多重人格
正式名称 解離性同一性障害

これがフィクションの世界と現実とで定義がかなり違っていることは広く理解されていることである。
しかしながら、この世界にはもう1つ 多重人格とは似て非なるものが存在する。

花園希美 高校1年生。
彼女もまた その多重人格とは似て非なるもの の持ち主である。

そして彼女には、えもいえない過去 と 誰にも言えない使命 があった。

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魔法少女 Double Face

多重人格

正式名称 解離性同一性障害

 

これは、創作物などでは登場人物の設定として晩年より重宝されてきたジャンルの一つである。

しかし、それらは創作物と製作者達の都合によって歪められた仮初(かりそめ)の姿に過ぎない。

 

その本質は精神疾患であり、かっこいいものでも愉快なものでも断じてないということを我々は忘れてはならない。

 

 

しかしながら、それですら全体にとっては氷山の一角に過ぎない。

 

この世界には、もう一種の【多重人格】、そしてそれに苛まれる者が存在するのだ。

 

 

 

***

 

 

「ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ………………!!!

な、なんなのよ、あれぇッ…………!!!!」

 

その少女、和泉川美涼(いずみがわ みすず)は今日、生徒会の集まりの関係で帰宅が遅くなっていた。

 

彼女は今 ()()()いる。

場所は人気のない路地 時は太陽が傾いてしばらく経った頃

 

恐怖故に後ろを振り向くことができないが、追いかけて来ているものがストーカーとか、不審者や変質者 といった物とは明らかに一線を画しているということは理屈ではなく感覚で理解していた。

 

「!!!」

 

美涼は行き止まりに入ってしまった。

この近辺は普段の通学で歩き慣れている筈だが、焦って動転している今は話が別だった。

 

その直後、美涼の身体を黒い影が包み込んだ。 それは追いつかれたという明確な証拠でもあった。

意を決して振り返り、美涼は言葉を失った。

 

それはやはり 人間とは違っていた。

逆光で色などは分からないが、巨体から触手のようなものがいくつも伸び、その1本にピエロの仮面のような顔面が付いていた。

 

「な、なんなのよ………………!!!!

来ないで 来ないでよォ!!!!!」

 

美涼はせめてもの抵抗に持っていた鞄を振り上げた。 それが到底 無意味であることは当時の彼女の頭には無かった。

 

バガッ!!!! 「!!!!」

 

美涼のフルスイングが当たるより先に、追跡者 の触手が彼女の身体全体を捉えた。

その面積から放たれた攻撃は、最早 殴るというよりは突き飛ばす と言うべき代物だった。

 

美涼はブロックの塀に背中から激突した。

その一撃が決定打になり、意識が持っていかれそうになる。

混濁する意識の中で、彼女は 冷静にこれから自分が死ぬということを理解した。

 

人間の身体は危機に瀕すると一瞬がとても長く感じる という現象が起こることがある。

美涼が感じていたそれもまた然りだった。

 

 

しかし、彼女の死が現実になることは無かった。

 

(…………………………………???

………………私、 もう死んだのかな…………?)

 

うっすらと目を開けた。

磨りガラス越しのようなぼやけた視界は明らかにさっきまでいた路地を写していた。

 

「…………………………え?」

 

そしてもう1つ、奇妙なものが視界に入っていた。

 

「………………………………人………………………??」

 

それは 明らかに人 だった。

自分の目の前に 美涼と同じくらいの背格好の人間が【2人】立っていた。

 

彼女が覚えているのはここまでである。

 

 

 

***

 

 

1時間目の開始を告げる チャイムが鳴った。

 

「はいみんなー 席に着いてー

数A 始めるよー」

 

黒髪を頭頂部で束ねた女教師が微妙に覇気のない口調で生徒たちにそう告げた。 そして数秒後には完全に授業を受ける体制が整う。

 

それもつかの間、 ガラガラ と扉が開き、教室の注目が全て向けられた。

 

「すみません! 遅くなりました!!」

「あぁ。 和泉川。

別にいいのに。急がなくったって。 仕方ないよ 昨日あんなことがあったばっかなんだから。」

 

「お心遣い 感謝します。」

「はいはい じゃあ座って。

教科書は 39ページからね。」

 

 

多少 ざわついていた教室も次第に静かになっていく。 しかし、教室中が 昨日起きた事件の話題で持ち切りになっていた。

 

「不審者かー。 最近多いよねー。」

 

と、呑気な口調で独り言を言ったのは 栗宮向日葵(くりみや あおい)

このクラスきっての陽気キャラである。

 

「そこんとこ どう思う?

ねー、ノゾミン!」

「…………………え、 私!!?」

 

ノゾミン と呼ばれて振り返った 少女の名前は 花園 希美(はなぞの のぞみ)

濃い桃色の髪を長めのショートカットにしている。

 

「あ、今 バラっちの方?」

「いやいや、 ()() 《私》だよ!」

 

 

「……おい、 花園!」

「えっ!? あっはい!!」

 

不意に教師に呼ばれて希美は立ち上がった。

 

「……聞いてたのか? この4番の問題

前に出て解いてくれ。」

「…はい。 分かりました。」

 

 

***

 

 

「ふー、 危なかったー。

何とか 解けてよかったー。」

 

休み時間

希美はトイレの鏡の前で楽観的に呟いた。

 

『………全くだぜ。』 「!!!」

 

『テメーがぼやぼやしてっからよォ!!』

(ち、ちょっと!! 今は出てこないでよ!!!)

 

 

これは、決して独り言では無い。

希美は今 対話しているのだ。

【自分の中のもう1つの人格】と。

 

その人格 もう1人の名前は 花園 薔薇(はなぞの そうび)

 

彼女 花園希美は身体に2つの人格を持っている。 二重人格 なのだ。

しかし、学校生活を送る上では 教師達や他の同級生の心遣いによって 不自由のない生活を送れている。

 

『んま、あれだ。 せめてもの詫びに 今日の購買はカレーパンにしろよな。』

「そんな 待ってよ!

今日は週一回の あんドーナツの日なのに!」

『だから意味があんじゃねぇか。

それとも何か? 午後は俺に身体を明け渡すか?』

 

 

***

 

 

花園 薔薇(はなぞの そうび)

花園希美に宿る もう1つの人格。

性格はかなり粗暴で、傍から見れば 不良 と呼ぶ他無い程である。

 

そんな彼女がこの世に現れたのは、約2年前のことである。

 

彼女 花園希美は一度 絶望 を経験しているのだ。

 

***

 

 

「うわああああああああああ!!!!!

お姉ちゃん!! 嫌だ!!!! 嫌だァ!!!!!

 

何で!!? 何で!!!? 何で!!!!?」

 

2年前

希美が中学2年生だった時の事

 

その日は雨が強かった。

その日、花園希美の姉 花園 沙樹(はなぞの さき)はスリップしてきた自動車の直撃を受けて 帰らぬ人となった。

 

不運だったのは、彼女が死んだのが希美の目の前であった ということ。

 

彼女の葬儀は遺族だけで厳かに執り行われた。 その中でも希美はひたすらに泣いていた。

 

希美は姉を心から慕っていた。

それは 周囲から町一番の仲良し姉妹と評される程だった。

余談だが、事故を起こした男は あのまま沙樹の後を追うように帰らぬ人となった。

 

希美の心には、一生癒える事の無い傷が刻み込まれた。 そして彼女は自室にこもり、ただひたすらにこれが悪い夢 だと、 何かの嘘だと これが自分に起きていることでは無い 姉は死んでいないのだ と切に願った。

 

そしてこれが、 花園薔薇を呼び覚ます引き金となってしまう。

 

 

***

 

 

希美の両親は気が気では無かった。

もう 一週間も学校に行っていないし、食事すらもまともに摂ったためしがない。

 

そんな緊張の中に、一つ 足音が鳴った。

 

そして、2人はとてつもない驚きに襲われることになる。

当時のことを 2人は《人生で一番びっくりした瞬間》だと語っている。

 

 

 

「……ん? どした?

俺の顔に何かついてるか? 顔ならちゃんと洗って来たぞ?」

 

両親の目の前に居たのは、希美の顔をした別人 だった。

目はつり、 髪は薄いピンク色に染まり、前髪の左半分が逆立っていた。

 

「…………………の、希美……………!!!?」

 

希美の父親は目の前の少女に向かって そう怖々と問い掛ける他無かった。

 

「…………アン? 希美?

何言ってんだよ 父ちゃん。 俺ァ 薔薇(そうび)だろ。

ってか 母ちゃんよ。 腹減ってるから このカレーパン 食っていいか?」

 

「「………………………………!!!!」」

 

希美の母と父は絶句していた。

一体 自分の目の前で何が起こっているのか 理解するのに時間を要した。

 

 

***

 

 

「「か、解離性同一性障害……………!!?」」

「そうです。 お子さんは 人格が二つに分裂しています。」

 

解離性同一性障害

それが 精神の病気の一つであることは 知識として理解していた。

しかし、2人はそれは他人事だと思い、まさか自分の娘に起こるとは思ってもいなかった。

 

「やはり、詳しくはご存知ないですか。」

「い、いえ。 ニュースで見たことがあります。 確か、幼い頃に虐待を受けた子供が 自分の事を守るために発症したと聞きました。」

「その通りです。 お子さんの場合は、お姉さんを喪った哀しみから自分の心を守るために新しい人格を生み出した というのが我々の見解です。」

 

「それで、治るんですか?」

「……今、お子さんの主人格、希美さんは眠っている状態にあります。

我々も最善を尽くしてはいますが、何分 扱いの難しい病気ですし、 何より下手に刺激すれば 何をしでかすか分からない。 それこそ、自分で命を絶ってしまう危険すら………………」

「「…………………」」

 

診察室には混濁した静寂が流れた。

誰にも落ち度のないこの状況で、口を開けるものはいなかった。

 

 

***

 

 

「落ち着いて下さい! とにかく、ひとまず 横になって!!」

「だから、何でどこも悪くねぇのに寝なきゃなんねぇんだって聞いてんだろうが!!!」

 

病棟の一室で、 看護師が薔薇をなだめていた。 どこも悪くない という彼女の言い分は間違ってはいない。 故に説得に悪戦苦闘していた。

 

「………ではせめて 寝なくてもいいので後で先生の質問に答えて下さい。」

「……………………

わーりましたよ。」

 

 

 

「……では、生年月日 出身の中学校 ご両親のお名前 全て間違いありませんね?」

「どういう意味です? それ以外 何があるって言うんすか?」

 

「…………いえ。 何でもありません。

それと、今日はもう 帰っていただいても大丈夫です。」

 

「…………………?? はい。」

 

今はもう打つ手がない。

後は自宅療養に任せるしかない という結論に至った。

 

 

***

 

 

 

薔薇の意識は夢の中にあった。

そこは、何も無い空間だった。屋外か屋内かも分からない 無の空間

唯一感じているのは 自分が立っているという感覚だけである。

 

「……………んあ? 何だ?」

 

薔薇はそこで何かを見つけた。

それは、人だった。

 

何も無い空間に1人 人間が座り込んでいた。

そしてある程度近づいた所で その人間が自分とそっくりな同世代の少女である事に気づいた。

 

「…………………………………グスッ」

「?」

 

その少女は、座り込んで泣いていた。

 

「………………お、お姉ちゃん………………!!」

「? お、おいあんた………………」

 

 

それが、花園希美 と 花園薔薇の出会いであった。

 

多重人格の治療法として、身体の中に存在する人格同士を対話させ、統合を計る方法が存在する。

今の2人は他人の力を借りることなく それを実行した。

 

そこからしばらく時間が経ち、薔薇と希美はお互いの事を理解するに至った。

 

「………まぁあれだ。

つまり、俺がお前から出来た もう1つの人格で、 お前は今までずっとここにこもってる。

っつーことで良いんだな?」

「…………………うん。

 

ねぇ、お願いがあるんだけど。

もうこのままずっと ここに居たいの。

だからさ、 薔薇ちゃんが私の代わりになってくれない?」

 

「…………逃げんのかよ?」 「!!!?」

 

「俺にはその 沙樹 って人の記憶はねぇけど これだけは分かるぜ。

現実から目ェ背けて こんな辺鄙な所に引きこもって、それで姉ちゃんが喜ぶとでも思ってんのかよ」

 

「…………!!!!

……………………………………!!!!!」

 

希美は言葉を返す代わりに 薔薇の胸にすがって ただひたすらに泣いた。

 

そんな時間が 永遠と思える程に流れた。

実際、 花園希美の身体が目覚めたのは それから3ヶ月が経った後である。

 

 

***

 

 

(……結局 午後の身体の主導権を明け渡すとはよ。

どんだけ あんドーナツに入れ込んでんだよ お前は。)

『別に良いじゃん! 条件は飲んだんだからさ!』

 

あの数分で 5時間目が始まろうとしているさなか 花園の身体には薔薇の人格が宿り、そして廊下を歩いている。

 

(………んで、そろそろだろ? あれをやんの。)

『………そうだね。 やっぱり半年に一回って早いよね。』

 

半年に一回

それは、花園希美が病院で 精神治療を受ける間隔の話である。

しかし、 希美も薔薇も それが叶わぬものだと知っている。

 

『………ねぇ、もういい加減 言った方が良いんじゃないの?』

(あん? 何がだよ?)

『私の多重人格が、 ()()()()()()()()って事をだよ。』

(バッ!! バカ言ってんじゃねぇよ!!!

言えるわけねぇだろ んなもん!!!)

『じゃあ どうするの!?

これからも お父さんたちに迷惑をかけるって言うの!?』

(俺が知るかよ んな事

そもそも お前がまいた種じゃねぇのか!!?)

 

 

花園希美が抱えているのは 多重人格でも 解離性同一性障害でもない。

彼女の身体に宿っているのは、 《二重人格(ダブルフェイス)》という、 この世のものとは一線を画す特殊な【能力】である。

 

「……あー バラっちになってるー!

ねー バラっち!」

「おん? おー!

あおいじゃねぇか!」

 

薔薇はれっきとした女性ではあるが、性格、そして恋愛対象は男性 つまり女性で女性が好きなのだ。 そして、彼女は今 栗宮 向日葵 に片思いをしている。

 

平静を保っているが、内心ではドキドキしている それは彼女と身体を共存している希美が一番良く理解していた。

 

「……俺に何か用か?」

「あのさー アタシ 最近料理 始めんだよねー。」

「…おう。 それで?」

「良かったらさ、 今度食べに来ない?」

 

「「!!!」」

 

「ダメかなぁ?」

「い、 いやいや 俺は全然行きたいんだけどよ」

「でさー、もしできるならご飯食べてそのまま泊まるってのも良いんじゃないかなー って。」

 

「「!!!!!」」

 

ブシッ 「!!?」

 

薔薇の鼻から一筋の赤い液体が放たれた。

それは、 正真正銘の鼻血だった。

 

「えっ!!? バラっち どうしたの!!?」

「う、ううん 違うの 向日葵ちゃん!!

な、何か ずっと涼しい所に居て急に暑い所に来ちゃったから 体温上がっちゃったみたいで

 

ちょっと 保健室に行ってくるね!! 話の続きはまた後でね!!」

「……あ、うん。 じゃあね ノゾミン。」

 

咄嗟に身体の主導権を貰い、 何とか希美はその場をしのいだ。

 

 

***

 

 

学校のトイレの洗面所で 希美は鼻の血を拭っていた。

 

『ちょっと 薔薇ちゃん 止めてよ!!!

あんな所で鼻血出すなんて!!』

(………わ、悪りー。

あいつの家に泊まることを想像したらつい興奮しちまってよ。)

 

『興奮って何!!? ただ誘われただけでどこまで飛躍した妄想してんの!!?』

(妄想するだけタダだろ。

ってか 夢女子になってるって言ってくれよ!!)

『夢は夢でも見てるのは淫夢でしょ!!!?』

 

最初に言ったように、多重人格とは決して楽しいものでも愉快なものでも無い。

それでも それの解決策が無いことを 希美は時々 嘆いている。

 

「はー、何でこんなアブノーマルな()()になっちゃったの!?」

(そりゃ 俺だって知りてぇよ!

それに毎日のように ()()に追われてヘトヘトなのは俺も同じなんだからな!!?)

 

 

***

 

 

希美の身体が抱えている多重人格 もとい《二重人格(ダブルフェイス)》。

それは、通常の多重人格とは全くの別物の超能力の一種である。

 

大昔より 人間に稀に発現してきた特殊な能力 に分類される代物である。

 

これの特徴としては、発動する過程が 多重人格が発症する過程と全く同じであるということである。 故に例え周囲に認知されたとしても 解離性同一性障害 という精神疾患として処理されるのだ。

 

希美がこの能力に気づいたのは、 1年半前のことである。

 

 

(…………なー 希美)

『どうしたの?』

(お前さ、 昔 姉さんと一緒に魔法少女に憧れてたって言ってたよな?)

『何時の話をしてんの?

もう10年以上も前の事だよ?』

 

(でさ、 今その夢が()()()()()()どう 思ってんだ?)

『…………………

まー 最初は嬉しかったけど、 やっぱり大変なことも多い って感じ?』

(………そうかい。)

 

 

二重人格(ダブルフェイス)

その元を辿ると必ず 妖精界に行きあたる。

 

二重人格(ダブルフェイス)とは、 妖精界が人間界を守るために作り出し 送り込んだ能力

 

花園希美はそれに選ばれたのだ。

 

そして、 二重人格(ダブルフェイス)が宿った少女は《魔法少女》になることでその能力を発揮し 世界を守る 彼女はその使命を背負って生きてきたのだ。

 

 

***

 

 

(……まーたお前 あんドーナツ買ってんのかよ。 金の使い道 それ以外にねぇのか?)

『いーじゃん 別に。 薔薇ちゃんの分を使ってるんじゃないんだからさー。』

 

授業が終わり 希美は帰路についている。

その途中にあるコンビニであんドーナツを買って食べるのが彼女の楽しみの1つなのだ。

 

(中にあんこ 砂糖をまぶした挙句 脂で揚げるって お前、 そんなもんばっか食ってたら今に豚みてーになっちまうぞ。)

『その分 動いてるから大丈夫なの!

何なら薔薇ちゃんが動いてくれても良いんだよ?

それに薔薇ちゃんだって似たようなもんでしょ? 何かあればカレーパン カレーパンって言ってさー。』

 

花園希美の好物はあんドーナツで、薔薇はカレーパン。

こうした価値観の違いも 多重人格 そして二重人格(ダブルフェイス)を持つ者が抱える課題の1つだ。

 

『それに薔薇ちゃんの代わりに向日葵ちゃんの家に泊まりに行くのをお母さんに許可取って貰ったんだからさー。』

(………ケッ。 恩着せがましい野郎だぜ。)

『薔薇ちゃんに恥をかかせないように配慮してる って言ってくれない?』

 

 

***

 

 

数日後の夕方

希美は向日葵の自宅の前に来ていた。

 

『良い? 泊まるのは良いけど 変な期待はしないでね。 それからよっぽどの理由がない限りは勝手に身体を乗っ取ることも止めてね!』

(………分かってる。 分かってるけど、 やっぱ 心臓ドキドキいって 止まんねぇよ…………)

 

希美は意を決してインターホンを押した。

扉が開き、 向日葵が顔を出した。

 

「おー ノゾミン 来てくれてありがと!

もう 用意はほとんど出来てるから上がって!」

 

『ほら、 こう言ってるんだし、早く上がろう?』

(お、お、 応。

だけどよ、 そのまま飯食った後に一緒に風呂に入って そのままいい感じになって ベッドに行く流れになったら そん時はどうすりゃ)

『天地がひっくり返っても ありえないから そんな事!!! 早く入るよ!!!』

 

 

***

 

 

向日葵が作ったのは シンプルなカレーライスだった。

付け合せとして これもまたシンプルなシーザーサラダが隣に置かれている。

 

「ど、どうかな ノゾミン?」

「どうもこうも無い! めちゃめちゃ美味しそうじゃん!!!」

「えー マジ!!? チョー嬉しいんだけど!」

 

希美の感想は 嘘偽りのない 本音の感想だった。 カレーは薔薇の方が好きではあるが、希美も同じくらい好きな料理だった。

 

「ほんとにこれ初めて作ったの?」

「もちもち! マミーに色んなこと教えて貰ってねー!」

 

(………なぁ 希美)

『ん? 何?』

 

(一口だけ、 一口だけで良いから俺も食べたいんだけどよ………)

『ち、ちょっと ヨダレ垂らしすぎでしょ!!?

分かったから! 半分くらい 譲ってあげるから!!!』

(そ、そうか。 ありがとうな。

そんでさ、 何も言ってないのに俺の好物を察して作ってくれるなんて、 これっていわゆる 運命 ってヤツなんじゃ……………)

『変な事考えてないで 素直に食べる!!!!』

 

 

 

***

 

 

(…………その、さっきは悪かった。

取り乱しちまって。)

『別にそこまで 気にしてないよ。

あの後 何もせずに食べてくれたし。』

 

夕食を食べ終わった後、 入浴を無事に(?)済ませ、寝る支度に入った。

 

「ねぇノゾミン! バラっち!

寝る前に何かやらない?」

 

向日葵がベッドの中から話しかけた。

 

「……何かって 何を?」

「んー そうだね。 例えばさ、 ベタに好きな人の話 とかどう?」

「あー………………

私は別に良いけど 薔薇ちゃんは難しいかなー?」

「ん? そーなの?

バラっちって そーゆーの興味無い感じ?」

 

「いや、 むしろその逆かな?」

「えっ? マジで? バラっち 好きな人いんの!?」

「………いるって言うよりかは、 いたって言うべきかな?」

「 あー、昔 のっぴきならない理由で 別れちゃった 的な?」

「うんうん。 そんな感じと思ってくれれば良いよ。」

 

(……返しはこんなもんで良い?

まだ 告る気には慣れないんでしょ?)

『………恩に着るよ。

話振られて マジで焦った。』

 

「………アタシさ、ノゾミン」

「ん? 今度は何?」

 

向日葵はベッドから起き上がって希美の方を向いた。

 

「その、 多重人格ってさ、 マンガの世界とか、自分とは無関係のもんだとばかり思ってて、だからノゾミン達に興味を持って 話しかけたんだよね。」

「………うんうん。 それで?」

「それで アタシね━━━━━━━━━━」

 

 

突如、 2つの音が響いた。

 

1つ目は 窓ガラスが破壊される甲高い音

2つ目は 何かが向日葵の頭部を鷲掴みにする鈍い音

 

鳥類の脚のような鋭い何かが、 向日葵の頭をがっしりと掴んでいた。

 

「ちょっ 何これ!!!?」

「『向日葵!!!!!』ちゃん!!!!!」

 

『魔法少女の餌として、共に来て貰おう。』

「えっ!!?」

 

 

その脚の持ち主は死神のようなおぞましい声で向日葵に語りかけた。

そして向日葵の頭を掴んだまま全力で引く。

 

当然 窓ガラスは粉々になり、 向日葵の身体は家から飛び出た。

 

向日葵は拉致されてしまった。

 

 

『!!!! あ あんの鳥公!!!!!』

「待って 落ち着いて 薔薇ちゃん!!

出動要請が出てる! 場所は あのビルの屋上だって!」

『よっしゃ分かった!!!

直ぐに支度してくれ!!!!』

 

 

 

***

 

 

二重人格(ダブルフェイス)は魔法少女だけに持たされた能力では無い。

妖精界は、人間界にかなりの量の人格を与え、各地で様々な二重人格(ダブルフェイス)が誕生した。

 

何故そこまで大量の二重人格(ダブルフェイス)が必要だったかを説明すると、 人間界を侵略してくる組織がごまんと居るからである。

 

人間界だけでなく、湯水のように数多く存在する次元

その中からもたくさんの次元の組織が人間界を我がものにしようと様々な刺客を送り込んで来ているのだ。

 

そして彼らは人間界を庇護する目障りな妖精界と、 魔法少女を始めとする二重人格(ダブルフェイス)達に焦点を当てる。

この2つを攻め落とすことが出来れば、 人間界を侵略するなど赤子の手をひねるように造作もない事だからだ。

 

『なあ 希美!!

今の鳥公が どこの次元の馬の骨か分かるか!!?』

(……そこまでは分からないけど、場所は移動していないよ!!)

『そうか。 だったら今すぐにでも俺の彼女(スケ)に手ェ出した事 後悔させてやる!!!!!』

 

今は状況が状況。

《彼女》じゃない という野暮な指摘をする暇は無かった。

 

 

***

 

 

「ムグググ……………!!!

な、何なのこれェ………………!!!」

『大人しくしていろ。 要求が済み次第 解放する。』

 

向日葵は謎の触手のようなものに身体の自由を奪われていた。

その脚の持ち主は、やはり巨大な鳥類の姿をしていた。しかし、カラスともハトとも違う、異形の姿も兼ね備えていた。

 

(………!!!

こ、こいつ まさか この前 ミスズンが被害受けた不審者なんじゃ…………!!!)

 

向日葵は 美涼が 人間とは明らかに違う異形の化け物に追いかけられた ということを自分に証言してくれた ことを思い出した。

 

ズザッ!!!

 

「『!!?』」

 

土を擦る音が響き、鳥類の化け物は振り返った。 そこには希美が立っていた。

 

『………フフフ。 来たな。二重人格(ダブルフェイス)…………!!!』

「…………ノ、ノゾミン!!?

な、何で………………!!?」

 

向日葵の問いかけに答えるように、 希美の顔つきが変わっていく。 人格交代 が起こっている。

 

「………おい。 鳥公。」

『……………何だ?』

「1度しか言わねぇからよく聞きやがれ。

今すぐ 俺の女を解放しろ。 そうすりゃ 半殺しで勘弁してやっからよ。」

 

『………分かった。 応じよう。

ただし、 それには 貴様()がここで自害してもらう必要がある。』

「………………!!!!

交渉決裂 ってことで良いんだな?」

『それは こっちのセリフだ。 今すぐここで死ねば 私はそちらの条件を飲んだと言うのに。』

 

「………なぁ お前、 鶏肉の料理は知ってるか?」

『? 何の事だ?』

()()()()鶏肉料理を言えって言ったんだ。

焼き鳥か? 唐揚げか? それとも蒸し鶏か?

テメーの身体(安モンの鶏肉)を料理してやっからよ!!!!!」

 

『……………!!!!

御託はもう十分だ。 うだうだ言ってないでいい加減 かかって来たらどうた?』

 

 

「なぁ希美よ。

悪ぃが今回は黙って俺に従って貰うぜ。

アイツをズタボロにする!!!!!」

『もちろん、 私もそのつもりだよ!!!!』

 

薔薇は懐からピンク色の懐中時計を取り出した。 その針を指で動かしていく。

 

 

(………………何あれ、 時計……………???)

 

 

《《人格分離(ドゥアーノ・ペルフィディ) 》》

《《魔法変貌(ヘレクセイ・フォーゼ) 》》!!!!!

 

 

「!!!!?」 『ほう、これが……………!!!!』

 

薔薇の身体が濃い桃色の光に包まれた。

そしてその中で向日葵は 薔薇の身体が二つに別れていくのを確かに見た。

 

そしてその光が晴れ、 飛び込んできた光景に向日葵は目を疑った。

そこには2人の人間がいた。

 

その面影は確かに 希美と薔薇を表しているが、 服装も髪型も全く違っている。

そして決定的に異なっているのは 一方に金属製と思われるシューズ、もう一方にグローブが装着されている事だ。

 

 

「………ノ、ノゾミンとバラっち………なの…………!!?」

『とうとうこの目で見れた!!

二重人格(ダブルフェイス)の魔法少女!!!

《ミネルヴァ・ヴァーミリオン》 そして

《ミネルヴァ・クリムゾン》!!!!』

 

二重人格(ダブルフェイス)の魔法少女

その最大の特徴は、 変身すると身体が二つに別れるということである。

希美の場合は 希美が変身した魔法少女を《ミネルヴァ・ヴァーミリオン》 薔薇が変身した魔法少女を《ミネルヴァ・クリムゾン》と呼ぶ。

 

「なぁ ヴァーミリオンよ。

もう 我慢ができそうにねぇ。速攻で行くぞ!!!!」

「うん!! 私もそのつもりだよ!!!」

 

 

 

 

***

 

 

この 向日葵を拉致した異形の鳥類 名を《グスロウ》と呼ぶ。

彼は、鳥類のような姿をした知的生命体がク暮らす次元の過激派組織の一員として人間界に駆り出された。

 

『私の力を思い知るがいい!!!!

鋼翼(レイヴン)》!!!!!』

 

グスロウは羽を振るった。

そこから黒色の羽根が打ち出され、ヴァーミリオンとクリムゾンに迫っていく。

 

「「!!!」」

 

2人は咄嗟に飛び上がった。

羽根は2人が立っていた地面に突き刺さり、その地面を深深と抉り破壊していく。

 

『逃げたな!!? 魔法少女の能力は虚勢を張るだけか!!!?』

 

(………!!! ヤロー 完全に舐めてやがる……!!!

ヴァーミリオン!! もう ()()使っても良いだろ!!?)

(うん そうだね!

これ以上 時間をかけていられない

あっという間に終わらせよう!!!)

 

魔法少女の最大の武器は、人格同士はテレパシーで意思疎通が出来ることである。

グスロウはそれを知らなかった。 そして、それが命取りになる。

 

「もう1発食らえ!!!

鋼翼(レイヴン)》!!!!!」

 

グスロウは再び羽根を振るった。

空中の2人に向かって羽根が飛んでいく。

もう逃げ場はない━━━━━━━━━━━

 

 

そう 確信していた。

 

 

ガキガキガキンッッ!!!!

「!!?? ナッ……………!!!!」

 

ヴァーミリオンとクリムゾンは飛んでくる羽根を両腕でガードした。

 

「……………………!!!!

そうか。 それが諸君の魔法少女としての能力という訳か…………!!!!」

 

ミネルヴァ・ヴァーミリオンとクリムゾンの能力

それは、【硬化】である。

 

文字通り、身体や触れたものを硬くする それが能力なのだ。

 

「………そんでよ、 鳥公。

お前、俺だけ(・・・)見てて良いのか?」

「………………??? !!!!!」

 

クリムゾンに指摘され、グスロウは初めて目の前にクリムゾン()()いないのに気付いた。 しかし、時は既に遅かった。

 

 

 

ドゴォン!!!!! 『!!!!?』

 

物陰から現れたヴァーミリオンが、グスロウを蹴り飛ばした。 その脚にも硬化が付与され、破壊力は段違いになっている。

 

(な、何だ この蹴りの重さは……………!!!!

これ程の力があるなどと、私は聞いていないぞ……………!!!!!)

 

「ハッ!!!!!」 『!!!!?』

 

今度は背中に衝撃が炸裂した。

ヴァーミリオンが グスロウの背中を蹴りあげたのだ。

 

グスロウは打ち上げられたが、追撃はまだ終わらない。 今度は脚を掴まれた。

 

「クリムゾン 行くよ!!!」

『な、何をする気だ…………!!!?』

 

「はあああああああああああああぁぁぁ

でりやぁ!!!!!」 『!!!!?』

 

ヴァーミリオンがグスロウを全力で投げ飛ばした。

 

『!!!!! ま、まさか!!!!』

 

グスロウの頭に1つの予感がよぎった。

そして、それは現実になる。

 

投げられた先にクリムゾンが立っていた。

 

『ク、クリムゾン!!!!』

「さぁて 調理開始だ。」

 

クリムゾンは両手の拳を構えた。

そして、その拳から火が上がった。

 

『な、馬鹿な!! 発火だと!!!?』

「バーロー。 俺達 魔法少女の能力は1つじゃぁねぇ。 硬化はヴァーミリオンの

そして俺は【発火】の能力を持ってんだ!!!」

 

魔法少女の能力の特徴として、 二つある人格がそれぞれ異なる能力を宿すという事が挙げられる。

この特徴を使いこなすことで魔法少女 そして二重人格(ダブルフェイス)はこれまで 長年に渡り 人間界を守ってきたのだ。

 

「俺の女に手ェ出した事

地獄で後悔しやがれ!!!!!」

『!!!!! ま、待て………!!!!!』

 

 

火焔大砲(レッド・ヴァルカン)》!!!!!

『!!!!!』

 

グスロウの腹に、炎を纏った拳が2発同時に炸裂した。 そしてその炎は腹から全身を包み、炎上させる。

 

『い、いぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! 熱い!!! 熱い!!!! 熱いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃイイ!!!!!』

「さっき俺、お前を料理してやるって言ったが、やっぱり気が変わったぜ。

お前は、食う身も残らねえ程に黒焦げにして それで終いだ。」

 

ミネルヴァ・クリムゾン の炎はグスロウの身体を焼き尽くし、次第に黒焦げの肉塊へと変貌して行った。

 

「…………うっし! 任務完了っと!!」

「クリムゾーン!!」

「おう ヴァーミリオン!

もう 終わっちまったぞ。」

 

「う、うーん……………」

「「!」」

 

勝利の余韻に浸る暇もなく、2人は向日葵の対処に追われることになった。

 

 

 

***

 

 

数日後、 希美と薔薇 そして向日葵はなんの問題も無く学校に復帰した。

 

「そーそー マジでホントなんだって!

あの後 何でか分かんないけど 目が覚めたら家に居たんだよ!」

 

向日葵が目を覚ました後、希美は出来ればあの時見た事は他言しないで欲しいとお願いし、向日葵はそれを二つ返事で快諾した。

曰く、 何か 助けて貰ったお礼がしたかった と言う。

 

「ねー、ノゾミンは信じてくれる?

あ、今はバラっちかな?」

「ううん。 今の私は希美だよ、 向日葵ちゃん!」

 

これからも前途多難な毎日が続くだろうが、 それも薔薇 そして学校のみんなが居ればきっと乗り越えられる

 

そう信じて希美は向日葵に微笑みかけた。

 

 

《完》



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