両儀式のコスプレイヤーは、汚れたクロックスなんて絶対履かない 作:夜中 雨
360万の
———直死の魔眼を、
死の線が見える。
目の前のモノに無数に
衛宮に、百均で買わせた小型の包丁。それを、鉛筆を持つように軽く
百均の薄いまな板の上が
ひたすらに
硬い骨には魔眼を使い、
そうやって、原形をなくした塊を前に、百均の鍋を取り出した。片手持ちの
水を
鍋の中の温度が上がると共に、水がどんどん
十数秒も数えるころには、排水ネットが全てを
本日5度目の作業を終えて、それからオレは
「やっと終わった……」
声に出しても
達成感などあるものか。ただ、肩の力が抜けるだけ。
———まぁ、でも。
オレがやって良かったと思う。メリットは
その“
鍋も含めた調理器具をサッと洗う。包丁だけは
「……おい、証拠の
寝起きの衛宮に、固く縛ったレジ袋を突きつけて、オレは
玄関の
———それでも、死の線は消えない。
舌打ちをした。
まだ完全には慣れてないんだ。能力をオフにするためには『焦点をズラせばいい』のだと知ってはいても、昨日手に入れた能力だから、オフにするのに時間がかかる。
ゆっくりと、
“ガチャ”っと、玄関のノブが勝手に回る。
「どうした、両儀。腹でも痛いのか?
トイレならそこに———」
最後まで言わせない。右の掌底をヤツの
「……もう一回寝る」
「おやすみ衛宮」
リビングから寝室に入って、衛宮の着替えだけをリビングに放り出してから、オレは寝室の
———これは、オレが衛宮の家に押しかけた、次の日の朝のことだった。
寝室のドアノブから手を放す。
衛宮のヤツが
左の肘で両目を覆う、着物の
「クソッ、逆だぞこれ。
自首の意味が変わってくるだろ……あのバカ」
目を閉じて思い出す。
衛宮に『処分してやる』と言った首を、
———日本刀を使わずに首を切るというのなら、軟骨部分を切断すべきだ。
オレの見た
ただ問題だったのは、切断している場所がかなり
新聞紙を
切断位置が下に
首というものは、頭に近づくに
頭に近い方が切り取りやすい…………
———今朝のことだった。
キッチンの作業台の上。被害者の首を包んでいる、黒ずんだ新聞紙。
鼻に付く生ゴミの
オレが真っ先にソレの、
右手でギュッと、衛宮のベッドの布団を握る。
「
アイツが
でも———」
でも、
ベッドが
オレが起き上がる時の重心の移動で、ベッドの脚の取り付け部分に
衛宮のヤツをとっちめてやろうと立ち上がり、歩き、ドアノブに手をかける。
「何やってんだろ……オレ」
振り返り、戻り、うつ伏せにベッドに飛び込んで…………オレは
◇ ◇ ◇
10月4日、日曜日。
———新神戸駅前。
衛宮と目が合った時、ふと気づいた。大切な事を、まだ聴いてなかったことに。
両手を革ジャンのポケットに入れて、横断歩道で立ち止まる。
片側一車線の車道を
横断歩道の向こうに立っている信号機の赤い光を眺めつつ、右隣にいる衛宮に向かって、コスプレイベントの
「それで衛宮、何なんだよこのイベント。
遠坂邸でコスプレでもして、写真
「あ———、どうなんだろうな。
でも、ルールがあるらしいことは知ってるんだ」
「ルール?」と聞き返したオレに、衛宮はちょっとだけ視線を
「そう、ルール。
———なんでも、このイベントの
自分が
信号が青に変わった。
二人並んで歩きだす。
「……でもそれ、言うほど特殊なものなのか?
相手の本名の
「そうだよなぁ、それは俺も気になってたんだ。
でも……詳細は知らないからな。なんとも言えない」
横断歩道を渡り切ったあと、
ここから先は上り坂になっていて、車道も一車線分の幅しかなくなる。
オレは左の歩道に乗って、右隣から聞こえてくるキャリーの音を聞いていた。
「
“聴きたいこと”ね。
『300万の賞金の出どころ』とか『お連れのアルトリア様』とか『持ち帰った“首”に付いてた
「……まあ、いいか」
歩きながら
「別に……。考えるのが面倒になった。
このイベントに何があるのか知らないけど……気にするの、やめにする」
「えっ? ……あーイヤ、
「知るか。
おまえ自分で考えろ」
右隣から聞こえる唸り声をBGMに、ぼんやりと空を眺め見る。
水色に
隣にいる男の存在。
数週間前のオレでは、考えられない状況だった。
「お前の夢を当てるってのはどうだ?」
唐突に割り込んでくる衛宮の声にゆっくりと意識を戻しながら、見るともなしに右を見る。
「無理じゃないの?」
「だからこそ、だろ?」
「ふーん……じゃあ答えは?」
「……それは今から考える」
「おい」
坂道を登る。風景が変わる。
ここはおそらく、アパートやマンションの裏側の道だ。
左には、高くて四角い建物があるけど、正面玄関に当たるものは見当たらない。この道ともフェンスで
そうやって左手の建物を観察していると、後ろから声がかかった。
「あ、そうか……。だいたい解った」
「嘘」
「ホントだって」
「嘘だ。だってオレは———」
「両儀は、
衛宮の声に、反応して右を見る。
衛宮の口元が、緩んでいるのを見つけてしまった。
「は?
ウチは仏教徒だけど、それほど熱心に拝んでなんて———」
「違う違う、そうじゃない。家系の宗教の話じゃなくて、両儀自身の心の話だ。
お前、
「…………はっ?」
一瞬、理解が及ばなかった。
数瞬かけて意味を飲み込む。
「ちょっ、おまえそれは……」
衛宮を見上げる。
———あり得ない。
「おい衛宮ッ。どうやってその可能性を引き抜いたんだ。だってオレは———」
と、そこまで言いかけた時、衛宮が止まった。
衛宮は右を見つめてる。
そして笑った。
「ついたみたいだぞ。
———遠坂邸」
◇ ◇ ◇
それは一軒の、洋館だった。
赤い三角屋根から伸びた、四角い煙突が二本。
横断歩道を
その門の前に、7人ほど。
それぞれに大きなキャリーやボストンを持って、門の前でつっ立ちながら談笑していた。
その真ん中にいた一人がこっちを向いて、小走りでやって来る。黒みがかった紫の髪の少女だった。
襟付きの白いワンピースの上から薄桃色のカーディガンを羽織った少女は、ピンク色のバインダーを両腕で抱き抱え、胸に抑えつけている。その状態でぴょんぴょんと
「初めてまして、“衛宮士郎”様ですね」
「えっ? …………ああ、そうか。そうです、はい」
おいっ、と
みっともない
少女は、視線をスライドさせてオレを見た。それからバインダーに目を落として、もう一度オレを見る。もう一度バインダーを見てから、オレの隣の、衛宮士郎の顔を見た。
「えっと、衛宮様? 予定ではお連れ様は“アルトリア様”と記載されてますけど……、
「あー」と語尾を伸ばしながら首の後ろを
しばらくして、ガックリと肩を落とした。
「それが、込み入った事情があって勧誘に失敗しまして……。
少女は“わっ”と驚いた顔になってから
「分かりました。それでは“衛宮士郎”様、“両儀式”様。
門の前でしばらくお待ち下さい。すぐに主催者が参りますので」
———と、そこで雰囲気が一変した。
ピンクのバインダーを、自分の後ろで両手持ちにして、腰を入れて胸を張る。紫色の髪の毛が、風にさらわれて持ち上がる。
「……と、硬い話はこれくらいにして———
今日からは、3泊4日の大イベントです。1日中コスプレしてお
それから、右手だけを胸に持ってきて「言わずもがなですが」と言って続けた。
「私の名前は間桐桜です。これから4日間、よろしくお願いしますね、せんぱい」
そう言って、少女はとても綺麗に笑った。
ふと、右隣を見る。
衛宮はずっと、間桐の後ろ姿を追っていた。
「エミヤー、オレ場違いじゃないか?」
衛宮がオレを見る。その視線を受けてから、オレは、間桐の戻った先を見る。
「見ろよ、あの集団。stay night
間桐桜の戻る先には、赤い弓兵やら金髪のライダースーツやら、見たことある
その集団を観察するフリをしながら隣の衛宮を盗み見ていると、やがて、衛宮は
「まぁ、大丈夫じゃないか? 両儀式だって同じ世界観の中にいるんだし。
それにほら、お前は完成度高いからな」
「何の保証にもなってないぞ、それは」
でもまぁ。
一歩、二歩。二歩だけ前に進み、衛宮から顔を隠す。
盛大にため息をついて見せ、
「……分かった、いいよもう。
乗りかかった船だし、恥ずかしいのにはもう慣れた。
せいぜいお
ズンズンと
衛宮は後から
「初めまして。
本来なら、招待される
集団の内の一人が気づいたタイミングで、
オレに気づいた少女が一人振り向いて、胸に手を当て名乗り返した。
「初めまして両儀さん、私の名前は遠坂凛。
———と言っても、このイベントの
それから凛は左手方向に一歩だけズレる。
「んで、こっちがアーチャー。私の連れよ」
凛の声が届いたのか、背中しか見えなかった男が振り返り、驚いたように眉を上げた。
「これはまた、綺麗なお嬢さんだ」
「…………両儀式」
顔の表情を変えないオレに、アーチャーの
「おやっ、警戒させてしまったかな?
私はこの通り
アーチャーのロールプレイも中々のものだろう? と、唇の端を吊り上げる男を見ながら、オレは重心を
この男に気づかれないくらい、ほんの
———この男が振り向いた瞬間、オレは後悔した。『オレがここに来たことに』ではない、『衛宮がここに来る事を許したことに』だ。
だってこの男は、かなり出来る。
「———ねぇ?」
オレが脳内でコイツへの対処法を何通りが浮かべていると、凛の声が割り込んで来た。
意識はアーチャーから外さないようにしながら、凛の顔を見てみると、その目線はオレの後ろに飛んでいる。
誰を見てるのか、なんてのは想像するまでもなかった。
「
彼、
「まあな」
凛の視線を追いかけて、右目の
衛宮のヤツは、なんと間桐と歓談していた。
「“スプリンター”って
———アイツに死なれるのは、オレも
「ふーん」と凛は
「“そういう関係”なのね」
否定をしない。
———というか、これは
どれだけ
隠し事を隠し通すためにオレたちが真っ先に取り組むべきこと、それは『余計な疑問を
普通とは違う事、誰かが疑問に思うだろう事には、簡単かつ分かりやすい理由を
そうすれば、ヒトは疑問を抱かなくなる。
疑問を抱かなくなったヒトは、
だからイベントの
そういう設定で
「じゃあそろそろ、遠坂邸に行きましょうか。
設定上は私の家になるんだし」
凛はクルリと反転し、アーチャーを従えて歩き出す。何歩か歩いて立ち止まり、
「いいよオレは、えみ———」
「いいから来なさい。いつまでも始まらないでしょ」
オレの左手首を、
抵抗せずに引かれながら、オレは横目で衛宮を追った。
衛宮の周りに、
一瞬の
引かれる左手に意識を向けて感じて見ると、『この女は握力でオレの手を握っている』ことが
こんな“硬い握り”をするという事は、コイツに武術の経験はない。
設定通りに強いのは、どうやらアーチャーだけらしい。
凛はオレを引き連れて、遠坂邸の門に着く。中に入るかと思いきや、そのまま通り過ぎていく。
「おい、ちょっと“赤いの”。通り過ぎてるぞ」
「いいのよ。だってこっちじゃないんだもの」
右手でオレを引っ張りながら、凛は肩越しに振り向いた。
「知ってるでしょう? 遠坂邸は二つあるのよ」
◇ ◇ ◇
握ったドアノブから手を離し、部屋をゆっくりと見渡した。
「どうだった? 両儀」
そのベッドに座る衛宮に「別に」とだけ返すと、オレはキャリーバッグに歩み寄る。中からハンガーを一つ取り出して、部屋左奥に鎮座していたポールハンガーに革ジャンをかける。
それからやっと、ベッドの衛宮に向き直る。
目の前にいる“衛宮士郎のコスプレの青年”。
その引きつけるような
頭の後ろから、衛宮の声が降ってくる。
「そんなに大変だったのか?」
「うるさい」
オレは頭を左に向けた。
目の前に衛宮の尻、左目の
衛宮の顔をぼんやりと見ながら、今までのことを思い返した。
「オレが“おまえの女”だっていう設定、
オレは顔を、ベッドマットに擦り付けた。
◇ ◇ ◇
「———両儀」との衛宮の声に右を向く。
ベッドの
「風呂、先に入っちまおうぜ」
「ん?」
「ほら、イベントの開始は明日からだって話だけど、今日の夕食も集まるみたいじゃないか。
だから今のうちに……な」
「ああ」
分かった。
立ち上がった衛宮のヤツは、替えの服を出してない。
「なぁ衛宮。
ここの浴室、大浴場って
この時間帯、おまえがもぎ取ってきたのか?」
「ああ、さっき雑談してる時にな。たまたま、風呂の話になったんだ。浴室の使用時間を、最初に決めてしまおうってことになった」
「そうか」と、オレは右手で
「で? オレたちの時間帯は?」
「5時から…………5時半」
ギュッと、撫でる右手に力が入った。
「衛宮おまえ……」
「あー、何というか……その———」
「丸め込まれたな?」
半眼で見上げると、衛宮は顔を背けてくる。
まるで冷や汗をかいているような横顔に、最後の疑問をぶつけてみた。
「つまり、時間が足りないから———オレ一人に行かせる気か」
どうせ、『カップルなら一緒に入っても平気でしょ』っていう
罪悪感のある場所を
「分かった。そういう事なら……入る」
この時間帯にしか入れないなら、衛宮は必ずオレを行かせる。でも
さっきまでオレと
『両儀さんは先輩と
間桐のヤツは特に攻撃的だった。嫌味の一つ二つは飛んでくるだろう。
それに———
「今日は同じベッドで寝るんだ。隣のヤツが
赤い頬を
「一緒に来い。おまえも入れ」
面白いくらいに驚いて、着替えを取ろうとふためく衛宮。オレが
「両儀お前、意味が分かってて言ってるのか?
風呂だぞ、風呂ッ。俺たち二人で入るったって……」
喚く衛宮を無視してオレは、右手にキュッと力を通す。コイツの左手から重心を崩し、崩れた瞬間に前に引く。左手を引かれた衛宮の頭がオレの口元にやってきた。
「ずっと気になってるんだ。だから教えろ。
———“オレの夢”に、どうしてたどり着けたのか」
衛宮の顔色が変わるのを見て、オレはつい
「あっ……そうだな。考えを纏めておくよ」
そうして着いた浴室の中は、バロック
———広い浴室に
つまり
「そうむくれるな」と、右隣から声がする。
「なんとかして、最後にはお湯を
タオルで前だけ隠した衛宮は、腰が引け
オレはそれを
———もう、恥ずかしいとは思わなかった。
着物を脱ぐ時に気づいたのだ。衛宮の前なら肌を
この前、劇場で
『
そもそも、だ。
着替える時に少し事故って、衛宮の手がオレの胸に触れたことがあったけれど。その瞬間に確信した。
衛宮なら、割と大丈夫みたいだな。
後ろから、
そう、武術の力量が一定量を超えたとき、人は相手の
オレの読み取る衛宮の
浴槽の手前で衛宮が立ち止まったのを見たオレは、無理矢理なかに押し込んで、続いてオレも浴槽に入って、無理矢理、衛宮の頭を洗うのだった。
◇ ◇ ◇
「———それで?」
白い
背中に触る衛宮の体温を感じつつ、オレは話を後ろにふった。
「どうやって
オレは夢がバレるような情報は出さなかった
———否定されるのが、怖かったんだ」
背中に感じる、衛宮の皮膚が
オレは誤魔化すために、後頭部を、衛宮の
「オレが夢を語った時、母親に否定された。
……
———
風呂の湯が
「昨日の夜。両儀は“俺たちが出会った日”の話をしてくれたろ。その時俺は、両儀の夢が剣術家なのだと思った。
だって、両儀は5年分の
それはつまり、
後頭部を通して、衛宮の
不思議と心は落ち着いている。
もっと荒れると思っていたのに……。
両脚を合わせて、膝小僧に手を置いた。頭で衛宮の首筋を
そうしてオレは目を閉じて、衛宮の声に聞き入っていた。
「
だけど違った、と衛宮は続ける。
「もしもそうだとするならば、両儀が言ってた“
けど両儀は強かったし、教えるのだって上手かった」
今の状況は、衛宮と二人で暮らし始めてからこっち、
———最も受け入れてほしい人に、自分の、最も純粋な想いを否定される事。そうなった時に人がどれほどのダメージを負うのかを、オレは身をもって体験している。
だから、コイツにだけは知られたくなかった。
だってこの何週間かで、コイツはオレの———
「両儀は
———それが360万」
“バシャバシャ”っと、
「それは、ちょっと少ないんじゃないか?」
オレは隠した。
「5年で360万なら、
だから思った。
下宿させてもらうんだな、って」
そうだ。
衛宮なら、そこまでは気づくと思った。
だからずっと、その先を知りたかった。
自分の胸に手を当ててみる。
———ああ、心はずっと穏やかだ。
そう思うと、口は自然に動いてくれた。
「———でも、“下宿しながら修行する職業”なんてごまんとあるだろ。
その中からたった一つを、アレを引き抜いたのはどうしてなんだ?」
というオレの言葉には、
「それはほら、両儀が寿司屋だったからかな」と、返ってきた。
「寿司屋ってのは基本激務だ。
朝は市場に買い出しに行き、昼間は店で仕込みをし、夕方からは営業している。
———確か前に言ってたよな、鍵をかけるのは2時半だって。それからメシを食って風呂に入って、寝るのはだいたい
「……3時半から、4時」
「だろ?
そして次の朝にはまた、買い出しに行く必要があるんだ。自由時間なんてどこにも無い———
両儀は武術を
衛宮は言う。
寿司屋で働きながら、武術の
そんな事を三年近くも続けることが出来るなんてと、ひとしきり両儀に感心した時、ふと思ったんだ。
『そんな両儀が、夢の職業に就いた後の準備を一切しないなんて事があるのだろうか?』
「そんな
そもそも“夢のために三年間寿司屋で働く”ってだけでも、やれる
たとえ両儀が、寿司屋で働くのを
———実際にそれをやった両儀が、本当に、なんのスキルも磨かなかったというのだろうか。
「そこまで考えてからやっと
だってほら、
つられてオレは後ろを向いた。
目の前に衛宮がいる。
体ごと反転したオレと、正面から向かい合っている。
「なぁ両儀。お前はずっと準備をし
“寿司屋で働くこと”も“剣術を
オレは身を乗り出して、下から衛宮を見つめていた。
「一つだけ、思い当たる職業があった。
そう考えれば、女になったお前が俺に夢の事を話さなかった
静かに静かに、衛宮を待った。
「———刀鍛冶。
それがお前の目指した夢だ」
目を閉じて、
衛宮の
目を開けると、目の前で、困ったように苦笑している。
「——ッ、悪い両儀。お前の肌を見ちまった」
首を振る。
「そんな事より、続きが聞きたい」
もう一度、後ろを向いた衛宮の肩に、オレはそっと両手を置いた。
「刀鍛冶になるためには、5年間の修行期間が必要になる。
この5年という期間は、法律によって定められてるんだよな」
———“
銃刀法には、『刀を打ちたいなら
「5年の修行期間を終えなければ刀を打てないということは、それまでは一円の価値も生み出せないってことだ。
そして一番大事なのは、刀鍛冶を目指す弟子が———師匠と雇用契約を結ばない、という事」
———そう。
実は、修行期間中の弟子は“就職”している
『刀鍛冶の近くにたまたま、“刀鍛冶になりたいと言う人”がいて……。気まぐれに刀鍛冶のワザを教えてもらった』という
つまり、この
当然のように、給料など出るはずもない。
だから刀鍛冶になりたいなら、『少なくとも5年は、自分自身を食わせてやれます。ご迷惑はおかけしません』と言わなければいけない。
———そしてあの時、オレには“それ”が言えなかった。
「だから5年で360万なんだ。家賃、光熱費、水道代は師匠の家に持ってもらう。最低限の衣類と食費の事だけを考えるなら、月6万もあれば
オレが衛宮の左肩に顔を寄せたのが分かったのか、肩越しにこっちを見た。
オレと、目が合う。
「そろそろ出ようか、両儀。
これから
「……ああ」
二人同時に立ち上がる。
無駄に広い浴室の、入り口近くに置いた着替えを取りに行こうとした時———浴室のドアが外から
———それからは本当に、大変面倒くさかった。
浴室に入ってきた凛の
ここの浴室には、日本式のそれと違って脱衣所が無い。浴室の中で服を脱ぐ関係で、凛はしっかり服を着ていた。
圧倒的に不利な状況で、目の前の、女の目が
部屋に戻って来たオレは着物を脱いで、左奥のハンガーに吊るす。
枕元まで
無言で、ベッドの右側を叩く。
ジャージを脱いだ衛宮はそれをキャリーに
オレがめくった布団の中に
「
「まったく、『先輩は、両儀さんの何なんですか?』って聴かれた時は
「それは俺も横で聞いてた。確かに、偽装カップルにアレはツライよな」
なんせ、元々何も無いんだし、と言う。
衛宮は少し
「でも、そのあと」
「……ん?」
「俺は
あれ、なんて言ったんだ?」
目を
「——————
でも確かに、
「『ただ、同じ車両に乗り合わせただけの関係だ』」
右手を少し動かすと、衛宮の
「もう寝るぞ。明日から本番だろ」
顔を右側に傾けて、オレはゆっくりと沈んでいった。