両儀式のコスプレイヤーは、汚れたクロックスなんて絶対履かない   作:夜中 雨

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第三章、仮探偵(かりたんてい)衛宮と空白の時間
仮探偵(かりたんてい)衛宮と緑の左手(不思議編)


 

 

 

 秋の夕暮れ……というか、冬の始まり。

 

 空が(あか)みがかった頃、今日も今日とて、オレは、いつもの会話を耳にしていた。

 その会話は、決まって少女の声で始まる。

 

探偵(たんてい)さん探偵(たんてい)さん。———ねぇ? 探偵(たんてい)さん。

 ———不思議(ふしぎ)を教えてくださいな」

 

 四角い、六人がけのテーブル。

 長辺(ちょうへん)に二人づつ、短辺(たんぺん)に一人づつ、それぞれに座れるだけの大きさのテーブルに、現在は椅子が四つ。

 

 長辺(ちょうへん)部分に四つ配置された椅子の一つに、小さな少女が一人、座っていた。

 右隣に(から)(せき)を置いたその場所は、最近、彼女によく占領(せんりょう)されている事が多くなった。

 

 足をブラブラと、まるでブランコのように揺らしてリズムをとりながら、「探偵さん」と呼びかけている。

 それは少女の目の前で突っ伏している、赤毛の男のことだった。

 

「探偵さん探偵さん、不思議を教えてくださいな」

 

 少女の向かいで、机に()している男の、さらに後ろ。項垂(うなだ)れる衛宮の背中を(なが)めながら、部屋の壁にもたれながら、オレはゆっくりと目を閉じた。

 

 

 ———聖杯大戦のことを考える。

 死ぬつもりは毛頭(もうとう)()いが……とは言ってもオレは炉心になる(わけ)で、つまり存在が()けてしまう。

 

 聖杯大戦が始まれば否応(いやおう)なくそうなると決めたのだから、衛宮の姿を見ていられるのも、そう長くはないかもしれないのだ。

 

 だからきっと、これは終わりへのカウントダウンだ。

 

 オレの望みは、そのほとんどが(すで)(かな)ってしまっている。

 現状を維持(いじ)し続ける、というのが(きわ)めて難しいこの現状(げんじょう)で、オレの望みが叶っているこの状態(じょうたい)は、そういくばくもないうちに崩壊するだろう。

 

 その始まりの合図は、聖杯大戦の開幕戦。

 目前に迫った、夢の終わりを認識(にんしき)しているオレにとって、この現状(げんじょう)は、ずっと()かっていたいと思える、ぬるま湯だった。

 

 だからせめて、この目に焼き付ける事にしたのだ。

 衛宮と()ごす日常を、聖杯大戦を目前(もくぜん)(ひか)えた———この(わず)かな、空白(くうはく)を。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 “いつもの会話”は、決まって少女の声で始まる。そして———いつも衛宮が負ける。

 

 今回もまた、衛宮がテーブルから顔を上げた。

 

「あの……イオナさん? 何度も言うようで申し訳ないんだけど……。俺は探偵じゃないんだ。ユグドミレニアにアドバイザーとして(やと)われたってだけで———」

「でも、サクラは『探偵だ』って言っていたわ。私ちゃんと聞いたもの」

「あー、桜はだな……その、ダーニックに聞かれた時にだな。俺のことを『探偵だ』と言っただけで———」

「やっぱりっ! 探偵さんは“探偵”なのね!」

「えっと……その、あの……。そうです、はい」

 

 そして衛宮が項垂(うなだ)れた。

 今日も今日とて、舌戦(ぜっせん)は少女の完勝だった。()()す衛宮の頭の向こうで、満面の笑みを浮かべる少女。

 

 ———これが、ここ最近、ずっと()(ひろ)げられている光景だった。

 少女が衛宮を“探偵”と呼び、衛宮が否定する。けれど、いつも少女に()()かされる。

 

 ……というか、(こと)ここに(いた)っては、衛宮に勝ち目など無いことなんて、誰の目にも明らかだった。

 

 衛宮が『探偵だ』と認めたことで、もともと良かった機嫌が天元(てんげん)突破(とっぱ)した少女は、(ほころ)ばせた顔をそのままに、足をブラブラさせていた。

 

「今日も()()かされたんですか? 先輩」

 

 間桐桜が、後ろの部屋から登場した。

 オレが背中を預けている壁は、その奥が台所になっていて、オレの左手に(くぐ)()がある。

 

 その(くぐ)()を通ってきた間桐が、すっと会話に割り込んできた。

 

「でも、もうご飯できちゃいましたから———」

 

 “ドンっ”と重い音を立てて、間桐が、持っていた両手鍋をテーブルに置く。

 背中に手をやってピンク色のエプロンを(ほど)きながら、今夜のメニューを宣言していた。

 

「“ミチ”です。煮込(にこ)んじゃいました」

「それ……」

 

 オレは思わず、鍋の中を(のぞ)()もうと壁から背中を()()がし、一歩、前に進んだ。

 

(ただ)の……煮込みハンバーグだろ?」

「“ミチ”ですっ。ちゃんと細長いんですから」

 

 間桐は鍋を眺めるオレを(にら)むと、両腰に(こぶし)を当てて、こっちに一歩近づいて来る。

 

「両儀さんにはあげませんから、今日の夜ごはん。部屋の(すみ)っこで丸まっててください」

「良いね、そうするよ」

 

 そう言って、オレはまた定位置に戻る。

 壁に背中を(あず)けて……。

 

 空色の着物を着ているオレは、その(そで)の中に手を入れて、腕を組んで静観(せいかん)の姿勢をとっている。

 

 そんなオレに、衛宮が背中()しに声をかけてきた。

 

「……前にも言っただろ、両儀。ちゃんと食べないとダメだ。人間は、体が資本(しほん)なんだから」

「そっちこそ、前に言ったろ? ()()()食べないって。

 “それなり以上の動き”を出すためには、(ちょう)を動かす必要がある。それなのに、食べ物が入っててまともに動くか。

 ———だから食べない。

 (ほん)調子(ちょうし)を出すには、少なくとも三日の断食(だんじき)が必要なんだ」

 

 オレが食べないのもまた、いつものことだ。

 腕を組んで目を閉じて、衛宮たちの談笑に()()っていると、ついに衛宮が、(くだん)の少女に話題を()った。

 

「……なぁ、イオナ。お前の言う『教えてほしい不思議』っていうのは……もしかして。食事に左手を使ってないことと関係があるのか?」

「ええ、探偵さん。見せたかったの。不思議なことが起こっているの」

 

 ———イオネラ・エリヤ。

 オレたちはイオナと呼んでいる。

 

 ゆったりめのズボンとシャツを着たルーマニア人の少女は、前髪が(あご)にかかるくらいまである。日によって前髪(それ)で顔を隠したり隠さなかったりしているのだが……今日は“隠す日”であるらしかった。

 青みがかったアッシュ色の髪の毛から(のぞ)く瞳が、ただ衛宮を見上げている。

 

 衛宮の後ろにいるオレにも見えた。その瞳から、涙が流れ続けていることが。

 それに、唇が紫色に変色している。先ほどから震えが止まらないようだった事も踏まえると、イオナには、“アレ”が起きているのだろう。

 

「探偵さん、ほら……」と言って、イオナは左手を持ち上げた。白いシャツの長袖を(めく)ると、見える。彼女の左腕は、緑色に変色していた。

 

 ———イオナは霊媒(れいばい)だ。

 つまり、霊的(れいてき)触媒(しょくばい)

 彼女は、死者の感覚を自らに憑依させることのできる、特異体質だった。

 

 その体質が発現(はつげん)する時、彼女の体には異変が起きる。その人間の“()(ざま)”を擬似体験するときに、彼女の体は間違って、それと同じに変化する。

 体験した感覚を、現実と混同してしまうのだ。

 

 その変化は、顔に現れることも屡々(しばしば)あるから、そうなった場合は前髪で顔を隠してしまう。つまり前髪とは、イオナにとって防御壁だったりする(わけ)だった。

 

「今日も不思議ね、探偵さん。

 ———私の今日の左手は、どんな不思議に繋がっているの?」

 

 

 ———だからこれは、断章(だんしょう)だ。

 ユグドミレニアに取り入ることが出来たオレたちが『聖杯大戦が始まるまでは自由にしていろ』と投げ込まれたトゥリファスの町の片隅(かたすみ)で……。

 

 これは、(かり)探偵(たんてい)衛宮(えみや)(みどり)左手(ひだりて)

 少女が聴き、衛宮が答える。ただそれだけの物語だ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 イオネラという少女にとって、“生と死”は曖昧(あいまい)なものらしい。

「そりゃ“そう”だ」と、返したことを覚えている。

 

 彼女は生者にも死者にも会える。なら、“死んでいる人間”と“生きている人間”との(あいだ)に、さしたる違いなどありはしない。

 

 オレたちがミレニア城塞(じょうさい)からこの町に入ってきたものだから、町民からは遠巻(とおま)きにされていた。

 ———そんな中、ただ一人。オレたちに近づいてきたのが、彼女だったという(わけ)だ。

 

 オレにとっての印象は、笑顔だった。

 初対面のときだ。彼女の名前を衛宮が聞き間違えて、『イオナ』と発音した時。今目の前にいるこの少女は「男の子みたいな名前で素敵だわ」と言って、オレたちに“イオナ呼び”を強要(きょうよう)した。

 ———その時の彼女がとても嬉しそうに笑っていたものだから、オレには、その印象が今でも強い。

 

 

 ———“イオナ”という言葉、それは“ヨナ”の事だ。

 旧約聖書に出てくる預言者ヨナ、つまり男だ。

 

 初対面の男に、自分の名前を間違えられた時、この少女は嬉しそうに笑いながら、その呼び方で呼ぶように求めた。

 それが、オレにとってのイオナの全てだ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「探偵さん。私ね、“死ぬ”ってどういう事か分からないの」

 

 イオナは、左の(そで)をそっと(まく)りながら話を始めた。

 テーブルの上に置かれた腕は、指の先が少し(ふく)らんでいて、先端から緑色に染まっていた。

 

「私は敏感肌(びんかんはだ)だから、こうやって死体になっちゃうんだけど……。でも、これって『まだ生きてた時の死体』だから。死んだ人の体になるんじゃなくて『死んだ人の、死ぬ直前の体』だから。だから私、死んだ(あと)の人には会ったことはないの」

 

 衛宮は口を開こうとして、中のものを飲み込んだように見えた。

 一拍(いっぱく)だけ時間をおいて、イオナの手を見ながら、フォークとナイフを皿に()ける。

 

「———残留思念は、『その存在がまだ生きていた頃の(おも)いが、今もまだ残留しているモノ』だもんな。

 イオナの霊障(れいしょう)は、死んだ後の人間に干渉(かんしょう)できるものじゃないって事か」

「そうなの。今は死んでいる人の、まだ生きていた時の体」

 

 イオナは右手で、変色した左手をそっと()でた。

 

「ねぇ探偵さん、不思議を教えてくださいな。

 この人はどうして死んだの? 何が原因で死んでしまったの?」

 

 オレは衛宮の後ろから、灰色に輝く彼女の瞳を(ぬす)()る。

 その瞳は、少しだけ細まって衛宮を、見上げていた。

 

「……分かった。お前にとっては大事(だいじ)なものだもんな、その霊障(れいしょう)と付き合っていくために。

 ———なら俺も、協力しよう」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 次の日、オレたちは町を歩き回った。

 

 この町の人間は、少しでも魔術の香りがするものを排除しようと考えているらしい。

 それはオレたちを()(もの)にするという意味ではなく、存在を無視するという意味だった。オレたちが近くにいても大人は普通に通り過ぎていくし、子供は遊ぶ。だけど、向こうから声をかけてくることはない。こちらから声をかけた時も、オレたちが一般人であるかのように振る舞った。

 

 おそらくそれが、魔術師の標的にならないようにする(ため)の、彼等(かれら)なりの処世(しょせい)(じゅつ)なのだろう。

 

 世間(せけん)(ばなし)にカモフラージュして情報を集めた結果、『どうもトゥリファスの外れで爆発事故が起きたらしい』ということを知った。

 

『その家の(まわ)りには誰も()まない』と彼等(かれら)がいうからには———その人物は魔術師なのかもしれない、と()たりをつけたオレたちが向かうと、その(あた)りは、ミレニア城に(つな)がる城壁のすぐ近くだった。

 

 イオナは、その、屋根が吹き飛んだ家を見てから、「ここなの?」と衛宮を目上げる。

 対して衛宮は、「分からない」と即答した。

 

「分からない。———だけど、イオナの霊障(れいしょう)が出た時間帯から考えると、ここを調べる価値はあると思う。昨日の夜に起きた異変は、この町ではこれだけだったからな」

 

 オレの隣にいた間桐が、イオナの左手まで進み出る。衛宮と二人で、イオナを(はさ)んで立つ形になった。

 そんな間桐は、西洋(せいよう)漆喰(しっくい)の白い壁を見上げて言った。

 

「……やっぱり、この家を壊したのは魔術師なんでしょうか」

「その可能性はある。普通は爆発なんてしないもんな」

 

 オレは、その三人を()()した。

 歩きながら、右手を体の後ろにまわす。着物姿のオレは、帯に(はさ)んだナイフの()に軽く触れつつ、瓦礫(がれき)の山を一歩ずつ登る。

 

 オレにはもう()えていたのだ。この瓦礫(がれき)、その下に、生きている何物(なにもの)かが()るということが……。

 

 “()”を()らして瓦礫(がれき)の山を観察すると、いくつかのポイントで死の線が渦巻(うずま)いているのが()える。“生きているモノ”に一番近い死の線の渦をナイフで突き刺して、その(あた)一帯(いったい)を崩壊させる。

 

 ———すると、ちょうど瓦礫(がれき)隙間(すきま)から、一対(いっつい)()がこちらを(のぞ)いた。

 

 立ち込める土煙(つちけむり)、崩れ落ちる瓦礫(がれき)の音。

 衛宮たちが()()って来る頃には、オレと目が合ったその人間の姿が、見えるようになっていた。

 

 後ろで、間桐が息を()んだ。

 衛宮とイオナはオレを追い越して、その存在の前にしゃがみ()む。

 

「———怪我はないか」と衛宮が聴いて、「腕はどう?」とイオナが言った。

 

 過呼吸(かこきゅう)気味(ぎみ)に言葉を()まらせるその存在は、ポニーテールの茶髪の女。

 白い軍服状のブレザーの中には黒いワイシャツ、緑のネクタイ。そして、赤い瞳。

 

 ———ユグドミレニアのホムンクルス。

 

 そのホムンクルスは衛宮の手を取って立ち上がりながら、周りを見渡していた。そうやって、今の状況を飲み込んだのを見計らって、衛宮はホムンクルスに質問をした。

 

「昨日から今日にかけて何があったのか、俺たちに話してくれないか?」

「———貴方(あなた)(がた)は……何者ですか?」

「ああ、そうか……」

 

 頭を()いた衛宮は二歩三歩と後ろに()がった。そして、間桐の左から彼女を眺めた。

 

「名前は捨てちまったからな。……うん。ここでは、衛宮士郎と呼んでくれ。ユグドミレニアの戦略(せんりゃく)コンサルタント、という役職についてるんだ」

 

「ユグドミレニアの関係者でしたか」と(つぶや)いた彼女は、その腕に(かか)えていたモノを、もう一度()きしめる。

 彼女の胸に押しつけられたソレに注意を向けたオレたちは、確信した。この家こそがイオナの霊障(れいしょう)の原因の現場で、目の前にいるホムンクルスは、重要な何かを知っている———と。

 

 ———それは、(ひじ)のあたりから先だけの、人間の左腕だ。

 

 イオナがその左手を(のぞ)()み、()いで衛宮を振り返る。

 

「探偵さん。この左手は(みどり)じゃないわ。女の人の手も普通だし」

 

 ()われた衛宮も左手を見て、それからイオナに目を向ける。

 

「本当だ。……ならイオナ、自分の手を確認してみてくれないか?」

「あら?」

 

 左手を見て、衛宮を見て、その瞳をキラキラさせた。

 

「元に戻ってるわ!」

 

 それから、自分の体を検分(けんぶん)しながら、イオナは逐一(ちくいち)報告していた。

 自分の左手が元の色に戻っていること、目から涙が流れ落ちなくなっていること。そういえば、体の震えも止まっていたこと。

 

 楽しそうに衛宮に駆け寄るイオナの頭を()でながら、衛宮はホムンクルスに笑いかける。

 

「あの、もし良かったら———一旦(いったん)(うち)に来ませんか? 

 急いで連絡しないといけない場所があるのなら、無理にとは言わない。だけど……状況を整理するためにも、一旦(いったん)(うち)に来ませんか? 

 俺たちも、貴女(あなた)の話は、聞かないといけないみたいなんだ」

 

 ホムンクルスは(あご)に手を当て、ポニーテールが少しだけ()れる。

 (しばら)くして、彼女はオレたちに(うなず)いた。

 

「———ええ。私も、知らなければならない事があるのです」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 オレたちの(かり)()まい。

 イオナ(いわ)く“仮探偵(かりたんてい)事務所(じむしょ)”。

 

 玄関から入ってすぐ、リビングにある四人()けのテーブルに、オレ以外は(みな)座っていた。

 

 リビングの壁にもたれて立つオレの目の前に衛宮の背中、その左手に間桐の背中。衛宮の向かいにイオナが座って、間桐の向かいがホムンクルスだ。

 

「私の名は“キミア”です」と、ホムンクルスは口にした。

 

(あるじ)からは、“キミア・ムジーク”の名を(いただ)いておりました」

 

 衛宮が反応したのが、オレの位置からでもはっきりと分かった。

 キミアも、そんな衛宮を()(とが)めた。

 

「『ホムンクルスがなんと生意気な』と思われた事でしょう。私自身もそう思っておりますので、普段は口にしませんでした。

 ……ですが、私は知らねばならないのです。本当に、私が(あるじ)を殺したのかを」

 

 ———キミアの主人“マールス・ムジーク”は、ムジーク家のスペアらしい。

 つまり、ゴルド・ムジークの家が(かり)途絶(とだ)えた時は当主(とうしゅ)を任される家柄(いえがら)だ、という事だ。

 

()(あるじ)、マールス様が、それほどに大切な立場であるにもかかわらず、聖杯大戦間近(まじか)のこの時期にトゥリファスに(きょ)(かま)えている、という事実だけでもお(わか)りかと思いますが———」

 

 キミアは、先程(さきほど)から一度も放そうとしない血色(けっしょく)の良い左腕を、胸に()(いだ)いたその腕を、自分の右手でそっと()でる。

 

「あまり……お(いえ)との関係は、()いとは言えないものでした」

 

 キミアが製造される以前から、マールスは爪弾(つまはじ)きだったらしい。

 本来なら“水銀(すいぎん)硫黄(いおう)(しお)”からなる錬金術の体系を、“(てつ)基軸(きじく)にしたもの”として再構成するマールスのやり方を、嫌っていた者も多いとか。

 

「マールス様がユグドミレニアの外部協力者という役割を押しつけられたことにも、そういった確執(かくしゅう)が関係しておりますが。

 ですが私が知りたいことは、また別にあるのです。

 ———昨日何が起きたのか、私は何も知らない。

 気がついたのは、(すで)に建物が倒壊(とうかい)した後のことでしたから……。

 覚えていることはマールス様の安堵(あんど)の顔と、部屋が爆炎に包まれる様子(ようす)。そして全てが終わった後、緑に変色した左腕を私が抱きしめていた事……だけです」

 

 キミアの説明に、間桐が「あれ?」と声を()らした。

 

「キミアさん。それがどうして『キミアさんがマールスさんを殺したこと』になるんですか?」

 

 キミアの視線が、衛宮から間桐に移る。

 

「ご親戚方(しんせきがた)に予言されていたのです。『いずれ私が、マールス様を殺すのだ』と。

 先日(せんじつ)トゥリファスに()られた———」

 

 “ドンドンッ”と(とびら)を叩く音で、部屋の中に緊張が走った。

 キミアの話は途切(とぎ)れ、イオナはぴょんと立ち上がる。

 

 イオナがテーブルを回ってこっちまで走ってくるのとすれ違い、オレはテーブルの向こうまで歩き、部屋の真ん中でナイフを(かま)える。

 

 ……一息(ひといき)二息(ふたいき)

 

 (とびら)が叩かれる。

 ドンドンッ、ドンドンッ……と、(こぶし)で叩く音を聞きながら、部屋の人間に目配(めくば)せをする。

 衛宮がキミアの腕を引いてテーブルの向こう側まで引っ張って、間桐はイオナの肩に両手を置いて、衛宮の後ろに半分隠れる。

 

 その(あと)で、オレは(とびら)を開け放つ。

 

 ドアの向こうの人相(にんそう)を見た時、口から「……なんだよ」という言葉がこぼれ出た。

 オレの言葉を受けて眉間(みけん)のシワを深くしたその男は、「それはこちらのセリフだ」とだけ言葉を返した。

 

 男の左腕がくぐっと上がる。人差し指でオレの眉間(みけん)を指差した。

 ()でつけられた金髪、()()った二段(にだん)(ばら)、ユグドミレニア式の白い軍服に、鼻の下にだけ付いた口髭(くちひげ)

 

 ゴルド・ムジーク・ユグドミレニアが、オレに向かって口を開いた。

 

「ここに()ることは分かっている。マールスのホムンクルスを出せ、私はそいつに用があるのだ」

「……それはどういった用件(ようけん)なんだ?」

「なんの事はない、そいつがムジーク家の者を殺した。だから態々(わざわざ)来てやったのだ。さっさと差しだせ、リョウギ。この忙しい時期に手間取(てまど)らせるな」

「……なぁ」

 

 オレは(わず)かに重心を引いて、ゴルドにかけていた(あつ)を弱める。

 

「どうして『殺した』と断定できるんだ? 証拠があるなら見せて欲しいんだけど」

 

 オレの言葉でゴルドの重心が(うえ)()がった、肩に(ちから)が入ったのだ。

 “ドンッ”と右足を一歩踏み出し、ゴルドは両手を握りしめた。

 

「うるさいッ! 私は忙しいのだ、とっとと渡さんかっ。

 これから戦闘用ホムンクルスの調整をやらねばならんというのに、貴様らなんぞと話している時間などない事が(わか)らんのか」

 

 ゴルドは右手を伸ばしてドアの(はし)(つか)む。

 

「そこに居るのは分かっておるのだ、出てこいホムンクルスッ! 

 遺族のために、お前を目の前で殺さねばならんからな。———時間がない。

 明日には、自家用ジェットが城塞(じょうさい)に届く。それで出立(しゅったつ)せねばならんのだッ!」

 

 ゴルドの目線が、一瞬だけ下を向いた。オレのナイフを見たのだろう。

 踏み込めば切られると思ったからか、家の中には入ってこない。

 

 (しばら)く睨み合っていると、ついに、衛宮を(ともな)ったキミアが出てきた。

 彼女はオレを()()して外に出る。それに続いた衛宮は、オレの右肩を叩きながら(とびら)を抜けた。

 

 

 ———(あと)(まか)せろ、両儀。少しだけ行ってくるから———

 

 

 ドアが()じて、静かになった。

 (とびら)から目を()らしたオレは、部屋の(すみ)に固まっている二人を見つけた。

 

「今、衛宮と何を話してたんだ? おまえら」

 

 間桐がこっちに振り向いて、「えっと……」と言いながら(あご)に人差し指を()えている。

 

「先輩は『丸め込んでくる』って言ってました。イオナちゃんの体質のこともあるし……、キミアさんのためにも“何が起きたのか”は知っておきたいって。

 だから、すぐに帰って来ると思います」

 

 イオナが、トコトコとオレの(ところ)まで歩いてくる。

 もう“(なみだ)”も“(ふる)え”も出ないからか、前髪をぴんで()めて目を出したイオナが「私たちね、知りたい事があるの」とオレを見上げた。

 

「探偵さんのこと、私たちも知りたいなって思ったの」

「『私たちも』ってことは間桐もか。……()いたって何も変わらないぜ?」 

 

 目を向けた先から、紫色の()が返ってくる。間桐は、“じっ”とオレを見つめていた。

 

「……()かれたから答えるだけだ。()いことなんて何も無い、それでも?」

 

 (うなず)きが返ってきた。

 

「……いいよ分かった。それじゃあ、何が知りたいんだ」

 

 さっきまでイオナが座っていた席に腰を()ろす。すると正面の椅子にイオナが、その左手側に間桐が座った。

 

「衛宮が帰ってくるまでなら———な」

 

 イオナは左手の間桐を見る。その視線を受けた間桐は、少しだけ身を乗りだした。

 

「両儀さんが先輩を追いかけ回している理由を聴いたとき、両儀さんは言いましたよね? 『“先輩の考え方”がオレにとって天敵だからだ』って」

「言った。けど聴きたいのは衛宮の事だろ? 関係あるのか? それは」

「あります」

 

 間桐は“ギュッ”と、自分の肩に(ちから)を入れた。オレからは見えないが、両膝(りょうひざ)の布を(にぎ)()めているのだろう。

 

「両儀さんが、わたしから“炉心(ろしん)役割(やくわり)”を取った時に言ってたじゃないですか。『先輩の意見を変えたいのなら、先輩の見ている世界と同じに、未来に立つ必要があるんだ』って。それに『両儀さんは先輩と同じものが見える』ってことも聞きました。

 ———だから教えてください。『未来に立つ』ってどういう事ですか? 両儀さんには世界がどう見えているんですか?」

 

 間桐が、オレの目を直接見る。

 

「“両儀さんの天敵の考え方”って、なんですか?」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「———間桐、おまえは見たろ? オレの父親」

「はい。遠坂さんに変装してた人ですよね?」

「そう、アイツだ。オレはあの男の子供だった。()(おや)(つね)としてアイツもまた、“自分の知っている世界”の中でオレに教育を(ほどこ)した。

 つまり、オレを優秀な投資家に仕立(した)()げようとした(わけ)だ。

 ———そして、どうも成功したらしい」

 

 あの男が、同じ投資家仲間……というか、同じ企業(きぎょう)形態(けいたい)の会長仲間に『アレは傑作(けっさく)だよ』と言っているのを、いつだったか聞いた事があった。

 その時は意味なんて(わか)らなかったが……、今になって思えば、それはきっと『教育に成功した』という意味だったのだろう。

 

「あの男は、オレに全ての資料を渡した。アイツが(おこな)った投資、条件(じょうけん)選択(せんたく)とその結果(けっか)、全ての資料だ。

 そして(とお)にも()たないうちから、莫大(ばくだい)(かね)をオレに渡して投資をさせた」

 

 間桐から目を()らして、少し上向(うわむ)く。

 

 ———アイツがオレに(もと)めたものは少なかった。

 “毎日何度も投資をすること”、“投資をする前に結果を予想すること”、“投資を(おこな)った後で、その影響を受けた人間たちの生活を観察して、予想が当たったのかどうかの確認をすること”———の三つだけ。

 

「その三つを繰り返すことで、オレに投資結果(とうしけっか)を予想させた。

 “(かね)の動き”だけじゃない、“事業として成功したかどうか”だけじゃない。オレが投資することで、オレが(かね)()すことで、相手の会社や家族はどういう風に変化するのかを、ただ推測させ続けた。

 ———だから、(わた)されたデータがおかしい事に、オレはすぐに気づくことになったんだ」

 

 (まわ)りを見渡すと、間桐もイオナも真剣に聞いている。

「オレの()(うえ)(ばなし)なんて面白くないだろ」と口を(はさ)めば、「わたしは先輩のことが知りたいんです。そのために必要なら、話してください」と返ってくる。

 

 少しだけ天井を見て、それから戻して。もう一度、オレは自分の記憶を(さぐ)った。

 

「オレに渡されたデータの中には、“失敗した投資データ”だけが無かったんだ。

 だから、(もら)ったデータを全部(ぜんぶ)時系列(じけいれつ)(じゅん)に並べて、『歯抜(はぬ)けになっているデータの時間』を見つけてやろうと思った。……けど、オレの目論見(もくろみ)は失敗した。

 理由は簡単。『()けているデータなんて無かった』という事が(わか)ったからだ。

 つまりあの男は、会社を立ち上げてからこっち、たったの一度も、投資で赤字になった事が無かったんだ」

 

 ———普通(ふうう)はあり()ないだろ? そんなこと———

 

 投資というのは未来を読む、だからギャンブルのようなモノだ。

 未来は()して確定しない。だから、どれだけ正確に株価(かぶか)を読んでも、失敗する時は失敗するものだ。

『全ての会社の株価の未来推移(みらいすいい)を正確に予測(よそく)する』なんて出来(でき)ないし、どんなに良いアイデアを持って来たベンチャー企業であっても、コケる時はコケる。

 ———でも、あの男にはそれが無かった。

 

「あの男が(かね)()した奴等(やつら)はな———例外なく成功し、全ての投資で莫大(ばくだい)なリターンを手にしていた」

「———あのね、シキ?」

 

 オレの正面に座っているイオナが、左手をちょっと()げている。

 

「シキのお父さんは未来が分かるの?」

「……多分(たぶん)な。十年以上あるデータにおいて失敗がゼロだぜ? そんなの、未来でも読めてないと説明がつかないだろ。

 あの男には(わか)ってたんだ。投資の結果も、自分に(かね)を借りに来る……ベンチャー企業の趨勢(すうせい)も」

 

 

 いつからだろうか。オレが、父親が投資しなかった人達の、“その後”を調べるようになったのは。

 ただ気になった、というだけではなかった。あの男がどういう基準で投資対象を選んでいるのかが気になったのだ。最初は安全策(あんぜんさく)をとっているのだと思っていた。……そう、思いたかった。

 

「調べた結果。あの男が切り捨てた人達の中に……(だれ)一人(ひとり)として、事業を成功させた者はいなかった。

 細々(ほそぼそ)()(つな)いでいる(やつ)はいたけど、事業として成功している者は皆無(かいむ)(ひと)しかった。

 それを知った時にふと思ったんだ。

 ———もう少し、どうにかならなかったのだろうか……と」

「……両儀さんは———」

 

 間桐の声が、オレまで届いた。

 

「両儀さんは、その可哀想(かわいそう)な人達を助けたかったんですか?」

「違うだろうな。助けたかった(わけ)じゃない。ただその(ころ)になると、自分の父がその人達に()()していたらどうなっていたかを、オレは正確に予測できてしまえていた」

 

 

 オレが散々(さんざん)訓練(くんれん)してきた思考方は、『結論を出さない』というモノだった。

 

 A社に(かね)()した場合にどういう結果になるかを推測し、B社に(かね)()した場合はどうなるかを推測し、C社の場合も推測して、その全てを頭に入れたまま、どれを選ぶかの結論を出さない。

 

 そういう思考が染み付いてくると、いつの()にか、複数の未来を同時に推測する事ができるようになっていた。

 

「おまえらは———」と、目の前の二人に呼びかけた。

 

「『オレには世界がどう見えるか』って聴いたろ。これがその答えだ。

 ———オレには世界がダブって()える。特に、オレの影響力が大きかった頃はもっと(すご)かったぜ。

 なにせ、自分の人差(ひとさ)(ゆび)(ひと)(うご)くか(うご)かないかで、“頭の中で推測した人々”の()()にが、その都度(つど)確実(かくじつ)に変わるんだ」

 

 自分の()を、右手の指でそっと触った。

 

「当時のオレには、(かね)という莫大(ばくだい)な影響力があった。父親の命令でそれを動かし続けていた。その結果を推測(すいそく)し続けることによってオレに(あた)えられた視座(しざ)、『複数(ふくすう)存在(そんざい)する未来(みらい)結末(けつまつ)同時(どうじ)演算(えんざん)すること』で、オレの目にはいつも、複数(ふくすう)結末(けつまつ)がダブって()えていたんだ」

 

 当時のオレにとって、(かね)という影響力を使って、それに翻弄(ほんろう)されるいくつもの会社の未来を推測していたオレにとって、結末とは大体が自殺や凋落(ちょうらく)だった。

 オレの選択の結果、経営が悪化して夫婦仲が険悪(けんあく)になり、離婚し、(くび)()る社長の姿を、何度(なんど)演算(えんざん)したことだろうか。

 

「“殺人の定義”は『人が死ぬことを確定的なものと認識(にんしき)しながら認容(にんよう)している場合』だろ? だから、オレが殺した人数なんて、もう覚えてもいない(ほど)だ」

 

 間桐は(うなず)いた。

 それから、少し乗り出すように顔が近づく。

 

「両儀さんはどうして、先輩のこと『天敵だ』って言ったんですか?」

「そのままの意味だよ、間桐。衛宮の考え方はオレにとって天敵なんだ。

 アイツは、あり()ない可能性を排除(はいじょ)する。そうすることで可能性をたった一つに限定(げんてい)するだろ。

 だから、アイツの近くにいるうちは、あまり色々見なくてすむ」

「両儀さんの未来予測が効かなくなるから———それだけのために、こんな(ところ)まで()いて来たんですか?」

 

 オレは息を吐きながら()もたれにもたれて、一度ゆっくり(まばた)きをした。

 

「それもある。けど、それだけじゃない。その問題は“直死の魔眼”になった時点である程度は楽になってたんだ。

 この魔眼は死を固定して具現(ぐげん)するから、死の線を前にしてなぞらなければ、逆説的に殺せない。

 この魔眼になってから、予測の精度は格段に落ちた」

 

 この場が静寂(せいじゃく)になったのを感じて、「衛宮のことだろ?」と話を(そら)す。

 (はら)(ちから)を入れて姿勢(しせい)(ただ)す。(ひざ)の上の布に指を(はし)らせると、一瞬、電車の音が聞こえた気がした。

 

「今までの話で大体(だいたい)(わか)ったと思うけど、アイツの推理は未来の可能性にすら影響(えいきょう)するんだ。

 ……でも、アイツは“未来視の魔眼”なんてモノを持っている(わけ)じゃない。ただ考えているだけなんだ。

 ———そら、(あき)らかにおかしいだろ? 考えただけで未来が限定(げんてい)されるだなんて」

 

 右斜(みぎなな)め前に座る間桐から、(わず)かな不安が(ただよ)ってきた。(たい)してイオナは大きな目のまま、オレの正面で笑ってる。

 もう一度、間桐の様子(ようす)(うかが)った。お(たが)いの目が交差(こうさ)する。

 

「それは……どういう意味ですか?」

「アイツの未来視は推理だってこと。……オレたちは、色んなモノから影響を受けながら生きているから。だから、オレたちの本質を推理できる男なら、今の状況からオレたちが()つ、その(つぎ)一手(いって)を確実に推理できる(はず)だ。それに影響された人間の(つぎ)の行動もまた推理できるなら、その先だって……もっと」

「でもそれは———」

 

 間桐は(ひざ)から手を離し、胸の前でギュッと(にぎ)った。

 

「それは、両儀さんだって一緒(いっしょ)ですよね?」

 

 間桐の懇願(こんがん)に「まさか」と、笑ってみせる。

 

一緒(いっしょ)なものか。あの時のオレの考え方は『複数の結末を同時に予測する』で、衛宮のは『可能性をたった一つに限定する』だ。

 聖杯大戦に乗り込んだってことは、(すで)に未来も推理したんだ。推理して、衛宮は未来(みらい)測定(そくてい)したんだ」

「ねえねえ、シキ」

 

 イオナはまたしても手を()げる。

 

「探偵さんはどうやったの? だって、探偵さんには不思議な(ちから)は無いのでしょう?」

「無い。だけど、何も出来(でき)ないというのも違う。

 ……人間なんてのは、(つね)に誰かの影響を受けながら生きている生き物だろ? だから『自分のどういう行動が相手にどんな影響を与えるか』っていうことさえ推理すれば、測定(そくてい)した未来の世界に現実を沿()わせることも出来(でき)る」

 

 未来を測定(そくてい)するために必要なもの、それは明確なビジョンとそこに(いた)るまでの道筋(みちすじ)だ。

 未来のビジョンは衛宮が推理で導くとして、そこにたどり着くまでの道筋(みちすじ)を、オレたちに正確になぞらせるためには……。

 

 あまり分かってなさそうなイオナとは対照的(たいしょうてき)な間桐を見る。そんな間桐の呼吸は、少しだけ浅くなっていた。

 

「つまりアイツの能力は、未来視というより———催眠(さいみん)魅了(みりょう)に近い」

 

「…………でも先輩は———」

「別に、だからどうしろと言ってる(わけ)じゃない。言ったろ? 『()かれたから答えるだけだ』って。こんなの聞いたって、別に何も変わらないんだ」

 

 オレの正面、純粋(じゅんすい)に笑うイオナの左で、間桐の口は()いている。

 

 オレの耳に、(おもて)(とお)りの喧騒(けんそう)が、(わず)かに届いた。

 

「そろそろ衛宮も帰ってくる。だから、せいぜい笑っておけよ」

 

 椅子(いす)を引いて立ち上がったオレに、間桐が咄嗟(とっさ)に言葉を放った。

 

「両儀さんッ! ……両儀さんは、先輩があんなにも帰りたがってる(わけ)も、知ってるんですか?」

「———さあな」

 

 入り口のドアノブに伸ばした手を途中(とちゅう)で止めて、顔だけで間桐を振り返る。

 

「でもアイツは、“アルトリア様”のために自分の人生(じんせい)すら投げ出してるんだ。大方(おおかた)恩義(おんぎ)でも感じてるんだろう」

 

 “(おのれ)人生(じんせい)すら(ささ)げる(ほど)のモノ”となると、一体(いったい)、どういうモノがあるだろうか。

 

 ———そういえば、と思い出す。

 オレが衛宮に(いだ)く感情も、どちらかというとそういう(たぐい)か。

 

「その女の———未来だけは読み切れなかったんじゃないの? 衛宮にはさ」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 戻ってきた衛宮は、ゴルドとキミアを(ともな)っていた。

 

 間桐が紅茶を()れようとするのをゴルドは(ことわ)り、椅子にドカッと腰掛(こしか)ける。

 対面(たいめん)に座った衛宮の後ろに(はべ)る間桐と、その影から(のぞ)くイオナ。

 そのさらに後ろ、自分の定位置で腕を組んで(たたず)むオレは、ゴルドの後ろに立つポニーテールの女を(なが)めた。

 

「いいかエミヤ、この私を一日(いちにち)拘束(こうそく)するという事がどれほどの事か、しかと召使(めしつか)いにも()()かせておけ」

「それはちゃんと(わか)ってる。明日、ゴルドさんが自家用ジェットで出発する時間までに納得できる答えが出なかった時は、“キミアさんが犯人”だということになる」

「そうだッ!」

 

 ゴルドが口を開け、衛宮から視線をこっちに飛ばした。オレと間桐とを視界に(おさ)める。そして、(ゆび)()しながら念押(ねんお)ししてきた。

 

「ウチの(かか)える占い師が、“マールスの終わり”を予見(よけん)したのだ。『マールスがホムンクルスを作ることで、彼から刻印(こくいん)が失われる。彼の血はそこで途絶(とだ)えるだろう』とな。

 そして、このホムンクルスは魔術(まじゅつ)刻印(こくいん)(きざ)まれたマールスの腕を(かか)えていたのだ」

 

 ゴルドの手が下がる。テーブルの上で、(にぎ)(こぶし)が作られた。

 

「今回は私自身、()に落ちんところがあった。だから特例(とくれい)()()してやる」

 

 それから振り返り、(みぎ)(ひじ)を背もたれに乗せて、キミアに「話せ」と(うなが)した。

 

「ムジーク家の人間関係など、貴様の知らん(ところ)補足(ほそく)してやる」

 

 そうして、キミアは話しだす。

 ゴルドの右隣に進み出て、両手を体の前で(かさ)ね、一礼してから口を(ひら)いた。

 

 

「昨日のことですから、まだ鮮明に覚えております。

 あの時、私は———マールス様が吹き飛ぶ(さま)をこの目で見たのでございます」

 

 

 

 キミアの話に耳を(かたむ)けながらオレは、上向(うわむ)いて、ゆっくりと(まばた)きをするのだった。

 

 

 

 

 


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