両儀式のコスプレイヤーは、汚れたクロックスなんて絶対履かない 作:夜中 雨
両儀式のコスプレイヤーは、汚れたクロックスなんて絶対
オレは、とある理由から両儀式のコスプレをして、早朝の始発電車に乗り込んだわけだけど、その車両には
———そいつはなんと、衛宮士郎のコスプレをしている。
「何でコスプレなんだよ。おまえ」
電車に乗り込みながら、オレはふと、声に出していた。
後ろで、車両のドアが閉まる。
青年はチラリとオレを見ると、顔をくしゃりと歪ませて、自分の、右隣のシートを指差す。
「別に、珍しくもないだろ? コスプレなんて。
まぁ、朝に出くわすと驚くかもしれないけど。
———お互いにさ」
座れよ、と士郎のコスプレ青年が言う。
オレは息を吸って、吐いて。ゆっくりと一歩ずつ、青年の方に歩いて行った。
———っと、青年の視線が一瞬それる。その視線を追って目を向けると、ヤツはオレの足を見ていた。正確にはオレの足元、空色の着物の
「悪かった」と青年が笑う。オレが睨んだことに気づいたらしい。
「ジロジロ見る気はなかったんだ」
なんて言いながら、今度はオレの手元を見た。
つられて、オレも両手を見る。何も持ってないし、特に目立つような何かもない。ただ日に焼けてないだけの、普通の手だ。
オレは青年の隣まで行くと、青年の右側、二人分くらい
正面の窓の景色は、左から右に流れている。
「———それでさ」
オレの右手がシートを撫でる感覚に、青年の声が割り込んできた。左に顔を向けると、青年は真剣な顔で、オレをじっと見つめている。
「どうして、コレがコスプレだと分かったんだ?
そんなに珍しい服でもないだろ? ジーパンにジャージ」
「———そんなの、見ればわかる」
青年の左脇に置いてあるボストンバッグを一瞬だけ見て、それから、青年の
「ラグラン袖のジャージの下に、ラグラン袖を着てるだろ。おまえ」
青年は自分の
「ほんとだ。こんなにグチャグチャなのに気づかなかった。焦ってたんだな、俺も」
赤銅色の髪色の青年は一度立ち上がり、ジャージを脱いでTシャツの乱れを整える。ジーパンのベルト穴の位置を調節し、それから、ラグラン袖のアウターをはおった。
オレはその
「なぁ、えっと……」
オレの名前を呼ぼうとして言葉に詰まった青年に視線を戻して、思いついた。
オレには今、一つだけ
その対策の効果を、コイツを使って、確認することができるかもしれない、と。
こっちに向きなおった青年のマジマジとした視線を浴びて、オレはいま一度、自分自身の服をみた。
「何に見える?」
「えっと———」
「オレの服装を見て、おまえはオレが何に見えるんだ?」
「多分だけど」
ヤツはそう前置きして、オレの期待した答えを返した。
「———両儀式に、見えると思う」
そうか……
「———だったら、今だけ。オレのことは両儀と呼べ。おまえに名前を教える気はない」
「なら、両儀」
青年は座り、顔だけをオレに向ける。
「お前は、どこから来たんだ?」
一瞬、意味がわからなかった。初対面だぞ。聴くか? ふつう。
二度ほど
「オレの乗り込んだ駅の近くだ」
自分が入ってきたドアを指差す。
青年は、首を振った。
「そう言うのが聞きたいんじゃないんだ。俺が聞きたいのは、お前がどこから、その服装で出てきたかってことだ」
そいつは、ゆっくりと息を吐き出し、ワンテンポずらして声に出した。
「両儀、お前ホントは、コスプレイヤーじゃないんだろ?」
一瞬、心臓がはねた。
息を
「どうして、そう思うんだ?」
「クロックスだから、かな」
自分の膝ごしに足を見る。
着物の空色と
それから、もう一度ヤツを見た。赤銅色に染めた髪、ジーパンにラグランジャージ。
コイツは、コスプレしている。
…………そうか。
舌打ちしていた。
「分かったみたいだな」
「いいや、
オレは、
「言い当ててみろよ、コスプレイヤー。オレが何者で、どこから来て、何でこんな
「あ———ッと、そうだな……。分かった」
士郎コスの青年は、目を
「まず、お前のクロックスが見えた時、俺は少し不思議に思った。
お前が、両儀式に見えたからだ」
青年の薄い
「空色の着物を着て、紺色の帯を巻いている。髪の毛は……おそらく地毛、それもザンギリに肩口で切っているし。トドメに、その着物は
お前を初めて見たとき、両儀式に見えたんだ。
ひと目見て、それだけで両儀式だと確信した。赤い革ジャンは着てないけど……それでも、それほどの完成度だった」
青年の視線はそのまま下にスライドする。
「そんな“完璧な両儀式”が、クロックスを
———その違和感、お前にだって分かるだろ?」
青年の言葉を聞いて、オレは。息を吐きながら、動揺を抑える。
そんな事、わかってる。
こんなにも“両儀式になり切っている”コスプレイヤーが、足元を
だから、反論した。
「……でも、それだけだろ? それなら“たまたま”、
近所のコンビニに出かけるのに、わざわざ編み上げブーツを履くっていうのか?」
「だからおかしいんじゃないか」
青年の声に、オレは思わず目を開けた。
「忘れてるかもしてないけれど、ここは、早朝の始発電車だからな」
「だから、なんだって言うんだ」
「『早朝の始発電車にコスプレした
前日の撮影会が長引いたとか、打ち上げの飲み会が遅くなり過ぎたとか、そういうの。それで帰るのが翌日になったのかと思った。
———でも、そう考えるとかなりオカシイ」
そう言って、衛宮のコスプレ青年は、オレの手元を指差した。
「会場からの帰りのはずなのに、だ。お前は手荷物を持ってない」
「コスプレしてから……。それから会場に行ったかもしれないだろ」
オレがそう言うと、青年は首を、横に振った。
「それだと、クロックスの説明がつかないんだ。だってそうだろ。
———お前は、編み上げブーツを履いてなくちゃいけないんだから」
“コスプレせずに衣装を持って会場に行く人”の中に『コス用の靴を
……でも、逆はない。
衣装を着ているのに『靴だけはクロックスを履いて、コス用の靴をカバンに入れる』という人はまずいないのだ。と、青年は言う。
「だいたい、お前今手ぶらだろ? 替えの靴も、着替えだって持ってないじゃないか」
両手に、力が入った。
……危なかった。『手ぶらじゃない』と言い訳して
青年は体ごとこっちを向いて、少し前屈みになった。
「『両儀式のコスプレをしてるのに、足元だけクロックス』という状況を考えた時、次に思いつくのは、家にいたコスプレイヤーが『ちょっとそこまで外出をした』って状況だ」
これなら、クロックスを履いていた理由にはなる。とヤツは前置きして、またもや、首を横に振りやがった。
「でもそれだと、始発電車にいるわけがないんだよな。
———“
そもそも、お前の乗ってきた駅にだって、コンビニはあった
ちょうどそのタイミングで、列車がホームに到着した。
車内アナウンス、車輪が
『
次は
車両のドアが開く。でも、誰も乗ってこない。
この電車はこの駅を含めて5つの駅に停まり、最後の駅、つまり5つ目の駅で終点、折り返しとなる各駅停車だ。
各駅間の所要時間はおおよそ5分。つまり後25分も
つまり、何をどうねばっても、25分以上一緒にいない。そんなカンケイ。
だからこそ、オレもコイツも、こんなにも無遠慮になれるのだろう。
左側にいる男。その男の口の動き出すのを、オレはジッと見つめていた。
「昨日どこかで、コスイベをやってたり、あるいは事前の“合わせ”をやった可能性は除外できる。自宅でコスプレをしてたにしては不自然な点が多すぎる。
———だから俺は、ひとつ、仮定した。『じつはコスプレをしていないんじゃないか』という仮定を」
青年は息を吸いながらのけぞり、背もたれに体重をかける。その状態で息を吐いて、それからやっとオレを見た。
「だから
「その考えが正しいとして、だ。それならオレはなんなんだ? どうしてこんな格好をしてる。
おかしいだろ、普通に考えて」
「それは、俺も不思議に
…………。
「じゃあ、今はどうなんだよ。
『思ってた』って、過去形で口にしたってコトは、今はそう思ってないってコトだよな」
だんだんと、心拍数が上がっているのが自分でもわかる。
これはもしかして、
案外『みんな気づかないんじゃないか』と期待したけど、どうやらそうもいかないらしい。この状況に
肉体的に、ではなく精神的に。そしておそらくは社会的にも、きっとオレは死ぬだろう。
……さっきは、いっそどちらなのか、ハッキリすれば良いと思った。
だから、この出会いは
オレの視線が、青年のそれと
意外にも、
金色に近い、
青年の口が動くのを、オレはじっと見続けていた。
「その前に一つ。着物の
わずかに震える右手を伸ばし、着物の
クロックスの汚れが、
「そのクロックスは、誰かが普段使いしているものだ。
汚れが染み付いていて、
もしも、その着物も普段使いして生活しているのならもっとクロックスと
青年は人差し指を伸ばして、軽く、オレが握っている
「ホントは、
“
本来は、本来の“着物”としての着こなしなら、下駄を履くから、
「お前の着こなし、
そうなると、『コスプレしている』という前提すら疑わしくなってくるんだ。だって、両儀式のコスプレするなら、
誰でも、
だから、お前が電車に乗り込んだ時に、クロックスが気になった。
そして
「……それで?」
合いの手を入れるオレの声に、青年の声が返ってくる。
「となると、真っ先に疑うべきは、『それは両方とも両儀の物か?』ってところだ。
普段から着物を着るのなら、
それから、青年はいくつかの可能性をオレに示した。
着物がオレのもので、クロックスが他人のものだと仮定するなら。オレは自分の
どちらにしろ仕方なく、クロックスを
逆に、クロックスがオレのもので、着物が他人のものである場合。
オレはどこかの建物で、着物に着替えた事になる。この列車が始発であることを考えると、少なくとも昨日の深夜から、始発に乗り込む5時半までの
「なんにせよ言えるのは、仕方なくクロックスを
それだけ綺麗に着物を着るんだ。自分で着たにしろ着付けてもらったにしろ、そこには“慣れた人”がいたはずで、その人物は
———急ぐ必要がなければ、だけどな———
青年はゆっくりと
「だから結論は一つだけ。
両儀は急いで飛び出してきたんだ。着替える暇もないほどに、
「……それでも。それでも、最低限のモノは持ってる。小銭入れと、カードケースと」
「そうか、それは良かった」
そう言った青年は、自分の左の、大がらなボストンバッグをあさり、ペットボトルを取り出した。
「喉が渇いたんだ」と言って、中の水をガブガブ飲んでいるヤツの飲みっぷりを見て、つい、欲しくなった。
「……水」
「ん?」
「水。オレにも飲ませろ」
「……いいのか?」
「別にいい」
飛んで来たそれをキャッチして
返ってきたペットボトルをボストンバッグにねじ込みながら、青年はもう一度こっちを向いた。
「もう一つ気になったのは、自分を“両儀”と呼ばせたこと。
本名を教えてくれなかったことは、別にいい。でも、俺に『式に見える』と答えさせてから、『両儀と呼べ』と言ったこと。
———お前と、両儀式とが重なるように、俺に意識させたこと」
「…………」
「レイヤーならともかく、お前はそうじゃないと推測していた俺にとって、それは、違和感にしか感じなかった」
オレの方を向きながら、カバンの中身を隠すようにねじ込んでいたペットボトル。ボストンバッグにキャップのところが入らないのを観念して、キャップだけ出してチャックをしめた青年は、上を見て、まぶたの裏を見ながら言った。
「お前がコスプレイヤーだったなら、分かる。自分と両儀式とを重ねたいという情動がある、というのも分かる。
でもそうすると、かなりおかしな事になる。
つまり今、お前はコスプレを、
———だから逆を考えてみた。
お前は自分を両儀式と重ねさせたいんじゃなくて、別の“誰か”と、重ねさせたくないのだとしたら」
いつの間にか、青年は目を閉じていた。
「“自分”と“誰か”。この
たまたま自分と似た格好の、両儀式と重ねさせようと
青年はこめかみに、右の人差し指を当てて、コツコツと指を動かし、そこ以外は固まっている。
まるで“ロダンの考える人”だな。と、少し笑った。アレは手が
「だったら両儀は、誰と同じだと思われたくなかったのか。お前の言葉を思い返して、一つだけ、心当たりがあったんだ」
————おまえに名前を教える気はない————
再び青年の、
「『“自分”が“自分”だとバレたくなかった』。そうだよな? 両儀」
オレは、無言をつらぬいた。
「急いでいたらしいことと合わせると、“夜逃げ”……みたいなモノだと思う。
わざわざ俺に『何に見えるか』と聴いたのは、自分の変装がちゃんとできているのかを確認するため。
なぜ逃げたのかは分からないけど。重要なのはそこじゃない。
———重要なのは、『追手になるであろう人達が、“両儀コスのレイヤー”をお前だと認識できないだろう事』が、導き出されるトコだ」
そうじゃないと、その姿を
「つまり、“両儀式のコスプレを見て、お前だと気づかない人”がいて、その人を騙したかった。
———だからお前は、両儀式のコスプレをしてると思わせたかった。
“両儀式のレイヤー”だと誤認させ続ける事で、逆説的にお前本人だと分からなくなる、そういう風に
ため息が、勝手にもれた。
全く、開いた口が塞がらないとはこのことだ。びっくり箱にも程がある。
だいたい、コイツが推理を始めたのは、
こんな人間が“二人目”だなんて、オレも、いよいよもってついてない。まぁもっとも、ここまで来ると、いっそ清々しい気分ではあったが。
「じゃあさ、オレはどこから逃げてきたと思うんだ?
ここまで踏み込んだんだ。最後まで付き合ってもらうぞ」
「そうだな、両儀の返答にウソがないとするならば……。
あの駅の付近に住宅地はないから、逃げてきたのは“オフィス”か“店舗”のどちらかってことになる。
“とっさに履けるクロックスがある施設”に限定されることから、靴を履き替えながら行う仕事。
———医療関係か、飲食関係か……。オフィスでの履き替え用って線もあるか」
青年は右人差し指で、こめかみをトントンとやっている。
「でもオフィスでの仕事だと、黒ずんだ感じには汚れない。灰色っぽく汚れる
汚れたクロックスを履き続けられる仕事……となると、医療関係は除外していい。
飲食店、それも、座敷のある飲食店か。
接客する時にクロックスを履く一番の利点は、すぐに脱げること。足の操作だけで靴が脱げるから、両手にお盆を持ったまま座敷に上がれること」
だんだんと緩んでくる口元を、意識して“への字口”に固定する。
ホント、笑い出してしまいそうだった。
「着物がある飲食店と言えば日本料理店。さらに、終電時間になっても家に帰ってないとなると、酒が出る店。居酒屋のようなところ。
となると———」
人差し指のトントンをやめた青年が、向きなおり、言葉をためる。
一拍、二拍。それだけためてから、結論を口にした。
「地域密着型で大規模展開していない、座敷のある日本料理店。酒が豊富で、ツマミが出てきて、12時を回っても飲めるような店」
オレはただ、目を細めることしかできなかった。
いつの
息をゆっくり吐き出して、全身の力も吐き出した。
もう、後戻りはできない。オレの
「寿司屋だ」
ここまで推測されてしまうと、もう終わりだ。警察がやってきた時にでも、コイツは話してしまうだろう。
そうなると必然、アレもバレる事になる。
オレは後ろに、つまり背もたれにもたれかかった。
「オレが逃げてきたの、寿司屋だ。
クロックスの方はオレの持ち物で、着物の方が
背もたれにもたれたまま、顔も前に向けたまま、目だけで左の青年を見て、オレはついに、
「昨日は
「その変装、時間かかっただろ? 一睡もしてないのか?」
「
「あっ?」
青年の顔が曇る。
「するとなんだ。昨日まで、逃げる気はなかったのか」
「そう。オレのコレは、突発性の
「それって、アレか? ふと思い立って自殺するようなものか?」
「さあな」
ここにきてやっと、笑えるようになった気がした。
目をもう一段、細める。
「
コイツなら分かるかも、と一緒思った。
同時に、こればかりは分からないだろう、とも思った。
「なんだと思う?」
「……」
今回も、何か気の利いた答えが返ってくると期待したのに……。目の前のコイツときたら、
「どうしたんだよ、衛宮。固まっちまってさ。
さすがのおまえでも分からないか?」
「あぁ———、その……。えっと」
「なんだよ」
「あー」とうめきながら髪の毛をガシガシやる青年を見て、もしかして、と思った。
———コイツ、まさか本当に———
「言ってみろよ」
気がつくとオレは、青年と
電車のソファーが横並びだから、完全に、とはいかないけれど、できるだけ真っ直ぐに、青年を向いていた。
「言ってみろよ、笑わないから。
どんなに
言ってみろよ」
「……2つあるんだ。二つの仮定。
二つ同時に仮定してはじめて、答えになる。
両方とも、ありえない仮定だけど」
と、青年は前置きしてから、恐る恐る、唇を動かした。
「一つ、犯罪を犯した。だから変装して逃げている。
これが、
———でも、“変装してまで逃げないといけない犯罪”を犯した後だとするなら、時間的にはカツカツだ」
朝起きたのが4時半。それから突発的に犯罪を犯して、
これを、短時間で行わなければいけないなら。それはあまり、現実的じゃない。
衛宮は、まるで言いワケをしているように、少し早口にまくし立てる。
「着物の
さっき言ってた、寿司屋だ。
そして、犯行後に着替えたのだとすれば、お前は
———犯行前に着替えていたなら。その場合も、
それも、
オレは少し、息を潜めた。
「そうだな。それで?
それで、二つ目はなんだよ」
自分の
それから衛宮は、オレが最も恐れていた言葉を、口にした。
「———犯行前に、両儀式に
だから俺に、両儀式のレイヤーだと思わせようとした。その体が本来のモノでないなら、色々な事に
返答を、しなかった。
そのかわりにオレは右手を、左の
カードの左上、一番目立つところにある氏名の
そして何よりカードの右上、マイナンバーマークの
『
2つ目の駅の名前。
あと、みっつ。
マイナンバーカードを見ていたコイツは、少しして顔を上げた。
「いや、俺も。確信があったわけじゃないんだけど……」
そうでなきゃ困る、と思った。
そうでなきゃ、
だからオレは、苦笑いで返答する。
「まあ、こんなカード。『盗んだだろう』って言われればそれまでなんだけどさ。
どうやって、そう思ったんだ?」
「どうやって言われても……、
ヒントは、オレの言葉らしい。
『突発性の朝逃げ』というオレの言葉と、オレの格好が繋がらなかったから、と。
「“突発性の朝逃げ”なら、その格好は明らかにおかしいからだ。
両儀式と見まごうばかりの服装、髪の毛。
その格好を作り出す労力と、お前の
オレの髪は、無造作に切られたザンギリ頭。長さが
『突発性の朝逃げだ』と聞いたとき、それだと時間が足りないことに気づいたんだ、と言った。前々から企画していたならともかく、突発的に髪の毛を切って、こういう風にはならないはずだ、と。
「『両儀式に見せかける』というのは、コスプレそのものだ。そこには
———俺はお前を、コスプレしてないと仮定した———
「コスプレしてないのに両儀式の格好をしていて、レイヤーじゃないのに両儀式に見せかけている。そして今朝突発的に、
この三つの条件を一度に満たす状況なんて、俺には、これしか思いつかなかった」
「それが……、その答えがコレか」
もはや、ため息しか出てこなかった。
座席のシートにダラけたままで。それでも、
「なあ、もう少し水。……飲んでもいい?」
「ああ、大丈夫だ」
つられたのか青年も、ほんの少し微笑んでいた。
心地よい沈黙の中、車掌のアナウンスが響く。3つ目の駅。
あと、ふたつ。
もらったペットボトルから水を飲んで、キャップを
それをシートの上に置いてから目を閉じて、ゆっくり息を吐き、背中でソファーのクッションを感じる。
「んーーっと。
「その名はやめろ。できるだけ見つかりたくないんだから」
「じゃあ両儀って呼ぶぞ」
こんな気分になったのは、一体いつ以来だろうか。
ここ最近は、特に
オレのふやけた意識に、声が横から割り込んできた。
「俺は次の駅で降りる。だから、もう会う事はないけれど……うん。楽しかったよ、両儀」
隣の青年は、「ありがとな」とゆるく笑った。
……そうか、次でおわりか。
オレとしては、正直、
一夜にして全く違う体になって、“前のオレ”を知る人たちには知られたくなくて。こんな状態でこんなヤツに出会えたのは、
———だからだろう、口を、
おそらくは、今後二度とないだろう出会い。
身バレを最も怖がっていたオレの、心の壁を飛び越えてきた男。
あと5分もしないうちに青年は降り、オレは終点まで乗っていく。『それで終わり』にするのは、とてつもなく
———何かないだろうか。
コイツとの関係を持続させる方法は。『またどこかで会おう』ではなく『もう会う事はないけれど』と言った、コイツとまた会う方法は。
……あっ。
おかしい。どうしてコイツは、『もう会う事はないけれど』と言ったのか。この
そう、それはまるで———
「なぁ、エミヤー。
こんな推理ができるのに、なんでホームズのコスプレじゃないんだ?」
「……それを言われると困る。今回ばかりは仕方なかったんだよ」
…………そうか、
「なぁ、エミヤー。
———そのボストンバッグの中、オレに見させろ」
「どうしたんだよ、そんな急に」
「“どうした”も“こうした”もない、ただ気になっただけだ」
「じゃあ別にいいだろ? 気にするなよ」
「そうもいかない。おまえとは初対面だけど、
情が移った相手が、明日の朝刊に“殺人犯”と紹介されるのは、我慢ならない」
「…………」
沈黙、無言。
オレは背もたれを感じながら、前を向き、左の声を待っている。
しばらくしてから、
「どこで……。どのタイミングで気づいたんだ?」
「
「———は?」
気持ちよく
月曜日の朝みたいな気分だった。
「言葉を返すようで悪いけど、おまえが言ったんだぜ。
『何かの犯罪を犯したんじゃないか』ってのと———」
ノッソリと体を起こし、背筋をまっすぐにして。
オレは一度
「『体が、両儀式に
そこには、縦横無尽に
「ッ———!」
ドダンッ! と、音を立てて立ち上がる青年。
そんな青年を尻目に、よく見えるようになった円筒形のボストンバッグを、見つめ続ける。
ボストンバッグの表面には、当然のように死の線が見えているワケだが。そのまま見つめ続けると、“表面に浮かんでいる線”の内側にも、線が見えるようになってくる。
その“内側の線”。それが、やたらと薄い部分がある。
オレに見えるのは“物体の表面をはしる線”だけだから、“薄くなっているモノ”の形状を正確に読み取ることはできないけど。だいたいなら、わかる。
「大きさと、だいたいの形を見ると……そうだな、人間の頭くらいだ」
立ったままの青年を、魔眼で見る。目が合った瞬間、青年の目が鋭くなった。
「どうして、ソレが頭だと思うんだよ。他の可能性は考えなかったのか?」
「オレが
———だって、さっきまで見てたんだから」
ボストンバッグの中の、モノ。浮き上がる“死の線”が
つい30分くらい前に見たモノと、同じだった。
「ああ……そうだ。
目の前にあった男の首に浮かんだ“線”を
そうしたら、アイツは死んだ」
「人間の頭くらいの大きさの、“死んでいるモノ”入りのバッグ。おまえが口にした『もう会う事はないけれど』という言葉の意味。
それで思った。おまえは自首をする気なんだ、って。
———もっとも、いろいろ小細工してたことも勘定にいれると、ただ自首をするだけでもなさそうだけどさ」
立ち上がって、青年と正面から向き合った。
「その、バッグの中の男の顔。衛宮士郎にそっくりなんだろ?
だからおまえは、衛宮士郎のコスプレを
オレは勝ち誇ったように笑う。
「アリバイ工作にでも使うつもりか?
その“首だけ男”を、まだ生きていると見せつけるために、監視カメラにでも映るつもりか」
バレないように深呼吸した。
ここからは、一世一代の
「なぁ、エミヤ。
オレを、家に
———でなければ、その犯行を
「それは———」
「オレはおまえと別れたくない。お前は犯行をもう少しだけ隠していたい。
お互いの利害は、一致してると思うんだけどな」
「両儀、お前……」
ズンズンとまっすぐ歩いていって、青年の胸ぐらを掴んで、列車のドアに押し付けた。
「いいか、おまえは脅されてるんだぜ。オレにさ。
オレを家に泊めなければ、おまえの犯行の、その真相をバラすぞって、オレが脅してる。
だから———自首するなんて許さない」
いや、違うか。
「…………、助けてほしい」
オレの視界いっぱいに広がる、青年の目が見開かれた。
その瞳に飛び込むように、最後の言葉をひねり出した。
「——————助けて。……助けて欲しい。お願い……だから」
こうしてオレは、見ず知らずの男の家に、出会ってすぐに上がり込むことになったのだった。