私は、ある日1人の少女に出逢いました。出会ったと言っても、名前を聞いたわけでも、話したわけでもありません。それでも私にとっては、それは出逢いと呼ぶべきものでした。
その日、私はスーツを身に纏い、駅のホームに立っていました。
周囲には、忙しなくしている人々の姿。朝早くから気力を振り絞り、己が生活のために奔走する姿は酷く滑稽で、私は絶対にああはなりたくないと目を伏せます。自分もその1人なのだと考えてしまいそうになる前に、世界と「私」を遮断する。私なりの自衛手段でした。
『間もなく、○番線、○○行きの列車が参ります。黄色い線の内側に…………』
無機質なアナウンスが聞こえ、私は伏せていた顔を上げました。線路を挟んだ反対側にも人々が見えました。先ほどの周りの人々と同じ、滑稽な群衆でした。その姿に嫌悪感を感じながら、私は電車が来るのを待っていました。
その時でした。
「あれは…」
一際目を引いたのは、1人の少女でした。喧騒とする世界の中で、彼女の周りだけが別の世界に見えました。
輝きを放っているかと言えば、そうではない。派手な格好をしているわけでもないし、周囲に溶け込んでいるように見えるのに、それでもなぜか見てしまう。不思議な魅力を持つ少女でした。
しばらく彼女を見続けていると、その視線に気づいたのか、少女は私の方に目を向けてきました。
咄嗟に目を逸らそうとしましたが、なぜだか脳の伝令は伝わらず、私の目はむしろ一層のこと彼女を注視していました。
目が合った彼女は、ゆっくりと右手を口元に持って行き、そして小さく微笑いました。
たった、それだけでした。
そのたったそれだけの動きに、私はなぜか興奮を感じざるを得ませんでした。私の目は彼女の全身を舐めるようにゆっくりと映し、私の生殖本能を刺激しました。
一度考え出すと、止まらなくなりました。
印象よりも大きな乳房。それでいて強く抱きしめただけで折れてしまいそうな華奢な腕。何もかもを見通すが如き双眸は男としての本能を呼び覚まし、マトモに立ってなどいられませんでした。
庇護欲を誘う不可思議な色香が溢れていました。護ってあげなければと、思考が無理矢理に変容されてゆきました。私が彼女を包み込んでいるような感覚でした。
見る者の眼を、耳を、喉を、手足を、胸を、腹を、太腿を、その全てを呑み込まんとしているように感じました。彼女が私を包み込んでいるようにも感じました。
あの全てを壊してやりたい。私のものとし、忘れられないほどに傷つけてやりたい。嗜虐的な考えが溢れ出しました。
あの娘にならば、私の人生すらも壊されても構わない。全てを投げ打ってでも、あの娘の言いなりになりたいという考えも溢れ出しました。
彼女の心が溶け出し、私に入ってくるような感覚もありました。
私の心が溶け出し、彼女に入ってゆくような感覚もありました。
矛盾。二律背反。パラドックス。決して同時に現れるはずのない感覚が身体中を駆け巡りました。
プツン、と私を縛る理性の糸は切れ、ものの数秒で私は壊れてしまったのです。
私は彼女を求めるかのように駆け出し、黄色の線などとうに越え、そして––––––––––––––––––。
もしこれを読んでいる人がいるなら、一つだけ忠告しておきたかったのですが…気をつけてどうにかなるものではありませんから、忠告のしようがないですね。
私のような「不幸な幸せ」を感じるきっかけは、些細なことに過ぎません。これを読んでいるあなたも、もしかしたら…。
ほら、振り向いてご覧なさい。ようこそ、『こちら側』へ。