両儀式のコスプレイヤーは、汚れたクロックスなんて絶対履かない   作:夜中 雨

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第二章、遠坂邸のコスプレイベント
360万の(かね)を、5年かけて使うなら———


 

 

 

 

 ———直死の魔眼を、(ひら)く。

 

 死の線が見える。

 目の前のモノに無数に(はし)る死の線を、(かた)(ぱし)から包丁でなぞる。

 

 衛宮に、百均で買わせた小型の包丁。それを、鉛筆を持つように軽く(つま)んで、先端で、ひたすらに線をなぞり切る。

 百均の薄いまな板の上が(こま)かくなってきたら、包丁の握りを切り替える。小刀(こがたな)を持つ時のように()先端(せんたん)付近(ふきん)(つか)み、まな板からかるく離して、割とキツめに(たた)()ろした。

 

 (たた)く、(たた)(たた)く。

 

 ひたすらに(たた)き、ツミレのように細かく(きざ)む。

 硬い骨には魔眼を使い、徹底的(てっていてき)(たた)き続ける。

 そうやって、原形をなくした塊を前に、百均の鍋を取り出した。片手持ちの行平鍋(ゆきひらなべ)だ。

 水を()った行平鍋(ゆきひらなべ)に、先程の塊を入れていく。それから、火にかけた。

 

 鍋の中の温度が上がると共に、水がどんどん(にご)ってくる。

 (しばら)く沸騰させ続けてから、シンクの中の排水口にブチ()ける。

 

 一気(いっき)に湯気が()(のぼ)る。

 (なが)しっ(ぱな)しの蛇口の水が、シンクを()つ音がする。

 

 十数秒も数えるころには、排水ネットが全てを()()ってくれている。

 本日5度目の作業を終えて、それからオレは一息(ひといき)ついた。

 

「やっと終わった……」

 

 声に出しても(むな)しいだけだ。

 達成感などあるものか。ただ、肩の力が抜けるだけ。

 

 ———まぁ、でも。

 オレがやって良かったと思う。メリットは沢山(たくさん)あった。魔眼の制御はかなり上達しているし……何よりアイツの、(おも)いを知れた。

 

 その“(おも)い”の向く先に、どんな人間がいるのだろうか。

 

 鍋も含めた調理器具をサッと洗う。包丁だけは水気(みずけ)を拭き取ってから、洗い終わった調理器具を作業台(さぎょうだい)に並べて———“()る”。

 

 

 

「……おい、証拠の隠滅(いんめつ)終わったぞ衛宮」

 

 寝起きの衛宮に、固く縛ったレジ袋を突きつけて、オレは(たすき)()きながら「ゴミ出ししろ」と語気(ごき)を強める。

 玄関の(とびら)が閉まったのを確認してから、両掌(りょうてのひら)で両目を(おお)い、(まぶた)を押さえて固定する。

 

 ———それでも、死の線は消えない。

 

 (まぶた)は完全に閉じているのに、脳が勝手に赤白(あかじろ)い線を認識して、視覚情報として入力するのだ。

 

 舌打ちをした。

 まだ完全には慣れてないんだ。能力をオフにするためには『焦点をズラせばいい』のだと知ってはいても、昨日手に入れた能力だから、オフにするのに時間がかかる。

 

 ゆっくりと、両掌(りょうてのひら)をどける頃には、正常な視界が戻ってきていた。

 

 “ガチャ”っと、玄関のノブが勝手に回る。

 身構(みがま)えるオレに、普通に入ってきた衛宮が言う。

 

「どうした、両儀。腹でも痛いのか? 

 トイレならそこに———」

 

 最後まで言わせない。右の掌底をヤツの(ひたい)に軽く当て、すぐさま後ろに()退()さる。

 

「……もう一回寝る」

 

 (ひたい)をさする衛宮を尻目(しりめ)に、リビングの()を開け放つ。

 

「おやすみ衛宮」

 

 リビングから寝室に入って、衛宮の着替えだけをリビングに放り出してから、オレは寝室の(とびら)を閉めた。

 

 

 

 ———これは、オレが衛宮の家に押しかけた、次の日の朝のことだった。

 

 

 寝室のドアノブから手を放す。

 衛宮のヤツが(とびら)の向こうでガサゴソ動いている音を聞きながら、寝室のベッドに体を投げ出す。仰向(あおむ)けのまま倒れこむ。

 

 左の肘で両目を覆う、着物の(そで)で口まで覆う。

 

「クソッ、逆だぞこれ。

 自首の意味が変わってくるだろ……あのバカ」

 

 目を閉じて思い出す。

 衛宮に『処分してやる』と言った首を、(じか)に見たのは、今朝、起きてからだった。

 適当(てきとう)な新聞に包まれて、さらにポリ袋の中に入っていたソレを(じか)に見た時、オレは舌打ちせずにはいられなかった。

 

 ———日本刀を使わずに首を切るというのなら、軟骨部分を切断すべきだ。

 オレの見た(ソレ)(れい)()れず、頚椎(けいつい)(あいだ)の軟骨を切断していた。

 ただ問題だったのは、切断している場所がかなり胸椎(きょうつい)に、つまり胴体に近い場所だったこと。おかげでポリ袋の中の頭には、かなり長い首が付いていたこと。

 新聞紙を()がす前から(すで)に、オレにはイヤな胸騒ぎがあった。

 

 切断位置が下に()ぎる。

 

 首というものは、頭に近づくに()れて(ほそ)くなっているものだ。当然、頭に近い方が首周(くびまわ)りの筋肉も少ない。

 頭に近い方が切り取りやすい…………(はず)なのに。

 

 ———今朝のことだった。

 キッチンの作業台の上。被害者の首を包んでいる、黒ずんだ新聞紙。

 鼻に付く生ゴミの(にお)い。

 

 オレが真っ先にソレの、首周(くび)りの新聞紙を()()ると————そこにはくっきりと扼殺痕(やくさつこん)が、人の手形(てがた)が残っていたんだ。

 

 

 左肘(ひだりひじ)に力を入れて、(まぶた)に強く押し付ける。

 右手でギュッと、衛宮のベッドの布団を握る。

 

自首(じしゅ)自首(じしゅ)自首(じしゅ)……。

 アイツが自首(じしゅ)するつもりなら、手形(てがた)は胴体側にあった方が都合(つごう)がいい。『俺が犯人だ』と言い出た時に証拠として使えるからだ。

 でも———」

 

 でも、態々(わざわざ)切り取ったからには、そこには必ず理由がある。切りにくい(はず)の“首の太い部分”を扼殺痕(やくさつこん)ごと切り取った。それはつまり……

 

 ベッドが(きし)む。

 オレが起き上がる時の重心の移動で、ベッドの脚の取り付け部分に負荷(ふか)がかかったようだった。

 

 衛宮のヤツをとっちめてやろうと立ち上がり、歩き、ドアノブに手をかける。

 (とびら)を開けようと力を込めた手を(すんで)(ところ)で引っ込めた。

 

「何やってんだろ……オレ」

 

 振り返り、戻り、うつ伏せにベッドに飛び込んで…………オレは(しばら)く寝たフリをした。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 10月4日、日曜日。

 ———新神戸駅前。

 

 駅舎(えきしゃ)を出て、頭上に天井がなくなった瞬間、降り注ぐ(さわ)やかな日差しを浴びる。目を細めて太陽を見上げてから、後ろにいる青年を見た。

 衛宮と目が合った時、ふと気づいた。大切な事を、まだ聴いてなかったことに。

 

 両手を革ジャンのポケットに入れて、横断歩道で立ち止まる。

 

 片側一車線の車道を(わた)る横断歩道で、渡った先で二股に別れている。左手の道はそのまま大通りに合流する。右手の道は上り坂になっていて、住宅地の中へ続いてる。

 横断歩道の向こうに立っている信号機の赤い光を眺めつつ、右隣にいる衛宮に向かって、コスプレイベントの趣旨(しゅし)を聴いた。

 

「それで衛宮、何なんだよこのイベント。

 遠坂邸でコスプレでもして、写真()って帰るのか?」

「あ———、どうなんだろうな。

 でも、ルールがあるらしいことは知ってるんだ」

 

「ルール?」と聞き返したオレに、衛宮はちょっとだけ視線を寄越(よこ)して、また前を向いて口を開いた。

 

「そう、ルール。

 ———なんでも、このイベントの最中(さいちゅう)は本名厳禁。

 自分が(ふん)したキャラの名前のみを使用しないといけないらしい」

 

 信号が青に変わった。

 二人並んで歩きだす。

 

「……でもそれ、言うほど特殊なものなのか? 

 相手の本名の詮索(せんさく)なんて、普通に御法度(ごはっと)だと思うけど」

「そうだよなぁ、それは俺も気になってたんだ。

 でも……詳細は知らないからな。なんとも言えない」

 

 横断歩道を渡り切ったあと、二股(ふたまた)の道を右に折れる。

 ここから先は上り坂になっていて、車道も一車線分の幅しかなくなる。

 オレは左の歩道に乗って、右隣から聞こえてくるキャリーの音を聞いていた。

 

(ほか)には? 両儀。聴きたいこと———(ほか)にないか」

 

 “聴きたいこと”ね。

『300万の賞金の出どころ』とか『お連れのアルトリア様』とか『持ち帰った“首”に付いてた手形(てがた)』とか———

 

「……まあ、いいか」

 

 歩きながら(つぶや)いたオレの言葉に、衛宮は「どうした」と聴いてくる。

 

「別に……。考えるのが面倒になった。

 このイベントに何があるのか知らないけど……気にするの、やめにする」

「えっ? ……あーイヤ、(まい)ったな。このままじゃ会場まで会話が()たないぞ」

「知るか。

 おまえ自分で考えろ」

 

 右隣から聞こえる唸り声をBGMに、ぼんやりと空を眺め見る。

 水色に()んだ秋の空。

 隣にいる男の存在。

 

 数週間前のオレでは、考えられない状況だった。

 

「お前の夢を当てるってのはどうだ?」

 

 唐突に割り込んでくる衛宮の声にゆっくりと意識を戻しながら、見るともなしに右を見る。

 

「無理じゃないの?」

「だからこそ、だろ?」

「ふーん……じゃあ答えは?」

「……それは今から考える」

「おい」

 

 坂道を登る。風景が変わる。

 ここはおそらく、アパートやマンションの裏側の道だ。

 左には、高くて四角い建物があるけど、正面玄関に当たるものは見当たらない。この道ともフェンスで仕切(しき)られているし、明らかに人の出入りを遮断(しゃだん)している。

 

 そうやって左手の建物を観察していると、後ろから声がかかった。

 

「あ、そうか……。だいたい解った」

「嘘」

「ホントだって」

「嘘だ。だってオレは———」

 

「両儀は、信心深(しんしんぶか)い方だよな」

 

 衛宮の声に、反応して右を見る。

 衛宮の口元が、緩んでいるのを見つけてしまった。

 

「は? 信心(しんしん)? 

 ウチは仏教徒だけど、それほど熱心に拝んでなんて———」

「違う違う、そうじゃない。家系の宗教の話じゃなくて、両儀自身の心の話だ。

 お前、日本(にほん)神道(しんとう)神霊(しんれい)の事とか、結構信じるタチだろう」

「…………はっ?」

 

 一瞬、理解が及ばなかった。

 数瞬かけて意味を飲み込む。

 

「ちょっ、おまえそれは……」

 

 衛宮を見上げる。

 ———あり得ない。

 

「おい衛宮ッ。どうやってその可能性を引き抜いたんだ。だってオレは———」

 

 と、そこまで言いかけた時、衛宮が止まった。

 

 四辻(よつつじ)の交差点。

 衛宮は右を見つめてる。

 

 そして笑った。

 

「ついたみたいだぞ。

 ———遠坂邸」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 それは一軒の、洋館だった。

 赤い三角屋根から伸びた、四角い煙突が二本。

 

 横断歩道を(わた)った先、右手に見える洋館の門。

 

 その門の前に、7人ほど。

 それぞれに大きなキャリーやボストンを持って、門の前でつっ立ちながら談笑していた。

 その真ん中にいた一人がこっちを向いて、小走りでやって来る。黒みがかった紫の髪の少女だった。

 

 襟付きの白いワンピースの上から薄桃色のカーディガンを羽織った少女は、ピンク色のバインダーを両腕で抱き抱え、胸に抑えつけている。その状態でぴょんぴょんと()(あし)でやってきて、オレたち二人の前で立ち止まる。

 

「初めてまして、“衛宮士郎”様ですね」

「えっ? …………ああ、そうか。そうです、はい」

 

 おいっ、と右肘(みぎひじ)で隣をつつく。

 みっともない真似(まね)をするな、不審(ふしん)に思われたらどうする。

 

 少女は、視線をスライドさせてオレを見た。それからバインダーに目を落として、もう一度オレを見る。もう一度バインダーを見てから、オレの隣の、衛宮士郎の顔を見た。

 

「えっと、衛宮様? 予定ではお連れ様は“アルトリア様”と記載されてますけど……、如何(いかが)なさいましたか?」

 

「あー」と語尾を伸ばしながら首の後ろを()んでいる衛宮。

 しばらくして、ガックリと肩を落とした。

 

「それが、込み入った事情があって勧誘に失敗しまして……。

 代理人(だいりにん)に、両儀の格好をしてもらったんです」

 

 少女は“わっ”と驚いた顔になってから破顔(はがん)して、手元のバインダーにペンで“シュッ”と横線を入れた。

 

「分かりました。それでは“衛宮士郎”様、“両儀式”様。

 門の前でしばらくお待ち下さい。すぐに主催者が参りますので」

 

 ———と、そこで雰囲気が一変した。

 ピンクのバインダーを、自分の後ろで両手持ちにして、腰を入れて胸を張る。紫色の髪の毛が、風にさらわれて持ち上がる。

 

「……と、硬い話はこれくらいにして———

 今日からは、3泊4日の大イベントです。1日中コスプレしてお(めか)しして、目一杯、楽しんでいってくださいね」

 

 それから、右手だけを胸に持ってきて「言わずもがなですが」と言って続けた。

 

「私の名前は間桐桜です。これから4日間、よろしくお願いしますね、せんぱい」

 

 そう言って、少女はとても綺麗に笑った。

 

 ふと、右隣を見る。

 衛宮はずっと、間桐の後ろ姿を追っていた。

 

「エミヤー、オレ場違いじゃないか?」

 

 衛宮がオレを見る。その視線を受けてから、オレは、間桐の戻った先を見る。

 

「見ろよ、あの集団。stay night(ぜい)ばっかりだ」

 

 間桐桜の戻る先には、赤い弓兵やら金髪のライダースーツやら、見たことある絵面(えずら)が並んでる。

 

 その集団を観察するフリをしながら隣の衛宮を盗み見ていると、やがて、衛宮は(うなず)いた。

 

「まぁ、大丈夫じゃないか? 両儀式だって同じ世界観の中にいるんだし。

 それにほら、お前は完成度高いからな」

「何の保証にもなってないぞ、それは」

 

 でもまぁ。

 一歩、二歩。二歩だけ前に進み、衛宮から顔を隠す。

 盛大にため息をついて見せ、大袈裟(おおげさ)に首をふった。

 

「……分かった、いいよもう。

 乗りかかった船だし、恥ずかしいのにはもう慣れた。

 せいぜいお(とも)してやるから———堂々としてろよ、衛宮。そうすりゃあ割と見れるんだし、さ」

 

 ズンズンと一人(ひとり)(まえ)に行く。

 衛宮は後から()ればいい。アイツは何かと秘密があるから、オレが偵察しといてやるよ。

 

「初めまして。

 本来なら、招待される(はず)のなかった———両儀式と申します」

 

 集団の内の一人が気づいたタイミングで、此方(こちら)から先に名乗り出る。

 オレに気づいた少女が一人振り向いて、胸に手を当て名乗り返した。

 

「初めまして両儀さん、私の名前は遠坂凛。

 ———と言っても、このイベントの(あいだ)だけ、ね」

 

 それから凛は左手方向に一歩だけズレる。

 (みぎ)(てのひら)を上にして右に出し、後ろの人間を指し示す。

 

「んで、こっちがアーチャー。私の連れよ」

 

 凛の声が届いたのか、背中しか見えなかった男が振り返り、驚いたように眉を上げた。

 

「これはまた、綺麗なお嬢さんだ」

「…………両儀式」

 

 顔の表情を変えないオレに、アーチャーの(ほほ)が上がる。

 

「おやっ、警戒させてしまったかな? 

 私はこの通り大柄(おおがら)でね。多少の圧迫感は大目(おおめ)()てくれたまえ」

 

 アーチャーのロールプレイも中々のものだろう? と、唇の端を吊り上げる男を見ながら、オレは重心を(わず)か落とす。

 この男に気づかれないくらい、ほんの(わず)かに。

 

 ———この男が振り向いた瞬間、オレは後悔した。『オレがここに来たことに』ではない、『衛宮がここに来る事を許したことに』だ。

 だってこの男は、かなり出来る。

 

「———ねぇ?」

 

 オレが脳内でコイツへの対処法を何通りが浮かべていると、凛の声が割り込んで来た。

 

 意識はアーチャーから外さないようにしながら、凛の顔を見てみると、その目線はオレの後ろに飛んでいる。

 誰を見てるのか、なんてのは想像するまでもなかった。

 

貴女(あなた)のパートナー、衛宮士郎のコスプレよね? 

 彼、臙条(えんじょう)コスにしなかったのね」

「まあな」

 

 凛の視線を追いかけて、右目の(はし)に衛宮を(とら)える。

 衛宮のヤツは、なんと間桐と歓談していた。

 

「“スプリンター”って(がら)じゃないしな。それに臙条(えんじょう)は、出会った時には(すで)に死んでる。

 ———アイツに死なれるのは、オレも御免(ごめん)だ」

 

「ふーん」と凛は(あご)を撫でる。

「“そういう関係”なのね」

 

 否定をしない。

 ———というか、これは事前(じぜん)に決めていた。『“そういう関係”だからこそ、アルトリアじゃなく式が来たのだ』と思ってもらえば、余計な疑いの目が向きにくくなる。

 

 どれだけ()(つくろ)おうとも、衛宮が呼ばれてないのは(かく)たる事実だ。つまり、オレたちの素性(すじょう)は隠さないといけない。

 隠し事を隠し通すためにオレたちが真っ先に取り組むべきこと、それは『余計な疑問を(いだ)かせない事』だったりする。

 

 普通とは違う事、誰かが疑問に思うだろう事には、簡単かつ分かりやすい理由を(さき)んじて提示しておく。

 そうすれば、ヒトは疑問を抱かなくなる。

 疑問を抱かなくなったヒトは、詮索(せんさく)なんてしようとしない。

 

 だからイベントの(あいだ)だけ、オレは“衛宮の女”になった。

 そういう設定で(のぞ)めば、『衛宮は両儀に鞍替(くらが)えした』と思われることを、オレたちはちょっと期待している。

 

「じゃあそろそろ、遠坂邸に行きましょうか。

 設定上は私の家になるんだし」

 

 凛はクルリと反転し、アーチャーを従えて歩き出す。何歩か歩いて立ち止まり、貴女(あなた)も来なさいと手招(てまね)きしている。

 

「いいよオレは、えみ———」

「いいから来なさい。いつまでも始まらないでしょ」

 

 オレの左手首を、(つか)んで引っ張る。

 抵抗せずに引かれながら、オレは横目で衛宮を追った。

 

 衛宮の周りに、人影(ひとかげ)が三つ増えていた。紫髪(しはつ)赤髪(せきはつ)の長身の女。後ろに一人男がいるが、こちらは会話に参加してない。

 

 一瞬の(のち)、視線を前方に固定する。

 引かれる左手に意識を向けて感じて見ると、『この女は握力でオレの手を握っている』ことが(わか)った。

 こんな“硬い握り”をするという事は、コイツに武術の経験はない。

 

 設定通りに強いのは、どうやらアーチャーだけらしい。

 

 凛はオレを引き連れて、遠坂邸の門に着く。中に入るかと思いきや、そのまま通り過ぎていく。

 

「おい、ちょっと“赤いの”。通り過ぎてるぞ」

「いいのよ。だってこっちじゃないんだもの」

 

 右手でオレを引っ張りながら、凛は肩越しに振り向いた。

 

「知ってるでしょう? 遠坂邸は二つあるのよ」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 (とびら)を閉める。静寂が(おとず)れた。

 

 握ったドアノブから手を離し、部屋をゆっくりと見渡した。

 (とびら)を背にして右に窓。床から天井まで続く大きな窓が右側の壁に()められている。薄いカーテンがかけられていて、真っ白に輝いていた。窓の前にはアンティークデスク、その奥には洋ダンス———オレの左手にはベッドがあった。

 

「どうだった? 両儀」

 

 そのベッドに座る衛宮に「別に」とだけ返すと、オレはキャリーバッグに歩み寄る。中からハンガーを一つ取り出して、部屋左奥に鎮座していたポールハンガーに革ジャンをかける。

 

 それからやっと、ベッドの衛宮に向き直る。

 

 目の前にいる“衛宮士郎のコスプレの青年”。

 その引きつけるような黄土(おうど)の瞳から目を離し、衛宮の隣、ベッドに(うつむ)きで倒れこむ。

 頭の後ろから、衛宮の声が降ってくる。

 

「そんなに大変だったのか?」

「うるさい」

 

 オレは頭を左に向けた。

 目の前に衛宮の尻、左目の(はし)に衛宮の頭。

 衛宮の顔をぼんやりと見ながら、今までのことを思い返した。

 

「オレが“おまえの女”だっていう設定、(よそお)うのに疲れただけだ」

 

 オレは顔を、ベッドマットに擦り付けた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 (しばら)く、衛宮の隣で横になっていたオレは、ひっくり返って仰向けになった。

 

「———両儀」との衛宮の声に右を向く。

 ベッドの(わき)でゴソゴソやっていた衛宮が、襦袢(じゅばん)をベッドに乗せてきた。

 

「風呂、先に入っちまおうぜ」

「ん?」

「ほら、イベントの開始は明日からだって話だけど、今日の夕食も集まるみたいじゃないか。

 だから今のうちに……な」

「ああ」

 

 分かった。

 両肘(りょうひじ)をつき、力を入れて、上半身を押し上げる。衛宮の顔を見てから、視線をキャリーケースにスライドさせる。

 立ち上がった衛宮のヤツは、替えの服を出してない。

 

「なぁ衛宮。

 ここの浴室、大浴場って(わけ)じゃないだろ。

 この時間帯、おまえがもぎ取ってきたのか?」

「ああ、さっき雑談してる時にな。たまたま、風呂の話になったんだ。浴室の使用時間を、最初に決めてしまおうってことになった」

 

「そうか」と、オレは右手で襦袢(じゅばん)を撫でた。

 

「で? オレたちの時間帯は?」

「5時から…………5時半」

 

 ギュッと、撫でる右手に力が入った。

 

「衛宮おまえ……」

「あー、何というか……その———」

「丸め込まれたな?」

 

 半眼で見上げると、衛宮は顔を背けてくる。

 まるで冷や汗をかいているような横顔に、最後の疑問をぶつけてみた。

 

「つまり、時間が足りないから———オレ一人に行かせる気か」

 

 どうせ、『カップルなら一緒に入っても平気でしょ』っていう具合(ぐあい)に言いくるめられでもしたのだろう。

 罪悪感のある場所を(つつ)かれるとすくにボロが出るコイツの事だ。どうせ言い返せなかったのだろう。

 

「分かった。そういう事なら……入る」

 

 襦袢(じゅばん)を手に取って立ち上がる。

 この時間帯にしか入れないなら、衛宮は必ずオレを行かせる。でも駄目(だめ)だ。

 さっきまでオレと駄弁(だべ)っていた女たちは、きっとオレに()()んでくる。

『両儀さんは先輩と恋仲(こいなか)なんですよね? だったらどうして一緒に入ることすらできないんですか?』

 間桐のヤツは特に攻撃的だった。嫌味の一つ二つは飛んでくるだろう。

 それに———

 

「今日は同じベッドで寝るんだ。隣のヤツが汗臭(あせくさ)いのは好きじゃない」

 

 (とびら)の前で振り返ったオレを見る衛宮は、頭に疑問符を浮かべている。

 赤い頬を(さら)すオレは、衛宮の手を(つか)んで引いた。

 

「一緒に来い。おまえも入れ」

 

 面白いくらいに驚いて、着替えを取ろうとふためく衛宮。オレが(とびら)を閉める頃には、何とか一式(いっしき)(つか)んだらしい。

 

「両儀お前、意味が分かってて言ってるのか? 

 風呂だぞ、風呂ッ。俺たち二人で入るったって……」

 

 喚く衛宮を無視してオレは、右手にキュッと力を通す。コイツの左手から重心を崩し、崩れた瞬間に前に引く。左手を引かれた衛宮の頭がオレの口元にやってきた。

 

「ずっと気になってるんだ。だから教えろ。

 ———“オレの夢”に、どうしてたどり着けたのか」

 

 衛宮の顔色が変わるのを見て、オレはつい(ほころ)んでしまった。なんだかんだ言いつつも、頭を回すコイツの顔が、意外と好きだと最近気づいた。

 

「あっ……そうだな。考えを纏めておくよ」

 

 

 そうして着いた浴室の中は、バロック調(ちょう)の様式だった。

 ———広い浴室に不釣(ふつ)()いに小さい浴槽。金の猫脚(ねこあし)の付いたそれは、浴室の奥の壁際(かべぎわ)に置かれている。シャワーと蛇口は、奥の壁に埋め込み式だ。

 

 つまり風呂(ふろ)(おけ)そのものが、湯に()かることを想定して、作られてはいないのだった。

 

「そうむくれるな」と、右隣から声がする。

「なんとかして、最後にはお湯を()めてやるから」

 

 タオルで前だけ隠した衛宮は、腰が引け気味(ぎみ)で立っていた。

 オレはそれを一瞥(いちべつ)だけして、ズンズンと中に入ってく。

 

 ———もう、恥ずかしいとは思わなかった。

 

 着物を脱ぐ時に気づいたのだ。衛宮の前なら肌を(さら)すくらい(わけ)ないと。

 

 この前、劇場で散々(さんざん)、好奇の目に(さら)されたオレは、恥ずかしがると余計に恥ずかしくなる事を学んでいる。

何事(なにごと)も形から』と(いわ)れるように、恥ずかしくない自分を演じていれば、そのうち本当に、恥ずかしくなんてなくなるのだ、と。

 

 そもそも、だ。

 着替える時に少し事故って、衛宮の手がオレの胸に触れたことがあったけれど。その瞬間に確信した。

 

 衛宮なら、割と大丈夫みたいだな。

 

 後ろから、極力(きょくりょく)オレを見ないようにして追いかけてくる衛宮の気配。

 

 そう、武術の力量が一定量を超えたとき、人は相手の意識(いしき)を、読み取れるようになってくる。

 オレの読み取る衛宮の意思(いしき)に『オレを()()けて()を通そうとする意図(いと)』を、感じたことが無いのだから。

 

 浴槽の手前で衛宮が立ち止まったのを見たオレは、無理矢理なかに押し込んで、続いてオレも浴槽に入って、無理矢理、衛宮の頭を洗うのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「———それで?」

 

 白い磁器(じき)の浴槽に、背中合わせに浸かった二人。

 背中に触る衛宮の体温を感じつつ、オレは話を後ろにふった。

 

「どうやって辿(たど)()いたんだ? 

 オレは夢がバレるような情報は出さなかった(はず)だけど。

 ———否定されるのが、怖かったんだ」

 

 背中に感じる、衛宮の皮膚が(わず)かに動く。

 オレは誤魔化すために、後頭部を、衛宮の(うなじ)に押し付けた。

 

「オレが夢を語った時、母親に否定された。

 ……(まい)ったよホント。自分の心が、こんなにヤワだとは思わなくてさ」

 

 

 

 ———沈黙(ちんもく)静寂(せいじゃく)

 

 風呂の湯が波打(なみう)たなくなった頃、(つい)に衛宮は口を開いた。

 

「昨日の夜。両儀は“俺たちが出会った日”の話をしてくれたろ。その時俺は、両儀の夢が剣術家なのだと思った。

 だって、両儀は5年分の(かね)(あず)けていたんだから。

 それはつまり、(しょく)が変わっても(しばら)くは価値を生み出せない、稼げないと思っていたってことだろ?」

 

 後頭部を通して、衛宮の息遣(いきづか)いが伝わってくる。

 不思議と心は落ち着いている。

 

 もっと荒れると思っていたのに……。

 

 両脚を合わせて、膝小僧に手を置いた。頭で衛宮の首筋を(こす)り、衛宮の身体(からだ)を確かめる。

 

 そうしてオレは目を閉じて、衛宮の声に聞き入っていた。

 

(しょく)に付いてもすぐに(かせ)げないということは、雇用(こよう)契約(けいやく)を結ぶ(わけ)じゃないってことだ。だからこそ、『両儀の夢は剣術講師なんじゃないか』と、俺は思ったんだ」

 

 だけど違った、と衛宮は続ける。

 

「もしもそうだとするならば、両儀が言ってた“一筆(いっぴつ)書いてもらう”ってヤツは、『両儀の顧客になってくれ』って内容の(はず)だ。

 けど両儀は強かったし、教えるのだって上手かった」

 

 一筆(いっぴつ)書いてもらって(なお)、5年も無収入なんてあり得ないだろ。という言葉を後頭部で感じながら、オレはゆっくり(まばた)きをする。

 

 今の状況は、衛宮と二人で暮らし始めてからこっち、(もっと)も恐れていたモノだ。

 ———最も受け入れてほしい人に、自分の、最も純粋な想いを否定される事。そうなった時に人がどれほどのダメージを負うのかを、オレは身をもって体験している。

 

 だから、コイツにだけは知られたくなかった。

 だってこの何週間かで、コイツはオレの———

 

「両儀は態々(わざわざ)、ハローワークの人に試算してもらったんだよな? 『働かずに5年間生きていくために必要になる最低限の金額』を。

 ———それが360万」

 

 “バシャバシャ”っと、水面(みなも)が泡立つ音がする。

 

「それは、ちょっと少ないんじゃないか?」

 

 オレは隠した。(ほほ)を緩めてしまったことが、決して衛宮にバレないように……。

 

「5年で360万なら、一月(ひとつき)あたり6万になる。場所によっては、家賃だけで消えちまう額だ。

 だから思った。

 下宿させてもらうんだな、って」

 

 そうだ。

 衛宮なら、そこまでは気づくと思った。

 だからずっと、その先を知りたかった。

 

 自分の胸に手を当ててみる。

 ———ああ、心はずっと穏やかだ。

 

 そう思うと、口は自然に動いてくれた。

 

「———でも、“下宿しながら修行する職業”なんてごまんとあるだろ。

 その中からたった一つを、アレを引き抜いたのはどうしてなんだ?」

 

 というオレの言葉には、

 

「それはほら、両儀が寿司屋だったからかな」と、返ってきた。

 

「寿司屋ってのは基本激務だ。

 朝は市場に買い出しに行き、昼間は店で仕込みをし、夕方からは営業している。

 ———確か前に言ってたよな、鍵をかけるのは2時半だって。それからメシを食って風呂に入って、寝るのはだいたい何時(いつ)になるんだ?」

「……3時半から、4時」

「だろ? 

 そして次の朝にはまた、買い出しに行く必要があるんだ。自由時間なんてどこにも無い———(はず)なのに。

 両儀は武術を(おさ)めているんだ」

 

 衛宮は言う。

 寿司屋で働きながら、武術の研鑽(けんさん)()むのは並外れた努力が必要になるのだと。

 (わず)かな時間を見つけては剣を振り、(おのれ)の感覚を深めていく。

 そんな事を三年近くも続けることが出来るなんてと、ひとしきり両儀に感心した時、ふと思ったんだ。

 

『そんな両儀が、夢の職業に就いた後の準備を一切しないなんて事があるのだろうか?』

 

「そんな(はず)はない、と思った。

 そもそも“夢のために三年間寿司屋で働く”ってだけでも、やれる(やつ)なんてほとんどいないんだ。

 たとえ両儀が、寿司屋で働くのを()に武術をやめたと仮定しても、色々とおかしな事になってくる」

 

 ———実際にそれをやった両儀が、本当に、なんのスキルも磨かなかったというのだろうか。

 

「そこまで考えてからやっと(わか)った。そもそも前提から間違っているんだ、って

 だってほら、(かね)が欲しいだけのヤツは、寿司屋で三年も働かないだろ」

 

 一際(ひときわ)大きい水音が立つ。

 つられてオレは後ろを向いた。

 

 目の前に衛宮がいる。

 体ごと反転したオレと、正面から向かい合っている。

 

「なぁ両儀。お前はずっと準備をし(つづ)けててたんだよな。

 “寿司屋で働くこと”も“剣術を(おさ)めること”も、夢のための準備だった」

 

 両掌(りょうてのひら)が肌に触れる。衛宮の、太腿(ふともも)だった。

 オレは身を乗り出して、下から衛宮を見つめていた。

 

「一つだけ、思い当たる職業があった。

 そう考えれば、女になったお前が俺に夢の事を話さなかった(わけ)も、“5年”の意味も、(おの)ずと()けた」

 

 (つば)を飲む。

 静かに静かに、衛宮を待った。

 

「———刀鍛冶。

 それがお前の目指した夢だ」

 

 目を閉じて、反芻(はんすう)する。

 衛宮の(もも)から両手を離して、お湯の中で正座する。

 目を開けると、目の前で、困ったように苦笑している。

 

「——ッ、悪い両儀。お前の肌を見ちまった」

 

 首を振る。

 

「そんな事より、続きが聞きたい」

 

 もう一度、後ろを向いた衛宮の肩に、オレはそっと両手を置いた。

 

「刀鍛冶になるためには、5年間の修行期間が必要になる。

 この5年という期間は、法律によって定められてるんだよな」

 

 

 ———“美術刀剣類(びじゅつとうけんるい)製作承認規則(さくせいしょうにんきそく)”という長ったらしい法律が、平成4年に公布(こうふ)された。

 銃刀法には、『刀を打ちたいなら文化(ぶんか)(ちょう)の長官に許可を取らなければならない』と書かれていて、その許可の取り方が記載されている美術刀剣類(びじゅつとうけんるい)製作承認規則(さくせいしょうにんきそく)には、『すでに許可をもらっている刀鍛冶の元で5年間の修業が必要』だと書かれているのだ。

 

「5年の修行期間を終えなければ刀を打てないということは、それまでは一円の価値も生み出せないってことだ。

 そして一番大事なのは、刀鍛冶を目指す弟子が———師匠と雇用契約を結ばない、という事」

 

 ———そう。

 実は、修行期間中の弟子は“就職”している(わけ)ではない。

『刀鍛冶の近くにたまたま、“刀鍛冶になりたいと言う人”がいて……。気まぐれに刀鍛冶のワザを教えてもらった』という体裁(ていさい)をとる(わけ)だ。

 つまり、この師弟(してい)(あいだ)に、雇用契約など存在しない。

 

 当然のように、給料など出るはずもない。

 

 だから刀鍛冶になりたいなら、『少なくとも5年は、自分自身を食わせてやれます。ご迷惑はおかけしません』と言わなければいけない。

 

 ———そしてあの時、オレには“それ”が言えなかった。

 

 

「だから5年で360万なんだ。家賃、光熱費、水道代は師匠の家に持ってもらう。最低限の衣類と食費の事だけを考えるなら、月6万もあれば事足(ことた)りる」

 

 オレが衛宮の左肩に顔を寄せたのが分かったのか、肩越しにこっちを見た。

 オレと、目が合う。

 

「そろそろ出ようか、両儀。

 これから晩餐会(ばんさんかい)だしな」

「……ああ」

 

 二人同時に立ち上がる。

 無駄に広い浴室の、入り口近くに置いた着替えを取りに行こうとした時———浴室のドアが外から()いた。

 

 

 ———それからは本当に、大変面倒くさかった。

 浴室に入ってきた凛の第一声(だいいっせい)が『どこまでヤったの?』だった時は気が滅入(めい)る思いだった。

 ここの浴室には、日本式のそれと違って脱衣所が無い。浴室の中で服を脱ぐ関係で、凛はしっかり服を着ていた。

 圧倒的に不利な状況で、目の前の、女の目が好奇(こうき)()まる。

 

 

 

 部屋に戻って来たオレは着物を脱いで、左奥のハンガーに吊るす。

 (はん)襦袢(じゅばん)だけになると振り返り、足側(あしがわ)からベッドに登った。

 枕元まで()って行き、掛け布団をめくったオレの横で、衛宮が盛大にため息をついていた。

 

 無言で、ベッドの右側を叩く。

 ジャージを脱いだ衛宮はそれをキャリーに(ほう)って、ベッドの右側に乗り込んで来た。

 

 オレがめくった布団の中に両脚(りょうあし)を差し込み、横たわった衛宮に合わせてオレも寝る。両手で握ったままの掛け布団を胸元まで引いてきて、右目の(はし)で衛宮を(うかが)う。

 

晩餐会(ばんさんかい)は、災難だったな。両儀」

「まったく、『先輩は、両儀さんの何なんですか?』って聴かれた時は(すご)かった」

「それは俺も横で聞いてた。確かに、偽装カップルにアレはツライよな」

 

 なんせ、元々何も無いんだし、と言う。

 衛宮は少し()()けてから、ぽつりと(しゃべ)った。

 

「でも、そのあと」

「……ん?」

「俺は(ほか)と話していたから聞いてなかったんだけど、両儀も言い返してたじゃないか。

 あれ、なんて言ったんだ?」

 

 目を(つぶ)る。衛宮の顔が見えなくなった。

 

「——————同乗者(どうじょうしゃ)

 

 でも確かに、右隣(みぎどなり)に衛宮はいるんだ。

 

「『ただ、同じ車両に乗り合わせただけの関係だ』」

 

 右手を少し動かすと、衛宮の()(こう)を肌に感じる。

 ()(こう)どうしを触れさせたまま、そっと衛宮に(ささや)いた。

 

 

「もう寝るぞ。明日から本番だろ」

 

 顔を右側に傾けて、オレはゆっくりと沈んでいった。

 

 

 

 

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