろ推奨しているのだから、ルーファスは前述の従者に屋敷のメイドから女性騎士までそれなりに手を出してきた。
特に初物とか大好きである。
無論、女の子が拒絶したらそんなことはしない。
罪悪感が半端ないのもあるがイザナや弟のリチャードに顔向けできないからだ。
だがルーファスは地位も力も持っているうえに顔が良い。
自然に女の子が寄って来ることばかりだ。
そして今回もどうやらその例に漏れないようだ。
「いえ、むしろ私めがルーファス様にお仕えできることが幸福の極み。
私は以前より神に選ばれし英傑であるルーファス様をお慕い申し上げていました。
だからこれから……戦場でもそれ以外でもよろしくお願いします」
深々と頭を下げるコハクの胸元を一筋の汗が流れ落ちた。
その様にルーファスはごくりとつばを飲み込むと同時に己を見出した"神祖"へ感謝を胸中で捧げる。
ルーファスが妻の了解の元、コハクを閨へ誘ったのはそれから2日後の事であった。
──────―張り子の虎、これ程にルーファス・ザンブレイブを表す言葉が他にあるだろうか?
広大なザンブレイブ家の廊下を歩きながらコハクはそう思う。
先程までの行為のせいか少し体がほてっている。
今頃コハクや他の者をたっぷりと抱いたルーファスは自室でぐっすりと寝ている。
その為いつもより彼女の表情からは演技の色が抜けていた。
コハクは思う。今日のルーファスは時たま苦々し気な表情をしていた。
いつもより少しばかり深酒をしていたことからしても、何か嫌な事でもあったのかもしれない。
尤もコハクにとってはどうでも良いし、特に問題もないのだが。
コハクや他のメイドが少しばかり持ち上げて慰めて、それで後は妻のイザナが言葉巧みに悩みを晴らせば万事解決。
そんな深く考えない、というよりも苦悩が持続しない富や女といったありきたりの欲望を満たせば満足する単純な男であるのがルーファスの取り柄なのだから。
この上なく扱いやすい男である。
「あら?」
ふとある物に気づきコハク足を止める。
それはボディバッグを担いだ同僚だった。
ボーイッシュな容姿をメイド服姿でつつんだ彼女がボディバッグを運んでいるのは、異様な光景であるがコハクは何事もないように話しかけた。
「物騒ね。また密偵が忍び込んでいたの?」
「その通り。
全くこの深夜に手間をかけさせてくれるよ。
大方商国あたりの密偵だろうけど寄りにもよって此処に忍び込むなんてね」
やれやれという風に肩をすくめた彼女は表向きはこのメイドとして勤めているがその実はこの聖教皇国の暗部である『伊賦夜衆』の一員である。
そしてそのトップはルーファスの妻であるイザナ・フォン・ザンブレイブ。
暗部の存在はともかくとして、トップが誰であるかはこの国の闇の最奥にある事実であり、無論の事ルーファスは知らない。
コハクも似たようなものだ。
貴人の護衛を使命とする暗部の出身であり、現在は同じルーファスと彼の弟であるリチャードの身辺警護を担当している。
「それで、我らが王子さまはどうだい?」
「寝ているわ。それはもうぐっすりと。」
「成程成程。
全く最近はおとなしくなってくれて何よりだ。
以前のように思い付きを口にしては周りを困らせることはなくなって……いや、あれはあれで無邪気で可愛らしくはあったんだが」
「そうね。上手くいかないと狼狽える様はほほえましくもあったわ」
同僚はククと口を押えて含み笑いをした。
それは嘲笑まではいかないとも名目上は主であるルーファスを軽んじた言葉ではあるが、紛れもない事実でもある。
故にコハクも反論しないし、反論の必要を感じない。
「ま、悪い人間ではないのだけどね。
顔も良いし寝室に入るストレスも特にない。
いやはや以前の仕事は酷かった……」
「あまり仕事の話をここでここでしない方が良いわよ。
万が一もあるのだし。
それではまた明日ね。大和の御心のままに」
そう言って踵を返しコハクは死体を運んでいく同僚と別れた。
廊下をしばらく進むと従者用に与えられた自室の扉を開け、ルーファスに見られても殺風景さに不審がられない程度に飾り付けられた自室のベッドに倒れ込む。
暗部候補生に課される高度な訓練によって鍛えられたコハクはルーファスに多少付き合った程度では疲弊しない。
けれどあの哀れな男の事を考えるとどうにも落ち着かない気分になる。
(ルーファス・ザンブレイブ。
カンタベリー聖教皇国の栄光ある聖騎士にして、近日に平民としては史上初の副騎士団長へ就任する国の英雄。
けれどその実態は──────)
それはルーファスなりに苦悩し続けている事実。
彼が弟に対しても隠し通している
(神の傀儡。人気取りの為の
つまり、ルーファス・ザンブレイブとは単なる凡人であるという事。
(だからこそ、イザナ様や他の方々も彼を選んだのだろうけど)
そもそもこのカンタベリー聖教皇国の真の支配者とは誰か。
これについてはこの大国においてもごくわずかな者のみが真実を知っている。
革新と破壊に長けた絶対神グレンファルト・フォン・ヴェラチュール。
天津の秩序を万民に敷く大国主スメラギ。
森羅を読み解く叡智の神オウカ・鳳・アマツ。
そして表向きはルーファスの妻である、他愛と自愛を掌握する地母神イザナ・フォン・ザンブレイブ。
この4人の完全無欠の不死者である『神祖』こそがこの国の真の支配者である。
対してかつてのルーファスは地方都市の宿屋の下働きと婦人の情欲を満たし小遣い稼ぎをするが関の山の常人であり、眉目秀麗さ以外は取り立てて語るべきない男であった。
しかし人を
ルーファスが見込まれたのは外見や出自、そして何よりも凡人そのもので普遍的な欲望によりコントロールが容易い精神性。
スメラギより打診を受けたルーファスは二つ返事で己の役割を受け入れ、神祖の力の一部を割譲され不死の超人『使徒』となった。
ルーファスは富に名誉に女、何もかもが満たされているがいずれも神祖のお膳立てした物でしかなく自分の得た物など一つなどない。
見た目だけが居心地のいい立場に浸るだけの俗人である。
邪悪ではなくとも英雄と称されるにふさわしくない人間であった。
嗚呼、ルーファスの貴公子然とした風貌を見て誰が思うだろうか。
あの美青年が色香に溺れもたらされた恩恵に耽溺する俗人であると。
(普通上の命令なら子供も顔色一つ切り殺す狂信者とか、恋愛対象が厄いとかそっちを想像するわよね。
まあ、分かり易い俗物であるというのは悪い事だけでもないと思うけど)
コハクは正直言ってルーファスという男が嫌いではない。
分かり易いという事は美点でもある。
伊賦夜衆やその他の暗部を統括し幾重にも策謀を有り巡らせるイザナという、矮小な自分の何もかもを見透かし、かつ自分の感情全てを上から愛でる超越者。
任務において障害となる経験豊富な戦闘者に一部の隙が命取りになる環境で生きてきた貴族。
足を引っ張り合う事は微塵もないが、互いの人間性よりも能力で己の位置を確かめ合う同僚。
彼らに比べると少しばかり演じれば、自分が何を言えばどう感じるか、どうすれば喜ぶかが分かり切っているルーファスは何と気の置けない
恐らく自分と同じように考えている者は他にもいるのだろう。
軽んじてはいてもルーファスに対して強い侮蔑を表す者は同僚にはそういない。
(でも、私くらいでしょうね。
本当の彼に対して羨ましいと思っているなんて)
しかし、コハクはあの哀れな男を羨ましいとすら思っているのは自分くらいだろうなと思う。
瞼を閉じいつも見ているルーファスと弟であるリチャードの交流。
誰から見てもリチャードが自身の兄を誇りに思い、好いている様子が思い出される。
その様を思い出すと何故か胸が痛んだ。
あくる朝ルーファスはどうにも遠慮がちにコハクへ話しかけてきた。
「コハク、君に俺はその……何か失礼な事をしてしまってはいないか?」
「えっ?」
ルーファスからかけられた思わぬ言葉にコハクは少し驚いた。
彼は無神経なわけではないが、そう細かい気遣いが出来る人間とは思えなかったからだ。
「あ、ああ。心配だったんだ
君の顔色が優れなかったから俺が昨日の、夜に何かしてしまったのではないかと思ってね」
そういうルーファスの表情はどうにもばつが悪そうだ。
自分の不始末がコハクの何かを害してしまったのではないかという思いに恐る恐る聞いてみたという形。
余りにも素朴な言葉にコハクは演技を崩さないようにするのに苦労したがどうにか返答する。
「そのような事はありませんよ。昨日もいつもルーファス様は紳士的で素敵でした!」
「そうなのか? それは良かった」
「ただお酒を飲み過ぎるのは程々にしてくださいね。
星辰奏者とは言え神代の時代から過ぎたお酒は身の毒ですから」
「ああ、俺もそうだが特にリチャードはな。あいつが万が一にも酒を飲まないように頼むよ」
アイツ酒と相性がとにかく悪いからと苦笑するルーファスはいつもより雰囲気が柔らかいように思えた。
今日は妻だけでなく弟のリチャードを伴って出かけるだろうか?
そうしていると玄関の方からリチャードの声が聞こえた。
「おーい兄さん! そろそろ出ないと遅れるよー!」
「まだ大丈夫だって。全くお前は心配性なんだから。
それではコハク。俺達が居ない間この家をよろしく頼む」
「承りました。我が雷鳴福音様」
苦笑するルーファスはコハクから離れて弟の元へ歩み寄っていく。
立場が目まぐるしく変わっていく中でも変わらない兄弟愛。
彼の背を見ながらコハクはどうしても羨ましさを感じてしまう。
(ルーファス・ザンブレイブは端的に言えば駄目人間というべき人間だけど、少なくとも良い兄であることは確か。
だってあのリチャードをしっかりと育て上げたのだから)
ルーファスの弟であるリチャード・ザンブレイブは善良という言葉を体現した人間である。
兄の立身出世に対してもおごり高ぶり、テンプレ通りの権力をかさに着る
彼らの両親は早くに亡くなったというからそんなリチャードを育てたのは実質的にルーファスだ。
人間とはかなりの部分を生まれ育ちにより左右される生き物である。
ならばルーファスは少なくともリチャードをまっとうに愛し育んだ良い兄だったのだろう。
(────―だから私は、ルーファス・ザンブレイブが羨ましい)
コハクにはかつて妹がいた。
同じ孤児院に入った彼女は優秀さを見込まれ暗部に召し上げられたコハクと違って、病弱で秀でたところのない妹だったがリチャードのように優しい子でコハクは可愛がっていた。
だからこそコハクは良質な環境で彼女が育てられるように神祖に頼み込んだのだ。
空いた時間で調べ、その目で密かに確認したが妹は裕福な篤志家に引き取られ幸せに暮らしていた。
それはとても良い事だ。
けれど妹を幸せにしたのはコハク自身の力ではなく神祖であり、引き取った先の家の人々に他ならない。
「ルーファスのように家族を愛し、育て上げる」という事はコハクにはできなかった。
だからコハクはルーファスを羨ましく思っている。
己にできなかった事を成し遂げた人間として、彼が出来る人間に対して同じ思いを抱いているように。
(ルーファス・ザンブレイブ。
あなたはもっと自分が積み上げてきた者がではない事に気づくべきなのに)
尤もそれは自分もそうかと思い苦笑するとコハクは屋敷の警備という仕事に戻った。
それなりに長い付き合いがあるあの兄弟が快適に過ごせるようにしてやろうという程度の情はあるのだ。
少なくともあの兄弟がこの国の真の闇を知る事無く、幸せに年を重ねられればいいと思う程度にはコハクは彼らを悪く思ってはいなかった。
────────これはルーファス・ザンブレイブがカンタベリー聖教皇国第一軍団・金剛騎士団ダイアモンドの副団長に就任する一月ほど前、彼の破滅と決意の物語が幕を開ける以前の物語である。
ルーファス君からシルヴァリオに入った事もあり一作書いてみました。