両儀式のコスプレイヤーは、汚れたクロックスなんて絶対履かない   作:夜中 雨

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手がかりは全て、(しる)された。

 

 

 

 オレが『キャラクターの能力を持ってるヤツなら、魔術で密室作れるよな』と口にしたところ、衛宮のヤツの顔つきが、面白いくらい真面目になった。

 左隣で壁にもたれてる衛宮が、顔を上げて天井を見る。

 

「両儀のように肉体が変化した事例(じれい)考慮(こうりょ)しないといけないとなると……。

 でもアレだ。

 “修復の魔術”で密室を作るなら、まず(とびら)を壊さないといけないだろうけど———両儀を含めて、破壊音に誰も気づかなかった」

 

 

 衛宮の呼吸がゆっくりになる。衛宮の目が細められる。

 そんな衛宮を見つめていると、凛の声が割り込んできた。

 

「ねぇコレ……どうなってるの? この干将(かんしょう)は鉄製なのに。これじゃあ、まるで……」

 

 オレの左隣にいる衛宮の正面、凛が、干将(かんしょう)()を持って震えていた。

 その目がオレを射抜いてきたから、オレはゆっくりと息を吐く。

 

「分かった? 文字通り、『生きているなら神様だって殺してみせる』」

 

 凛の震えが止まる———いや、目を見開いたというべきか。

 目を見開いてオレを見る。振り返って、窓の外を(あお)()る。

 

「ねぇ両儀さん。今気づいたんだけど……貴女(あなた)、この屋敷の結界、もしかして壊せるってこと?」

「おそらくな。(ほころ)びは()えているし、死の概念の付加もできた。

 出ようと思えば、いつでも出られる」

「———遠坂」

 

 顔を戻した衛宮が、凛を呼ぶ。凛は反応しなかったけど、衛宮は後頭部に声をかけた。

 

「俺と両儀以外でだけど、容姿が変わった参加者はいるのか?」

「知らないわ」

 

 振り向く凛。

 手元の干将(かんしょう)に一瞬目をやり、顔を上げる。

 

「そもそも、私たちだってそんなに頻繁には会わないもの。雇用人数を確保するためだけに、ここに来るようなものだしね。

 だから正直、分からないわ。“貴方(あなた)変装(もの)”すら見抜けなかったのよ、私は。期待しないでほしいわね」

 

 衛宮は凛に近づいた。

 威圧しないように手前で止まって、ゆったりした声を衛宮は出した。

 

「だったら遠坂、桜もだけど。今まで『誰がどこで何をしてたか』が知りたいんだ。

 ———頼めるか?」

「そうね。きっとそれが最適だと思う。

 分かったわ、協力しましょう。元々そういうつもりだったんだし、桜もいいでしよ?」

 

 凛は後ろを振り返り、窓際(まどぎわ)にいる間桐を見る。

 見られた間桐は、首を(かたむ)けて微笑んだ。

 

「はい。私は大丈夫です、先輩」

 

 凛はアーチャーに筆記用具を持ってくるよう言いつけて、衛宮もそれについて行った。

 廊下の奥に向かう二人を見送ってから、凛は振り返り、両掌(りょうてのひら)を腰に当てる。

 

「二人とも、先に()りましょうか。中庭に」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 本邸から続く、四角い石造りのテラスに出た。見上げると、二階のベランダの床がある。

 太陽はすでに傾き始め、オレンジ色に輝いていた。

 

 何歩か歩くと、テラスから庭に続く六段ほどの階段があって、凛が駆け降りる最中(さいちゅう)だった。

 

「式っ、桜ッ! さっさと検証するわよ」と庭の手前に立って手を振る凛を見て、オレと間桐は立ち止まる。

 右斜め前にいる間桐の顔が(ほころ)んだように感じて、オレは「なぁ」と呼びかけた。

 

「凛のヤツ、何であんなにはしゃいでるんだか。

 間桐、何か知らない?」

「……閉じ込められるって、怖いんですよ?」

 

 間桐が、石段を降り始める。

 一歩、二歩と足を出しながら、間桐の目は凛を見ていた。

 

「半日間、私たちはずっと宝石を探してたんです。魔術の起点になるルビーを探して、お屋敷の周りを歩いてました。

 怖かったんだと、思うんです」

 

 階段を降り切った間桐は、人差し指で左から右に、庭の上空をスーッとなぞる。

 

「いつ襲われるのか、(まった)(わか)らないんですから。何がきっかけになるのかも(わか)らない場所で、ずっと作業してたんですから」

 

 右手を唇に当てて、上品に笑った間桐は、首だけを回してオレを見る。目を細めて、口を開けた。

 

「知ってますか? 両儀さん。

 バゼットさんが死んだのもこの結界に(さわ)ったからなんだ、って遠坂さんが言ってたんです。

 ———外に出ようとして玄関の結界に左手が(さわ)って、肩から先が吹っ飛んだんだ、って」

「それは……」

 

 凛がオレたちを呼ぶ声を無視して、オレは間桐に歩みよった。石段を降りて、間桐と横並びになる。

 

「それはただの事故じゃないか? だったらどうしてランサーは、衛宮に襲いかかったりなんか……」

「バセットさんの肩の傷口が、もっと(えぐ)れてたんです。

 腕が飛んで見えた肉を、フォークで(えぐ)()ったみたいに」

 

「そうか」と相槌(あいづち)を打ってから、速度を上げた。凛のそばまで来ると手を引かれて、芝生の中にある石灯籠(いしとうろう)のようなオブジェの前に立たされた。

 

「これ。アニメで、デッカいルビーが乗ってた台でしょ。午前中、私が石を投げた時は弾き飛ばされちゃったから、結局まだ手付(てつ)かずなのよ」

 

 背中を押されて、芝生の前に立つ。オレは腰からナイフを抜いた。

 オレの目には、透明な鳥籠(とりかご)が、灯籠(とうろう)みたいな台を中心に自転しているように、()えている。

 

 ゆっくりと息を()いてから、()う。

 焦点を切り替える。目の前の空間の奥にあるモノを()る。

 

 ———世界の全てに、死の線が刻まれた。

 

 ()る。

 “回っている空間”に刻まれた線が()える。オレの前を通りすぎるタイミングで、ナイフを袈裟(けさ)に振り下ろす。

 

 結界が、一枚消えた。

 

 次の一枚が回ってくる。

 今度はナイフの先端を、そっと線に(はし)らせた。

 

 手応えもほとんど無く、二枚目も霧散した。

 

 身体(からだ)の感覚を整えるため、ナイフで二度()(はら)う。

 ……大丈夫だ。この程度なら、問題なく万事(ばんじ)おさまる。

 

 オレが並足(なみあし)で歩きながら、邪魔になる結界(モノ)だけ殺して、台に乗った拳大(こぶしだい)のルビーまで到達するのに、15秒もかからなかった。

 

 全ての結界の内側に入って、赤い宝石を見下ろしている。魔眼に(うつ)る、大きなルビーを両断する線を()ながら———ナイフを逆手(さかて)に、振り上げた。

 

「これで……終わりだっ」

 

 振り下ろしたナイフの先は宝石に真っ直ぐ突き刺さり、ついにルビーが割れた瞬間、周囲の結界はかき消えた。

 

 振り返って凛を見て、「終わったぞ」と声をかける。

 すると凛は、握った小石を放り投げる。今まで結界があった場所を、小石が何事もなく通りすぎるのを見てやっと、オレの成果を知ったみたいだ。

 

 凛が「おー」と言いながら(おそ)(おそ)る歩いて来るのを見たオレは、自然と息を()いていた。

 どうやら間桐の言葉の通り、ここの結界の捜索は、かなりストレスになってたみたいだ。

 

「向こうまでは行くなよ。真ん中までだぜ。

 そこから向こうは、まだ結界が残ってる」

 

 オレは凛に話しかけて、庭の奥を指差した。

 その(あた)りは、まるでラベンダーの畑のように咲く一面の薄紫。ポツリポツリと点在(てんざい)する石の台座の上に光る、赤い宝石。その上空では、まだ結界の膜が踊っている。

 

 ———その時、全身の皮膚が圧力を感じた。

 まるで、水の中に落ちたような感覚。

 息ができる水の中に、頭まで浸かっているかのような……。

 

 この感じ、殺気だ。

 

 急いで、殺気の発生源を見る。

 庭の向こうは山になっていて、当然のように、そこは木々で覆われている。そんな山の、中腹(ちゅうふく)

 山肌に沿うように車道がはしっていて、ガードレールがあって、ちょうど庭の全体を見渡せる場所に、魔眼を向ける。

 

 ———見つけた。

 今までのオレなら確実に視界の外だけど、さすが。直死の魔眼の助けを借りて、『そこにいる事』だけは分かった。

 

 そこにいる誰かはオレが見るなか、悠々(ゆうゆう)と逃げ去っていった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 衛宮とアーチャーが紙とペンを持ってきた。

 

 オレたちはテラスに戻り、木製の丸テーブルを囲んで立った。

 衛宮の左隣に陣取(じんど)って、『さっき遠坂邸を見ていた誰かがいたこと』を話すと、「少なくとも、殺人事件とはあまり関係ないと思う」と言って、衛宮は外部犯(がいぶはん)の可能性を否定した。

 厨房から持ってきたという紅茶のカップを(くば)りながら、衛宮はオレに教えてくれた。

 

「遠坂時臣が進めていた脱出計画の事、さっきアーチャーにも聴いたんだけどさ。この家の周り、全て何某(なにがし)かの障壁で覆われていたんだそうだ。結界の起点らしきモノも、壊せそうなのは庭の宝石群(ほうせきぐん)しか見つからなかったって話だし。

 とりあえずは、バゼットとランサーを殺したヤツは遠坂邸の中にいると思っていい……と、俺は思う」

 

 衛宮と紅茶を飲んでいると、間桐から声がかかった。

 

「両儀さん。両儀さんは、どうやって先輩が持ってきた“頭”を処分したんですか? 

 両儀さんの処分がキチンとしてなかったら、そこからバレちゃうかもしれないですよね」

 

 間桐はカップをテーブルに置いて、ジッとオレを見つめている。

 

「煮込んだからな、問題ないよ」

「DNA検査とか、されたらマズいんじゃないですか?」

 

 オレは、そんな間桐に笑ってみせる。

 

「DNAって、(じつ)は熱で壊れるんだぜ」

 

 ———DNAの二重(にじゅう)螺旋(らせん)は有名だ。

 あんな(ふう)二本(にほん)()を作ると、かなり安定して存在できるし、損傷した時は簡単に修復(しゅうふく)できるというメリットもある。

 ただこの二重(にじゅう)螺旋(らせん)、90度まで熱してやれば壊すことが可能になるんだ。

 

 ———オレが“首”を処分する(さい)、ミンチにして湯掻(ゆが)いたのはそのためだ。

 あとは炭酸ソーダでもぶっ込んでやれば完璧だった。

 

「そうなんですか?」と首を(かし)げて聴いてくる間桐。

 オレもだんだんと面倒になって「PCRと同じだよ」と、無理矢理に話を切り上げた。

 

「ぴぃしーあーる?」

「そうか、別の意味で伝わってたな」

 

 首を(かし)げる間桐を見ながら、オレは右手を振ってみせる。

 

「PCRってのは、本来は検査方法の名前じゃない、“DNAの増幅方法”の名前なんだ。

 “ポリメラーゼ連鎖(れんさ)反応(はんのう)”って言ってな、DNAを90度まで熱すると二重(にじゅう)螺旋(らせん)がぶっ壊れるんだ。だけど、それを65度くらいまで()ますと元通りになる」

 

 この時、DNAを()かした水の中に、“DNAの材料”を大量に入れておくと、元の二重(にじゅう)螺旋(らせん)に戻るより先に材料と結合して、結果DNAが二倍に増える。

 その操作をもう一度やればさらに倍、三度目をやればそのまた倍に。ネズミ算的に増えていくから———10回目で1000倍、20回目で100万倍。

 

 こうやって、唾液中に含まれるDNAを爆発的に増幅させると、検査がとてもやりやすくなる。

 実際、(すく)()った喉粘膜(のどねんまく)に付着するコロナウィルスを顕微鏡で一つずつ探す(わけ)にもいかないから、こうやって増やしてから検査をしている。

 

「もっとも、PCRの最中(さいちゅう)にポリメラーゼが誤作動を起こして『コロナっぽいDNAが勝手に()()る』なんてのも(たま)にあるから。この方法で増やしたDNAの中にコロナに似たDNA(モノ)があったとしても『確実に感染している』とまでは、言い切ることは出来ないんだけど……」

 

 紅茶を飲んでから、間桐を向いて()めくくる。

 

「———だから、オレの証拠隠滅が完全かどうかを疑うのはお門違(かどちが)いだ。間桐」

「そうですか……。()()()()()()()()()()()()()()()()、と」

 

 目を細めた間桐の言葉。その真意(しんい)を、数秒遅れて理解した。

 

「なんだよ。魔眼の性能が知りたかったのか。ならそう言えよ。

 いつでも相手になってやる」

「おいッ、両儀」

 

 衛宮の声が割り込んできた。仕方なく目線を間桐からそらすと、衛宮の(てのひら)が視界に入った。

 

「それだと普通に殺人になるぞ。ケンカを売るな、な?」

「別に……売ってない」

 

 衛宮からも顔を(そむ)ける。

 間桐は凛と談笑していた。

 

「アイツ……」

「両儀。あの時のことなんだが」

 

 後頭部に声がぶつかる。

 

「何だよ」

「遠坂と桜に、首切りの事件を説明した時だ。最後まで踏み込まなかっただろ? お前の事だ、事件の全体像くらいは(つか)んでいそうなものなのに、あえてぼかした」

「……違う」

 

 オレは否定した。

 配られた紅茶を飲むために下を向いて、ティーカップの水面を見る。

 

「確証がなかっただけだ。あれ以上踏み込む(ため)には、知らないといけない事がいくつかあるから」

「その情報、この屋敷なら全部そろうだろ? だけどお前はそれをしないで、ぼかしたままで話を切った。

 ———そのせいでお前だけが、事件の全体像を知らないままだ」

 

 オレは、動かない。

 ティーカップを取り上げて、()れる水面を見たままで、隣の衛宮と会話する。

 

「あの二人なら、おまえの味方になってくれると思った。

 おまえがもし自首をするのなら、きっとオレは敵になる」

「つまり、『俺が人を殺してない事をバラすぞ』ってことか。そうすれば、俺の計画は破綻するから」

 

 水面を顔に近づけて、紅茶を、一口すする。

 

 ———オレはきっと、警察に話してしまうだろう。

 自分自身の意志を、オレはあまり信用しない。だからきっと、『衛宮の刑が軽くなるかも』という誘惑に、いつか勝てなくなるだろう。

 

 その時のオレは、きっと衛宮の敵になる。

 ———もっとも、こういった妄想は、“全てが上手く終わったら”の話だ。『ここから出て、全てが元通りになったとしたら』という、ただのシミュレーションに()ぎないのだ。

 

 顔を上げてテーブルの向こう、談笑する少女たちを見る。

 この二人は、衛宮が偽物だと知らなかったにもかかわらず、あの時衛宮を(かば)ってくれた。

 この二人ならきっと、全てをひっくるめた上で、“衛宮の想い”を大切に、応援してくれると思うから。

 

 視線を、右横にスライドさせる。

 衛宮は手元の紙を見ながら、右手を(あご)に当てていた。

 

「———その紙。ランサーが死んだ時間帯、昼食を食べて以降のアリバイだろ? 

 怪しいヤツ、誰かいたのか?」

 

「うん」と衛宮は(うな)った。目線だけをオレに向ける。

 

「昼食を食べて以降、ランサーを殺せるだけの時間を捻出(ねんしゅつ)できたヤツは、たった一人だけだった」

 

 ———両儀。お前だけが、あの時間帯の不在証明(アリバイ)がないんだ———

 

 ランサーは昼食には出てきていた。だから、殺されたのはその後になる。

『気分が悪いし、眠気もする』と言って部屋に引っ込んでいたランサーを殺すには、当然、部屋に侵入する必要がある。

 

 衛宮が言うには、オレ以外の全員が、相互(そうご)監視(かんし)の関係にあったらしい。

 女性陣は三人共、一塊(ひとかたまり)になって宝石の場所を探していたし、アーチャーは衛宮を監視していた。時臣とオッサンは、オレがランサーを見つける直前まで一緒にいて、衛宮はアーチャーの寝室で、ずっと縛られたままだった。

 

「両儀、つまりは『時臣とオッサンが、自分を追い抜いてランサーを殺すなんて出来ない』とお前が言う以上、ランサーを殺すことができるのは、お前しかいない事になっちまう」

 

「だからちょっと悩んでたんだ」と言って、衛宮は紙に目を落として、頭を()いた。

 

「時臣さんには殺害不可能だったのか? 本当に? 例えばトイレに行くふりをして……とか、方法としてはありだと思うけど」

「“鍵のかかった部屋からの脱出”、それはどう考えるんだ?」

 

 そう言って、オレはクルッとひっくり返る。テーブルに腰掛け、庭を見てからそっと、左を向いた。

 衛宮と目が合う。

 

「時臣を追い詰めたいなら、まずは動機が必要だ。あの男は()にならない事は絶対にやらない。

 あの男が誰かを『どうしても殺したい』と思ったとしても、遠坂邸から脱出した後で殺せばいいんだ。

 “バゼット殺し”にしたってそうだろ? こんな状況下でわざわざ殺すか?」

 

 こんな状況で殺したら、容疑者はかなり絞られる。

 だってイベント参加者以外には、殺せるヤツなんていないんだから。

 

 さっき山にいたヤツが(かり)に犯人だったとしても、あの位置から此処(ここ)の人間を、密室の中で殺せるのは———李書文や浅上藤乃のような、特殊な事例だけだろう。

 あのザイードですら、ここの結界を、要石(かなめいし)を破壊せずに全てすり抜ける事なんて出来ない。つまりFateシリーズ全てを見渡してすら、あの状況での密室殺人はそれなりに難しい部類に入る。

 

 それを言うと衛宮は笑った。

 

「両儀に聴きたかったんだけどさ。お前、合気道は使えるのか? 

 確か、両儀式は使えるみたいな設定だった(はず)だけど……」

「さあな。っていうか、アレはどういう原理なんだ?」

 

「いやッ、俺に言われてもな……」

「オレにだって似たことはできる。でもあくまで“似たこと”でしかない。

 武術の技を応用して絵面(えづら)を似せることはできるけど……それは根本的に“合気道”とは別物だ」

 

 衛宮は黙った。

 結局、コイツが何を知りたかったのかも分からないまま、衛宮は顔を上げ、両手を合わせて、この場のみんなにお願いをした。

 

「なあ……もう一度、現場を見せてくれないか?」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ———密室を調べる。

 衛宮はそう言って、オレたちをランサーの部屋まで連れて来た。

 

 今度は(みな)で部屋に入って、その中央まで歩いていった。

 オレと衛宮は入り口に戻って、オレ一人だけ外に出る。衛宮はオレに、糸の片方(かたほう)(はし)を渡して、(とびら)を完全に閉めてみせた。

 

 オレの手から()びる糸は、(とびら)の下を通って部屋の中に入っている。

 (しばら)くして、(とびら)の中から聞こえる「いいぞ」っと言う衛宮の声を合図に、オレは右手で糸を引いた。

 

 ———引っかかって動かない。

 腕に力を入れても同様(どうよう)だった。仕方がないから、腰を落として身体(からだ)全体で糸を引いた。

 

 “ドッ”という衝撃と共に、オレは一歩たたらを()んだ。

 右手が軽い。糸は足元で()れている。

 

「切れたぞ、糸」

 

 声をかけると(とびら)が開いて、その向こうに衛宮が見えた。

 衛宮は右手を軽く振って、糸をブラブラさせていた。

 

「ダメだったか」と衛宮が笑う。

 

「さすがにここから、鍵を通すわけにはいかないな」

 

 衛宮に糸を突き返し、部屋の中にオレは入った。右側の壁際(かべぎわ)にアンティークテーブルが置かれていたから、そこに尻を乗せてやる。

 

 それからはずっと、衛宮の動きを目で追った。

 衛宮はランサーの死体に近づいて、胸の傷をジロジロと見る。この体の視力ならここからでもはっきりと見えるけど、かなり特殊な刺し傷だった。

 

 ———胸の傷口が、ズタズタに(えぐ)れている。

 無数(むすう)の小さな槍で、何度も傷口を切り裂いたような。それこそ本物のゲイ・ボルクで刺し貫いて、穂先(ほさき)が分裂したような傷だった。

 

 衛宮はランサーの死体から離れ、ベッドの足元に転がっている赤い槍を(のぞ)()む。

 穂先(ほさき)血脂(ちあぶら)でベトついている。その下のカーペットには固まった血溜(ちだ)まりがあって、その(ほか)の場所には目立った血痕は見当たらなかった。

 ……少なくとも、血振(ちぶ)るいのために槍をぶん回したりはしなかったらしい。

 

 

 そのあと衛宮は、天井を眺めながら窓まで歩き、間桐と一緒に窓の点検を始めていた。

『正常に開け閉めできるか』から始まり、『窓枠(まどわく)ごと外れたりしないか』、『窓ガラスに穴は()いていないか』などなど。

 その後は、『鍵が通るだけの隙間があるかどうか』を検証するために部屋中を探して回っている。

 

 結局、ベッドの下を(のぞ)く衛宮に(しび)れを切らして蹴飛ばすまで、コイツは部屋を探り続けた。

 

(いッた)い……」と(うめ)きながら立ち上がる衛宮に、オレは窓を(あご)()す。

 

「日が暮れたぞ衛宮。この部屋だって暗くなったし、このくらいで切り上げろ。

 ———何もなかったんだし。(こん)()めるのは、あまりよくない」

 

 オレの声を聞いたのか、間桐と一緒になってアーチャーをイジっていた凛は「アッ」と手を叩き、「先にお風呂に入りましょうか」と提案してきた。

 

 どうもオッサン二人とは、別々に夕食を取るらしい。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「いいのか?」と衛宮が聴いた。

「いいのよ」と、凛が答えた。

 

 

 長襦袢(ながじゅばん)を着たオレは、ベッドに座った。右掌(みぎてのひら)でシーツを撫でる。

 オレたちに割り当てられた寝室が、とても久しぶりに思えてしまった。

 

 目の前にアンティークデスクがあって、その向こうが窓になっていて、視線を右に転じると、衛宮と凛とが話をしている。

 あくびをして、二人を見る。

 

「俺たち、最有力容疑者だろ?」

「おじさんたちの(あいだ)でだけは、ね」

「今夜、襲われるかもしれないぞ」

「アーチャーに(まも)ってもらうわ。両儀さんも強いみたいだけど……ほら、アーチャーって最強だし」

「ライダーは気分が悪いって……」

「桜と一緒に私たちの寝室で寝るの。アーチャーは門番にするから、今夜のことは大丈夫よ」

「アーチャーが大丈夫じゃないような……」

 

 撃沈した衛宮が、(とびら)を閉めて歩いてくる。ベッドの上、オレの右隣に腰を下ろした。

 

 オレは衛宮を横目で追った。

 黒いTシャツとベージュ色のチノパンツ。衛宮の定番の寝間着だった。

 

「衛宮、聴いてもいい?」

 

 オレは視線を前に戻す。正面にある窓にはカーテンがかけられていて、隙間から赤い光が見える。

 

「“ランサー殺し”の事件。怪しいのがオレだけなのはよく分かった。

 じゃあバゼットの時はどうなんだ?」

 

 オレたちはずっと部屋に閉じこもっていたから、アリバイなんて無い(わけ)だけど、(ほか)の人間にはそれがあるのか? 

 

「無い」と衛宮は言って、膝の上で両手を組んだ。

 

「みんなに無かった。全員が仮眠を取ってたらしいから、あの(あた)りの事はほとんど分からないんだ。

 ランサーが起きた時にバゼットさんがいなくて、荷物はあるのに帰ってこないから、屋敷の中を探してたらしい。玄関の(とびら)を開け、外に出てみたら———左手の無いバゼットさんが血塗(ちまみ)れで倒れてた、という話だった」

 

 その後は、他の参加者たちが続々と集まってきて、オレたちが降りた時にはもう、昨晩の、“衛宮とバゼットとの(いさかい)”を知っているランサーの発言で、衛宮が犯人だと決め付けられていた。

 

「その後は知っての通りだ。

 両儀が地下室に連れて行かれている(あいだ)、オレは遠坂とアーチャーの部屋に転がされてた。朝食を終えたアーチャーにずっと監視され続け、昼食も食べなかった」

 

 ———そして、昼食後も監視が続いたという(わけ)か。

 

 オレは編み上げブーツから両足を抜いて、ブラブラと振りながら続きを()かす。

 

(ほか)の奴らは?」

「昼食後とほとんど一緒だ。

 午前中、女性陣はずっと一緒だったらしいし、そこにランサーも混ざってた。どうもランサーを気遣(きづか)いながら遠坂邸を見回ってたみたいだ。途中で何人かがトイレにたったくらいだな。

 昼食を食べた後、部屋に戻るランサーに二言(ふたこと)三言(みこと)会話したのが最後だって、遠坂も桜も言っている」

 

 衛宮がこっちを向いたのが、気配で分かった。

 

「両儀は、おじさんたちとずっと一緒にいたんだろ?」

「そう。朝食後にトイレに行って、それからはずっと一緒だった。

 その時のトイレだって、交代で入ったんだ。外で(ほか)の二人が待ってたから、殺しはちょっと無理なんじゃないか? 

 犯行にしろ準備にしろ、まず不可能だと、オレは思う」

 

 隣の衛宮が、上半身をベッドに倒した。

 目を向けると、両手を組んで後頭部に回している。そんな衛宮と目が合ったから、ちょっと、(のぞ)()んでみることにした。

 衛宮の瞳が、少しだけ()れている。

 

「言いたいことがあるのなら、全部ここで吐いちまえ。オレの方には、もう知られたくない秘密もないしな」

 

「それなら」と前置きした衛宮は、深く息を吸っていた。

 

「……遠坂時臣と、知り合いなのか? 

 どうもあの人の人柄(ひとがら)を、知ってるみたいに見えたんだけど」

「おそらくは、な」

 

 オレもベッドに寝そべる。

 右肩を下にして、衛宮を見たまま横になる。コイツの目は、真っ直ぐに天井を見つめていた。

 

「あの男、多分オレの父親だよ。

 かなり気合を入れてコスプレしてたから分からなかったけど、たぶんな」

「それは……。どういう人なんだ?」

競争(きょうそう)(ごと)で、負けたところを見たことが無かった」

 

 衛宮の顔がこっちを向いた。

 右腕を枕にしたオレは、衛宮の頬をそっと()でる。

 

「才能もあって努力したのだと思う。あの男は(けっ)して、失敗をしない人だった。あらゆる事業を成功させてきたし、あらゆる競合(きょうごう)他社(たしゃ)を追い落としてきた。

 必ず()()り、支出した価値以上のリターンを手に入れてきた」

 

 オレの父親は医者ではない。

 あの男は、いつもオーナーの立場を取る。

 

「見込みのある者を見つけるのが上手かった。

 才能のあるヤツに近づいて、資金援助を申し出るんだ」 

 

『それなら、ウチが貴方(あなた)に投資しましょう。2億もあれば、会社を大きくできるし社員も雇える。大きな倉庫だって借りられる。

 そうすれば、もっと稼ぐことができるでしょう?』と。

 

「ありがたい話だろう? だからみんな受けてくれる。

 だけど代わりに、ウチの社員が一人付くんだ。“CEO”とか“専属(せんぞく)顧問(こもん)”とか名乗ってるけど、要するに“監視役”だ。

 会社の社長は“商売の専門家”として商売に専念(せんねん)して、稼いだ(かね)はウチの社員が管理する。当然、会社を設立する時に出資したのはウチだから、会社そのものはウチの物だ。

 株式の45%くらいは、最初からウチが握ってる」

 

 あの男が不正をする時は、必ず誰か別人にやらせる。

 金回(かねまわ)りが悪くなってきた会社が食品表示を誤魔化(ごまか)したりして逮捕される時、ウチの会社にせっつかれているって場合も多かった。

 景気が悪くなって業績が悪化しても、関係ない。だってウチは、一番最初に出資したから、不足分を取り返さないといけないだろう? 

 相手の社長は、会社を設立する時に、ウチから借金してるんだから。

 

 その社長じゃ無理そうだったら別のヤツに変えればいい。担保としての利権を取り上げ、アイデアを持って来た別人にやらせる。

 路頭(ろとう)に迷いたくなかったら、(かね)を稼ぎ続ける必要があるんだ。

 

 ———オレは、高校の卒業と同時に家を出た。

 

 衛宮の頬を親指で撫でる。

 コイツの肌は分厚(ぶあつ)くて、なんとも懐かしい感触だった。

 

「だから、時臣が犯人だとは思えない。

 アイツが人を殺すなら、必ず“誰か”にやらせるんだから」

 

「参考になったか」とオレが聴くと、「時臣さんの人柄(ひとがら)は、分かった」と返ってくる。

 衛宮はオレに(さす)られるまま、バセット殺しの話を始めた。

 

「今日、バゼットさんの遺体を見てきたんだ。左肩から先が完全に消し飛んでいた。玄関で倒れていたみたいだし、おそらくは失血死だから。

 状況だけなら明らかに、『結界に触れた結果起きた事故』なんだけど……」

 

 左肩の傷口が、何者かに(えぐ)られていた。

 頬を(さす)る手をとめる。衛宮の目を見る。

 

「『傷口が抉られてた』ってヤツだな。偶然、そう見えただけって可能性はあるのか?」

「多分ない、と思う。

 バゼットさんの左肩は、(ねじ)()られたみたいな断面だった。それが結界の効果によるものだとしても……その腕の断面の中心に、フォークで引っ掻いたような(あと)は残らないと思う。

 アーチャーのヤツも同意見だったし、たぶんな」

「つまり犯人は、瀕死のバゼットに近づいたって言うのか? 放っておけば死ぬと、分かっていた(はず)なのに?」

 

 曖昧に笑って、衛宮はオレの手をどける。腹筋に力を入れて起き上がり、「そろそろ寝ようか」と衛宮は言った。

 

「明日、両儀にもバゼットさんを見てほしいんだ」

「オレに?」

 

 同じように起き上がったオレは、()れたタオルで素足(すあし)()いてベッドに登る。

 ベッドの奥側に足を入れ、手前側に衛宮を呼んだ。

 

「直死の魔眼が、役に立つのか?」

「そういう(わけ)じゃないんだけど……」

 

 二人並んで寝転がる。

 衛宮は「違和感があるんだよな」と言いながら、布団の中でモゾモゾ動いた。

 

「口にするほど確信があるわけじゃないんだけどさ、バゼットさんが左腕を失って、ランサーは心臓をやられてた。

 ———どちらも、作中と同じ死に方だよなって思って」

「どうだか。ランサーの心臓、あれは(あき)らかに(えぐ)られてた。

 素直(すなお)に突き刺したんじゃああはいかない。凶器が本物のゲイ・ボルクで、突き刺した刃先が分裂したのか。それとも……」

 

 衛宮が急にこっちを見る。

 オレも天井から目を外して、右を向いた。衛宮を見ると———

 

「ホントか、両儀」

「何のこと———」

「ランサーの傷だ。アレはやっぱり、普通に刃物を振り下ろしたんでは、付かない傷なんだな」

 

 衛宮の急変に目を丸くしたオレは、それでも、死体を見た時の事を思い返した。

 

「それは間違いない。刃物を上から何度か刺しただけだと、あんな風にはならない。

 少なくとも……傷口に突っ込んだ状態で、槍を()って()さぶったのか。

 ランサーの傷を見た時オレは、本当にゲイ・ボルクで殺されたのかと思った。それほど、傷口が中でズタズタだった。だから———」

「両儀」

 

 衛宮は布団を思いっきりめくり上げ、ベッド下から靴下を出した。

 それから靴を履いて、爪先(つまさき)で床を叩きながら、振り返ってオレを見た。

 

「両儀、準備をしてくれ。戦闘準備だ」

 

 オレは衛宮の表情を見て、ただ(うなず)いて起き上がる。

 

「ちょうど、微睡(まどろ)んできたところなんだけど……。

 いいよ、分かった」

 

 ベッドの上に立って襦袢(じゅばん)を整え、身を乗り出して着物を(つか)む。背中心(せちゅうしん)を決めながら、衛宮の姿を眺め見た。

 

「殺し合いになるんだろ? 

 それなら、万全(ばんぜん)準備(じゅんび)をしないとな」

 

 ラグラン袖のジャージを羽織(はお)った衛宮士郎を見るオレは、帯を()めてブーツを履いた。

 赤い革ジャンを手に取って、一気に羽織(はお)って駆け寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 




 

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