両儀式のコスプレイヤーは、汚れたクロックスなんて絶対履かない   作:夜中 雨

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たくさんの誤字・脱字報告、とても助かっています。
本当にありがとうございます。

誤字報告欄からは返信ができませんでしたので、ここからお礼できれば、と。



遠坂邸の殺人

 

 

 

貴女(あなた)、バカじゃないの?」

 

 イベント前日の晩餐会。

 衛宮との裸の付き合いを一頻(ひとしき)りからかい倒された後、右隣に座る凛に軽い質問を振った時のことだった。

 

「待って、何? 貴女(あなた)何も知らないでここまで来たワケ?」

 

 音量を落として()気味(ぎみ)に身を乗り出してくる凛。

 

「今はまだテキトーだから良いけど、明日からは気合入れなさいよ。

 貴女(あなた)一挙手(いっきょしゅ)一投足(いっとうそく)に、色んなモノが乗ってくるんだから」

 

 オレは「あー」と言葉を濁して、食堂を見渡しながら時間を稼いだ。

 

 オレはちょうど、流しテーブルの真ん中あたりにいて、正面には衛宮が座ってる。その奥にはベランダがあって、ガラス窓の外に庭が見える。

 左隣には間桐がいる。その奥にある壁の左隅(ひだりすみ)にドアがあって、その先がホールになっていた。

 

 そうやって現実逃避をしていると、後ろから「ちょっと」と言う声が割り込んできた。

 仕方なく振り向いて凛を見ると、ソイツは眉根(まゆね)を寄せていた。

 

「ちょっと貴女(あなた)、もしかして“300万の賞金”がそのまま“300万円のお(かね)”っていう意味だと思ってないでしょうね?」

「えっ? あれは違う意味なの? 

 でも(ほか)に、読み方なんて無いと思うけど……」

 

 ギュッと凛が距離を詰めてくる。オレの耳元を手を当てて、唇を寄せて小声で囁く。

 

「———良い? このコスプレ会の賞金の単位は“時間”なのよ。最も素晴らしいコスプレをした人間に“300万時間の契約”という賞金が与えられるの」

 

 300万時間は年数に換算すると342年間。

 5年契約と見て5で割ると、約68。

 

「この68という数字が何を表しているのか、貴女(あなた)には分からないでしょうから先に言うけど、“人数”よ。

『5年契約で68人を雇い入れる事が出来る』、それがここの賞金なのよ」

 

 やたらと真剣な表情で囁いてくる凛を横目に見ながら、オレは、もう少し深く探ることにした。

 

「なあ」と、こちらも声をひそめて(ささや)く。

 凛が少し離れてから、オレは箸を置いて、右手で口元を隠して(しゃべ)った。

 

「仕事っていうのは“働きたいと思う人間”がいて始めて存在し()るものだろ? そいつらを強制的に雇うのか。

 いくら従業員が欲しいからって、雇われる方は大変だな」

 

「残念、ハズレ。

 ここにいる連中はね、みんな同じ職種を経営してるの」

 

 凛は周りをサッと見渡してから付け足した。

 

「年齢を見るに、ここに“経営者”はいないみたいだけど……おおよそ、その親族か親しい友人ってとこね」

 

 オレを見た凛は、同じく手で口元を隠す。

 

「“連れ”がいるから、全員がそうだとは言わないけれど。

 ……まぁ、ザックリ(くく)って、ここにいるのは医療関係者よ。大体(だいたい)みんな、三年前から経営が悪化している病院ばっかり」

「その“三年前”に、一体(いったい)何があったんだ?」

 

 ワイングラスを手に取って、一口だけ流し込む。

 隣の女の体勢が、やっと元の位置に戻った。

 

「“働き方改革”よ。元々歪みは抱えてたんだけど、それが一気に噴出したの。ウチもそう、元々みんな働き過ぎだったのよ。

 ———かと言って、『じゃあ人の命を見捨てます』なんてあり()ないじゃない? 

 結果的に、時間外労働はかなりのものよ」

 

 凛は箸を持って目の前の、鯛の(ほほ)の肉を取る。そのまま口に運んでから、箸をいったん箸置きに置く。

 

 ———あの後、風呂から上がって微妙に時間を余らせてたオレが、気まぐれに厨房を覗いたところ、中の連中(とおさかりん)に捕まって、その場で一品作らされたのだ。

 冷凍庫から鯛の頭を見つけだし———

 

 結果、鯛のあら炊きになってしまった。

 

 それを食べた凛の表情を見たところ、オレの“料理のチョイス”はともかく、味に不満はないようだった。

 

「お口に合ったようで何よりでございます」

 

 わざとらしく(かしこま)る。

 これくらい巫山戯(ふざけた)た方が、この女には良いだろう。

 凛は左手を口に“ふふっ”と笑ってもう一度、鯛の頭に目を落とす。

 

「そうね、素晴らしい出来よ。

 まさか和食も出来(でき)るだなんて、かなり本気のロープレじゃない?」

「一品だけ浮いてるけどな」

 

 見ると向いのテーブル、鯛を食べ終わった連中に、アーチャーが肉料理を並べている。テキトーとは言うものの、一応コースにはなってるようだ。

 

「一番優秀なコスプレイヤーを決めるっていう選考会、もしかしてもう始まってるのか?」

「まだよ、正式には明日の朝から。

 でも貴女(あなた)の場合は———」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 今朝は、やめにした。

 

 いつもなら、衛宮よりも先に目が覚める関係で、着替えや準備はコイツが起きるよりも前に終わらせておくんだが———今朝は、やめにした。

 

 このまま布団をかぶったままで、コイツが起きるのを待とうと思った。

 

 右横で寝ている衛宮の横顔を見つめていると、その奥の窓が目に入る。

 天井から、床まで届く長い窓。カーテンは二重(にじゅう)になっていて、今は二つ目の遮光カーテンまでしっかりと下ろしてある。

 その輪郭(りんかく)隙間(すきま)から、(わず)かに光が漏れている。

 

 ———違う。太陽光じゃない。

 

「衛宮ッ、えみや起きろっ」

 

 ()すりながら小声で叫ぶ。

 小さく(うめ)きながら右手で両目を覆う衛宮は、そのまま、上半身を起こす。

 

「どうしたんだよ両儀。まだ夜中じゃないか」

「窓をみろ」

「窓? 窓がどうしたんだ? 別に何も———」

 

 衛宮を飛び越す。

 デスクの前に着地してカーテン二枚をまとめて開ける。

 

「見てみろよ衛宮———コレ、明らかにおかしい」

 

 オレはベッドに向き直ると、衛宮は指の腹で目の縁をなぞりながら立ち上がる。スリッパを()いた足で(となり)まで来て、窓から外を眺め見る。

 

何処(どこ)がだよ。何処(どこ)にもおかしな所なんて———」

 

 と、そこまで言ったところで、衛宮が黙る。

 少しして「プールがある」とだけ(つぶや)くと、(しばら)くして一歩さがった。

 

 右隣にいるオレも、窓の外をみる。

 月明かりが、左の空から差し込んでいた。

 

 衛宮の右手が上がる。人差し指でこめかみをトントンしながら、少し考えているようだった。

 

「この窓から見える景色は、“三角屋根の小屋”と“イノシシの像”じゃないといけない。

 寝る前と明らかに———昨日と景色が変わってる」

 

 窓の外を見ていると、衛宮の声が降ってきた。

 

「でも両儀。お前ベッドの上からだったろ。どうやってこの異変に気づいたんだ? 

 カーテンも閉まってたんだし、分かる(はず)ないじゃないか」

「最初は、朝日かと思ったんだ。窓の外が明るかったから」

「外? 明るい? そんなこと———」

「『カタチのないものは()えにくいんだけどな。

 おまえ、乱発しすぎなんだよ。おかげでやっと()れた。

 おまえの能力(ちから)は、(みどり)(あか)螺旋(らせん)でさ……』」

 

 衛宮を見上げる。目を見開いている。

 ———どうやら、言いたいことは伝わったらしい。

 

「待ってくれ、両儀」

 窓に張り付く衛宮。目を窓に出来るだけ近づけて、首を左右に振り、極力(きょくりょく)広い視野を持とうとしている。

 

「そうか、庭が左に伸びてるんだ。

 ———って事はこの部屋の位置は大きな庭の右下あたりか。庭に向かって右端の、二階部屋ってことになる」

 

 反転して、(とびら)に駆け出す衛宮の腕を、咄嗟(とっさ)(つか)んで固定した。

 

「服を着るから」

 

 目を見る。

 ———衛宮の瞳が落ち着いてから、着物を取ってベッドに登り、半襦袢を脱ぎ捨てる。

 

 最速で着付ける。ブーツを履くから(すそ)は多めにまくって良いし、着付けにうるさい客もいない。

 

 衛宮の手前(てまえ)、ものの3分着付けが終わった。

 ブーツに両足を突っ込んで、枕元のナイフを取って帯の後ろに差し込んで———顔を上げた。

 

「行くぞ、両儀」

 

 衛宮に続いて(とびら)(くぐ)る。

 

 ———景色が、一変していた。

 赤い絨毯の敷かれた長い廊下。それが真っ直ぐに続いている。

 その廊下の左の壁には窓が一列に()められていて、外は夜。でも赤い膜状(まくじょう)のモノが、空中を徘徊(はいかい)し続けていた。

 

 衛宮が歩き出す。後ろに続いた。

 明らかに長くなった廊下を真っ直ぐに進むと、右手に階段があった。

 その階段の前で立ち止まった衛宮が、見下ろしながら口を動かす。

 

「なあ両儀、見覚えがあると思わないか?」

 

 立ち止まった衛宮の後ろで、オレも、階段を見下ろした。

 幅の広い階段の中ほど、(おど)()の部分にある掃除用具入れのロッカーを見てから、左にいる衛宮と目を合わせる。

 

「『地獄に堕ちろ、マスター』だろ?」

 

「やっぱりそうだよなぁ」と頭を(かか)えた衛宮はしゃがみ、(うめ)きながら言葉を(つむ)いだ。

 

「この階段はこっちの屋敷にはなかった(はず)だぞ。向こうの屋敷の階段だった。

 ここにあるなんてあり()ないんだ。昨日見た限りではこんな階段ここには無かった」

 

 しゃがんだままの衛宮が“ふっ”と顔を上げる。

 ガバッと立ち上がり後ろを向いて、並ぶ窓に飛びついた。それから二歩退()がって、崩れ落ちるのをオレが支えた。

 

 オレの胸に背中を預けた衛宮は、顔を上げ、オレと目が合う。

 衛宮の声は、震えていた。

 

「———本物の遠坂邸だぞ。ここは」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 衛宮の足がしっかりしてきた(あた)りで、オレはコイツをそっと離した。

 二本の脚で立ち、窓を背にオレと向き合って、衛宮は低い声を出した。

 

「対処法、これから取るべき俺たちの行動。

 いくつか思いつくんだけど、両儀はどれが良いと思う?」

「もう一回寝る」

「おい、俺は真剣に———」

「まず考えないといけないのは、この異変が“正常な異変”か“異常な異変”かって(ところ)だろ?」

 

 衛宮の眉間(みけん)にシワが寄る。

 

「“異常”に決まってるじゃないか。(ほか)に何が考えられるんだよ」

 

 オレは左脚を一歩引いて、右手を衛宮に差し出した。腰をちょっとだけ落としてから、四本の指を揃えて伸ばし、その(てのひら)を衛宮に見せる。

 一歩、こっちに来た衛宮の手を引き、寝室まで逆戻りした。

 

 それから(とびら)をしっかり閉める。 

 ドアに背を向けたオレは、衛宮を見上げて声を出す。

 

「いいか衛宮、誰に何を聞かれるか(わか)らないから、一応部屋まで戻ってきたけど———」

 

 人差し指を唇に当て、衛宮に静寂を合図する。

 それから、オレは“想像”を語って聞かせた。

 

 ———例えば、この屋敷から、オレは脱出することができる。

 窓の外に浮かぶ赤い(まく)のようなモノ、明らかに“遮断の意思”を(にじ)ませるモノを———オレの魔眼は殺せるからだ。

 

 よく考えなくても、そんな事は明らかにおかしい、(へん)だ。『目に見えないモノを殺す』だなんて。 

 

 でも、コレは“正常な異変”だ。

 

 (ほか)とは“(こと)”なっていて明らかに“(へん)”だけれども、両儀式という肉体にとっては、コレが“正常”だ。

 

「なぁ衛宮。『両儀式になった』のは“異常な異変”だけど、『直死の魔眼がモノの死を具現化できる』のは、“正常な異変”だろ。つまり———」

「つまり両儀は、こう言いたいんだな? 

 今現在起きている“異変”は、誰かが意図的に起こした可能性がある。

 そしてこれが意図的に起こされたものであったなら、不用心(ぶようじん)に出て行って、カモにされるかもしれない」

 

 (とびら)に背を(あず)けるオレと、その正面に立つ衛宮。

 ブツブツと小さく呟く衛宮を、オレはずっと見つめていた。

 

 ついに、衛宮の焦点が現実に合ってくる。

 オレから一歩距離をとって、右手を(あご)に当てた衛宮は、オレを見て口を開いた。

 

「この異変が、人為的(じんいてき)(いな)か。

 でもその先が分岐(ぶんき)しすぎるんだよな。

 昨日集合したイベント参加者の誰かが原因って線もあるし、参加者たちの外に原因がある可能性もある。さらに言えば、『偶然こうなった』って可能性まである(わけ)で……。

 ———だからこそ、“俺たちが気づいたっていう情報”を、両儀は誰にも渡したくない」

「まぁ、その“イベント参加者の皆様”が、この遠坂邸にいる保証もないしな」

 

 オレは腕を組んでドアにもたれる。後頭部を(とびら)につけて、天井を見た。

 

 実際、オレを無力化する方法なんて五万(ごまん)とある。

 バロールの魔眼と違って直接なぞらないと死なないから、遠距離攻撃に滅法(めっぽう)弱いし、拘束されただけで詰むんだし。

 

 この屋敷にいる誰かが本気で殺しに来た時のことを考えると、衛宮を護り切る自信がなかった。

 

 “パンッ”と拍手(かしわで)の音を聞き、驚いて前を向く。

 すると衛宮は、困ったように微笑(ほほえ)んでいた。

 

「———よし。やっぱり出る」

「はっ?」

 

 衛宮の胸に両手を当てた。

 

「衛宮おまえッ。せめて()(せま)った悪意があるのかどうかだ———」

「両儀、ありがとう」

 

 その一言で、オレの全てが封殺された。

 反論の言葉も、オレの心も。

 

「でもやっぱり外に出る。さすがに情報が少な過ぎるからな」

 

 盛大なため息を、せめてもの抗議として発し、オレは衛宮に(したが)った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 遠坂邸と(おぼ)しき建物の廊下は閑散(かんさん)といていた。

 先ほどのように真っ直ぐ歩いて、二人して階段を見下ろしている。

 

「両儀、今更(いまさら)なんだけどさ。どんな可能性ならあり()ると思う?」

「そうだな。

 ———オレたちの部屋、あそこが(じつ)は取り外しができる仕様(しよう)になっていて、寝ている(あいだ)にクレーンで()()げて別の建物にドッキングした、とか?」

「実現可能か? それは」

「少なくともオレは、加速度(かそくど)がかかったら即座(そくざ)に気がつく」

 

 言葉に詰まった衛宮を置いて一歩目を踏み出し、階段を()りる。

 オレが先頭に立つべきだ。少なくとも、反応速度は衛宮より速い。

 

 階段を(くだ)り、踊り場に着いた。

 右奥にあるロッカーを開けてみる。中には(あん)(じょう)(ほうき)塵取(ちりと)りといった掃除道具があるだけだった。

 左向きに90度旋回(せんかい)して下を見る。

 これまた、絨毯の敷き詰められたホールが見えた。ホールの奥の壁には両開きの(とびら)がある。

 

 降りる。

 一階の絨毯を踏んだ時、後ろから衛宮の感嘆(かんたん)が聞こえた。

 

「なんと言うか、(すさ)まじいデジャヴを感じるよな。

 一度も来たことがない(はず)なのに、全部知ってるような感覚になる」

 

 それからオレの左に並んで「一度外に出よう」と言った。

 

「もしも、この屋敷が“本物の遠坂邸”なら、来る者を(こば)む結界がある(はず)だ。それの有無(うむ)を確認したい。

 まだ半信半疑なんだ。いくら俺だって瞬間移動なんて信じたくない。

 いや、推測が本当ならもっと……」

 

 衛宮がドアノブに左手をかける。何も起きない。

 そのままゆっくりと、左側の(とびら)を押していく。

 無音のまま、全開した。

 

 リビングだった。

 

「……違う」

 衛宮はこめかみを叩きながらオレの方を振りかえる。

 オレは衛宮の目を見たけれど、衛宮は、オレの後ろを見つめている。

 

「間取りは完全に別物なんだから。昨日作った頭の中の地図は、全然役に立たないんだ」

 

 衛宮の視線の先、オレの後ろは(つづ)()だった。

 階段下のホールから右、そこに(とびら)はなく、その先は廊下になっている。

 その廊下は左右に続いていて、左の突き当たりは窓。右は———

 

「あった」

 

 右を見ていた衛宮の声。その先に両開きの(とびら)が見える。

 駆け寄った衛宮が、縦長(たてなが)の棒状のノブに手をかける。

 

一先(ひとま)ずは、これで外に……」

 

 衛宮の右腕に力がこもる。

 ギュッと、ドアノブを押した。

 ———無音。

 

 ただラッチボルトの外れるカチッという音だけを置いて、(とびら)が外側に開いていった。

 

 衛宮が先に、オレが続いて(とびら)(くぐ)る。

 正面には(さく)、その手前に木々のカーテン。

 

 後ろで、(とびら)の閉まる音。

 右から差し込む月明かり。

 その月明かりに照らされた、小さな門が出迎えた。

 ここから、4メートル程先にある石の門柱(もんちゅう)、その(あいだ)にかかる鉄の門扉(もんぴ)、そのどちらもが、緑の(つた)(おお)われている。左右の門扉(もんぴ)を橋かけるように何本もの(つた)(から)んでいて、多少押した程度では(ひら)きそうになかった。もっとも———

 

「衛宮さわるな」

 

 オレの警告に衛宮は止まった。

 無言で問いかける衛宮の目を見て、オレは続きの言葉を(つむ)いだ。

 

門扉(もんぴ)と重なるように、赤い膜が張ってあるんだ。

 細かい構造なんてサッパリだけど、そこに込められた意思だけはハッキリしてる。

 ————拒絶(きょぜつ)

 つまりこれは攻勢(こうせい)防御(ぼうぎょ)、リアクティブアーマーみたいなモノだってこと。

 門に触れると、多分持って行かれるぞ」

 

 そう言ってから、ゆっくりと息を吐き出した。

 ここまで来たからには、強行突破が手っ取り早い。

 大丈夫、オレの目はちゃんと()えている。なら殺せる。

 

 オレの右手が、帯の背に差したナイフに触れた。

「おい、衛宮」

 

 門扉(もんぴ)から目を離さずに、衛宮からの返答を待つ。

 1秒、2秒、3秒、4秒…………

 

「非常事態だしな。頼む両儀、あの門を殺してくれ」

 

 それを合図に、両膝が曲がり腰が落ちる。ピントを調整して死の線を()る。

 右手が触れたナイフの()を引き、抜刀。

 

 門扉(もんぴ)に、そして結界に浮かんだ線をなぞろうと———反転、空いた左手で衛宮の腰を引き後ろに(かば)う。

 

 ナイフをゆっくり正眼(せいがん)(かま)えて、その(きっさき)を、玄関の(とびら)に突きつけた。

 

「———そこで、何をしているのです?」

 

 女性の声と共に、(とびら)(ひら)く。

 半開きにしたそれの中から半身を(のぞ)かせたのは、赤髪の女だった。

 白地に花柄のパジャマを来たその女は、オレと、後ろに(うずくま)る衛宮、最後にオレのナイフを見て、見開いた目に納得を浮かべた。

 女は玄関から一歩出る。オレに右手を差し出して、小さく首を左右に振った。

 

「分かります。とても良く分かります。

 貴女(あなた)の無念、絶望。ですが殺してはいけません。

 殺してしまえば、貴女(あなた)は後ろのゲスと同じになってしまう」

 

 女は笑って、右手をさらに突き出してくる。

 

「さあ、ナイフを渡して、一緒に警察に行きましょう。

 貴女(あなた)は良く頑張りました。もう耐えられないのなら、私が貴女(あなた)を守ってあげます。だから———」

「来るな」

 

 オレはナイフを一振りした。

 脅しにはなったようで、女は一歩後ろに退()がった。

 

「衛宮」と小声で呼ぶと「大丈夫だ」と返ってくる。

 立ち上がった衛宮は、オレの肩越しに呼びかけた。

 

「バゼットさん、何か誤解しているようですから。中に入っ———」

「黙れッ!」

 

 女が叫ぶ。

 オレは小さく、舌打ちした。この女をなんとかして、(なだ)めなくてはいけないな。

 衛宮が、オレを抜いて前にでる。

 

「バゼットさん、俺たちは———」

「来るなッ!」

 

 女は退がり、“ドンッ”と音を立てて(とびら)にぶつかる。

 両腕を胸の前で抱き合わせている。腰は引け、膝は若干(じゃっかん)笑ってる。

 

 なおも詰め寄ろうとする衛宮を、オレは左手で制してみせた。

 衛宮が止まったのを確認してから、ナイフをゆっくり背中に戻す。(さや)の中にキチンと差して、オレは女と対面した。

 

「“ゲス”ってのはさ、一体(いったい)誰に向けての言葉だ?」

 

 赤髪の女は、オレの左の衛宮を見ている。

 

「“ゲス”ってのは、どういう意味でゲスなんだよ」

 

 女は何も答えない。

 オレは一度息を吐いて、もう少し待つことにした。

 

 ———“ゲス”。

 普通に考えれば下衆(げす)、あるいは下種(げす)

 身分が低い者、(いや)しい者。転じて、品性が(いや)しく人として低劣である者のたとえ。

 

 この女は、衛宮をゲスと(さげす)んだ。

 

 確かに、この男は人の首を切り落としているから、あながち間違いとも言えないが、それなら怯える必要はない。

 怯えるということは、その悪意が自分に向くと思ってるんだ。

 

 衛宮の犯行、その詳細をオレは知らない。でもオレは、始発電車で会ってからこっち、ただの一度も、殺されるだなんて思わなかった。

 

 ———いや、そもそも。衛宮の犯行がバレる可能性よりもオレの犯行がバレる可能性の方がずっと大きい。

 ならオレに怯えてもいい(はず)だけど……。

 

 どれだけの時間が経ったか、女の後ろの玄関の(とびら)、女がもたれかかってない方、右の(とびら)が、勢いよく(ひら)かれた。

 

「おいッ!」

 

 青髪の男が飛び出してきた。女を見るや抱きとめて、オレと衛宮を交互に睨む。

 

「……お前らも来い、食堂だ」

 

 衛宮が「分かった」と返事する。両手を軽く頭まで上げて降参を示し、少しだけ笑いながら、「後で行く」と約束した。

 

 ラッチボルトのかかる音。そして静寂。

 オレは衛宮を視界に入れながら、チラリと後ろ、門を見た。

 

「今からでも、(アレ)———殺して逃げるか?」

「やめた方が良いと思うぞ。俺たちの(おちい)った状況が最悪なら、ここで逃げても後で詰む」

 

 (しばら)く黙りこんだ後、二人同時にため息をついて、玄関の()のノブを引いた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 オレたちが食堂を探し当て、中に入ると、そこには全員がそろっていた。今回のイベント参加者たち、全員が。

 首を少しだけ右に振る。

 中央に置かれた流しテーブルの一番奥、上座に座る遠坂時臣のコスプレイヤーがオレたちを見て、座ったまま声をかけた。

 

「すまなかったね。

 ———しかし、今現在、我々の身に起きている異常事態は、一人残らず認識できていることと思う」

 

 時臣が、オレたちに下座(しもざ)を示す。

()けたまえ」

 

 オレと衛宮は、時臣の左手側の席の(すみ)、一番遠い場所に腰を下ろした。

 オレの左側に席は無く、右手に衛宮がいて、正面向こうに窓が並んでいる。

 何人かの席の前には、ティーカップも置かれていた。

 

「さて、これは非常事態だ。

 “未曾有(みぞう)の”、と形容しても構わないほどのね。

 私としても“遠坂時臣のロールプレイ”を続けることで何とか()(こた)えている状態なのだ」

 

 オレは、ここにいる奴等(やつら)一瞥(いちべつ)した。

 両肩を抱いて縮こまる者、膝に手を当て沈黙する者。

 一番向こう、遠坂時臣は両手を組み合わせ、それを口元へ持っていく。

 

「そこで私は、警察に駆け込むことを提案しようと思う。

 十分(じゅうぶん)に日が(のぼ)るまで待ち、全員で、最寄(もよ)りの派出所(はしゅつじょ)(おもむ)くのだ」

 

 異論など、上がり得ない提案だった。

 

「では、午前8時。

 お手持ちの時計が午前8時を打つ頃に、もう一度ここで(まみ)えるとしようか」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ———そして、午前8時。

 

 一旦(いったん)寝室に戻ったオレたちが支度(したく)と仮眠を終えた頃、廊下の喧騒が部屋の中まで突き抜けてきた。

 

 革ジャンに(そで)を通す。

 衛宮がキャリーを持ったのを確認する。

 

 ドアノブを押して、廊下に一歩踏み出した。

 

 

「ヴァァァぁぁぁあ!!」という叫び声。それが階下から聞こえてきていた。

 降りてみると、玄関には人集(ひとだか)りができている。その向こう、玄関の(とびら)のあたりで男が一人叫んでいる。

 

 オレの右脇を抜けて、衛宮がスピードをいくらか上げた。オレも、遅れないように付いていく。

 衛宮が接近したことに、人集(ひとだか)りの内の一人が気づいた。

 紫髪(しはつ)の女性が振り返り、衛宮を見て「あっ」とこぼした。

 

 はたして、女性の口から漏れた声は音量の割に、玄関の中に響いていた。

 ———その瞬間、喧騒(けんそう)が止んだのだから。

 

 (とびら)のあたりから衛宮まで、短い風が吹き抜けたかのような感覚があった。

 何かを見た(わけ)ではない。何かを聞いた(わけ)でもない。ただ空気が()れる肌感覚が、右隣の衛宮の位置にあるだけ。

 オレは、この感覚を、何年も前からずっと知ってる。

 

 ———殺気だ。

 

 知覚と反応は同時だった。

 腰を抜き、尻餅をつくように後ろに落ちる。それに合わせて右手を伸ばし、衛宮の襟首(えりくび)(つか)んで引いた。

 オレの胸に飛び込んで来た衛宮の肩を、左手で(つか)んで左にズラす。

 

 衛宮を左の壁際(かべぎわ)に飛ばし、オレは後ろ回りで受身をとる。

 立ち上がる、オレの前には青髪の男がいて、(こぶし)を振り抜いた後だった。

 

「……お前か」

 

 男の声は震えている。

 視線を左右に(めぐ)らせて、壁際(かべぎわ)でうめく衛宮を見つける。

 

 オレは、二人の(あいだ)に立った。

 目の前の男の瞳は、ただ殺意に燃えている。

 

退()け、ガキ。……殺すぞ」

 

 返答はしない。

 言い返すことに意味などない。火に油を注ぐだけだ。

 右足を半歩後ろに引いて、左肩を前に半身を切った。素手はあまり得意ではないけど、衛宮を殺されるとこっちも困る。

 

 ———ゆっくり、細く。息を吐いていく。

 吐き続けていく。

 

 男の右脚の筋緊張が、ほんの一瞬見てとれた。

 右足で地面を蹴って、思いっきり前に飛び出す———瞬間には、オレの掌底が男の胸を(とら)えていた。

 

 オレは右の掌底を、男が動く前に放った。男が地面を蹴り出す頃には、オレの右の(てのひら)が、男の胸に()えられている。

 

 そう、つまり。男は自分から、オレの右手にぶつかってくる格好になる。

 その瞬間に、膝の抜きと腰の落とし。インパクトのタイミングでこの二つを発動させれば、男は、後ろの壁まで吹き飛んだ。

 

「起きろ衛宮っ」

 

 男に視線を固定したまま、後ろの衛宮に小声で叫ぶ。オレのちょうど真後ろで、衛宮の立つ気配を感じた。

 首筋に、衛宮の吐息を感じる。

 

「助かったよ。両儀」

「まだだ、気を抜くなよ衛宮。全員が傍観(ぼうかん)してるんだ。味方なんて一人もいないぞ」

 

 ゲホゲホと咳き込みながら(うずくま)る男。

「そうか」とだけ呟いて、顔を上げてオレを睨んだ。

 

「お前の方が殺したんだな、両儀式」

「殺した? 誰を」

 

 言ってから、男の雰囲気が剣呑(けんのん)になった。だがこれで、コイツの殺気はオレだけに向いてる。

 衛宮を護りやすくはなった。

 

春華(はるか)に決まってんだろうがッ。

 お前がッ、春華(はるか)を———」

 

 男が立ち上がろうと(りき)んだ瞬間に、接近したオレは右手を伸ばす。

 男がオレの接近に反応して伸ばしてきた右手を左へ(かわ)し、その手首を右手で(つか)む。それを右腰まで引き込みながら右回りに反転する。

 立ち上がる瞬間に重心を崩され、前につんのめった男の首筋に左手を押し当て———

 

 そのまま床に組み伏せた。

 

 うつ伏せに叩き付けた青髪の男が動けぬように体重をかけて、首筋と手首を握ったままで、両膝を男の右肩に置いた。

 それから、右側にいる人間を見る。

 集まってきた人たちは、みんな突っ立ったままだった。こいつらからの“殺気のなし”を確認してから、目を閉じる。

 

 ———朝起きて、一階に降りたら襲われた。

 

 男は怨恨があるような素振(そぶ)りだが、ここにきてからの接触回数は、オレも衛宮も多くない。

 赤髪(せきはつ)の女、バゼットの言った“ゲス”の———

 

 革靴のたてる足音が近づき、頭の上から、男の声が降ってきた。

 

「ご苦労だった。

 彼が乱心していたのでね、(おさ)えてくれて助かるよ」

 

 時臣の言葉にオレが無言を貫いていると、衛宮がこっちに歩いてくる。

 

「えっと、すみません。何があったのか説明して(いただ)けませんか。

 急に襲われて、俺たち何も分からないんです」

「そうだね。では食堂へ行こう。一度、ちゃんとした話し合いの場を(もう)けるべきだろうから。

 彼は———」

 

 立ったままの時臣はオレに組み伏せられた男を見てから、後ろの人集(ひとだか)りに呼びかけた。

 

「誰か、紐状(ひもじょう)の物を持っていないかい? 縄でもベルトでも構わないんだが、ともかく彼を縛っておきたい」

 

 

 オレは立ち上がる。

 (ほか)の参加者に続いて食堂に入る衛宮の後ろに張り付きながら、席まで行った。

 

 席について待つこと(しば)し。

 腕を縛られた青髪の男が転がされ、それ以外が着席し、上座に座るコスプレイヤーは今度の席でも口火を切った。

 

「まず、状況を()()めていない下座(しもざ)の二人に説明すると。

 ———バゼット嬢が殺された」

 

 隣でギュッと衛宮が(りき)んだ。テーブルの下に隠れた(こぶし)は、白くなるほど握られている。

 衛宮とオレを見て時臣は、両手を組んで口に()え、一拍(いっぱく)おいて言葉を続けた。

 

「そして我々は、その犯人が君たちでないかと疑っている」

 

 全員の視線が、オレたち二人に降り注ぐ。

 衛宮は周りを見渡して、身を乗り出して言い返す。

 

「やってません」

「その証明は———」

出来(でき)ません。

 でも警察を呼んだんですよね。だったらすぐに———」

 

「残念ながら」

 

 時臣の言葉が、やけに重く響きわたった。

 

「残念ながら我々は、まだ連絡できていない。

 それは努力を(おこた)ったという意味ではない。『連絡手段が()たれていた』という意味だ。

 ———電話は通じず、外に出ることも(あた)わなかった」

 

 君たちは深夜、外に出ようとしていたらしいから知っているかもしれないね。と、時臣は口だけを動かし続ける。

 

「この屋敷の周囲には、見えぬ障壁が張られているのだ」

 

 だから外に出られず、派出所に駆け込むこともできなかったと、つまりそういう事らしい。

 

「我々は閉じ込められた。建物の形も変わっている。

 さらに人殺しが起きたとあっては、誰も落ち着いて休めやしない。

 ———(ゆえ)に君たちを拘束する。

 なに、そう傷心(しょうしん)する必要はない。君たちの嫌疑が()次第(しだい)、二人の自由は約束しよう」

 

 オレは呼吸をゆっくりに変え、椅子に体重をかけるのをやめた。

 いつでも立ち上がれる姿勢、いつでもナイフを抜く心持ち。

 

「両儀」

 

 右隣の衛宮の声だ。

 その声色は柔らかかった。

 振り向いて、衛宮の表情を見たオレは、両手足から力が抜けた。

 

 見知らぬ男に前腕(ぜんわん)二本を胴の後ろで(そろ)えさせられ、後ろ手に、帯状のもので締め上げられた。

 右を見ると、衛宮も同じようにして、ベルトで拘束されている。

 

 “アーチャーに連れ去られる衛宮”という構図を後ろから見送った。オレは、別の場所に連れて行かれるようだったから。

 

 食堂を出て、玄関を背に廊下を進み、突き当たりを右に曲がる。奥まった一角に石階段が存在し、それは下に続いている。

 左右の壁は煉瓦(れんが)()り、()がれたところはコンクリートで埋められている、地下へと続く石階段。

 

「さぁ行きなさい。地下室に降りるんだ」と、後ろからオッサンの声がする。仕方ないから従って、歩調を合わせて地下へと(くだ)った。

 

 地下室を見てオレは思った。衛宮をここに連れて()れば、どれだけ会話が弾むだろうか、と。

 アイツは羽目(はめ)を外すのが苦手だから、Fate談義もあまりなかった。映画館への行き帰りで、少し話した気もするが……。ここから出たら、もう少し踏み込んでみようと思う。

 でも、それは今じゃない。

 

 ———後ろのオッサンから、ずっと殺気を感じているから。

 

 武人が感じる殺気というのは、『他人(ひと)を殺そうとする気迫』ではない。

他人(ひと)の存在を()退()けてでも、自我(しが)を押し通そうとする意思』のことだ。何も、殺す時だけに出るモノじゃない。

 例えば、握られた手を無理矢理に、振り解こうとする時にすら出るモノだから。

 だから感じ取れるようになると、相手の感情も、割と細やかに見えてくる。

 

 オレの後ろのオッサンからは、さっきからずっと殺気を感じる。

 でも地下室に入っても、まだ何もされなかった。

 

 拘束されている腕を握られなくなったから、オッサンと距離を取ることにしたオレは、地下室の真ん中あたりまで歩いてから、木製の机に腰を預けた。

 どうもかなり大きな机で、部屋の半分を占領している。この机があるせいで、奥の半分は埋まっていた。

 

 顔を上げて、オッサンをみる。

 

「それで? オレはどうして此処(ここ)なんだ。

 寝室でもいい(はず)だろ?」

 

 オレの質問にオッサンは一度驚いた後、オーバーアクションに両手を広げ、両目を大きく見開いた。

 

「なんとっ、何も知らないままここに来たのかね? それはそれは……可哀想(かわいそう)に」

「バゼットを殺したのはおまえか?」

「まさかッ、あれは我々がやったのではありませんよ。朝起きたら勝手に死んでいたので。

 ですがこの状況で犯人が分からないとなると———(みな)が不安になるでしょう?」

 

 一歩、二歩。

 オッサンが近づいてくる。

 

「衛宮と引き離す意味はあったのか? オレたちが犯人じゃないと思っているなら、別に———」

「ああ、そちらは別件です。

 ほら、貴女(あなた)の相方は唯一の男性ですしね?」

 

 三歩、四歩。

 

「男なら(ほか)にもいたろ?」

「いいえ。“衛宮士郎”だけが、参加者の中で唯一の男性です」

 

 コスプレイヤーとして参加した者は、計八人。

 その全員がFate/stay nightからの出典で、セイバー陣営、ランサー陣営、アーチャー陣営、ライダー陣営。

 招待されたのはマスターの四人。(ほか)の四人は“連れ”。

 遠坂時臣と目の前のオッサンは、招待する側の人間だった。

 

「このコスプレイベントが“300万時間の賞金”が手に入るものである以上、我々も何らか見返りが欲しかった、と言うのは事実です。

 ノーベル賞のように利息だけで運営できる程、我々の懐は暖かくはないのですから」

 

 でも、と言いながらオレの前に立ったオッサンは、右手の親指と人差し指で(かね)のマークを作って見せた。

 

「残念ながら参加者の皆様は経営難でしてね、我々に(かね)などは流れてこないのです。そこを突いて去年、衛宮士郎から提案がありました。

『これを献上(けんじょう)する代わり、査定を有利に進めてほしい』と」

「衛宮は———」

 

 ゆっくりと息を吸い込んでから、オレは息を吐き出した。

 

「過去の衛宮は、その時に何を献上(けんじょう)したんだ?」

 

「少女です」と口にしたオッサンは、一歩引いてオレを眺める。

 

「今の貴女(あなた)より少し上、くらいの年齢の少女でした。『特殊な症例(しょうれい)です』の言葉を()えてくれたのですが、実際に凄かった」

 

 オレの両肩に手を置くオッサン。近づく顔、飛び散る(つば)

 

貴女(あなた)は見たことがありますか? ()()に宝石に変化する少女の肉体を。

 あれは素晴らしいモノでした。“オパール化”という現象なのですけれどね? 本来は恐竜の骨の化石などが、地熱や圧力によって変異する現象のことです」

 

 ———その現象が、生きた人間の肉体の中で発生していた———

 

「あの時は、天にも(のぼ)る気持ちでした。

 それをあのガキ」

 

 オッサンの(つば)が目に入るのを防ぐために、閉じていた(まぶた)をゆっくり上げる。

 

 オッサンは()()き、右頬(みぎほほ)だけが吊り上がっていた。

 

「あの少女には利用価値があったのです。

 医療研究の発展、新たな症例の検体、女としての体それに———宝石としての金銭的価値。

 分かりますか? あんなに素晴らし———」

御託(ごたく)はいいよ。それで、オレに何をさせたいんだ?」

 

 オレは、オッサンの後ろに声を飛ばした。

 

 

「———衛宮士郎を、裏切りたまえ」

 

 バリトンの効いた男の声は、地下室に重く響き渡った。

 遠坂時臣が石階段を降り、地下室に足を踏み入れた瞬間だった。

 

無論(むろん)、ただでとは言わない。

 我々は、君に対して雇い入れる準備があるのだ。

 頭金として……そうだな、300万の現金を進呈(しんてい)する。

 ———これならば、あの男に縛り付けられる理由も消えよう」

 

 時臣が近づいてくる。

「あの男は(かね)しか取り柄がない。ならばこの程度で十分だろう」と。そういい終わる頃には、オレと向かい合うオッサンの右肩越しに、ちょうど時臣の顔がきていた。

 

「もう一度言う、衛宮士郎を裏切りたまえ」

 

 時臣を睨む。

 睨まれた男、遠坂時臣は薄く笑った。

 

「さあ来なさい。

 我々が君を監視する(むね)を、(ほか)(みな)にも伝えなければ」

 

 オッサンがオレの後ろにまわり、尻を撫でてから腕を(つか)む。

 遠坂時臣の後ろに続き、石階段を登っていった。

 

 一歩ずつ、階段を登りながら考える。

 

 原因がどうであれ、屋敷の周囲の結界を、オレの目は殺すことができそうだった。

 つまり、ここから逃げること自体は不可能じゃない。

 

 問題は、オレの魔眼の性能を全員に信じてもらえたとしても、外に出た瞬間に衛宮が犯人になる事だ。

 オレは死体を見てないが、もしもバゼットが殺されたのなら、真犯人が名乗り出る事はないだろう。

 

 とは言え、死体がある以上犯人は存在しなければならない。警察に通報すれば、ここの連中は口を揃えて『衛宮が犯人』と証言する雰囲気だ。場合によってはオレも含まれるかもしれないが、どちらにしても結果は同じ———詰みだ。

 

 (うし)()に縛られた両腕、革ジャンの上から巻かれたベルトを意識する。

 魔眼を(ひら)き、自分の(むね)()しに前腕を()る。

 ———大丈夫、ちゃんと()えてる。

 

 直死の魔眼は死を認識する脳があって初めて意味をなす魔眼だ。

 だから魔眼の性能が(およ)んでいても、持ち主が“死”を認識できない対象には効果が及ばない。

 脳が対象を正しく理解し、なおかつその“死”を認識できるモノだけに、この目は死の線を刻むのだから。

 ———逆に言えばそれは、視界に入っていなくても、『正しく理解し死を認識出来るモノ』、つまり自分の肉体とそれに付随(ふずい)する物であるならば、線が見えるということだろう。

 

 だから、出来ると思った。

 第四章で、式がやっていたから出来ると思った。

 ちゃんと視界に(とら)えなくても、作中の式が自らに憑依した亡霊の死を見たように。

 オレには腕を拘束する、ベルトの死が()えている。

 

 後は魔眼を使ったままで、ベルトの線を突起物で()()けば、オレの腕は自由になれる。

 それだけを確認して、オレは慎重に顔を上げた。

 

 

 ———食堂の、上座(かみざ)(がわ)

 さっきまで時臣が座っていた椅子のちょうど真後ろに、オレは今立たされていた。

 

 目の前の流しテーブルには(から)になった五つの皿。朝食を終えたところらしい。

 席についているのは五人だけ、遠坂凛、アーチャー、ランサー、ライダー、間桐桜。

 ランサーは、(いま)だにオレを睨んできている。

 

(みな)、聞いてほしい」と、オレの右に立つ時臣が口火を切った。

 

「彼女も、被害者だったらしい。

 前回ここに来てくれたアルトリア君と同じように、彼の被害者だったようだ。

 口車(くちぐるま)に乗せられて護衛役を買って出たようだから、どうか大目(おおめ)に見てあげてほしい」

 

 時臣が、両手を大きく広げながら、参加者をゆっくりと見渡していた。

 

「ここから脱出した(のち)は、彼のみを突き出そうと思っている。あの男が犯罪者であることには誰も異論は無いだろう。

 ———つい先日新聞に()った、大学生殺人事件。

 首を切り取られた、恐らくは大学生と思われる遺体が発見された事件の犯人が、衛宮士郎である事などは、状況からみて明らかだからだ」

 

 見渡した後、その視線をランサーに固定して、時臣は優しく語りかけた。

 

「両事件を合わせて、彼には牢獄に入ってもらう。

 君はそれで構わないかな? ランサー」

 

 座ったまま頷くランサー。

(よろ)しい」とだけ返事して、時臣は一歩前に出る。オレの前に立ち、注目を集めた。

 

「ここに居る諸君の中には、アニメに造詣の深い者もいることと思うが、()えて私に言わせて欲しい。

 ———この家の結界は、恐らく無機物には反応しないと」

 

 無論、アニメの演出が正しいとは限らない。と時臣は続ける。

「だが現に、ここの庭園にそれらしきルビーと要石(かなめいし)の存在を確認している。ならば後はそれらの位置をプロットし、順番に壊してゆくだけだ。

 順調に進めは一両日中(いちりょうじつちゅう)には片がつくだろう。出来れば今日中に終わらせたいところではある。

 そうすれば、晴れて我々は今宵(こよい)、枕を高くして(ねむ)ることができるのだから」

 

 そこまで説明して、時臣は肩越しにオレを見た。

 

「それまで、手伝ってくれるね? 両儀君」

「……ああ」

 

 オレは目を閉じて、周りの景色を遮断した。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 しかし、事はそう簡単には終わらなかった。

 

 昼食を終えた参加者たちが、結界の起点と思われる場所の洗い出しに戻った時、トイレだと(ことわ)って時臣から離れて、衛宮が監禁されている場所を探している最中(さいちゅう)だった。

 

 オレが、男の死体を発見したのは。

 

 二階の廊下に立つオレは、閉ざされた()を睨んでいる。

 

 オレには()えていたからだ。閉ざされたドアの向こうに、“死んでいるモノ”が存在しているという事が。

 時臣から離れた後、衛宮を見つけるために直死の魔眼を発動させながら、各部屋の線を()ながら探していた。

 

 そうやって探していると、(とびら)の向こうに“死んでいるモノ”を発見した。一瞬、それが衛宮なのかと血の気が下がって、ドアノブを押す。

 …………()かない。

 

 ドアノブはガチャガチャ鳴るばかりで、一向に動かなかった。

 

 だから()た。

 直死の魔眼で死の線を認識、鍵のロック機構に浮かぶ線だけに狙いを定めて、ナイフをゆっくり突き刺した。

 

 強引にドアを押して()けると、部屋の中、ベッドの上でランサーが、横たわって死んでいた。

 

 一歩、二歩、三歩。

 

 中に入って左手にあるベッドを向く。

 オレの右手側にある窓に足を向ける感じで、男が一人ベッドに寝ている。『“死んでいるモノ”は()えにくい』から、(みゃく)(はか)る必要もない。

 ランサーは、完全に事切(ことき)れていた。

 

 ランサーの胸には穴が空いていて、ベッドシーツも布団も、胸の位置を中心に血で赤く染まっている。ベッドの足元のあたりを見ると、赤い槍が目についた。

 よく確認せずとも分かる。

 

 ———ゲイ・ボルク。

 ランサーが、コスプレ用に持って来たであろう模造(もぞう)(そう)。その真っ赤な槍の先端には、同色の血が付着している。

 その下のカーペットにも、同じく血が広がっていた。

 

 静かに、オレは息を吐く。

 “死”を認識するようになってからこっち、死んでいるモノを見た時の忌避感がだいぶ薄れたとは感じていたが。こうして目の前に死体を見ても、あまり心は動かなかった。

 とは言え———、

 

「クー・フーリンのコスプレ男がゲイ・ボルグで死んでいるとか、いったい何がどうなってるんだ?」

 

 我に返ったオレは、ナイフを急いで背中に戻した。

 ……これはマズい。こんな場面を目撃されたら———

 

 後ろに、気配を感じる。

 

 そっと背後を(うかが)うと、ライダーが、部屋の入り口に立っている。両手を口に当てた状態で固まっていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 オレと衛宮は、食堂の入り口近くに転がされた。

 両手足を縛られた状態でなんとか三角(さんかく)(ずわ)りまで持っていったオレは、テーブルにつく奴等(やつら)を見る。

 下座側の長辺に、右から凛、アーチャー、間桐、ライダー。

 上座側の長辺にはオッサンが一人。

 そして、ここからでは頭の先しか見えないけど、一番奥に遠坂時臣。

 

「我々は、どうすれば良いと思う?」

 (とう)の時臣が、低い声で問いかけた。

 

「私は間違っていた。疑わしい者は全て縛り上げておくべきだったのだ。

 ———少女の口車(くちぐるま)に乗せられて、罰を与えなかった私の不明(ふめい)を、どうか謝罪させてほしい」

 

 オレと同じく両手足を縛られている衛宮が、右隣でもぞもぞと動いている。

 

「その上で、そこの二人の殺人犯だが———縛るだけで足りるだろうか。閉じ込めた方がいいのだろうか。

 幽閉し、(とびら)を縛る。それだけで誰も殺さぬと、我らは安心できるだろうか」

 

 衛宮がもたついているものだから、オレはコイツに背中を向けて、縛られた手で衛宮の服をギュッと握って、少し引っ張り上げてやった。

 

「この殺人鬼を野放しにした状態で、我々は無事に、明日を(むか)えられるだろうか」

 

 時臣の声が朗々(ろうろう)と響く。

 やっと体勢を整えた衛宮と肩を()れさせて、オレはそれを聞いていた。

 

 もう終わりだ。

 完全に空気を支配されてる。あの様子だと、犯人との談判(だんぱん)も済んでいるのかもしれない。

 あの男が犯人である可能性もあるが、どちらにしても、もう終わりだ。

 

 犯人はこの状態をひっくり返したくはないだろうし、犯人以外も、吊し上げられたくはないだろう。このコスプレイベントに“参加者”と“招待者”の関係がある以上、あの男から主導権を奪うだなんて不可能だし、仮に奪えたしても、“誰が人殺しなのか判らないという状態”は(すさ)まじいストレスになる。

『そんな強烈な不安を感じ続けるくらいなら』と、大多数は今の状況に迎合(げいごう)する。

 あとは、そう。このまま脱出されてしまえば、全ては時臣の思うまま、か。

 衛宮の肩に頭を乗せて、オレはゆっくりと目を閉じた。

 

 その時だ、間桐の声が割り込んできたのは。

 

「あの、遠坂……さん?」

 

 返答する時臣の声が、ほんの少しだけ高くなる。

 

「“遠坂さん”というのは、もしかしなくても私だね」

「そうです、遠坂さん。

 あの、わたし思ったんですけど、先輩たちを拘束することに意味なんて無いんじゃないですか?」

 

 頭を(あず)けた衛宮の体に緊張がはしるのが感じられた。

 コイツの意志が、少し回復したように見える。

 

「だって遠坂さんは、先輩が犯人だなんてちっとも思ってないです。

 だけど難しい事をいっぱい考えて、先輩たちが犯人だと都合(つごう)が良いから、こうやって罰を与えてるんです」

 

 隣で衛宮が「桜」と(つぶや)く。

 その声色は、いつか見た映画のそれと、あまりにもそっくりだった。

 

「しかし間桐くん。もしも彼らが犯人だった場合、君は責任が取れるのかい?」

「遠坂さんこそ、もし先輩が犯人じゃなかったら責任とってくれるんですか?」

「こちらの場合は、(あやま)ればすむことだ。だが君の場合は違う。

 最悪の場合、彼らがまた犯行に(およ)ぶかもしれない。そうなった時君は、『人の命を奪う者たちを野放しにした責任』を、どうやって取るつもりだと()いている」

 

 時臣の言葉に間桐が詰まった。

 言い返せなくなった間桐だが———空気は確かに、変わっている。

 オレは床に三角座(さんかくずわ)りで笑い出しそうになってしまった。

 

「だったら、私たちで見張るわよ」

 

 目の届かないテーブルの上、発せられた凛の言葉で、決定的に流れが変わった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「———先輩、ここです」 

 

 (とびら)の前で振り向いた間桐が、衛宮を見て口を開いた。

 

「ここが、ランサーさんの殺された部屋です」

 

 二階の廊下、両手を縛られたオレと衛宮。取り囲むのは間桐と凛と、それからアーチャー。

 オレたちは、ランサーの部屋の前にいる。

 

 壊れた(とびら)を間桐が(ひら)いて、中に入って振り返る。

 両手を、胸の前で握ってみせて、衛宮の目を見て口を開いた。

 

「真犯人を探すの、わたしたちも手伝いますから。だから頑張ってください。

 先輩、わたし信じてますから。先輩は誰も殺してなんかいないんだって。真犯人を捕まえる事だってできる、凄い人なんだって」

 

 ふと、両腕が軽くなった。拘束が解かれたようだ。

 続いて、衛宮の拘束も外した凛は、衛宮の背中に手を当て、そのまま部屋に押し入れた。

 

「いい、この部屋は発見された時のまま、誰も何も触っていないわ。

 手掛(てが)かりが有るなら、それもそのまま残ってる(はず)

 思う存分に調べ尽くして、真犯人を見つけなさいよ」

 

 凛に押されてつんのめった衛宮が、持ち直して振り向いた。すぐに間桐に手を引かれ、部屋の中に入っていった。

 

 一瞬だけ振り向いた、衛宮の顔を見たオレは、自由になった右の手で、自分の髪の毛を触るのだった。

 

 

 

 

 

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