山崎が学校から帰ろうと下駄箱を開けると、中に入っていたラブレター。彼は浮かれたがそのあと衝撃の事実を知る。
そして、彼がとった行動とは?

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彼女は少なくとも二つ嘘をついている

「これは……」

 

 思わず変な声がもれた。学校から帰ろうとした俺が下駄箱を開けると、白い封筒が入っていたのだ。これはいわゆる、ラブレターというものなんだろうか。また、なんとベタな。

 あ、教室に忘れ物をした。

 それに気づいたのは、校門を出て間もなくだった。浮かれていたのかもしれない。ハッキリ言って、これから戻るのは面倒だ。使わない教科書なんかだったらそのまま帰っていただろう。しかし、今回忘れたのは宿題。

 嘆息しながらも、どうしようもないので取りに行くことにした。別に急いでいるわけでもなし、ゆっくりと歩く。そして教室の前まで辿り着いた時、中から女子生徒の声が聞こえてきた。

 

『じゃっ、由香が罰ゲームね!』

 

 聞こえてくる声は複数。そして、なにやら盛り上がっている模様。どうやら女子で何らかの遊びをやっているらしかった。由香というと、あの橘さんか。

 このまま立ち聞きするのも趣味が悪い。やましい事がないとはいえ、突入するのも何だか申し訳ないし。ここはトイレにでも。

 ……今は行く気分じゃないな。仕方がないので、ちょっと校内を散歩でもしようかと踵を返そうとした。

 

『えーっ! 山崎くんに悪いよ!』

 

 なんと俺の名前が聞こえてきたのだった。思わず足が止まる。

 

『大丈夫だから! 告白してちょっと楽しませてあげて、それから振るだけじゃん!』

『う、うーん。でも』

 

 これは……、いわゆる嘘告というやつだろうか。まさか、橘さんがこういった話に噛んでいるなんて……。一瞬、入り口の戸を開けるべきか迷い、そこで思い留まる。

 しかし、なんて事だ……。俺は衝動的に、思わずその場から駆け出していた。

 

「あれっ? いま何か聞こえなかった?」

「ちょ、アッコが大きい声で話してるから!」

「今の話聞かれてたら……ヤバくない?」

 

 現在、女3人で集まって話しているところだ。内容は、遊びで負けてしまった罰ゲームについて。

 

「え、大変じゃない! 入口の方、誰かいた!?」

 

 入口の正面に座っている子に向かって、思わず私は叫ぶ。

 他の2人は他人事と思って嘘告に期待しているみたいだけど……。正直、私の気は乗らない。だって、する方は笑い事で済むかもしれないけど、された方はトラウマになってもおかしくないから。

 ただでさえ乗り気じゃなかったのに、よりにもよって誰かに聞かれたかもだなんて!

 

「あー……後ろ姿がチラッと見えただけだから確証はないんだけど、……山崎くんだった、かも」

「ええっ!!」

 

 しかも、まさかのご本人!?こんなタイムリーな出来事ってある?あまりの間の悪さに、私は目まいがした。

 

「えっと、こっちから見て左手の方に走っていったっぽい……」

「ちょっと私、追いかけてくる!!」

「あっ由香!?」

「落ち着いてっ!」

 

 そんな友人の制止をよそに、私は一心不乱に追いかけていった。そっちは、公園!

 自分の直感に従って階段を駆け下りる!

 ともあれ、焦った私が公園の入り口に着くと、そこには、叫び声を上げている山崎くんがいた。

 

「マジかあアァ!!」

 

 これは間違いなく聞かれている! きっと女子の性根の醜さを目の当たりにし、耐えきれなくなったのだろう。なんとかしてフォローしないと! 原因は私たちなんだし! そう思い、焦って山崎くんに声をかける。

 

「あっあのっ! 山崎くんっ!」

「はっ! 橘さん!? なぜここに!!」

「さっき、教室の前から走って行ったって聞いて。いてもたってもいられなくなったの!」

「居てもたっても?」

 

 鳩が豆鉄砲食らったような顔つきで迫り来る。いや近いから。

 

「うん……さっきの教室での会話……聞いてた?」

 

 こんな質問せずとも、分かっている。本当はもう覚悟はしていた。私の自分勝手な問いだというのは痛いほど分かるけど。

 だけど、返ってきた答えはやっぱり無情だ。

 

「聞こえてたよ。……嘘告の話だよね?」

 

 それを聞いた瞬間、私は諦めた。彼に非は一切ない。悪いのは私たちだ。もう、取り繕うのは止めよう、真摯に謝ろう、と。

 

「そう、その話。ゴメンね……」

 

 私はその言葉とともに、ペコリと頭を下げる。

 

「いやいいよ。うん、それで?」

 

 それで……。やはり怒っているのだろう。実行には難色を示したけど、こんな軽い謝罪などでは許されないのかもしれない。

 

「とにかく謝りたくって。今の言葉で許して貰えないなら……うぅ、どう償おう……」

 

 頭が真っ白になっていた。どうすれば、どうすれば。土下座……望むならする。でも、それくらいで許されるのだろうか。いやいや、まず許される前提なのが厚かましいのでは。ここは、恨まれる覚悟を持たねばならないだろう。

 

「謝罪や償いなんていいよ。そんなことは望んでないから。それより、もっとやることがあるでしょ?」

 

 え、やること? 謝罪じゃなくてやること……。はっ! 先生に自白しろと!? ううぅ、未遂なんだし、そこまでやる必要──いやダメだ! 彼は被害者で、私が加害者。私は何様のつもりだったのだろう……! 彼がそれを望むなら、異論など挟む余地はない。

 

「うん……分かった。それじゃあ、これから職員室に行って先生に報告してくるから……。今さら謝っても何にもならないけど、本当にゴメンね……」

 

 まさに自業自得というやつだ。自身の罪深さを省みながら、ションボリと踵を返すことにした。

 

「え、ちょっと待って橘さん。職員室に報告って、なんで?」

 

 山崎くんは、なぜか慌てて引き留めてくる。

 

「ふふ、表面的な謝罪はいいから、自白して怒られろってことだよね? 大丈夫、この期に及んで逆恨みも抵抗もしないから……」

「あれ、なんか誤解してない?」

「誤解……? どういうこと?」

「いやほら、嘘告だよ」

「うん、だから申し訳なかったなって」

「……ああ! もしかして俺が嘘告について実は怒ってると思ったのかな?」

「それはもちろん──あれ、違うの? てっきり口も聞きたくないくらい激怒してるのかなって……。ほら、嘘告って人によってはシャレにならない、酷い行為だし」

「まあ人によってはそうか」

「ごめん、ちょっと話が読めなくなってきちゃった。えっと山崎くんが言いたいこと、もう端的に聞いてもいい?」

 

 少し怖いけど、もう率直に尋ねることにした。

 

「端的に……? そうだね、分かりやすく一言で言うと──嘘告バッチコイ!!」

 

 もの凄く気合いの入った返事が返ってきた。まるでキャッチャーミットを構えた捕手のような待ち構え方だった。いや、それ本来は野手の掛け声だっけ? 意味の無い連想がグルグル頭の中を回る。

 

「は?」

「嘘告バッチコイ!!」

「いや、意味が分からないんですけど」

「なんで? 嘘告カモンって意味わからない?」

「そうじゃなくて! なんで山崎くんが喜んでるのか意味が分からないんだよ!」

「ああ、そっちか。うーん……」

「言いにくいような内容なの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど、どう説明したものかと。んー……あ、そうだ。ねえ橘さん、例え話なんだけど……推しアイドルがいるとするじゃん?」

「なぜ唐突にアイドル……? まあ、うん」

「それでさ、その推しアイドルから『期間限定でファンのアナタと付き合ってあげまーす。ただし、期間が過ぎたら振らせてもらいます! それでも私と付き合いますか?』って、選択肢を突き付けられたとする」

 

 彼女は表現をするのも憚られるような顔つきで俺を見ている。

 

「そうなったら、もう俺としては答えなんて一択なわけで。夢が見られるんだよ? これに乗らない手は……ないでしょ!!」

「え、えっと……?」

「あれ、まだ分からない? 要は、橘さんが俺にとっての推しアイドルだから、嘘告であれ偽りのお付き合いであれ、幸せだからいいの」

 

 わっ、私が推しアイドル!? それを聞いた瞬間、自分の顔が赤くなるのを自覚した。嬉しさ……というよりは恥ずかしさから、頬が火照る。

 

「いや~その言葉は嬉しいんだけど、やっぱり申し訳ないから。人の心を弄ぶなんて、やっぱりダメだし、ここは謝らせてくれない?」

「……えぇ」

 

 そういうと、彼は目に見えて落ち込んだ。見るからにテンションガタ落ち。先ほどまでの元気はどこに行ったのやら。むしろ今の方が罪悪感を抱く。

 

「そ、そんな落ち込まなくても……」

「そう思うなら嘘告しようよ、嘘告!!」

 

 被害者(?)から、まさかの嘘告コールが巻き起こる。

 

「ええ!」

 

 未だかつて、嘘告をせびられるシチュエーションなんて存在しただろうか? 少なくとも私が今まで読んだことのある少女漫画では、無い。

 

「こっちが望んでるわけだし、一定期間の後は橘さんもお友達に対して面目が立つ。全員が幸せになれる答えだよ?」

「……えと、じゃあ、山崎くん!! 良かったら私と付き合ってください!!」

「はい喜んで!!」

 

 なんだこれ。そして、なんで山崎くんはオーダーが通ったお店の店員さんみたいな返事をしてるんだろう。私への要求のわりに、軽くない……?

 本人いわく、喜びのあまりテンションがおかしくなったとの事だった。

 

 こうして、私と山崎くんによる偽りのお付き合いが始まった。

 

 

 そして、仮初としてのデートの日。

 そんなこんなで、二人並んで歩き始める。隣を歩く橘さんは、俺より頭一つぶんほど背が低い。百五十センチちょっとくらいか? こうして見ると、手足もほっそりしていてスタイルがいいしなかなか可愛い。

 これまでそんなに意識して来なかった彼女に異性を感じて、俺の心臓が大きく跳ねる。

 いや、これは仮初のデートだ、と加速していく鼓動を必死に宥めた。嘘告な上に、本命に告白するまでの練習相手になって欲しいと頼まれただけだし。

 八分咲きの桜のトンネルの中を進むと、両脇に屋台が立ち並んでいた。そこで俺たちは、シェイクを飲んで、綿あめを買った。その段階になってから小遣いが足りないことに気が付き、買えた綿あめは一個だけ。

 

「ごめん。男の俺が奢ってもらうなんて」

「なあに、いいってことですよ」

 

 橘さんはぺろりと綿あめを舐めた後、ほい、とこちらに差し出してくる。そうして一個の綿あめを交互に舐め合った。

 俺は彼女が舐めた場所を丁寧に避けながら舌を這わせていたのだが、彼女は気にしている素振りもない。俺が舐めたあとだろうとお構いなしだ。

 境目がわからなくなり、途中から諦めることにした。

 

「意外と大胆なんだね」

「なんの話?」

「いや、なんでも」

 

 気にしていないなら、何も言うまい。というか、こちらから指摘するのも照れくさ過ぎる。

 そして横目で橘さんを見て頬が緩む。今まで感じていた、大人しそうな印象とちょっと違う。あどけないというか。意外と明るいっていうか。本当に俺は、彼女のことを何も知らないんだな、と思ってしまう。

 快晴だった青空がオレンジ色に染まり、夕闇ひそかに迫るころ。公園内を一周し終えた俺たちは、最初に出会った案内板の前に戻ってきていた。

 

「遅くなって来たし、もうそろそろ帰ろうか」

「うん。今日は付き合ってくれて、どうもありがとうね」

「いや、どうせ暇だったし。というか、わりと楽しかった」

 

 楽しかった、と改めて口にした瞬間、自分の中で何かが変わった気がした。思えばこんなに長く女の子と話をしたこともなかった。

 クラスにいる、あまり目立たない女の子。これまで異性として意識したことも無かったが、半日一緒に過ごしただけで、彼女のいいところがたくさん見つかった気がする。

 思いのほか明るくて。真面目で一生懸命で。何より、──可愛い。

 夕陽があたってほんのりと染まった頬。恥ずかしそうな顔で俯いた彼女の姿が、どこか儚げに見えた。色白で、細身だからそう感じてしまうのか。

 

「橘さんもさ、来週の告白頑張ってね」

 

 成功しなかったらいいのに……なんて、考えてしまう自分のことが後ろめたい。あれ、でも、まだ告白の練習はしていないよね?

 じゃあ、と言って立ち去ろうとした俺の袖口を、彼女がぎゅっと握った。

 

「違うの」

「違うって、なにが」

「告白、来週じゃないの。ごめん。なかなか言い出す勇気がなくて、一個だけ嘘ついてた」

「嘘って? どういう意味……?」

 

 握っていた袖口を彼女が解放すると、俺たちは自然と向き合う恰好になった。

 咳払いをしたのち、意を決したように彼女が顔を上げる。強くなった西日をバックに、彼女の顔がシルエットとなる。力強い光を放つ眼差しが、俺の顔をまっすぐ見据えた。

 蛇に睨まれた蛙のように、俺は瞳を逸らすことが出来ない。

 

「ではこれから、本番を始めます」

「橘さん、何言って……」

「山崎くん。私たちが最初に話をした日のこと、覚えてる?」

「……覚えてない」

「無理もないか。一年の時、クラスが別々だったから」

 

 言われてみると、確かにそうだ。二年~三年と同じクラスだったから失念していたけど、一年の時は橘さんと違うクラスだった。

 

「運動会でね、借り物競争があったの、覚えてる?」

「借り物競争……。あ、思い出した!」

「そう。山崎くんが、見学していた私の手を取って、そのままゴールしたの。紙に書かれていた文字が、『ポニーテールの似合う女の子』」

 

 そっか……。確かにそんなこともあった。

 

「それが凄く心に残っているというか、嬉しかったんだよ」

 

 そう言って、橘さんがはにかむ。

 

「橘さん……」

「それから、君の背中を追い掛ける日々が始まった。一見不愛想だけど、本当は優しいんだな、とか、友だちとか確かに少ないけれど、他人に媚びたりなんてしないし、自分なりの信念というのを、しっかり持ってるんだな、とか気づき始めたら、もう、膨れ上がっていく想いを止めることができなくなっていた。だからこの一年は、私にとって大切な想い出」

 

 そして、一呼吸おいてから、意を決して言葉を紡ぐ。

 

「じゃ、言うね」

 

 橘さんが落としていた視線を上げた時、ちりん、という鈴の音が鳴った。彼女が肩にかけているバッグの脇で、小さな鈴がついた、赤くて四角い物が揺れていた。

 

「それは……?」

「あっ、見られちゃったか。これはね、今年の初詣の時に買った、恋愛成就のお守り。今日、この日の為に、ずっと肌身離さず持っていたんだよ」

 

 お守りを指で暫し弄んだのち、彼女はもう一度咳払いをする。

 

「ずっと前から好きでした。私と、付き合ってください」

 

 顔を伏せると、真っすぐ右手を差し伸べてくる。

 なんだろう、これは。夢でも見ているんだろうか。今まで恋人がいなかった冴えない俺に、好きだと告げてくる女の子。学力は中の上だけど、運動神経は良くないし、優柔不断だと揶揄されている俺を、それでも好きだと言ってくれる女の子。

 この機会を逸したら、一生恋人なんてできないかも?

 そんな感じの不安が首をもたげてくるし、下心ももちろんあった。でも、たった一日かもしれないけれど、クラスで目立たない存在だった橘さんとこうして過ごし、その実直さやひたむきさに触れていくうちに、俺も確かに彼女のことが好きになっていた。

 いや、もしかしたら、まだ自分でもよく分かっていないのかもしれないけれど、胸が締め付けられるように苦しくなるこの感情に名前を付けるとしたら。

 きっとこれが、『恋』なんだと思う。

 

「勇気を出して、告白してくれてありがとう。まだ、自分の気持ちを上手く整理できていないけれど、先ずは友だちからお願いします」

 

 両手で、彼女の右手をしっかりと握る。橘さんが驚いたように顔を上げて、とたんに、堰を切ったように彼女の瞳から涙が溢れだした。

 

「わわ、泣かないでよ」

「ごめん。なんだかあまりにも嬉しくて。ようやく私の初恋、終わったんだなーって思って」

 

 橘さんは細い指先で涙を拭ったのち、よく通る声でこう宣言した。

 

「目、閉じてくれる?」

「なんで」

「いいから」

 

 観念して俺が目を閉じると、彼女の囁くような声が聞こえてくる。辺りの喧噪によって掻き消されようなほどの、小さな声で。

 

「これから宜しくお願いします、と言いたいところですが、もう一つだけ嘘をついてました。本当に、ごめんなさい。でも、最後に一つだけ、私の我が儘を許してください」

 

 次の瞬間、俺の唇を柔らかいものが塞いだ。ふっくらとして、しっとりとした、瑞々しい感触だった。

 触れ合った唇から彼女の熱が伝わってきて、でも、次第にその熱が失われていく。鼻先で感じていた彼女の息遣いまでもが、遠くなっていく感覚が過る。

 

「大好き。これで私の未練は全部消えた。君のこと、絶対に忘れないから……」

 

 耳元で聞こえた彼女の囁きが涙混じりになると同時に、途切れ途切れに聞こえ始める。まるで、携帯で通話しているさなかに、電波が悪くなった時のように。

 なあ、もう目を開けてもいいだろ?

 そう思って目を開けると、もう、彼女の姿は何処にもなかった。

 どこからともなく鈴の音が鳴って、夜の帳が下りた公園に寂しく響いた。

 

 

「で、気が付いたら、夜の公園に一人でいたと」

「そういうこと。なんなんだろうな、これ」

 

 翌日の早朝。学校まで向かう通学路。俺は悪友の男子と一緒に、学校を目指し歩いていた。

 

「狐にでも化かされたんじゃねーの? お前」

「バカ言え。そんなわけあるか」

 

 そんなもん非科学的だ、と笑い飛ばす。

 

「でも、なんでそこに居たのか、全く覚えてないんだろ?」

「それなあ……」

 

 誰かと会う約束があって、学校を出たような気はする。ところが、その後の記憶が、公園で我に返るところまで一切ないのだ。もしかして、認知症だろうか。自分でも恐ろしくなって身震いした。

 その時、ひしゃげたガードレールがある交差点に通りかかる。

 

「ああ、そう言えばさ」

 

 友人がガードレールに目を向け言った。

 

「あいつが死んだのも、ちょうど今頃だったなあ」

「もう一年か。あれは不幸な事故だった」

 

 公園まであと数百メートルというこの場所で、クラスメイトの橘由香が信号無視の車に撥ねられて命を落としたのだ。あの日は俺も、妙な手紙で公園まで呼び出されていたから、今でもよく覚えている。

 あの手紙、差出人は結局誰だったんだろう? 一年経っても誰も名乗り出てこないところを見ると、やっぱりたちの悪い悪戯かなんかだったんだろうけど。

 手紙。公園。

 でも、それらの単語に、何か引っかかりを覚えた。橘さんの姿までもが、ちらちらと脳裏を掠める。郷愁の念とよく似た、ほんのりとした切なさをともなって。

 不思議な痛みを訴える胸に手を添え、俺は悪友に話しかける。

 

「なあ、今日の放課後なんだけどさ。橘さんの家に線香でも上げに行こうか」

「どうした。突然」

「いや、今こうして思い出したのも、きっと何かの縁なのかなって」

「ん、そうだな」

 

 その時どこからか、爽やかな風に乗せて、ちりん、という鈴の音が聞こえた。




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