両儀式のコスプレイヤーは、汚れたクロックスなんて絶対履かない   作:夜中 雨

1 / 10
第一章、早朝始発の電車の中で
両儀式のコスプレイヤーは、汚れたクロックスなんて絶対()かない。


 

 

 

 オレは、とある理由から両儀式のコスプレをして、早朝の始発電車に乗り込んだわけだけど、その車両には(すで)に、青年がひとり座っていた。

 

 ———そいつはなんと、衛宮士郎のコスプレをしている。

 

 

「何でコスプレなんだよ。おまえ」

 

 電車に乗り込みながら、オレはふと、声に出していた。

 後ろで、車両のドアが閉まる。

 青年はチラリとオレを見ると、顔をくしゃりと歪ませて、自分の、右隣のシートを指差す。

 ()いで、口を開いた。

 

「別に、珍しくもないだろ? コスプレなんて。

 まぁ、朝に出くわすと驚くかもしれないけど。

 ———お互いにさ」

 

 座れよ、と士郎のコスプレ青年が言う。

 

 オレは息を吸って、吐いて。ゆっくりと一歩ずつ、青年の方に歩いて行った。

 ———っと、青年の視線が一瞬それる。その視線を追って目を向けると、ヤツはオレの足を見ていた。正確にはオレの足元、空色の着物の(すそ)からのぞく、(ひど)く汚れた黒のクロックスに。

 

「悪かった」と青年が笑う。オレが睨んだことに気づいたらしい。

「ジロジロ見る気はなかったんだ」

 

 なんて言いながら、今度はオレの手元を見た。

 

 つられて、オレも両手を見る。何も持ってないし、特に目立つような何かもない。ただ日に焼けてないだけの、普通の手だ。

 

 オレは青年の隣まで行くと、青年の右側、二人分くらい(あいだ)を開けてシートに座った。自分の着ている着物とは対照的な、えんじ色の座席シートは、思いのほか(なめ)らかな感触だった。

 正面の窓の景色は、左から右に流れている。

 

「———それでさ」

 

 オレの右手がシートを撫でる感覚に、青年の声が割り込んできた。左に顔を向けると、青年は真剣な顔で、オレをじっと見つめている。

 

「どうして、コレがコスプレだと分かったんだ? 

 そんなに珍しい服でもないだろ? ジーパンにジャージ」

「———そんなの、見ればわかる」

 

 青年の左脇に置いてあるボストンバッグを一瞬だけ見て、それから、青年の襟元(えりもと)をみた。

 

「ラグラン袖のジャージの下に、ラグラン袖を着てるだろ。おまえ」

 

 青年は自分の襟元(えりもと)を確認して、慌てて、服装の乱れを正しはじめた。

 

「ほんとだ。こんなにグチャグチャなのに気づかなかった。焦ってたんだな、俺も」

 

 赤銅色の髪色の青年は一度立ち上がり、ジャージを脱いでTシャツの乱れを整える。ジーパンのベルト穴の位置を調節し、それから、ラグラン袖のアウターをはおった。

 オレはその(すき)に、ボストンバッグを注視した。

 

「なぁ、えっと……」

 

 オレの名前を呼ぼうとして言葉に詰まった青年に視線を戻して、思いついた。

 オレには今、一つだけ懸念事項(けねんじこう)がある。対策は立てたが、いかんせん、万全とは言いがたい。

 その対策の効果を、コイツを使って、確認することができるかもしれない、と。

 

 こっちに向きなおった青年のマジマジとした視線を浴びて、オレはいま一度、自分自身の服をみた。

 

「何に見える?」

「えっと———」

「オレの服装を見て、おまえはオレが何に見えるんだ?」

「多分だけど」

 

 ヤツはそう前置きして、オレの期待した答えを返した。

 

「———両儀式に、見えると思う」

 

 そうか……

 

「———だったら、今だけ。オレのことは両儀と呼べ。おまえに名前を教える気はない」

「なら、両儀」

 

 青年は座り、顔だけをオレに向ける。

 

「お前は、どこから来たんだ?」

 

 一瞬、意味がわからなかった。初対面だぞ。聴くか? ふつう。

 二度ほど(まばた)きをして、シートの感触を感じながら、自分の情報をもらさないように、言葉を選んだ。

 

「オレの乗り込んだ駅の近くだ」

 

 自分が入ってきたドアを指差す。

 青年は、首を振った。

 

「そう言うのが聞きたいんじゃないんだ。俺が聞きたいのは、お前がどこから、その服装で出てきたかってことだ」

 

 そいつは、ゆっくりと息を吐き出し、ワンテンポずらして声に出した。

 

「両儀、お前ホントは、コスプレイヤーじゃないんだろ?」

 

 一瞬、心臓がはねた。

 息を丹田(たんでん)のあたりに落として、血圧を下げる。それから、ヤツに確認するために口を開いた。

 

「どうして、そう思うんだ?」

「クロックスだから、かな」

 

 自分の膝ごしに足を見る。

 着物の空色と対照(たいしょう)(てき)な、汚れた黒いクロックス。

 それから、もう一度ヤツを見た。赤銅色に染めた髪、ジーパンにラグランジャージ。

 コイツは、コスプレしている。

 

 …………そうか。

 舌打ちしていた。

 

「分かったみたいだな」

「いいや、(わか)らない」

 

 オレは、徹底抗戦(てっていこうせん)の構えをとった。

 (あご)を少し上げ、横目にヤツを視界に入れた。

 

「言い当ててみろよ、コスプレイヤー。オレが何者で、どこから来て、何でこんな格好(かっこう)なのか」

 

「あ———ッと、そうだな……。分かった」

 士郎コスの青年は、目を(つぶ)り、こめかみに右の人差し指を当てる。少しだけそれで固まって、それからもう一度目を()けて、口を(ひら)いた。

 

「まず、お前のクロックスが見えた時、俺は少し不思議に思った。

 お前が、両儀式に見えたからだ」

 

 青年の薄い虹彩(こうさい)は、黄金(こがね)にも見えるその瞳は、オレの着物を眺めている。

 

「空色の着物を着て、紺色の帯を巻いている。髪の毛は……おそらく地毛、それもザンギリに肩口で切っているし。トドメに、その着物は対丈(ついたけ)だし。

 お前を初めて見たとき、両儀式に見えたんだ。

 ひと目見て、それだけで両儀式だと確信した。赤い革ジャンは着てないけど……それでも、それほどの完成度だった」

 

 青年の視線はそのまま下にスライドする。

 

「そんな“完璧な両儀式”が、クロックスを()いていた。下駄(げた)でもブーツでもなくクロックスを、だ。

 ———その違和感、お前にだって分かるだろ?」

 

 青年の言葉を聞いて、オレは。息を吐きながら、動揺を抑える。

 そんな事、わかってる。

 こんなにも“両儀式になり切っている”コスプレイヤーが、足元を(おろそ)かにする(はず)がないってこと、オレにだってわかってる。

 だから、反論した。

 

「……でも、それだけだろ? それなら“たまたま”、()きやすいクロックスを履いただけかもしれない。

 近所のコンビニに出かけるのに、わざわざ編み上げブーツを履くっていうのか?」

「だからおかしいんじゃないか」

 

 青年の声に、オレは思わず目を開けた。

 

「忘れてるかもしてないけれど、ここは、早朝の始発電車だからな」

「だから、なんだって言うんだ」

「『早朝の始発電車にコスプレした(やつ)が乗っている』。この状況で真っ先に考えられるのは、『昨日は家に帰ってない』ってパターンだ。

 前日の撮影会が長引いたとか、打ち上げの飲み会が遅くなり過ぎたとか、そういうの。それで帰るのが翌日になったのかと思った。

 ———でも、そう考えるとかなりオカシイ」

 

 そう言って、衛宮のコスプレ青年は、オレの手元を指差した。

 

「会場からの帰りのはずなのに、だ。お前は手荷物を持ってない」

「コスプレしてから……。それから会場に行ったかもしれないだろ」

 

 オレがそう言うと、青年は首を、横に振った。

 

「それだと、クロックスの説明がつかないんだ。だってそうだろ。

 ———お前は、編み上げブーツを履いてなくちゃいけないんだから」

 

 “コスプレせずに衣装を持って会場に行く人”の中に『コス用の靴を()いて行く』という人はいる。

 ……でも、逆はない。

 衣装を着ているのに『靴だけはクロックスを履いて、コス用の靴をカバンに入れる』という人はまずいないのだ。と、青年は言う。

 

「だいたい、お前今手ぶらだろ? 替えの靴も、着替えだって持ってないじゃないか」

 

 両手に、力が入った。

 ……危なかった。『手ぶらじゃない』と言い訳して(そで)の中のモノを出してたら、今度こそ取り返しがつかなくなるところだった。

 

 青年は体ごとこっちを向いて、少し前屈みになった。

 

「『両儀式のコスプレをしてるのに、足元だけクロックス』という状況を考えた時、次に思いつくのは、家にいたコスプレイヤーが『ちょっとそこまで外出をした』って状況だ」

 

 これなら、クロックスを履いていた理由にはなる。とヤツは前置きして、またもや、首を横に振りやがった。

 

「でもそれだと、始発電車にいるわけがないんだよな。

 ———“(たく)コスで徹夜”って線もないではないけど。だったらお前、どこのコンビニに行こうってんだ?」

 

 そもそも、お前の乗ってきた駅にだって、コンビニはあった(はず)だろ。と、青年は付け足した。

 

 ちょうどそのタイミングで、列車がホームに到着した。

 車内アナウンス、車輪が()れる音、体が左に傾く感覚。正面の窓の外の、右に流れるホームの風景が、だんだんゆっくりになっていく。

 

藤野咲(ふじのさき)ぃ〜、藤野咲(ふじのさき)ぃ〜。

 次は波屋町(なみやちょう)にぃ〜、()まりまぁ〜す』

 

 車両のドアが開く。でも、誰も乗ってこない。

 この電車はこの駅を含めて5つの駅に停まり、最後の駅、つまり5つ目の駅で終点、折り返しとなる各駅停車だ。

 各駅間の所要時間はおおよそ5分。つまり後25分も()つ頃には、オレたちはまた、赤の他人に戻るわけだ。

 

 つまり、何をどうねばっても、25分以上一緒にいない。そんなカンケイ。

 だからこそ、オレもコイツも、こんなにも無遠慮になれるのだろう。

 

 左側にいる男。その男の口の動き出すのを、オレはジッと見つめていた。

 

「昨日どこかで、コスイベをやってたり、あるいは事前の“合わせ”をやった可能性は除外できる。自宅でコスプレをしてたにしては不自然な点が多すぎる。

 ———だから俺は、ひとつ、仮定した。『じつはコスプレをしていないんじゃないか』という仮定を」

 

 青年は息を吸いながらのけぞり、背もたれに体重をかける。その状態で息を吐いて、それからやっとオレを見た。

 

「だから()いたんだ、『ほんとは、コスプレイヤーじゃないんだろ?』って」

「その考えが正しいとして、だ。それならオレはなんなんだ? どうしてこんな格好をしてる。

 おかしいだろ、普通に考えて」

「それは、俺も不思議に()()()()

 

 …………。

 

「じゃあ、今はどうなんだよ。

『思ってた』って、過去形で口にしたってコトは、今はそう思ってないってコトだよな」

 

 だんだんと、心拍数が上がっているのが自分でもわかる。

 これはもしかして、()んだかもしれない。

 案外『みんな気づかないんじゃないか』と期待したけど、どうやらそうもいかないらしい。この状況に(おちい)ってから初めて出逢(であ)った人間に気づかれたとあっては、最後の希望も絶たれたというモノだ。

 

 肉体的に、ではなく精神的に。そしておそらくは社会的にも、きっとオレは死ぬだろう。

 

 ……さっきは、いっそどちらなのか、ハッキリすれば良いと思った。

 だから、この出会いは()(がた)かった。コイツに気づかれなければ、これから先もなんとなく、上手くやっていけそうな気がしていた。

 

 オレの視線が、青年のそれと交錯(こうさく)する。

 意外にも、虹彩(こうさい)の色が薄いのか、青年はカラコンを入れていない。

 金色に近い、黄土色(おうどいろ)の瞳をしていた。

 

 青年の口が動くのを、オレはじっと見続けていた。

 

「その前に一つ。着物の(すそ)を、俺に見せてくれないか?」

 

 わずかに震える右手を伸ばし、着物の(すそ)をつまみ、裾先(すそさき)をグイッとこっちに向ける。

 クロックスの汚れが、(すそ)に少しだけ付いていた。

 

「そのクロックスは、誰かが普段使いしているものだ。

 汚れが染み付いていて、頻繁(ひんぱん)に洗った形跡(けいせき)がない。

 もしも、その着物も普段使いして生活しているのならもっとクロックスと()れるから、もっと汚れていてもいいはずなんだ。わざわざ頼んで、見せてもらう必要もないくらいには」

 

 青年は人差し指を伸ばして、軽く、オレが握っている(すそ)(さき)を指差した。

 

「ホントは、(すそ)の位置も気になったんだ。だから、一度見せてもらった。コスプレイヤーは着物を着る時、(くるぶし)より上まで、(すそ)を上げることが多い。それは洋靴(ようぐつ)()くからだ。靴に()れるし、裾捌(すそさば)きも悪くなる」

 

 “(から)境界(きょうかい)”の両儀式も、そうやって着こなしてるしな。と、付け足した。

 本来は、本来の“着物”としての着こなしなら、下駄を履くから、(すそ)(くるぶし)より下でもよかったけど、西洋から文明を取り入れた結果、着こなしも少しだけ変わったのだと。

 

「お前の着こなし、(すそ)の長さは下駄を履くのが前提だ。だから今、お前の(すそ)は汚れてる。

 そうなると、『コスプレしている』という前提すら疑わしくなってくるんだ。だって、両儀式のコスプレするなら、(すそ)の長さは編み上げブーツが基本だろ? 

 誰でも、履物(はきもの)の汚れには気を使う。今みたいに、着物の(すそ)が汚れるからな。

 だから、お前が電車に乗り込んだ時に、クロックスが気になった。

 そして(あん)(じょう)、その着物とクロックスとを同時に身につけるのは、今日が初めてだったってワケだ」

「……それで?」

 

 合いの手を入れるオレの声に、青年の声が返ってくる。

 

「となると、真っ先に疑うべきは、『それは両方とも両儀の物か?』ってところだ。

 普段から着物を着るのなら、踝よりも裾が下の(そういった)着こなしをするのなら、下駄くらいは用意する。何年も使って、汚れのこびり付いたクロックスなんてのは絶対履かない」

 

 それから、青年はいくつかの可能性をオレに示した。

 着物がオレのもので、クロックスが他人のものだと仮定するなら。オレは自分の履物(はきもの)をどこかでなくした事になる。この電車に乗る前、どこかの建物を出る段階(だんかい)で、オレは履物(はきもの)を紛失したのか。あるいは慌てて飛び出したから、綺麗な靴を履けなかったか。

 どちらにしろ仕方なく、クロックスを()いている。という可能性が高いんだ、と。

 

 逆に、クロックスがオレのもので、着物が他人のものである場合。

 オレはどこかの建物で、着物に着替えた事になる。この列車が始発であることを考えると、少なくとも昨日の深夜から、始発に乗り込む5時半までの(あいだ)のどこかで。

 

「なんにせよ言えるのは、仕方なくクロックスを()いているってこと。キレイな(くつ)を履けなかったこと。

 それだけ綺麗に着物を着るんだ。自分で着たにしろ着付けてもらったにしろ、そこには“慣れた人”がいたはずで、その人物は履物(はきもの)にも、(すそ)(たけ)にも、ちゃんと気づけたはずだから」

 

 ———急ぐ必要がなければ、だけどな———

 

 青年はゆっくりと(まばた)いて。(ひら)いた瞳に、オレを(うつ)した。

 

「だから結論は一つだけ。

 両儀は急いで飛び出してきたんだ。着替える暇もないほどに、(くつ)見繕(みつくろ)うこともできずに」

「……それでも。それでも、最低限のモノは持ってる。小銭入れと、カードケースと」

「そうか、それは良かった」

 

 そう言った青年は、自分の左の、大がらなボストンバッグをあさり、ペットボトルを取り出した。

「喉が渇いたんだ」と言って、中の水をガブガブ飲んでいるヤツの飲みっぷりを見て、つい、欲しくなった。

 

「……水」

「ん?」

「水。オレにも飲ませろ」

「……いいのか?」

「別にいい」

 

 飛んで来たそれをキャッチして(ふた)を開ける。中身を一口だけ飲んで、青年に向かって投げて返した。「それで?」という言葉とともに。

 返ってきたペットボトルをボストンバッグにねじ込みながら、青年はもう一度こっちを向いた。

 

「もう一つ気になったのは、自分を“両儀”と呼ばせたこと。

 本名を教えてくれなかったことは、別にいい。でも、俺に『式に見える』と答えさせてから、『両儀と呼べ』と言ったこと。

 ———お前と、両儀式とが重なるように、俺に意識させたこと」

「…………」

「レイヤーならともかく、お前はそうじゃないと推測していた俺にとって、それは、違和感にしか感じなかった」

 

 オレの方を向きながら、カバンの中身を隠すようにねじ込んでいたペットボトル。ボストンバッグにキャップのところが入らないのを観念して、キャップだけ出してチャックをしめた青年は、上を見て、まぶたの裏を見ながら言った。

 

「お前がコスプレイヤーだったなら、分かる。自分と両儀式とを重ねたいという情動がある、というのも分かる。

 でもそうすると、かなりおかしな事になる。

 つまり今、お前はコスプレを、()()()()()()()()()()()()

 ———だから逆を考えてみた。

 お前は自分を両儀式と重ねさせたいんじゃなくて、別の“誰か”と、重ねさせたくないのだとしたら」

 

 いつの間にか、青年は目を閉じていた。

 

「“自分”と“誰か”。この二者(にしゃ)を、同一(どういつ)の存在だと認識して欲しくなかった、だから。

 たまたま自分と似た格好の、両儀式と重ねさせようと(こころ)みた……の、かもしれないと、あの時思った」

 

 青年はこめかみに、右の人差し指を当てて、コツコツと指を動かし、そこ以外は固まっている。

 まるで“ロダンの考える人”だな。と、少し笑った。アレは手が(あご)にあるけれど。

 

「だったら両儀は、誰と同じだと思われたくなかったのか。お前の言葉を思い返して、一つだけ、心当たりがあったんだ」

 

 ————おまえに名前を教える気はない————

 

 再び青年の、黄土(おうど)(いろ)の瞳が見えた。

 

「『“自分”が“自分”だとバレたくなかった』。そうだよな? 両儀」

 

 オレは、無言をつらぬいた。

 

「急いでいたらしいことと合わせると、“夜逃げ”……みたいなモノだと思う。

 わざわざ俺に『何に見えるか』と聴いたのは、自分の変装がちゃんとできているのかを確認するため。

 なぜ逃げたのかは分からないけど。重要なのはそこじゃない。

 ———重要なのは、『追手になるであろう人達が、“両儀コスのレイヤー”をお前だと認識できないだろう事』が、導き出されるトコだ」

 

 そうじゃないと、その姿を真似(まね)る意味がなくなるからな。と彼は続けた。

 

「つまり、“両儀式のコスプレを見て、お前だと気づかない人”がいて、その人を騙したかった。

 ———だからお前は、両儀式のコスプレをしてると思わせたかった。

 “両儀式のレイヤー”だと誤認させ続ける事で、逆説的にお前本人だと分からなくなる、そういう風に仕向(しむ)けたかった」

 

 ため息が、勝手にもれた。

 全く、開いた口が塞がらないとはこのことだ。びっくり箱にも程がある。

 だいたい、コイツが推理を始めたのは、藤野咲(ふじのさき)駅に着く前だった。出会ってから、5分も()ってなかったんだ。

 

 こんな人間が“二人目”だなんて、オレも、いよいよもってついてない。まぁもっとも、ここまで来ると、いっそ清々しい気分ではあったが。

 黄土(おうど)(いろ)虹彩(こうさい)の男を、見返しながら口を(ひら)いた。

 

「じゃあさ、オレはどこから逃げてきたと思うんだ? 

 ここまで踏み込んだんだ。最後まで付き合ってもらうぞ」

「そうだな、両儀の返答にウソがないとするならば……。

 あの駅の付近に住宅地はないから、逃げてきたのは“オフィス”か“店舗”のどちらかってことになる。

 “とっさに履けるクロックスがある施設”に限定されることから、靴を履き替えながら行う仕事。

 ———医療関係か、飲食関係か……。オフィスでの履き替え用って線もあるか」

 

 青年は右人差し指で、こめかみをトントンとやっている。

 

「でもオフィスでの仕事だと、黒ずんだ感じには汚れない。灰色っぽく汚れる(はず)だ。

 汚れたクロックスを履き続けられる仕事……となると、医療関係は除外していい。

 飲食店、それも、座敷のある飲食店か。

 接客する時にクロックスを履く一番の利点は、すぐに脱げること。足の操作だけで靴が脱げるから、両手にお盆を持ったまま座敷に上がれること」

 

 だんだんと緩んでくる口元を、意識して“への字口”に固定する。

 ホント、笑い出してしまいそうだった。

 

「着物がある飲食店と言えば日本料理店。さらに、終電時間になっても家に帰ってないとなると、酒が出る店。居酒屋のようなところ。

 となると———」

 

 人差し指のトントンをやめた青年が、向きなおり、言葉をためる。

 一拍、二拍。それだけためてから、結論を口にした。

 

「地域密着型で大規模展開していない、座敷のある日本料理店。酒が豊富で、ツマミが出てきて、12時を回っても飲めるような店」

 

 オレはただ、目を細めることしかできなかった。

 いつの()にか列車はホームに停まっていて、ドアは開いていて。オレは窓から見える駅名を見て———

 

 息をゆっくり吐き出して、全身の力も吐き出した。

 もう、後戻りはできない。オレの逃避(とうひ)(こう)は、初日の、わずか20分足らずで終わってしまった。

 

「寿司屋だ」

 

 ここまで推測されてしまうと、もう終わりだ。警察がやってきた時にでも、コイツは話してしまうだろう。

 そうなると必然、アレもバレる事になる。

 オレは後ろに、つまり背もたれにもたれかかった。

 

「オレが逃げてきたの、寿司屋だ。

 クロックスの方はオレの持ち物で、着物の方が他人(ひと)のもの」

 

 背もたれにもたれたまま、顔も前に向けたまま、目だけで左の青年を見て、オレはついに、自白(じはく)する羽目(はめ)になった。

 

「昨日は宿直(しゅくちょく)でさ———店仕舞(みせじま)いが0(れい)時半。皿洗いと片付けと、客席と厨房の清掃を終えてから、鍵をかけたのが午前の2時半」

「その変装、時間かかっただろ? 一睡もしてないのか?」

真逆(まさか)。そこから仮眠をとったんだ。それで、起きたのが4時半だった」

「あっ?」

 

 青年の顔が曇る。

 

「するとなんだ。昨日まで、逃げる気はなかったのか」

「そう。オレのコレは、突発性の(あさ)()げなんだ」

「それって、アレか? ふと思い立って自殺するようなものか?」

「さあな」

 

 ここにきてやっと、笑えるようになった気がした。

 目をもう一段、細める。

 

生憎(あいにく)と、そんな衝動に()られたことは一度もないんだ。だからなんとも言えないけど、似ているようでも、たぶん違うぞ」

 

 コイツなら分かるかも、と一緒思った。

 同時に、こればかりは分からないだろう、とも思った。

 

「なんだと思う?」

「……」

 

 今回も、何か気の利いた答えが返ってくると期待したのに……。目の前のコイツときたら、眉間(みけん)にシワを寄せて固まったままだ。

 

「どうしたんだよ、衛宮。固まっちまってさ。

 さすがのおまえでも分からないか?」

「あぁ———、その……。えっと」

「なんだよ」

 

「あー」とうめきながら髪の毛をガシガシやる青年を見て、もしかして、と思った。

 

 ———コイツ、まさか本当に———

 

「言ってみろよ」

 

 気がつくとオレは、青年と正対(せいたい)していた。

 電車のソファーが横並びだから、完全に、とはいかないけれど、できるだけ真っ直ぐに、青年を向いていた。

 

「言ってみろよ、笑わないから。

 どんなに荒唐無稽(こうとうむけい)でも、どんなにバカみたいな話でもいい、オレはちゃんと聞いているから、だから———

 言ってみろよ」

「……2つあるんだ。二つの仮定。

 二つ同時に仮定してはじめて、答えになる。

 両方とも、ありえない仮定だけど」

 

 と、青年は前置きしてから、恐る恐る、唇を動かした。

 

「一つ、犯罪を犯した。だから変装して逃げている。

 これが、(もっと)もありそうな仮定だ。

 ———でも、“変装してまで逃げないといけない犯罪”を犯した後だとするなら、時間的にはカツカツだ」

 

 朝起きたのが4時半。それから突発的に犯罪を犯して、()()()()()、変装して、始発に乗る。

 これを、短時間で行わなければいけないなら。それはあまり、現実的じゃない。

 衛宮は、まるで言いワケをしているように、少し早口にまくし立てる。

 

「着物の(すそ)とクロックスのことを考えると、両儀が犯行に及んだ場所の見当(けんとう)もつく。

 さっき言ってた、寿司屋だ。

 そして、犯行後に着替えたのだとすれば、お前は(すそ)の調整に失敗したんだ。普段から慣れているから、咄嗟(とっさ)にいつもの長さに調整してしまって、履物(はきもの)がクロックスしかない事を気にしていられなかった。

 ———犯行前に着替えていたなら。その場合も、(すそ)の長さの調整がおかしい。この時(すで)に、着替えなければいけないなんらかの事情があった、ことになる。

 それも、履物(はきもの)のことを考えられなくなるような———」

 

 オレは少し、息を潜めた。

 

「そうだな。それで? 

 それで、二つ目はなんだよ」

 

 自分の(のど)から、(つば)を飲む音がした。

 それから衛宮は、オレが最も恐れていた言葉を、口にした。

 

「———犯行前に、両儀式に()った。コスプレじゃなくてお前の体が、両儀式に()っていた。

 だから俺に、両儀式のレイヤーだと思わせようとした。その体が本来のモノでないなら、色々な事に辻褄(つじつま)が合う」

 

 返答を、しなかった。

 そのかわりにオレは右手を、左の(そで)に突っ込んだ。その中にあるカードケースを取り出して、中から証明証、マイナンバーカードを抜き取って、目の前にいる青年に見せた。

 

 カードの左上、一番目立つところにある氏名の(らん)には“時灘(ときなだ)咋矢(さくや)”と書いてある。その下の顔写真は坊主頭で、両儀式とは似ても似つかず。

 そして何よりカードの右上、マイナンバーマークの真下(ました)に記載されているはずの性別の(らん)には、“男”と(しる)されてあったのだった。

 

波屋町(なみやちょう)ぅ〜、波屋町(なみやちょう)ぅ〜。

 波屋町(なみやちょう)にいぃ〜、停まりまぁ〜す』

 

 2つ目の駅の名前。

 あと、みっつ。

 

 マイナンバーカードを見ていたコイツは、少しして顔を上げた。

 

「いや、俺も。確信があったわけじゃないんだけど……」

 

 そうでなきゃ困る、と思った。

 そうでなきゃ、(あさ)()げした意味がなくなるから。

 だからオレは、苦笑いで返答する。

 

「まあ、こんなカード。『盗んだだろう』って言われればそれまでなんだけどさ。

 どうやって、そう思ったんだ?」

「どうやって言われても……、(なか)ば当てずっぽうなんだけどな」と、鼻の頭をかいていた。

 

 ヒントは、オレの言葉らしい。

『突発性の朝逃げ』というオレの言葉と、オレの格好が繋がらなかったから、と。

 

「“突発性の朝逃げ”なら、その格好は明らかにおかしいからだ。

 両儀式と見まごうばかりの服装、髪の毛。

 その格好を作り出す労力と、お前の逼迫(ひっぱく)していたらしい状況とが、どうしても合致(がっち)しなかったんだ」

 

 オレの髪は、無造作に切られたザンギリ頭。長さが不揃(ふぞろ)いのストレートボブ。

 

『突発性の朝逃げだ』と聞いたとき、それだと時間が足りないことに気づいたんだ、と言った。前々から企画していたならともかく、突発的に髪の毛を切って、こういう風にはならないはずだ、と。

 

「『両儀式に見せかける』というのは、コスプレそのものだ。そこには莫大(ばくだい)な時間と、労力がかかる。でもそうなると、最初の仮定と矛盾するんだ」

 

 ———俺はお前を、コスプレしてないと仮定した———

 

「コスプレしてないのに両儀式の格好をしていて、レイヤーじゃないのに両儀式に見せかけている。そして今朝突発的に、急遽(きゅうきょ)朝逃げする必要があった。

 この三つの条件を一度に満たす状況なんて、俺には、これしか思いつかなかった」

「それが……、その答えがコレか」

 

 もはや、ため息しか出てこなかった。

 座席のシートにダラけたままで。それでも、幾分(いくぶん)だけ(ほが)らかに、少しだけ微笑むことができていた。

 

「なあ、もう少し水。……飲んでもいい?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 つられたのか青年も、ほんの少し微笑んでいた。

 心地よい沈黙の中、車掌のアナウンスが響く。3つ目の駅。

 あと、ふたつ。

 

 もらったペットボトルから水を飲んで、キャップを()める。

 それをシートの上に置いてから目を閉じて、ゆっくり息を吐き、背中でソファーのクッションを感じる。

 

「んーーっと。時灘(ときなだ)……さん?」

「その名はやめろ。できるだけ見つかりたくないんだから」

「じゃあ両儀って呼ぶぞ」

 

 こんな気分になったのは、一体いつ以来だろうか。

 ここ最近は、特に切羽(せっぱ)()まっていたからか、こんな、のんびりとした気分ではなかったから。

 オレのふやけた意識に、声が横から割り込んできた。

 

「俺は次の駅で降りる。だから、もう会う事はないけれど……うん。楽しかったよ、両儀」

 

 隣の青年は、「ありがとな」とゆるく笑った。

 ……そうか、次でおわりか。

 オレとしては、正直、()しい。

 一夜にして全く違う体になって、“前のオレ”を知る人たちには知られたくなくて。こんな状態でこんなヤツに出会えたのは、(なか)ば奇跡なんじゃないかと思うほどだった。 

 

 ———だからだろう、口を、(すべ)らせてしまったのは。

 

 おそらくは、今後二度とないだろう出会い。

 身バレを最も怖がっていたオレの、心の壁を飛び越えてきた男。

 

 あと5分もしないうちに青年は降り、オレは終点まで乗っていく。『それで終わり』にするのは、とてつもなく()しいと思った。

 

 ———何かないだろうか。

 コイツとの関係を持続させる方法は。『またどこかで会おう』ではなく『もう会う事はないけれど』と言った、コイツとまた会う方法は。

 

 ……あっ。

 

 おかしい。どうしてコイツは、『もう会う事はないけれど』と言ったのか。この(わか)文句(もんく)は、少しおかしくはないだろうか。

 そう、それはまるで———

 

「なぁ、エミヤー。

 こんな推理ができるのに、なんでホームズのコスプレじゃないんだ?」

「……それを言われると困る。今回ばかりは仕方なかったんだよ」

 

 …………そうか、(わざ)とか。

 

「なぁ、エミヤー。

 ———そのボストンバッグの中、オレに見させろ」

「どうしたんだよ、そんな急に」

「“どうした”も“こうした”もない、ただ気になっただけだ」

「じゃあ別にいいだろ? 気にするなよ」

「そうもいかない。おまえとは初対面だけど、流石(さすが)にさ。

 情が移った相手が、明日の朝刊に“殺人犯”と紹介されるのは、我慢ならない」

 

「…………」

 

 沈黙、無言。

 オレは背もたれを感じながら、前を向き、左の声を待っている。

 しばらくしてから、赤銅髪(せきどうはつ)の青年は、口を開いた。

 

「どこで……。どのタイミングで気づいたんだ?」

()いて言うなら、『“死んでいるモノ”は見えにくい』んだ」

「———は?」

 

 気持ちよく弛緩(しかん)してダルい体を、無理矢理に起こす。

 月曜日の朝みたいな気分だった。

 

「言葉を返すようで悪いけど、おまえが言ったんだぜ。

『何かの犯罪を犯したんじゃないか』ってのと———」

 

 ノッソリと体を起こし、背筋をまっすぐにして。

 オレは一度目蓋(まぶた)を閉じて、目の前の青年に焦点を合わせて、もう一度、ゆっくりと目を()けた。

 

「『体が、両儀式に()った』ってさ」

 

 そこには、縦横無尽に紅白(あかじろ)い線が走った、青年の体が()えていた。

 

「ッ———!」

 

 ドダンッ! と、音を立てて立ち上がる青年。

 そんな青年を尻目に、よく見えるようになった円筒形のボストンバッグを、見つめ続ける。

 

 ボストンバッグの表面には、当然のように死の線が見えているワケだが。そのまま見つめ続けると、“表面に浮かんでいる線”の内側にも、線が見えるようになってくる。

 その“内側の線”。それが、やたらと薄い部分がある。

 

 オレに見えるのは“物体の表面をはしる線”だけだから、“薄くなっているモノ”の形状を正確に読み取ることはできないけど。だいたいなら、わかる。

 

「大きさと、だいたいの形を見ると……そうだな、人間の頭くらいだ」

 

 立ったままの青年を、魔眼で見る。目が合った瞬間、青年の目が鋭くなった。

「どうして、ソレが頭だと思うんだよ。他の可能性は考えなかったのか?」

「オレが見間違(みまちが)(はず)はない。

 ———だって、さっきまで見てたんだから」

 

 ボストンバッグの中の、モノ。浮き上がる“死の線”が(まわ)りよりも薄い感じも、その薄さも、形も。

 つい30分くらい前に見たモノと、同じだった。

 

「ああ……そうだ。白状(はくじょう)するとさ、オレは殺人者だ。

 目の前にあった男の首に浮かんだ“線”を手刀(しゅとう)でなぞったんだ。

 そうしたら、アイツは死んだ」

 

———今度は、おまえの番だぜ———

 

「人間の頭くらいの大きさの、“死んでいるモノ”入りのバッグ。おまえが口にした『もう会う事はないけれど』という言葉の意味。

 それで思った。おまえは自首をする気なんだ、って。

 ———もっとも、いろいろ小細工してたことも勘定にいれると、ただ自首をするだけでもなさそうだけどさ」

 

 立ち上がって、青年と正面から向き合った。(ひそ)かに息を調(ととの)える。

 

「その、バッグの中の男の顔。衛宮士郎にそっくりなんだろ? 

 だからおまえは、衛宮士郎のコスプレを()()()()()()()()()()。『今回ばかりは仕方なかった』んだろ?」

 

 オレは勝ち誇ったように笑う。出来(でき)るだけ自信満々に、出来(でき)るだけ格好(かっこう)を付けて。

 

「アリバイ工作にでも使うつもりか? 

 その“首だけ男”を、まだ生きていると見せつけるために、監視カメラにでも映るつもりか」

 

 バレないように深呼吸した。

 ここからは、一世一代の大博打(おおばくち)だ。

 

「なぁ、エミヤ。

 オレを、家に()めろ。

 ———でなければ、その犯行を()()()()バラしてやる」

「それは———」

「オレはおまえと別れたくない。お前は犯行をもう少しだけ隠していたい。

 お互いの利害は、一致してると思うんだけどな」

「両儀、お前……」

 

 ズンズンとまっすぐ歩いていって、青年の胸ぐらを掴んで、列車のドアに押し付けた。

 都合(つごう)、オレは下から()めつける。

 

「いいか、おまえは脅されてるんだぜ。オレにさ。

 オレを家に泊めなければ、おまえの犯行の、その真相をバラすぞって、オレが脅してる。

 だから———自首するなんて許さない」

 

 いや、違うか。

 

「…………、助けてほしい」

 

 オレの視界いっぱいに広がる、青年の目が見開かれた。

 その瞳に飛び込むように、最後の言葉をひねり出した。

 

「——————助けて。……助けて欲しい。お願い……だから」

 

 

 

 

 

 こうしてオレは、見ず知らずの男の家に、出会ってすぐに上がり込むことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。