両儀式のコスプレイヤーは、汚れたクロックスなんて絶対履かない   作:夜中 雨

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槍から始まる衛宮の推理

 

 

 

 

 暗く静かな寝室の中、オレは、足をブーツに突っ込んだ。

 編み上げブーツの(ひも)(しば)って、(かかと)で床を何度か叩く。

 革ジャンを羽織(はお)ってから衛宮を見て、駆け寄りながら手を差し出した。

 

 右手に、衛宮がナイフを乗せてくれる。

 それを帯にセットして、衛宮の背中に声をぶつけた。

 

「ざっとでいい、衛宮。先に知っておきたいんだけど……。

 オレは(なに)と戦えばいいんだ?」

 

 首だけを回してオレを見た衛宮は、ドアノブに手をかけた状態で、困ったように小さく笑った。

 

「分からない。でも、確かめないといけないんだ」

「確かめる? 何を———」

「例えば、ライダー」

 

 衛宮の足が、(とびら)の前から動かない。

 ドアノブを握ったままの衛宮は、(うつむ)いている。

 

「ライダーは、どうやってこのイベントに参加したんだろうな」

「“連れ”だろ? オレだって、おまえの“連れ”として参加したんだ。『直接誘われたのはマスターコスの連中(らんちゅう)だけだ』って話だから、ライダーだって……。

 そう考えるのが普通だろ?」

「だからこそだ。俺は確かめないといけない。

 ———だって、今の今まで気づかなかったんだ。色んな事がありすぎたから、完全にド忘れしちまった」

 

 (とびら)(ひら)く。

 衛宮が先に出て、オレも後から続いて。オレたちは廊下に立って、右を向く。

 

 赤い絨毯(じゅうたん)の敷かれた長い廊下。それが真っ直ぐ前に続いている。

 その廊下の左の壁には窓が一列に()められていて、その向こうには夜闇があって———そして、赤い膜状(まくじょう)の結界が、窓の外を巡回(じゅんかい)している。

 

「一番最初だ。覚えてるか、両儀。

 俺たちは桜に、参加者かどうかのチェック、されたよな。その(あと)のことだ」

 

 ———ギルガメッシュがいた(はず)なんだ———

 

「覚えてない」

 

 と、オレは答える。

 衛宮が歩き出したので、いつでもコイツを(まも)れるようにと、衛宮の右後方に陣取った。

 

「それで? ギルガメッシュが“いる”と“いない”で、一体何が変わってくるんだ?」

「組合せがさ、ちょっとおかしな事になるんだ」

 

 オレのちょっと前にいる衛宮の腕は、歩くたびに()れている。その顔は正面に固定され、真っ直ぐに前を見つめていた。

 

「今回の、参加者たちの組合せだ。両儀が教えてくれたアレ。

 もう一度、口に出してくれないか」

 

 オレは、右手を帯の後ろに回す。ナイフの()(つか)み、ほんの(わず)かに動かしてみる。

 そうやって位置を調節しながら、口を(ひら)いた。

 

 (いち)、コスプレイヤーとして参加した者は、八人。

 ()、その全員がFate/stay nightからの出典で、セイバー陣営、ランサー陣営、アーチャー陣営、ライダー陣営。

 (さん)、招待されたのはマスターの四人。(ほか)の四人は“連れ”。

 ()、遠坂時臣とオッサンは、招待する側の人間だ。

 

「なぁ両儀、おかしいとは思わないか? 

 ———桜が、点呼を取ったこと」

「そんな事もあるんじゃないの? 参加者の確認なんて仕事、他人に任せたりする事があってもさ……おかしくとも何とも無いだろ?」

 

 革ジャンの(すそ)を払う。一瞬だけ広がって、すぐに戻って、帯の上からナイフを隠した。

 準備が整って顔を上げたオレは、衛宮の息がゆっくりになっている事に気がついた。そのゆっくりしたリズムで、衛宮から声が()れてくる。

 

(ねん)に一回か二回しか、会う機会がない小娘に、点呼が任されるとは思えないんだ。

 特に、両儀から時臣の人柄(ひとがら)を聞いて、その疑問は確信に変わった」

 

 1秒、2秒……。

 それだけの()を開けて、衛宮は深く息を吸う。

 

「なぁ両儀。ライダー陣営のマスターは、本当に桜だったと思うか? 

 参加者が、二人一組でコスプレしているその中で、遠坂時臣だけが、ソロだったのはどうしてだろうな。

 オレたちを自由にすることに否定的だった時臣が、どうして、あんなにアッサリ引いたんだろうか。

 ———なぁ両儀。この家で最初に殺されたのは、本当に、バゼットさんで合っているかな」

 

 オレは衛宮に追従(ついじゅう)しながら、軽く周囲を(うかが)った。

 左手に壁、右手には下り階段。左前には衛宮がいて、

 

 ———声が聞こえる。

 前方から、アーチャーの声だ。

 

「どこに行くつもりだ?」

 

 階段付近に立つオレたちの前に続く廊下もまた、後ろと同じように(とびら)と窓とが並んでいる。

 右側の壁に並んだ(とびら)の、奥から二番目。そこだけドアが開いていて、ドアのすぐ向こうには、アーチャーが胡座(あぐら)で座っていた。

 アーチャーはその眠そうな目を、自身の左手にある(ひら)いたドアに向けている。

 

 (とびら)の奥から、ライダーがゆっくり歩いて出てきた。

 

 ライダーの姿を確認したアーチャーは、軽く目を()せて、欠伸(あくび)をしながら頭を()いた。

 

「……不安ならば付き添おう。そうでないなら、早く帰ってくることだ。昨日も今日も、この屋敷は物騒だからな、君も襲われたくはあるまい」

 

 ライダーは無言だ。アーチャーはもう一度欠伸(あくび)した。

 そんなやり取りを見ていた衛宮が、歩きながら声をかけた。

 

「二人とも、少しいいかな?」

 

 ライダーがこっちを向いた。

 長い紫髪(しはつ)()れて、腕を少しだけ振り、オレたちの方に足を向ける。

 

 ———歩いてくるライダーは、両手に短剣を持っていた。

 それだけではない。

 チューブトップの黒いドレス、黒い長手袋とサイハイブーツ。両手にある釘剣(ていけん)からは、長い鎖が伸びている。

 

「衛宮止まれ。コイツは……やる気だ」

 

 衛宮の(そで)を引いて、止まってもらう。そしてオレは、衛宮と並んだ。

 一瞬、視線を衛宮に飛ばすと、衛宮は真っ直ぐ前を見ている。前を見たまま、口を(ひら)いた。

 

「気を付けてくれ両儀。狙いはおそらく———両儀だと思う」

「そりゃ良い、お()りの手間(てま)(はぶ)けるってもんだ。

 ともかく、コレを倒せば終わりだな?」

「———違う。ライダーは犯人じゃない」

 

 オレは呼吸を、意識してゆっくりにする。

 

「やっぱり教えろ、全部だ。

 分からないまま戦ってたら、鬱憤(うっぷん)()まってしょうがない」

 

 そう、衛宮に約束を取り付けて、オレはライダーの重心を見る。目の前のコイツが歩くたび、どれくらいブレているのかを。

 

 ライダーは(なお)も止まらない。

 両手を垂らして歩くライダーの後ろで、アーチャーが立ち上がった。アーチャーは目を(しばた)かせ、目を細めて「おいッ」と叫ぶ。

 

 それを合図に、ライダーが急加速した。

 

 オレは左手を衛宮の前方に差し出して、ライダーが突き出した釘剣(ていけん)に触れる瞬間、膝を抜いて腰を落とした。

 腕力ではなく、自分の重心を操作することによって、武器を媒介(ばいかい)し相手のバランスを奪う“(くず)し”の技法。

 

 ライダーは自分の脚力で、衛宮の後ろまで吹っ飛んでいった。

 

 後ろにいる衛宮にため息をぶつけて、振り返り、その向こうのライダーを見る。

 

「———おい、この嘘つき」 

 

 オレは衛宮に毒づきながら、衛宮と立場を入れ替える。

 オレは衛宮を、背中に(かば)った。

 

「何が『両儀が狙われる』だ。アイツ、思いっきりおまえを殺しに来てるぞ」

「ああ……そう、みたいだな」

 

 衛宮の返答に鼻白(はなじろ)む。

 オレは衛宮の正面に陣取ったまま、二歩三歩と前に進んだ。

 廊下の奥でライダーが立ち上がる。それと同時に、後ろから足音がやって来た。アーチャーだ。

 

 オレよりもさらに前に出たアーチャーは、「やめたまえ」と言って両腕を(ひら)く。オレに右手を、ライダーに左手を向けていた。

 

 オレは警戒する。———状況がわからない。

 恐らく、この男は止めに来ただけなんだろうが…………仮にアーチャーが敵だった場合、衛宮を護り切るのが極端(きょくたん)に難しくなってしまう。

 だからオレは後退して、衛宮の胸の前に張り付いた。

 

「それは、そこの(むらさき)に言えよ。こっちだって被害者なんだ。

 おまえがソレを取り押さえてくれるなら、オレたちだって暴れないぜ」

「それは良い。だが君たちも、こんな夜更(よふ)けに何の用かね? その(よう)では、殺人を疑われても———」

 

 “ドンッ”とライダーが地面を蹴った。

 風を(まと)ったライダーは、アーチャーの正面を通り抜け———アーチャーの右手が釘剣(ていけん)(つか)む。そのまま(おさ)えつけようとして———アーチャーは、頭を下げて回避した。

 

 釘剣(ていけん)から伸びた鎖の先に付いた鉄輪(てつりん)が、アーチャーの頭上を通過する。ライダーは、アーチャーが()けたために自由になった右手でもって、釘剣(ていけん)を大きく振り回す。

 当然、剣からは鎖が伸びている(わけ)で……。

 

 結果、二本の鎖が、猛然(もうぜん)とオレたちに突っ込んできた。

 

 舌打ちを一つ。

 オレは一瞬、後ろを見てから衛宮の頭に手を伸ばした。その頭を押さえつけ、自分もしゃがみ、一本目の鎖を(かわ)す。同時に右手でナイフを抜いて、目を見開(みひら)いて魔眼を(ひら)く。

 

 左手を、衛宮の頭に置いたまま、両膝を曲げてジャンプする。衛宮の上に乗り上げるように後ろに跳んで、オレを狙った二本目も(かわ)す。

 オレの頭を狙った鎖が、目の前を右に()()った。

 

 顔を上げ、オレの頭上の鎖を()る。ナイフを、左から右に振り切った。

 鎖を一本、殺して切った。

 

 ———前方から殺気、ライダーだ。

 

 オレは左手を曲げて頭を下げる。

 衛宮にしなだれるように(おお)(かぶ)さり、巻き込むように後転をする。

 オレたちが一瞬前まで居た場所を、ライダーが()()けていった。

 

 衛宮に後ろから抱きついたまま立ち上がり、「おい嘘つき」と呼びかける。衛宮の足がしっかりする前に放り出し、衛宮の前に(おど)()て。目の前まで来たライダーの、突き刺してくる釘剣(ていけん)()る。

 右手に(にぎ)った釘剣(ていけん)を殺して、()いた空間に左手を突っ込む。ライダーの、胸の谷間に押し立てて、左回りに外旋(がいせん)させて(わざ)を出す。

 

 ———オレの手が、ライダーの胸に強く当たる瞬間に腕を回して重心を崩す。そのまま膝を抜いて腰を入れ、反動でライダーを突き飛ばす。

 

 フラつく衛宮に手を貸しながら、オレはライダーを観察していた。

 

 

 ———弱い。

 サーヴァントとしては、弱すぎる。

 

 人間のオレが戦えている時点でお(さっ)しだけど、目の前の女は(ひと)(いき)を超えてはいない。戦い方はそれっぽいけど、肉体の強度は人と同じだ。

 何よりコイツは、石化の魔眼を持ってない。

 

 ライダーは、コスプレイベント(ちゅう)一度(いちど)たりとも、バイザーをつけていなかった。ランサーの死体を見た時だって、今だってそう。

 

 この女は、ただのコスプレイヤーだ。

 

「その(はず)なのに、コレはどういう事なんだ? 衛宮、おまえがキスしたら治ったりしないのか?」

「どうしてそうなる……」

 

 後ろから衛宮のため息が聞こえるが、悠長(ゆうちょう)に待ってもいられない。

 この女、今はふらつきながら咳き込んでいるが、その内それも(おさ)まるだろう。そうなったらまた攻撃してくるだろうから。その(たび)にオレは、衛宮を護りながら吹き飛ばす事になるだろう。

 

 アーチャーが味方だと確信できない以上オレは、二人ともに、(すき)を見せる(わけ)にはいかない。

 

対案(たいあん)が何も無いんなら、オレは勝手にする。気絶させて終わりにするぞ。

 後遺症が残っても、後で文句(もんく)言うなよな」

 

 ライダーの、(せき)が止まった。

 アーチャーは、こちらにゆっくりと歩いてくる。

 

 オレがナイフを握り直すのと、衛宮の声とが同時だった。

 

「———薬だ。たぶん、催眠術との併用(へいよう)だとは思うんだけど」

 

 衛宮の息が、オレの左耳にくる。後ろから耳打(みみう)ちされていた。

 

「直死の魔眼が、病気だけを殺せるのなら。薬や催眠術なんかの“精神に影響を与えるモノ”も、“死”を(とら)えて殺せるか?」

「さあな。でも……」

 

 今は見えない。

 でも衛宮の(げん)が正しいならば、後は認識の問題だ。

 

「——————(とら)えた」

 

 ライダーの後頭部。頭と首との付け根あたりに、雰囲気の違う線がある。その場所を中心に(たて)に長く広がっている線。

 その中心の、赤白(あかじろ)く密集した線の束。

 

 ライダーは、右手の殺された剣をじっと見てから、それを捨てた。左の剣を持ち替えて、オレを見て歩きだす。

 応じるように、オレも一歩目を踏み出した。

 

 するとアーチャーの声がする。

「止まれ、両儀式」

 

 ……止まらない。

 

 オレの襟首(えりくび)(つか)まれた。

 足が止まった瞬間に、ライダーが踏み込んでくる。

 オレから見て、右から左に()(はら)われた釘剣(ていけん)を、下から左手で跳ね上げる。

 アーチャーに襟首(えりくび)を引かれるままに、左の回し蹴りを退()がって避けた。

 

 振り上げた左足を床に置いたライダーは、勢いのままに体を(ひね)る。オレが後転してアーチャーの手を振り払った瞬間には、右足の、後ろ回し蹴りが放たれていた。

 

 さらに(かわ)し、距離を取りながら舌打ちをする。結局オレは衛宮のところまで戻ってきていた。

 いつの間にかアーチャーは、オレの前に立っている。

 

「彼女は私が()らえよう。間違っても、戦闘に刃物は使わないことだ。

 傷つけず、怪我もさせずに制圧をする。()を学ぶ者たちの、それがせめてもの責務だろう」

 

 アーチャーが前を向き、ライダーに近づく(さま)を後ろから見る。オレは、その背中に呼びかけた。

 

「次、ソレをこっちに通したら……オレは殺———」

「何してるんですか?」

 

 背後の声に、場の空気が固まった。

 

「アーチャーさん? 先輩と両儀さんも……」

 

 間桐の声だ、少しマズいな。

 これでライダーが強行に出たら———と思ったが、ライダーは棒立ちのままだった。

 

 振り返る。間桐と……凛も顔を出している。「ドア開けたまま騒がないでよ」と言いながら、眠そうに目を(こす)っていた。

 

 そして、女二人がライダーを(とら)える。

 オレたち全員に見つめられて、ライダーは静かに気絶した。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 状況をすり合わせるために、オレたちは食堂に移動した。

 オレは全員に監視されながら紅茶を入れて、各々(おのおの)にそれを(くば)って(まわ)った。

 

「最初に言い訳しておくと、オレ、紅茶は入れたことないんだ。

 だから文句(もんく)なら受け付けないぞ。黙って飲め」

 

 ちょうど()いていた、衛宮の左側の椅子を引き、一番最後に着席をする。

 オレは、恐縮(きょうしゅく)して小さくなったライダーを皆で(はげ)ます声を聞き流しつつ、(ひと)り、紅茶の味を確認していた。

 

 ライダーの表情が少し(やわ)らぎだした(ころ)()ずは凛が口火を切った。

 

「ザックリとした話の流れは分かったわ。どうして騒いでいたのかも、ね。

 となると気になるのは———。ねぇ衛宮君、今からそれを、話してくれるのよね?」

 

 凛に正面から見つめられて、目を細めた衛宮が(うなず)く。

 

「確たる証拠も、あるのよね?」

「“確たる”って言えるほど凄い物ではないと思う。

 でも確かに、今回の一連(いちれん)事件(じけん)は……動機も含めて、たった一人にしか有り得ないような、そんな結論になっちまうんだ」

 

 衛宮は言った。

「今から全部話すから、間違っていたら教えてくれ」と。

 

 ———まず始めに、ランサーの槍の話だ。

 あれはたぶん普通の槍だと思う。

 (たと)え本物のゲイ・ボルクだったとしても、部屋を密室にしたまま、中の人間を殺せない。

 “投げボルク”を外から投げたら、何もかもぶっ壊しながら突き進んでいくからな。

 

 そしてそうなると、ランサーの傷口はおかしかった。

 両儀が言うには、『まるで突き刺した刃先が分裂したのかように傷口の内側がズタズタだった』。これはみんな見たと思う。

 普通の槍で突き刺すだけなら、あんな風にはならないらしい。

 

「———だとするならアレは、槍で刺された傷じゃない」

 

 オレの右隣から、衛宮の声が聞こえている。

 その声に()じって聞こえてくるのは———浅くなる呼吸を(おさ)えつけ、無理矢理に深呼吸するかのような、細かく震える衛宮の呼吸だ。

 

「つまり、現場に転がっていた槍はフェイクだという事になるんだけど……そうなるともう一つ、疑問が出てくる。

『ランサーはいつ死んだのか』っていう疑問だ」

 

 

 あの時、全員が相互監視状態にあった。

 唯一(ゆいいつ)その対象から外れたのが、時臣さんから単独行動を勝ち取った両儀だけ。

 でも両儀が犯人だと考えると、不可思議な点がいくつも出てきてしまうんだ。

 

 まず、鍵を壊すのに直死の魔眼を使ってる点だ。

 その時点で両儀にとって、『直死の魔眼を持っている事』は最重要機密事項になる。

 それがバレた瞬間に、両儀が犯人だと確定するからだ。

 

『犯行後に、ライダーに見つかったから急遽(きゅうきょ)作戦を変更した』という考え方もあるけど、これだって、よく考えると矛盾だらけだ。

 

「だってそうなら、ランサーの殺害方法を誤魔化(ごまか)すなんてリスキーな真似(まね)はしない(はず)だろ?」と、衛宮は笑う。

 膝の上に置いて両手を握りしめ、少しだけ声を震わせて。

 

「“直死の魔眼がバレたら終わり”なら、いっその事ランサーだって魔眼(それ)で殺せばよかったんだ。直死の魔眼は“線状にモノを殺す”から、使ったエモノに血糊(ちのり)はつかない。

 偽装工作する暇があるなら、さっさと殺して逃げればよかった。両儀の魔眼がバレさえしなけりゃ、どうやって殺したのか(わか)らないから」

 

 衛宮の正面、オレの右前にいる凛が、少しだけ口を開きかけて戸惑うように(ふたた)び閉じる。

 それを衛宮はチラリと見てから、ゆっくりと声を吐き出した。

 

「“凶器を特定させない殺し方”ができる両儀にとって、凶器を偽装することに意味はないんだ。

 態々(わざわざ)それをやったからには、そこには意味がある(はず)で……。でもオレたちの中で両儀にだけは、その行為が無意味なんだよ」

「じゃあね、衛宮君。他に誰ができるって言うの? 

 昼食の時、ランサーは生きてたし。その(あと)は誰も、(ひと)りになんてならなかったし」

 

 衛宮は少し乗り出し気味に、凛の目を見た。

 

「そうなるともう、可能性は二つだけだよな。

 ———監視し合っていた、そのグループ全員が犯人か。それとも、本人は何もしないまま、間接的に殺したのか」

「衛宮君は、どっちだと思うの?」

「俺は———後者(こうしゃ)だと思う」

 

 衛宮はティーカップを持ち上げて、紅茶を一口(ひとくち)口に運んだ。

 ソーサーに戻す時にカチャカチャと二度()った音は、静かな食堂に少し響いた。

 

「もしもグループで共犯したなら、槍の偽装は必要なかった(はず)なんだ」

 

 唇を()めた衛宮は一度(まわ)りを見渡して、組んだ両手を、テーブルの上にゆっくりと置いた。

 

「この二つの仮定では、それぞれの犯行時刻が違うんだ。

 もしも共犯なら、犯行に(およ)んだのは昼食後だ。グループで協力してランサーを殺して、なんらかの方法で密室にした。

 ———そうなると、槍の偽装はそのタイミングで行われたことになるんだが……。

 今度は、バゼットさんの腕を(えぐ)ったことに意味が見出(みいだ)せない」

 

 結界に触れて左腕が吹っ飛んだバゼット。

 その傷口に(あき)らかに後から付けられた()()き傷があった事。

 

「『槍で殺された』と思わせたいなら、槍の穂先(ほさき)には血がついてないといけない。でもグループで殺したなら、その場で血を付けることが出来た(はず)だろ? その場で、ランサーの傷口に、何度か槍を突き刺して」

 

 あの傷は、そんなものじゃなかった。

 そんな方法では、とてもじゃないけど作れないだろう。

 

「なら……ランサーの傷に突き刺すことで血がついた(わけ)じゃないのなら、だ。

 穂先(ほさき)に付いた血脂(ちあぶら)は、バゼットさんのモノだろうさ」

 

 オレの正面にいる、アーチャーが(あご)(こぶし)を当てた。

 

「そうか……バゼットの左肩、フォークで()()いたようなアレはおそらく……」

穂先(ほさき)に塗るために採取した時にできた傷……の(はず)だ。そうする事で『あたかも、その場に誰かがいた』ように偽装したんだと思う」

 

 ———つまりそれは、逆説的に、『その場にその時誰もいなかった』ことの証明になってしまうから。

 

 衛宮は言う。

「グループでの犯行でないのなら、殺害の瞬間、誰もランサーの部屋に近づいてはいないなら。

 ———これは、遠隔(えんかく)殺人(さつじん)でしか有り得ないんだ」

「ちょっと待って」

 

 と、凛が言葉を()(はさ)む。

 

遠隔(えんかく)で人を殺したって、どうやるのよ。 

 ロボットでも(やと)ったって言いたいワケ?」

「そうじゃないんだ。えっと……ここにいる“両儀式”を思い出してほしい。コイツみたいに型月(かたつき)キャラの肉体を持っている可能性を考えるなら———使い魔を使えば楽勝だろ?」

 

 

 ———使い魔。(ある)いはそれに(るい)する物。

 遠隔操作、または自律行動が可能で、かつ人を殺し得る殺傷能力を持つ物ならば、その場に当人(とうにん)がいなくてもランサーを殺せるのだ。と、衛宮士郎は説明する。

 

「でも即席の使い魔じゃあ意味がないだろう。

 (すずめ)を使い魔にしたとする。その使い魔は“(すずめ)にできる事”しかできないからな。

 ———結界に(はば)まれたこの場所に、殺傷能力の高い動物が侵入する余地なんてのは、あると思う方がおかしいだろう」

 

 凛はカップの(ふち)をなぞりながら「もしかして……」と口にした。

 

「『その使い魔をここに来る前に用意して来た』って言いたいワケね」

「そう……だと思う。でもそうだとしても、“あんな風に傷つける事ができるモノ”は相当に(しぼ)()まれてしまう。殺傷能力の高い大型の(けもの)は論外だ。槍の太さほどの、小さな傷口を作るためには、それ相応(そうおう)に小さなモノでないといけない。

 真っ先に思いついたのは月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)だったんだが、そんな固有礼装を使えるキャラはここにはいない。アインツベルンのキャラもいないから鋼線(こうせん)だって線もないだろ? 

 だからこれで、残った可能性は———たった二つだけになった」

 

 衛宮はテーブルの真ん中で、右人差し指を一本立てる。

 

「一つ目の可能性は、Heven’s Feelで桜が使った“影の小人”。でも傷口を考えると、この可能性には無理がある。

 影の小人は薄っぺらいから、ランサーの心臓を突き刺すことが出来るかもしれない。でもそれなら、胸の傷はズタズタにならない。

 心臓を食べたと考えても、微妙に違和感が残らないか?」

 

 無数の、それも小さな(やいば)(えぐ)ったように———とはなりそうもない。

 

「衛宮君まさかッ!」

 

 凛は、両手で自分の心臓を押さえる。胸をかき抱きながら目を見開いて、衛宮の顔を凝視する。

 

「“間桐の蟲”に、()わせたと言うの?」

 

 衛宮は、目を()せた。

 

「それが一番辻褄(つじつま)が合うんだ。

 ———あらかじめ槍を転がしておいたんだと思う。血糊(ちのり)を付けて、入り口から見えにくい位置に。

 ランサーが昼食時に言った『気分が悪いし、眠気もする』という言葉が本当なら、睡眠薬を盛られてたかもしれないな。麻薬だったかもしれないけど、今のところ、それらを見分ける(すべ)はない」

 

 午前中だろう。部屋に蟲を忍ばせると……後は一言かけるだけだな。『バゼットさんのこともありますから、戸締りはキッチリして下さいね』と。

 そうするとランサーは鍵をかけてベッドに倒れる。そのまま寝入(ねい)って———生きたまま、心臓を食い破られたのだろう。

 

「有り得ないわよっ。痛みで起きるでしょう!?」

「麻酔だったらどうだ、遠坂。モルヒネのように強力な鎮痛(ちんつう)作用(さよう)のある麻薬でも飲まされてたら、あまり痛みを感じなかったんじゃないのかな」

 

「でも、確固たる証拠は何もないから」と衛宮は(くく)った。

「もしも間違っていそうなら、誰か、声を上げてくれないか」

 

 そうして息を吐き出した音、衛宮の呼吸音を最後にして、静寂(せいじゃく)がその場を支配した。

 

 震える者、下を向いて黙る者、縮こまる者と考える者。

 衛宮は黙り、オレは間桐を横目で(なが)める。

 

 ここまで説明されたなら、衛宮の考えも(わか)るというもの。

 オレはやっと理解したんだ。衛宮が何故、オレに武装させたのか。それは———

 

「……桜、貴女(あなた)が犯人だったのね?」

 と言った凛が、そっと間桐を(うかが)った。

 間桐はただ下を向き、黙ってじっと膝を見ている。

 

 やっぱりそうだ。と確信したオレは、呼吸をゆっくりに変え、椅子に体重をかけるのをやめた。

 いつでも立ち上がれる姿勢をとるため、椅子に浅く腰掛(こしか)ける。

 

 直死の魔眼を発動させて、この部屋の、大量の線を見渡(みわた)した。

 

貴女(あなた)が、ランサーと———」 

「違うぞ? 遠坂」

 

 首を振った衛宮は「桜は、犯人じゃないと思う」と言って、ゆっくりと目を細めた。

 驚いて固まった凛を尻目(しりめ)に、衛宮は再び顔を上げる。

 

「そもそも、“間桐の蟲”を使役(しえき)できるキャラクターは間桐桜ではない(はず)だ。

 間桐桜が蟲を使役するために必要な条件は、二つ。

 魔力を持った淫蟲(いんちゅう)が存在している事。そして(ソレ)に犯されることで魔力供給を可能にして、マスターとサーヴァントの関係に持ち込む事。

 ———桜の肉体を得た何者かがいたとして。本当に、ソイツの肉体の中に最初から、蟲が存在していたのだろうか。

 わざわざ蟲風呂を用意して、自分で()かって、蟲を掌握(しょうあく)したのだろうか。

 それだけの犠牲を払って準備したのに、何故(なぜ)この状況で人を殺した? 

 こんな、閉じ込められた空間の中で」

 

 オレは、そっと周囲を警戒している。視界の全てが、線状の死で満ちた世界。オレ以外は、誰もソレに気付いてなかった。

 衛宮の声は震えている。

 そりゃそうだろう、とオレは笑った。

 

 衛宮には見えていない……でも知っているんだ、ソイツが犯人だって事。だから声が震えてる。

 衛宮はオレに『戦闘準備だ』と言った。つまりオレに護って欲しいと言ったんだ。犯人から衛宮を、そしてこの場の人たちを。

 

 ———ならオレの行動は、最初からずっと決まってる。

 

 バレないように椅子を引いて、戦闘態勢を整える。

 オレの隣では衛宮が、(かわ)く唇を()めていた。

 

「ここまで考えて、俺は一つ気がついたんだ。

 桜が、直死の魔眼の性能を知らなかったこと。そして両儀が『PCR』と口にした時の、あの桜の反応だ。

 ———あれは、“PCR”という単語に()(おぼ)えのないヤツの反応だった」

 

「どう思う?」と衛宮が問う。

 でも、周りの奴らは、誰も何も言わない。ただ黙って、座っているだけだった。

 

「このご時世(じせい)だ。テレビをつけたら“コロナの話”が流れてる。“PCR検査によるコロナウィルス陽性判定者”の(かず)が、毎日毎日公表(こうひょう)される。緊急事態宣言だって発令された。

 ———なぁ遠坂。医療関係者が身内(みうち)にいて、この状況で、“PCR”の単語に()(おぼ)えがないなんて事があると思うか?」

 

 

 衛宮の右隣の席に座っている間桐は、ずっと黙ったままだった。白いワンピースを着て、椅子に座って、両手を膝に乗せたままで。

 

「桜が知らないと仮定すると、ほんの(わず)かな違和感でしかなかったモノが恐ろしい意味を帯びてくるんだ。

 ———どうも桜は、“直死の魔眼”も知らないらしい」

 

 

 

 ———両儀さん。両儀さんは、どうやって先輩が持ってきた“頭”を処分したんですか? 

 両儀さんの処分がキチンとしてなかったら、そこからバレちゃうかもしれないですよね———

 

 ———DNA検査とか、されたらマズいんじゃないですか?———

 

 ———そうですか……。()()()()()()()()()()()()()()()()、と———

 

 

 

 オレはゆっくり深呼吸して、右隣に意識を向ける。

 衛宮はもう一度、全員の顔を見渡した。

 

「昨日の夕方、『桜が両儀に魔眼の性能を聴いた事』。それ自体は、知らなかったというだけでしかない。『“月姫”や“空の境界”には手を出してないんだな』と思ったくらいだった。

 でも、“桜がPCRを知らない”となると話は全く変わってきちまう。

 真っ先に考えられるのは……『箱入り娘で、何の情報も手に入らない状況にいた可能性』。でもそれなら、こんなイベントには参加しない。

 となると、残りは———」

 

 衛宮は、膝の上の両手をギュッと、強く握りしめていた。首を回して間桐を見る。オレからは見えないけれど……今コイツは、ぜったい優しく笑ってる。

 

「桜がコスプレイヤーではなく、“冬木市出身の間桐桜”である可能性だけ。その可能性だけが、今回の殺人事件の全貌(ぜんぼう)を明らかにしてくれる」

「ちょっと待ったッ」

 

 凛は右手を衛宮に伸ばした。

 

「どうしてそうなるのよ。私たちがそんな……ッ、そんな(わけ)分からないこと……」

「ランサーを殺したのは間桐の蟲だろ? なら、(それ)を使役する誰かが、いないとおかしい」

 

 ——————間桐(まとう)臓硯(ぞうけん)

 

 凛は一瞬、息を()んだ。衛宮に伸ばした手を引っ込めて、自分自身を抱きしめる。

 

「私たちの中に、間桐(まとう)臓硯(ぞうけん)なんて居ないじゃないの」

「いるだろ? 目の前に。桜がコスプレイヤーでもなく、両儀のように肉体が変化したのでもない。純粋に“冬木生まれの桜”で、“間桐家に養子に出された桜”なら、間桐(まとう)臓硯(ぞうけん)はいる(はず)だろ、今も。

 桜の中に」

 

 

 ずっと無言だった間桐が、膝に手を乗せたままの間桐桜が—————(ひと)(わら)った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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