両儀式のコスプレイヤーは、汚れたクロックスなんて絶対履かない   作:夜中 雨

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遠坂邸に迷い込んだ時、浮かび上がっていた可能性

 

 

 

 

「よしっ、出るわよ」

 

 一頻り衛宮を激励(げきれい)すると、凛はそう宣言した。

 

「ほら、桜」

 

 衛宮をランサーの部屋に突っ込んだ凛は、その場で間桐を手招(てまね)きする。衛宮の右手を握り込んでいた(とう)の間桐は、凛の声に固まった。

 

 ゆうに5秒の()をおいて間桐が再起動を果たした時には、凛に手を引っ張られ、部屋の外に連れ出されている最中(さいちゅう)だった。

 

「え、ちょ……ちょっと待って。

 待ってくださいッ!」

 

 部屋から出ることを嫌がって腰を引く間桐。だがどうも凛の方が力は強いらしく、ズルズルと引っ張られていって。

 (つい)に引っ張り出された間桐が、凛に抗議しようと詰め寄った。

 

「遠坂先輩、どうし——」

 

 凛は左手で間桐の口を塞ぎ、右手で(とびら)を閉める。ロック機構が壊れていて少し(ひら)いた隙間(すきま)から「私たちはここにいるから」と、その向こうに声を通して、間桐を連れて(とびら)から離れる。

 (とびら)を右手にして立っているオレからすると左側、窓が並んでいる方の壁まで間桐を引っ張り、自分の唇に人差し指を一本立てて、「しぃぃぃッ」と間桐に要請(ようせい)した。

 

「遠坂先輩、でもッ———」

「“でも”も“ヘチマ”も“カケラ”も無いわよ。

 ———いい桜。衛宮君からしたら、私たち全員が被疑者(ひぎしゃ)なの。

 両儀さんの言ってることが正しいなら鍵は()かってたみたいだし。私たちが中に入ったままだったなら、証拠が消される事も考えないといけなくなるじゃない」

 

 窓際(まどぎわ)に追いつめられた間桐は、言い返そうとして言葉に詰まる。その一瞬に、凛は言葉を差し込んだ。

 

「今、この現状で(もっと)も犯人じゃなさそうなのが衛宮君なの。

 私たちが声を上げなかったら、彼は間違いなく刑務所ゆきだった。それに監視されてたんだから、ランサーは絶対に殺せない。

 ———だから、衛宮君だけにやってもらうの。この屋敷にいる殺人犯に、証拠を隠蔽(いんぺい)させないように」

 

 凛が詰めていた体を戻して、間桐といくらか距離を取る。

 

「それに心情的にもね。衛宮君を犯人だと思っている人は、この屋敷にはまずいないんだし。あの遠坂時臣やコスプレしてないオッサンだって、衛宮君だとは思ってなさそうだったじゃない?」

 

 

 凛が間桐を()(くる)めるのを、壁にもたれて外から眺める。

 オレがもたれた壁の後ろ、部屋の中から、足音だけが(かす)かに聞こえる。顔を正面に戻すと、右目の(はし)にアーチャーが居て、凛と間桐を眺めているのが、オレだけじゃなかったことを思い出した。

 

 (とびら)の左にもたれるオレと、(とびら)の右に立つアーチャー。

 手持(ても)無沙汰(ぶさた)に感じた両手を革ジャンのポケットに突っ込んで、見るともなしにアーチャーを見る。

 

「なぁアーチャー。今のランサーの死体、おまえも見ただろ? 

 おまえがもし犯人だとして、ランサーの心臓を突き刺すとして。まずアイツを組み伏せた後、おまえならどうやって突き殺す?」

「両儀式。それは———私を疑っているのかね?」

 

 アーチャーは、視界の(はし)で腕を組む。

 

「なるほど。君にとって私は、最有力容疑者というわけだ」

 

 アーチャーの投げかける眼差(まなざ)しを無視して、凛と間桐に目線を戻した。

 

「別に、もういいよ。

 真っ先にその感想が出るんなら、オレの予想はハズレみたいだ」

 

 凛が間桐に、自分たちが部屋に入ることが、どれだけ『自分たちの疑いを晴らすことへの(さまた)げになるか』をこんこんと説いてる姿を見ながら、物思いに(ふけ)ることにする。

 

 パッと見た感じ、部屋に飛び散っている血痕は無かったことから考えると、おそらくランサーはベッドに寝そべった状態で、真上(まうえ)から心臓を貫かれて殺された。

 

 ———でもオレなら、あんな殺し方は“ない”。

 

 オレが犯人なら、必ず水月(すいげつ)から突き殺す。水月(すいげつ)、つまり鳩尾(みぞおち)から角度をつけて突き上げたなら、障害物は横隔膜(おうかくまく)だけになるからだ。わざわざ突き飛ばしたりしてベッドに転ばせることが出来たなら、あの状態で殺すとするなら、肋骨(ろっこつ)の上から刺し殺すなんてあり得ない。

 エモノがナイフや短刀なら()(かく)あんなに長い槍で殺すんだ、ベッドの上に転ばさせたんだし、肋骨(ろっこつ)の隙間をぬい通すような方法は、オレならまず選ばない。

 

 それから、ランサーがいつ殺されたのか。オレには分からなかった。

 昼食を終えてからは、片付けの時間以外オッサンと……遠坂時臣とも一緒にいた。

 表向きは『()()()監視』、裏向きは『()()()護衛』だ。

 “バゼット殺し”の犯人から、何より遠坂邸の結界から。もしも結界が反撃に出た時、オレたちに(きば)()いた時、アイツらを(かば)う盾として、オレは時臣に買収された。

 

「ねぇ、両儀さん」

 

 オレがボーッと壁にもたれていると、凛が話しかけて来た。廊下の窓を背に、間桐と一緒にこっちを向いてる。

 

「ちょっと聴きたい事があるんだけど、いいかしら?」

「いいぜ。

 ちょうどオレにも、知りたい事があったんだ」

 

 オレの返答に凛が(うなず)く。右手で(こぶし)を作って、そこに咳払(せきばら)いを一つ落として、落とした視線をゆっくりと上げた。

 

「私たちが知りたいのは一つだけよ。

 ———衛宮君は“本物”なの?」

「おまえらはどう思うんだ?」

「ちょっとッ! 聴いてるのはこっ———」

「オレは」

 

 凛の言葉を(さえぎ)って、身を乗り出すのを制止する。

 

「オレは別に、どっちでも良いんだ。

 だから、アイツの正体を明らかにしたいという欲求は無い。

 それでもおまえたちが知りたいって言うなら、話せるところまでは話してやるけど?」

 

 正面の凛と間桐。(とびら)(はさ)んで右手に立つアーチャー。

 ———誰も、何も(しゃべ)らない。

 ゆっくりと、目を閉じる。

 

「いいぜ、教えてやるよ。後ろの衛宮が本物なのかどうなのか。

 ———まぁ、結論から言うと(わか)らないんだけどな。

 だけど、オレの知っている事を聞かせてやる。それをどう解釈するのかは、おまえたちの気分次第だ」

 

 再び目を開けると、凛と間桐の姿が見えた。二人とも、重心が前にズレている。

 随分(ずいぶん)と関心があるようだし、コイツらになら、話しても良いかと思う…………いや、違うか。

 

 自嘲(じちょう)する。()()った(ほほ)から力を抜いて、『オレは馬鹿だ』と内心で笑う。

 オレはただ、コイツらの興味を言い訳にして、衛宮の過去をバラしたいだけなんだ。そうすれば、アイツはきっと———

 

「殺された“大学生”の首を処分したのは、オレだ」 

 

 オレは壁にもたれたままで、後ろに(かす)かな足音を聞きながら、目はボンヤリと三人を見た。

 

 

 ———最初に、“大学生”の首を切り取ったのは衛宮だ。それはまず間違いない。

 切り取られた首はオレも見てるし、証拠の隠滅も手伝った。

 

「だからオレは、このまま逃げてほしかった」

 

 間桐が首を(かし)げる。

 オレは「時効だよ」と付け足した。

 

「殺人罪なら無期限だけど、証拠(しょうこ)隠滅(いんめつ)(ざい)なら3年だ。つまり3年見つからなければ、アイツは罪に問われなくなる。

 ———もっともアイツ、自首したがっていたけれど」

「えっと……ちょっと待って。

 何? 衛宮君、それだけやったのに自首する気なの?」

「そう」

 

 壁の向こう、衛宮の足音が聞こえなくなった。

 衛宮のヤツが部屋の真ん中でこめかみを叩いている姿を想像して、オレはちょっと(ほころ)んだ。

 アイツは今どんな表情で、頭を回しているだろう。

 

「ちょっと。ねえちょっ———両儀式ッ!」

 詰め寄ってきていた凛の声に意識を戻すと、目の前に顔のドアップがあった。

 

「……なに?」

 

 後ろに退()がろうにも、オレは壁にもたれてる。仕方なしに()き返すと、凛は半眼で声を荒げた。

 

「聴きたいのはこっちの方よ。

 ニヤけるのは別にいいけど、ちゃんと答えてからにしてよね」

 

 その言葉を無視して『どこまで話したっけ』と記憶を辿(たど)る。

「あー、衛宮が自首するって話だったか」と、現実に戻って来たオレは、凛の顔を見返した。

 

「アイツ自身に言質(げんち)を取った、だからまず間違い無い。衛宮は自首をする気なんだ。

 とは言え“自首”という言葉の意味は、辞書のそれとは違うと思う」

 

 衛宮の持ち帰った“大学生”の頭と首。その首の部分には扼殺痕(やくさつこん)が残されていた。

 という事は当然、衛宮は扼殺痕(やくさつこん)を胴体側に残さないように切り取った(わけ)だ。

『首なし死体の作成理由』が少し違って見えてくる。

 

「その扼殺痕(やくさつこん)が衛宮自身の手によるモノなら、残しておいてもいい(はず)なんだ。だって自首したいんだからさ。

『俺がやりました』と出頭した時に、『じゃあ証拠は?』ってなるのは目に見えてるんだから、確たる証拠の一つくらいは持っている方が好ましい。

 ———そう考えたオレは、衛宮に証拠の隠滅を申し出た。

 オレだったら、完全に首を消滅させることが出来るから。アイツの犯行がバレるのを(わず)かでも後ろにズラすために、オレは衛宮にこう言ったんだ」

 

 ———おまえの持ってるその首さ、オレが完全に殺してやろうか———

 

 目の前にいる凛の瞳が、一瞬、どこかに焦点を結びかけた。

 可能性に辿(たど)()いたか、あるいは別の、自分の想像を打ち消したのか。

 

「結果はさっき話した通り、男の首はオレが処理した。さしたる苦労も口論もなく、アイツはすんなり渡してくれたよ。

 だから扼殺痕(やくさつこん)を見た時、オレは気づくことが出来たんだ。

 ———この手形(てがた)を付けた人間は衛宮士郎とは別人だ、って」

 

 

 もちろん、犯行現場に別の証拠を残してきた可能性もある。

 だがそれも、『その場に衛宮がいた証拠』にはなっても『衛宮が“大学生”を殺した証拠』にはならないだろう。

『その場にいたのが犯人一人だけだった』という状況を作っておいてから犯人にしか知り得ない情報を告白することで『自分が犯人だ』とするつもりなのかもしれないけれど……それにしたって『扼殺痕(やくさつこん)と自分の手形(てがた)一致(いっち)するという証拠』以上のものにはなり得ない。

 ———というか、そんな面倒な事を考えるくらいなら、オレが首を処分するのを止めればよかったんだ。

 

「だから多分、衛宮はもともと、首を処分するつもりで持ち帰ったんだ。自分以外の誰かの手形(てがた)を、この世界から消し去るために」

 

 凛の右肩越しに間桐を見ると、口に手を当てたところだった。

 目の前の凛は、顔から(けわ)しさが抜けている。

 

 オレは表情を変えないように注意しながら、ゆっくりと言葉を(つな)いでく。

 なぁ衛宮、おまえが言わないからだぜ。ならお節介かもしれないけれど、オレが勝手におまえを語る。

 

「だからさ、“自首する”っていう言葉の意味が違うんだ。

 アイツの言う“自首”って言葉は『自分が犯した犯行について名乗り出ること』じゃない。『誰かの罪を自分が(かぶ)る』って意味だと思う」

 

 そして、もう一つ。

 オレだけが知っている情報がある。

 

 “あの日”、オレたちが出会った日、衛宮のコスプレはなぜ、乱れていたのか。

 

 ———その時気づいた。コイツはきっと、首を切り取ったその場所で、衛宮士郎のコスプレをしたんだ。

 そんなのはもう()()()()()()()()。オレと同じ、変装だ———

 

 凛の肩越しの間桐の目が、オレにはいやに印象に残った。

 今にも泣きそうな、あるいはとても嬉しそうな。

 

 ———そんなタイミングで変装するのは、“何か”を誤魔化(ごまか)したいからだ。

『殺人を誤魔化(ごまか)す』って言うのなら、それでも良かった———

 

「でも違うよな。ここまで聞いたおまえらなら分かるだろうけど、それは多分違うよなぁ」

 

 棒立ちの凛とその後ろ、胸の真ん中で両手を握る間桐の二人。この二人はとてもいい。きっと、衛宮の味方になってくれる。

 

「きっと、もう一人いた(はず)なんだ。あの場にはもう一人いて、そいつが“大学生”を殺した(はず)だ。

 ———首を切ったのは『身元不明にするため』じゃなくて『殺害方法を誤魔化(ごまか)すため』で、コスプレしたのは別の誰かに変装するため」

 

 そう。

 あの場には衛宮と“大学生”ともう一人の“誰か”がいて、もう一人が“大学生”を殺した(はず)で。そして衛宮は、あの場でどちらかに変装している。

 

「アイツが変装した事をオレは知ってる。今も変装し続けている事も知っている。

 でもオレには分からない。三人いる(はず)の事件現場、どちらに衛宮が()けたのかを、オレは知らない」

 

 オレは周りの三人を見る。

 アーチャーと間桐は判別しにくかったけど、正面にいる、凛の表情は分かりやすい。

 驚いた顔、というのはこういうものを言うのだろう。両目を大きく見開いて、(ほほ)(あご)は脱力している。

 そんな凛の表情を見て、予想通りだとオレは笑った。

 

「おまえの顔を見てやっと分かった。

 気づかなかったんだろ? 衛宮の変装に。

 オレもずっと疑問だったんだよ。この屋敷にいる奴等(やつら)、衛宮を偽物だと疑わなかったし。 

 最初は『このコスプレ会は衛宮と初対面の奴ばっかり』なのかとも思ったけど、どうもそうでもなさそうだったし」

「それ…………」

 

 凛が声を上げた。

 

「それは、貴女(あなた)の見間違いでしょ。

 貴女(あなた)が変装してると思い込んでいるだけで、実際には衛宮君のままだったなら、私たちが気づかなくて当然じゃない」

「オレも思った。だから先に聴いたんだ『おまえらはどう思うんだ?』って」

「だったら衛宮君のままなのよ。いくらコスプレした状態でしか会った事がないとはいえ、別人のレイヤーと間違うなんてあり得ないわよ」

 

 凛の右手がギュッと握られる。その(こぶし)を左手で(おさ)えて、口元まで持ってくる。

 

「それでも辻褄(つじつま)が合うじゃない。衛宮君は誰かを(かば)って、首を処分して自首したい。その誰かはアルトリアさんかもしれない。

 “大学生”に襲われて、殺してしまったアルトリアさんを(かば)ってるんでしょ? そう考えたら、何の問題もないでしょうに」

「そうかもな。でも———」

 

 部屋の中から足音が聞こえる。考えるのは終わったみたいだ。なら、オレたちの余興もこの辺でいい。

 息を吸いつつ、オレは壁から背中を離した。ポケットに手を突っ込んだまま振り返る。

 衛宮の足音が、(とびら)の前で一度止まった。

 (とびら)の前まで移動して、足音に合わせて(とびら)を押した。

 

「一つだけ言わせてもらうとさ。オレ、衛宮の(にお)いは割と好きなんだ。

 ———でも、衛宮が住んでたアパートの(にお)いは、あまり好きにはなれなかった」

 

 押した(とびら)の向こうから、衛宮がこっちにやってくる。

 オレは下から、衛宮の顔を(のぞ)きこんだ。

 

「それで、誰が犯人なんだ?」

「おいっ」

 

 衛宮が顔を右手で(おお)った。

 

「お前は俺をなんだと……」

「コクトーとホームズを足して二で割ったような男。おまえにかかれば、このくらい簡単だろ?」

 

 言って、衛宮の胸をノックする。衛宮は顔を(おお)ったままで、廊下に出てきて返答した。

 

「それがまだ(わか)らないんだ。不可解な点がいくつもあるし、両儀に聴きたい事もあるし」

 

 オレたちの真ん中まで出てきた衛宮は、一度周りを見渡して、少し頭を()いたあと、オレに正面から向き合った。

 

「なぁ両儀、聴きたい事が二つあるんだけどさ。いいか?」

 

 (うなず)く。衛宮は部屋の中を見て、その(とびら)を指差した。

 

「そこの(とびら)なんだけど。鍵がかかってたって事、確信を持って証言できるか?」

「できる」

 

 オレは衛宮の指差す先、ドアノブの機構を見つめながら、あの時のことを説明した。

 廊下から“()た”こと、ドアノブがロックされていたこと、だからロック機構を殺したこと、そうしたらドアが開くようになったこと。

 そしてランサーを発見したこと。

 

「ちょっと待って」と凛の声が割り込んで来た。

 オレが目を左に向けると、凛はオレを指差していた。

 

「それっておかしいじゃない。どうして鍵を壊してまで開けようと思ったのよ。今でこそ血の(にお)いがするけど、貴女(あなた)(にお)いで気づいた(わけ)でもないんでしょ? 

 だったら何でこじ開けようと思ったの? どうやってランサーの死を知ったのよ。それって“犯人しか知り()ない情報”でしょう?」

 

 オレを指差したまま近づいて来た凛が、オレの胸を突き刺した。

 

「両儀さん、貴女(あなた)がランサーを殺してないなら 、ランサーを見つけられる(はず)ないじゃない。

 だって、(とびら)には鍵がかかってたんでしょ。ここの(とびら)は豪邸だけあって防寒にも気を使ってるから、(とびら)と枠の(あいだ)に隙間なんてないんだし、(にお)いだって()れてこないし。

 それでどうやって、ランサーの死を知ったのよ」

 

 そんな凛を、衛宮は(てのひら)を見せて(さえき)った。オレと凛との(あいだ)に体を入れて、オレを背中で押し退()けた。

 

「あ———、……その遠坂。

 それに関して一つ、先に聴きたいことがあるんだ。このコスプレイベントって、いっつも遠坂邸に転移するのか?」

「するワケないじゃない。こんなの初めてなんだから」

 

 凛は首を右に向けて顔を(そむ)ける。目だけで衛宮を視界に入れて、腰に手を当てて息を吐いた。

 

「そう、貴方(あなた)は去年いなかったのね。

 両儀さんの指摘通り、“去年の衛宮君”とは別人なんだ」

 

 凛は横目に衛宮を(にら)むと、声を低くして問い詰めた。

 

「それで、今度こそ教えてくれるの? 両儀さんがランサーの死を知ってた理由」

「えっと……だな。その、遠坂? 怒らないで聞いてほしいんだけど……」

「それを決めるのは私でしょ。いいから早く言いなさい、衛宮君」

「その……両儀はだな……」

 

 オレは後ろから、衛宮の左肩に右手を置いた。ほんの少しだけ前に押して、衛宮が無意識に、重心を元に戻そうとして(あし)に力が入った瞬間に後ろに引く。

 結果衛宮は自分の力で後ろに倒れ、思いっきり尻を打ちつけた。

 

 衛宮の(うめ)き声を聞きながら前に出たオレは、凛の目を正面から見る。

 凛は、上半身を少し引いた。

 

「なぁ凛、こんな事態が起きたんだ。突拍子(とっぴょうし)もないオカルトだけど、おまえだって馬鹿じゃない。

 理性的な人間だよな」

「そうね、当たり前じゃない。いいから早く言いなさいよ。

 それとも何? 貴女(あなた)がランサーを殺したの?」

「まさか。『オレの目は特別製でさ、モノの死が()えるんだ』」

 

 オレは笑った。

 

「オレは直死の魔眼を持ってるんだ。だから見えた」

 

 オレの前から、凛が遠のく。よろめくように三歩退()がって、その眉根をギュッと寄せた。

 

巫山戯(ふざけ)てるの?」

「ホントの話だ。疑うなら別にいいぜ、“殺していいモノ”を持って来いよ。

 片っ端から殺してやるから」

「……ちょっと衛宮君」

 

 凛は横にちょっとズレて、オレの左側から衛宮を見た。

 立ち上がって尻を(さす)っている衛宮に近寄ってから、両手をメガホンにして耳打ちをする。

 

「あの()、頭大丈夫? 厨二病(ちゅうにびょう)がまだ抜け切ってない……とか?」

「両儀の頭は多分、正常に働いてると思う。だから遠坂、確認してやってくれないか? 

 両儀がただの厨二病患者なら、殺せないモノは殺せないだろ」

 

 凛は両手で顔を(おお)った。そのまま30秒ほど固まってから、しゃがんで(うな)って、声を上げた。

 

「アーチャーっ、部屋に戻って干将(かんしょう)莫耶(ばくや)を持って来て。アレ、本物の鉄でしょ? 

 ソーイングセットのハサミもついでに、分からなかったら安全ピンでもいいから、持って来てくれる?」

 

 アーチャーは肩をすくめて、(きびす)を返して歩いていった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 オレは、手に持った安全ピンの針をなおして、目の前の凛につき返す。凛が気付かなかったので、顔の前で振ってみせた。

 

「おーい、コレ返すよ。オレはいらない」

 

 凛が反応して目を(しばた)かせる。出てきた左の(てのひら)に乗せて、オレは退()がって壁にもたれた。

 当の凛は左手を出して固まったまま、右手に干将(かんしょう)———アーチャーの黒い短剣を握っている。もっとも凛の持つ干将(かんしょう)は、さっきオレが五分割して()の部分しか残ってないけど。

 

 フリーズしている凛とその後ろに立つアーチャー。凛の隣からコワゴワと、剣を(のぞ)きこむ間桐。

 そんな三人から目を()らし、左隣に立つ衛宮を見る。

 

「なぁ、衛宮」

 

 声を聞いた衛宮はこっちを向き、目で問われたオレは、続きを(しゃべ)った。

 

「おまえ、犯人はどこまで(しぼ)()んでる? 除外したヤツ、確信したコト。

 (ほか)にも何かあるのなら、オレも知っておきたいんだけど」

 

 いつものように右手が上がり、衛宮はこめかみを叩きだす。(うつむ)加減(かげん)に、ポツリポツリと言葉がこぼれる。

 

「一番最初に考えないといけないのが、この部屋そのものの謎なんだ。

 この部屋は、外部とは“ドア”と“窓”でしか(つな)がってない。そして窓には鍵がかかってる。それに両儀は、ドアの鍵を壊して中に入ったんだろ? 

 ———つまりこの部屋は、あの時密室だったんだ」

 

「ああ、アレか」と相槌(あいづち)()つ。

 

「俺は部屋の中で(ほか)に出入りできる場所とか、凶器が通りそうな穴とか、そういうのを調べてたんだけど……。結局、何も見つからなかった」

「外から鍵をかけるのは? 

 ほら、糸の先にセロテープを付けて、鍵のサムターンを回すヤツ」

「それもない。

 部屋の窓は“()()(まど)”だ。鍵は……ネジ鍵って言うの? あの、ネジをひねって差し込むタイプ。

 ドアの鍵はもっとダメだ。見れば(わか)るけどこれ、中からも、鍵がないとかからない」

 

 衛宮が言うにはこのドアの鍵、死んだランサーのズボンのポケットの中にあったらしい。

 

「あとは……ランサーの胸の傷口のことも若干おかしかったけど。

 ()にも(かく)にもこの状況、部屋の中でランサーを刺したヤツが、鍵のかかった部屋の中からどうやって逃げおおせたか。

 あるいは、どうやって外から鍵をかけたか」

 

 衛宮が、ずっとこめかみを叩いてる。見るともなしに見ていたオレは、ふと気になったことを言葉にしてみた。

 

「なぁ衛宮。コレ犯人が魔術師だったら、どうとでもなるんじゃない?」

 

 衛宮の、トントンが止まる。

 

「ほら、鍵のかかった(とびら)を壊して悠々(ゆうゆう)と外に出たあとで、修復の魔術を使ってみるとあら不思議、これで密室の完成です」

 

 (まばた)きを忘れた衛宮が、ゆっくり顔をオレに向ける。

 

「一人目はここにいるんだ、二人目がいないとどうして言える? 

 衛宮は今まで、常識と照らし合わせてオレの過去を見通してきたけど、今回は、オカルト(そっち)も考えるべきかもな」

 

 衛宮の両の黄土(おうど)の瞳に、オレは吸い込まれそうになった。

 こういう時の衛宮の声は、少し遠くから聞こえる気がする。

 

「俺たちの潔白を証明するのに、それも考える必要があるってのか。

 ———イベントメンバーの中でコスプレしてるのは誰なのか、コスプレじゃなくて、肉体が変化したヤツはいないのか。

 変化したヤツは、魔術を使うことができるのか」

 

 衛宮は上を向き、天井を見上げる。

 

「両儀と同じようなヤツが(ほか)にもいるなら、ソイツにも犯行は可能なんだ」

 

 

 





本文中に出てくる、『殺人罪の時効』に関する記述を変更しました。
時効15年が間違っている事を教えていただきありがとうございました。

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